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――オズワルド。
破壊神円卓の騎士ヴァシュタールの餌場にして、アスティアの子クーファの故郷。

蒼い油絵具をぬったような空に、やや赤みがさしてきた頃。
魔人が眠っていた、棺と呼ばれる遺跡の頂へ連なる階段に、腰掛ける一組の男女の姿があった。
一人はクロースを着て、腰に片手剣をいう簡素な姿をした青年だ。
巨躯というわけでもなく痩身だが、凄腕の剣士らしく、そこにいるだけで四方に超人的な精気と妖気を放っている。美しい金髪とあわせて剽悍勇壮な風であった。
もうひとりは胸鎧を着込み、片手剣を大事そうに胸に抱える、騎士然とした出で立ちをした赤毛の娘で、こちらもまた凛々しい。
容貌は人並み以上だし、手足も長く、実の身長よりも高く見える。短い胴は深くくびれ、くびれた最低部には女性らしい丸みを帯びた臀の隆起があった。まず美女といっていいが、彼女を一言で表現するならば、それは美しいではなく、凛々しいであろう。
この二人こそ、アスティアの子クーファと、ディンガル帝国の東方攻略軍の副将であるアイリーン・エルメスだった。

 


光を失いつつあった陽と、流れ行く雲を見つめていたアイリーンが、ふいに言った。
「ねぇ、あなたの仲間と合流する前に一つ聞きたいんだけど。」
クーファがアイリーンの顔を見ると、じいっとこちらを見つめている大きな目。
射抜くような光を湛えた瞳がこちらを見つめていたのだ。
二人はここまで、ピリピリとした緊張の中、何を言うでもなく、何処へ行くでもなく、仲間を待たせたままずっと座っていた。
何故このような事体になったのだろうか。
クーファは命を帯びて失踪したアイリーンを探し、ついには見つけ出した。
アイリーンはアイリーンで、自分の煩悶に答えを得るための道筋を見出した。
本来、旧知の二人の再会は和やかになればこそ、険悪な雰囲気には、なりようはずがなかったのだ。
その原因は、魔人ヴァシュタールの言動にあった。
「ヴァシュタールが言っていた、あなたの使命って、どういうこと。」
「あー、あれ。昔ちょっと。……たいした事じゃない。」
「うそよ。母の仇を討つのではなかったのか?って言っていたじゃないっ。」
クーファの口元に、一瞬沈痛なものが宿り、陽炎のように消えた。
思えば彼にとって、母と二人での平穏な暮らしが終わり、吟遊詩人レルラ=ロントンとの出合いなど、全ての冒険の始まりの地が、まさしくここ、オズワルドだった。
「ヴァシュタールは復活したとき、故郷の人々のソウルを奪って滅ぼした。
その時母さんは俺を逃がすために、少しね。」
「復活……したときに……?」
「そう。ここでの話。」
驚愕の表情を浮かべたアイリーンと無表情のクーファの間を一陣の風が駆け、
ヴァシュタールの棺を薙いだ。

 


「何で、何で私を倒さなかったのよ……
あいつをやっつけて、お母さんとオズワルドを開放するチャンスだったじゃない!」
薄闇に包まれた死の町の静寂を、アイリーンの怒りが切り裂いた。その剣幕に、クーファもガタッと腰を浮かせ、正面から対峙する。
しかし、メチャクチャである。
例えバイアシオン大陸中を探し回っても、自分を殺して家族の仇を討てなどと、アイリーン以外に誰が言うのか。
過去、一つ屋根の下に暮らしていた幼馴染を、大義などない争いで失っていることもあるだろう。融通のきかない生来の生真面目さもあるだろう。彼女の怒りは大きかった。
「この前だってそう。あなたは私と戦わずに逃げた。
私を倒してカルラ様を討てば、あなたは王国を守って、様々なものを手に入れる事が出来たじゃない……そして今度は仇を前に絶好の機会をむざむざと!」
「うるさいっ」
――ヴァシュタールを倒し、母と故郷を取り戻す
彼奴は不意に村を襲い、母と親愛なる住人のソウルを喰らいつくした。
その決意と痛憤は、いまだにクーファの胸で炎をあげていた。
踏み躙られた無辜の隣人たちよ魔天から見ているがいい、必ずや皆の無念は晴らしてみせる。
母より受け継いだ心が、血肉に変じ真っ黒な執念の奔騰となって、常にヴァシュタールを倒せと叫んでいた。
だが彼はヴァシュタールと戦わなかった。
魔人の支配下にあったアイリーンを打ち砕き、怨敵と決戦する事をついにしなかったのだ。
一度戦場でアイリーンの前から逃亡したのは、アンギルダンに続いて親しい人間と殺しあいたくなかったからだ。
オズワルドで再び逃げたのは、行方不明となったアイリーンを探す依頼をこなしているうちに、
自分が彼女に心底まいっているということを、これでもかと思い知らされていたからだ。
何度彼女に制裁を加え、憎悪の炎にまかせて魔人に切り込もうかと思ったろう。
だが、そのたび脳裏に浮かぶ、愛くるしくのぞく笑顔と、やり場のない悲しみにくれる泣顔が、不可抗的な魔力を持って炎を鎮めてしまったのだ。

 


アイリーンの怒りが、鎮められていたヴァシュタールへの憤怒を呼びさまし、徐々に欲望と混ざり合っていく。クーファは体の芯が熱くなり理性が蒸発していくのを感じた。
「答えてっ。」
「言うまでもない!」
クーファは、己の目の前に突き出されていた、滑らかな手を掴み一気に引き寄せた。
完全に不意をつかれたアイリーンは、なすすべなく体をくねらせ、どっと彼の胸に崩れてきた。
「俺はアイリーンが好きだ。惚れた女との殺し合いから逃げて何が悪い。」
アイリーンの瞳が、闇に咲く黒い花のように無限に広がって、クーファは飲み込まれそうな混迷を覚えた。青年は片腕で逃げられぬよう腰を抱き、更に引き寄せると、白いあごに手をかけ、唇を重ねた。
彼は怒りに酔っていた。いや、酔わせたのは甘酸っぱい杏の花のような、女の息の香りか。
「っん……くふ……ぅ……」
花びらのように形のいい唇から漏れる女の喘ぎをかぎながら、押しのけようとする腕に腕を鎖のごとくまきつけ、ゆっくりと胸元から引き剥がしていく。
最初の恐慌を脱したのか、それとも観念したのか、アイリーンはぐったりとクーファに靠れかかった。

クーファが唇を離したとき、既に日が暮れあたりは濃い闇に包まれていた。
町の入り口で待っているクーファの仲間たちを除けば、二人しかいない死の町だけに、深林の奥深くと変わらぬ静けさだった。
「俺じゃだめか?」
「なにがよ。」
先ほどからアイリーンは髪をふりたて、俯いていた。だが、もし暗闇が彼女を覆っていなければ、朱に染まった頬が白日に晒されていただろう。
「俺じゃ、アイリーンの幼馴染の代わりになれないのか?今は代わりでもいい、必ずアイリーンの心の中で一番大きくなってやる。」
「……………。」
「アイリーン、アイリーン、アイリーン。アイリーンを、俺のものにしたい。」
一層女を抱く腕に力が込められた。
「……っさいわね。」
泣いているかのようにか細い声。
しずしずと顔を寄せ、ついに二人の視線が絡まった。クーファは彼女の目の黒い花が、月光に照らされ碧潭に変わったような錯覚を起こした。
「ずっと、一緒に居てくれる?」
「嫌と言っても。」
アイリーンはあえぎ、クーファは笑う。
「私だけを置いて行かない?」
「誰が行くかよ。」

 


アイリーンを胸に抱き上げ、クーファは自分の家に入った。
住人が消え荒廃するオズワルドにあって、アスティアの家だけは、手入れが行き届き小奇麗だった。
それはクーファが偽りの森によるたびに、ここまで足を運びこまめに清掃を繰り返していた結果だ。いつ母が帰ってきてもいいように、と。
寝台の上で横たえられたアイリーンは、顔を背け微かに震えていた。
「私は、剣を振り続けることしかしてこなかったの。」
柔らかな唇から、切なげな吐息とともに、小鳥が鳴くように繰り返された告白の甘美さは、それだけでクーファの脳髄をも痺れさせた。
神聖さを感じさせるほど清純で凛然として、部下の兵卒に戦女神とまで称されたアイリーン。
それだけにクーファは、あの人を俺のものに……
いや、俺のものにしたいと考える事すら冒涜的な悦びを感じていた。
だが一方で女として眺めれば、女人の精のような、あえかな面を持っていることも知っている。

クーファは、恥らって消えもいりたげな、アイリーンに優しい言葉をかけ、彼女の心を和らげたのち、全て着衣を脱がし静かに愛撫し始めた。
白いと言うよりも半透明な肌、蛇のようにしなやかな四肢。
落ち着いて、けっして焦らず、むしろ事前の愛撫そのものを、掌や全身に吸い付く肌の感触を、クーファはじっくりと愉しみ抜いているのではないか、と思わせた。
「あっ……」
やがてアイリーンがたかぶって、たえきれぬようになったのを見てとると、花心をさぐるようにその体を褥にひらいた。
窓からもれるおぼろ月の光もいらぬ。
まるでそれ自体が蛍光を発するかのように、白い体が闇の中にくっきり浮かびあがり、クーファはそれが本当に今まで見つめてきたアイリーンであるのかと思ったほどだった。
彼はゆっくりと、ここでも優しく怖がらせないようにゆっくりと、正面から彼女を抱いた。
アイリーンは身もだえし、微かなあえぎを漏らし、それがまたクーファの魂を、これでもかと言うほどかきむしった。
全身が熱い、動くたびに柔らかい肉の襞にぴったりと吸いつかれて、しごかれて、ねじられていく。
クーファはあらゆる体液髄液がしぼりつくされていくような気がした。

 


早朝、クーファは胸に当たる柔らかい感触で目を覚ました。
アイリーンが幸せそうに皮膚をこすりつけ、あごを男のあごの下でのけぞらしていて、甘い息がなんともこそばゆい。
クーファはアイリーンを意識すると、突然昨夜を思い出して赤くなった。
彼女が己の腕に抱かれた時の恥じらい、今にでも死ぬのではないかと不安になったほどの鼓動、息のふるえ、柔肌のおののき。
――それは昔から愛していたアイリーンに間違いないのに、抱きしめて、かえってこのまま溶けてしまう幻なのではないかと思われた。
だが、夜が明けてもアイリーンは確かに胸の中にいた。それが何より嬉しかった。
ふと、クーファは床の上に一ギアが落ちているのに気がついた。
昨夜服を脱いだときに落ちたのだろうか。拾い上げ、クーファはアイリーンに笑いかけた。
「昔、俺がはじめてアイリーンに出会ったとき、この硬貨くらいの十把一絡げな存在だった。逃げたことで、様々なものを失ったってアイリーンは言ったけど、俺はなに一つも失わなかったよ。」
「……今でもあなたの考えはよくわからないわ。」
アイリーンは笑いながら、呆れたように言葉をつむいだ。
「だけど、感じるくらいならできるかもしれない。」
クーファはぎゅっとアイリーンを抱きしめた。
二人は幸せそうに互いの体温を感じながら、再びまどろみの世界に落ちていった。