とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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匿名ユーザー

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彼の手料理は、愛の万能薬?




 それは春も盛りを過ぎた頃だというのに、少し肌寒さが戻った日のこと。

――くしゅん!

 週末、いつものように当麻の部屋で、課題の面倒を見ていた私は、不意にぶるりとした寒気を感じ、思わずくしゃみをしてしまった。

上条「どうした? 風邪か?」

 心配そうに私の顔を覗き込んでくるアイツに、

美琴「ん……大丈夫よ、こんなの。一晩寝たらすぐに治るわよ」

 なんでもないかのように答える私。それでも時折、背筋をぞくり、と震えが駆け上る。
 ふるふると身体を震わせた私を、心配そうに見つめてくる当麻。
 さりとてこの部屋は、コタツ以外の暖房器具なぞ使えるわけも無く、もちろんそのコタツもすでに片付けられていたから、

上条「…………」

 私の様子に気がついたらしいアイツは、なにやら難しそうな顔をしていた。が、すぐに、

上条「なあ」

 言いにくそうに口を開く。
 多分、いつものように体調悪いなら、早く帰れとか、そんな言葉が続いてくるのだろう。
 もちろんそれが、アイツの優しさ、気遣いなのは良くわかってる。
 風邪を引いた恋人を、無理に引き止めておくなんて、当麻がするはずがないことは、この私が一番良く知っているから。

 それでも病気の時、ちょっと心細くって、傍にいてほしいなって思う相手は、誰あろう当麻しかいないというのに。
 だから私の気持ちは複雑で。
 つい口調も、

美琴「――なによ、当麻?」

 ちょっと拗ねたように、ぶっきらぼうなものになってしまう。
 そんな私にアイツは、

上条「あのさ、美琴。今夜は……」

(――どうせ送っていくから、早く帰れって言うんでしょ。言われなくたって、わかってるわよ、もう)

 素直に彼の気遣いを受け取りたいという気持ちと、少しでも長く一緒にいたいという気持ちが、ぐるぐると私の中を駆け巡る。
 が、続いて彼の口から発せられた言葉に、私の思考は止まってしまった。

上条「――泊まってけよ」
美琴「えっ…………、ええっ?」





(――え? ちょっとこれ、どういうこと? ありえないから! 聞き間違いに決まってるから! ああっ、でもっ)

 バレンタインデーの日、紆余曲折の末に、私たちは相思相愛、恋人同士になった。
 もちろん互いの想いが通じたその日のうちに、ファーストキスは済ませてもいる。
 でも私が中学を卒業するまで、その先のステップへは進まないと、当麻は言った。
 子ども扱いするなって言ったけど、中学生に手を出すのは云々カンヌンと言われて、なんだか上手く誤魔化されてしまった感じがしている。

 心の準備はとっくの昔に出来てるのよって、言ってやろうかと思ってはみても、そんなことを言うのもかえって子供っぽいようだし、まだちょっと恥ずかしい。
 女の子は中学卒業したら、結婚できるのよ? って意地悪く聞いてやったら、そういうことを言うからお前は子供なんだよって言われて、ちょっとムカついた。
 でも照れたような当麻の赤い顔に、どうしようもなく嬉しさと愛しさを隠せなかった私も、最後は俯いて、もじもじと顔を赤らめることしか出来なかった。
 なのに、

(さっきの当麻の言葉は、どういうこと?)

 もちろん今日までの間に、何度もこの部屋にお泊りしたことはあるが、いつもインデックスが一緒だった。
 今夜のあの子は、当麻の担任の先生のお宅でお呼ばれとかで、私と入れ替わりにお出掛けしていった。そのままお泊りして、帰りは明日になるのだとか。
 だから今夜、初めて二人だけの夜を過ごすことに……。

(もしかして、でも、だったらどうしよう、きゃっ♪ 嬉し恥ずかし初……なーんてこと、ないわよね。やっぱり、その……)

 そんな疑問と、嬉しさと、期待と焦りの入り混じった私の表情に気付いたのか、当麻が慌てたように言葉をつなぐ。

上条「あのさ、誤解の無いように言っておくけど、変な意味じゃないからな」
美琴「――変な意味って、どういう意味よ」

 意外に冷静な私に、アイツはほっとため息をつくと、そのまま私の言葉には答えず、

上条「風邪ってさ、愛情不足になると引きやすいんだって聞いたから」
美琴「――はあ!?」
上条「美琴にはずいぶんとお世話になってるのに、ここんとこ、補習やら課題やらで、デートさえまともに出来なかったものな」

 ちょっと伏せられた当麻の瞳が申し訳なさを伝えてくるよう。

 学年末に、休日返上の連日におよぶ補習と、大量の課題をこなしたおかげで、彼は無事に二年生へと進級できた。
 その勉強を、上条当麻専属の家庭教師として、私は付きっ切りで手伝ってきた。
 学校が終わるとすぐに、私は当麻の部屋へとやってきて、夕食の支度をする。
 それが終わるころ、ようやく当麻が補習から帰ってきて、すぐにそのまま課題へと取り掛かるのだ。
 最近は、インデックスも手伝ってくれるから助かってるし、私も課題を教えることに集中できる。
 それから三人で夕食を済ませると、後片付けを二人に任せて、私は寮の門限に滑り込むというスケジュールが続いていた。

 休日は朝からずっと、当麻の部屋に入り浸り。彼が補習で学校へ言っている間、部屋の掃除や洗濯をする。
 もちろん空いた時間に、インデックスとお茶をしたり、ゲームをしたりすることだってあった。
 彼女と二人、お買い物に出かけたり、時には遊びにも出かけたりもした。

 一時は黒子が、『――お、お姉様が、類人猿なんぞの通い妻にぃぃぃいいい!!!』なんて絶叫してたけど、そんなに気になるんだったらアンタも来る? と聞いたら 『わたくし、まだ馬には蹴られたくありませんの』なんて笑ってた。
 むしろ最近は『ならばわたくし、お姉さまを嫉妬させてみせますの』などと、時折インデックスを遊びに連れ出してくれるようにもなった。
 なんでもインデックス、初春さん、佐天さんらと、学園都市スイーツ食べ歩きデータベースを作っているらしいのだが。





美琴「――それにしても、愛情不足だと、風邪を引きやすいだなんて、ねえ?」

 それはいったい、どんな世界の話だろう。
 風邪なんてそもそも、ウイルスの感染によるものだから、寒いからとか、ましてや愛情が不足するのが原因ではないことぐらい知らないのかしらね。

上条「まあ、一種の精神論みたいなものってのは、さすがの上条さんにだってわかりますって」

(そりゃあ抵抗力とか、自然治癒力が大切ってことぐらいは私だって理解しているけどさ)

 不思議そうな顔で彼の顔を見つめる私に向けて、アイツはちょっとはにかんだ様な笑顔を見せた。

上条「――でも大好きな美琴センセーの愛情のおかげで、この不幸な上条さんでもこの冬、全く風邪を引かなかったんで、実際その通りだと思うわけなんですが」

 その言葉に、かああっと熱が上がるように、私の体温が上昇していく。全くもって性質が悪い。
 いきなり恥ずかしげもなく、ストレートにそんなことを言われてどうしようもなくなるのは、私だって恋する乙女なのだから。
 突然耳まで真っ赤になった私に、アイツは焦ったようにおでこに手を当ててきた。

美琴「だ、だから熱出したんじゃないって!」
上条「あ、ああ良かった。いきなりでびっくりしたぜ」

 相変わらず、鋭いんだか鈍いんだかよくわからない男だ。

美琴「――それで、当麻は愛情不足な私に、なにをしようと企んでるわけ?」

 ちょっと仕返しをするように、意地の悪い視線を向ける私に、アイツは全く気にも留めないように、

上条「たまには上条さんも彼女に手料理を振舞いたいと思いましてね」
美琴「はあ? 手料理って?」
上条「美琴センセーの愛情たっぷりの手料理も最高だけどさ。俺だって愛情込めた手料理を、彼女に食べさせたいと思うことだってあるんだぞ?」

 思えばこの部屋へ来たときは、料理を作るのはいつも私だったのだ。

上条「男のエプロン姿って、美琴センセー的にはどうなんでせう?」

――エプロン装備の家庭的幻想殺し。主に専業主夫的な。

美琴「――あり、ね……ふぇぇっ!?」

 無意識にダダ漏れした私の妄想に、アイツはニヤリ、と笑みを浮かべる。

上条「ということで、このカミジョーさんの愛と誠をたっぷりと隠し味に使った……」
美琴「――たっぷり使うのは隠し味って言わないから」
上条「…………」

 私からの情け容赦の無いツッコミに、当麻はコホン、と咳払いをひとつすると、

上条「――と、とにかくだ。先祖伝来の、風邪に効くスタミナ料理を振舞ってしんぜよう」
美琴「先祖伝来って、骨董品でも使うのかしら?』
上条「…………美琴センセー、ソロソロカンベンシテクダサイ」




 ようやく課題が終わる頃、窓の外はすでに夕暮れが迫っていた。完全下校時間を知らせるアナウンスが遠くから響いてくる。
 アイツはテーブルの上を片付けると、キッチンへ向かいながら、

上条「すぐに出来るから、美琴はそこでテレビでも見ながら待っててくれよ」

 寒いといけないからと、頭から毛布を被らされた私を振り返り、ニカリと歯を見せて笑った。
 不意打ちのようなその表情につい魅入られて、一瞬固まってしまった私は、慌てて照れ隠しのように、

美琴「な、何か、手伝うことある?」
上条「手伝ってもらうほど手間のかかる料理じゃないからな。たまにはそこでゆっくりしてろって」

 いつも私が着けているのとは違う、モノトーンでシックな色合いのエプロンを身に着けた当麻。
 普段、アイツが使っているお気に入りのもの。
 なんというか、細身ながら意外にがっしりした当麻の身体にフィットして、よりセクシーに見えてドキドキしてしまう。
 彼の新たな魅力に惹かれてしまって、自分がどれほどアイツに夢中なのかを、改めて意識させられてしまった。

 もっと傍で当麻の姿を見ていたい、と思っても、わざわざキッチンに入り込むのもなんだし、何より後姿しか見えないのはなんだかちょっと物足りない。
 幸い、この部屋のキッチンは、正面にカウンターがついたセミオープンタイプだ。
 私はそちらに回りこむと、カウンターにもたれて料理に取り掛かる当麻の様子を、正面から眺めることにした。
 そんな私に、アイツは、

上条「ん? 座ってりゃいいのに。お前、風邪引いてるんだからさ」
美琴「だって……見ていたいんだもん。当麻のエプロン姿なんて、私、普段なかなか見る機会ないし」
上条「――俺が手伝おうかって言っても、当麻はそこで座って待っててって、お前、いつも言ってたじゃないか」
美琴「そう、だっけ?」

 自分の味を恋人にインプリンティングすることに一生懸命になる余り、こんな素敵イベントに気付かなかったなんて、と今更ながら悔やむ。
 だけど私たちには、まだまだ時間はたっぷりあるのだ。
 お互いの知らなかったこと、気付かなかった魅力とか、まだまだこれから見つけることが出来るのだから。

美琴「――だったら今度から、一緒にしよっか」
上条「おう。俺だって一人暮らしは長いからな。それなりの料理スキルは持ってるんだぜ? まあ、味付けは美琴のほうが美味いんだけどさ」
美琴「うふっ。 そう言ってもらうと、これからも張り合いがあるわ」

 キッチンカウンターを挟んでの会話が、いつもと違ってより新鮮に感じられる。
 まるで新婚さんみたいかな? なんてね♪
 風邪気味だからか、体調はそれほど万全とは言えないけれど、気持ちだけはなんとなく楽しくて、ちょっと舞い上がり気味な私。

美琴「さすが、言うだけあって手際はいいわね」
上条「だろ? まあちんたらやってると、お腹を空かしたシスターさんに頭から丸かじりされるからな」
美琴「最近私の方も、丸かじりされそうな気配を感じる時があるわよ?」
上条「ええっ!? そうなのか?」
美琴「――ばか。冗談に決まってるじゃない。あの子が私にそんなこと、するわけ無いじゃない」
上条「あ? ああ。だよなあ。一瞬本当かと思ったぜ」
美琴「あら? あの子のこと、信じてなかったの? インデックスったら、カワイソー」
上条「いっ? いやいや、そんなこと無いぞ? ――た、頼むからアイツには黙っててくれよな? でないとまたかじられちまうからさ」
美琴「うふふっ♪」

 そんな他愛も無い会話なのに、いつもより素直な気持ちでいられるのはなぜなんだろう。
 私はカウンターに頬杖をつくと、ゆったりとした気分でエプロン姿の恋人の姿を堪能する。
 てきぱきと材料をそろえ、下ごしらえをする当麻の姿が本当に素敵で、ついうっとりと魅入ってしてしまう。

 当麻がキャベツの葉をはがすと、くるりと巻いて重ねて千切りを始めた。
 タンタンタンタンと、早過ぎもせず遅くも無く、一定のリズムで刻んでいく。芯のところは別にして細く刻む。
 みるみるうちに、半玉分の山盛り刻みキャベツが出来ていく。

 私はそんな当麻の、包丁を握っている時の真剣な表情をカッコよく感じて、じっと見惚れているばかり。
 チラリと視線を私に向けて、無言のまま得意そうな顔付きのアイツを、つい可愛く思ってしまうほどに。





美琴「でもそのキャベツ、そんなに食べられるの?」
上条「この料理はな、キャベツを食べるためにあると言っても過言ではないんだぞ」

 などと当麻は力説したが、料理は完成して、食べてみないとわからない。
 やがて刻み終えたキャベツをボウルに移すと、ラップをかけて電子レンジにかける。

上条「シャキッとしたのもいいかもしんねーけど、こうするとしんなりして、芯の固いところも柔らかくなるんだよ」
美琴「へえ。そうなんだ」
上条「溶けるチーズをのせて、レンジでチンしてめんつゆをかけても美味いんだぜ?」

 本の知識ではない、経験から見つけてきたものなんだろう。
 料理でも、実践の中で知識を得ていくのが、実に当麻らしいなと思い、ちょっと感心してしまう。
 アイツはその間に、冷蔵庫から肉のパックを取り出した。

上条「美琴センセーのおかげで、上条さん家もたまにはまともな肉を買えるようになりました」

 ほら、といって、見せてくれたのはトンカツ用にちょっと厚切りされた豚肩ロース肉。
 もちろん『特売』のシールが貼ってあるのはいつものこと。
 パックから取り出した手のひらサイズの豚肉に、まるで野球グローブのように切れ目を入れると、塩胡椒で下味をつけていく。

上条「下ごしらえはこんなものだな」
美琴「――ところでさ、手料理ふるまうのに、どうしてお泊りなの?」
上条「ん? それはだな……」

 私からの問いに、当麻が待ってましたとばかり、ストッカーから取り出したものがある。
 輝くような白い皮に包まれて、ちょっと小振りながらも形のよい球根状の食材。

美琴「それ、にんにく、だよね?」
上条「これがないと美味くないんだよ」

 そう言いながらにんにくの皮を剥いていく。せいぜい一片使うのかと思いきや、

美琴「え゛……え゛えっ!?」

 次々とにんにくの欠片をむしっては、根を切っていく。一片ごとにスライスし、中の芯も丁寧に取り除く。
 当麻はいったい、どれだけのにんにくを使うつもりなのか。

上条「これでいいだろ」

 結局、半房分のにんにくスライスが出来た。





美琴「ちょ、ちょっとちょっと!? どれだけにんにく使うのよ! そんなに使ったら……臭いが」
上条「ん? もしかしてにんにく、苦手だったか?」

 彼女をにんにく臭くさせてどうするつもりよっ! と叫びそうになるのをぐっとこらえた。
 それは当麻の表情に、一瞬、影が差したように見えたから。
 それでも私はにんにく臭をぷんぷんさせて、恋人の傍にいられるほど、図太くもないし、デリカシーを無くしたわけでもない。

美琴「苦手じゃないけど、臭いがやっぱり……ね。――その、当麻は……平気、なの? 私がにんにく臭くても」
上条「俺は別に気にしねーぞ? それににんにくって、ちゃんと火を通せばあまり臭わないんだぜ?」
美琴「そう、なの? でも、なんだか気になって」
上条「にんにく臭いのはダメか? ふたり一緒なら、そう気にならないと思ったんだけどなあ」

 ちょっと困惑した表情をするアイツに、私の心は大いに迷う。
 折角の当麻の手料理を台無しにしたくないという気持ちと、にんにく臭で恥ずかしく思われたくないという気持ちがせめぎあう。

上条「臭い消しなら、ムサシノ牛乳があるし。――でも美琴がどうしてもって言うんなら、にんにく抜きにするけど……」

 抜きだと風邪に効くスタミナがなぁと、アイツがちょっと落胆したような表情になった。

――ズキッ

 私の胸に痛みが走る。
 風邪気味な私のために、アイツが心を込めて料理を作ってくれるというのに、その私がアイツの気持ちを無にしてどうするのか。
 当麻の気持ちを無碍にするくらいなら、にんにくの臭いなんて、たいした問題じゃない。

美琴「ねえ、ふたりとも臭くなるけどいいの?」
上条「美琴さえ良ければ、な。――まあ、文字通り、俺と臭い仲になっちまうけどよ」
美琴「それもいいわね、臭い仲って。――だったら味の方も期待していいよね?」

 当麻はにっこり笑うと、まかせとけって言ってくれた。
 私だけに向けてくれる笑顔が本当に素敵で、蕩けた気持ちはその後も引き締めることなんて出来なくて、私の表情も緩みっぱなしのままで。

美琴「ねえ、お腹空いてきちゃった。――お腹いっぱい、ご飯を食べさせてくれると嬉しいな?」
上条「うえぇっ!? ミコっちゃんまでハラペコキャラの仲間入りですかあっ!?」

 そうして私たちは、お互いの顔を見合わせると、

美琴「ぷふっ、くふふっ、あははーー」
上条「ぶふっ、あははっ、はははーー」

 楽しく笑いあっていた。




美琴「…………」

 カウンターに頬杖をついたまま、目の前で調理に勤しむアイツを眺める私。
 時折、ちらりとこちらを見やっては、恥ずかしげに笑みを浮かべる当麻。柔らかな表情の中に、彼の優しさが見え隠れして、私の心もほんのり温かくなる。
 思えば当麻の料理姿を、正面からじっくりと見たことがなかったことに気がついた。

 ――私が初めて見る、私の知らない当麻の姿。あの子だけが知っている当麻の姿。

 そう思った瞬間に、いつもこの姿を見ているだろうインデックスに軽く嫉妬を覚えてしまっていた。
 同時に、当麻を彼女から奪ってしまったという罪悪感も湧き上がる。
 アイツを巡る関係の中で、私とインデックスは親友になった。
 だからこそ、恋愛と友情の矛盾する感情が、今も私の中に次々と生み落とされていく。
 そんな私の表情に、陰りが差していたのだろう。

上条「――なあ、美琴」

 当麻が優しく声を掛けてきた。

上条「俺はお前が今、なにを思ってるか察してやれるほど、出来た彼氏じゃねえけどよ」

 フライパンに入れたオイルで、にんにくを焼きながら、静かに、語り、聞かせるように。

上条「それでもお前には、幸せでいてほしいってことだけは思ってる」
美琴「…………当麻」

 焦がさぬよう、視線を鍋から離さずに、火加減に細心の注意を払いつつ。

上条「それは俺だけじゃなくて、インデックスもだからな。アイツだって、お前にも幸せになって欲しいって、いつも祈ってるんだぜ?」
美琴「インデックス、も?」
上条「そうだ。俺も美琴も幸せなら、アイツも幸せなんだとさ。――だからお前は、インデックスの前でも、笑ってたら良いんだよ」

 いつか、どこかで聞いた言葉。ずっと、私の中で救いになっていた言葉。私と妹達を、結び付けてくれた絆のような言葉。
 あの日、あの病室で、当麻に言われた言葉。――私は笑って良いんだって。
 あの時感じた思いが、もう一度胸の中に蘇る。私は気付いたら、涙を零していた。

上条「悪りぃ。なんか、泣かせちまったか?」

 私の涙から目を逸らしながらも、薄く狐色に色づいたにんにくスライスを、フライパンから小皿に移している当麻。
 アイツの顔に少しだけ影が差したように見えたから、

美琴「――ううん、大丈夫。むしろおかげで少しすっきりしたわ。ありがとう」

 涙を拭いて、笑顔を見せる。そして、

美琴「あのね。ちょっとだけお願いがあるんだけど」

 私はそう言いながら、カウンター越しに、ずいっとアイツの方へと身を乗り出した。
 じっと見つめる私の視線と、見つめ返してくる当麻の視線が絡み合った。
 いつだって熱く感じられるアイツの瞳が、より一層熱を帯びたように感じられて。私の瞳も、当麻は同じように感じてくれているだろうか。
 そんな当麻の瞳に、私だけが映るほどに顔を寄せて、

美琴「当麻。――キス、して」
上条「み、ことっ」

 目を瞑ったふりをしつつ、ちょっとだけ薄目を開けて見ていると、当麻の目が一瞬、躊躇したように泳いだが、すぐに意を決したように、真っ直ぐに視線を向けてきた。
 今度は固く目を閉じていると、ふわっと気配を感じた瞬間、柔らかな愛を唇に感じられた。





上条「次はいよいよ、メインのお肉に取り掛かるからな」

 交わしたキスの余韻も感じさせぬうち、アイツはもう一度、コンロのスイッチを入れた。
 フライパンに残ったにんにくを焼いた油には、香ばしい良い匂いが移っている。
 私はちょっと芝居がかった様子の当麻に、パチパチと手を拍いて歓迎の意を示す。
 アイツは恥かしげな顔をしつつ、熱せられてうっすらと油煙が立ち上るフライパンに豚肉を投入していった。
 辺りに弾けるような音が響き、香ばしい匂いが漂っていく。
 当麻が私に解説するかのように呟いた。

上条「――豚肉ってのはさ、あまり強火で焼くと、肉が硬くなるんだよ」

 そう言いながらコンロの火加減を調節していく。

上条「よく最初は強火でって言うけど、豚肉を焼くときは最初から中火の方が美味しく焼けるんだ。でも弱すぎると折角の旨みが抜けちまうからな」

 時折フライパンを揺すりながら、肉の焼け具合をじっと見据えている当麻。
 焼け具合を確かめると、ひっくり返してもう片面を焼く。
 その時の真剣な表情が、たまらなく魅力的に思える。
 どうして男の人は、肉を焼く光景が似合うのだろう。
 なんとなく安心感と、そして頼もしさを覚えてしまうのはなぜなんだろう。
 そういえば我が家でも、すき焼きとか、ステーキのときは、パパがやってたような覚えがある。
 ずっと昔の、微かな記憶の彼方に残る家族との団欒。学園都市に来る前の、私がもっと小さかった頃の食卓の風景。
 そんな温かな家族としてのひと時を、いつの日か、彼と過ごせたら。
 当麻が失ってしまった家族との記憶を、また紡ぎだすことが出来たなら。
 そんなことを思いながら、私はずっと彼の真剣な表情を眺めていた。
 ふと気付けば、

上条「よし、上手く焼けたぞ」

 そう言いながら、当麻がフライパンから肉を取り出して、一旦別のお皿に移していた。
 じゅうじゅう聞こえる音、立ち上る湯気、嗅ぐだけでドーパミンを分泌させる素敵な匂い。
 その全てが食欲中枢を刺激して、空っぽの胃袋に悲鳴を上げさせてしまうようだ。

美琴「それで完成なの?」
上条「いや、これから肝心のタレを作るんだ」

 肉を焼いた後のフライパンを、もう一度コンロへ戻す。
 当麻は火力を上げると、今度はとある調味料を取り出した。

美琴「それって……ソース、よね?」
上条「ああ。見ての通り、ソースだ。これは中濃ソースが一番よく合うんだよ」

 鍋に残った肉汁と脂がぷちぷちと弾ける中へ、真っ黒なソースをどぶどぶと注ぎ込む。
 すぐにじゅわわっと周りに泡が立ち、香ばしい薫りが辺りに立ち込めた。
 こびりついた肉の旨みを、鍋からこそげ落とすようにして、しゃもじでかき回す。そこへしょうゆを軽く一回し。
 マスタードをトプン、と一匙落とし込むと、塩胡椒を軽く一振り、二振りして味を調えていく。
 ちょいとスプーンで味見をした当麻が、

上条「よしっ! これでいいだろ」

 と言うなり、取り出しておいたステーキと、にんにくスライスをもう一度フライパンへと戻していく。
 まるでカラメルのように黒いソースに、にんにくの風味と豚肉の旨みが交じり合う。
 にんにくを軽く煮込むように。豚肉をタレに絡めるように。ソースを煮詰め、味をしみこませるように。
 仕上げが肝心とばかり、慎重に火加減を調節している当麻の表情が、再び真剣なものに変わっていた。
 火から上げるタイミングを見計らっているのだろうか。

上条「どうかな、そろそろかな。もう良いかな……」

 口内で小さく呟きながら。
 私はそんな彼に声を掛けることも躊躇われて、ただその場に漂う緊張感と高揚感に胸を高ぶらせながら見つめるだけ。
 もはや料理の仕上がりを待っているのか、当麻の料理姿に魅せられているのか自分でもわからない。
 やがて、フライパンから立ち上る湯気の向こうで、彼の真剣な瞳がゆらり、と揺れた様な気がした。

上条「よし! 出来たっ!!」

 その声にはっと気がつけば、当麻の笑顔が、私の方を真っ直ぐに向いている。

上条「――出来たぞ、美琴。そっちへ運ぶから待っててくれ」

 彼の弾んだ声に、私もつい、嬉しくなって、

美琴「うんっ!」

 目一杯の笑顔を恋人に向けていた。





 テーブルの前で待機する私の元へ、当麻がお盆を運んできた。
 山盛りキャベツと豚肉のステーキ。その上からたっぷりとかけられた真っ黒なソースダレとにんにく。
 アクセントのように添えられたプチトマトの赤が、黒と緑のコントラストに映える。
 豚肉は特売品でありながら、銘柄豚と間違えそうなほど、ふっくらと焼き上がってジューシーに見える。
 お皿の上から漂ってくる香ばしいソースの匂いに、食欲をそそられる。思ったよりにんにくの香りはしていない。
 さらには一緒に運ばれてきた味噌汁の椀と、お気に入りのゲコ太柄のお茶碗に盛られた山盛りご飯が目の前にドンと置かれる。

美琴「えっ!? こんなに私、食べられないわよ」
上条「え? さっきお腹一杯なんて言うからてっきり……。まあいいから、食ってみろって。インデックスなんて、このキャベツだけでどんぶり二杯食うんだぜ?」
美琴「あはは……。ど、どんぶり二杯って、それはあの子だからでしょうがっ」

 あるぇ? と惚けるように当麻が首をかしげたが、――ま、いっか、とばかり、すぐに掌を合わせると、食事の挨拶を促してきた。

上条「と、とにかく、腹減ったろ。早く食おうぜ、上条さん特製の『豚肉のステーキ・にんにくソース』だ」
美琴「うん、お腹ぺこぺこよ。では、いただきま~す」

 私は早速に、黒いソースダレに塗れた豚肉に箸をつける。
 見た目の通りにふっくらと焼き上がった肉は、箸で切れるほど柔らかかった。

上条「――そのタレを、肉にもキャベツにもつけて食べてみてくれよ」

 当麻はそう言うと、まるで最後の審判を受けるかのように、緊張した面持ちでじっと私を見つめている。
 口に入れると、最初にふわりと香ばしいにんにくの風味が感じられ、やがてソースのコクと豚肉の旨みが広がっていく。
 肉を噛めば、ジューシーな肉汁にタレの味が混ざり合って、思わぬハーモニーが奏でられた。
 タレに残るソースの酸味が肉の脂っぽさを中和させ、意外にもあっさりとしており、隠し味のマスタードが素材の組み合わせをピリッと引き締めて、実に美味しく食べられる。
 そして付け合せの刻みキャベツに、このタレが実によく合う。
 お肉の旨みがプラスされて、キャベツがそのままご飯のおかずになるのだ。
 なるほど、これはキャベツを食べるためのタレと言っても過言ではない。
 生姜焼きとはまた違う、洋風とも中華風とも異なるその味に、思わず、

美琴「美味しい! これ、なんなの? すっごく美味しいじゃない!」

 感嘆の声を上げる私の目に、彼のほっとした顔が映り、すぐにそれは喜びの表情へと変化していった。




彼の手料理は、愛の万能薬?




上条「――口に合うようでよかった。常盤台のお嬢様でもこの味はイケルんだな」
美琴「やめてよ、そんな言い方。私だって普通の女の子なんだから」

 口を尖らせる私に、当麻はすまんすまんと笑ってみせた。

上条「でもなかなかのモンだろ? しかも、このにんにくがまた美味いんだよ」

 当麻が箸先でにんにくを摘み上げると、ぽいっと自分の口へ放り込んで、もぐもぐと確かめるように口を動かした。

上条「うん。上手く出来てるな」

 まだにんにくを口に入れることに躊躇するような私を見て、当麻が私のお皿からこんがり焼けたそれを自分の箸で摘むと、

上条「ほら、美琴。口、開けろよ。――あ~ん」
美琴「あ、あ~ん」

 ひょいっと口元へ突き出されたそれを、私はゆっくり口を開いて、ぱくりとくわえ込む。
 恐る恐るかみしめてみれば、ほっこりした口当たりに、ふわりと感じる独特の香り。それらがタレの味と相まって、思わぬ美味をもたらしてくれた。
 同時に久しぶりの当麻からの『あーん』に、なんだか気持ちも温かくなる。

美琴「あ、後の匂いがちょっと気になるけど、ほっこりして美味しいわね」
上条「だろ?」
美琴「それにしても、この料理、よく考え出したわね。なにかの本にでも出てたの?」
上条「前に生姜焼きを作ろうとして、うっかり醤油とソースを間違えてさ。もったいないからいろいろ工夫してみた結果がこれなんだ」
美琴「へえ。ケガの功名ってわけね。当麻お馴染みの不幸じゃなくてよかったじゃない」
上条「そうなんだよな。――でも一時はどうなることかと思ったんだぜ?」

 そう言って、ニカリと笑った。
 無邪気な笑みが、すうっと私の胸に温かく染み透ってゆくよう。
 それはまるで、乾いた大地が恵みの雨に潤されるように。

――うん。確かに私、愛情不足だったのかもしれない。

 当麻と恋仲になってからずっとそうだった。
 もっともっと彼のために何かしたい。何かしてあげたい。もっと、当麻の笑顔を見たいから。
 そんな思いでいっぱいお世話を焼いて、いろいろと尽くすようにしてきたけれど。
 でもそれは私だけではなくて、彼も私のために、私の笑顔を見たくて、いろいろとしたかったことがあったのだ。
 だからいつのまにか、当麻の愛情を塞き止めてしまった私は、知らず知らずのうちに愛情不足になっていたのだろう。
 こうして当麻に何かしてもらうことが、実は私にも、そして当麻にとっても良いことなんだと、今ははっきりわかる。
 そう思った私は、今夜は素直に恋人の愛情に甘えようと決めた。





上条「それと臭い対策にはだな。このムサシノ牛乳を……」

 そう言いながら、当麻がグラスに牛乳を注ぐ。それをぐいっと一気に飲み干すや、はぁーっと大きく息を吐いた。

上条「こうして飲めば臭いなんて消えちまうさ。――しかしこのムサシノ牛乳って、結構美味いよな」
美琴「当麻もやっと、ムサシノ牛乳の良さに目覚めてくれたのね」

 ムサシノ牛乳は、私がこの部屋に来るようになって、買うようになった物の一つ。
 その他にもゲコ太のぬいぐるみやら、予備の着替えやら、いろいろと私の物がこの部屋にも増えてきた。
 それはまるで自分の居場所がもう一つ出来たかのよう。むしろここが、本当の私の居場所じゃないかと思えるほどに。

上条「まあでも、いくら臭い消しったって全く消えるわけじゃないし、どうしたって少しは臭いが残るかもしんねーけど」
美琴「そうね。牛乳飲んでも、きちんと歯を磨かないと少しは臭うわね」
上条「だから今夜は泊まってけって言ったんだよ。――さすがににんにくの臭いをさせて、寮へ帰るのもアレだろ?」

 それが当麻なりの気遣いなのだろうが、本当は、恋人の前でにんにく臭いほうが恥ずかしいのに。
 でも私の立場を気遣ってくれることも、彼の愛情だとわかっているから。

美琴「そうかもね。黒子にだって、うるさく言われそうだし」
上条「お姉さまになんてものをって後から言われそうだな」
美琴「ほんと、大きなお世話だっつーの。美味しけりゃ何食べたって良いじゃない」
上条「まあまあ。白井だって、何もそんなつもりで言ってるわけじゃないだろう」
美琴「それは分かってるんだけどさ。だけどね、学校ではね――」

 箸を動かしながら、いつのまにか私は日頃の学校生活の愚痴とか鬱憤を、当麻の前でぶちまけていた。
 もしかすると、こんなあけすけな話は、今までしたことがなかったかもしれない。
 ともすれば自分の嫌なところ、汚れたところまで見せてしまいそうで、彼には私のそんな姿を見て欲しくなかったから。
 彼に嫌われたくないという思いが、ずっと私の中にあったのと、そんなことまで彼に背負わせたくないと強がってもいたから。

 なのに当麻は時折頷きながら、そして時には相槌を打ちながら私の話を聞いていた。
 私の言葉を否定することもなく、説教や教訓めいたことさえ言わず、ただ優しい笑みを浮かべてずっと私の話を聞いていてくれた。
 この時ばかりは『能力者』でも、『LEVEL5第三位』でも、『超電磁砲』でも、もしかすると『御坂美琴』でさえもなかったかもしれない。
 ただ『普通の女の子』で、ただの『私』だけがここにいた。
 それだけなのに、たったそれだけのことなのに。

(――そっか)

 もしかすると、私は、彼の前でも『御坂美琴』という女の子を演じようとしていたのかもしれない。
 当麻の中に、『御坂美琴』という存在を無理にでも刻みつけようとしていたのかもしれない。
 彼の特別な存在であろうとして。よく出来た彼女であろうとして。パートナーとして。相棒として。行く行くは将来の伴侶として。

(――私は当麻の笑った顔を、幸せそうな顔を見たくて、一生懸命になっていたのだけれど、もしかしたらやり方を間違えていたのかもしれない)

 当麻になら、本当の姿を見せたって、幻滅されることも、嫌われることもない。
 むしろ私が素直に、当麻の気持ちを受け取るだけで素晴らしい笑顔を見せてくれる。愛情に甘えるだけで。私が笑顔を見せるだけで。心を開くだけで。

(――当麻は私に、最高の笑顔を向けてくれる)

 今、ようやく私は、そのことに気づかされただなんて。





美琴「――ごちそうさまでした」
上条「お粗末さまでした」

 食後のお茶を、ゆっくりと味わいながら、スペシャルなディナーの余韻に浸る。
 結局、あの山盛りご飯も、山盛りキャベツも全部平らげてしまった。
 これじゃ本当に、私もあの子みたいにハラペコキャラみたいじゃない。
 でも確かに、当麻の手料理は美味しかった。

(――もう、毎日でも、食べたいくらいよね)

 味付けは並の上。盛り付けは豪快。食材は……まあ、いつもの特売品だけど、そんな上辺だけのことよりも、

上条「どうだ。俺の味だって、ちっとばっか響くだろ?」
美琴「――ばか……」

 当麻が料理に籠めてくれた愛情や優しさ、
 口ではそんなことを言ってしまっても、私の表情は間違いなく、にやけきっているに違いない。
 この愛すべき馬鹿は多分、いや、きっと狙って言ったんだろう。
 最近は私にだけ、狙ったような甘い言葉を投げかけてくれる。まあ半分は相変わらず無自覚なんだろうけど。
 それでも、それでなくても、当麻の気持ちは私の心に十分伝わってくる。

美琴「あ、あたりまえじゃない、そんなの。当麻だって自炊経験、長いんでしょ? だったら美味しいに決まってるじゃない」
上条「そう言ってもらうと嬉しいんだけどさ……」

 最近はあまり見ることも無かった、当麻の自信無さげな表情と弱気な言葉に、

美琴「ど、どうしたのよ? いきなりそんな顔しちゃって」
上条「――実はさ。記憶喪失のおかげで、自分が作る料理、本当にこれでいいのか、わかんねーんだ」
美琴「え?」

 当麻の記憶は、経験に起因する部分を失くしたため、知識はあっても、それがどんなものなのかはわからないのだとか。
 つまり『カレー』は知っていても、それがどんな味なのかがわからない。どんな味のものが『カレー』なのかがわからない。
 知識として味を知っていることと、経験として味を覚えていることはまた違うらしい。

上条「――自分で作る料理の味が、さ。本当にこの料理の味がこれで間違いないのか、よくわかんねーんだよ」
美琴「そう……なんだ。で、でも、味見して口に合えばそれで良いんじゃないの?」
上条「俺やインデックスなら、食えりゃそれでいいんだけどな。ちょっと他の人には怖くて出せねーよ。でもさ……」

 じっと私の瞳を見つめてくる当麻。
 優しさをも湛えるその真っ直ぐな力強い視線に、私の胸はすでに、当麻への愛しい気持ちであふれそうだった。
 この愛を、この気持ちを、すぐにでも当麻に返したくて私の胸は張り裂けそうだった。
 そんな風に感じたのは、当麻からそれほどたくさんの愛をもらったからだろう。





上条「――それでも美琴だったら、俺の気持ちとか、ちゃんと分かってくれると思ってさ」

 私のことを想い、信じてくれている。頼りにしてくれている。
 もうその言葉だけで十分だった。

美琴「――――うん。当麻の気持ちも、愛情もちゃんと伝わったよ」

 真っ直ぐに私の気持ちを伝えようと。大好きだから。愛してるから。
 いつだって当麻には素直で、正直でいたいと思ったのだから。

美琴「――あのね、実はさっき、気付いちゃったの」
上条「え?」
美琴「私、ホント、バカだなーって。気付いてなかったんだなーってね」
上条「ど、どうしたんだ、いきなり?」
美琴「こんなにも当麻に愛してもらってたのに、それに気付かないで、自分の愛情を押し付けてただけ、だったんだなって」
上条「そんなことはないぞ! 俺はずっと、美琴に感謝してるんだ。――こんな俺を、好きになってくれて。愛してくれて。幸せにしてくれて、さ」
美琴「ううん。私の方こそ当麻に感謝してる。こんな私を受け止めてくれて。好きになってくれて。愛してくれて。幸せにしてくれて、ありがとうって」

 当麻の黒い瞳をじっと見つめながら。言葉だけでは言い表せない気持ちを視線に込めながら。
 ふと気がつけば、テーブルを挟んで反対側に座っている、当麻の顔が赤く染まっていた。

上条「美琴。――あ、愛してるぞ」
美琴「え? あ? ――わ、私もよ、当麻」

 ぼそりと、囁くように漏らした当麻からの愛の言葉。
 こうして付き合うようになる前には、一度たりとも聞くこともできなかった愛の囁き。
 それをこうして間近で言われる度に、じんわりと心の隅々まで染み透り、ますます当麻への愛しさが募っていく。

上条「俺さ、美琴とだったらこの先もずっと、手を携えていけるんじゃないかって思ってるんだ」
美琴「私だってそうよ。この先も当麻と一緒なら、何があったって乗り越えていけるんだって」

 アイツとの間にあるこのテーブルが邪魔だけど、今だけはそれに感謝したい。
 当麻の胸に飛び込んで、そのままキスをと思っても、にんにく料理を食べたばかりでは、いろいろと台無しになってしまいそうだから。
 おかげで私の理性もかろうじて、この場に留まっている。
 なのに、

上条「あのさ……」

 当麻がなにやら恥ずかしそうに言葉をつなぐ。

上条「只の高校生が一人前な口を利くなと言われそうだけどさ。――美琴、いつか、本物の家族になろうな?」
美琴「あたりまえじゃない。私は当麻以外の人と一緒になるつもりもないし、なりたくもないわ」

 私も当麻も、まるで熱に浮かされたようにとんでもない事を言っているように思えたが、そんなことはもはや些細なことだ。
 身体の奥底から、なんだか熱い想いがふつふつと湧き上がるような気がするのは、きっとにんにくのおかげ、ではないだろう。
 今、この瞬間だけは、二人の心が確かに繋がっているように感じているのだから。

美琴「だって、私はこれからもずっと、当麻と同じ道を進むんだって決めてるんだから、ね?」
上条「そっか。そう……だったな」

 まるでその言葉を待っていたかのように、アイツが破顔一笑する。

上条「あの時だってお前、言ってたもんな。――アンタと私は同じ道を進んでいる、ってさ」
美琴「な、なななな……何よ、いきなり。――って、あの時?」
上条「ああ。俺にはあの言葉が、美琴と一緒の未来を考える切っ掛けにもなったんだからな」

 あの時の私は、当麻を破滅の運命から引っ張り上げることに必死で、どうしたら自分の思いが伝わるのかで頭が一杯だった。
 そんな中で、ようやく伝えることが出来た言葉を、当麻は覚えていてくれた。
 当麻の胸の奥にはずっと、そのことが残っていたんだろう。
 私の言葉が、確かに当麻に届いていたことを実感して、胸の奥がツンとした甘酸っぱい感傷と、じんわりと温かな想いで一杯になる。

美琴「よかった。あの言葉、覚えていてくれてたんだ」
上条「もちろんさ。俺はあの時の美琴の言葉に救われたんだからな。忘れられるわけがねえよ」

 そう言った当麻の瞳に、きらり、と光るものが見えた気がして、私はもう我慢できずに抱きついていった。





美琴「ご、ごめんね。にんにく臭くって」
上条「いやいや、俺の方だって」

 とはいうものの、口臭だけはやっぱり気になってしまうから。
 吐息を相手に向けまいと、顔だけはそっぽを向きながら、抱きしめ合っている構図なんて、傍から見れば実に滑稽だろう。
 そんな姿を想像するだけで、お互い、苦笑いしか浮かばなくて。

美琴「や、やっぱりちょっと締まらないわね」
上条「そうだよな」

 どうしたってそれらしい雰囲気にならないし、なれない私たち。
 残念なような、それでいてちょっと安心なような複雑な気分にさせてくれる。

美琴「じゃ、じゃあ、お風呂入って、歯を磨いたら……その、ね?」
上条「ああ。そのときはもう少し、こうして、な?」

 起き上がろうとする私を、当麻が抱きとめた。

上条「――あのさ、その前に、ちょっとだけ、いいか?」
美琴「え? なに?」

 口ごもるように当麻が私の耳元で囁いた。

上条「これからも美琴には、世話をかけるだろうし、いろいろと巻き込んじまうかもしれねーけど……」

 世話をかけられるのも、かけるのもお互いさま、じゃないかと思う。
 むしろ私としては、当麻のお世話だったら、いくらでもしてあげたい。それこそ衣食住から、身の下のお世話までも。
 当麻が私に向けてくれるものなら、愛情でも欲望でも、なんだって受け止めたいのだから。

美琴「今更よね。こうして一緒にいるんだもの。むしろ……」

 だからちょっとだけ、わがままを言ってみてもいいよね?

美琴「――いろいろ巻き込んでくれる方が、退屈しなくていいかもね」
上条「お、お前なあ」

 ちょっとあきれたような声を上げる当麻。
 でもその声の響きが、なんだかとっても、嬉しそうに聞こえたのは気のせい、じゃないよね?

上条「まあ、そう言ってくれるのはありがたいけど、頼むから無茶だけはしないでくれよ?」
美琴「――むぅ。その言葉、そっくりそのまま当麻に返すわよ」

 もう一度、当麻の背中へ腕を回すと、想いを込めてぎゅっと抱きしめる。
 胸元に頬を寄せるようにくっついて、トクントクンと響いてくるアイツの鼓動を聞きながら。
 私は、それだけで、十分に、幸せを感じていられる。

美琴「いっつもいーっつも、一人で突っ走ってくれちゃってさ。――心配するこっちの身にもなれっての」
上条「俺だってさ、美琴に、大切な恋人に何かあったら、それ以上の不幸はないんだぜ? だから本当は……」
美琴「――却下! それでも、私一人蚊帳の外ってのはもうたくさんよ」

 この鼓動が消えてしまうようなことが起きたなら、私の鼓動だってもしかしたら一緒に消えてしまうかもしれないと思ってしまう。
 不安な気持ちを拭い去ろうと、私は顔を上げて、アイツの顔を覗き込むようにして見つめる。

美琴「――私だって、当麻と一緒に戦えるんだから」
上条「美琴…………」
美琴「お願いだから、ひとりにならないで。お願いだから、私を、ひとりにしないで。それだけは忘れないで欲しい」

 私の言葉に、当麻の目が軽く見開かれた。
 驚きとも、喜びとも、はたまた恥じらいともつかぬ表情が微かに滲む。

上条「ああ、忘れねえ。何があったって、忘れるもんかよ」

 私を見つめてくる漆黒の瞳に、気持ちの高ぶりが感じられる。

上条「――お前のことだけは、絶対に忘れねえよ!」

 当麻の瞳に宿る光が、私の身体の奥底に隠していた欲望を、露わにさせるような気がした。
 ずっと、ずっと、当麻を困らせたくないからって、私の中で押し殺していたことを、今、この場へと解き放たんとする。

美琴「だったら、お願い。今夜……」

 それに気付かされた私は、もはや抗いようのない想いと欲望に身を焦がされる。
 理性では抑えが利かない言葉を、感情を、欲望を吐き出そうとする。
 料理の中に、黒子のパソコン部品が入っていたわけではあるまいが、この身の中から湧き上がる感情は、たった一つだけだった。
 最高の媚薬のように、彼の愛が、私の心を、身体を、その気にさせてしまったのだから。

美琴「――当麻が欲しいの」
上条「み、美琴!?」

 驚いた表情の彼に向かって、

美琴「愛情不足なの。愛情不足だから、今夜はもっと、当麻の愛が欲しいの」





 言葉にしたことで、私の中で次々と情愛の花が開いていく。
 それは、とろり、と私の中からあふれ出て、愛しい恋人のために、今宵、きれいな花を咲かせたいと思わせて。

上条「お、お前、何言って……」
美琴「お願い、当麻。――今夜は、特別な夜に、したい」

 そう言って当麻に口付けた。もはや臭いなんて気にもしていられなかった。
 当麻の愛を求めて、貪るように唇を蹂躙していく。私の愛を求めるかのように、当麻の方も積極的に応えてくれる。
 ありったけの愛を込めた口付けを堪能し尽すと、

美琴「――今度は、私を、料理して?」

 当麻の顔が一瞬、びくり、と凍りついたようになったが、すぐにかあああっと赤みが差していった。

上条「み、美琴。――い、今のお前、ちょっと変だぞ?」

 そうは言いながらも、当麻の腕はしっかりと私の身体を抱きしめたままだ。

 変。確かに、今夜の私は、変なのかも知れない。
 だってそれは、

美琴「――当麻のせいよ」
上条「え? ……ええっ? お、俺のせいなのか?」
美琴「そうよ。あんなに、当麻の愛情たっぷりの手料理を食べたんだもの。私の心も、身体も、もっと当麻が欲しいって訴えてるの。だから……」

 男の子なんて、ブラジャー投げつけて面食らった所へノーブラで抱きついてやればイチコロ、なんてアメリカ大統領直伝のテクニックを使うつもりなんてないけれど、当麻の弱いところは分かっているから。
 潤んだ瞳で想いを込めて、ちょっと下から彼の顔を覗き込むように、上目遣いで。

美琴「――私をこんな風にした責任、とってよね?」
上条「――――ッ!」

 私を抱きしめる腕に、力が込められて、同時に当麻の瞳の輝きが変わった。
 それまで戸惑い、抗うようだった彼の表情が、急に引き締まった感じになると、

上条「いいのか? こうなったら、もう止まらねえけど、いいんだな?」

 私の耳元で囁いた。
 優しく、されどちょっと強引に。私をリードしてくれそうな彼の言葉に、心と身体が悦びを訴える。

美琴「いいよ。当麻の好きにして、いいよ。その代わり、私のこと、全部もらってくれる?」
上条「ああ。美琴のこと、俺が全部もらうよ。――これからもずっと、俺だけのものにするからな」

 電撃のように、背筋をゾクゾクとしたものが駆け抜けた。
 じっと見つめてくる当麻の視線が、私の中の女を刺激している。
 これから、身も心も結ばれるのかと思うだけで、初めてを迎える不安よりも、むしろ嬉しさに胸の高鳴りが治まらなくなりそうで。

美琴「うれしい。当麻、好き……大好き、愛してる」
上条「俺もだ。好きだ、美琴。愛してるよ」

 愛してるだなんて言葉、こんなにいっぱい、口にする時が来ようとは思ってもみなかった。
 これから訪れるであろう、彼と一つになれる瞬間が待ち遠しい。

 今度は、当麻のほうから唇を寄せてきた。熱い吐息が、彼の体温と愛を私の身体に伝えてくる。
 ――だけど、一緒に伝わってきたものは、それだけじゃなかった。
 ああ、その…………やっぱり、

美琴「――お願い、ちょっと待って、当麻」
上条「あ? え、え……ええっ?」

 顔を寄せてくる彼を、両手で押しとどめた。
 キスの直前に止められた当麻が、おあずけをくらった犬のように情けない顔をする。
 彼にそんな顔をさせるのが申し訳なく思うけど、

美琴「続き、お風呂へ入って、歯を磨いてからじゃダメ、かな? やっぱり臭いが、その……ね?」
上条「…………ふぅ。そりゃそうだよな。ごめんな。俺、そこまで気が回らなくてさ」

 いい雰囲気に水を差すような私の要望にも、当麻は苦笑いを浮かべながら聞いてくれた。

美琴「ううん……私こそ、ごめんね。――でも……その、初めて、だから、きれいな身体で愛し合いたいの」

 だからこそ、きちんと、勘違いや誤解のないように気持ちを告げる。
 じっと目を見つめて、私の願いが伝わるように彼の手を握って。

上条「――じゃ俺、食器の後片付けするから。美琴は風呂の用意を頼むわ」

 照れや恥ずかしさにおそわれたのか、当麻が私の手を振り解くと、そそくさと後片付けを始めた。
 顔が真っ赤になっているのが、とても可愛く感じられてしまう。
 だけど、姿勢がちょっと前かがみになってるのは、どうしてなのかしら?





 カーテンの隙間から、ベッドに差し込む光が、まるでスポットライトのように私を照らしていた。
 その光の眩しさに、私は目覚めのときを迎えていた。

美琴「ん、…………もう、朝……よね……」

 ぼんやりとした頭で、まどろみから抜け出そうとする。
 が、すぐ傍に自分と違うぬくもりを感じて、いつもと違う幸福な時間を堪能することに意識をとられてしまう。
 目を開ければ、すぐ間近に、愛しい彼の顔があって。

(こうしてみると、当麻の睫毛、長いのね。あ、うっすらとひげなんか生えちゃってる……)

 まだ目の覚めやらぬ彼に抱かれたまま、私はその温かさを存分に味わっていた。
 もちろんしっかりとパジャマを身に着けているが、昨夜の肌の温もりを忘れたわけなどなくて。

美琴「………………えへへ…………」

 体の中に残る、違和感と彼の愛情の残滓。
 当麻のちょっと強引だけど優しいリードに、私はこの身体の全てをさらけ出し、彼に捧げられた。
 そんな彼も、初めてだから実はいっぱいいっぱいでしただなんて、営みが終わった後の腕枕で聞かされた。

美琴「――私のために、一生懸命だったんだよね」

 腕の中で喘ぐ私を、彼は可愛いと言って一生懸命に愛してくれた。
 当麻を受け入れたときには、痛みも出血もほとんどなく、私の身体はむしろ、悦びにうち震えていた。
 彼のおかげで私は、初めてを無事に済ませることが出来たのだ。

美琴「ありがとう、当麻。私をもらってくれて……」
上条「…………どういたしまして」

 気がつけばまだ、眠そうな目で私を見つめている彼。
 彼の視線に、私の中で女が目覚めた。

美琴「…………おはよう、当麻」
上条「おはよう、美琴」

 そのまま唇を寄せて、目覚めのキスを交わす。
 軽く触れ合うだけの口付けが、だんだんと、深いものへと変わる。
 息を継ぐことも忘れ、ただ貪るように私たちは、お互いを味わい尽くしていく。

美琴「んっ……ちゅるっ……んくっ……ちゅっ……あぁ、はぁ。はぁはぁ………」
上条「んん……ちゅっ……くっ……ちゅぱ……ふぁっ、はあ。はあはあ………」

 顔が離れた瞬間、当麻との間に銀色の糸がつぅーっと引かれる。
 この瞬間、ひとつになることの幸せな記憶と、抗いがたい淫猥な欲望が私の心を支配していく。

美琴「…………ねえ」
上条「ん? どうした?」

 それは、お腹のところに当たる、ちょっとした感触も理由だったのかもしれない。
 昨夜、当麻が前かがみになっていた原因なのだと、この時初めて理解した。

美琴「あたってるんですけど」
上条「あ? …………ええと、これはその、なんだ。朝の生理現象、でして……」

 私を女にしてくれた、当麻の、当麻。
 愛と幸せと快感を、私だけに語ってくれる、彼の肉体言語器官。

美琴「どう、したらいいの?」
上条「どう、したいんだ?」

 どうしよう? などと迷っているうちに、彼がきゅっと強く、抱きしめてきた。
 耳元に、甘いささやきを……と期待していたら、

上条「風邪はもういいのか?」

――そうだった。

 そもそもは、彼が風邪気味の私のために、手料理を振舞ってくれるだけだったのが、なぜかこんなことになってしまうなんて。
 でも、これは私自身が望んだことだから。なにしろ彼の手料理に込められた愛情のおかげでもある。
 何といってもそれは、恋の病にすら効く、愛の万能薬だったのだ。

美琴「――うん。おかげさまですっかり治っちゃった」
上条「そっか。良かった」

 私の言葉に、当麻が笑顔になる。
 その時、ふいに頭を持ち上げた欲望に、私の心は千々に乱れた。

(――してるときの当麻の顔、見てみたいかな? なんて……私、こんな……)

 昨夜は薄暗い中でのことだったし、私はほとんど目を閉じて、彼に全てを任せていた。
 だから感じている当麻や、達した瞬間の当麻を見てみたいと、私の中に欲望という名の愛が大きくなっていく。
 今度は私から当麻を愛したい。もっと私で感じてほしい。もっともっと、私から離れられなくなるほど、気持ちよくなってほしいと。





美琴「私のこと、あんなにもたくさん愛してくれたんだもの。風邪なんてとっくにどっかへ行っちゃったわよ。だから……」
上条「だから?」
美琴「――今度は私がしてあげたいな、なんて、ね? いいでしょ? 当麻ぁ」

 彼の耳元に顔を寄せて囁いた。
 手をゆっくりと、当麻の……そこへと……のばしていく。
 触れた瞬間に、ビクッと反応する当麻が、愛しい。
 楽器を奏でるように、優しい手つきで撫でれば、当麻の息がだんだんと荒くなっていく。
 このまま彼を、いっぱい愛してあげようと、

上条「……み、みこっ……んあっ……イ、インデックスが、帰ってくるかもしれねーし……うっ……」
美琴「……まだ大丈夫、だから、ねぇ」

 甘えた声で誘いを掛けたとき。

『――何が大丈夫、なのかなあ? みこと! とうま!』

 背後からの突然の声に、さっと血の気が引いた思いがした。
 暑くもないのに、なぜか私の額からは、急にだらだらと汗が零れ落ちる。これが、冷や汗ってヤツよね。
 見れば、当麻も青い顔のまま、同じように固まっていた。
 ゆっくりと深呼吸をして、声のした方へ振り返るとそこに、

『二人とも、いちゃいちゃするのはそのくらいにしておいて、ちょーっとそこに、な・お・る・ん・だ・よっ!』

 銀髪碧眼のシスターがいた。
 慈悲深げな笑みを浮かべてはいるが、目が笑っていない。こめかみもなにやらヒクヒクと震えているようだ。
 まるで、ブ・チ・コ・ロ・シ・カ・ク・テ・イ・ね、と言われているようにも思えて、余りの迫力に、私も当麻も、上手く言葉が出ない。
 それでも、ようやっとのことで、

上条「お、おはよーございます、インデックスさん?」
美琴「あははーー。お、おはよう、インデックス?」
禁書「おはようなんだよ。二人ともその様子だと……今から姦淫の罪について、お説教をしなくちゃいけないのかも?」

 いつの間に帰ってきたのかと聞く余裕もなく、いろいろとやらかしてしまったこの状況に、私の頭の中は大混乱の真っ只中。
 それでも当麻が脱出路を探るように、おずおずと言葉をつないでいった。
 私も同じように逃走経路を探して、とにかく頭を働かせようとするが、

上条「え? いやいや姦淫だなんて……そんな」
美琴「そ、それに私たち、十字教徒じゃないんだし……」

 そんな私たちへ、すでに説教モードのインデックスがたたみかけてくる。

禁書「こもえが言ってたんだよ。――上条ちゃんはあれで結構やんちゃなんですから、何かあったら、すけすけみるみるの刑なのですよーって」
上条「ひぃっ!?」
禁書「くろこも言ってたかも。――お姉様も調子に乗って、上条さんと間違いを起こしたときは、洗いざらい寮監にぶちまけますのって」
美琴「えええっ!?」

(――これは何とかこの場を乗り切らないと、いろいろとまずい事になりそうよね)

 私は当麻と顔を見合わせると、とにかくなんとか打開策はないものかと互いに目と目で会話する。
 この場を乗り切るため、二人で力を合わせ、彼女を取り込もうとして。

上条「え……いや、その前に、だな。――俺たち、朝ごはん、まだなんだ」
美琴「そうそう。だから朝ごはん、作んなきゃいけないの。――インデックスも一緒に食べるでしょ?」
禁書「も、もちろんなんだよ! お腹いっぱいごはんを食べたいな!」
美琴「はいはい。じゃあ今から準備するね……」

 やっぱり彼女には、食べ物の話題が一番効果的ねと、当麻に目配せをする。
 彼からは、このまま上手く誤魔化せば、なんて返事が、視線を介して伝わってきた。

 私は素知らぬ顔で彼女の横をすり抜けて、キッチンへと足を向ける。
 やれやれどうやら上手くいきそうだと、少しだけ気を抜いたその時だった。
 ぽんっ、と肩をひとつ叩かれて、振り返ってみれば、氷のように冷たいインデックスの表情がそこに。

禁書「――だからって、誤魔化されたりなんかしないからねっ! みことっ! とうまっ! 二人ともそこに正座するんだよっ!!」
上条「ふ、不幸だあああ!!!」
美琴「ふ、不幸よおおお!!!」

 本日の朝食は、インデックスのお説教から始まったのだった。


  ~~ THE END ~~







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