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海北友松


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海北友松
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ほか


概略
海北友松 (かいほうゆうしょう)は安土桃山から江戸時代にかけて活躍した絵師。武家出身らしい豪壮で迫力のある作風で知られる。名ははじめ友徳(紹益とも)。如切斎や有景斎とも号した。天文2年~元和元年(1533~1615)

人物史
近江国(現滋賀県)の戦国大名浅井家の重臣のひとり、海北綱親の五男として生まれる(三男説もあり)。幼いうちに禅門に入り、東福寺で修行したと伝わる。書画が巧みで、このときに狩野派の絵を学んだという。織田信長によって浅井家が滅ぼされ、父や兄が戦死したため、還俗して海北家の再興を目指し、連歌師や禅僧たちと交流を深める。しかし豊臣秀吉に画才を認められたことから武門を捨てて画業に専念した。画家として頭角を現すのは60歳代になってからのことであるが、現存する初期の作品においては、狩野派(とくに永徳)の影響が顕著にみられる。また、宮中や公家に出入りし、桂宮家の「浜松図屏風」なども制作した。 墓所は真正極楽寺真如堂)にある。

作風と代表的な作品
宋画や元画に造詣が深く、狩野派に学んだ巨大樹木などの桃山的な様式に、宋の画家である梁楷や玉澗、牧谿らの要素を組み合わせて独自の画技を生み出した。代表作である建仁寺方丈の襖絵は慶長4年(1599)の作で、「竹林七賢図」は梁楷に学んだ減筆法で描き、「山水図」は玉澗に学んで墨の濃淡を対比させながら大きな空白のなかに山水を見え隠れさせるという技法で描かれている。また晩年の作品には軽妙洒脱な作風のものも多い。

大方丈障壁画  建仁寺所蔵  重要文化財
松竹梅図  建仁寺禅居庵所蔵  重要文化財
琴棋書画図  建仁寺霊洞院所蔵  重要文化財
花卉図屏風  妙心寺所蔵  重要文化財
琴棋書画図  妙心寺所蔵  重要文化財
三酸図  妙心寺所蔵  重要文化財
飲中八仙図  京都国立博物館所蔵  重要文化財
浜松図屏風  宮内庁三の丸尚蔵館所蔵

建仁寺大方丈旧障壁画は「竹林七賢図」「花鳥図」「琴棋書画図」「雲龍図」「山水図」からなる。現在襖絵から掛軸に改装し、京都国立博物館に寄託されている。

その他

リンク
作品を収蔵する博物館・美術館
京都国立博物館オフィシャル  http://www.kyohaku.go.jp/
宮内庁三の丸尚蔵館(宮内庁ホームページ内)  http://www.kunaicho.go.jp/11/d11-05.html


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