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嵐山


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嵐山
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ほか


概略
嵐山 (あらしやま)は、京都府京都市右京区嵯峨の観光地で、山の名前でもあり、周辺一帯の地名でもある。京都市街の西の端に位置し、古くには嵯峨野もしくは嵯峨と呼ばれた。風光明媚故に平安貴族の別荘地となって以来、京都の代表的な観光地として、また桜や紅葉の名所として親しまれている。嵐山の中心部を流れる川に架かる 渡月橋 (とげつきょう)は嵐山の象徴になっており、四季折々の景観が美しい。なお渡月橋をはさんで上流が保津川で下流が桂川、橋の周辺が大堰川と呼ばれている。

歴史
美しい自然や清らかな流れが多くの歌人に愛され、歌にも詠まれた嵐山の地は、平安時代より貴族の行楽地や別荘地として、また大堰川は舟遊びの場として賑わった。山の嵐山(標高375m)は桜の時期の景観が有名で、この桜は後嵯峨上皇の亀山殿造営の際に奈良の吉野から移植されたものであるという。室町時代には天龍寺が建立され、一帯は門前町として発展し、花見や紅葉狩りの名所として茶屋が建ち並ぶこととなる。慶長11年(1606)には角倉了以が川を開削して水深を深くし、それまでの筏だけでなく舟を停泊できるようにして物流を盛んにさせるとともに、渡月橋を100mほど上流から現在の位置に移動させた。以来丹波地方からの木材や食糧などの物資を運ぶ舟が航行し、物流の基点としても栄える。なお伐採した木材を京都の街に運ぶコースを舟で下る「保津川下り」が亀岡市から体験できる。平成3年(1991)には亀岡と嵐山を結び、保津峡沿いを走る嵯峨野観光鉄道「トロッコ列車」の運行が始まった。付近の曼陀羅山では、8月16日に五山の送り火?として「鳥居形」が点火され、大堰川には戦没者供養のために万灯流しが行われる。

渡月橋の架橋の時期については諸説ある。空海の弟子道昌が架橋したという説もあるが定かではない。古くは渡来人である秦氏が優れた潅漑技術を用いて渡月橋付近に「葛野の大堰」を造り、嵯峨野一帯の農地化に成功したといい、現在渡月橋周辺を大堰川と呼ぶのはこのことに因る。平安時代には法輪寺?が管理していたため「法輪寺橋」とも呼ばれたが、鎌倉時代に亀山上皇が「まるで月が橋を渡っているようだ」と形容したことにちなみ因み「渡月橋」と呼ばれるようになったという。現在の橋は昭和9年(1934)に完成した全長約155m、幅約11mの鉄筋コンクリート製の橋だが、景観を配慮して木造に擬装されている。欄干の「渡月橋」の文字は、欄干が新調されるたびに、その時の天龍寺管長が揮毫する。夜間はミニ水力発電の電力でライトアップされている。春秋のピーク時には1日数万人の観光客が渡るという。このため渋滞が激しく交通が麻痺してしまうため、乗用車の乗り入れ規制や郊外に格安の駐車場を整備しそこからバスで運ぶ「パーク・アンド・ライド」が試験的に行われた。

代表的な観光・観光施設

保津川下り

明治28年(1896)頃から、観光客を乗せた川下りがはじまった。亀岡から嵯峨まで約16kmを舟で下り、途中には烏帽子岩やかえる岩、びょうぶ岩などの巨岩を船頭さんがユーモアいっぱいに説明してくれる。12月から3月初旬までは暖房付の舟が運行されるので一年を通して楽しむことができ、年間約30万人の観光客が利用する。

嵯峨野観光鉄道「嵯峨野号」(トロッコ列車・嵯峨野トロッコ・保津峡トロッコ)

複線電化に伴う線路の付け替えによって廃止されたJR山陰本線(嵯峨野線)の旧線を利用し、1920年代にフランスで流行したアールデコ風のデザインを基調とした4両編成の列車がトロッコ亀岡駅~トロッコ嵯峨駅間を所要約25分で走るもの。8つのトンネルをくぐりつつ保津川峡谷の自然美をゆったりと楽しめる。

嵐山の鵜飼

初夏から秋にかけて後宇多天皇も見物したという千年以上の歴史を誇る鵜飼が行われる。鵜飼とは鵜を使って鮎を獲る伝統的な漁法のひとつで、漁をする人を鵜匠と呼ぶ。風折烏帽子、漁服、胸あて、腰蓑という古式ゆかしい装束を身にまとった鵜匠は、一度に8羽程度の鵜を操って、かがり火の光に集まってきた鮎を鵜に飲ませる。鵜ののどには紐が巻かれており、ある大きさ以上の鮎は完全に飲み込むことができなくなっており、鵜匠はそれを吐き出させて漁獲とする。期間中は屋形船から間近で見学をしたり、食事をしたりすることができる。

嵐山公園

嵐山公園は、亀山、中ノ島、臨川寺の3地区からなる。亀山地区は、渡月橋の北西にある小倉山(標高286m)の南東部を占める丘陵地で、自然が美しい散策路となっている。付近は平安期の貴人の隠棲地で、「小倉百人一首」の名は藤原定家?がこの地で撰集したことに由来する。広場や休憩所、児童広場、保津峡を見渡せる展望台などがある。 中ノ島地区は川の中洲をなす島にある公園で桜が多く植樹されており、花見の季節には多くの観光客で賑う。渡月橋下流西岸にあたる臨川寺地区は並木道や運動公園になっており、嵐山から時代劇のロケで有名な流れ橋(上津屋橋)を経て木津へ至る堤防沿いの道「京都(嵐山~木津)サイクリングロード」の基点にもなっている。

嵯峨鳥居本

古くは「化野(あだしの)」と呼ばれ、京の人々の埋葬地であったが、現在の町並みは愛宕神社?の門前町として発展したもので、化野念仏寺?を境に瓦屋根の町家風民家が並ぶ下地区と茅葺きの農家が多い上地区とふたつの風景が共存する。一之鳥居前に建つ江戸時代創業の茅葺きの茶店、平野屋周辺の紅葉が特に有名。重要伝統的建造物群保存地区?に指定されている。

嵐山モンキーパーク(岩田山)

京都の嵐山にあるニホンザルの公苑で、昭和32年(1957)に付近に生息していた野生のニホンザルを餌づけし、サルの生態が観察できるようにと始まった。現在150頭あまりのサルが生息中。岩田山の中腹に餌場が作られており、休憩所や展望台、運動場などがある。

観光情報
住所 京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町
電話番号 0771-22-5846(保津川下り、保津川遊船企業組合)、075-861-7444(トロッコ列車、嵯峨野観光鉄道株式会社)
         075-861-0302(嵐山の鵜飼、嵐山通船株式会社)、075-872-0950(嵐山モンキーパーク)
アクセス JR山陰本線(嵯峨野線)「嵯峨嵐山駅」下車、嵐電嵐山本線・阪急嵐山線「嵐山駅」下車、市バス「嵐山」「嵐山公園」下車
駐車場 徒歩圏内(約1~10分)に市営及び私営駐車場あり

その他

京都検定出題

平成16年(2004)第1回京都検定2級出題
「嵐山を流れる大堰川は、上流を保津川とも呼び、保津川下りでも知られているが、江戸時代初期にこの大堰川を開削し、保津峡を船で通れるようにした人物は誰か。」

平成17年(2005)第2回京都検定1級出題
「(前略)終点の嵐山駅で電車を降り、左手に向かうと大堰川に架かる(  )橋に至る。(中略)大堰川は、河川開発事業に活躍した(  )が慶長11年(1606)に開削、これにより丹波からの農産物や材木がより多く京の都へ運ばれるようになった。」

リンク
保津川下りオフィシャル  http://www.hozugawakudari.jp/
嵯峨野トロッコ列車オフィシャル  http://www.sagano-kanko.co.jp/
嵐山モンキーパークオフィシャル  http://www.kmpi.co.jp/


そうだ 京都、行こう。


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