とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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髪と手を結んだ先に

甘い夢の後には」「甘い夢の中では」の続きです。


 上条はとある自販機と睨めっこをしている。
 いつぞや2000円札を飲み込んだ憎きヤツを目の前に、上条は下唇を噛みしめる。
 今日は『まだ』飲み込まれてはいない。そもそも、お金を入れる前に逡巡しているのだ。
「………さて、どうしますかね」
 上条は自販機から目を移し、少しばかり寂しい財布を見て溜息をつく。
(うーむ)
 『そんな120円くらいで』と言われかねないような光景であるが、上条にはそれなりの問題であった。
 これから美琴と遊びに行こうと言っている身である以上、必要のない出費は極力抑えたかった。
 なんせ相手は、ホットドッグに2000円をポンと出すような相手なのだから。
 しばらく迷った挙句、上条は財布をポケットに捻じ込み近くにあるベンチにどかっと腰を下ろす。
(ジュース1本買うのにこんなに迷うなんて……)
「なんていうか、不幸だ……」
 上条はこの世の終わりのような溜息をつく。
「ごめーん、待ったー?」
 そんな世界の終焉を見るかのような上条に、ぱたぱたと手を振りながら1人の少女が駆けてくる。
 上条は少しだけ涙目になりながら、そちらに目を向ける。
 なにやら嬉しそうな顔でこちらに向かってきているのは誰であろう、御坂美琴その人であった。
 おう、と手を挙げて走ってくる美琴に応えようとしたところで、ふと動きを止める。
「み………こと?」
「な、なによ? バカみたいな顔して」
「あ、いや………わりぃ」
 上条はポカンと口を開けたままに、手を中途半端に挙げたまま固まっている。
 そんなアホ顔な上条を見て、美琴は首を傾げている。
「いや………なんていうかな。に、似合ってるぞ……その髪型」
「え?」
 上条は照れくさそうに美琴から目を背ける。
 美琴は何を言われたか分からないようで目を丸くしていた。
「ポニーテール、っていうのか? いつもと違って新鮮でさ」
「…………」
 美琴は火でも出るんじゃないかという勢いで顔を赤く染めると、それを隠す様に上条に背を向けた。
 その勢いで、美琴の髪の尾が揺れる。
「…………」
「…………」
「……わりぃな、変な事、言ってさ」
「ううん」
「…………」
「…………」
 2人の間に、沈黙が続く。
 それは重苦しいものではなく、照れくさい、むず痒いそれだった。
「ねぇ……」
「なんだよ?」
 美琴は上条に背を向けたまま、上条はそんな美琴の背を見たまま会話を続ける。
「アンタは、どっちがいいと思う?」
「な、何の事だ?」
「髪型………いつもと、どっちが好き?」
 不安げな美琴の口から出たのは、上条の胸に突き刺さるものだった。
「え、あ…」
 上条は戸惑っていた。
 いつもの彼なら、『中学生が色気づくんじゃありません!』なんて言ってるかもしれない。
 だが、今日の上条は違っていた。
 上条が特別ポニーテール萌えだというわけではない。
 勿論、目の前にいる彼女が妙に可愛らしかったからというのもある。
 だが、それよりもなによりも。
(なんでこんなに御坂を意識しちまってるんだよ? 昨日、あんなことがあったせいか?)
 上条は昨日の出来事を思い出す。
 夢の中に出て来た美琴。
 いつの間にか隣で寝ていた美琴。
 そして、なによりも―――幸せそうな寝顔の美琴を。
 上条は携帯の入ったポケットに目をやる。
 思わず待受けにしてしまったままの、美琴の寝顔。
(落ち着け、相手は中学生。しかも、あのビリビリだぞ!?)
 そのうえで、上条は普段は勝気で、ビリビリしてきて、いつも不機嫌な美琴を思いだす。
(でも、それだけじゃねぇ)
 妹達の件で見せた涙。偽装デートで見せた柔らかな表情。
 記憶喪失を知った上で、助けになると言ってくれた。
(なんだよ……俺は、どうしたいんだよ)
 上条は己の中に燻ぶる気持ちを上手く整理できないまま、美琴に目をやる。
 いつの間にかこちらを見ていた美琴は、手をもじもじとさせていた。
 その顔は熟れたすもものように赤く染まっており、不安げな双眸は潤んでいるようにも見えた。
 バキンッ―――
 上条の中で、何かが砕ける。
(ッ―――!?)
 上条はブンブンと首を振り、両頬をバチンと叩く。
「あー、み、御坂?」
「なっ、な、なによ?」
 美琴は慌てたようにバタバタと手を振る。
 そんな様子が妙に可笑しく見えて、上条は少し口元を緩める。
「なんだ。こうやってる時間ももったいねぇしな。さっさと行こうぜ」
 上条はベンチから立ちあがると、にっと笑って美琴の頭に手を乗せる。
「あ、コラ! 誤魔化すな!」
 美琴はキッと眉を吊り上げ、抗議するように上条を見上げる。
 上条は『勘弁な』とでもいう様な頼りない笑みを浮かべ、美琴の手を取って歩き出す。
「はいはい。行きますよ―」
「ちょ、ちょっと、待ってよっ」
 てくてくと歩いていく上条に引かれ、美琴は慌てて歩を進めるのだった。
「どこに行く気なのよ?」
 そのまま数分歩いてから、美琴は上条に問いかける。
 落ち着いてきたせいか、『いつもの』表情で上条を睨む。
 誤魔化された上に勢いで引っ張られてきたが、上条は何処を目指しているのか。
 思った事をそのまま口に出し、相変わらずこっちを見ようとしない上条に抵抗する。
「………そうか」
「っ!? 痛っ」
 上条が急に立ち止まる。すぐ後ろに付いていた美琴は、上条の肩に鼻先をぶつけてしまう。
「ちょっと、急に立ち止まんないでよ!」
「あ、あぁ、わりぃ」
 上条は鼻を押さえて涙目になっている美琴に向き直ると、その両肩をがしりと抑えた。
「ちょ、ちょっとアンタ、なにやってんの?」
「美琴!」
「は、はい!」
 不可解な上条の行動に怪訝な表情をしながらも、美琴は急に名前で呼ばれた事に驚く。
 それから、今自分が置かれている状況に気付き、一気に顔を赤く染めた。
「さっきの事なんだけどな」
「さ…っき?」
「ああ。お前の髪型云々の話」
 上条は『分かんなかった問題の解法が分かってやっほーい』的な表情を浮かべている。
「どっちが好きって言われたけどさ」
「……うん」
「そんなのどっちだっていいんだ」
「ちょ、ちょっと! それは幾らなんでもあんまりだと思うんだけど!?」
「あー、違う違う。そう言う意味じゃねぇって」
 眉を吊り上げてビリビリと帯電し始めた美琴をどうどうと宥め、上条は続ける。
「髪型とかさ、服装とか、そんなんじゃねぇんだよ。確かに、いつもと違っていいんだけどな」
 そこは認めるし、似合ってるとは思う。上条はそう言うと一つ息を吸う。
 心なしか緊張したような面持ちで、視線を少しだけ泳がせる。
「そうじゃなくて、お前が……御坂が幸せそうな顔してくれたら、それでいいんだって」
「その為なら、俺は何でも出来るって、頑張れるって、そう思えた」
 上条はそう言いきると、美琴の肩から手を離し、照れくさそうに鼻を掻く。
「…………ばか」
 美琴は耳まで真っ赤にして俯く。上条からその顔は見えない。
 どんっ、と美琴の拳が上条の胸を叩く。
 その拳にどういう意味が込められているのかは、上条には分からなかった。
「ばか……ほんッとに、ばかなん…だから」
 嗚咽交じりの美琴の言葉に、上条は戸惑う。
(あれ、何か妙な方向に進んでませんか?)
 カッコよく決めてみたものの、肝心の美琴はどうやら泣いてるっぽい。
(女の子が眼の前で泣いちゃうなんて、とっても悪い気しかしないんですが)
「み、みことサン?」
「大丈夫、大丈夫だから……」
 美琴は泣いた赤い顔でくすっと笑い、ぐしぐしと涙を拭う。
「アンタは、頑張り過ぎなのよ」
「いやいや、上条さんは全く何の役にも立ってませんことよ?」
「うっさい。心配して待ってる身にもなれっつうの」
 どかっと、先程よりも少しだけ強い力で、上条の胸に衝撃が伝わる。
「うおっ!?」
 上条が驚きの声を上げる。
 美琴の力が思いのほか強かったわけでも、当たりどころが悪かったわけではない。
 美琴の頭が、額が、自分の胸に乗せられていたから。
 先程の衝撃は、親愛のパンチではなく、甘えたような軽い頭突きだった。
「み、こと?」
「お願い……暫く、このままでいさせて?」
「お、おう」
 上条は困ったように目線を空に向けた。表情こそ困り顔ではるが、心臓は張り裂けそうなくらい高鳴っている。
(き、昨日からなんだってんだよ……)
 上条は戸惑う。
 美琴の行動に。自らの心に。
 自分の中で何かが砕けるのは感じた。それでも、それに目を向ける事を拒んだ。 
 幾ら鈍感少年の上条でも、自らの中で首をもたげるものが何なのか、見紛うことはなかった。
(俺は………御坂を―――ッ)
 上条は視線を美琴に戻す。泣いている様な、微笑んでいる様な、複雑な顔をした彼女はじっとこっちを見ていた。
「なぁ、御坂」
「………みこと」
「え?」
「美琴って。名前で、呼んで?」
「み、美琴」
「うん」
 上条がそう呼ぶと、美琴は満足そうな顔で俯いた。
「……………美琴」
「えへへ……」
 美琴は照れくさそうな顔で微笑む。
(うっ、み、美琴ぉぉぉお!?)
 今までにない美琴の一面を垣間見た上条は、唾を飲み込んだ。
 今まで築き上げてきた色々なものが、崩れ落ちるような、そんな感覚に襲われる。
「なぁ、美琴」
「なに?」
「俺の事も、名前で、呼んでもらっていいか?」
「…………とうま」
 美琴は蚊の鳴くような小さな声でそう言うと、恥ずかしそうに目を伏せた。
 そんな可愛らしい彼女に、上条は身体のあちこちがむず痒くなった。
「当麻……」
 美琴は上条から顔を隠す様に、もう一度その胸に顔を埋めた。
 上条は茫然としたまま、そんな美琴を見ていた。
「……すき」
「っ!? んな、な、なんと言いましたかッ!?」
 ぼそりと美琴の口から飛び出た言葉に、上条が飛び上がる。
 言った方も言われた方も、顔は耳まで真っ赤になっていた。
「なっ!? い、いい、一回で聞き取りなさいよッ、ばか!」
「て、テメェ、さっきから人をばかばか言いやがって、新手のイジメですか!?」
「うっさい! なんでもないわよっ!」
 ふんっ、と鼻を鳴らし、美琴は上条に背を向けた。
 怒った顔はしていたものの、耳の後ろどころか、いつもは隠れて見えないうなじまで真っ赤に染まっている。
「なぁ、美琴」
 答えは返ってこない。
 仕方がねぇな、と呟き、上条は後ろから美琴を抱きしめた。
「俺も、好きだ」
 それでも、言葉は返ってこない。
 その代わりか、美琴は小さく頷いて、そっと上条の手をとった。


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