とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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初恋オワタ



 まだまだ冬の寒さが残る2月の学園都市。
 100万を超える人々が衣服の上からコートを羽織っている中、気温を無視した熱気が都市内に充満していた。熱の発生源は人口の8割を占める学生達で、更に言うなら男子の方が女子より遥かに熱気が高い。
 何故こうも異様な熱気を発しているかと言うと、理由は単純で、今日が2月の14日だからである。
 バレンタインデー、あるいはセントバレンタインデー。元々は聖ウァレンティヌスが殉教した日と言う事で魔術的に重要な意味を持つのだが、残念ながら魔術を知らない人々には『好きな人に想いを伝える日』と言う程度の認識でしかない。
 それは周囲をオーバーテクノロジーに囲まれた学園都市にも当てはまる事で、なまじ科学サイドの総本山と言う肩書きがあるせいでオカルトを信じない人間ばかりなため、本当に『ただの記念日』に成り下がっている。
 その『記念日』も人によって様々な意味を持つ。
『好きな人に想いを伝える日』『恋人同士で想いを再確認する日』『友達同士でチョコを交換する日』『街中に嫉妬の炎が渦巻く日』『仲の良い男女を引き裂くためにもてない男が奮闘する日』etc...
 十人十色とはよく言ったもので、本当に多種多様な意味がもたらされている。そして常盤台のレールガン、御坂美琴は今日をこう定義付けた。
『素直になる日』
 これだけだとシンプル過ぎて何の事だかさっぱり解らないため、補足説明をしておく。
 いつまで経っても美琴の気持ちに気付かないあの馬鹿こと上条当麻。アイツが鈍感なのが悪いのよと常々考えている美琴だったが、ふと思った。
 ……このまま何もしないで待っているだけだと何も進まない。
 確かに上条は鈍感だ、それは認めよう。だけど、全てをアイツの責任にするのは一種の甘えではないのか。自分が素直になれずにつっけんどんな態度ばかり取っているせいで余計気付かれ難くなっているのではないか、と。
 美琴は否定できなかった。と言うか、その通りだと思った。上条の鈍感さはかなりのものだが、美琴の素直になれなさも折り紙付きだ。このまま今までと同じように接し続けても、この想いが日の目を見る事は絶対に無い。
 だから美琴は決心した。上条に気付いて貰えるのを「待つ」スタイルを止めて、自分から積極的に「動く」スタイルに変更しよう、と。
 今までにも何度か考えていたのに実行できなかったものだが、都市中がお祭りムードで浮かれている状況だからそれに乗っかろう、と意外とすんなり決心できた。これもバレンタインと言う言葉が持っている魔力のせいなのだろう。
 ところで、欧米でのバレンタインは男女両性が花やケーキ、カードなどを恋人や親しい人、お世話になった人などに贈る日である。女性から男性への一方通行で、贈り物がチョコレートに限定されているのは日本独自のものだ。
 それは東京都西部にある学園都市でも同じで、しかし学生であり能力者である者達が独自に改良を加えたため、通常の「日本型バレンタインデー」とは一線を画する。
 特定の能力者が箱を開けると仕掛けが作動したり、あるいは渡す側と渡される側の能力が合わさったときに薔薇が舞ったりと、何でもありだ。企業もこのイベントに乗っかり、試作品を大量生産している。手作りしない女子達はこの試作品に頼る事になる。
 様々な選択肢がある中、美琴が選んだのは何の変哲も無い普通の手作りチョコだった。能力で仕掛けを作っても意味が無いから、もう普通ので良いやと投げやりに決めたのである。
 何故か。それは、美琴がチョコを渡す予定の人間にはあらゆる異能を打ち消す力が具わっているからで、試作品を選ばなかったのは単純に信用できなかったからだ。味も効果も未知数の物に賭けるぐらいなら、効果は無くても味は保障できる物を渡した方がマシだ。
 それなら買って確かめればいいじゃないかと思うが、何故かパッケージに「これは男性専用です。女性の方が食べるとビックバンも吃驚な爆発が起こりますのでお気を付け下さい」とか意味の分からない売り文句が書いてあったため冒険できなかったのだ。
 そんな訳で美琴はとある高校の校門前に居た。
 時刻は午後4時10分。とっくに下校時刻を過ぎているのだが、待ち人は未だに校内から出てこない。ちらほらと校門を抜けていく人波の中には見知ったツンツン頭は発見できなかった。
 もう既に下校している可能性――は、無い。何と言っても一時間以上前からここで張り付いているのだ。わざわざ早退までして。6時限目終了のチャイムをこの耳で聞いたのだから、それは間違い無い。友人の土御門に電話したところ、向こうが何らかの理由で既に帰宅している訳でも無いらしい。
 つまりまだ校内に残っている。

 美琴は『普通の』校舎を見上げる。彼があの中に居る事は分かっているのだからいっそ乗り込んでやろうかと思ったのだが、実行には移せなかった。
 良くも悪くも常盤台の制服は人目を引く。それが『普通の』高校の中に入り込んだらどうなるか。結果は火を見るより明らかだった。今だって校門の前で人を待っているだけなのに、出てくる生徒達に凝視されているのだ。校内に入ると全方向からの視線が襲ってくる事になるだろう。居心地が悪いなどと言うレベルではない。
(……いや、私ならそんな視線気にならないし、大きな問題じゃないわよね。結局は勇気が足りないだけで……。何が積極的に動くよ、バカみたい)
 美琴は鞄の中に入れてあるチョコレートを思い出し、大きく息を吐いた。
「ため息を吐くと幸せが逃げるとはよく言ったものだけど」
 と、不意に聞こえた声に顔を上げる。
 そこに立っていたのは、紺色のセーラー服を着ている少女だった。今時の女子高生としては珍しく、膝下ぐらいまであるスカートを穿いている。しかし、上着の方は寸法を間違えたのか丈が短く、細い腰のくびれから小さなへそまで丸見えになっており、そこから妖しい色気を醸し出していた。
 校章を見る限りこの高校の生徒らしい少女は、美琴の姿を無言で見ている。頭の天辺から足の爪先まで、嘗め回すような視線に美琴は寒気を感じた。
「あ、あの、私に何か用ですか?」
「用と言うほどのものがある訳ではないけど。ただ、一時間以上も校門の近くに立っている常盤台の生徒が居ると聞いたから。こんな『普通の』高校にやってくるなんて随分と面白い人間だなと思っただけだけど」
「そ、そうですか……」
 変わった喋り方をする人だなと美琴は思ったが、同時に気圧されている自分を感じていた。この感覚はかつて学園都市最強のレベル5である一方通行と対峙した時のものと似ている。自分では到底立つ事ができない領域に居る者。その、地獄を何度も越えてきたような気配に美琴は身震いした。
 彼女はそんな美琴の内心に気付いているのかいないのか、「これが『あの子達』の姉……いや、むしろ親と言った方が正しいか。中々面白そうな人柄をしているようだけど」などとブツブツ言っている。
「あ、あの」
「ん? あぁ、そうか、自己紹介がまだだったか。私は雲川芹亜、この学校の生徒をやっている者だけど」
「うぇ? あ、はぁ、そうですか。あ、私は」
「超電磁砲の御坂美琴、常盤台が誇るエースだけど。この『普通の』学校にお嬢様がやって来るとはな……何の用だ?」
「え、えぇっと……。人を、待ってるんです」
 答えると、雲川は驚いたように目をパチクリさせ、次の瞬間には面白いものを見つけたと言わんばかりの笑顔になった。
「今日はバレンタインだけど。そんな日に人を待っている。それが示す意味を理解しているのか?」
「はぁ」
「ちなみに待ち人の名前は上条当麻と言うのではないかと推察してみるけど」
「な!? どうしてそれを知っているんですか! い、いや、それよりも何でアイツの事を知ってんのよーッ!」
 驚きのあまり敬語を忘れて怒鳴りつけてしまう美琴。その頬は特定の人物の名前を聞いた事で一気に赤く染まり、頭から蒸気が噴き出ている。
 対する雲川は怒鳴られた事に気を悪くする風でもなく、むしろ美琴の反応が気に入ったようで腕を組んでうんうんと頷いている。
「常盤台のお嬢様が高校生に恋!? ……これは良いスクープになるけど」
「売るなーッ!!」
 ついに美琴は年上に対する敬意をかなぐり捨て、バチバチと帯電させた電撃を前髪から放出した。だが、雲川はそれをあっさりと回避してしまう。
「10億ボルトもの電撃を食らったらいくら私でも死んでしまうのだけど」
「当たってないじゃない!」
「ついでだから教えてやるけど」
「何よ!?」
「どれだけ待っても上条当麻は出てこないのだけど。今日はちょっと面白い事に巻き込まれているからな」
 怒鳴り続けていた美琴は、ピタリと動きを止めた。
「巻き込まれている、って……何? あの馬鹿はまた妙な事件に首を突っ込んでんの?」
「まぁ、首を突っ込んでいると言えない事もないけど。どちらかと言うと今回は騒動の中心に居ると言えるだろう」
 焦るでも怒鳴るでも無く淡々と事実を述べている雲川の様子に、上条が割と日常的に騒動に巻き込まれている事を知る。
(何と言うか……アイツの不幸もここまでくると表彰したくなってくるわね。と言うか、何であんなに不幸なのかしら。よっぽど前世で神様に恨まれたみたいね)
「それで、これからどうするのかだけど」
「はい?」
 脳内で独り言を呟いていた美琴は、その言葉で現実に引き戻された。

 雲川はそんな反応を気にする様子も無く、話を続ける。
「さっきも言った通り、上条は出てこない。だから、チョコレートを渡すのなら校舎に入るしかないのだけど」
「ど、どうしてチョコレートを渡すと言う事まで……」
「今重要なのはお前が校舎に入るのか、このままここで待ち続けるのか、それとも今日はもう諦めて家に帰るかの決断なのだけど」
「決断って、そんな大袈裟な……。と言うか、その選択肢だと初めからひとつしか選べないじゃない」
「それなら付いて来ると良いのだけど」
 言うが早いか、雲川は美琴の手を掴み校舎へ向かって歩き出した。
「って、え!? ちょ、ちょっと、どこに行くのよ!」
「分かりきった事を訊くのは感心しないのだけど。心配しなくても退屈はせんよ」
「そういう問題じゃなくて……って言うか、退屈しないってどういう事よ! 何か根拠でもあるの!?」
「もちろんあるけど」
 言うと、雲川は足を止めて振り返った。
 そして、彼女はこう言った。
「この学校は、いろんな刺激に溢れているから」


 校内は戦場だった。
 廊下にはスリッパや教科書が散乱しており、その上に何かが走り過ぎて行った痕跡が残されている。そして手近な教室のドアを開けてみると、その中はまるで台風が通り過ぎた後のような惨状だった。椅子や机がドミノ倒しになっており、掃除用具入れがバタリと倒され、風に舞ったプリント類が火の付いたストーブの近くに落ちていた。
「……って危ないじゃない火事になるわよ!」
 美琴は慌ててストーブの火を消し、周囲に散らかっているプリント類を集め始めた。ある程度集め終わると教卓を起こし、その中にまとめて放り込む。
「一体何があったのよ」
「面白い事になっていると言ったはずだがな。まだまだこれぐらいで驚いてもらっても困るのだけど」
 けらけらと笑い声を忍ばせた口調に、美琴はゆっくりと振り返る。
「まさか、もっと酷い事になってるとか言うんじゃないでしょうね」
「そのまさかだけど。そもそも、どうしてこれだけ教室や廊下が荒らされているのに誰も騒ぎ立てずに放置されていると思う?」
「……まさか、生徒が動けない状態になっているとか? 風紀委員や警備員も来てないみたいだし」
「不正解。今の所この学校の生徒に負傷者は出ていないのだけど。風紀委員と警備員が来ていないのは誰も通報していないから」
「待って、ますます訳が分からなくなってきた。これだけの惨状を見て誰も通報しないなんておかしいでしょ。どう考えても教室に被害が出てるし、教師が黙ってるはずないもの。それ以前に外から見た誰かが通報するんじゃないの?」
「この学校の生徒にとってはこんなのは日常茶飯事なのだけど。教室についても散らかっているだけで損害はないから教師達も目を瞑っているから。窓ガラスが割れたり上から物が降ってきたりと言う分かりやすい騒動じゃないから外から見ても『普通の』高校にしか見えないのだけど」
「……ちょっとこの学校についての認識を改めるわ。こんな台風が通り過ぎたような光景が日常茶飯事だなんて、どう考えても普通じゃないでしょうに……」
「外から見たらそうなのだろうな。だけど毎日毎日何かしらの事件が起きていれば自然とそれが普通に思えてくるのだけど」
「考えたくもないわね……。と言うか、そんなに事件ばっかり起こって大丈夫なのこの学校は。責任問題だとか色々と面倒な事になるんじゃないの?」
「それについては問題無いのだけど。この学校には他人の不幸を肩代わりしてくれる面白い奴が居るから」
 不幸、と言う単語に美琴の肩が跳ねた。
「それって……アイツの事?」
「正解。どういう理屈か分からんが、奴は不幸を引き付ける体質のようでな。一連の事件は全て奴が関わっているものだから責任をまとめて押し付けられるのだけど」
「ちょ、ちょっと! 責任を押し付けるってどういう事よ? アイツに何やらせてるの!?」
「心配はいらんよ。この学校で起こった大小様々な騒動は私の名前を使ってもみ消しているから。ただ、騒動の中心に女の子が居た場合は、少々暴力的な粛清が行われるのだけど」
「……、」
 もはや突っ込み所が多過ぎて言葉も出ない。
(事件をもみ消している? おいおいアンタそれはただの生徒にはできない荒業でしょ。それに暴力的な粛清? むしろアンタらが傷害罪で訴えられるんじゃないのかしら)
 美琴は心中でブツブツと呟く。ちなみに、自分が割と日常的に暴力(電撃とかレールガンとか)をぶつけている事実はすっかり忘れてしまっているらしい。
「……粛清って、例えばどんなのがあるの?」
「口で説明するのは中々難しいのだけど」

 雲川はそこで一旦言葉を区切り、窓の外を見た。具体的には渡り廊下を隔てて隣接する教室の中。そこに見知ったツンツン頭を発見すると、面白そうに唇を歪めた。
 彼女は次の言葉を待っている美琴に、当初の予定とは違う言葉を告げる。
「付いて来ると良い。こういう事は第三者より本人に聞いた方がより面白いのだけど」


「相変わらず、お前は面白い事になってるけどなぁ」
 背後からの声に上条の肩は飛び跳ねた。
 しかし、その喋り方や声質から声を掛けてきた人物が誰であるかを特定すると、安心したように肩の力を抜く。
「何だ先輩か。ったく、驚かせないでくださいよ」
 上条はゆっくりと後ろを振り返り、
「よ、よっす」
「ぬわああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 片手を挙げて気さくに挨拶をしてくる常盤台のお嬢様を発見すると、猛スピードで後ずさりを始めた。
 その反応に美琴は怒り心頭。前髪で電気が跳ねたと思ったら、次の瞬間には全身から電流を垂れ流していた。
「アンタは……何でいつもそんな反応なのよ!」
「ちょ、止めろ御坂! ここには先輩も居るんだぞ! 教室中にビリビリばら撒いたら先輩死んじゃう! ついでに俺も死ぬんだけど!!」
 慌てて美琴のそばに駆け寄り、頭に右手を置く。すると、バチバチと音を立てていた電気は跡形も無く消え去った。さっきまで青白く、見ようによっては幻想的に光っていた教室も、元通りの殺風景なものに戻る。
 上条はほっと一息吐き、美琴は体に触れられた事で顔を真っ赤に染めた。そんな中、雲川だけがくすくすと笑っている。
「幻想殺し……面白い能力だけど」
「……楽しそうですね先輩。命の危険は感じなかったんですか」
「心配しなくても私はあの程度じゃ死なんよ。それより、お前が大声を出したから敵がまとめてこちらに来ているようだけど」
「は?」
 彼女が言っている事の意味が分からなくて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 雲川が付いて来いと廊下に出たので、上条と美琴はそれに従って教室を出る。
「どうしたんですか先輩。急に廊下に出たりして」
「あれを見るといいのだけど」
 ピシッと左を指差されたので目でそれを追う。
 そこには、
「見つけたわ、上条当麻よ!」「ようやく見つけたか!」「これで粛清ができるな」「いや、待て。何だか旗男の近くに女の子が二人居るぞ」「一人は雲川先輩か」「もう一人は……他校の生徒か?」「いや待て、あれは名門常盤台の制服だ!」「にゃー。あれは確か夏休み最終日にカミやんと逢引してた子だぜい」「カミやんったらまたちゃっかりフラグ立てとったんかい! もう許せへん!」「……死刑」「旗男め」「……旗男め」「旗男」「今度こそ殺す」
 スタンガンや吹き矢、トゲトゲの付いたボールなどを構えて呪詛のように「旗男」を連呼され、上条は背筋に悪寒を感じる。そして美琴は、呪いの言葉を吐き続けている彼らの中に見知った顔を発見して驚いていた。
(あの青いのは確か二次的思考を三次元女子に押し付けてきそうな奴……で、金髪にサングラスのアレは等身大の妹に手を出してるリアルシスコンか)
 まぁこの二人は上条と仲が良さそうだったから納得はできる。
 しかし、
(あのおでこで巨乳な女と巫女装束が似合いそうな女もこの学校の生徒だったの!? と言うかコイツどんだけ恨まれてんのよーッ!)
 心中で叫び、同時に上条に対する粛清の手段も理解できた。各々が構えている武器はおもちゃでも何でもなく、本当に殺傷用の物だったからだ。それでも死なない程度に手加減しているようで、先が尖っている物は石で叩いて皮を突き破らないようにしている。
 巨乳セーラーな女子生徒の号令で、敵は廊下に壁を作り、階段を封鎖した。現在上条たちが居る所は校舎の端に位置するため、廊下と階段を固められれば逃げ道は無い。完璧な詰めだった。
「一応言い訳を聞いてあげるけど、その子は誰?」
 集団の中からある女子が質問を投げかけてくる。
 上条は慌てて口を開くよりも早く、くすくすと笑いながら雲川が答えた。
「見ての通り、カミジョー属性の毒牙に掛かった女の子だけど」
「「「殺せ!!」」」
「――ッ、恨むぞ先輩!」
 集団の攻撃が届く前に上条は美琴を抱き寄せて背中で窓ガラスを割り、脱出に成功した。
 しかし、ここは3階。とてもではないが人が飛び降りられる高さではない。それに気付いたのは窓を割った直後で、
「しまったああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 不運な男の哀れな叫び声が木霊する。

 結論から言うと命に別状は無かった。と言うか、普通に歩ける状態だった。
 近くに木が生えていたのが幸いして、木の枝をクッションにする事で多少の擦り傷だけで済んだのだ。ちなみに、美琴は上条の体が盾となっていたため傷ひとつ無かった。
 現在二人はショッピングモールに来ている。上条はさっさと家に帰りたかったのだが、美琴の「あんな面倒な事に巻き込んでおいてそんな事言うの?」と言う言葉に渋々折れた。
 そもそも美琴が学校に侵入しなければ巻き込まれる事も無かったんじゃないのか、と言う基本的な疑問を覚えないお人よしな上条だった。
「で? 美坂さんは不幸な少年上条さんを引き連れてどこに行くつもりなのでしょう? 言っとくけど俺は今金欠だから何も買うものが無いんだが」
「う、うるさいわね! アンタは黙って私に付いて来てりゃ良いのよ!」
 叫んでから、これじゃいつもと変わらないじゃないと後悔する。せっかく二人きりの状況を作れたのに、肝心の自分が前と同じでは何も変わらない。もっと素直にならないと、この鈍感王には伝わらない。
 美琴は決心した。後の事なんてどうでも良い、羞恥心をかなぐり捨てて自分の欲望に任せて行動しよう!
 決断を下してしまえばその後の行動は迅速だった。何せ、夢の中で色々とやっていた事を現実でするだけなのだから。元々理性で抑えつけていた欲望だし、その理性を取っ払ってしまえば何も障害は無い。
 手始めに、隣を歩いている上条の手を握った。万が一能力が暴発しても困らないように、『幻想殺し』が宿っている右手を。幸い、上条は美琴の左側に居たのでわざわざ立ち位置を入れ替える事も無かった。
「なっ! おい、ちょっと、御坂? 何でいきなり手を繋ぎだしたんですか!」
「何でって……、繋ぎたかったから?」
「疑問系!? 質問に返して語尾にクエスチョンマークで返してきましたよこの人! マジありえねぇ!」
「うるさいなぁ。そんなに私に手を握られるのが嫌なの?」
「むしろ嫌じゃないから困ってるんですって!」
 今までにも何度か手を引っ張られた事はあるが、それ以上に関心を引くものがあったから気にする事は無かった。
 しかし今回は違う。何らかの騒動の渦中に居る訳でもないから、その手の柔らかさや暖かさを意識してしまい、心臓が高鳴る。あぁ、やっぱりコイツも女の子なんだな……と、上条は美琴の手の小ささに感心した。
 上条は内心でドキドキしているのだが、それは外面には出ていないため、対応がそっけなく見える。それが面白くないのか、美琴は頬をぶぅっと膨らませると、繋いでいた手を離す。
 しかし、やっと解放されたー、と上条が脱力する間も与えずに今度は全身を使って彼の右腕に抱き付いた。
「なっ……」
 気を抜いた所にさっきより大きな暴挙に出られ、上条の呼吸が止まる。美琴の薄い胸が肘の辺りにぶつかり、何やら『ふにゅ』と擬音で表現できない音を幻聴した。
「な、な、ななな何をしていますかね御坂サン!? こんな公衆の面前で抱き付くなんてどういう神経をしてるんですか! ほ、ほら、早く離れなさい!」
「何よ。こんなに可愛い女の子に抱き付かれて嬉しくないって言うの?」
「いや、確かに嬉しいけどさ。……っつーか自分で可愛いとか言うなよ」
「なら別に良いじゃない」
 後半の言葉を完全に無視して、更に抱き付く力を強めてくる。もはや胸だけでなく体全体の柔らかさが制服を通して伝わってきて気が気では無い。
「当たってる、当たってるから! ささやかながらも自己主張をしている胸が当たってるから!」
「当ててんのよ」
「いやいや、5年前の漫画から台詞引用しなくていいから! っつーかいい加減周りの視線が痛いんで離れて下さいお願いします御坂様!!」
 ややヤケクソ気味に叫ぶと、渋々と言った風にようやく離れてくれた。しかし、まだ腕には柔らかい感触と暖かい体温が残っており、心臓も早鐘を打ち続けている。
 こりゃしばらくは治まらないなぁ、と上条はとりあえず顔の赤みを取るためにぺちぺちと頬を叩く。
 2月とは言え気温は高くて15度もあればいいぐらい。そんな寒さの中、平手で頬を叩き続けるとどうなるか……結果は分かりきっていた。
 美琴はしばらく自傷行為に走る上条を見ていたが、ふと彼の顔に模様が付いているのを発見すると、指を差してげらげらと笑った。
「な、何ですか一体? 上条さんは人に笑われるような事をした覚えは無いんですけど!」
「い、いや、それ見て笑うなって方が無茶よ。ほら、これ見てみなさいって」
 美琴が普段持ち歩いているポシェットから手のひらサイズの鏡を取り出して、上条の顔がよく見えるように突き出してきたので、彼はやや訝しみながらも覗き込んでみた。

 そこには、顔面に紅葉のような跡をペタペタと貼り付けているツンツン頭が映っていた。
「ぶほぁっ。な、何ですかこれは! 今の俺はこんな愉快な顔をしていると言うのですかーッ!?」
「だから言ったでしょ、アンタのそれを見て笑うなって方が無茶だって。周りを見てみなさいよ」
 そう言われてやっと、周囲の人間に注目されている事に気付いた。しかも、その内のほとんどがくすくすと笑い声を漏らしている。
 どう考えても自分の顔を笑われているとしか思えない(実際はバカップルの会話が面白くて笑っているのだが)上条はうわーんと叫び、美琴の手を掴んでモールから逃げ出した。


 現在時刻は午後6時30分。あれから、ショッピングモールから逃げ出した上条は美琴を引っ張ってあちこち走り回った。
 しかし、どこへ行っても人が居たため、少々の寒さを我慢して第7学区にある小さな公園のベンチに腰を落ち着ける事にした。
 連続で何度も短距離走を強いられた美琴はぜぇはぁと荒い息を吐く。上条も何度か肩を上下させているが、こちらは自分の意思で走っていたため、それほど疲れている様子は無い。未だに呼吸が整う様子の無い隣人を見てさすがにバツが悪くなったのか、街灯の小さな明かりを頼りに自販機からスポーツ飲料を二本買ってくると(この買い物で上条の財布の中身は本当の意味で空っぽになった)、片方の蓋を開けて美琴に渡した。
「ほれ、ちょっとでいいから飲めよ。口で呼吸してると喉が乾燥して後で痛い目を見るぞ。冬に冷たいジュースってのも嫌だけど、吸収が早いからな」
「ありがと……」
 呟くようにお礼を言うと、受け取った500㎜のペットボトルからごきゅごきゅと水分を補給する。それに合わせて上条もゴクゴクと喉を鳴らせる。
 当然だが、しばらくすると容器は空になる。そうなるとやる事が無くなったため、二人は世間話に興じる事にした。
「しっかし……、アンタの学校って普通の学校に見えたんだけどねー」
「まぁ、常盤台のお嬢様から見たら普通なんだろうな。突出した特長なんてのも無いし」
「いやいや、まさか日常的にあんな騒動が起こってるとは思わなかったわよ。ちょっと認識を改めないとって思ったし」
「俺らからしたらあれが普通なんだけどなぁ。風紀委員や警備員だって駆けつけてこないし、案外餓鬼の遊びみたいに思われてるんじゃねーの?」
「確か、一連の騒動が表に出ないのは雲川って人が事件自体をもみ消してるからって話だったけど」
「あー、先輩か。確かにあの人だったらそれぐらいの事はやってのけそうだよな。一体どんな権限を持っているのやら」
「そう言えばアンタ、今日はどうして追い掛けられてたのよ? 何かやらかした訳? 女子の体操着を盗んだりとか」
「そんな事をしたら俺は公的に裁かれるだろ……」上条は呆れたように言う。「んー、実際俺にもよく分かんねーんだ」
「はぁ? よく分かんないってアンタ、何も知らないで追い掛けられて攻撃されてたって訳?」
「いや、原因っつーかきっかけは分かってるんだよ。だけどそれがどうして原因になるのか、その理由がさっぱり分からん」
 上条は通学用の鞄を美琴に見せると、その中身をベンチの上にばら撒いた。
 本来、教科書や筆記用具などが入れられるべき場所なのだが、今日はそんなつまらないものは入っていなかった。
 出てきたのは綺麗にラッピングされた大小様々の箱だった。箱の形も四角だったりハート型だったりと、レパートリーに富んでいる。
 その外見や今日の日付を考えればその中身が何であるかはすぐに分かった。
「……チョコレート?」
「その通り。6時限目が終わってHRも終了したすぐ後にクラスの女子が渡してくれてさ」
 上条はチョコレートの山からひとつを取り出し、話を続ける。
「不幸の女神に愛されている上条さんにもついに幸運の女神が現れたのかと感動したよ。義理でも嬉しい、ありがとうってお礼を言ったんだけど、その子はいつの間にか居なくなってて、代わりに土御門と青髪ピアスがダブルで正拳突きを放ってきて、そっから3学年まとめた鬼ごっこが開催されたって訳」
「3学年まとめた鬼ごっこ?」
「そ。いや、最初から上級生も混ざってたわけじゃないんだけどな。土御門達から逃げてると何でか知らないけど吹寄と姫神も参加してきて」
 同じくチョコレートの山からふたつを取り出し、続ける。
「その途中で二人ともこれを投げてきたんだよ。投擲武器かと思って避けようと思ったんだが、吹寄が受け取らないと殺すとか物騒な事を言うもんだからさ」
 最近はネット上での犯罪予告だけで捕まる時代だってのに、無茶する奴だよほんと、と上条は遠くを見つめて呟いた。

 美琴はそんな上条の様子には目もくれず、ただただチョコレートの山を見ていた。正確にはそのラッピング方法を。
(……コイツは義理チョコだって思ってるみたいだけど、どう考えても本命よね。市販されている物とラッピングの方法が違うのもあるし、超有名ブランド品もちょこちょこ紛れてるし……。冗談抜きで、もたもたしてたら奪われかねないわね)
 ライバルの多さを再確認する。そして、更に思考を沈める。
(私も手作りチョコレートを持ってきてるけど、普通に渡したってこの山の中に入れられるだけでしょうね……。もっとこう、インパクトを与えるように渡さないと。もしくは目の前で食べてもらって感想を訊くとか)
 隣に座っている上条が、声を掛けても反応が返ってこない事に小首を傾げているが、美琴は気付かない。
(インパクト……。そうだ、告白して渡せばそれは物凄い衝撃になるんじゃないかしら? 多分この馬鹿は告白された経験なんて皆無だろうし、『初めて』はそれなりに記憶に残るでしょ)
 問題はそれを口に出すだけの勇気があるのかどうかだったが、今の美琴は既に覚悟を決めていた。
 ――今までの関係が壊れるリスクはあるけど、それを負ってでもコイツに想いを告げたい!
 それは、美琴が今までずっと押し留めていた願い。具体的な時期は知らないが、もう半年以上も胸の内に秘めていた想いだ。それを今まで隠し通してきたのは関係が壊れるかもしれないと言う恐怖のせいだったが、今の美琴はその恐怖を打ち破った。保守的に構えて実を結ぶ事が無いのなら、砕ける覚悟をしてでも当たるしか無い。そう決心したのだ。
 それに、美琴は今日を『素直になる日』と定義付けたのだ。本心を晒さずして何が素直だ。
 周りには人影が見当たらず、公園には上条と美琴の二人きり。バレンタインデーと言うイベント日だからだろうか、街灯同士にパイプのようなものが繋がれ、それがハート型になっており、その中に青白い電流が流れていて、可愛らしくも美しく光っている。告白するには絶好のシチュエーションだ。
 美琴は大きく深呼吸をして、隣の上条に向き直る。
「あのさ」
「ん? 何?」
 いつも通りの何も感じていないような対応に、思わず苦笑する。こんな日に、こんなタイミングで、こんな風に改まって話し掛けられたら普通は何かしらの期待をするだろうに。それがコイツの良い所なんだけどね、と心中で呟く。
 美琴は自分の通学鞄を開けると、中から綺麗にラッピングが施されたハート型の箱を取り出した。
「あのさ、今から私結構凄い事言うんだけど、驚かないで聞いてね」
「あん? あぁ、別にいいけど……それは何だ? 俺にくれるのか?」
「うん、一応あげるつもりだけど」
「マジで? サンキュー御坂、義理でも嬉し「義理じゃないわよ」……へ?」
「だから義理じゃないの。1日掛けて……は、さすがに言い過ぎか。でも、それなりに手間と暇を掛けてアンタのために作ったものなんだから」
「はぁ? 何だお前、そうすっとわざわざ俺なんかのためにチョコレート作ってくれたって言うの? っつーか、義理じゃないなら何なんだよ」
「決まってるでしょ、本命よ」
「……………………はいぃ?」
 美琴はため息を吐いた。本当はもっとちゃんとした場面で一度に言いたかったのに、この馬鹿に釣られて勢いでネタバレしてしまった。
 仕方が無いからそれ以上の勢いで押す事にする。
「そうよ。アンタは気付いてないでしょうけど、私はアンタの事が好き。『あの子達』を助けてくれたと言う借りもあるけど、それとは別にアンタ個人が好き。アンタが毎回大きな事件に巻き込まれて入院しているのを知ったとき、私がどれだけ心配してるか分かる? できる事ならアンタには怪我して欲しくないのよ。アンタにもしもの事があったら私はとても耐えられないから。それだけアンタの事を好きだってのに、何でアンタはちっとも私の気持ちに気付かないのよこの馬鹿ッ!!」

「……、」
 上条は次々とぶつけられる言葉に呆然とするしか無かった。美琴が自分の事を好いてくれていると言う新事実に、心配してるとまで言われてはどう反応すれば良いのか分からない。まだまだ美琴の言葉は続いているが、もはや上条はそれを聞き入れるだけの余力が無かった。あまりの衝撃に、脳がパンクを起こしてしまったのである。
 しかし、最後の言葉だけは何故か聞き取る事ができた。
「――だから、私と付き合って! お願いだからアンタの隣に居させて!!」
 想いと共に差し出されたチョコレートを受け取るか否か。
 美琴は頭を下げて腕を伸ばしたまま微動だにしない。まるで、このチョコを受け取ってくれるまで動かないと言っているようだ。
 しばらく逡巡して、彼は口を開いた。
「悪いけど、答えは否だ」
「……っ」
 彼女は動かない。
 気にせずに、口を動かし続ける。
「お前の気持ちはよく分かった。俺の事を本当に好いてくれている事も分かった。今まで心配掛けさせてた事も理解した。でも、悪りぃ。今の俺にはその気持ちを受け取る事はできない」
「どうして……?」
 美琴の声は、さっきまで怒鳴っていたものとは全然違い、随分と弱々しくなっている。恐らく泣いているのだろう、水気を含んだ声色からその様子が簡単に想像できた。
 上条は頭を撫でようと手を伸ばし、――しかし撫でられなかった。今の自分に彼女を慰める資格など無い。それに、まだ話は終わっていないのだ。
「理由その1。お前がまだ中学生だと言う事。16歳と14歳っつったらたったの二つ違いって思うけどさ、高校生と中学生じゃやっぱり駄目なんだよ。別に俺自身が年下趣味だとか言われるのは構わないんだけど、お前の場合は色々と面倒な事になるだろ。もし付き合ったとして、間違いが起こったら責任取れるか? ……取れないだろ。俺はもう社会的には親から自立してるからそう言う意味では自由だけど、お前は不自由って事だな」
「……、」
「理由その2。俺達がまだお互いの事をよく知らないと言う事。何だかんだ言って結構高い頻度で顔を合わせるけどさ、言ってしまえばそれだけだろ。『絶対能力進化計画』とか俺の記憶喪失に関してとか、お互いプライベートな部分に干渉した事もあったけど、あれは色々な意味でイレギュラーだったし。互いの私生活を知らない二人が付き合うと破局する確率が物凄く高いとか何かで聞いた事もあるしな」
「……、」
「理由その3。俺がお前の事を好きになれないかもしれないから。ぶっちゃけ俺は誰かを好きになるなんて感情分からないんだよ。今まで好きになった子も居ないし、あったとしても記憶喪失だから全部忘れちゃってるしな。お前の気持ちは正直嬉しかったけど、せっかく付き合っても想いの一方通行なんて嫌だろ? それなら、誰か別の良い男を見つけた方が良いと思うぞ」
 これ以上理由はありませんと締めくくると、美琴はようやく顔を上げた。予想通り涙を流していたが、それは思っていたよりも少量だった。
 ……やっぱりコイツは強い、きっと俺なんかよりずっと良い男を自力で見つけるだろうな。

 しかし、結末は上条が思い描いていたものと違った。
「ねぇ、いくつか質問して良い?」
「……俺に答えられる事なら」
 美琴はごしごしと目元を擦ると、キッと勝ち気な瞳で上条を睨み付けた。
「アンタは私の事が嫌いだから拒否した訳じゃないのよね?」
「当たり前だろ。お前の事を嫌いになる訳が無い」
「あくまで理由は私の年齢と、お互いの事をよく知らないから」
「いや、3つ目の理由を無視されても困るんだけど」
「あんなの理由にならないわよ。一生掛けてでもアンタを振り向かせれば良いんだから」
「はぁ?」
 何言ってんだコイツは、と上条が疑問に思っていると、美琴はフフンと誇らしげに胸を張った。
「だったら話は簡単よ。私が中学を卒業するまでにお互いの事を良く知って、高校に入学したら付き合って、それから私の事を好きになってもらえばいいんだから」
「あの……御坂さん?」
 何だかおかしな方向に話が進んでいるようだと上条が止めに入るも、勢い付いた美琴は止まらない。
 彼女は箱から特製手作りチョコレートを取り出すと、それを半分に割って、もきゅもきゅと自分で食べ始めた。
「あ、あれ? それって俺にくれるんじゃなかったの? もしかして振ったからくれないとかそう言うのですか?」
「馬鹿ね、何言ってんのよ。ちゃんとアンタの分もあるわよ」
「あ、そうなの? それは良かった。けど、その行動には一体どんな意味が隠されているんでせう?」
「言っとくけど私はまだ諦めてないわよ」
 会話に合っていない謎の宣言をすると、彼女は立ち上がった。
「まずは『友達』になる。そして私が卒業するまでにお互いの事を知る。これで理由の1と2がまとめて無くなるでしょ?」
「はぁ……」
「私が高校に入学すると同時にアンタと付き合って、それからゆっくりと私の事を好きになってもらう。完璧じゃない。何か文句でもあるの?」
「無いけど……。お前はそれで良いのか? わざわざ俺みたいな奴に固執しなくても良いんじゃねぇの? 下手したら一生好きになれないかもしれないんだぞ?」
「別に良いわよ。一生私の片想いでも良いの。今までだってアンタの背中を追いかけてたようなものだし、大して変わらないわよ」
 そっかと言うと、上条も立ち上がる。
「……後悔しないんだな?」
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのかしら?」
 断言すると、彼女は右手を差し出した。
「常盤台のお嬢様、御坂美琴さんですよ。分かってるよそれぐらい」
 苦笑しながら、彼も右手を差し出した。
「友達からお願いします……で良いのか?」
「良いのよそれで。……こちらこそよろしく」
 イルミネーションに照らされた二つの手がガッチリと握られ、バギン! と言う、幻想殺しが超能力を打ち消した音が響く。
 こうして、御坂美琴の初恋は終わった。

 ――そして、新たな恋が始まる。



Fin


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