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**弟(中篇) ◆WXWUmT8KJE □ 「あそこに、村雨さんがいるのね」 「ええ」  ハヤテたちはS1駅を降り、神社の階段を前にして立っていた。  本来なら、ジョセフを待ち、村雨の元へと向かう予定だったのだが、それを無視して二人はここにいる。  理由は…… 「一刻も早く、村雨さんにこれを渡さないと……ごめんなさい、ジョセフさん。 でも、仲間になった村雨さんと一緒に迎えに行きますから」 「一応、書置き残してきたから大丈夫よ」  さっぱりとした様子でヒナギクが告げ、階段を昇る。  ハヤテは慌てて後に続く。 「それに……つかさのお姉さんがいるなら、あってみたいじゃない。 ハヤテくんの言うとおりなら、あの三村って奴が言っていたように、殺し合いに乗ってないみたいだし」  つかさの名を出した瞬間、ヒナギクは痛みに耐えるかのように表情を歪める。  かがみに辛い知らせを届けなければならないことと、つかさとの思い出が蘇って喪失感が強調されたことが同時に襲ってきたのだ。  それを振り払うかのように、ヒナギクは階段を昇る速さを上げる。  こつこつと足音をたてて昇っていると、階段の中ごろに倒れている黒いカバンを発見する。  いったいあのカバンはなんだろうか?と、ヒナギクが疑問を浮かべるが、答えはすぐ後ろからやってきた。 「零さん!」 『おお! ハヤテよ!』  あれが零か。ヒナギクは始めてみる強化外骨格のカバン状態に、僅かに驚いた。  時間は少し遡る。  怒りに燃える零は、神社の様子が気になってしょうがなかった。  あの婦女子は無事だろうか? 悪鬼となった村雨に暴行をされていないだろうか?  業火のごとくの怒りが零に駆け巡る。村雨自身を弄んだ、BADANと変わらぬ所業。  零にとって村雨はもう許せぬ相手となっている。 (とはいえ、どうしたものか)  零が思考を村雨への怒りから、これから来るであろう正義の仲間のことへと移る。  たとえ正義に燃える戦士が何人揃おうとも、首輪が行動を抑制している。  あの雷雲に突っ込もうにも、どうしようもない理由の一つである。  逆に首輪さえどうにかすれば、逆転は容易くなる。  零は参加者の首にはまっている首輪の外装を回想する。  繋ぎ目すら見当たらない首輪は一見解除が不可能にも思える。  しかし、一つ、二つ首輪のサンプルがあり、分解して零が解析することさえできれば、参加者の首輪を外すことも可能だ。  そして、予想される首輪の機能は、  1・生死の判定。  2・禁止エリアの察知。  3・主催者による遠隔装置。  4・盗聴器。  5・能力の制限装置。  1~4は比較的、零の知る技術力でも可能だ。  それに、今までは首輪を考察する機会を逃して考えもしなかったが、主催者が参加者を管理しないはずがない。  ハヤテに伝えてなかったのは迂闊だと思った。BADANに近いハヤテを警戒するのは、主催者側からすれば当然だ。  とにかく、首輪を分解し、情報が筒抜けな状態と、命を握られている状況から仲間を救わねばならない。  問題は、5だ。正直、零にはどのようにして多種多様な参加者の力を、BADANの都合のいい状態にしているか、皆目検討もつかない。  村雨からヒントを得られるのかとも思ったが、村雨はそんな能力は持ち合わせてはいない。 (つまり、5を解くことが、我々の急務だ。そのからくりが、首輪の解除に繋がるかもしれないという、曖昧なものだが、追求して損は無かろう)  まずは首輪を解体する手段を手に入れなければ。零がそう考えている中、誰かが近寄る気配を感知する。  数は二。階段を上がっていくたびに、誰であるか零は分かり、不気味なドクロの顔を喜びの感情で満たす。 「零さん!」 『おお! ハヤテよ!』  零とハヤテ、早い再会であった。 「これが……覚悟くんの言っていた零?」 『おお! 覚悟と出会っていたか! して、奴はどこに!?』 「覚悟さんは、仲間を救いに向かいました。ここは僕に任せる。そう言って」 『む! それはいささか仕方ないが……ハヤテだけではあの悪鬼、村雨を退治することは……』  零の言葉が最後にまで告げられる前に、ヒナギクの蹴りが叩き込まれた。  神速の蹴りに、零は微塵も揺らがず、逆にヒナギクは反動で来た痛みに足を抱えた。 『な、何をするか! 我々は超鋼で出来た身体。蹴ればお主の足がひとたまりも……』 「……しなさいよ」  ヒナギクから立ち上る、黒いオーラにハヤテは思わず後ろに退く。  本気で怒っているときのヒナギクであることに気づいたからだ。 「訂正しなさいよ! 本郷さんの仲間を、悪鬼といったことを!!」 『あの者がしでかしたことを知らぬから、そういえるのだ!』 「村雨さんは記憶がないから、少し間違えちゃっただけじゃない! きっと、記憶さえ戻れば、本郷さんみたいに……正義の味方として…………戦って……つかさの仇も……」  最後は嗚咽交じりのヒナギクを前に、零は焦る。  婦女子を泣かせることは、零の本意でないためだ。 『だとしてもだ、あやつの記憶を取り戻す手段がないことには……』 「零さん、ありますよ。村雨さんの記憶」  ハヤテが告げた瞬間、零は数秒沈黙する。  おそらく、人間なら物凄く驚いた表情をしているのだろう。 『ど、どこにあるのだ!?』 「これよ! 目を見開いて、よく見なさい!」 「目はないんですけどね」  ヒナギクはキューブを零に突き出したまま、怒りを交えた視線でハヤテをねめつけ、ハヤテがビクッと反応する。  屁理屈で和ませようとした作戦は、失敗に終わったようだ。 『むう、たしかに未知の物質だが……』 「本郷さんが言っていたもの。たしかよ」  自信満々に告げるヒナギクに、本郷がどれほどの人物だったか、読み取る。  ハヤテはヒナギクの人物を見る目を信頼している。  それに、村雨の仲間だといったのだ。ハヤテが信頼しないはずがない。  ハヤテは零を掴み、階段を上ろうとする。ズシッと重さがのしかかり、思わず手放しそうになった。 (よく村雨さんは軽々と持てたな) 『ハヤテ、無理はしていないか? 我々は九十キロあるぞ』 「だ、大丈夫ですよ。これくらい。さあ、早く村雨さんに記憶を取り戻させてあげないと」  そうハヤテが力を込めたときだった。  村雨の、叫び声が響いてきたのは。 □ 「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」  村雨は助けを求めるように、虚空に手を突き出す。  頭痛から逃れるように、胸の痛みから逃げるように。  だが、痛みは構わず村雨の全てを蹂躙する。  逃れられない苦痛。しかも、外部から襲うような痛みでなく、内側から湧き上がるような痛みだ。  身が引き裂かれる。助けてくれ。  救いを求めた手は、誰かが握ることを期待した右手は、誰も握ることがなかった。いや、握ることはないはずだった。  村雨の手が、温もりに包まれる。  体温が、手から伝わり身体に広がる。懐かしい感覚。 (いつか、同じことがあったはず。いつか? それはいったい、いつの記憶――――?) 「大丈夫だから……安心して」  この声は聞き覚えがある。ジョセフをおびき寄せるために連れてきた、柊かがみの声。  その声が、懐かしい声色と重なって――――  苦しむ村雨を前に、かがみが取った行動はとりあえず、手を握ること。  なぜかは分からない。それでも、苦しむ村雨を放っておけなかったのだ。 (ジョジョが知ったら、呆れるだろうな)  そう思いつつも、村雨を宥め続ける。  今の村雨の長身は、まるで子供のように小さく見えた。  やがて、村雨の震えがだんだん収まってくる。逃げれなくなるかもしれないのに、何をやっているんだろうとも思ったが、後悔はしていない。  なんとなく、こいつは悪い奴じゃない。  その想いが、ジョセフと戦って欲しくないという欲求を強くしていった。 「……ねえ、大丈夫」  声をかけても、村雨は頭を振るうだけ。  仕方なく、そのままの姿勢でいてやる。 (まあ、しょうがないよね)  内心そう呟いた彼女の耳に、階段を駆け上ってくる足音が聞こえてきた。  慌てて手を振り解こうとするが、間に合わない。 「村雨さん! いったい、何が……」  結局、かがみはうずくまる村雨の手を握るという、微妙に見られたくない姿を見られてしまった。  ヒナギクは、かがみの姿を見た瞬間、思わずつかさ、と小さく呟いてしまった。  やはり、双子だからだろうか。まとう雰囲気は違うが、姿形は似ている。 「これは……」 「か、勘違いしないでよ! 急に苦しんだから、放って置けなく……」 「ハヤテ…………」  慌てて釈明するかがみを無視して、村雨はゆらりと幽鬼のごとく立ち上がる。  その瞳に、ハヤテを映して。 「村雨さん……?」 「ちょうどいいところに来た……。俺と、戦え!!」  村雨が叫んだ瞬間、その身体がZXへと変わる。  まるで、痛みを振り払うかのように。 「あんた、やめなさいよ!」 「そうよ。村雨さんが、戦う理由は……」 「頭が、痛む。この痛み、戦って忘れるしかない! 戦いこそが、俺に記憶を与える! 戦いこそが、俺に安息をくれる! だから戦え! ハヤテ!!」  渇望するかのように叫ぶZX。その姿に、ヒナギクは僅かな落胆を見せる。  だが、そんな状況にも構わず、ハヤテは一歩前に出た。 「いいですよ。やりましょう。村雨さん」 「ハヤテくん!!」  ヒナギクが非難の意味を込めて名前を呼ぶが、今度はハヤテが黒いオーラを纏っていた。 『ハヤテ……?』 「みんな、大変な時に何をやっているんですか。 かがみさんに危害を加えていないと信頼はしていましたが、心配して来てみれば……戦え? いいですよ、村雨さん。一発殴って、絶対このキューブをはめて、記憶を取り戻させます!」  パンと、左手の平に右拳を叩き込みながら、血管を額に浮かばせ、ZXの前に出る。  核鉄を持ったまま、ハヤテは叫んだ。 「武装錬金!!」  六角形の金属片が内部の機械を剥き出しにしながら、右篭手の武装錬金を再構成する。  右手にピーキーガリバーを構えたハヤテは恐れも見せずにZXと対峙した。 「やめなさい! ハヤテくん。村雨さんはきっと、本郷さん並に……」 「強くないですよ。なんせ、アーカードを逃がしたんですからね」 「!! ハヤテ、キサマァァァ!!」  ZXが地面を蹴り、ハヤテに突進する。そのまま拳は石畳を砕き、粉塵が舞い上がる。 「ハヤテくん!」 「いやぁぁぁぁぁぁ!!」  絹を裂くような叫び声があがる。  しかし、ハヤテの無残な姿はそこにはなかった。  と、思った瞬間、ZXが右腕を振るって銃弾を弾く。  ZXの右側にいるだろうか?と思い、視線を移動すると、左手だけがおみくじを巻きつける紐を伝って存在していた。 「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」  ハヤテの叫び声と共に、ZXの右脇に上半身のみで現れ、切った紐の上を移動しながら巨大化する右拳を振る。  奇襲じみた攻撃をZXの身体に叩き込むのが成功し、狛犬のところまで吹っ飛ばす。 「くっ……」 「どうしました? 僕のスタンドの力、忘れたわけじゃないですよね?」  ZXは無言で立ち上がる。  ハヤテと睨み合い、やがてお互いを目指して駆けていく。  ZXの拳とピーキーガリバーが激突し、空気を震わせた。 □  S3駅を探索していたラオウは、ここにはケンシロウはいないと悟り、更に北上していく。  黒王号があれば、楽にケンシロウを探し出せるかもしれないのにとも思うが、ふっと笑って頭を振る。  焦ることはない。ただ、己が信じる道を進めばいいのだ。  それは覇道。それは天への道。  遮るものは、全て破壊する。たとえ、最愛の弟トキであっても。  駅沿いの北上する中、石造りの階段を発見する。地図を堪忍して照らし合わせれば、神社があるのだろう。  神や神聖なものなど、拳王には興味はない。  しかし、その耳に、戦闘音を捉えたのだ。 (ケンシロウがいるのかもしれない)  そう思い、階段を一歩昇る。激闘音は激しい。  たとえ、ケンシロウでなくても、そうとうの強者が待っている可能性がある。  獰猛な笑みを浮かべて、ラオウは再度階段を踏む。 (上にいるのは覚悟か勇次郎か……いずれにしても、愛を否定する相手として、不足はない!)  ラオウは天。神を恐れず、ひたすら昇る。 □  ZXの攻撃を紙一重でかわしつつ、ピーキーガリバーと454カスールで牽制をして距離を一定に保つ。  最初ZXに奇襲を仕掛けて、成功したのは幸運だった。  死人を貶めるのは心が痛んだが、わざと頭に血が昇るように挑発して、一撃を決めたのはZXの戦闘能力をよく知っていたからだ。  まともにやっては敵わない。たとえ、神社におみくじを巻きつける紐を切って、境内中に張り巡らして、地の利がハヤテにあり、痛みでZXの動きのキレが悪くても、圧倒的にハヤテが不利に違いなかった。  伊達にアーカードとの戦いで背中を預けたわけじゃない。  だからこそ、ハヤテは慎重に動き、かつ攻撃的になる。  一撃でももらえば、ハヤテの負けは確定しているからだ。  正直、記憶のことを話せばZXを倒す必要などないのだろう。  だが、このままでは零と、ハヤテと、かがみの間にしこりが残る。  ジョセフは記憶を取り戻したときにどうにかすることにして、まずは目の前で今のZXが間違っていることを示す。  負けたくない。負けられない。  男の意地がハヤテを駆り立てる。 「おぉぉぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉっっ!!」  ZXの拳を避けきれず、ピーキーガリバーで防御する。  衝撃がハヤテの身体を駆け巡り、身体が浮く。ZXはその隙を見計らって、追撃をかけてくる。  しかし、ハヤテも考えもなしに拳を受けていたわけではない。  左手の454カスールが火を吹いて、ZXの身体を跳ねる。  ZXが痛みに呻き、動きを鈍るのを確認して紐を握る。  本来なら、ZXの身体は銃弾を弾くほどの強度を持つ。  今回、銃弾でダメージを受けた理由は、最初にハヤテが拳を打ち込んだ場所に銃弾が命中したからだ。  いつか、アーカードが霞を纏う散に使った戦法。  もちろん、ハヤテが、ZXがそれを知ることは永久にないのだが。  バラバラになって逃げるハヤテに、ZXは舌打ちをする。  単純だが、パワーのある武装錬金、ピーキーガリバー。  力は無いが、条件さえ揃えばトリッキーで先の読めないスタンド『オー! ロンサム・ミー』。  そして、使い手は綾崎ハヤテ。  ZXや多くの参加者に比べ、それなりにしか修羅場に慣れていない彼がここまで戦えるのは、三度も戦闘経験を積んだのが大きい。  しかも、戦ってきた相手は刃牙、ガモン、アーカードといまだに生きているのが不思議なくらい、強者揃いだ。  そして、ZXが背中を預けようと判断したほどの、頭の回転の早さ。  相性が良すぎた。戦う相手としては不足ないほど。  ただ、並みの人間の防御力しかないのが惜しい。  ZXの攻撃を一撃でも受ければ、ハヤテは終わりだ。  多少冷えてきた頭で計算を導き出し、肩より霧を吹き出して己が虚像を三人作る。 「無駄ですよ、村雨さん。僕は分身の術に対抗する技を編み出しました」 「ほう……見せてみろ」 「ええ! こいつが、僕の分身破りです!」  ハヤテが告げると同時に、右手のピーキーガリバーが巨大化していく。  それのどこが、分身を破ることに繋がるのだろうか? ZXは疑問を持つ。 「くらえ! まとめて叩き潰す!!」  そのまま、ハヤテは巨大な手の平を振り下ろした。  まるで蝿叩きのように、三人のZXが潰される。 「まとめて潰せば、分身なんて意味がない!」 「…………真面目にやれ」  分身にハヤテが気を取られている隙に、ZXは後ろに回りこんでいた。  ハッとして後ろを振り向くハヤテへと、回し蹴りを放つ。  とっさにマトリックス風にのけぞったハヤテの前髪を数本千切り、退こうとするハヤテに追撃をかける。  一度捕まえたからには逃がさない。紐を掴む隙も与えない。  ZXはそう思考しながら地面を蹴る。ハヤテの顔に焦燥の色が浮かんできた。  ZXの拳の連打が、巨大化して盾になっているピーキーガリバーにヒビを作る。  拳の衝撃を足を踏ん張ってこらえるハヤテだが、ついに身体が浮いて、吹き飛ばされた。  地面に叩きつけられ、転がっていくハヤテを冷たい目で見つめるZXに声がかかる。 「もうやめて! これ以上、ハヤテくんとあなたが戦う必要はないでしょ!!」 「そうよ、あんた、その子と仲間だったんでしょ? もう戦う必要なんて……」  ヒナギクとかがみの声を受け、ZXの動きが止まる。  たしかに、これ以上痛めつけてもしょうがない。もともとハヤテを殺すつもりはなかった。  適当に拘束して、ジョセフが来るのを待てばいい。  だが、ハヤテは震える身体に活を入れて、立ち上がってくる。 「勝手に……ギブアップさせないでください……」  ハヤテの目は死んでいない。ZXは不思議に思う。 「ハヤテ、一体何が、お前をそこまで駆り立てる?」 「色々ありますよ。全部説明するのが面倒なくらい。ですが……そうですね。まとめると……」  ハヤテの瞳に宿る炎が、ZXを射抜く。  理不尽に抗う者だけがもてる、正義の炎。  いつか戦った、仮面ライダー1号の赤い瞳を思い出す。 「僕の身体はあなたには敵わない。だからせめて、『魂』だけはあなたに負けないと、証明します」  その言葉にZXは呆気にとられる。  なぜ、ここまで自分に気をかけてくれるのか、疑問が絶えない。  急に頭痛が、胸の痛みが蘇ってきた。 「さあ、いきますよ! 村雨さん!」 「クッ……」  再び、ZXとハヤテが交差する。  『魂』の激突。神を祭る神社に、気高き魂と空っぽを抱える魂の奏でる音が響いた。 「凄い……ハヤテくん、いつの間に……」  ヒナギクはZXと渡り合うハヤテの姿に、素直に驚いていた。  ラオウやアンデルセンに大してなす術も無かった自分と違って、ちゃんと戦えている。  身体をバラバラにする妙な能力や、核鉄を持っているが、それだけで戦えないことをヒナギクは知っている。  ZXは決して弱くはない。むしろ、覚悟やラオウ、本郷に負けないくらいの戦闘力を持つ。  なのにだ。ハヤテはまるで歴戦の戦士のように、ZXを翻弄していた。 『三度、戦闘を経験したことが幸いしたな。良の体調が万全でないことも味方しているが……あの二人……』 「まるで、兄弟喧嘩みたいよね。なんか、微笑ましい」  ヒナギクと零の傍でかがみが少しだけ笑みを浮かべて告げる。 『……無事か? 少女よ』 「喋るカバン……。あの人、約束は守る人みたい。実際、何もしてこなかったし」 『なら、あの悲鳴は?』 「き、気にしないでよ。ただの勘違いだから」  あーとか、うーとか呻くかがみを、ヒナギクは見つめる。  やはり、つかさと似てはいるが、別人だ。  悲しみがヒナギクの胸に満ちて、かがみから眼を逸らす。  そのヒナギクを、かがみは恥ずかしそうに見る。 「す、好きでこんな格好しているんじゃないからね! それに、私は……」 「そ、そんなつもりじゃないの。柊かがみさん……よね?」 「え? うん。何で私の名前を知っているの?」 「後で……そのことを話していい? 私は桂ヒナギク」 「いいけど……桂……」 「どうしたの?」 「ううん。気にしないで」  二人がそれぞれ、死人に思いを馳せて、再び激突する二人を見つめる。  轟音が響き、地面が揺れた。一人が立ち、一人が地に伏せている。  勝ったのは…………  ZXは銃弾を叩き落しながら、バラバラになったハヤテを追う。  目標が分けられ混乱するような状況だが、冷静に見つめれば、最後には全部の身体のパーツを一つにしなければならないという特質上、身体の重要部分さえ追えば対処は可能だ。  事実、ハヤテに攻撃がかするようになってきた。  とはいえ、埒が明かない。ZXは勝負に出る。 「トゥ!!」  ZXは跳躍して、ハヤテへと目掛けて落下する。 「ゼクロスパァンチ!!」  拳は石畳を砕き、地面が隆起する。ハヤテは土砂を被り、視界が遮られる。紐がある境内と、ハヤテを断って逃げ道をなくす。  紐のある後方へハヤテは跳ぼうとして、そうはさせるかとZXはマイクロチェーンで紐を切る。  ハヤテに逃げ道はない。後は土砂に埋まり、ZXが捕らえるだけ。  そのはずだった。 「まだ、逃げ道はある!」 「なに!?」  ハヤテは迷いなく、マイクロチェーンを掴み、その上を移動してくる。  高圧電流を流せることを知ってなお、ハヤテはマイクロチェーンを移動してきた。  馬鹿だと思い、死なない程度の電流を流そうしたZXの脳裏に、一瞬だけ電流で焼かれる女性の姿が映る。  顔は分からず、ただただ電気椅子で苦痛を受ける女性。  苦しむ女性の姿を見て、ZXの頭痛が増し、身体が硬直する。  そのZXに、 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」  ハヤテの『魂』のこもった拳が、直撃する。  ZXの身体が神速の勢いで吹き飛び、地面を抉った。  肩で息をするハヤテが、まだ地面に伏している村雨に近付く。  変身は解いており、黒髪パーマの青年となった村雨は起き上がる気にもならなかった。 「……なぜ、マイクロチェーンを掴んだ?」 「信じていました。村雨さんは、僕を殺すために電撃を流さないって」 「…………馬鹿だ。お前は」  馬鹿といわれて落ち込むハヤテに、村雨は脱力したまま告げる。 「ハヤテ。お前の勝ちだ」  え?と戸惑うハヤテに、村雨はため息を吐いて上半身を起こす。  さすがに、二度も口にするのは悔しい。いつの間にか、村雨は『悔しい』という感情を取り戻していた。  そして、取り戻したのはそれだけではない。 「もう一度いう。ハヤテ、お前の勝ちだ。姉さんがいたことも思い出せた。負けて悔いはない」 「僕の……勝ち……。ってか、記憶ぅぅ!!」 「……いたということしか分からない。それだけだが、たしかに思い出した」 「よかったぁ。そのお姉さんがどうなったか、思い出せますよ。記憶を持ってきたんですから」  相変わらず、他人のことを心配するお人好しだと思った。しかも、記憶を持ってきているなど。  頭痛やハヤテと戦うことに関心がいっていたため、最初のハヤテの宣言を本気に聞いていなかったとぼんやりと考える。  共にきた少女にハヤテは声をかけている。おそらく、村雨の記憶に関連する道具をあの少女は持っているのだろう。  自分の拠り所が得れることに安堵するが、以前のような執着がない。  なぜだろうか?  村雨は知らないが、かがみと出会い、姉のキーワードを得て、記憶を取り戻すことに恐怖しているのだ。  その記憶は、村雨本人が忌避するもの。しかし、それを今の村雨が知ることはない。  そのことに疑問を持つ村雨は、いち早く異変に気づいた。 「ハヤテ……何か来るぞ!」 『……良の言うとおりだ。こやつ……』  村雨の言葉に零が同意し、階段の方向を全員が見つめる。  やがて、姿を見せたのは…… 「!? あれは……本郷さんを殺した!?」  ヒナギクの怒りの声が、相手に向けられる。  筋骨隆々の巨体。金の短髪。  溢れる闘気は居合わせたもの全てを威圧する。  天の道を目指す覇王。拳王が姿を見せた。 [[後編>弟(後編)]] ----
**弟(中編) ◆WXWUmT8KJE □ 「あそこに、村雨さんがいるのね」 「ええ」  ハヤテたちはS1駅を降り、神社の階段を前にして立っていた。  本来なら、ジョセフを待ち、村雨の元へと向かう予定だったのだが、それを無視して二人はここにいる。  理由は…… 「一刻も早く、村雨さんにこれを渡さないと……ごめんなさい、ジョセフさん。 でも、仲間になった村雨さんと一緒に迎えに行きますから」 「一応、書置き残してきたから大丈夫よ」  さっぱりとした様子でヒナギクが告げ、階段を昇る。  ハヤテは慌てて後に続く。 「それに……つかさのお姉さんがいるなら、あってみたいじゃない。 ハヤテくんの言うとおりなら、あの三村って奴が言っていたように、殺し合いに乗ってないみたいだし」  つかさの名を出した瞬間、ヒナギクは痛みに耐えるかのように表情を歪める。  かがみに辛い知らせを届けなければならないことと、つかさとの思い出が蘇って喪失感が強調されたことが同時に襲ってきたのだ。  それを振り払うかのように、ヒナギクは階段を昇る速さを上げる。  こつこつと足音をたてて昇っていると、階段の中ごろに倒れている黒いカバンを発見する。  いったいあのカバンはなんだろうか?と、ヒナギクが疑問を浮かべるが、答えはすぐ後ろからやってきた。 「零さん!」 『おお! ハヤテよ!』  あれが零か。ヒナギクは始めてみる強化外骨格のカバン状態に、僅かに驚いた。  時間は少し遡る。  怒りに燃える零は、神社の様子が気になってしょうがなかった。  あの婦女子は無事だろうか? 悪鬼となった村雨に暴行をされていないだろうか?  業火のごとくの怒りが零に駆け巡る。村雨自身を弄んだ、BADANと変わらぬ所業。  零にとって村雨はもう許せぬ相手となっている。 (とはいえ、どうしたものか)  零が思考を村雨への怒りから、これから来るであろう正義の仲間のことへと移る。  たとえ正義に燃える戦士が何人揃おうとも、首輪が行動を抑制している。  あの雷雲に突っ込もうにも、どうしようもない理由の一つである。  逆に首輪さえどうにかすれば、逆転は容易くなる。  零は参加者の首にはまっている首輪の外装を回想する。  繋ぎ目すら見当たらない首輪は一見解除が不可能にも思える。  しかし、一つ、二つ首輪のサンプルがあり、分解して零が解析することさえできれば、参加者の首輪を外すことも可能だ。  そして、予想される首輪の機能は、  1・生死の判定。  2・禁止エリアの察知。  3・主催者による遠隔装置。  4・盗聴器。  5・能力の制限装置。  1~4は比較的、零の知る技術力でも可能だ。  それに、今までは首輪を考察する機会を逃して考えもしなかったが、主催者が参加者を管理しないはずがない。  ハヤテに伝えてなかったのは迂闊だと思った。BADANに近いハヤテを警戒するのは、主催者側からすれば当然だ。  とにかく、首輪を分解し、情報が筒抜けな状態と、命を握られている状況から仲間を救わねばならない。  問題は、5だ。正直、零にはどのようにして多種多様な参加者の力を、BADANの都合のいい状態にしているか、皆目検討もつかない。  村雨からヒントを得られるのかとも思ったが、村雨はそんな能力は持ち合わせてはいない。 (つまり、5を解くことが、我々の急務だ。そのからくりが、首輪の解除に繋がるかもしれないという、曖昧なものだが、追求して損は無かろう)  まずは首輪を解体する手段を手に入れなければ。零がそう考えている中、誰かが近寄る気配を感知する。  数は二。階段を上がっていくたびに、誰であるか零は分かり、不気味なドクロの顔を喜びの感情で満たす。 「零さん!」 『おお! ハヤテよ!』  零とハヤテ、早い再会であった。 「これが……覚悟くんの言っていた零?」 『おお! 覚悟と出会っていたか! して、奴はどこに!?』 「覚悟さんは、仲間を救いに向かいました。ここは僕に任せる。そう言って」 『む! それはいささか仕方ないが……ハヤテだけではあの悪鬼、村雨を退治することは……』  零の言葉が最後にまで告げられる前に、ヒナギクの蹴りが叩き込まれた。  神速の蹴りに、零は微塵も揺らがず、逆にヒナギクは反動で来た痛みに足を抱えた。 『な、何をするか! 我々は超鋼で出来た身体。蹴ればお主の足がひとたまりも……』 「……しなさいよ」  ヒナギクから立ち上る、黒いオーラにハヤテは思わず後ろに退く。  本気で怒っているときのヒナギクであることに気づいたからだ。 「訂正しなさいよ! 本郷さんの仲間を、悪鬼といったことを!!」 『あの者がしでかしたことを知らぬから、そういえるのだ!』 「村雨さんは記憶がないから、少し間違えちゃっただけじゃない! きっと、記憶さえ戻れば、本郷さんみたいに……正義の味方として…………戦って……つかさの仇も……」  最後は嗚咽交じりのヒナギクを前に、零は焦る。  婦女子を泣かせることは、零の本意でないためだ。 『だとしてもだ、あやつの記憶を取り戻す手段がないことには……』 「零さん、ありますよ。村雨さんの記憶」  ハヤテが告げた瞬間、零は数秒沈黙する。  おそらく、人間なら物凄く驚いた表情をしているのだろう。 『ど、どこにあるのだ!?』 「これよ! 目を見開いて、よく見なさい!」 「目はないんですけどね」  ヒナギクはキューブを零に突き出したまま、怒りを交えた視線でハヤテをねめつけ、ハヤテがビクッと反応する。  屁理屈で和ませようとした作戦は、失敗に終わったようだ。 『むう、たしかに未知の物質だが……』 「本郷さんが言っていたもの。たしかよ」  自信満々に告げるヒナギクに、本郷がどれほどの人物だったか、読み取る。  ハヤテはヒナギクの人物を見る目を信頼している。  それに、村雨の仲間だといったのだ。ハヤテが信頼しないはずがない。  ハヤテは零を掴み、階段を上ろうとする。ズシッと重さがのしかかり、思わず手放しそうになった。 (よく村雨さんは軽々と持てたな) 『ハヤテ、無理はしていないか? 我々は九十キロあるぞ』 「だ、大丈夫ですよ。これくらい。さあ、早く村雨さんに記憶を取り戻させてあげないと」  そうハヤテが力を込めたときだった。  村雨の、叫び声が響いてきたのは。 □ 「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」  村雨は助けを求めるように、虚空に手を突き出す。  頭痛から逃れるように、胸の痛みから逃げるように。  だが、痛みは構わず村雨の全てを蹂躙する。  逃れられない苦痛。しかも、外部から襲うような痛みでなく、内側から湧き上がるような痛みだ。  身が引き裂かれる。助けてくれ。  救いを求めた手は、誰かが握ることを期待した右手は、誰も握ることがなかった。いや、握ることはないはずだった。  村雨の手が、温もりに包まれる。  体温が、手から伝わり身体に広がる。懐かしい感覚。 (いつか、同じことがあったはず。いつか? それはいったい、いつの記憶――――?) 「大丈夫だから……安心して」  この声は聞き覚えがある。ジョセフをおびき寄せるために連れてきた、柊かがみの声。  その声が、懐かしい声色と重なって――――  苦しむ村雨を前に、かがみが取った行動はとりあえず、手を握ること。  なぜかは分からない。それでも、苦しむ村雨を放っておけなかったのだ。 (ジョジョが知ったら、呆れるだろうな)  そう思いつつも、村雨を宥め続ける。  今の村雨の長身は、まるで子供のように小さく見えた。  やがて、村雨の震えがだんだん収まってくる。逃げれなくなるかもしれないのに、何をやっているんだろうとも思ったが、後悔はしていない。  なんとなく、こいつは悪い奴じゃない。  その想いが、ジョセフと戦って欲しくないという欲求を強くしていった。 「……ねえ、大丈夫」  声をかけても、村雨は頭を振るうだけ。  仕方なく、そのままの姿勢でいてやる。 (まあ、しょうがないよね)  内心そう呟いた彼女の耳に、階段を駆け上ってくる足音が聞こえてきた。  慌てて手を振り解こうとするが、間に合わない。 「村雨さん! いったい、何が……」  結局、かがみはうずくまる村雨の手を握るという、微妙に見られたくない姿を見られてしまった。  ヒナギクは、かがみの姿を見た瞬間、思わずつかさ、と小さく呟いてしまった。  やはり、双子だからだろうか。まとう雰囲気は違うが、姿形は似ている。 「これは……」 「か、勘違いしないでよ! 急に苦しんだから、放って置けなく……」 「ハヤテ…………」  慌てて釈明するかがみを無視して、村雨はゆらりと幽鬼のごとく立ち上がる。  その瞳に、ハヤテを映して。 「村雨さん……?」 「ちょうどいいところに来た……。俺と、戦え!!」  村雨が叫んだ瞬間、その身体がZXへと変わる。  まるで、痛みを振り払うかのように。 「あんた、やめなさいよ!」 「そうよ。村雨さんが、戦う理由は……」 「頭が、痛む。この痛み、戦って忘れるしかない! 戦いこそが、俺に記憶を与える! 戦いこそが、俺に安息をくれる! だから戦え! ハヤテ!!」  渇望するかのように叫ぶZX。その姿に、ヒナギクは僅かな落胆を見せる。  だが、そんな状況にも構わず、ハヤテは一歩前に出た。 「いいですよ。やりましょう。村雨さん」 「ハヤテくん!!」  ヒナギクが非難の意味を込めて名前を呼ぶが、今度はハヤテが黒いオーラを纏っていた。 『ハヤテ……?』 「みんな、大変な時に何をやっているんですか。 かがみさんに危害を加えていないと信頼はしていましたが、心配して来てみれば……戦え? いいですよ、村雨さん。一発殴って、絶対このキューブをはめて、記憶を取り戻させます!」  パンと、左手の平に右拳を叩き込みながら、血管を額に浮かばせ、ZXの前に出る。  核鉄を持ったまま、ハヤテは叫んだ。 「武装錬金!!」  六角形の金属片が内部の機械を剥き出しにしながら、右篭手の武装錬金を再構成する。  右手にピーキーガリバーを構えたハヤテは恐れも見せずにZXと対峙した。 「やめなさい! ハヤテくん。村雨さんはきっと、本郷さん並に……」 「強くないですよ。なんせ、アーカードを逃がしたんですからね」 「!! ハヤテ、キサマァァァ!!」  ZXが地面を蹴り、ハヤテに突進する。そのまま拳は石畳を砕き、粉塵が舞い上がる。 「ハヤテくん!」 「いやぁぁぁぁぁぁ!!」  絹を裂くような叫び声があがる。  しかし、ハヤテの無残な姿はそこにはなかった。  と、思った瞬間、ZXが右腕を振るって銃弾を弾く。  ZXの右側にいるだろうか?と思い、視線を移動すると、左手だけがおみくじを巻きつける紐を伝って存在していた。 「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」  ハヤテの叫び声と共に、ZXの右脇に上半身のみで現れ、切った紐の上を移動しながら巨大化する右拳を振る。  奇襲じみた攻撃をZXの身体に叩き込むのが成功し、狛犬のところまで吹っ飛ばす。 「くっ……」 「どうしました? 僕のスタンドの力、忘れたわけじゃないですよね?」  ZXは無言で立ち上がる。  ハヤテと睨み合い、やがてお互いを目指して駆けていく。  ZXの拳とピーキーガリバーが激突し、空気を震わせた。 □  S3駅を探索していたラオウは、ここにはケンシロウはいないと悟り、更に北上していく。  黒王号があれば、楽にケンシロウを探し出せるかもしれないのにとも思うが、ふっと笑って頭を振る。  焦ることはない。ただ、己が信じる道を進めばいいのだ。  それは覇道。それは天への道。  遮るものは、全て破壊する。たとえ、最愛の弟トキであっても。  駅沿いの北上する中、石造りの階段を発見する。地図を堪忍して照らし合わせれば、神社があるのだろう。  神や神聖なものなど、拳王には興味はない。  しかし、その耳に、戦闘音を捉えたのだ。 (ケンシロウがいるのかもしれない)  そう思い、階段を一歩昇る。激闘音は激しい。  たとえ、ケンシロウでなくても、そうとうの強者が待っている可能性がある。  獰猛な笑みを浮かべて、ラオウは再度階段を踏む。 (上にいるのは覚悟か勇次郎か……いずれにしても、愛を否定する相手として、不足はない!)  ラオウは天。神を恐れず、ひたすら昇る。 □  ZXの攻撃を紙一重でかわしつつ、ピーキーガリバーと454カスールで牽制をして距離を一定に保つ。  最初ZXに奇襲を仕掛けて、成功したのは幸運だった。  死人を貶めるのは心が痛んだが、わざと頭に血が昇るように挑発して、一撃を決めたのはZXの戦闘能力をよく知っていたからだ。  まともにやっては敵わない。たとえ、神社におみくじを巻きつける紐を切って、境内中に張り巡らして、地の利がハヤテにあり、痛みでZXの動きのキレが悪くても、圧倒的にハヤテが不利に違いなかった。  伊達にアーカードとの戦いで背中を預けたわけじゃない。  だからこそ、ハヤテは慎重に動き、かつ攻撃的になる。  一撃でももらえば、ハヤテの負けは確定しているからだ。  正直、記憶のことを話せばZXを倒す必要などないのだろう。  だが、このままでは零と、ハヤテと、かがみの間にしこりが残る。  ジョセフは記憶を取り戻したときにどうにかすることにして、まずは目の前で今のZXが間違っていることを示す。  負けたくない。負けられない。  男の意地がハヤテを駆り立てる。 「おぉぉぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉっっ!!」  ZXの拳を避けきれず、ピーキーガリバーで防御する。  衝撃がハヤテの身体を駆け巡り、身体が浮く。ZXはその隙を見計らって、追撃をかけてくる。  しかし、ハヤテも考えもなしに拳を受けていたわけではない。  左手の454カスールが火を吹いて、ZXの身体を跳ねる。  ZXが痛みに呻き、動きを鈍るのを確認して紐を握る。  本来なら、ZXの身体は銃弾を弾くほどの強度を持つ。  今回、銃弾でダメージを受けた理由は、最初にハヤテが拳を打ち込んだ場所に銃弾が命中したからだ。  いつか、アーカードが霞を纏う散に使った戦法。  もちろん、ハヤテが、ZXがそれを知ることは永久にないのだが。  バラバラになって逃げるハヤテに、ZXは舌打ちをする。  単純だが、パワーのある武装錬金、ピーキーガリバー。  力は無いが、条件さえ揃えばトリッキーで先の読めないスタンド『オー! ロンサム・ミー』。  そして、使い手は綾崎ハヤテ。  ZXや多くの参加者に比べ、それなりにしか修羅場に慣れていない彼がここまで戦えるのは、三度も戦闘経験を積んだのが大きい。  しかも、戦ってきた相手は刃牙、ガモン、アーカードといまだに生きているのが不思議なくらい、強者揃いだ。  そして、ZXが背中を預けようと判断したほどの、頭の回転の早さ。  相性が良すぎた。戦う相手としては不足ないほど。  ただ、並みの人間の防御力しかないのが惜しい。  ZXの攻撃を一撃でも受ければ、ハヤテは終わりだ。  多少冷えてきた頭で計算を導き出し、肩より霧を吹き出して己が虚像を三人作る。 「無駄ですよ、村雨さん。僕は分身の術に対抗する技を編み出しました」 「ほう……見せてみろ」 「ええ! こいつが、僕の分身破りです!」  ハヤテが告げると同時に、右手のピーキーガリバーが巨大化していく。  それのどこが、分身を破ることに繋がるのだろうか? ZXは疑問を持つ。 「くらえ! まとめて叩き潰す!!」  そのまま、ハヤテは巨大な手の平を振り下ろした。  まるで蝿叩きのように、三人のZXが潰される。 「まとめて潰せば、分身なんて意味がない!」 「…………真面目にやれ」  分身にハヤテが気を取られている隙に、ZXは後ろに回りこんでいた。  ハッとして後ろを振り向くハヤテへと、回し蹴りを放つ。  とっさにマトリックス風にのけぞったハヤテの前髪を数本千切り、退こうとするハヤテに追撃をかける。  一度捕まえたからには逃がさない。紐を掴む隙も与えない。  ZXはそう思考しながら地面を蹴る。ハヤテの顔に焦燥の色が浮かんできた。  ZXの拳の連打が、巨大化して盾になっているピーキーガリバーにヒビを作る。  拳の衝撃を足を踏ん張ってこらえるハヤテだが、ついに身体が浮いて、吹き飛ばされた。  地面に叩きつけられ、転がっていくハヤテを冷たい目で見つめるZXに声がかかる。 「もうやめて! これ以上、ハヤテくんとあなたが戦う必要はないでしょ!!」 「そうよ、あんた、その子と仲間だったんでしょ? もう戦う必要なんて……」  ヒナギクとかがみの声を受け、ZXの動きが止まる。  たしかに、これ以上痛めつけてもしょうがない。もともとハヤテを殺すつもりはなかった。  適当に拘束して、ジョセフが来るのを待てばいい。  だが、ハヤテは震える身体に活を入れて、立ち上がってくる。 「勝手に……ギブアップさせないでください……」  ハヤテの目は死んでいない。ZXは不思議に思う。 「ハヤテ、一体何が、お前をそこまで駆り立てる?」 「色々ありますよ。全部説明するのが面倒なくらい。ですが……そうですね。まとめると……」  ハヤテの瞳に宿る炎が、ZXを射抜く。  理不尽に抗う者だけがもてる、正義の炎。  いつか戦った、仮面ライダー1号の赤い瞳を思い出す。 「僕の身体はあなたには敵わない。だからせめて、『魂』だけはあなたに負けないと、証明します」  その言葉にZXは呆気にとられる。  なぜ、ここまで自分に気をかけてくれるのか、疑問が絶えない。  急に頭痛が、胸の痛みが蘇ってきた。 「さあ、いきますよ! 村雨さん!」 「クッ……」  再び、ZXとハヤテが交差する。  『魂』の激突。神を祭る神社に、気高き魂と空っぽを抱える魂の奏でる音が響いた。 「凄い……ハヤテくん、いつの間に……」  ヒナギクはZXと渡り合うハヤテの姿に、素直に驚いていた。  ラオウやアンデルセンに大してなす術も無かった自分と違って、ちゃんと戦えている。  身体をバラバラにする妙な能力や、核鉄を持っているが、それだけで戦えないことをヒナギクは知っている。  ZXは決して弱くはない。むしろ、覚悟やラオウ、本郷に負けないくらいの戦闘力を持つ。  なのにだ。ハヤテはまるで歴戦の戦士のように、ZXを翻弄していた。 『三度、戦闘を経験したことが幸いしたな。良の体調が万全でないことも味方しているが……あの二人……』 「まるで、兄弟喧嘩みたいよね。なんか、微笑ましい」  ヒナギクと零の傍でかがみが少しだけ笑みを浮かべて告げる。 『……無事か? 少女よ』 「喋るカバン……。あの人、約束は守る人みたい。実際、何もしてこなかったし」 『なら、あの悲鳴は?』 「き、気にしないでよ。ただの勘違いだから」  あーとか、うーとか呻くかがみを、ヒナギクは見つめる。  やはり、つかさと似てはいるが、別人だ。  悲しみがヒナギクの胸に満ちて、かがみから眼を逸らす。  そのヒナギクを、かがみは恥ずかしそうに見る。 「す、好きでこんな格好しているんじゃないからね! それに、私は……」 「そ、そんなつもりじゃないの。柊かがみさん……よね?」 「え? うん。何で私の名前を知っているの?」 「後で……そのことを話していい? 私は桂ヒナギク」 「いいけど……桂……」 「どうしたの?」 「ううん。気にしないで」  二人がそれぞれ、死人に思いを馳せて、再び激突する二人を見つめる。  轟音が響き、地面が揺れた。一人が立ち、一人が地に伏せている。  勝ったのは…………  ZXは銃弾を叩き落しながら、バラバラになったハヤテを追う。  目標が分けられ混乱するような状況だが、冷静に見つめれば、最後には全部の身体のパーツを一つにしなければならないという特質上、身体の重要部分さえ追えば対処は可能だ。  事実、ハヤテに攻撃がかするようになってきた。  とはいえ、埒が明かない。ZXは勝負に出る。 「トゥ!!」  ZXは跳躍して、ハヤテへと目掛けて落下する。 「ゼクロスパァンチ!!」  拳は石畳を砕き、地面が隆起する。ハヤテは土砂を被り、視界が遮られる。紐がある境内と、ハヤテを断って逃げ道をなくす。  紐のある後方へハヤテは跳ぼうとして、そうはさせるかとZXはマイクロチェーンで紐を切る。  ハヤテに逃げ道はない。後は土砂に埋まり、ZXが捕らえるだけ。  そのはずだった。 「まだ、逃げ道はある!」 「なに!?」  ハヤテは迷いなく、マイクロチェーンを掴み、その上を移動してくる。  高圧電流を流せることを知ってなお、ハヤテはマイクロチェーンを移動してきた。  馬鹿だと思い、死なない程度の電流を流そうしたZXの脳裏に、一瞬だけ電流で焼かれる女性の姿が映る。  顔は分からず、ただただ電気椅子で苦痛を受ける女性。  苦しむ女性の姿を見て、ZXの頭痛が増し、身体が硬直する。  そのZXに、 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」  ハヤテの『魂』のこもった拳が、直撃する。  ZXの身体が神速の勢いで吹き飛び、地面を抉った。  肩で息をするハヤテが、まだ地面に伏している村雨に近付く。  変身は解いており、黒髪パーマの青年となった村雨は起き上がる気にもならなかった。 「……なぜ、マイクロチェーンを掴んだ?」 「信じていました。村雨さんは、僕を殺すために電撃を流さないって」 「…………馬鹿だ。お前は」  馬鹿といわれて落ち込むハヤテに、村雨は脱力したまま告げる。 「ハヤテ。お前の勝ちだ」  え?と戸惑うハヤテに、村雨はため息を吐いて上半身を起こす。  さすがに、二度も口にするのは悔しい。いつの間にか、村雨は『悔しい』という感情を取り戻していた。  そして、取り戻したのはそれだけではない。 「もう一度いう。ハヤテ、お前の勝ちだ。姉さんがいたことも思い出せた。負けて悔いはない」 「僕の……勝ち……。ってか、記憶ぅぅ!!」 「……いたということしか分からない。それだけだが、たしかに思い出した」 「よかったぁ。そのお姉さんがどうなったか、思い出せますよ。記憶を持ってきたんですから」  相変わらず、他人のことを心配するお人好しだと思った。しかも、記憶を持ってきているなど。  頭痛やハヤテと戦うことに関心がいっていたため、最初のハヤテの宣言を本気に聞いていなかったとぼんやりと考える。  共にきた少女にハヤテは声をかけている。おそらく、村雨の記憶に関連する道具をあの少女は持っているのだろう。  自分の拠り所が得れることに安堵するが、以前のような執着がない。  なぜだろうか?  村雨は知らないが、かがみと出会い、姉のキーワードを得て、記憶を取り戻すことに恐怖しているのだ。  その記憶は、村雨本人が忌避するもの。しかし、それを今の村雨が知ることはない。  そのことに疑問を持つ村雨は、いち早く異変に気づいた。 「ハヤテ……何か来るぞ!」 『……良の言うとおりだ。こやつ……』  村雨の言葉に零が同意し、階段の方向を全員が見つめる。  やがて、姿を見せたのは…… 「!? あれは……本郷さんを殺した!?」  ヒナギクの怒りの声が、相手に向けられる。  筋骨隆々の巨体。金の短髪。  溢れる闘気は居合わせたもの全てを威圧する。  天の道を目指す覇王。拳王が姿を見せた。 [[後編>弟(後編)]] ----

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