とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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 (Aug.31_PM9:31) ~プロローグ~


「え、あ、なに?いや単に相手にされなかったのがムカついただけで、特にこれと言って用事がある訳じゃないんだけど。……ある訳じゃないんだけどさ」

「御免」

「なっ……ちょっと!アンタ本気で行っちゃう訳!?ねえってば!!」


◆         ◇         ◆         ◇         ◆


 (Aug.31_PM10:22)


「ムカツクムカツクムカツク……なんだってあの馬鹿は、あぁも華麗にこの私のことをスルーできる訳?」

 完全下校時刻はおろか、学生寮の門限すらとっくに過ぎてすっかり人影もまばらになった夜の第七学区に、とある少年を探して彷徨い歩く、紫電を身に纏った少女の姿があった。

 その少女 -- 
 学園都市でも7人しかいない超能力者(レベル5)にして、学園都市の全学生の憧れ、能力開発の名門・常盤台中学のエースであり、品行方正なお嬢様である(はずの)電撃使いの少女、御坂美琴の機嫌はすこぶる悪かった。

(わ、私のためにニセ海原と闘ってくれてたみたいだったし、なんか、ビルの倒壊にも巻き込まれてたから、人がせっかく心配して、さんざんさんざんさんざんさんざん探し回って、やっと見つけたってゆーのに、アイツはまたまたまたまたまたまたまたまたまたまた私を放ったらかしにしやがって!私は道化(ピエロ)かっつーの!いくら何でもこの扱いはあんまりだと思わないのかあの馬鹿はーっ!?)

 あの馬鹿こと上条当麻が美琴を置いてきぼりにしてニセ海原と逃げ出してしまってから、つい先ほど夜の街を走り回っているところをとっ捕まえるまで、たっぷり8時間以上も探し回ったにも関わらず、なんか切羽詰まったというかヤケクソ気味な上条に無視された、というよりまったくもって相手にしてもらえなかった…
 8月31日 --
 夏休み最終日が終わるまであと2時間を切っていた。

(アイツを追いかけてるうちに夏休みになっちゃって、またアイツを追いかけてるうちに夏休みが終わっちゃうなんて、ホント何やってんだろ、私…)


◆         ◇         ◆         ◇


 上条当麻とはじめて出逢ったのは6月の半ば頃、第七学区のハンバーガーショップ『NOS BURGER』の前だった。
 不良に絡まれていた美琴を助けに入ってくれたのだ。

(レベル5の私にとっちゃ、あんな不良なんて何人束になろうがまったく問題外だから、ホント単なるお節介なんだけど、ま、まぁ、ちょっとは嬉しかったのも事実よ。なのに、あの馬鹿ときたら…)

 子供(ガキ)だの、ガサツだの、反抗期も抜けてないだのと、失礼な物言いを連発するツンツン頭にムカツいた美琴は、絡んできた不良諸共にその無礼な少年を焼き払ってやったはずだったのだが、何故かこの自称無能力者(レベル0)の少年は、超能力者(レベル5)である美琴の電撃を喰らっても無傷だったのだ。
 その時から、あのいつも不幸そうな顔をしているツンツン頭の少年は、美琴が超能力者(レベル5)のプライドに賭けて打ち負かさなければならない『敵』になった。
 後は、生ゴミになるまで完膚無きまでにボコりまくって彼を屈服させて、学園都市第三位のプライドを満足させれば、それでサヨナラ、オシマイのはずだった。
 友だちになろうなんてつもりすらなかった…
 たったそれだけの存在だったはずなのだが……

(結局、アイツには一度も勝てなかったな…それにしても、なんであの馬鹿には私の能力が効かないのよー?おまけに、自分からは決して殴らず、私に散々殴らせておいて全弾完璧にガードするなんて戦法、どこの少年マンガだっつうの。キザったらしくて、ホント、ムカツクのよね…)

 美琴の中学生として2回目の夏は、本当に様々なことがあった。
 むしろ、あり過ぎたといっても過言ではないだろう。
 虚空爆破(グラビトン)事件に端を発し、怪獣映画さながらのバトルの主役を演じた幻想御手(レベルアッパー)事件、武装無能力者集団(スキルアウト)が起こした能力者狩り事件、ヴァイオリンの独奏を披露した学生寮の盛夏祭、友人達との絆の大切さを痛感した乱雑解放(ポルターガイスト)事件、美琴を精神的にも肉体的にも極限まで追い詰めた妹達(シスターズ)を巡る絶対能力進化実験。
 そして、今日、夏休み最終日に起こった様々な出来事…

 『退屈しなかった』と言えば聞こえはいいが、実際にはかなり危ない橋も渡っていたし、その結果、あの少年には一生掛かっても返しきれないくらいの借りを作ってしまった。

(あの馬鹿絡みだったのも、そうでなかったのも含めて、ホント色々あったわねぇ…アイツに関しては、ほとんど私の方から巻き込んでるような気がするんだけど…)

 いっそ見返りでも求められた方が気が楽だったのかもしれないが、あの少年はそれがさも当然のことであったかのように振る舞い、美琴に何の見返りも求めなかった。
 それどころか --

(アイツは、私が超能力者(レベル5)だって分かった後も、何も変わらなかったわね)

 良くも悪くもね、と付け加えて苦笑いを浮かべる。
 でも、そんな人間は、美琴の周りにはひとりもいなかった。
 いや、いるはずがなかった。
 なぜならここは学園都市だから。
 御坂美琴は学園都市第三位のレベル5で、上条当麻は最弱のレベル0。
 この街の価値観では、それがすべてであるはずだった。
 しかし、現実には美琴は彼に一度も勝つことができなかったし、それどころか美琴が絶望を憶えた学園都市最強の第一位でさえ、その拳ひとつで打ち倒してしまった。
 超能力者(レベル5)を拳ひとつでねじ伏せるだけの不思議な能力を持ちながら、“無能力者(レベル0)=つかえない”の烙印を押され、誰からも顧みられない少年。
 何時の頃からか、少女は少年のことを知りたいと願うようになっていた。

 彼はいったい何者なのか?
 あの右手の能力は何なのか?

 あの少年と頻繁に諍いを起こすようになった頃、実際に学園都市の書庫(バンク)に不正アクセスしたこともあった。
 結局何ひとつ有益な情報は得られずに今に至っているのだが、最近心境の変化があったのか、美琴の中で興味の対象が変わりつつあった。

(まぁ、あの能力のことも気にならない訳じゃないけど、私、そもそもアイツのこと何も知らないのよね)

 御坂美琴という少女は、上条当麻という少年のことをまだほとんど知らない。

 携帯番号も、
 メールアドレスも、
 何処に住んでいるのかも。

 『上条当麻』という名前ですら、一方通行と闘って負傷した彼を病院に見舞った時に、病室の名札を見てはじめて知ったくらいで、事実、美琴は彼のことを『アンタ』か『馬鹿』としか呼んだことがなかった。

 しかし、その名前も知らなかった少年は、いつの間にか美琴のココロの一番大切な部分に棲みついてしまい、ここ最近では上条当麻のことを一度も考えない日など無いといっても過言ではなく、もはやその存在を打ち消すことなど、たとえあの少年の右手をもってしても不可能に違いなかった。
 ふたりが出逢ったのは6月半ばのことなので、まだたかだか2ヶ月とちょっとのつきあいなのだが、このわずかな期間に上条は何度も美琴のために、まさに文字どおり身体を張って、いや、生命すら懸けてくれたのだ。
 そして、夏休み最終日の今日も -- 

(思いっきり不本意なんだけど、これってもしかして運命の……!?…って、ありえないからっ!騎士(ナイト)とか王子とか、バッカじゃないのっ!!私とアイツはそんなんじゃ…)

 『不本意』という部分を力一杯強調してはみたものの、既に顔だけでなく耳まで朱に染まり、幾重にも連ねた否定の言葉からも字面ほどの力強さは感じられなかった。

 私が一度も勝てないアイツ。
 本気にすらなってくれないアイツ。
 私を子供扱いするアイツ。
 私をテキトーにあしらうアイツ。
 私をいつもスルーするアイツ。
 頼みもしないのに駆けつけてくれるお節介なアイツ…
 私を守ってくれるアイツ……
 私に笑顔をくれるアイツ………
 気付いてくれないアイツ…………

 キライ!
 キライっ!!
 キライっっ!!!
 キライっっっ!!!!
 キライっっっっ!!!!!
 キライっっっっっ!!!!!!
 キライ!?
 キライ…
 キライ?

 ホントに、キライ?


~ 御坂美琴と上条当麻が交差しなくても、物語は始まる!? ~


◆         ◇         ◆         ◇         ◆


(ここが最後のポイントだったんだけどな…)

 美琴はとある公園のとある自動販売機の前で肩を落として立ちつくしていた。
 しょっちゅう回し蹴りをブチ込んではジュースを拝借(せっとう)している常盤台中学内伝の故障自販機であり、とあるツンツン頭の少年と何度か出くわしたことがある遭遇ポイントであるのだが、今は辺りをぐるりと見渡しても、自分以外に人の気配は感じられない。
 AIM拡散力場を応用した電磁波レーダーにも何の反応もなかった。

(こんなところにいるわけないわよね、しかもこんな時間に。ホントにあの馬鹿、私をさんざんさんざんさんざんさんざんスルーしたあげくどこに消えたんだか…)

 8月20日、この自販機にお金を呑み込まれて途方にくれている上条当麻と出逢った。
 呑まれたというのがもはや絶滅したとさえ思っていた二千円札というところが笑いのツボにはまってしまい、これ以上ないくらいの勢いで上条を笑い飛ばしてやった美琴だったのだが、その実、本気で慌てている彼の姿に重ね合わせていたのは、かつての自分自身の姿(しゅうたい)だった。

(言えない…私も一年の時、このポンコツに万札呑まれたなんて……)

 常盤台中学に入学し第一三学区から第七学区に引っ越してきたばかりだったとある新入生の少女の一万円札を呑み込んだ金食い虫は、以来美琴の『宿敵』となり、呑まれた分は実力で取り返すと言わんばかりの復讐劇を繰り広げてもうすでに一年以上になる因縁の相手なのだ。
 そして、美琴にとって、今最も気になるもうひとりの因縁の相手といえば、ただ今絶賛捜索中のあの馬鹿こと上条当麻なのだが、彼の姿はここにも見当たらなかった。

 初めて出逢ったハンバーガーショップ、コンビニ、ゲーセン、古本屋、銀行、安売りスーパー、通学路と上条の高校の周辺、コインパーキング、決闘をした河原、セブンスミスト、ファミレス、モノレールの駅前、そしてあの鉄橋…

 過去に上条と遭遇したポイントとその周辺はもうすべて探し尽くしていた。
 この公園が最後に残されたポイントだっただけに、美琴としては次の選択肢がなくなった状況なのだが、上条が既に帰宅してしまっているというカードだけは不思議と脳裏に浮かんでこなかった。
 確たる根拠はないのだが、あの少年はきっとまだこの街のどこかにいる、もっと言えば、また何らかのトラブルに巻き込まれている -- 美琴には何故かそんな確信があった。

(こうなると、さっきアイツを取り逃がしたのは、ホントにマズったわねー。まぁ、あんだけ走り回れるんなら、大怪我してるとかってことはないとは思うけど。どうする?もう一度街中からしらみつぶしに探してみる?)

 今日はやけに救急車のサイレンが多い一日だった。
 そして、あんなことがあった直後ということもあってか、そのたびに美琴の精神は落ち着きを失い、その漠然とした不安と葛藤していたのだ。
 こと安否確認という観点に限れば、先ほどの遭遇でほぼ目的は達したと言えなくもないのだが、それだけで納得できるほど美琴は大人ではなかったし、その神経も太くはなかった。
 そこまでしてあの少年を追いかけて、仮にもう一度彼を捕捉できたとして、いったい何をしたいというのだろうか。
 上条に言ってやりたいことは山ほどあるはずなのだが、具体的にそれが何なのか、その答えは美琴自身にもわからなかった。

「ちぇいさーっ!!」

 もやもやするココロを晴らすように、『宿敵』に対して得意の上段回し蹴り一閃。
 ズドン!という轟音から、一瞬の静寂の後、苦しそうにモーターが唸り、ガタゴトと何かが落下する音が響いた。

「げっ!何コレ!?び、ビミョーね……」

 『宿敵』が断末魔の声と共に吐き出したのは、『ウィンナーソーセージ珈琲~国産豚使用の粗挽きウィンナーをそのまま入れときました~』だった。

 一日中歩き回った身体に、夜更けの珈琲は少しほろ苦かった。


◆         ◇         ◆         ◇         ◆


(これは、音楽?…、『うた』!?)

 激しく、しかしどこかせつなげな『うた』が、夜の公園を包んでいた静寂を打ち消した。
 現在、美琴はあの自販機の前を離れ、公園の出口へと向かっているのだが、歩を進めるごとに、最初に気付いた時は途切れ途切れになりがちだったその『うた』が徐々にハッキリと聴き取れるようになってきていることから、『うた』の源は美琴の進行方向に存在し、彼我の距離がだんだん近づいてきていることが分かる。
 最初はどこかの商店が流している有線放送の類が風のイタズラで聴こえてきたのかとも思ったが、今がいったい何時なのかを考えると、それはありえない気がしてきた。
 となると、残された可能性はひとつしかない。
 それは、路上でのゲリラライヴだ。
 学生の街である学園都市では、音楽の道を志す学生たちが天下の往来を占拠し、その昴る魂の叫びのままに爆音を垂れ流して警備員(アンチスキル)のお世話になるという光景もさして珍しいものではないし、美琴も実際に街中でゲリラライヴに遭遇した経験くらいはあるのだが、この『うた』は何かそういった類のものとは気質が違うように感じられた。
 美琴が耳を澄ませていると、2曲目はガラリと曲調が変わった。

(ジャンルはポップ・ロックかな。爆音っていうよりも…そう、躍動感が特徴ね。ヴォーカルは女性。ハッキリ言って、巧いわね。それにしても…)

 最初は単に退屈を紛らわすためだったが、意識が自然と『うた』へ集中していくのがわかる。
それはもちろんヴォーカルの力量に負うところが大きいのだが、それ以上に美琴を惹きつけていたのはそのフレーズ、つまりは『詞』だった。
 そのインパクトの大きさは『言霊』という古風な言葉の存在を美琴に思い出させたほどだ。

(『他人はそれほど自分のことを想ってくれるわけない』なんて、なんだか淋しいわね…確かに普通はそうなのかもしれないけどさ…ところがいるのよねん。頼みもしないのに、他人の心配ばっかりして自分はボロボロになっちゃうような大馬鹿が♪この人もさ、ホントは信じたいんじゃないのかな?それにしても、『砂漠に放り出された仔犬』って、どういうセンスしてんのよ!?でも…、まるでついこの前までの私みたい……ね。ま、どっちかっていうと私は猫の方が好きなんだけど)

 彼我の距離が近づくにつれて、歌声はどんどんクリアーになり、それと比例するように美琴のツッコミも加速度を上げていくのだが、まだその『うた』の源を視界に捕らえることはできなかった。

(……それにしても、よりにもよって『自分を消せる勇気』とはね…あの時は仕方なかったと思うけど、私、ひとりで全部抱えて死ぬつもりだったし、残される人のことなんて全然考えてなかった…私のことを心配してくれて、死んだら悲しんでくれる人がいるかもしれないなんて考える余裕もなかった…でも、せっかくアイツにもらった命だもん、もう絶対に死んでなんてやらないわよ!『自分を守れるように強くなる』ってのも…ひとりの強さなんてたかがしれてるし脆いモンだったわ…自分ひとりだけの力じゃどうにもできないことだってあったし、いまさら『ひとりきりでなんて生きられない』わよ。それに、強いから、能力(ちから)があるから守るんじゃない…きっと誰かを守りたいと想うから強くなれんのよね)

 目指す上条がまったく捕まらず、退屈な一人歩きを続けていたこともあり、美琴はすっかりこの『うた』の世界に引き込まれていた。

(それにしても…どっから聞こえてくんのよ、この『うた』は?)

 美琴の灰色の頭脳がフル回転して瞬時に答えをはじき出す。
 もしこんな時間にパフォーマンスを行っているのなら、既にほとんど人影すらなくなっている公園内ということはありえない。
 この短い階段を下りて右に曲がれば、長い直線の園路の向こうに大通りに面した公園の出入り口とバスの停留所が見えるはずで、今聞こえている『うた』との距離感やパフォーマンスをするスペース諸々を考慮に入れれば、そのポイント以外はありえないはずだ。
 この程度の推理は、学園都市に7人しかいない超能力者(レベル5)である美琴にとって、毎週密室殺人事件のトリックを推理することよりはるかに簡単な作業だった。
 自身の推理を裏付けるため、精神を集中して電磁波レーダーの精度を高めていくと、電気機器の使用反応がヒットした。
 間違いなくターゲットはこの方向にいる。
 強い確信を持って歩を進めていくと、程なくターゲットを視界に捉えることができた。
 そこには、まさに美琴の読みどおり、バス停の灯りをバックに躍動する人影があった。

 『うた』の源 --
 路上でゲリラライヴを演っていたのは、女性ヴォーカルと男性のギター・トリオ(ギタリスト・ベーシスト・ドラマー)からなるオーソドックスな4人編成のバンドだった。
 美琴が少し歩く速度を落としながら公園の出入り口に近づいていくと、ちょうど演奏が一段落し、女性ヴォーカルがMCをはじめた。
 そのまま立ち止まらずに通り過ぎるという選択肢もあったのだが、先ほど耳に入ってしまった『うた』にかなり興味を覚えていた美琴は、少し離れたところまで行ってから足を止めるという行動を選択した。
 女性ヴォーカルがMCでアピールしていた内容はかいつまんでいうとこんな感じだった。

 自分たちは『外部』からライヴツアーで学園都市にやって来たこと。
 近々この近くのライヴハウスでライヴをやること。
 今日はその宣伝のためのゲリラライヴなので、もし気に入ってくれたら是非ライヴハウスに遊びに来て欲しいこと云々。

 女性ヴォーカルは続けて、「遙か昔のこと(笑)なんで忘れてたんですが、今日は随分人通りが少ないなーと思ってたら、夏休み最終日だし、学生のみんなは今頃宿題のラストスパートなんですね」と、少し冗談めかして観客たちに語りかけていたが、美琴はこの発言を聴いて、この人たちは本当に学園都市の『外部』から来たんだなと確信していた。

 今日は8月31日。住人の8割が学生である学園都市にとって今日一日は『家に引きこもって残った宿題と格闘する日』であるし、そもそも、大学生が中心で居酒屋などもある第五学区ならともかく、完全下校時刻があり、且つ寮の門限もある中高生が中心の第七学区では、こんな時間までうろついている学生は『不良』にカテゴライズされてしまう(一部、超能力者(レベル5)の少女を除く)し、それは夏休み最終日に限ったことではないのだ。
 案の定、聴衆は少なく、足を止めているのは、ピンクの服を着た小学校高学年くらいの女の子を連れた緑色のジャージを着た馬鹿みたいな巨乳の女と眼鏡をかけた大人しそうな巨乳の女ほかちらほらといったところ。
 少なくとも学生らしき姿は皆無だった。
 ライヴの集客が目的ならば、時間も場所もミスチョイスと言わざるを得ない。
 そんなことを考えながら、人の輪から少し離れたところで美琴が足を止めていると、その姿をめざとく見つけたスタッフらしき男性が近寄ってきて、「よろしくお願いします♪是非聴いてあげてください」と頭を下げながら、チラシを手渡してきた。
 相手の態度が丁寧だったので、美琴も社交辞令上差し出されたチラシを受け取り、とりあえず制服のポケットに突っ込んで、再び視線を上げようとした、まさにその時 --

 あの女性ヴォーカルと偶然目が合ってしまった。
 ふたりの視線が交錯し、まるで能力戦(パワーバトル)のようにぶつかる。

「にょわっ!?」

 そのまっすぐな瞳に射抜かれたかのように、美琴の前髪から『ぱちん☆』とほんの僅かな火花が輝き、瞬く間に夜の闇に吸い込まれていった。
 美琴にしては珍しい軽い能力の暴走だ。
 思いがけない事態に驚きの表情(いろ)を隠せない美琴に、女性ヴォーカルはイタズラっぽくウィンクすると、まるで真夏の太陽(ピーカン)のような笑顔でこう宣った。

「それじゃぁ、もう夜も更けてきたので、ラスト2曲!この夏の想い出に、是非盛り上がっていってください!!1曲目は………」

 人々の想いが交錯するこの街の夜の帳に、
 天上に浮かぶ月まで届きそうな澄み切った歌姫の声が朗々と響いていった。


◆         ◇         ◆         ◇


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「…あの人、私と同じ目をしてた…」

 あの女性ヴォーカルと視殺戦を展開した美琴は、結局立ち去ることが出来ず、彼女たちのゲリラライヴに最後までつきあう羽目になってしまった。
 ノリノリで最前列に陣取っていた緑色のジャージの御一行様は明らかにご機嫌な状態らしく、演奏を終えたバンドメンバーと何やらボケだかツッコミだかよくわからない会話で盛り上がっているようだったが、美琴は当然その輪に加わることはなく、なぜだかまた目が合ってしまった女性ヴォーカルに軽く黙礼すると、足早にその場を離れた。
 携帯を取り出して時間を確認すると、時刻はもうすぐ23時になろうとしていた。
 昼間はあれほどうるさかった蝉たちの合唱も今はもうない。
通りに人影はほとんどなく、ただ天上に浮かぶ月だけが美琴の姿を見つめていた。

(仕方ないわね。あの馬鹿は今度逢った時に制裁するとして、今日のところは帰るとしますか)

 上条当麻との夜通しの『追いかけっこ』で何度か朝帰りしたこともある美琴だったが、今朝は(非常に不本意ながら)その上条との『逢引』現場を寮監に押さえられてしまっている。
 普段ならルームメイトの白井黒子がうまくごましてくれることも多いのだが、本日は当然の報いとしてマークがキツくなっていることが容易に予想できるため、あの寮監相手に白井がごまかしきれているとは考えにくい。
 ましてや、本日の門限破りの原因が、白井曰くツンツン頭の殿方絡みであることが既に明々白々であることまで考慮に入れると、そもそも彼女が偽装工作を行ってくれているかすら疑わしかった。
 となれば、品行方正なお嬢様(のはず)であり、寮生たちの模範たるべき超能力者(レベル5)としては、今宵の上条捕捉作戦はこのあたりで断念し、(今さら感はあるものの)学生寮へ戻らざるを得ないだろう。

 不承不承、足早に寮へと歩を進める美琴だったが、話し相手もなくただ機械的に足だけを動かしていると、よみがえってくるのは先ほどのゲリラライヴの光景であり、普段からヴァイオリンを嗜み、音感に関しても人並み以上なこのお嬢様は、印象に残ったフレーズを無意識のうちにハミングしていた。
 あの4人組のバンドに遭遇したのはまったくの偶然であり、実際に美琴が演奏を聴いていた時間も10分程度に過ぎなかったのだが、その内容はライヴハウスでの本格的なステージに期待を抱かせるのに十二分なものだったようだ。

(あのバンドのライヴ、行ってみよっかな。ライヴハウスだったら演奏する曲だって多いだろうし、何たってあんな野外で私の足を止めさせたあのヴォーカルが、まともなステージでどんな歌い方をするのか気になんのよねー。それにしても、何なのよあの歌詞は!ホントに言いたいことが行間から滲み出て丸わかりなクセして言い廻しが素直じゃないっていうかじれったいっていうか、アレじゃ聴いてるこっちが気が気じゃないわよ。あの4人のうち誰が詞を書いてるのか知らないけど、そいつは相当難儀な性格よね)

 『お前にだけは言われたくねーよ』というツッコミを入れたくなることを別にすれば、ここまでは至極ごもっともなご意見であったのだが、徐々に美琴の意識は暴走をはじめた。

(でも、そもそもライヴハウスって、中学生ってOKだっけ?もしかして、保護者同伴じゃなきゃ駄目とか?保護者…年上……なっ、ちょ、待っ、なんでアイツ!?ア、アイツとふたりでライヴハウスって、それってデ、デデデ、デートみたいじゃない!ち、違うわ、アイツはあくまでついでの付き添いであって、私はただ純粋に音楽を楽しみたいだけなんだから!!まぁ、付き合わせるんだからチケット代くらいは私が出してあげてもいいけど……そんでもって、ライヴが終わった後は一緒に食事でも……って、あれっ!?ライヴの日程ってそもそも何日だったっけ?)

 美琴は慌ててさっき受け取って制服のポケットに突っ込んだままのチラシを取り出して詳しくチェックしてみる。
 寮の彼女の部屋にはテレビはないし、そもそも流行りの音楽番組などにあまり興味がある方ではないのだが、それにしても聞いたことのないバンド名だった。
 歌を聴いた時には学園都市の外のアーティストなのかもしれないと思ったが、もしするとアマチュアバンドなのかもしれない。

(そういえば、さっきこのチラシをくれた人も芸能事務所の人って感じじゃなかったわね。あれっ?9月3日って、広域社会見学の出発日じゃない)

 広域社会見学とは、9月3日から10日までの8日間、日本の学園都市からランダムに選ばれた学生達が世界各地へ遠征する勉強会、実質的にはほとんど修学旅行のようなものだ。反対に、世界各地から日本の学園都市へ子供達を招いたりもしている。
 美琴達もアメリカ西海岸に作られた娯楽と映画の超巨大人工島、通称『学芸都市』へ派遣されることになっていた。
 ちなみに『達』というのは、どういう偶然か同じグループになったルームメイトの白井黒子、そしてこの夏に親しい友人になった柵川中学の初春飾利と佐天涙子のことなのだが、いずれにせよ、れっきとした学校行事である以上、ライヴは諦めるしかなさそうだ。

(んー……。やっぱライヴは無理かぁ。そういえば、もうすぐ広域社会見学なのよねぇ…8日間、8日間もアイツの顔を見られないのかぁ、って何考えてんのよ私!?別に今までだって逢いたくて顔を合わせてたワケじゃないし、別にあの馬鹿の顔なんてちょっとぐらい見られなくたって…見られなくたって……な、なんともないんだから………)

 最近、いつもこんな感じなのだ。
 まったく別のことを考えていたはずなのに、いつの間にか上条当麻に結びつけてしまう別の人格がいるかのようだった。
 『自分だけの現実』(パーソナルリアリティー)を揺るがす程の正体不明な感情。
 強固な 『自分だけの現実』(パーソナルリアリティー)を構築できたからこそ超能力者(レベル5)になれた美琴にとって、本来制御不能な感情などありえないはずだった。
 だが、美琴の中心軸を揺さぶり続ける正体不明の『それ』は、なんとかココロの中に押し留めようとする美琴の意識を翻弄し、暴れ回る感情はまるで上条との『繋がり』を求めるかのように外へと噴き出していく
 表に出してはいけないと想っているくせに、その実『それ』を押さえつけることに苦痛を感じている自分がいるのだ。

 あの闘いの前日、とある公園の美琴御用達の自販機の前で悄然と立ち尽くすツンツン頭の少年の姿を発見し、渋る彼からあの故障自販機に二千円札を呑み込まれたことを白状させた時、美琴の脳裏に再生されたのは自分自身の黒歴史とでもいうべき光景であったにも関わらず、彼との『繋がり』を意識して動揺してしまい、その照れ隠しから、本気で落ち込んでいる上条を大声で笑い飛ばしている自分がいた。

 また、『繋がり』といえば、これは美琴は知る由もないことなのだが、彼女の趣味(ライフワーク)であるコンビニでの立ち読みのせいで、とある不幸な少年が縁がボロボロになったマンガ雑誌を毎週買う羽目になってしまっている珍現象だって、もし彼女が知ってしまえば、到底平静でいられることではないだろう。

 8月21日、最弱の無能力者(レベル0)のクセに『美琴とその妹達を守るため』に学園都市最強(アクセラレータ)に挑み、文字どおり身も心もボロボロになって、立ち上がる事すらできなくなった上条の姿を見た時、敵が勝てる相手だから誰かを守りたいのではなく、誰かを守りたいからこそ勝てない敵とでも闘えるのだと知った。
 死の恐怖を振り払い迷わず戦場に飛び込んだ。
 そして、もう動かないはずの手を伸ばし、それでも自分を止めようとする彼の叫びを全身で受け止めた時、自分の生命が木っ端微塵に打ち砕かれようとも、『それでも彼に生きていて欲しい』と願った。
 この少年のためになら命を失ってもかまわないと想った自分がいた。
 そして、その少年 --
 上条当麻は、神様にすら不可能だと思われた、誰一人欠ける事なく、何一つ失う事なく、みんなで笑ってみんなで帰れる幻想(ゆめ)のような世界を、その拳ひとつで切り拓いてくれた。

 その翌日、負傷した上条を入院先の病院に見舞った際も、彼の病室が少し前に自分がキャパシティダウンでダメージを受けた時に担ぎ込まれたのと同じ病室だと気付くと、不謹慎だとは思いつつも自然と笑みがこぼれてしまった。

 そして、これだけのことをなし得た少年は、美琴に何の見返りも求めなかった。
 あの虚空爆破(グラビトン)事件の時と同じように、それがさも当然のことであったかのように振る舞い、あまつさえ、妹達が生まれてきた事は誇るべきことなんだと言ってくれた。
 あまりのことに息を呑む美琴に、「お前は笑って良いんだよ」と、その少年ははにかんだような笑顔をくれた。

(お手製クッキーの件はとりあえず保留よね。今度、土御門にでも教えてもらおっかな…)

 思えば、この8月21日を境に『それ』は大きく変質したような気がする。
 美琴が以前にも増して、あのツンツン頭の少年を探して街をさまよい歩くようになったのもこの日からだ。
 美琴が知る上条当麻は夏休み中だというのにいつも制服姿で、その決まり文句は「今日も補習」だったので、美琴はその言葉だけを頼りに上条の通学路と思しきエリアで待ち伏せたり、彼の学校の周りを探し回ったりして、実際に彼を捕まえることに成功したこともあった。
 その一方で、美琴はこの一週間海原光貴につきまとわれていた。
 海原の顔を見たくないのであれば寮から外出しなければいいだけのことだったのだが、上条捜索と海原と遭遇してしまうリスクを秤にかけた結果、結局は上条を探すために街へ繰り出しては海原に捕まってしまい、特にこの数日間はターゲットである肝心の上条を見つけることができないのに、海原には遭遇してしまうという悪循環に陥っていた。
 そして、今日、夏休み最終日に起きた事件……

 美琴は知ってしまった。
 なぜ、彼らふたりが殴り合っていたのか。
 誰を巡って。
 誰のために。

 美琴は聞いてしまった。
 上条当麻の誓いの言葉を。
 誰のための。

(アイツは無自覚でああいうことを言うヤツなのよ、別に私が特別って訳じゃないんだから!)

 それでも、否定のために振る首の動きは止まってしまう。
 分かっているはずなのに、止まってしまう。
 あの時と同じように。

(ア、アイツが、私のことを特別って思ってんなら、さっきだってどうしてあの馬鹿は私のことをさんざんさんざんさんざんさんざんスルーすんのよ!こ、こんなの勘違いに決まってんじゃない!勘違いだって分かってんだけど…、だけど……)

 何故、あの少年のことを考えると自分のココロはこんなにも千々に乱れるのだろうか。
 美琴は自分自身のココロがわからない。
 でも、もうこの感情を押さえつけるのは限界だった。

 そして、自分のココロ以上に理解できないのが上条当麻のココロだった。
 頼みもしないのに勝手に駆け付けてくれて文字どおり命懸けで闘ってくれたかと思うと、こちらからのアプローチには検索件数ゼロ件で華麗なスルー。かと思えば、人のいないところで勝手にあんなことを誓ってしまうあの馬鹿のココロが分からない。
 自分のことを『特別』だなんて想ってもいないクセに……
 それなのに、あの時の上条からは迷いや逡巡はまったく感じられなかった。

(アイツは私のことをどう思ってるんだろ?ケンカ友達?腐れ縁??そもそもアイツは私のことを女の子として見てくれてるのかな……)

 美琴にとっては、現在真剣且つ切実な悩みなのであるが、『自分からは決して殴らずに、美琴に散々殴らせておいて全弾完璧にガードして、電池切れを狙う』という上条の闘い方を冷静に分析すれば、前段についてはともかく『女の子として見られているかどうか』なんてことは一目瞭然なのだが、美琴の認識では、今夜のことも含め、はっきりいって上条にまともな扱いを受けているという感覚がないのだ。
 唯一の例外といっていいのは、8月上旬にあった盛夏祭での出来事だった。
 盛夏祭とは、通常は一般に開放されていない常盤台中学学生寮が、年に一度夏休み期間中のある一日だけ、招待客にのみ限定で開放されるイベントである。
 その時美琴は、寮生一同からの推薦で、ステージイヴェントとしてヴァイオリンの独奏を披露したのだが、ステージ開始の直前、どういう訳か楽屋裏に現れた上条当麻は、なぜかいつもと様子が違っていた。
 人の顔を見るといつだって『ビリビリ』としか言わないようなヤツが、何度リピートしても赤面して身悶えするしかない、あの超弩級に恥ずかしい、とんでもないセリフを口走ったのだ。

「いやぁ…そんなぁ……スゲー綺麗だと思います」

 『ボムっ!』という擬音が聞こえてきそうな勢いで美琴の顔が朱に染まった。
 胸の鼓動は何かが解き放たれたかのように急激に跳ね上がり、それと反比例するように全身の随意筋が弛緩して身体から力が抜けていってしまう。
 あの時のことを思い出すだけで、とても冷静ではいられないのだ。
 『にへらっ』と、だらしなく緩んだ口元を、辛うじて生き残っていた理性をフル回転させてどうにか起動させたリョウテでバンバン叩くという荒っぽいやり方で無理矢理引き締め、意識的に大きな深呼吸を繰り返すことでどうにか現実世界に復帰した美琴だったが、一時的にパニック状態に陥ったことにより、逆に今まで気付けなかった違和感に気付いてしまった。
 あの時は色々テンパっていたので気付けなかったが、今になって考えてみると、あの時の上条の美琴への接し方は普段の彼からは考えられない程不自然なものであり、まるで目の前にいる少女が(不本意ながら)あの馬鹿曰く『ビリビリ中学生』だと気付いていないかのような、明らかに不可解な態度だった。

(ちょっと服装が変わったくらいで誰かもわからなくなるほど薄っぺらいつきあいでもなかったでしょうが!?それとも、もしかしてアイツって、ああいうおとぎ話の世界から抜け出してきたお人形さんみたいな女の子が好みなのかしら?そういえばアイツ、会うたびに「常盤台のお嬢様ってのは…」とかナントカ言ってたような気がするし…まったく、女の子に対して夢見てんじゃないわよ!でも……ってことは、私が変わればあの馬鹿は私のことを単なるケンカ相手とか腐れ縁とかじゃなくって、ちゃんと女の子として見てくれるってこと?)

 あの時着ていた白いロングドレスはもちろん美琴の自前であるのだが、常盤台中学は年中無休で制服着用が義務付けられているので、あんな機会でもない限り再び御披露目するのはかなり難しい話だ。
 『女の子らしさ』といっても、その方向性は様々なので、とりあえず自分の身の回りで一番女の子らしいと思う知り合いを脳内検索してみると、最初にヒットしたのは初春飾利だった。

(初春さんかぁ。いかにも女の子ってカンジで思わず守ってあげたくなるようなタイプよね。あの花瓶みたいな花飾りもかわいいけど…)

 一瞬、色とりどりの花飾りを頭に載せた自分の姿を妄想してしまったが、美琴はその『幻想』を瞬時に電撃で焼き払った。

(無理…絶対に無理よ…こんなの私のキャラじゃないわ)

 ほとんど自爆に近い『幻想』に身悶えしつつも、それでも何かがココロに引っかかっていた。
 求めている答えはすぐそこに転がっているはずなのに、視界は薄ぼんやりとしていて手を伸ばしても掴めない、そんなもどかしい感覚がそこにあった。
 恥ずかしさになんて負けたらダメだ。こんな時は思考を止めずにひたすら攻め続けなければ望むモノは掴めないと、美琴の経験則が訴えかけていた。

(じゃあ、あの時の私と普段の私が違ってたところは……)

 あの時身に着けていた装束は、白いロングドレスとそれに合わせた白いローヒール、首には黒いチョーカー、そして髪には……

「あれっ…!?」

 輪郭すらハッキリしなかった世界に一筋の光が差し込んできた。
 光は徐々に力強さを増し、その輝きは美琴の心を覆っていた霧を晴らしていく。

 数日前 --
 気の置けない友人たちとショッピングに出掛けた美琴は、偶然立ち寄ったファンシーショップで、とあるアイテムを購入していた。
 『それ』は決して少女趣味全開なモノでも、ましてや高価なモノでもなく、美琴自身なぜ『それ』がそんなにも気になったのか、その時はわからなかった。

 白井黒子には、「また、そのように子供っぽいモノを…お姉様には他にもっとふさわしい品がありますのに…」と渋い顔をされた。
 初春飾利には、「御坂さん、かわいいです、ステキです」とキラキラした目で見つめられた。
 佐天涙子だけは何も言わなかったが、その代わり何か意味ありげにあまり上品でない笑みを浮かべていたような気がする。

 結局、美琴はココロが命ずるままに『それ』を買ってしまったのだが、寮に戻って考えてみても、どうして『それ』が欲しかったのかがわからず、あの日以来『それ』はきるぐまーの中に押し込められて、ベッドの下で日の目を見ないまま今日に至ってしまっている。

 でも、今やっと気付けた……
 ようやく最後のピースが繋がったのだ。
 理由は明白かつ明快。
 あの時はわからなかった、美琴が『それ』を欲しいと思った本当の理由、それは…


「そっか……、私、アイツに見て欲しかったんだ」


 あの時の『カケラ』を身につけることで、ちゃんと女の子として見て欲しかった。
 上条に自分を意識して欲しかった。
 もう一度「綺麗だ」って言って欲しかったのだ。

 パチパチッ!と美琴の前髪辺りで静電気のようなモノが弾け跳ぶ。
 感情が極限まで高ぶった事による軽度の能力の暴走だが、それでも美琴は自分でも意外なほど素直に、やっと導き出した答えを受け容れることが出来た。
 ホントは答えなんてとっくに分かっていたのかもしれない。
 昼間の恋人ごっこの最中に、上条から『俺はお前のことなんて何とも思っていませんよ』的なこと言われた時、何故あんなにもココロが揺らいだのか。
 あんなにもココロが痛かったくせに、あんなにも必死になってその感情の暴走を押し留めたくせに、今さらどんな言い訳をでっちあげればこの答えを否定できるというのだろうか。
 美琴は改めて過去の記憶を辿り、今日までの自分の上条への言動をリピートしてみる。

「私を無視すんなーーっ!!」
「ビリビリじゃなくて御坂美琴っ!!」
「ちゃんと私の相手をしろーーっ!」
「ビリビリ言うな!私には御坂美琴ってちゃんとした名前があんのよ!」
「わったしっにはー、御坂美琴って名前があんのよ!いい加減に覚えろド馬鹿!!」
「待ったーー!?って言ってんでしょうが無視すんなやゴルァーーっ!!!!」
「ふざ……っけんなーーーいつもいつもいい加減にしろアンタはあああ!!」

 気恥ずかしさで気を失いそうになった。
 そして、ようやく自覚する、こんなにも自分の感情はダダ漏れだったのかと。
 すべての叫びに共通するのは『私を見て!』という強烈な想い。
 なら、それは名門・常盤台中学のエースにして、学園都市に7人しかいない超能力者(レベル5)としてキチンと認識しろということなのか?
 答えはもちろん『NO!』だ。
 確かに最初の頃こそ、思いがけず自分の電撃が効かない自称無能力者(レベル0)の少年を、学園都市第三位のプライドに賭けて打ち負かすために追い回していたのだったが、自慢の電撃も10億ボルトの雷撃の槍も砂鉄の剣も代名詞である超電磁砲もさらには全身全霊を出し切った手加減一切無しの落雷すら通じず、最後はココロまで折られて完敗を認めざるを得なくなったあの時、あの少年と初めて出会った時からゆっくりとココロの奥底で育まれていた正体不明な感情が、空っぽになった美琴のココロを占拠して、日々その勢力を拡大しながら今日に至っているのだ。

 とあるツンツン頭の少年を探して街をブラつく。
 とあるツンツン頭の少年を待ち伏せする。

 一見変化がないように見える美琴の行動も、あの頃とは目的が変わってしまっている。
 もう、かつての安っぽいプライドなんて、今の自分にとってはどうでもいいことなのだ。
 その証拠に、どの言葉からも『私を、御坂美琴という女の子をちゃんと見て』という感情がこぼれ出し、暴れ回っているではないか。
 それなのに…

(ここまでしてるっていうのに、なんでアイツはいつもいつもいっつも私のことだけ検索件数ゼロ件なのよっ!?)

 美琴にだって本当は分かっているのだ。
 上条当麻の鈍感さだけが原因なのではなく、自分の行動にだって大いに原因があるということを。
 客観的な視点で見ると、この娘はなんて粗暴なヤツなんだろう。
 仮に原因の大半が上条にあったとしても、会うたびに怒鳴りつけるどころか、生命の危険すらあるビリビリを叩きつけてくる電撃娘を『特別』として意識して欲しいなんて、自分勝手も甚だしいと思わずツッコミたくなってしまう。
 こんなアブない女の子を『特別』な存在として意識するようなヤツがいたら、ソイツはとんでもないマゾ太君か、重度のオプティミストに違いない。
 自分でもまったくもってお嬢様らしくないという自覚はあったのだが、これでは上条が自分のことをケンカ相手か何かとしか認識していなかったとしても仕方がないだろう。
 美琴は自分の事ながら呆れて、思わず深い溜息を漏らさずにはいられなかった。

(ひとりで勝手にテンパって、恥ずかしくなると電撃って、前に木山先生に言われたことがあったけど、やっぱり私ってツン………!?)

 ありえない、ありえないからと、美琴はブンブンブン!と勢い良く首を横に打ち振っていたのだが、だんだん否定のために振る首の動きが鈍くなっていった。
 そう、美琴は気付いてしまったのだ。

(今の私ってただツンツンしてるだけの嫌な女の子じゃない!?)

 美琴は表情を失い、わなわなと唇を振るわせている。
 頭が否定しようとしても、ココロは本能的に気付いているのかもしれない。
 ツンデレは相手にされてこそはじめてデレられるのだ。
 
(私がこんなんじゃ、いつかアイツにだってホントに相手にされなくなって……や、やだっ!それだけは絶対に嫌ぁっっっ!!)

 ココロが痛かった。
 不安が胃の中で渦巻き、無性に胸が苦しい。
 いつの間にか、呼吸さえうまく出来なくなっていた。
 必死にココロの均衡を保ちながら、ゆっくりと目を閉じる。
 いったいいつから自分はこんな弱虫な女になってしまったのだろうか。
 自分は、御坂美琴という人間は、目の前にハードルが置かれたら、それを乗り越えずにはいられないタイプの人間ではなかったのか。

 私らしくないな、と美琴は思う。

(このままじゃ、何もはじまらないわ。まず、少しづつでも私が変わらなきゃ、あのウルトラ鈍感馬鹿はきっといつまで経ったって気付いてくれないわよ。っつか、そもそも何で私がアイツのことでこんなに悩まなくちゃいけないのよ!)

 このまま負けっ放しで引き下がるなんて、そんなものはもう御坂美琴ではない。
例え些細なことでもいい。僅かなキッカケさえあれば、この閉塞した現状から一歩を踏み出すことが出来るはずだ。
 そして、そのキッカケとなるはずの『カケラ』は、きるぐまーの中で美琴からお呼びが掛かるのを今や遅しと待ちわびているのだ。
 重たい息を吐き出して、再び目を開けた時、美琴の瞳には闘志が甦っていた。

(そうよ、私は、私を変えてみせる。明日から『アレ』を着けて学校へ行くわよ!)

 努力をすれば必ず報われるってわけじゃないことぐらいよく分かっている。
 上条の右手には未だに全戦全敗な美琴なのだが、でも、この闘いは決して勝算ゼロの無謀なバトルなんかではない。
 何せ上条は(美琴的には)既に『前科持ち』なのだ。

(なーんだ、よく考えてみれば簡単なことじゃない)

 上条当麻が無自覚だというなら自覚させてやればいいのだ。
 傷ついても走り続け、望むモノは自らの手で掴み取る。
 それが御坂美琴という女の生き様ではないか。
 弱気になっていたココロに喝を入れ、美琴は両の拳をぎゅっと握り締めて気合いを入れた。



「覚悟してなさいよ。絶対にもう一度、アンタに「綺麗だ」って言わせてやるんだからっ!!」




                                              Aug.31_PM11:03 終了




ミッシング・リンク ~After_play_lovers. 2



 (Sep.01_AM04:46)


 日付は変わって9月1日早朝―――
 上条当麻は、学園都市へ向かって走り続けている。
 その傍らには、つい数時間前まで敵だった男、『ロリコン誘拐魔』改め闇咲逢魔が併走していた。
 思い返すまでもなく、8月31日は上条にとって散々な一日だった。
 朝からコンビニの缶コーヒーは売り切れているわ青髪ピアスや土御門に絡まれるわ御坂美琴に恋人役の演技をしろと迫られるわ海原光貴に化けたアステカの魔術師に追い回されるわ闇咲逢魔という魔術師にインデックスが拉致されるわ何故か夜の街で再会した御坂美琴を取り込み中(緊急事態)なのでスルーしたら雷撃の槍を叩きつけられそうになるわ一転その闇咲の知り合いの女性を助けるために学園都市の『外部』へ出なければならなくなるわその女性に呪いを掛けた魔術師と一戦交えるわと、この一日だけで夏休みの絵日記帳がすべて埋まってしまうくらい濃厚で、そして散々であった。
 これから学園都市の『内部』へ戻るためには闇咲の協力が不可欠なのだが、最悪の場合、もう一度『壁』を強行突破しなければならないのだ。
 夏休みの宿題はもう諦めるしかない。

(それにしても…昨日はなかなかスゲー約束をしちまったなぁ。よっく考ると、フツーああいうのは彼氏とか恋人とか、将来を言い交わしたような関係のヤツがするもんじゃないでせうか……)

 昨日、上条は名前も知らないキザでいじけ虫な野郎ととある『約束』を交わした。

「御坂美琴と彼女の周りの世界を守る…か」

 あらためて、声に出してみる。
 少し気恥ずかしい気もするが、不思議と嫌な気持ちではない。
 迷いや後悔は微塵もなかった。
 あの時も、頭で考える前に、自然に言葉が紡ぎ出されたような気がする。
 それが何故なのか、上条にはわからない。
 理由なんてないのかもしれない。
 きっと、美琴と一緒に過ごした時間が、心地良いと思ったからだろう。

 上条は疲労と睡眠不足でふらふらになりつつある身体を引きずるようにして早朝マラソンを続けているが、汗を吸い込んだTシャツとズボンは既にずっしりと重く、上条の残り少ないライフゲージを確実に削り続けていた。
 まだ日の出には暫く間があるものの、なんとしても夜が明けきるまでには学園都市の『内部』へ戻らなければならない。
 宿題についてはもう諦めるしかない状況ではあるのだが、学生である上条にとって、本日9月1日は二学期の始業式の日なのである。
 本音を言えばゆっくり寮に戻って二、三日は眠りこけていたいところなのだが、この少年はどうしてもこの始業式をサボることができない『とある事情』を抱えていた。

 上条当麻は記憶喪失である。
 正確に言うと、彼には7月28日以前の記憶がない。
 つまり、始業式でこれから会うであろう彼のクラスメイトたちとは、夏休みの補習授業で一緒だった青髪ピアスと学生寮のお隣りさんである土御門元春以外はほとんど面識がないため、人間関係としてはまさに白紙、いわば転校初日のような状態であり、クラスの中での自分のポジションを把握するためにも、今日は是が非でも欠席する訳にはいかないのだ。

 記憶喪失後の上条当麻の人間関係の中核をなす人物の一人、ビリビリ中学生こと御坂美琴とは8月20日にとある公園の自動販売機の前で出会った。
 だが、美琴との会話の内容から推察するとその出会いはもう少し遡るらしく、あの自販機前での出会いはファーストコンタクトではなく、正確には『再会』とでもいうべきものらしい。
 とは言え、上条の記憶では、美琴とは『再会』以来わずか10日余りのつきあいでしかない。
 その10日余りの『密度』が尋常でないことも、否定しようのない事実ではあるのだが、いつ頃からのつきあいで、どのように知り合ったのかも詳しくはわからない。

 上条当麻は、御坂美琴という少女のことをほとんど知らない。

 いや、正確には知っていたのかすらもわからなかった。

(俺は、御坂に対しても、『記憶を失う前の上条当麻』を演じ続けなけりゃなんねーのか?)

 ココロがチクリと痛んだ。
 この痛みの正体を上条は知らない。
 自分は彼女との想い出をどのくらい失ってしまったのだろうか。
 その事実にココロが揺らいでいることに上条は驚く。
 上条がすでに記憶を失い、自分との想い出を共有していないという事実を美琴が知ってしまったら、その時彼女はどんな表情(かお)を自分に向けるのだろうか。
 今までの言動等からの推測になるのだが、もしかすると美琴の中では(上条にとっては甚だ理不尽なことではあるのだが)、ある種の信頼(ルール)に近いモノがあったのかもしれない。
 だが、それは『今ここにいる上条当麻』に対して向けられたものではなく、『記憶を失う前の上条当麻』との間に築かれたモノだ。
 そう、あのインデックスと名乗る少女と同じように…
 それはある種の『呪縛』であり、部外者である『今ここにいる上条当麻』が決して足を踏み入れてはいけない聖域……

 また、ココロがチクリと痛む。
 上条自身にも理由がわからない正体不明な感情。
 ここまでは、記憶を失ってから何度も繰り返してきた堂々巡り―――

 しかし、今回はいつもと様相が違った。
 あの正体不明な感情が上条のココロの中で蠢き出したのだ。

「まぁ、御坂に関しては、ここんところ大分派手に上書きしちまいましたけどね」

 自身の口から思わず発せられた言葉に、上条は驚きを隠せない。
 こんなことは今までに一度だってなかったことだからだ。

 8月21日、絶望に打ちひしがれ、『死』という選択肢しか持っていなかったとある少女を、頼まれもしないのに勝手に駆けつけて、そのココロに土足で踏み込むような強引なやり方で、自らも文字通りボロ雑巾のように傷つきながら、地獄の淵から死に物狂いで引きずり上げたとある少年がいた。
 ならばあの夜、とある少女こと御坂美琴と、とある少年こと上条当麻は一度死んだも同然なのではないだろうか。
 そして、それをやったのは、ほかでもない『今ここにいる上条当麻』だ。
 それならば、美琴に対してだけは、『記憶を失う前の上条当麻』に、もうご退場いただいてもいいのではないか。
 何でこんな言い訳がましいことを考えているのか、自分でもわからなかった。
 だが、上条を縛りつけていたあの『呪縛』が、まるで彼の右手に触れられたかのように、音を立てて弾けたような気がしたのも紛れもない事実だ。

(そもそも記憶を失う前の俺と御坂の関係ってどんなんだったんだ……ケンカ友達?腐れ縁??それとも天敵???なんだぁ、今と大して代わり映えがしねーじゃねーか……ってことは、デフォは今のままで問題ないってことかよ)

 上条当麻は記憶喪失である。
 『ごっこ』とはいえ(しかも相手があのビリビリ中学生とはいえ)、女の子にデートに誘われるなんていう素敵イベントは、『今ここにいる上条当麻』の記憶としては初めての体験だったりする。
 確かに散々な結末(オチ)ではあったのだけれど、8月31日という日を一緒に過ごして、美琴の今まで見たことがなかった一面にも触れることができたような気がする。

(いきなりビリビリしてくるあの癖さえなけりゃ、根はいいヤツだと思うし、くるくる表情が変わるから一緒にいて飽きないしな…)

 それに……

(『妹達』や『実験』のことは例外中の例外だとしても、前にあの白井ってヤツも言ってたけど、常盤台のエースとか、レベル5とかって、色々面倒なんだろうしな。俺が丁度良いガス抜きになってるっていうんなら、上条さんもやられ甲斐があるってもんですよー。ま、一発でも当たったら俺死にますけどね)

 もはや挨拶代わりになりつつある美琴の電撃を、毎度余裕綽々で受け流しているかのようにも見える上条だが、幻想殺しの効果範囲は右手首より先だけに限定されるので、万が一受け損えば当然三途の川へ直送なのだ。
 美琴の前ではそんなことはおくびにも出さずに振る舞ってはいるものの、その実それは彼一流のハッタリでありブラフでしかない。
 たとえ美琴の事情を汲んだとしても、やはり怖いものは怖いし、少しは遠慮しやがれコノヤローというのが上条の偽らざる本音であるはずなのだが…

『なによぉ、どうせ効かないんでしょうが』

 上条の脳内会議に突然美琴の幻想が乱入してツッコミを入れてきた。
 アヒル口のふくれっ面がちょっとかわいく思えて、自然にこぼれた笑みに上条は驚き、そして確信した。

「そっか、結局俺はなんだかんだ言いながら、あの状況を楽しいと思ってたのか」

 御坂美琴―――
 超電磁砲の異名を持つ学園都市に7人しかいない超能力者(レベル5)の第三位。
 学園都市の全学生の憧れ、能力開発の名門・常盤台中学の誇るスーパーお嬢様。

 だが、上条にとってそんな肩書きは大した意味を持たない。
 上条当麻は知っている。
 あの夜、鉄橋で見た美琴は、あまりにも弱く、脆く、今にも消えてしまいそうな程疲れ切り、一人暗闇で絶望に震え続ける、ただの女の子だった。
 そして、上条当麻は知っている。
 美琴が上条に時折見せる、あまりに素直で、あまりに無防備な笑顔を。

(いつもは勝ち気で、生意気で、人の話をまったく聞かない、自分勝手なお嬢様だけどさ…
アイツには本当に笑顔が似合う。もう二度とアイツのあんな顔は……御坂が傷つく所なんて俺は見たくねぇんだよ!!)

 だから上条は守る。御坂美琴の笑顔を。
 上条にしかできない、上条にならできるやり方で、
 痛みの理由(わけ)すらわからないクセに。


◆         ◇         ◆         ◇


(そういえば御坂のヤツ、なんか俺のこと心配してくれてたみたいだったなー)

 夜の街で再会したあの時は、宿題とか人さらいとかファミレスでの騒ぎとかついでに無銭飲食とかが複雑に絡み合った言わばお祭り状態だったので思わず放ったらかしにしてしまったけれど、冷静になってみれば美琴にちょっと悪いことをしてしまったのかもしれない。
 それに―――

(何かが引っかかるような気がするんですが…ってアレっ?アイツ確か「やっと見つけたわよ」って言ってなかったか?よく覚えてねーけど、あん時ってもう21時は回ってたよーな気が…うわっ、まさか、御坂たんは、あれからずっと上条さんのことを探してくれてたってことですか!?)

 海原のニセモノ騒ぎではぐれてしまってから、相当な時間が経過していたし、完全下校時刻はおろか、寮の門限だってとっくに過ぎてしまっていたはずだ。
 その間、美琴はずっと自分のことを探し続けていたのだろうか。

(それが正しけりゃ、御坂はどんだけ俺のことを心配してくれてたんだ!?にも関わらず、いざ顔を合わせた途端、10億ボルトのビリビリって、一体どっちの御坂が本当のアイツなんだよ…?いや、絶対におかしいですって!?夜遊びの帰り道にたまたま俺と出くわして、思わず口走っただけかもしれないし……そもそもアイツは俺の事が嫌いなんじゃないのか!?だぁぁぁっっっ、もう不幸だぁぁぁっっっ!夏休みの課題すら片付けられない上条さんには女のコのキモチなんて理解不能なんですよーっ!!)

 握った拳が小刻みに震えているのがわかる。
 理由はわからないが、何かこれ以上この急遽追加された『課題』に踏み込んでいくと、美琴にとって色々とマズイことになるのでは?と上条の本能が訴えかけていた。
 その結果は、おそらく上条自身への不幸(ビリビリ)として跳ね返ってくるであろうことも。
 上条は、己の不幸センサーの判定に従いこの『課題』を簀巻きにして心の奥深く沈めておくことを誓った。
 上条当麻の半分は優しさで出来ているのだ。
 もっとも、その優しさは時として残酷さの裏返しであることに、彼が気付く日は果たして巡ってくるのだろうか。
 上条当麻は不幸な人間である。
 彼は生来の不幸体質も相まって、誰かに救いの手を差しのべ、その人の不幸を取り除いてマイナスをゼロに戻すことが最大の幸せになってしまっていた。
 それは言い換えれば上条当麻という人間の限界でもあった。
 自分にとって都合の良いことなんて絶対に起こらないと、とうの昔にあきらめてしまっている上条が、不幸の蔭で生まれ育まれていたプラス、『とある少女の自分に対する好意』に気付くことが出来ないのは無理からぬことなのかもしれない。
 この自身が設定してしまった限界こそが、上条にとって本当の『不幸』であることに、彼はいつか気付くことが出来るのだろうか。

 この限界を打ち砕くのは、『幻想をブチ殺す』少年自身か、『あり得ないことをあり得ると信じた』少女か、それとも………


 ◆         ◇         ◆         ◇         ◆


 いったいどれくらいの時間旅立っていたのだろう。
 ふと視線を隣にやると、ずっと併走していた闇咲逢魔が何か奇妙なモノでも見るような表情を上条に向けていた。
 疲労はとうの昔に臨界点を超えているが、それもなんだか心地良いような気もする。
 どんなことでも全力を出し切るってことはいいことなんだなぁと上条は思うが、寝不足でぼんやりした頭からは、折角の脳内会議の議事録もその何割かは失われてしまうに違いない。
 半分夢の国を彷徨いながら、上条は自分がやらなければならないことを、ホントにボソッとつぶやいた。

「しゃーねぇーな…デフォは今までどおりとしても、今度会った時は、たまには俺の方から声かけてみるか」

 もうすぐ9月1日の太陽が昇ってくる
 ようやく学園都市を囲む『壁』が見えてきた。
 あの『壁』さえ越えてしまえば、そこはいつもの世界。
 いつもの世界に、彼が守りたい世界に戻れることが、上条は嬉しかった。



                                              Sep.01_AM05:07 終了



ミッシング・リンク After_play_lovers. 3



◆         ◇         ◆         ◇         ◆


「はぁ…やっとコレ終わるのか……これって、俺たちにとっては時間外労働じゃねーのかよ」

「ほら、ぼやかない、ぼやかない♪アンタ、一応こっちでは主役なんだから、さっさと宣伝とタイトルコールやんなさいよ」

「あー、一応訊いとくけど、なんでお前はさっきからそんなに上機嫌なんだ?コレが若さの力ってヤツなのか」

「(やっと、アンタを捕まえられたからに決まってんでしょうが、気付けっ、この鈍感…)う、うっさいわねっ、いいからさっさとやんなさいよ!まったく…、アンタってヤツは……」

「うわっっ!?おまっ、いきなりビリビリすんなっっ!!お願いですから、その物騒なモノをさっさとしまってくださいーーっm(__)m

 えっとー、ご愛顧いただいたすべてのみなさまに宣伝します。このSSは、電撃文庫から発売されている鎌池和馬先生の『とある魔術の禁書目録』の第5&6巻をよくチェックしてから読んでくれよな!面白さが倍増するっつーか、このふざけた幻想をブチ殺せるかもしれねぇから、原作小説の方も是非よろしくお願いいたしますっ!以上、宣伝でしたっ」

「ア・ン・タ・はー………(勝手に打ち消すんじゃないないわよっ)」

「あのー…御坂サン…アナタは何をそんなに怒っていやがりますのでしょうか?」

「うっさい、人の気も知らないで、このド馬鹿っっ!!!」

「またまた意味のわかんねぇキレ方しやがって…まぁ、お前と一緒にいるのは別に嫌じゃねーから、上条さんとしてはビリビリさえ遠慮していただければ、時間外労働も割と苦にならないんですけどねー」

「(えっ今、コイツなんて言った......)そ、そっかー、そうなんだ…(えへへー♪)じゃ、じゃぁ、タ、タイトルコールはいっしょに……………」

「よーし、一丁キメてやろうぜ!」



「とある魔術の禁書目録外伝!」
「「ミッシング・リンク ~After_play_lovers.!!」」


「さぁっ、はじめるわよっ♪」



◆         ◇         ◆         ◇         ◆



 (Sep.01_AM08:03)


 突き刺すような真夏の日差しの中、半袖の白いブラウスにサマーセーター、灰色のプリーツスカートの中学生くらいの少女が、早くも開演した蝉たちの大合唱をバックに、朝の大通りを学校へ向かって走っていた。
 肩のあたりまで伸ばした茶色い髪には、昨日までとは違う真新しい何かが朝日を浴びて自己主張をしている。
 その少女、学園都市でも7人しかいない超能力者(レベル5)にして、学園都市の全学生の憧れ、能力開発の名門・常盤台中学のエースであり、容姿端麗にして品行方正なお嬢様(でないと困る)、電撃使いの少女、御坂美琴の機嫌はすこぶる悪かった。

 昨夜、美琴は『とある事情』から、寮の門限を大幅にブッチ切ってしまった。
 それ自体は美琴にとってさして珍しいことではなく、いつものように、ルームメイトであり、空間移動能力者(テレポーター)である白井黒子を呼び出して、自室である208号室にこっそりと生還しようと考えていた。
 しかし、この日ばかりは、いつもの問屋は営業停止になっていたようだった。
 寮の裏手に回り、白井に連絡するため、携帯電話を取り出そうとした美琴は、まさにその瞬間、万力のような怪力で首を120度ネジ曲げられ、文字どおり問答無用に捕獲された。
 『朝の寮の眼前での逢引騒ぎ』→『大幅な門限破り』のスペシャルコンボをうやむやにしては、他の寮生たちに対して示しが付かないであろう鬼の寮監サマの執念の哨戒網の軍門に下ることになった美琴は、即決裁判で廊下に正座させられた上、寮監サマの愛情溢れる教育的指導を延々と受講する羽目になってしまったのだ。
 日付も変わって大分経った頃、ようやくお仕置きタイムからは解放されたものの、既に真っ白な灰となり果てて自室に戻ってきた美琴を待っていたのは、彼女をお姉様と慕う変態淑女(しらいくろこ)からの執拗な追求だった。
 なんとか肝心な部分は誤魔化しきったものの、『愛しのお姉様』への白井の追求は延々と夜半まで続き、最後は睡魔と懲罰を天秤にかけた美琴が白井に電撃を浴びせて、半ば強引に強制終了してなんとか床には就いたものの、今度は昨日のとある少年の誓いの言葉が何度もフラッシュバックしてなかなか寝つけず、明け方近くになってようやく眠れたかと思えば、今度は起床時間を大幅に寝過ごしてしまったのだ。
 当然、寝起きは最悪だった。
 その結果、やむなく朝食を抜いたあげくに学校まで走らざる得なくなってしまった美琴は、いつも以上にハイテンションだった。

(はぁ……不幸だわ…まったく、黒子のヤツときたら…でも、そもそもの原因は、あの馬鹿が私のことをさんざんさんざんさんざんさんざんスルーするからこんなことになってんのよね。だいたいアイツはいったい私のことを何だと思ってんのよ。って、あれ?)

 視線の先には、見間違えようもないツンツン頭が、美琴と同じ方向に向かって走っていた。

(何、このラッキーイベントは!?今まで朝は一度も逢ったことなんてなかったのに。も、もしかしてアイツの方から「昨日はゴメン。美琴の言うこと何でも聞くから許してください」とか「あれ?ヘアピン替えたのか?似合ってるぞ美琴」なんて展開になったりして。キャー、ウソウソ、ないない。だってあの馬鹿なのよ。昨日のスルーっぷりをもう忘れたの?あの鈍感男に限ってありえないわよ。そ、そうよ。いつも私の方から声掛けてばっかりだから、アイツがいい気になるのよ。たまには私の方からスルーしてやって、あの馬鹿を慌てさせてやらないと)

 脳内会議の様相が全部顔に出たまま走り続けている常盤台のお嬢様は既に立派な不審人物候補なのだが、そんな周囲の視線など物ともせず、満場一致で『敢えて気付かないフリ』をすることを選択した美琴は、舞い上がるスカートの端にも気付かない程のものすごい全力疾走で『とある少年』の左側を追い抜いた。
 すると --

「……おっすー。若者は朝っぱらから元気だなぁオイ」

(キターっ!珍しくアイツの方から声を掛けてくるなんて、これって作戦成功!?でも、昨日あれだけさんざんスルーされたばっかりなのに、ここで嬉しそうになんてしちゃったら、私まるで……とっ、とっ、とにかく、でっ、電撃だけは絶対にダメよ。こっ、ここはクールにオトナの対応で…)

 心の中で深呼吸を繰り返し、クールにクールにと詠唱しつつも、緊張から顔の筋肉が強ばってしまい『ただいま不機嫌です』と言わんばかりの表情になってしまった美琴の口から発せられた言葉は ---

「ってか、どうしてそんなに気安く話しかけられんのかしら。昨日の夜は人をさんざんさんざんさんざんさんざんスルーしていったてのに!ちょっとは引け目とか感じないの!?」

(ちがーう!ホントはこんなことが言いたいんじゃないのにっ!『ケガとかなかった?心配してたのよ』って、なんでこんな簡単なことが言えないのよ、ワタシはーっっっ!!)

 結局は、いつもと同じ光景の繰り返し。
 上条のぶっきらぼうな対応に、美琴が赤くなったり青くなったりしながら怒鳴り散らす。
 さっきまで思い描いていたのとは程遠い現実に『ずーん』と落ち込む美琴。
(勝手に期待して、勝手に落ち込んで、ホント馬鹿よね、私。ま、これはこれで私たちらしいっていうかいつもどおりなんだけどさ。でも、これで『サヨナラ』はさびしいわね…)

「…コラっ!ローテンションのままスルーしてんじゃないわよアンタっ!!」


◆         ◇         ◆         ◇         ◆


 ふたりでぎゃあぎゃあやりながら学校への道を走っているうちに、寝不足で回転が悪かった上条の頭も、ようやく開店準備が整ってきた。
 今朝方考えていたのに、さっきはぼーっとしていて言い忘れてしまっていた言葉を上条はようやく思い出した。

「あー、もしかしてだけどさ、昨日はなんか心配かけちまったのかな。まぁ、疲労困憊に加え極度の睡眠不足ではあるけど、身体自体はこのとおりなんともねーからさ」

 美琴は、炎天下での全力疾走でさすがに暑くなったのか、真っ赤な顔をして俯いていた。

「べっ、別に、ア、ア、アンタのことが心配だったんじゃないんだからねっ!アンタを私の事情に巻き込んで、そ、その、こっ、恋人ごっこでケガなんかされたら、後味悪いじゃない!だっ、だからっ、そのっ…」

(まぁ、今思えばだけど、俺はそれなりに楽しかったんですけどね。だから…)

「それでもいいさ。ありがとな、御坂」
「え?うん…、ありがと…」

 上条の不意打ちに、心構えの『こ』の字もできていなかった美琴は思わず素が出てしまったのだが、あまりに無防備な美琴の反応に今度は上条の方が固まってしまった。
 胸の鼓動が不規則に高鳴っていく。

(今のは何ですか?「ありがと…」って?御坂ってこんなキャラでしたっけ?そ、その上目遣いはやめれ!御坂が違う、何かが違うんだけど……)

 美琴は彼女としては珍しく『ぽわっ』とした表情で、上目遣いに上条をのぞき込んでいる。
 見つめられているだけでも、脳がふやけていきそうだ。
 これ以上接近されると、自称『紳士上条』の理性が決壊しかねない。

(素直な御坂たんに見惚れてしまいましたなんて、死んでも言えますかっつうの!!とっ、とにかくこの空間は…マズい、今すぐ元に戻さねぇと、なんか色々マズいことに…こっ、ここはひとまず)

「あ、あのさ…なんで御坂がお礼を言うわけ?」
「う、うっさいわね!私が言いたかったんだから、別にいいでしょっ!!」

 瞬時に美琴の前髪あたりから電撃が放たれた。
 上条は飛んできた紫電を裏拳気味に右手を横薙ぎにして打ち消してみせる。
 これで元通り、いつものふたりだ。
 また、ココロがチクリと痛む。
 この痛みの正体を上条は知らない。
 でも、この痛みはあの時とは違う痛みだということだけは、辛うじて理解できた。
 その事実を誤魔化すように上条は強引に会話を終了させる。
 おあつらえ向きに丁度ここは『自分の高校ルート』と『常盤台ルート』の分岐点だ。

「じゃぁ、俺こっちだからさ。またなー、御坂。お前も遅刻すんなよ!カエルグッズあげるって言われても知らない人についてっちゃダメですよー」
「こ、子供扱いすんなーっっっ!!待ちなさいよアンタ!まだ話は終わってないわよーっ!!」

 美琴がまだ何か叫んでいるのが聞こえるが、これ以上美琴に付き合っていると本当に遅刻してしまうので、振り返らずにさらにスパートを掛けていく。

「またなー、か…」

 上条は自分が思わず口にした言葉を反芻する。
 連絡先を知っているわけでも、まして約束を交わしたわけでもないのだが、何故だかまたすぐに会えるような予感がするのはどうしてだろう。
 そういえば、アイツの携帯番号知らなかったなー、などと思いながら走っているうちに、ようやく目指す自分の高校が見えてきた。
 実質転校初日から遅刻という醜態だけはどうやら回避できたようだ。
 たとえ不幸体質でも、上条当麻はやれば出来る子なのである。


◆         ◇         ◆         ◇         ◆


 上条当麻が走り去った方向を向いたまま、美琴の足は完全に止まってしまっていた。

(何なのよ、あの馬鹿は。またまたまたまたまたまたまたまたまたまた私をスルーしてくれちゃってさー。でも………、嬉しいじゃないっ!コンチキショーっ!!アイツが私に「ありがとう」なんて、びっくりし過ぎて思わず素が出ちゃったじゃない)

『ありがとう』
“それは感謝のコトバ”

(アイツは私に「ありがとう」って言ってくれた。でも、私はアイツに感謝されるようなことをした記憶はまったくないんだけど…逢うたびに電撃浴びせたり、むしろ厄介ごとに巻き込んでばかりよね)

 美琴は軽く落ち込んでしまう。
 でも、それでも上条当麻は御坂美琴に感謝のコトバを、そして笑顔をくれた。
 なんで、上条がそんなコトバを口走ったのか、美琴にはわからない。

(一瞬、何が起こったのかわからなくて、思わず私も「ありがと」なんて言っちゃたけど、そういえば、あの後アイツも何か挙動不審だったわね。アレはなんだったんだろ?)

 アイツにとっては、大した意味などなく、例の如く無自覚に発したコトバだったのかもしれない。
 でも、とてもあたたかいキモチになれた。
 あんな感情が自分にもあったなんて。
 8月21日、美琴は全てをひとりで抱えて死のうとしていた。
 昨日の今頃はちょうど寮から外出しようとしていた頃だった。
 たった、これだけの間に、あんなことや、こんなことがあって今に至っているのだ。

(アイツは、私と妹達のために命懸けで闘ってくれた。それに昨日だって、「守る」って誓ってくれたのよ。無自覚だろうとなんだろうと、今はそれで充分じゃない!って、何だってアイツのことで私がこんなに悩まなきゃなんないのよ)

 我ながら馬鹿だなぁと、美琴は溜息をついた。
 まだ、美琴はこの感情の本当の正体に気付いていない。
 いや、もしかすると、ちょっと油断すると暴れ出して、ココロから噴き出しそうになるこの感情を無理矢理抑えつけようとしているだけなのかもしれない。
 それは痛みを伴うことなのに…

(自分に嘘なんてついてたら、笑えないじゃない。私らしくないぞ、御坂美琴!)

 この痛みに背を向けてはいけない。
 ここから逃げてしまうことは、とても哀しく、そしてもっと激しい痛みを伴うことだということも、本当は分かっているのだ。
 だから、美琴は立ち向かう。
 この正体不明な感情に。
 あの馬鹿は夢にも考えていないだろうけど、さっきのは美琴にとっては上条とふたりきりの『始業式』。
 二学期は始まったばかりなのだ。
 これから、あの少年と顔を会わせる機会だって増えるだろう。
 時間はまだまだたっぷりあるのだ。

(それにしても…)

 美琴はまた溜息をついた。
 先ほどの上条との会話から推察すると、上条は昨日美琴とはぐれた後も、やはりまた別の厄介ごとに巻き込まれていたようだった。

(もし神様なんてのがホントにいるとしたら、ソイツはとんでもなく怠惰で不公平なヤツよね)

 美琴は昨夜のゲリラライヴを思い出しながら、心に残ったフレーズを反芻していく。

(アイツの右手はみんなを守る右手なのかもしれない。なら、私のリョウテは何を守れるの?アイツは私に「お前は笑って良いんだ」って言ってくれた。あの馬鹿はいつだって「不幸だ!」「不幸だ!!」て言ってるけど、私だって、アイツにはいつも笑顔でいて欲しいのよ。だから、私は私のやり方でアイツを笑顔にしてみせる!アイツの不幸なんてこの御坂美琴が吹き飛ばしてやるわ!!)

 あり得ないことをあり得ると信じたから超能力者(レベル5)になれた少女は力強く誓う。
 そこにあるのは、超電磁砲の軌跡のように、真っ直ぐな想い。
 もう、気のせいでも勘違いでもいい。
 顔が真っ赤になっているのが鏡を見なくても分かるが、そんなこと程度では今の美琴のココロは止められない。

(私は、御坂美琴は守られるだけの女なんてガラじゃないわ。アイツには神様がいないっていうなら、私がその神様になってやろうじゃないの!まったく、感謝しなさいよねー。世界広しといえど、こんなに慈悲深い女の子なんて私しかいないんだから)



◆         ◇         ◆         ◇         ◆



 (Sep.01_AM08:17) ~エピローグ~


 完全に自分だけの世界に旅立っていた美琴は、今度こそ本気の全力疾走を披露する羽目になった。
 お世辞にもお嬢様らしくないことこの上ない姿ではあるのだが、もうそんな些細なことに構っていられるような状況ではなかった。
 目指す学舎の園まではあと僅かとはいえ、始業まであと3分しかないのだ。

(だぁっっ、アイツの不幸が移ったのかしら?新学期早々遅刻しちゃうじゃない。あぁもう、ふこー…でもないわよね)

 今朝はあの少年には気付いてもらえなかったけれど、風に揺れるその茶色い髪には、美琴の想いをカタチにした二輪の花が、夏色の日差しを浴びて咲き誇るかのように虹色に輝いていた。



                                              Sep.01_AM08:18 終了





Fin




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