以前の彼女

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mangaroyale

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以前の彼女 ◆ZhOaCEIpb2



遠くのほうから何かが聞こえてくる。
最初は幻聴のように微かだったそれは、少しずつはっきりした巨大な音に変わっていく。
叫び声。
それは波紋のようにゆっくりと確実に忍び寄ってくる。順繰りと教室を伝い、私のいる教室へと向かってくる。
何が起こったんだろう? 授業中なのに? 
私を含め教室中のクラスメートがハテナマークを掲げる。

廊下には同級生たちの一心不乱に逃げ惑う姿が見え、口からは常軌を逸するような悲鳴を張り上げている。
恐ろしい何かに追いかけられているようだった。その中には先生たちもいた。
私たち子どもを守るべき存在である大人である、先生たちでさえ恐れ逃げさ迷う。
学校中が恐怖に震え上がっているようだった。

クラス中が突然の出来事に小さな騒つきが起き、疑念の言葉や不安の言葉が飛び交う。
そんな中、私は事の出来事を思案するため、ずっと廊下を覗いていた。相変わらず逃げ惑う人々たち。
何が迫ってきているのであろうか、私は不安を感じながらも廊下に見入っていた。

そして、ついに変化が現れた。女の子が廊下を横切ろうとする。
その子は隣のクラスの子で私とは特に面識はなかったけど、学年中の人気者だった。
そんな子が通り過ぎようとした瞬間。


いきなり弾けたのである。

クラス中が叫喚に変わった瞬間である。
鋭い爪を持った化け物に胸から上を抉り取られたのだ。
そこからはダムが決壊したような動揺がクラス全体を覆った。
突然のことに呆然とする子、突然のことに悲鳴を上げる子、突然のことに教室から飛び出す子、突然のことに泣き出す子。

私は呆然とする子であった。
私は何も考えられなくなった。
目の前で起きていることが一瞬理解できなかった。
頭の中で警告を発する。
今すぐ逃げるんだ―――ただその一つだけ。
でも、身体は言うことを聞かない。目の前に危険が迫ってきているのに全身が強張って動かない。
それでも、私は逃避という思考回路に従う、恐怖に怯え震える体を奮い立たせる。
緊張した筋肉は最小限で回避行動に移る。単純に隠れるということ。
重い腰をズリズリと引きずり、清掃具のロッカーに身を隠す。

ブチ撒かれる鮮血。
ブチ撒かれる肉片。
ブチ撒かれる臓物。
ブチ撒かれる脳漿。
ブチ撒かれる眼球。
ブチ撒かれる四肢。

私は隙間から見ていた。殺戮を見ていた。
ついさっきまで楽しくお喋りをしていたクラスメイトたち。
仲の良い子もいた。いまいち好きになれない子もいた。私にとって色んな子がいた―――友達。
自分の中にある日常を表す人たちが、目の前で人の形に成さないモノに、グロテスクなモノに、変容していく。
そして、捕食される。

私は声を殺して見ていた。惨劇の現場を見ていた。
化け物たちに見つかれば、私も自分じゃないモノに変えられ、殺されてしまう、喰われてしまう。
口に手を当て、言葉にならないものを押し殺した。
心の中では、「止めて!!」と何度も何度も悲痛な雄たけびを上げながら。

それでも私は目を覆いたくなるような一方的な惨殺を見ていた。目から涙を溢れさせ凝視していた。
目を閉じれば死んでしまう。目を閉じた瞬間、私はそのまま深い闇に落ちてしまうんじゃないのか、死の眠りについてしまうんじゃないか。
無意識にそう思っていた。

そして、最後に見ていたものがある。
クラスメイトの西山君がそれに参加しているところを。恍惚の笑みを浮かべながら。

友達をブチ撒けていた。

+++


ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ―――

破裂しそうなぐらい動悸が激しい、心臓が今にも爆発しそうだ。
「ここ何年は見ることもなかったのに……」
ベッドのスプリングが震え、身体を前に起こし、周囲を眺める。壁に掛けられた時計は11時を示していた。
気だるい空気に包まれた部屋、新鮮な空気を入れ換えるために窓を開ける。
汗まみれの全身に緩やかな風が吹き付け、ひんやりとした感触が包み込む。少し心が落ち着いた気がする。
窓の外を見渡すとアスファルトに囲まれ、二十メートル先には鉄でできた建物が視界を遮る。
太陽はほぼ真上に位置していて、ギンギンと辺りを照らしている。
「確かここは消防署の仮眠室だったな」

私は勇次郎との交戦の後、近くにあった消防署に向かった。
そこのシャワー室で全身に付いた血を洗い流した後、仮眠室で休息を取っていた。
勇次郎との戦いは元錬金の戦士といえ、かなりの疲弊であったのだ。
いや、身体というよりは精神的な疲労が大きいように感じる。

上着脱いで下着になって睡眠を取っていた私は服に着替える。
血でべっとりとなった服はハンガーに掛け、窓際に干してある。室内で乾かしていたけど、何とか服は乾いていたようだ。
どす黒いマーブル模様み色づく服。水洗いをしたとはいえ、所々に血の跡が残っている。
洗剤がないので、丹念に洗ったのだが真っ白とはいかなかった。
その着心地は最悪である。
私は急がなければならなかった。足を速め、早急に一階へと降りる。
初めてこの場所に尋ねたとき、ある程度施設の構造を確認し把握していた。
だから私はすぐにガレージに向かった。

ガレージには、この殺し合いには欠かせないものがたくさんあった。
自分が分かる範囲で主に使えるものは隊員のケガを治すための簡易な医療パック、消防整備に欠くことできない工具一式の二つである。
特に工具は首輪を解体するには必須のアイテムである。機械知識に長けた人物がいれば大いに役立つだろう(パピヨンのような)。
いまいち使いどころは難しいが、他にも火を消すための消防車や消防服が一着あった。
私は消防車が使えるかどうか確認するために乗り込む。
ガソリンは満タン、水蔵タンクも満タンである。
キーもそのままであるので使えるだろう。

私は消防車を使って移動することにした。
元錬金の戦士であるので、車の運転の仕方は一通り習っている。
しかし、実際に車は運転したことなかったし、消防車にいたっては未知数である。
運転しているうちに、慣れるだろう。ほとんど一般車両と操作方法は同じだ。
それに、今後のためにも放水の仕方も覚えておかないといけない。運転しながら徐々に学ぶしかほかないだろう。

私はパックにこの場所で手に入れた、工具一式と医療具一式をパックに詰め込む。
消防服は役に立ちそうだが、重量でパックには詰め込めそうにない。
だからといってそれに着替える気にならない。
私の最大の武器である機動力が削がれる上に、蒸し暑さで体力を大きく消費してしまう。
でも、ここに置いておくのは惜しい。だから、私は運転席の隣に置くことにした、咄嗟の時に役立つかもしれない。
そう期待せず、座席に放り投げる。

準備は整った。私はキーを捻り、エンジンを付け、ハンドルを握る。
ブルンブルンと車体が振動で揺れる。
実践で車を動かすのは初めてなので少し緊張するが、そうはいかない。

私の中で渦巻く強い意志。
勇次郎を野放しにするわけにはいかない。
奴を野放しにすれば、いずれ一般人や戦士長―――カズキにも危害が及んでしまう。
それだけは避けなければならない。
もしカズキがいなくなってしまったら、私は……耐えられない。
ビクターとの戦いで、カズキを失った絶望感を知っている、悲しみを知っている。
もうあんな思いはしたくない、愛しいカズキを失いたくない。
かつての日常をホムンクルスに奪われたように。

だから―――

「勇次郎」
ギリリと歯を大きく軋ませる。
勇次郎………一瞬、フラッシュバックのように勇次郎に受けた屈辱の数々が頭に照らし出される。
仲間であった花山と私のトラウマと呼べるあの光景と一緒に頭の中に渦巻く。
心臓がまた大きく早く脈打つのが分かる。
私の戦う理由が再確認される。
今もう錬金の戦士ではないが、戦う意志が前のように漲る。
怒りと闘争心が拳を強く握り締める形で具現する。

―――勇次郎、貴様は絶対に私が殺す。
―――絶対に私の大切な人たちを奪わせない。
―――私は絶対に生きてカズキたちと一緒にここから脱出する。

斗貴子の中で再び表れた、戦う理由。
ホムンクルスとの戦いから離れて、忘れていた想い。
しかし、それは勇次郎との戦いで、以前のように余裕がなくなってしまった彼女。
自分を仇なす人間は処刑という陰りを落とした。
真っ直ぐな精神を持ったカズキと触れ合っていたことで燻っていた想いが再燃する。
以前戦った早坂姉弟のように殺し合いに乗った人物は殺す。
そんな奴はどんな事情があれ、信頼するに値しない。問答無用で殺す。

―――敵は絶対に殺す。

ガレージのシャッターを開け、アクセルを大きく踏みしめる。現れる陽光が目を焼き付け、視界を眩かせる。
そして、新しく生まれた想い胸に、忘れていた決意を胸に、飛び出す。


プスン

いきなりエンストであった。

「…………」
何事もなかったようにエンジンを吹かし、もう一度出発する。
そして、消防署を跡にした。

【D-4 消防署周辺 1日目 昼】
【津村斗貴子@武装錬金】
[状態]:消防車を運転中 疲労小 強い怒り 
[装備]:USSR AK74(30/30) 水のルビー@ゼロの使い魔 支給品一式×2(食料と水無し) 
USSR AK74の予備マガジン×6 始祖の祈祷書@ゼロの使い魔 キック力増強シューズ@名探偵コナン
工具一式 医療具一式
[思考・状況]
基本:主催者を絶対に殺す、カズキと生きてここから脱出する
1:範馬勇次郎をなんとしても絶対に殺す
2:カズキ、またはブラボーと合流。パピヨンには警戒
3:理由はどうあれ、殺し合い乗った奴は問答無用に殺す
4:勇次郎を殺すための武器を調達する
5:機械知識に長けた人物を探す

※本編終了後、武装錬金ピリオド辺りから登場
※上着が花山の血で滲んでいます
※消防車の中には消防服が一着あります
※消防車の水量は(100/100)です


103:エンゲージ 投下順 104:桐山の戦略
100:気に入らない奴ほど、コンビネーションの相性はいい 時系列順 105:桐山の戦略
084:はらわたをまく頃に~侠客立ち編~ 津村斗貴子 124:薔薇獄乙女



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