地獄の季節(中編) ◆3OcZUGDYUo



「「何ッ!?」」

ナギがスパイスガールを発現した事により、驚いた承太郎と新たに五人目の声が聞こえた事により、驚いた刃牙の声が重なる。
三人から少し離れた位置に居るハヤテは、あまりの出来事に声を出す事も出来ずに只唖然としていた。
それほどまでにもナギがスタンド能力を使用した事は刃牙、承太郎、ハヤテの三人とっては予想外な事だった。
刃牙は言うまでも無く、今までナギはスタンド能力を得た事を承太郎とハヤテには伏せていたので、無理も無い。

「何をやったか知らねぇけど……オレの勝ちだ!!」

ピーキーガリバーを最大限までに、増大させている刃牙にはスパイスガールが見えない。
只、スパイスガールのふざけた言葉が聞こえただけだ。
だが、その言葉は刃牙の闘争心を更に揺り起こす結果となっていた。

「オレを殺すんだろ? だったらやってみろよ……お前がぶっつぶれる前になァァァッッッ!!」

ピーキーガリバーが更に地に向かって押し込まれる。
どうみても無力な少女如きに、殺すと宣言された自分。
今までの人生の中で、五本の指に入る程の屈辱。
肉の芽の洗脳により、感情の起伏が激しくなった刃牙の神経内でアドレナリンの分泌が早まる。
承太郎が、スタープラチナが、ナギが、スパイスガールが刃牙のピーキーガリバーにより、押し潰されるのも近い。

「望むところだ! こぉの筋肉バカァ!!」

売り言葉に買い言葉と言った要領で、ナギも怒声を返す。
スパイスガールの拳を動かそうとするが……。

「ど! どうしたジョジョ!?」

唐突にジョジョが右手を自分の肩に置いた事に、気付いた事によりナギの動きは止まる。
優しさなど微塵も無く、只無造作に置かれただけの右手ではあるが、ナギの頬がほんのりと赤く染まっていく。
『こ! こんな事をしている場合でないだろう!!』 そんな事を言おうとした矢先、承太郎の口が先に開く。
ナギが頬を赤らめている事など全く気付いた様子は見せないで。

「理由は後で聞く、それよりもナギ!」

当然承太郎には何故、ナギが恐らく近接パワー型のスタンドを使えるようになったのかはわからない。
泉こなたという少女ではなく、この殺し合いで一番長く共に居たナギがスタンドを使えるという事実に驚かないわけがない、
だが承太郎はあえてこの場では追及しない事を決めた。
それよりも優先してやるべき事があるからだ。

「そのスパイスガールとやらの動きを俺のスタープラチナに合わせろ!!」
「わ! わかったのだ!!」

依然、ラッシュを繰り続けているスタープラチナの前後に動く両拳。
そのスタープラチナの拳をナギが……いや、スパイスガールが凝視する。
最高の瞬間に……スタープラチナと同じように、その両拳を叩き込むために。

「ん!?」

奇妙な感触を感じた刃牙が思わず声を漏らす。
何かピーキーガリバーから感じる感触が増えているような気がするからだ。
所詮、あのナギと言う少女は口だけの何も出来ない無力な者。
そう思い、刃牙は自分の勘違いだと思い、最後の一押しを行おうとするが。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
「WAAAAAAAANNABEEEEEEEEEE!!」

数式の計算では一足す一は必ず二となる。
だが、スタンドは精神力を糧にすることで発現される揺ぎ無い力。
一発、二発と速度、量が今まで以上に増大した両拳のラッシュにより、その行動を止めざるを得なかった。

「なっなにィッッ!?」

一転変わって、逆に押され始めた刃牙は焦りの声を上げる。
どうやら先程自分に向かってふざけた事を言ったのは、ナギと言う少女が声を変えて言ったのでなく、スタンドが言ったらしい。
そこまではわかる……だが、何故スタンドが一つ増えただけでここまで押し込まれるのかが刃牙にはわからない。
そうこう考えているうちに右腕に衝撃が走り、ピーキーガリバーに亀裂が走っていく。

「な、なんなんだお前らは!?」

先程の余りある余裕は消え失せ、刃牙は狼狽する。
今のこの劣勢となってしまった状況は、考えれば考えるほど理解できない。
完全に自分は押していた……それが何故かここまで押されていからだ。

「うっさいバーカ! だから言っただろう! 私が後悔させてやるって!!」
「てめーには手間取ったが……終わりにさせてもらうぜ」

ピーキーガリバーにより、ナギと承太郎の表情は見えない。
だが……彼らの声を刃牙はハッキリと聞くことは出来た。
殺したいほど憎たらしい彼らの声が。

「調子に……調子に乗るなァァァァァァァッッッッッ!!」

激昂に任せて刃牙は、広げていたピーキーガリバーの掌を横に反す。
ナギと承太郎を押し潰すのをあきらめたのだろうか?
いや、ここまで言われ刃牙が引き下がるわけはない。
答えは至って単純過ぎる事だ。押し潰すことが無理なら……別の手段を講じればいい事。
既に横に反したピーキーガリバーに力を込める。
一旦、その未だなんとか強大な大きさを保っているピーキガリバーを後ろに引き……

「さっさとぶっとべェェェェェッッッッッ!!」

思いっきり横方向に薙ぎ払った。
拳を当てる相手を見失ったスタープラチナとスパイスガール。
承太郎とナギに対して、ピーキーガリバーは真っ直ぐ向かっていく。
刹那。
ピーキーガリバーの直撃により、喫茶店のガラス越しの壁に吹き飛ばされる者が一人。
立ち尽くしていたナギの身体を、突き飛ばした承太郎が宙を舞っていく。
承太郎の身体がガラス越しの壁に投げ込まれることで……幾枚のガラスが音を立てて、虚しく崩れる。
突き飛ばされた時の衝撃で、尻餅をついたままナギはそんな光景を見ている事しかなかった。

「ジョジョ!?」
「うるせぇよッ!」

叫び声を上げるナギの元へ、一旦武装錬金を解除した刃牙が迫り来る。
いや、刃牙の異常に発達した脚力により、既に数歩目の前まで辿り着いていた。
ジョジョの安否が知りたいナギは、未だ刃牙に対して対応が取れていない
慌てて、ナギは先程思わず戻していたスパイスガールを再び発現。
スパイスガールの拳を振るうが、所詮ナギはこの殺し合いで初めてスタンド能力を使えるようになった者。
圧倒的な経験、肉体、技術を併せ持つ刃牙にそうそう当たるものではない。

「しゅッ!」

スパイスガールの右頬にナギにとっては、あまりに強烈すぎる刃牙の拳が飛び込む。

「げふ……くそっ!」

伝達されたダメージによりナギは思わず俯き、次第に口の中で不快な血の味が回っていく。
だが、ジョジョのためにここは負けられない。
そう思い、ありったけの勇気を振り絞り、目の前の男の動きを追おうとナギは顔を上げる。
しかし、目の前の男は自分の視界には見当たらない。
何故視界に居ないのか? ナギがそんな事を考えている内に……

「がっ!?」
「やっぱり何も出来ねぇんだよお前はッ!」

瞬時に身体を屈め、上向きになっていたナギの視界から消えていた刃牙が、声を張り上げて姿を現す。
その屈強な右腕で、対照的にあまりにも華奢なナギの首を掴みながら。
刃牙の恐ろしい力により、ナギの身体は宙に浮いている。
今まで散々手こずらせて来た承太郎とナギの二人を倒す事が出来たという、喜びを噛み締め刃牙は笑っていた。

「がっ……そ……そんな……こと――」
「ほら! 空中遊泳ってヤツだ!」

首輪の部分には触れないように首を絞められている事により、上手く声が出せないナギ。
そんなナギを刃牙は嬉しそうに、彼女の小柄な身体を力任せに喫茶店の方へ投げ飛ばす。
承太郎を倒した今、どう考えても自分が負ける要素が見当たらない刃牙は余裕であり、
ジリジリと痛みを与えながらナギを殺そうと考えていた。
それは先程のスパイスガールへの攻撃も同じで、手加減をかけており今もやろうと思えば、
そのまま首を締め上げて殺す事も出来た。

「くっ! スパイスガールッ!!」

空中に投げ出されたナギは再度スパイスガールを発現し、自分自身を受け止めさせる。

「大丈夫デスカ? ナギ?」
「よくやったのだスパイスガール!」

依然、固い意志を秘めた眼を輝かせながら、ナギはスパイスガールに礼を言い、大地に降り立つ。

「そうだ、俺言い忘れてたんだけどさ~」

そんな時刃牙は、ファイティングポーズは取らずに背中を掻きながら、彼はどことなく茶化した声で口を開く。
勿論、自分を侮辱したナギを殺すという目的には変わりは無いし、万が一にも自分が負けるとは思っていない。
只、無力な存在の癖に一向に戦意を落とさないナギを別の方面で仕掛ける事にしてみたのだ。
強いて言うなれば死に掛けた獲物に対して只の余興。
気に食わないナギに、絶望と言う感情を与えるために。

「俺の知り合いがさぁ、もう概に三人殺してるんだよねぇ。
その三人の中に……お前と同じような制服を着ているヤツが居たっけなぁ」
「なっ! なんだと!?」

刃牙は嘘は言っていない。
刃牙が見たのは血を抜かれた高良みゆきの死体だったが、彼女が生前着ていた制服もまたピンク色をしていた。
よく思い出してみれば、色は似ているとはいっても形が似ているかどうかは怪しい。
だが、刃牙はその情報を、誰が手を下したのかを隠しておく事にした。
この方が相手に不安感を与えやすい、そう思ったからだ。

「ま……まさかそいつは……」
「そ! その人はピンク色の髪の毛をしていましたか!?」

今まで、圧倒的な闘いを目の当たりにし、何も行動できなかったハヤテが口を開く。
ナギと同じような制服……ハヤテとナギには思い当たる人物が居た。
第二回の放送では呼ばれなかったが今も無事かは、全くわからない桂ヒナギク。
彼女の存在がハヤテとナギの脳裏に浮かんでいた。
(お願いだ……違うと……違うと言ってください!!)
心の中でハヤテは強く願う。
ハヤテはずっとナギやマリアやヒナギクが死んでしまったらどうするか考え、ある考えを振りほどいて来たからだ。
そんなハヤテの真剣な表情を見て刃牙は……笑っていた。
只、残酷に笑っていた。

「ああ! そういえばピンク色の髪の毛をしてたなぁ! もしかしてお前達の知り合いか?
ソイツは残念だったなァ……ハハハハハハハハハ!!」

きっとみゆきの死体がピンク色の髪の毛をしていなくても、そうだと刃牙は答えたに違いない。
ハヤテの必死な表情を見て、刃牙の喜びは更に増大していた。
その笑い顔は悪魔……そう表現出来る程の物だった。

「バ! バカもん! 未だヒナギクと決まったわけでない!」

動揺しながらも、ナギが声を張り上げる。
もしかしたらこの男が言っている事は、真っ赤な嘘という可能性もあるからだ。
そんな不確定な事を鵜呑みにするわけにはいかない。
いや、そんな事をナギは認めたくなかった。
自分の憧れの存在である、ヒナギクが死んだという事実は。

「まぁどっちでもいいけどさぁ~そうだもう一つ忘れてたなァ」

思い出したように、刃牙は左の掌を右拳でポンと叩く。
ナギの行動を面白そうに眺めながら、刃牙は依然真剣な様子は見せない。
どうやら自分の言葉は予想以上に効果があったようだ。
そんなどす黒い感情を胸に秘めながら、刃牙は思考を走らせる。
自分に対して後悔させてやるとふざけた事を言ったナギを、逆にどんな後悔を与えながら殺すかという事を。

「俺はさっき倒したジョジョと一対一で、正々堂々と闘りたかったんだけどさ。 お前が邪魔したせいで、
結局オシャカになったんだ……フェアじゃないよなぁこれはさァ?」

以前の刃牙なら正々堂々と強者である、承太郎と闘いたいと思っただろう。
だが、今の刃牙の額にはかって花京院典明、ジャン・ピエール・ポルナレフといった、
黄金の精神を持つ者達すらも暴走させた肉の芽が存在している。
今の刃牙には、過程や方法などどうでもよく只勝利のみを望んでいるため、正々堂々という言葉は意味を成さない。
そんな事を口に出した途端、刃牙は疾走する。
生意気なナギにとどめを刺すために……いや、それは違った。

「ハ! ハヤテッ!!」

スパイスガールを発現し、たった今叫んだナギではなく刃牙は呆然と立っていたハヤテの方へ走り出し、
彼の腹部にミドルキックを叩き込んでいた。
叩き込まれた衝撃により、ハヤテが苦痛に塗れた声にならないような嗚咽を上げる。

「へぇ、只の貧弱野郎かと思ったけど少しは鍛えてるんだなアンタ。だったらもうすこし力入れるぜッ!」

幼い時からのバイト、日々の筋トレにより予想よりも鍛えられていたハヤテの肉体に、ほんの少し驚きながら刃牙は口を開く。
そして刃牙は更に大地を駆ける。
大きな動揺を浮かべたナギの方ではなく、刃牙の蹴りを受け前屈みの体制になったハヤテの後方へ回る。
笑みを浮かべながら、先程の蹴りよりも力を込めてハヤテの右肩にハイキックを繰り出す。
刃牙が今まで経験してきた、範馬勇次郎、花山薫、烈海王、ジャック・ハンマーなどいった相手との闘い。
そんな相手との壮絶な闘いの経験をハヤテは持ち合わせていない。
そんなハヤテに、手加減しているとはいえ、強烈なものには変わりない刃牙の蹴りが直撃。
更に大きい呻き声を上げたハヤテに対して、今度は前方に回りこみ刃牙はハヤテの右頬に拳を打ち込む。

「や、やめてくれ……ハヤテではなく私の方を狙え……」

倒れこんだハヤテの首根っこを強引に掴み、ハヤテが宙に吊り上げられたのを見て、ナギが小さな声を上げる。
先程までの威勢のいい態度は消え失せ、ナギは只ハヤテの事が心配で、怯えていた。
ハヤテが死んでしまったら……そんな恐怖がナギの思考を支配していく。
恐怖を振りほどき、ハヤテを助けようとナギは走り出そうとする。
だが、その時何か鈍い音が響いた。
苦しそうな表情を浮かべたハヤテが、刃牙に放り投げられ大地に落ちた音が。

「ハヤテーッ!!」
「ハッハッハァー! イイ気分だ! 歌でも歌いたいイイ気分ってヤツだなッ!!」

ナギの悲痛な叫びを聞き、刃牙は嬉しそうに吼える。
刃牙はハヤテに止めを刺す気はなかった。
DIOに血液を届けるために、新鮮な人間を一人は残しておこうと思ったからだ。
一人新鮮なものを差し出せば、残りは別に死体でも構わないだろう。
そう思い刃牙は再び狙いを付ける。
散々痛みつけられたハヤテの事が心配のあまり、無意識的にスパイスガールを戻したナギに。

「次はお前だッッッ!!」

今までのものよりも更に速い速度で、ナギに向かって駆ける。
そんな刃牙の動きを見て、ナギは慌ててスパイスガールを発現しようとするが、未だ残る動揺のせいで動く事が出来ない。
無常にも刃牙とナギの距離が瞬く間に縮まっていく。
『遂に殺せる』そう確信した刃牙だったがそんな時、彼の視界に光を放つ何かが入る。
大きさの度合いにばらつきがある、数枚の割れたガラス片が真っ直ぐ向かってきていた。
何故ガラス片が飛んできたかよりも、先ずは避わす事を刃牙は当然考えた。
かなり速い速度を伴ったガラス片であり、自分も加速を付けていたので回避するのは難しい。
だが、それは一般人の場合の話だ。
刃牙には日々の特訓や実戦で鍛えた両眼がある。
ガラスの軌道を読み、加速は緩めずに刃牙は悠々と全て回避しようとするが……それは叶わなかった。

「何ッ! こ! これはッ!!」

何故か刃牙に向かってきたガラス片の数が、一瞬の内に倍以上に増えていたからだ。
まるで時が二秒程吹き飛んだような現象。
刃牙はこれと同じような現象を知っている。
そう、あのDIOと同じような力。
そんな事を考えながら、刃牙はその場で踏み止まり、避わしきれないガラス片を両腕で捌く。
だが、予想外のガラス片の出現により、全ては捌き切れず、一片の大きなガラス片が刃牙の左肩に突き刺さる。
血液の噴出など、気にせず刃牙は力任せにそのガラス片を引っこ抜く。
左肩に視線を落としていた、刃牙が顔を上げた時彼は見た。

「お! 遅いぞジョジョ!!」
「少しセコイ手だったかもしれねぇが……てめーにはかまわねぇか。さて、また俺のスタープラチナと殴り合ってもらおうか……?」

ナギの歓声のような叫び声が響き渡る。
そこには、スタープラチナを従えながらユラリと宙に承太郎が浮いていた。

「へぇ……さっきのガラスといい、ホントに驚いたよ。じゃあまたやろうぜぇ……命の取り合いをよッ!!」

スタンドパワーを高める事で、承太郎やDIOは浮遊する事ができるが、当然その事を知らない刃牙が口を開く。
承太郎は先程、先ずはスタープラチナの左腕で拾い集めたガラス片を投げた。
ハヤテのような一般人だと危険を感じ、時間的余裕を持って回避しようとするだろう。
だが、刃牙や承太郎のような戦闘に慣れ、自分の身体の動きを隅々まで理解した熟練者は違う。
彼らは最小の動作で、時間で敵の攻撃を回避する術を闘いの中で身に付けている。
だから先程刃牙は最小の動作で、ナギとの距離を詰めるため、時間ぎりぎりでガラス片を避わそうとした。
そこで承太郎はスタープラチナの奥の手、時を二秒程止める能力を発動。
咄嗟に今度はスタープラチナの右腕で拾い集めたガラス片を、刃牙が動くと予想できる位置に投げ込んだ。
スタープラチナの時を止める力はDIOのザ・ワールドとそれと時間の長さは違えども、同じ力。
時を止めている間にスタンドや本体がものを投げた場合、一定の距離を離れる時まで、その動きは止まらない。
その特性を生かした時間差攻撃を承太郎は仕掛けたということだ。

「命の取り合いなんてくだらねぇな……俺は別のやりかたで、てめーをブチのめす」

そう言って承太郎は、右腕の人差し指を刃牙に向ける。

「てめーを裁く……そう、裁くのは俺のスタンドだッ!!」

承太郎が下方へ急降下し、刃牙がそれに構える。
再び刃牙と承太郎の闘いの幕が上がった。

◇  ◆  ◇

「大丈夫かハヤテ!?」
「ええ……申し訳ございませんお嬢様。ジョジョさんは無事だったんですね」
「そんなの当たり前だ! ジョジョがあれくらいで死ぬもんか! それに私のスパイスガールで、
ヤツのでっかい手の一部分を柔らかくしたのだ!」

地に伏せていたハヤテの元へ、ナギが小さい歩幅で駆けつける。
ハヤテが思ったよりも大丈夫そうな事に安堵したナギは、自慢げに自分がやった事を話す。
そう先程ピーキーガリバーに薙ぎ払われそうになった時、どうせ自分の脚力だと無理だと思い、避わす事は諦めていた。
よってスパイスガールを使って少しでも衝撃を減らそうとナギは思い、ピーキーガリバーが直撃する時に承太郎は、
時を止めナギを突き飛ばしたという事だ。

「そうですか……けどジョジョさんの体にはガラスが突き刺さっています。
無理しないといいんですが……」
「そうだな……けどあの二人の闘いに私達が介入する手段はない。
ジョジョの勝利を祈るぞハヤテ!」
「わかりました」

ナギが何故スタンド能力を得たのかという疑問は残ったが、今は聞くべきではない。
そう思いハヤテは熾烈な闘いを繰り広げる、刃牙と承太郎の方へ視線を向ける。
その表情には様々な感情が入り乱れていた。

再び始まった刃牙と承太郎の闘い。
承太郎には先程の闘いの他に、ピーキーガリバーによるダメージ、ガラス片による出血。
刃牙の方はDIOと鳴海との闘いの傷は核鉄の力により大分癒され、先程の承太郎とのダメージくらいで、今もなお核鉄の恩恵を受けている。
刃牙にはピーキーガリバーなど使わなくとも、存分に己の肉体で闘えるからだ。
状況はどちらかというと刃牙の方が有利、だが……現実は違っていた。

「ガハッ……な、なんでだ!?」

スタープラチナの拳を鳩尾に受け、刃牙が嗚咽を漏らす。
反撃のハイキックを刃牙は、スタープラチナの頭に叩き込もうとする。
だが、スタープラチナは刃牙の蹴りが迫る瞬間に瞬時に後ろに倒れこむ。
地に背中がつく瞬間に、右腕を地に広げ身体を固定し、逆にスタープラチナは強烈なハイキックを刃牙の頭部に繰り出す。

「グッ……てめぇぇぇッッッ!!」
「これだけは言ってやるぜ……お前が弱いわけじゃねぇ」

馬鹿にされたような気がし、刃牙は逆上しながら拳をスタープラチナに向かって叩き落す。
だが承太郎の言葉と同時に、スタープラチナがその腕を使って、勢い良く飛び上がる。
虚しく空を切る刃牙の拳。
先程の動きとは全くキレが違うスタープラチナに、驚く刃牙に拳が叩き落とされる。

「ガッ……ウオオオォォォッッッ!!」
「かといって俺が強いわけじゃねぇ……単純(シンプル)な答えだ」

今度は左肩へのスタープラチナの強力な打撃。
ガラス片によって生まれた傷から血が噴出し始めるが、刃牙は気にしない。
刃牙は即座にボディブローを繰り出そうとする。
だが、スタープラチナは刃牙の拳が突き出された位置から、大幅に離れた位置に居た。
またあの力か? そう思いスタープラチナの時を止める力を恨みながら、刃牙は再度拳を放とうとする。

「ガハァッ……くそおおおぉぉぉッッッ!!」
「そう単純(シンプル)な答え、てめーの敗因はたったひとつだ……」

刃牙が気付いた時には既に動作に入っていたスタープラチナが、刃牙の拳よりも速く繰り出される。
今度は強烈なボディブローが。
度重なる衝撃、屈辱に刃牙は怒りに任せ、口を大きく開く。
スタープラチナの身体を食い千切ろうと、闘争心を露にしながら飛び掛る。
だが、承太郎の口は未だ止まらない。
刃牙が認めようとしない、彼の敗因を証明する言葉。
承太郎は未だ言っていない。

「てめーは俺を……いや違うな、てめーは俺達を怒らせた」

迫りくる刃牙に承太郎は静かにそう呟く。
喫茶店に薙ぎ払われ、あまりの衝撃に一瞬気を失った後、目を覚ました時に聞いた言葉。
その言葉で刃牙がナギとハヤテを痛みつけている事を知った承太郎。
その怒りを糧にしスタンドパワーを全開にし、ガラスが突き刺さった身体から血が噴出しているのを、
無視してスタープラチナを最大限まで動かした承太郎。
その承太郎が呟いた言葉を受け、更に表情を歪ませた刃牙に……

「オラアッ!!」

スタープラチナの渾身の拳が刃牙の頬に叩き込まれ、刃牙は派手に後方へ吹っ飛んだ。

◇  ◆  ◇

「やった! さすがジョジョだ!!」
「来るなナギ! どうやらまだ終わりじゃねぇらしい……」

両手を挙げ、ピョコピョコ飛び跳ねながら、ナギが近づこうとするのを承太郎は制止する。
夥しい血液を流しながら、承太郎は一点を見つめる。
その視線の先には仰向けになった刃牙の身体。
気絶したのだろう、そうハヤテとナギは思っていたが……突然の刃牙の身体が跳ね上がった。

「こんな…………こんなところで負けるワケにはいかないんだ……ウオオオォォォッッッ!!」

このジョジョという男、ナギという少女を殺し、ハヤテという男を連れて行く。
そしてDIOに力を授かり、その力で勇次郎を殺し、最後にはDIOさえも殺しこの殺し合いのチャンプとなる。
その夢のビジョンを崩させるわけにはいかない。
そんな願望が刃牙に湧き上がり、同時に彼の脳内である物質が分泌される。
『エンドルフィン』という名を持つ物質であり、モルヒネと同様の物質。
高揚感、幸福感を引き出す物質であり、依存性が強く『脳内麻薬』とも呼ばれる代物。
刃牙はある特訓でこれを自在に分泌する事が出来るようになり、集中力、身体能力を向上できる。
それをたった今、刃牙は行っていた。

「てめぇは俺がーーーーーブッ殺すッッッ!!」

高められた身体能力を使い、刃牙が跳ぶ。
跳躍の瞬間に大地を蹴り上げた衝撃で、不自然な窪みが造られる。
目的はたったひとつ、ナギという少女よりも更に気に食わない承太郎を殺す。
今の彼にはそれしか考えられない。

「やれやれ……てめーもDIOのようにクサってやがるぜ」

承太郎も覚悟を決め、再びスタンドパワーを全開まで引き出す。
溢れ出すスタンドパワーを使い宙に浮き、跳躍した刃牙に向かう。
出来れば殺人は避けたかったが、この男を野放しには出来ない。
今まで敵は再起不能にさせただけで殺した敵はDIOただ一人だった、承太郎も遂に刃牙を殺す決意を固める。

「やっぱりDIO様を知ってるのか! ならなおさらだッッッ!!」
「なにッ! てめーDIOを知ってやがるのかッ!?」

更に距離が接近したところで、承太郎は刃牙の言葉に驚く。
この男はDIOの手下か? そう思い承太郎は、その時初めて気付いた。
風圧によって乱れた刃牙の髪の分け目の辺りに、存在している肉の芽の事に。
(そういうことか……俺としたことがヘマかましたようだな)
今まで首輪の解除、闘いへの集中、死んだDIOを参加者にするこの殺し合いの仕掛け。
そして再び自分の前に立ちはだかると思われるDIOのザ・ワールド。
それらの事に気を取られすぎ、承太郎は気付けなかった。
DIOが肉の芽を使って、手下を増やしている事に。

ここで時を止めて、肉の芽を取っても目の前の男により只ならぬ攻撃を受ける事になるだろう。
なにせ目の前の男は生身の人間ながらもスタープラチナと互角に張り合った存在。
とても肉の芽を取り出す十分な時間を与えてくれるハズがない。
だが、かといって肉の芽を放って置く事も出来ない。
肉の芽を植えつけられた者は、DIOの手足となり危険を撒き散らす存在だからだ。
それならば一度、殺さない程度に手加減したスタープラチナの拳で目の前の男を気絶させ、その後肉の芽を取るのはどうか?
一時はそう思った承太郎だが、彼はすぐにその考えを却下した。
万が一にも、自分が死んでしまったらその後誰が目の前の男の肉の芽を取るのだろうか?
肉の芽を取り出す程ナギがスパイスガールの扱いに慣れているとは思えない。
またナギとハヤテが気絶した相手にとどめを刺せる程、戦士としての覚悟をしているとは到底思えない。
それにもうすぐ戻ってくる赤来達にも不要な危険を及ぼす可能性もある。
これら様々な要因が絡み、とても常人では一瞬で考える事は出来ない己の取るべき行動。
承太郎はその決断を思いがけない状況で決めざるを得なかった。

「ウオオオォォォッッッーーーーちぇりりりゃゃゃゃゃッッッ!!」

足の親指から足首、足首から膝、膝から股関節、股関節から腰、腰から肩、肩から肘、肘から手首への関節。
これら同時八ヶ所を加速させることにより生み出される正拳突き。
愚地独歩の息子、愚地克己から見よう見まねで覚えた技。
その拳の速度は音速を超えるとも言われる『音速拳』を刃牙は承太郎に放つ。
身体の調子が完全とは到底言えず、至るところで悲鳴が響くがそんな事はどうでもいい。
狙いは左胸、心臓……一切の手加減をかけるハズはない。

そしてその瞬間、時は止まった。

「スターフィンガーッッッ!!」

スタープラチナの時を止める力。
静止した空間で刃牙に対して承太郎は、右の人差し指と中指を伸ばし、彼に向かって突き出す。
承太郎は選択する……たったひとつの選択を。

◇  ◆  ◇