ターミネーターゼクロス

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ターミネーターゼクロス ◆1qmjaShGfE



繁華街に入ると、村雨良は一度クルーザーを止めて街の様子を眺める。
様々な店舗が立ち並ぶこの辺りを見ても、さしたる感慨を村雨は持たなかった。
この戦いに参加している者達ならば、ここで食料や備品の調達を考えるであろう。
しかし、特にそんなものを必要としない村雨は、そこに人が居るか居ないかのみを考えていた。
「零、ここにお前の探し人は居るか?」
『否! しかし、人に在らざる者が居る!』
刃牙以外は見つけても教えないと宣言していた割に、案外協力的な零に村雨はその認識を改める。
「何者だ?」
『わからぬ! だが、すぐ側にある小さな反応は女子供と思われる! 状況次第では直ちに保護する必要がある!』
「保護? 俺がか?」
『他に誰が居るか!?』
それ以上返事をせずにクルーザーに乗る村雨。
「場所は?」
『おお! 行ってくれるか良よ! ここから真南に下った先にその男が居る! 急げ良!』
保護などには欠片も興味が無かったが、その人外の存在とやらにはお目にかかってみたい。
零の指示通りにクルーザーを走らせる村雨。
その黒く濁った瞳は、そこに映る大半の物の価値を知らず、それ故意味の無い物と断じたそれらを記憶に留める事は無かった。


お風呂上り、ほっかほかの体のまま外で勝達を待ち続けるパピヨン、こなた、シェリスの三人。
大きく伸びをするシェリス、火照った体に当たるそよ風が心地よいのか、満足気な顔である。
浴衣の襟から覗くほのかに赤らんだうなじが、浴衣などでは隠しきれないその胸のふくらみが見る人を魅了するのだが、生憎それを楽しむべきこの場唯一の男性であるパピヨンは、全くといっていいほどシェリスの肉体に興味が持てなかった。
「遅いな」
パピヨンがそんな事を呟くと、こなたも口をへの字にしながら頷く。
「そうだね。何かあったのかな」
その気配を感じたパピヨンは、楽しそうにそちらを眺める。
「いや、何かあるのはどうやらこちらの方みたいだぞ」
誰よりも先にその音を聞きつけるパピヨン、すぐに残りの二人にもそのバイクの爆音が聞こえてきた。
パピヨン達の数メートル手前にバイクを止めるのは村雨良。
緊張してその動きを見守るこなた、シェリスに何が出てくるか楽しみでしょうがないといったパピヨン。
村雨はクルーザーから降りると、零の鞄を前に置く。
お前が用があるのだから、お前が話をしろという意味らしい。
『そこの男! 貴様人間ではないな! その二人をどうするつもりだ!』
いきなり鞄がしゃべれば誰でも驚く。
が、真面目に驚いてくれたのはシェリスだけであった。
「おー、しゃべるアイテムとは流石に定番は押さえてあるね~」
驚いているようだが、同時に受け入れてもいるこなた。
「何だ、オレの正体が知りたいのか鞄。ならば教えてやろう」
全く動じていないパピヨン。
左手の指先でマスクをかけなおし、右手を腹に当て、半身になりながら優雅に応える。
「オレの名は パピ! ヨン! 蝶人パピヨンだ!」
とてもエキセントリックな自己紹介に、げんなりするシェリスを他所に、零はとことん真面目に反応する。
『ならば蝶人パピヨンとやら! 貴様の目的を述べよ! 何故女子供を連れ歩くか!?』
「役に立つからさ」
『何の役に立てるつもりだ!』
「もちろん、ここから抜け出す為にだ。この状況で他の目的を持つ奴が居るのなら、そいつはよっぽどの間抜けか狂人だろうよ」
パピヨンの返事に驚く零。
『何と!? ではお前はこの狂気の沙汰に逆らわんとする義勇の徒であったか!』
零は嬉々として村雨に語る。
『聞いたか良よ! このような人に在らざる者や、女子供までも力を合わせようとしているのだ! お前も何時までも愚かな真似をしていないで彼等に力を貸すのだ!』
つまらなそうに話を聞いていた村雨は、感情の篭らない声で答えた。
「知らん。それでお前の話は終わりか? なら今度は俺の番だ」
村雨の姿が、改造人間ゼクロスのそれへと変化していく。
「お前達は、俺に何を見せてくれる?」
呆れ顔のパピヨン。
「同行するのなら最低限、意思の統一ぐらいは図っておけ」
『よせ良! 彼等と協力して……』
空中高く飛び上がるゼクロス。
そこからパピヨン達目掛けて跳び蹴りを放つ。
その一撃はアスファルトを大きく穿ち、道路に無数の亀裂が走る。
しかし、既に三人はその場から姿を消していた。

両脇にこなたとシェリスを抱えたまま、パピヨンはビルの壁面を文字通り駆け上がる。
「ぎゃーーーー!! な、何してんのよ! 落ちたらどうすんのよこれ!!」
「ありがとパピヨン」
屋上まで辿り着くと、二人をその場に降ろす。
「ここで高みの見物でもしてろ。それとシェリス、泉に何かあったら全てお前のせいにする。そのつもりでしっかり守れ」
「な! なんで私が……」
それ以上文句を言う前に地上から屋上までゼクロスが飛び上がって来る。
その反応の良さと、動きの早さにパピヨンは感嘆の息を漏らす。
「へえ、案外やるなお前」
そう呟きながら、パピヨンが後ろ手に指差した先には下へと降りる階段があった。
パピヨンの意図を了解したシェリスは、こなたの手を引いて一目散にそちらへ駆け込む。
階段はどうやら一番下の階まで続いている模様。
ただ、ここが地上十階だというのが問題だ。
少しでも早く地上に降りたいのなら、エレベーターを使う方が良い。
不安はあるが、二人はエレベーターを使う事にした。

パピヨンはこの企みを潰すと決めた。
それは、危機に陥る武藤の手助けでもない、先祖の隙を窺い力を横取りするのとも違う。
全てを自分で決め、あらゆる困難を自分の責任に於いて処理しなければならない。
命を賭けて。
思い出すのは、初めてあの蔵でホムンクルスの研究日誌を見つけた時の興奮、高揚、歓喜。
全てが手探りの中、絶望的な環境の中でも決してその意思を折らず、遂に成果を得られた時の感動。
一番気にかけている人間の死、未だかつて出会った事の無い逃亡困難なこの状況、そして未知の技術によってこれを為しえた正体不明の敵。
体が震える。ホムンクルスとなった無敵のパピヨンに、まだ運命とやらは挑んでくるらしい。
面白いじゃないか、ホムンクルスとなるずっと以前から逆境には慣れている。
この逆境を、自らの知恵と力でひっくり返すからこそ、あの時の歓喜が蘇るのだ。
必要なのは目的完遂の為の鋼の意思、全てを客観的に判断し、常に最善の選択を選び続ける事。
それは人間には難しい事だろう。例えば武藤やあの鳴海と言う男には確実に無理だ。
だが蝶人へと進化したパピヨンならば可能なはず。
手段は選ばない、その為に常に脳を回転させ、最適解を求め続ける。
パピヨンはその姿勢を全てにおいて適用するつもりであった。


この男の動きは早いし、そのパワーは目を見張る物がある。
身の軽さも大したものだ。その基本能力において、もしかしたらパピヨン自身を上回るかもしれない。
だとすれば、何が飛び出してくるかわからない現状で、下手にこちらから仕掛けるのは不利。
じっとその動きを見つめ、次にどう動くかを観察するパピヨン。
ゼクロスはパピヨンがどう考えているかなど意に介さないかのごとく、まっすぐにパピヨンへと向かってくる。
パピヨンは、真下の床を強く踏んだ後、大きく後ろに跳ぶ。
逃がさんとばかりに追いすがるゼクロスだったが、飛んだ先の床が崩れ、足を取られてバランスを崩す。
パピヨンは床を踏んでそこを脆くさせておいたのだ。
なので、当然そこでゼクロスの動きが止まる事も予想済み。
すぐに距離を詰め、正面からヤクザキックを胸板に叩き込む。
ホムンクルスの怪力を持ってそれをされては、ゼクロスとてその場に留まる事適わず、後ろに蹴り飛ばされてしまう。
パピヨンは先ほどのゼクロスのように、大きく上に跳びあがる。
「大技は、きっちり相手を崩してからだろう。お前戦闘した事あるのか?」
侮蔑の言葉を吐きながら、吹っ飛ばされたゼクロスに更なる飛び蹴りを見舞わせる。
真上から、床と挟む事でその衝撃が逃げないように、効率的にゼクロスに痛撃を与えるパピヨン。
そして、その攻撃にはもう一つの意図があった。
床の耐久力がパピヨンの蹴りに耐え切れなくなったのだ。
ゼクロスごと床が抜け、その下へと落下する。
そこはエレベーター孔の真上。パピヨンはビルの構造を外から見ただけで、その位置を特定していたのだ。
「二手、三手先ぐらい読め、間抜けが」
エレベーター孔を真っ逆さまに落ちていくゼクロスは、五階付近まで来ていたエレベーターの天井に叩きつけられる。
パピヨンは当然、それをそのままにしておく気などない。
エレベーターを支えるワイヤーの束を掴み、腕力だけで引き千切る。
がくんと大きく揺れるエレベーター。斜めに傾いたエレベーターの端に手を伸ばし、辛うじて落下を防ぐゼクロス。
「無駄な努力だ」
もう一本のワイヤーも同様に引き千切る。
エレベーターはゼクロスを乗せたまま落下していった。
足場が安定しないせいで、ゼクロスは一々打つ手が遅れる。
狭い空間である為、とんでもない音量で響く轟音と共に一番下に叩きつけられ、大きくひしゃげるエレベーター。
その上で衝撃に耐えるゼクロスは、更なる危険に気付いた。
パピヨンは、四階の所で止まっていたもう一台ある隣のエレベーターをワイヤーごと持ち上げ、何度も振って境にある鉄柱をへし折ると、下のゼクロス目掛けて放り投げてきたのだ。
「念には念をっと」
鉄柱が邪魔で隣のエレベーター孔に飛んで逃げる暇は無い、両手を上に上げてそれを支えんとするゼクロス。
その全身に衝撃が走る。
エレベーターのような鉄の塊を四階分の高さから投げつけられたのだ。その衝撃たるや推して知るべし。
足場にしていたひしゃげたエレベーターが更に潰れてゼクロスを支えられなくなり、降ってきたエレベーターと一緒に落下する。
ゼクロスは完全にエレベーターに潰される形になってしまった。
人差し指で自分の頭をつつくパピヨン。
「力任せが全てでは無いとい……」
思わず言葉が止まってしまう。
パピヨンが放り投げたエレベーターから異音が響き、更なる変形を見せている。
「何で出来てるんだあいつは」
遂にエレベーターの天井部を引き千切ってゼクロスがその姿を現す。
その瞬間、ゼクロスの頭上二メートルの高さから声が聞こえた。
「蝶ダメ押しキック!」
今度は自らエレベーター孔に身を投げ、ゼクロスの頭部に十階の高さからの飛び蹴りを食らわしたのだ。
再びエレベーターの残骸に埋め込まれるゼクロス。
パピヨンはすぐに飛びあがって、エレベーター孔を上へと昇っていく。
適当に五階辺りのドアの前まで行くと、その閉まった扉をこじ開ける。
五階のフロアに立つと、ちらっと下を見る。
そこには残骸の中に立つゼクロスの姿があった。
「これは、少し工夫が必要みたいだな」
これだけやっても倒れないゼクロス相手に、しかしパピヨンは愉快そうにそんな事を呟いた。


扉の前でエレベーターを待つこなた、シェリスの二人。
1……2……3……4……5……
ランプが徐々に上へと上がって来る。
「ねえシェリスさん」
「ん?」
「普通さ、災害時ってエレベーター使ったらダメなんじゃなかったっけ?」
「別に災害ってわけでもないでしょ。そんなエレベーターが壊れる程の戦いなんて、劉鳳じゃあるまいし……」
エレベーターのランプが5で止まる。
……4…3…2・1どっかーん
ビル全体がエレベーター落下の振動に揺れる。
どちらからともなく顔を見合わせる。
「こなた、階段使おっか」
「そだね」
銭湯でこなたの年齢を聞いてから、シェリスはこなたにちゃん付けする事を止めた。
それはそれはとてもショッキングな出来事であった。
再び響く派手な振動音を他所に、二人は階段へと駆けていった。


パピヨンの入っていった五階のフロアに立つゼクロス。
そこは、ワンフロア全てが飲食店になっている階のようで、入り口の側に『焼肉食べ放題』の看板が立てかけられていた。
この敵は小賢しい真似ばかりしてくる。
注意深く周囲を確認しながら、店の中へと入っていく。
ゼクロスが店内に入った途端、店の中にBGMが流れ始めた。
その音楽が何なのかゼクロスにはわからないが、とにかくジャカジャカとやかましいそれを無視して店内を見回す。
広い店内に誰かが居る気配は無い。
焼肉プレートのついたテーブルが十数個と、それに椅子が四つづつ並べられており、特に代わり映えはしない景色。
ただ、店中に何処から持ってきたものか、大量の生肉がぶちまけられている。
生肉独特の強烈な匂いが鼻を付くが、ゼクロスにはそれに何の意図があるのかわからない。
ゼクロスは人の通れそうな場所を探す。
奥の厨房、そしてトイレに続く扉。他にこの部屋から出る場所は無い。
やはり本命は厨房であろう。
ゼクロスはそこへと歩を進めようとするが、騒々しい店内BGMの中に、あの男の声を聞いた事でその歩みを止めた。
『やあ、怪獣君。君の名前は聞いてなかったからね、そう呼ばせてもらうよ』
やはり周囲に人影は無い。声の出所を探すと、それはどうやらスピーカーからBGMと共に漏れ聞こえているらしかった。
『色々と聞きたい話もあったんだが、残念な事に君ともここでお別れだ。残り数秒の命をせいぜい楽しんでくれ』

厨房の奥、冷凍庫になっている部屋で、パピヨンはコードごと引っ張ってきたマイクを床に置く。
贅沢を言わせてもらえるのなら、もう少し時間が欲しかったが、これ以上の足止めは不可能だろう。
店内にがなるように鳴るBGMは、漏れるガスの音を誤魔化す為。
そこら中にぶちまけられた生肉は、その独特の匂いをかき消す為。
パピヨンは各テーブルに引かれたガスホースを全て切断していたのだ。
重厚な冷凍庫の扉を僅かに開き、扉を盾にするように厨房に置いてあったチャッカマンに火を付ける。
厨房の半ばから垂らされた油を伝って、その火は店内へと流れ込むようになっている。
「次はもっと美しい姿に生まれ変われよ」
油に火を付けると、どうやら予想以上にガスの回りが速かったらしく、さして油を伝う間も無く、ガスに引火した。
一瞬でガスを伝って膨れ上がる炎、その速度が限界を超えた所で、それは爆発となって焼肉店を吹き飛ばした。
ギリギリで扉を閉めたパピヨンであったが、その背を扉に付けていた事が災いし、扉に叩きつけられた衝撃をモロに背中にもらってしまう。
大きく前方へと吹き飛ばされ、頭上までの高さがある棚に顔から突っ込む。
崩れ落ちる棚の下敷きになり、そこから毀れたプラスチックトレーまみれになるパピヨン。
「……た、たまにはこういう事もある」
華麗に決めるつもりだったのが、ちょっと失敗して恥ずかしいらしく、誰が見てるでもないのに、そんな言い訳がましい事を言いながら立ち上がる。
扉を開けると、冷凍室の冷気をも吹き飛ばさん勢いで熱気が吹き込んでくる。
そこら中に火の手があがり、そこかしこに砕け散った調理器具が転がっている。
死体の確認と、首輪の回収の為店内へと向かうパピヨン。
しかし、それ以上にこの怪獣もどきがまだ生存している可能性が気にかかる。
油断無く気を配りながら厨房を出る。
店内は、砕け、跳ね飛ばされたテーブルや椅子が散乱し、壁も床もほとんどの場所が黒ずんでいる。
所々からちろちろと火の手が上がっており、割れ散った窓から吹き込んでくる空気がそれらを大きく揺らしている。
しかし、何処にもゼクロスの姿は見えない。
一つの可能性に思い至ったパピヨンは吹っ飛んでサッシだけになった窓から下を覗き込む。
居た。
アスファルトの道路に、最初にゼクロスが跳び蹴りかました時並のへこみとヒビ割れがある。
そして、そのど真ん中にゼクロスがぶっ倒れていた。
爆風に吹っ飛ばされ、窓から外に放り出されて下まで落下した模様。
「アイツ実は相当運悪いんじゃないのか?」
そんな運の悪さも何のその。ゼクロスは這いずるようにその身を起こすと、止めてあったバイクに乗り込む。
一瞬上のパピヨンに視線を向けた後、爆音と共にビル内にバイクで突貫するゼクロス。
「……不死身か奴は?」
ダメージは負っているようだが、あの男を行動不能にするまでにかかる労苦を考えると、流石のパピヨンもため息を禁じえなかった。
奴はすぐにバイクで駆け上がって来るだろう。
それまでに、また新たな仕掛けを用意しなければならない。
ぐるっと視線を一回りさせただけで次なる策を考え付いたパピヨンは、自分の余りの天才さに眩暈を覚え、万感の想いを込めて叫んだ。
「パピ! ヨン!」

怒りに燃えて階段を走り昇るゼクロス。
本来クルーザーには、飛行機能や、超高度へのジャンプ能力が付属されているのだが、ゼクロスはそれを知らなかったのだ。
だが、現在のこの能力にゼクロスは満足している。
通常のバイクではありえない馬力、走破性能、そしてそのボディの異常なまでの頑丈さ。
一気に五階まで辿り着くと、パピヨンの居る店内へと飛び込む。
パピヨンは柱に寄りかかり目を閉じている。
「貴様は殺す!」
ゼクロスの雄叫びと共にクルーザーがパピヨンに襲い掛かる。
クルーザーアタックと呼ばれるクルーザーでの体当たり技なのだが、その名をゼクロスが知っているはずもない。
店内は障害物が多い、それを踏みしだきながら走るクルーザーのタイヤが僅かに浮いた瞬間を狙って真横に跳んでこれをかわすパピヨン。
ホムンクルスの脚力のおかげか、店内とは思えない速度で突っ込んでくるクルーザーをもかわしきる。
クルーザーはそのまま柱に激突するが、その勢いは衰えず、まるで発泡スチロールか何かのようにぶち抜いてしまう。
このクルーザーのパワーと硬度は流石に想定外だ。
その先でクルーザーを反転させ、再度パピヨンを狙うゼクロス。
余裕の笑みで迎え撃つパピヨンだったが、実はそれほど余裕がある訳ではない。
大型バイクとは思えないクルーザーの旋回性能、ガソリンではなくジェット燃料でも使っているのではと思える加速度、それらを苦も無く操るゼクロスの技量。
これら全てが合わさって、パピヨンの能力ぎりぎりの回避運動を要求してくるのだ。
一回一回が全て綱渡り、途中でゼクロスが腕からワイヤーを伸ばして来た時は肝を冷やしたが、そんな戦いをパピヨンは一度たりとも余裕の表情を崩さずにやりきってみせた。
最後、この一撃が全てを決める。
今までは全て横に跳ぶ事で回避してきた。しかし今度は真正面から突っ込まなくてはならない。
こちらに向かって加速するクルーザー。
パピヨンの頬に冷汗が一筋、コイツの直撃を食らった日にはホムンクルスといえど、一撃でバラバラになる。
パピヨンはそんな一撃に、こちらから向かって行かなければならない。
今までと違うパピヨンの動きにも、ゼクロスはまるで動じずアクセルを握る。
ゼクロスに向けて大きく一歩を踏み込むパピヨン。
それを助走と読んだゼクロスは、前輪を高々と掲げ、ウイリー走行でその有効打撃面積を高める。
これならば下手なジャンプでは飛び越えられない。
天井ぎりぎりをかすめるようなジャンプのみそれを可能とするが、その時パピヨンはゼクロスの頭上にその無防備の腹を晒す事になる。
アクセルとは逆の腕で拳を握り、飛び越えるパピヨンを待ち受ける。
しかし、パピヨンは地を這うような低い姿勢でその横をすり抜けて行ったのだ。
上へのフェイントでそちらに意識を振らなければ、ゼクロスの真横をすり抜ける事は不可能。
たちまち捕捉され、蹴りなりパンチなりをクルーザーで加速された勢いを持って叩き込まれる。
ゼクロスはウィリーを維持する為に足を外す事が出来ない。
完全に虚を突かれたせいで、既にパピヨンはゼクロスの真横。これに跳びかかってもこちらも勢いがついている以上効果的な打撃を加えられる自信は無い。
パピヨンのすり抜けを許したゼクロスはクルーザーに乗ったまま勢い余ってその先にあった柱を砕く。
パピヨンはゼクロスとは反対側に滑り込みながら振り返る。
これで、全ての準備は整った。
最後の一本、危ういバランスで天井を一本のみで支えていた柱が砕かれた事で、六階の床、五階の天井がそのまま二人の頭上へと振ってきた。
パピヨンは計算通りの位置でそれを待ち構える。
通気孔が通っているその位置ならば、天井は薄いはず。そこを両手で支えて天井をぶち抜いてこちらは損害を減らす。
対するゼクロスはまともに天井の壮大な平手打ちをもらう予定だ。
しかし、予定は未定。
パピヨンの計算が僅かにずれ、パピヨンの頭上の天井は崩れなかったのだ。
ゼクロスの頭上は完全に崩れ落ちたのだが、パピヨンの頭上を支点にその天井が一枚の板のように斜めになりながら降ってくる。
片側が完全に五階の床に落下した衝撃で、パピヨン頭上の天井部分も落ちるかと思ったが、辛うじてそこは堪えていたらしく、天井は斜めのままだ。
いつまで経っても落ちてこない天井にひやひやしながらパピヨンは呟く。
「……蝶ラッキー」
自分の計算ミスは見なかった事にする模様。
何せゼクロスは斜めに落ちてきた天井の下敷きになっているので、当初予定していたダメージ以上の物を与えられたのだ。
そしてパピヨンはノーダメージ。これで文句など言ったらそれこそバチが当たる。
瓦礫が舞い上がって良く見えないが、その奥にゼクロスはクルーザーごと挟まっているはず。
こいつがこれだけタフな理由に幾つか思い当たるフシがある。
出来ればそれを確認したいのだが、その余裕があるかどうか。
そろそろ舞い上がった瓦礫のカスや埃が晴れてきた。
その奥へと目を凝らすパピヨン。
ゼクロスは、クルーザーごと瓦礫の下敷きになっていた。それは良い。
だが、それでも彼は行動出来るのか、その状態から無理矢理体を起こそうとしている。
「うおおおおおおお!!」
トン単位の重量を、ゼクロスは気合の声と共に一息で持ち上げる。
本気でコイツの相手をするのが嫌になってきたパピヨン。
これ以上ここで戦うと、逃げているこなた達にまで影響が及びかねない。
パピヨンは一旦上階へと戦闘の場を移すべく、身を翻したのだった。


エレベーターの方から不穏な轟音が聞こえる。
それを意識的に無視して、階段へと向かうこなたとシェリス。
うんざりするような長い階段であるが、これしか道は無いのだ。仕方が無い。
並んで階段を駆け下りる。
二人共無言だ、こなたはパピヨンが心配だからであり、シェリスはどうパピヨンとこなたを始末するか悩んでいたせいである。
十階、九階、八階、七階、六階と順調に降りてきた所で、こなたはその足を止める。
つられて足を止めたシェリスが訊ねる。
「どうしたのよ?」
こなたは眉をひそめている。
「何か、変な臭いしない?」
足を止めると、下の方から騒がしい音楽の音が聞こえてきているのがわかる。
言われてシェリスも鼻を利かせると、微かにだが変な臭いがする。
「別に気にするような事じゃないでしょ」
確かにその通りでもあるので、再び二人で階段を降りていく。
音楽の出所はどうやら五階らしい。五階フロアに近づくにつれて大きくなるその音でそうとわかる。
二人共走り降りながら、ちらと横目に五階フロアを見る。
その瞬間、凄まじい轟音が二人の耳に届く。
「嘘……」
「まさか……」
その音に再び足を止めた後、自らに迫る危機に気付いた二人は同時に回れ右をし、猛然と階段を駆け上がった。

『ふぁいあああああああああああ!!』

悲鳴をあげて逃げ出す二人を追うように、五階の部屋から噴き出した炎が嵐となって階段へと吹き込んで来るのだ。
「いやあああああ! 死ぬっ! 燃えるぅぅぅっ!!」
「ビルのパニック物にありがちー」
余裕のある発言をかますこなたも、もちろん必ず死ぬと書いて必死の形相で走っている。
六階まで辿り着くと、そのままフロア内部へと駆け込み、事務所になっているらしいそのフロアのドアを開いて大急ぎで閉める。
そのドアの窓から、真っ赤に燃え上がる炎の柱が見えた。
「あ、危なかったわ……何事よ、これ」
「いや~、テレビで見ると笑ってられるけど、実際喰らうとまるっきり笑ってる余裕無いもんだね~」
一息ついた後、窓から外を見るとすぐに火は引いていったようだ。
恐る恐る扉を開くと、確かに温度は上がっているが、通れない程ではない。
それを確認したシェリスはこなたに頷いて見せる。
二人は部屋を出て、再度階段へと向かう。
こんな目に遭うのは二度と御免である。なので二人はさっきよりも早足で階段を駆け下りる。
五階までの階段を半分降り、踊り場まで出た所で二人はバイクの爆音を聞く。
「……こなた、もしかしてこれ……」
階段の隙間から下を覗き込む。
音の元が下の方で見ずらいので、二人は並んで階段から大きく身を乗り出す。
赤い頭部、白いボディ、特徴的な頭の触覚。

奴が、バイクに乗って階段を駆け上ってくる。

『ぎゃああああああああああああ!!』

またも全速力で六階に戻ると、部屋に駆け込みドアを閉める。
二人はまるで事前に申し合わせていたかのように、息ぴったりにドアの前にバリケードを築く。
一通りの作業が終わると、疲れてその場に座り込んだ。
「……ねえこなた、私達何か悪い事した?」
「違うよシェリスさん。こういう時は『私、これが終わったら結婚するんだ』って話すのがトレンドだよ」
頭に手をやって髪を掻き上げるシェリス。
「それいいわねー。問題は相方に全くその気が無い事よね……」
「わっ、ダメだよ本気にしちゃ。それ物凄い死亡フラグ」
「……フラグって何よ」
「ギャルゲ……ああ、可愛い女の子がいっぱい出てきてモテモテで嬉しいなーってゲームの用語」
「殺意沸くわねそのゲーム」
不快感をあらわにするシェリスにこなたはしたり顔だ。
「男の子はみんな一度は通る道なんだよ」
何やら考え込んだ後、本気で頭を抱えるシェリス。
「……うっわ、劉鳳やカズマがやってる所想像したら、気分悪くなってきたわ」
そんな事を話しながら時が過ぎるのを待つ二人。
バイクの音は未だ聞こえてくるし、振動やら破壊音やらも響いてくるが、どうやら上の階に昇ってきているという事ではないらしい。
とすれば、抜け出すのなら今の内である。
「それじゃそろそろ移動し……」
シェリスはそれ以上言葉を発する事が出来なかった。
轟音が轟いたかと思うと、突然床が斜めに傾いたのだ。
「何よ! 何よ! 何なのよおおおおおおおお!!」
大慌てで手近にあった机に掴まるシェリス。
「おおおおお~」
尻餅ついた状態で地面に両手の平と両足の裏を付け、踏ん張るこなた。
床が大きく振動し、手足尻の五点で踏ん張るこなたも机に掴まるシェリスもずりずりと斜め下へと滑っていく。
「じょ! 冗談じゃないわよ! こんな間抜けな死に方真っ平御免よ!」
「あ、あはは、これ、ちょっと、本気で、マズッ、滑っ、止まらなっ」
全力で地面に手足を押し付け、その摩擦力で何とか二人共その場に止まれた。
勢いがついてしまった机やら椅子やらは一気に坂道を駆け下り、床が傾いた事で崩れた壁のその先へと消えて行く。
景気良く飛び出して行った彼等が落ちた音すら聞こえて来ない。
「こ、こなた。動ける?」
両手両足がぴくぴく震える中、こなたは僅かでも体を動かすまいとしながら答える。
「絶対無理、逃げ道も見えないよ。これ、本気でマズイかも……シェリスさん。一つだけ確認してもらっていい?」
「何よ?」
「ドアの前に積み上げたアレ……どうなった?」
言われて思いだす。ドアの前に机やら椅子やらを山と積み上げてあったのだ。
位置はちょうど、斜めになる床の頂点に位置している。
バランスを崩さないようにゆっくりと振り返るシェリス。
そこには、今にも崩れ落ちてきそうな、というか、少しづつこちらにズレて来ているバリケードが見えた。
当然、あれが崩れたら今踏ん張っている二人も巻き込まれて一緒に奈落の底となる。
「……カウントダウン開始って所。数えようか?」
「ごめん、私諦める」
バリケードを作ったおかげで、机やら椅子やらは近くに無く、一気に壁まで駆け寄るには、その部屋は大きすぎる。
そして背後に迫るアレがこちらに落ちてきたら、間違いなく一緒に巻き込まれて落下する。
こなたは自分でも顔が引きつっているのがわかった。
「逝ってきます。うまくいったら拍手喝采。シェリスさんも続いてね」
シェリスにはこなたが何を言っているのかわからない。
深呼吸をするこなた。
他に何か手があるんじゃないのか? こんな無茶しなきゃならない状況なんて普通は無いぞ?
そもそも絶対に無理な試みなんじゃないのか? もうちょっと頑張ればパピヨンが助けに来てくれるのでは?
(でももう無理。やるしか無いし)
そう決めても、すぐに行動には移せない。
恐いなんてもんじゃない。でも、ここで腕を跳ね上げれば、もうやるしかなくなる。
(くぅ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!)

「おりゃあ!!」

こなたは腕で反動をつけてその場に立ち上がる。
シェリスが驚きのあまり大口を開けるが、こなたはそのまま斜面に沿って真下へと向かって走り出す。

「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃあああああああああああ!!」

床が切れる直前、こなたはあらん限りの力を足に込め、大きく空中へと飛び出した。
飛び行く先は、隣のマンション。
そのベランダがこちら側に向いていたのだ。
こんなに長い滞空時間など経験した事が無い。空中でバランスを取るなんて不可能だ。
とにかく顔だけを両手で覆っておくと、とんでもない衝撃がこなたを襲う。
こなたは、見事サッシ窓を突き破ってマンションの一室へと飛び込んだ。
そして残されたシェリス。
洒落にならない選択を迫られている。
あんな真似、成功例を見せられたからっておいそれと出来るものか。
背後にはぐらぐらと揺れるバリケード。
本気で涙が出てきた。なんでこんな事になっているんだろう。
(……あーもう! やればいいんでしょやれば!)
「こんな格好で何て事させるのよ! こなた! 死んだら化けて出てやるから!」
机から手を離して全速力で助走をつける。下からの風で浴衣が捲くれるが、そんな事気にしていられない。
シェリスの居た位置はこなたより高い位置だ。それゆえシェリスの方がより勢いがつく。
また、シェリスも一応ホーリーとして戦闘訓練は受けている。その身体能力が女子高生より下回る事は無いだろう。
シェリスも同じく床が切れる直前に飛び出そうと最後の一歩を踏み込む。
そのタイミングで、シェリスの真下の床が持ち上がった。
(げっ!?)
下からゼクロスが持ち上げたのだが、そんな事はどうでもいい。
踏み出すべく踏ん張った右足、そこに込めた力が抜けそうになる。
こちとら全力疾走してきたのだ、今更止まるなんて絶対無理だ。
(んぎいいいいいいいいい!!)
膝がそれ以上曲がらないように、腿と脛に全身の力全てを込めんばかりの勢いで気合を入れる。
「このおっ!!」
叫び声と共に飛び上がるシェリス。
全力での踏み切りは失敗に終わったが、最後の瞬間に持ち上げられた床の力を利用する事は出来た。
今空中に浮いている自分がさっきのこなた以上に飛べているかはわからない。
だが、この勢いなら届く。
ガラスはこなたが突き破っている、後はそこにうまく飛び込めるか否か。
さっきのこなた同様両手で顔を庇うように覆い、ついでに足から飛び込めるように気持ち後ろに上体を倒す。
(完璧! これなら何とか……ごっ!!)
シェリスそれ以上物を考える事が出来なかった。
実はこなたよりも跳ぶ勢いは良かったのだ。そのせいで、僅かにこなたよりも高い位置からベランダに飛び込み、サッシ窓の上端にかすめるように頭をぶつけてしまった。
ぶつけた額の上を中心に全身が下周りに半回転、そのまま後頭部から部屋へと飛び込んで行った。

体中が痛む中、こなたはガラスの破片が撒き散らされたそこでその身を起こす。
「痛っ~~~。私この手のアクションより萌え系が好きなんだけどな~。何処で間違えたんだろ」
何処が痛いとか特定出来ないぐらいそこら中痛いが、特に動かない部位は無い模様。
すぐにきょろきょろと首を回してシェリスを探す。
「脳おおおおおおおおおおおお!!」
絶叫と共に頭を抑えながら右に左にごろごろ転がって居た。
すぐには落ち着きそうにないので、しばらく待ってから声をかける。
「えっと、大丈夫?」
蹲っているシェリスは目からぼろぼろ涙が零れている。
「……痛い~」
ハタ目に見てわかるぐらいデカイコブになってる。
こなたは苦笑いしながらフォローする。
「コブになってるって事は、頭に異常とか無い証拠だって誰かが言ってたよ」
「それ聞いても喜ぶ気になんてなれないわよ」
それでもピンチは脱した。建物も移った事だし、これ以上戦闘に巻き込まれる事も無いだろう。
こなたはベランダに出て隣のビルを眺める。
「よくもまあ、あんな所から跳べたもんだよね~」
シェリスも頭を抱えたままベランダへと出る。
「こなたはこういう経験あるの?」
ぶんぶんと首を横に振る。
「いんや。初めてだよ」
真顔になってこなたの横顔を見るシェリス。
なるほど、確かにパピヨンの言う通り只者ではないのかもしれない。普通の神経じゃあんな判断出来っこない。
「あ」
こなたが上を見ながらそんな声をあげる。
シェリスも上を見上げてみた。
屋上の高さ、そこをバイクに乗った影がこちらのビルへと飛び移ってきていた。
「…………」
「…………」

『逃げろおおおおおおおおお!!』

部屋を抜け、マンションのドアを蹴り開け、階段へと一目散。
先を争って一気に一階へと駆け下りる。
入り口のガラスドアの前で足踏みし、自動ドアが開くのを待つ。
二人が通れる隙間も無い段階で同時に駆け込み、体をくっつけながらドアを抜けると、茜空が二人を迎えてくれる。
それを見て少し安心出来たのか、シェリスは大きく息を吐いた。
「もう建物の中は懲り懲りよ」
「私も」
そんな二人の眼前に、突然パピヨンが降ってきた。
「……お前等、こんな所で何やってんだ?」
こなたが頭をかく。
「いや~、とても一言じゃ説明出来ないかな~」
パピヨンは道路を挟んだ向い側のビルの上を見据える。
そこには、こちらのビルの屋上から向いのビルに跳び移り、バイクに乗ったままそのビルの壁面を斜めに走り降りてくるゼクロスの姿があった。
シェリスの悲鳴が木霊する。
「せめて物理法則ぐらい守りなさいよおおおおお!!」
パピヨンは真剣な顔のままこなたに言う。
「核金を貸せ泉」
こなたはすぐにパピヨンに核金を渡すと、パピヨンはそれを手に、いつものあの言葉を口にした。
「武装錬金!」
パピヨンの左手に弓が、そしてその肩にエンゼル御前が現れる。
「ようパッピー、出番かい?」
「ああ、あの変態コスプレ怪人を蜂の巣にしろ」
「……パッピー自殺?」
「俺じゃない! あいつを狙え!」
すっとぼけてはいるが、エンゼル御前の精密射撃は正確だ。
パピヨンの左手で構えた弓の弦を引き、矢を生成、そして放つ。
ここまでの動作を澱みなくかつ連続して行える。
バイクで壁面を走るゼクロスはその位置ゆえ、細かい制動が難しい。
パピヨンの指示通り、一発、二発とクルーザーではなくゼクロスに矢が突き刺さっていく。
この攻撃は予測していなかった為、こうして広い場所に姿を晒したのだがそれが致命的であった。
遂にバランスを崩してクルーザーから手を離して落下するゼクロス。
クルーザーはそのまま地面まで走りぬけ、横倒しに倒れる。
エンゼル御前はこれで終わりかと思い、矢を放つのを止めようとするが、パピヨンは引き続き連射を命じる。
パピヨンの目は、その矢がゼクロスの体内深くまで突き刺さらず、表面の皮膚、いや装甲で止まっている事を見抜いていた。
それでも矢がぶち当たる衝撃までは消せまい。
それに、その自慢の装甲も度重なる攻撃に、いつまでも耐えられる程万能でも無いだろう。
少し気が引けるエンゼル御前であったが、素直に言われる通り矢を放ち続ける。
パピヨンがエンゼル御前に静止を命じたのは、その表面が見えなくなるぐらいゼクロスに矢が突き立ってからだった。
まだ装甲は抜けきっていない。
だが、身動きも取れないだろう。ここで最後のトドメである。
「蝶ハイジャンプ!! トゥ!!」
宙を舞うパピヨン、胸を大きく開いて両手を後ろに伸ばし、片足は曲げた状態で膝を突き出し、残る足を真後ろにまっすぐ伸ばす。
優雅に、華麗に空に放物線を描くパピヨン。彼の飛んだ軌跡に光の粒子が零れ落ちているような錯覚に捉われる程、その姿は美しかった。
ジャンプの最高点に達すると、パピヨンは全身のバネを使いながら両手を大きく真横に振るう。
「硬い装甲相手でも、その衝撃を一点に集中させれば、孔を穿つように回転を加えれば」
パピヨンに、見ていて顔の向きがわからなくなるぐらいの回転が加えられる。
「物の数ではない! パピヨン蝶ドリルキック!!」
パピヨンの突き出した右足がゼクロスに突き刺さり、胴体を完全にぶちぬく。
ゼクロスの絶叫が通りに響く、それが戦闘終了の合図となった。



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