情報戦的優位(ビバ=ノウレッジ) ◆6YD2p5BHYs



日が暮れた商店街に、光が灯る。
街灯に照らされた無人の街の中、何故かホカホカの肉まんを手にして歩く人影が3つ。
パピヨン、こなた、そして2人から僅かに遅れてついていくシェリスの3人だ。
彼らは肉まんを食べながら、何やら話をしている。話をしながら、何かを探している。

「おっ……あれは、お肉屋さんか。『当店自慢の手作りコロッケ』。蝶・美味そうだな。あれも頂こう」
「……パピヨン、まだ食べるの?」
「あれだけ運動したからな。腹が減るのも仕方ないだろう」
「あんま食べ過ぎると太るよ~」
「なに、これでも人間じゃないんでな。多少のことでこの蝶パーフェクトな体型が変わるわけがない」

パピ!ヨン! と叫びながら肉屋に飛び込んでいく彼の後姿に、こなたは少し呆れて溜息をつく。
確かにこのハードな殺し合いの場において、食事抜きでは体が持たない。
先ほど確保した暖かい肉まんは、こなたやシェリスにとっても有り難いものだった。
だがそれにしたって、パピヨンは食べすぎじゃないだろうか。肉まんだけでもぺろりと5個も平らげている。
さらにこの上、コロッケだなんて……あの派手な吐血から1時間も経ってないというのに、呆れた健啖ぶりだ。

あのゼクロスとの死闘が、一段落した後――
おもむろにパピヨンが提案したのは、夕ご飯だった。言われてみれば腹も減っている。
幸いと言うべきか、S3駅の周辺に広がっているのは繁華街。料理や食料を扱う店には事欠かない。
中華料理屋のテイクアウトコーナーで熱々に蒸されていた肉まん。
焼き鳥屋の店先に並べられた、少し冷めてしまった焼き鳥。
弁当屋にあった、ちょっと海苔が湿気っていたおにぎり。
八百屋の店頭に広げられた果物の数々。
いずれも、本気で探せばすぐに見つかった。逆に言えば、探す気がなければ素通りしていたかもしれない。
先ほど見つけたお湯の張られた銭湯と同様、その気になればすぐに参加者が利用できる状態。
人々の日々の暮らしが普通に営まれている中、住人たちだけが神隠しに合ったような、そんな格好である。

「ちっ……コロッケは冷めてたか。まあいい。これはこれで美味い。お前も食べるか?」
「いや、いいよ私は……。それより、パピヨン。さっきの放送だけどさ……」
「ああ」

差し出されたコロッケを断るこなたの顔が、僅かに曇る。
パピヨンも、面白くもなさそうな表情で手元のコロッケに齧りつく。
思い出すのは、ついさっき流れた3回目の定期放送。この6時間で命を落としたという、10名の名前。

「やっぱり、勝くんたちってさ……」
「才賀勝に、空条承太郎。何が起こったのかは分からんが、それぞれ『何か』があったんだろうな。
 好戦的な参加者に遭遇したか、あるいは……」
「助けに行かなくていいのかな」
「どこに居るかも分からん。焦って下手に動いて入れ違いになる方が怖い。
 食事が終わったら、一旦喫茶店に戻るぞ。そろそろ誰かが戻ってきているかもしれない」

ぺろり。先ほどこなたに差し出した分も自分で食べ、パピヨンはさらなる食料を求めて周囲を見回す。
まだ足りないの? とうんざりするこなただが、しかしそれ以上は急かす気にもなれない。
勝と一緒だった独歩や、承太郎と共に出て行ったはやてと会えれば、きっと詳しい事情を知ることもできる。
でもなんとなく、真相を知ってしまうのが怖いような気がしていた。
ここまで悲惨な現場に遭遇せずに済んできた彼女だ。ちゃんと受け止められるのかどうか、自信が無かった。

  *   *   *

シェリス=アジャーニは……そして、そんな2人の様子を少しはなれて見ながら、1人考えにふけっていた。
彼女は今までのことを思い出す。パピヨンの言動を、思い出す。

(……そう考えてみれば、色々と辻褄は合う……!)

考えてみれば、彼女と出会った直後の行動からして不審があったのだ。
戦いも予想される場に向かった独歩と勝。足手まといを怖れて1人残ると言い出したこなた。
ここまではいい。彼らの性格や能力を考えれば、不自然な点は何一つない。
だが何故そこで「十分に戦えるはずの」ホムンクルス・パピヨンまでが駅前に残ろうとしたのか?
しろがねに嫌われている、という言い訳も、シェリスを尋問するという目的も、共にやや弱い。

(あの吐血を見た今なら分かるわ。パピヨンは、明らかに「戦闘を避けていた」。
 あんな怪人を手玉に取れる実力があって、なお可能な限り「本気の戦闘」を避けていた……!)

戦闘後に見せた吐血。あの消耗しきった態度。
そして、仲間との合流よりも優先させた今の食事。過剰にも見える食欲。シェリスは確信する。

(パピヨンは強いわ。パワーもスピードも頭の回転も、どれも超人そのものよ。
 でも、そんな彼も『持久力』には劣っている。
 それも、致命的なまでに。並大抵の人間さえも下回るほどに。あの程度の戦いで底をついてしまうほどに。
 戦闘を避けてたのも、きっとそのせい。この旺盛な食欲も、たぶん一刻も早い回復を図ってのこと――!)

虚弱体質と超人的能力の奇妙な調和。不治の病を抱えた「不完全な」人型ホムンクルス。
それが、蝶人パピヨンの本質だ。そのことに気付いてしまったシェリスは、ここにきて不安を覚える。

(彼と組んで、彼らと一緒にいて……それで本当に劉鳳の助けになれるの? 私の目的を果たせるの?
 そりゃきっと、こんな状態でもパピヨンは私より強いし、戦ったりしたら返り討ちなんだろうけど……)

今はまだその時期ではない。今は行動を起こすべきではない。
けれど、もしも何かチャンスがあったら、その時は。
パピヨンを見捨て、パピヨンの所から離れ、他の参加者につく頃合なのかもしれない……!
不穏な決意を心に決めるシェリスは、しかし今は素直にパピヨンたちについて歩く。
商店街で食べ歩きを続ける彼らの後に、そっと従い続ける。そして……。

  *   *   *

「…………む。こっちは違うか」
「やだな~パピヨン。何期待してんのかな~?」
「……ちょっと、女の子2人連れてどこ行く気よ?!」

食料を求めて彷徨っていたパピヨンの足が、ふと止まる。女性2人から同時にツッコミが入る。
こなたからはやや苦笑交じりの声で。シェリスからは焦りと羞恥の混じった声で。同時に拳が飛ぶ。
何故なら、彼らが今いるあたりは……。

「居酒屋にキャバレーにバーに……ダメだな、せいぜい酒かつまみくらいしか置いてなさそうだ」
「おっ、本屋発見! ってあの店か~、ここ同人誌の品揃えけっこういいんだよね~。18禁ばっかなんだけど」
「……なんでこなたがそんなこと知ってるのよ」

繁華街から何本か奥に入った裏通り。ネオンの灯り始めた夜の街。
酒を振舞う店から始まって、怪しげなホテルに、風俗店に、いかがわしい本屋。
パピヨンたちが迷い込んだのは人が集まれば必ず生まれる都市の暗部、いわば街の「裏側」だった。
地図の上ではE-2あたり。繁華街の北東部。
こういった歓楽街は、繁華街のすぐ近く、しかしお堅い市役所などからは離れた所に自然発生するものだ。
シェリスは頬を赤らめる。
『本・ビデオ・同人誌』との看板を出す店にフラフラ行きかけたこなたの襟首を捕まえ、パピヨンに抗議する。

「もうっ、さっさと引き返しましょう! こんなところに用はないでしょ!?」
「やー、せめて新刊のチェックだけ。10分でいいから。こないだのイベントで買いそびれたのがあってさー」
「あなたもちょっとは自重ッ! 女の子でしょ!! なんでわざわざこんないやらしいお店に……」
「……2人とも、静かにしろ」

どたばたしていた2人の動きを止めたのは、鋭い声。
はッとして振り向けば、パピヨンは立ち並ぶ建物のうちの1つを見つめている。
彼の視線の先にあったのは、見るからに扇情的な看板が並んだ――

「ストリップ劇場? パピヨンも好きだね~」
「違う。感じないか? この濃厚な気配、傲慢なまでの存在感。どうやら向こうは隠れる気もないらしい」
「……??」
「……!!」

パピヨンの言葉に、こなたは不思議そうに首を傾げ、シェリスはハッとする。
言われてみれば、シェリスにも感じられる。理屈ではなく、直感的に分かってしまう。
見ずとも聞こえずとも感じられる、ジグマール隊長やスーパーホーリーの面々が放っていた圧倒的な威圧感。
それに近いものが、無人のはずの劇場の中から放たれている――!?

日没後間もない歓楽街が、異界へと姿を変える。
『それ』が『そこ』に居ると気付いただけで、世界の色が塗り替えられてしまう。
ゴゴゴゴゴ……、と、遠雷のような地響きさえ聞こえてくるような気がする。
いつの間にか、シェリスの膝が震え始める。額に脂汗が滲む。
こんな場でも平然としていられるのは、まだ何も気付いていないこなたか、あるいは。

「相手もこちらには気付いているだろうに、反応なしか。これは『入って来い』ということかな?」
「ちょ、ちょっとパピヨン!?」
「せっかくの『御招待』だ。挨拶くらいしないと失礼だ」
「ん? なになに? 誰かいるの? なら私も行くよ~」
「ちょ、ちょっとこなた!?」

それほどの相手に気づいてなお、パピヨンは顔色1つ変えずにストリップ劇場に踏み込んでいく。
先ほどの食事で消耗は回復したということなのだろうか? それとも、何か考えでも?
ついてくるこなたに何も言わないのも驚きだ。さっきの戦闘のように「ここに残っていろ」とも言わない。
何があっても守りきる自信があるのか? それとも、迂闊に離れるより近くに居た方が安心だと言うのか?
しばし呆然としていたシェリスは、そして自分1人取り残されかけていることに気付き、慌てて叫んだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ2人とも! あたしも行くってば! こんな所に置いてかないでよ!」

  *   *   *

その男は、悠然と待ち構えていた。

四方からスポットライトを浴びた舞台の上。
どんな演目で使うものなのか、舞台中央に据えられていたのは大きなソファ。
まるで自分の家であるかのように寛いだ姿で座っていたのは、大柄な西洋人。
キラキラと輝く黄金色の頭髪。陶磁器のように白い肌。整った顔の造り。
男性がつけることが珍しいハート型のアクセサリーも、この男には妙に似合っている。
場の設定といい、身なりといい、あまりに突き抜けているがために逆にフィットしてしまう、そんな男。
帝王の風格すら身に纏った男が、そこにいた。

「これはまた……奇妙な組み合わせのお客さんが来たものだ」

何気ない囁きひとつに、匂い立つような色気が含まれている。
シェリスもこなたも、彼の圧倒的なカリスマの前に身じろぎひとつできなくなって……
そんな中、ただ1人パピヨンだけが、普段の調子を崩さない。

「ふん。好き好んでこんな所に城を構えたお前に言われたくはないな」
「ふふふ。なら、なおさら女連れで入るような場所ではないだろう?」
「よく言う。俺たちがバラけた所で仕掛ける気マンマンだったくせに」
「ほう……気付いてたか。優れているのは、そのファッションだけでもないようだな」
「おや、この蝶サイコーなセンスが理解できるか。お前のそのセンスも悪くないぞ。俺にはやや劣るがな」

舞台上の男は、余裕たっぷりに3人を見下ろす。舞台の下のパピヨンも、余裕の笑みを崩さない。
己の「存在感」の強さを自覚し、それを「策」に組み込んだ男。その「策」を看破し封じたパピヨン。
どちらも、只者ではない。そしてどちらもイニシアチブを渡すつもりはない。
高まる緊張の中、舞台の上の男が不意に微笑む。

「ふっ。これは失礼。私の名はDIO。
 試すようなことをして悪かったね、『蝶野攻爵』……いや、『パピヨン』と呼ぶべきか。
 『錬金術』の1つの究極の到達点、『人型ホムンクルス』のパピヨン君」
「!? 貴様、俺の名を……?!」
「帝王は何でも知っているものさ」

一瞬動揺を見せるパピヨンに、DIOと名乗った男はニヤリと笑う。
どちらも頭の良い者同士だ。一方的に情報を握っていることの優位が、分からぬわけではない。
『お前のことを知っているぞ』――その事実でもってパピヨンの動きを封じたDIOは、そして視線を転じる。
パピヨンの陰に隠れるようにして固まっている、女性2人。
舐めるような、値踏みするような視線。DIOの紳士的な態度の下にあるものが、一瞬だけ顔を覗かせる。

「そちらの連れのお嬢さん方のことも、知っているよ。
 シェリス=アジャーニ、15歳。牡牛座のO型。身長157センチ、趣味はダンスと占い。
 スタンド、いや、『アルター』の使い手。能力名は『エターナル・デボーテ』。他者の能力を増幅する能力。
 『ホーリー』という部隊の隊員だったが、現在は市民権剥奪中。ちなみに――非処女」
「……なっ!? それって、ちょっ……!」
「小さい方は、泉こなた、こんな体格でありながら、正真正銘の17歳。双子座のA型。
 ニホンのハイスクールに在学中。特異な能力特になし。
 強いて上げるならば、『オタク』とかいう分野の知識に人並み外れて優れている……」
「いや~、それほどでも……ってひょっとして私、有名人?」
「しかし、実に不思議な組み合わせだ。
 私としては、どういう経緯で君たちが共に行動することになったのか、大変興味がある。
 ひとつ、教えてはくれないだろうか……?」

情報戦において一気にイニシアチブを握ったDIOは、ニンマリと笑う。
3人の戦闘力を大まかに知った上での、この余裕。DIOにはそれだけの実力があるのだ。
口調こそ紳士的だが、その目は鼠を嬲る猫そのもの。
生殺与奪の権を一手に握っていると確信する者の視線。
死にたくないなら、あるいは、死ぬまでの時間を僅かでも引き延ばしたいのなら、情報を提供しろ――
そう言外に告げるDIOの言葉に、パピヨンは。

「……なるほどな。DIO、貴様の言う『帝王』っていうのは、カンニングして悦に入るような奴なわけだ」
「んん~~? 何のことだ?」
「デイパックから、手品の種が覗いているぞ。ちゃんと閉めたのか? 4つも抱えてれば無理もないがな」
「!!」

パピヨンの呆れた声に、DIOの動きが凍りつく。
咄嗟に手元の4つのデイパックの1つに手を伸ばし、そのチャックがきちんと閉じていることを確認。
確認してしまってから、そんな自分の動きに気付いてしまって……彼の顔が、怒りに歪む。

「――次にお前は『騙したなパピヨン!』と言う」
「騙したなパピヨン! …………はッ!?」
「ああ、騙した。だが、間抜けは見つかったみたいだな」

皮肉たっぷりの微笑み。
こんどはパピヨンがDIOを嘲る番だった。

  *   *   *

パピヨンが口にしたのは、要するに一種のハッタリである。
だがそれに対する反応を見てしまえば、疑念は一気に確信に変わる。
相手が立ち直る隙を与えず、パピヨンは畳みかけるように追い討ちをかける。

「察するに、そこに入っているのは参加者の個人情報を記した詳細な名簿、ってところか。
 これだけの準備を整えた主催者なら、それくらい用意できてもおかしくないな」
「パピヨン、貴様ッ……!」
「DIO、貴様は調子に乗りすぎた。星座や血液型といった、語る必要のないデータを語りすぎた。
 ま、そういうデータは覚えやすいし語りやすい。一度知ってしまえば、思わず口をついて出るだろうさ」

そう、機先こそ制されたものの、パピヨンは素早く複数の可能性を検討していたのだ。
なんらかの特殊能力でパピヨンたちの記憶や思考を読み取った可能性。
これまでに他の参加者と接触して、パピヨン一行の話を聞いていた可能性。
けれども、それではああいった数値やデータは出てこない。出てきても真っ先に言うべきものではない。
何気ない言葉の端々に、『アルター』や『オタク知識』に関する無知も匂わせてしまっている。
詳しい事情を知った上での発言ならば、ああいう言葉にはならないはずなのだ。

DIOのことを鼻先で笑いながら、しかしパピヨンは用心深く彼の動きに注視する。
心理的優位は今のやり取りで取り戻した、と思う。だがこういうものは攻めすぎても危険なのだ。
ひょっとしたら怒りのあまり、ここでDIOが襲ってくるかもしれない――そう警戒を強めるパピヨンの前で、

DIOは、大声で笑い始めた。

「クククッ……フハハハハハハ! 面白い、面白いぞ!
 資料にも頭の良さは書かれていたが、想像以上だ!
 いや、全く。その才能、ここで殺してしまうのは本当に惜しい。
 ……どうかな、パピヨン。この帝王の下につく気はないかね?」
「断る。俺は誰かの下につくような性分ではなくてな」

即答しながら、しかしパピヨンは僅かに怯む。
自分の実力に絶大な自信があるのだろうか。だがこれは普通は「優位にある時」に言うべきセリフだ。
こんな風にパピヨンにやり込められた後に言う言葉ではない。
見たところこのDIOという男、やられっぱなしで済ませるような性格でもないのに――?
そんなパピヨンの動揺に、DIOは。

「ふふふッ。プライドが邪魔するかな、パピヨン?
 なら、今は『部下』という扱いでなくともいい。ほんのちょっと、私に協力してくれるだけでいい。
 どうせ我々は、同類だろう?」
「同類、だと?」
「ああ――ほんのちょっと、そこにいる『食料』を分けてくれるだけでいいんだ。それで事足りる」

ニヤリ。意味ありげに微笑んだDIOの口元から、鋭い犬歯が覗く。
DIOの視線が、パピヨンの陰に隠れる2人の少女に向けられる。こなたとシェリスがビクリと身を震わせる。
一瞬呆けたような表情を浮かべたパピヨンは、そして、

「――貴様、まさかッ!?」
「君がわざわざ無力な人間を連れ歩いているというのは、『いざという時の非常食』ということなのだろう?
 なあ、パピヨン。いや――『人食いの怪物』ホムンクルス、パピヨン!」

DIOの宣言に、こなたとシェリスは息を飲む。パピヨンの顔が、怒りとも焦りともつかぬカタチに歪む。
その反応自体が、千の言葉よりも雄弁な肯定となる。誤魔化しようのない告白となる。
ここまで伏せてきた、ホムンクルスの「人喰い」という生態。それは詳細名簿にも載っている、事実である。

「貴様もこのDIOと同じく、自らの意思で人間を辞め、人間を喰らう側に立った存在なのだろう?
 実の親兄弟すらもその手にかけ、思うがままに貪ったのだろう?」
「…………まれ……」
「ホムンクルスというものが、どうやってヒトを喰うのかは知らないが……
 私は血だけでいいんだ。君は残りの肉を食べればいい。悪くない共生関係が築けると思うがね?」 
「…………黙れ、DIOッ……!」

「ああ、シェリス=アジャーニは惜しいな。ここで食べてしまうには惜しい能力を持っている。
 できれば彼女には、生きたまま私の部下に加わって欲しいところだ。
 そういえば――あの『高良みゆき』とかいうのはそこの『泉こなた』の親友だったか」 
「ふぇ……!? み、みゆきさんのこと、知ってるの……?」

不意に名前を呼ばれたこなたが、場違いに間抜けな声を出す。
爆発寸前の怒りに震えるパピヨンを無視し、DIOは舌なめずりを1つして、


  「ああ。イエローモンキーの雌にしては、なかなか悪くない味だった」


  *   *   *

たぶん、今が「そのとき」なのだろう。真っ白に塗り潰されていく頭の片隅で、こなたはそう思った。

  『あたしはね、まだ信じられないんだ。
   あの爺さんが名前を読んだだけで……みゆきさんが死んだことになったのが、さ』

逆十字号の上での会話。2回目の放送の後に交わした会話。
自分自身が発したかつての言葉が、遥か遠くから聞こえてくるような気がする。

  『多分本当にみゆきさんは死んじゃったんだろうけど、上手くそのことが認識できてないんだよね』

認識できたはずがない。それまでこなたは、幸か不幸か、殺し合いを回避し続けてきたのだ。
死体を目の当たりにしたこともなく、殺気を正面から叩きつけられたこともない。
目撃したパピヨンとゼクロスの超人的なバトルも、どこか怪獣映画じみていて、リアルな実感に乏しかった。
危機ではあったし、死の恐怖も無いわけではなかったが、それでもどこか他人事で済んでしまっていた。

  『だからいつかその死が事実なんだって分かったときが来たら、そのときに凄い傷つくんだと思う』

だから――あの時点のこなたには、まだ分からなかった。
本当にみゆきの死を受け入れた時、どんな感情を自分が抱くことになるのか、まだ分かっていなかった。

実際にそこにあったのは、感傷ではない。追悼の念でもない。怒りでも憤りでもなかった。

ゲームやアニメのような作り物ではない、リアルな死の危機を前に、
自分の親友を殺し喰らったと笑いながら告白する吸血鬼DIOを前に、
その吸血鬼が、今度は食欲も露わに自分に食指を伸ばしてくる姿を前に、
ずっと一緒にいて気も合うと思っていたパピヨンも、実は『人食いの怪物』だったという事実を前に、

  泉こなたは、恐怖した。圧倒的な恐怖に、自分を見失った。

「~~~~~!!」
「…………!! …………!!」

パピヨンとDIOがまだ何か言っている。何か言い争っている。でもこなたの耳には届かない。
パピヨンがついに殴りかかる。DIOの体から出てきた人型の影がそれを受け止め、逆に殴り返す。
両者の間で交わされる無数の拳。吹き飛ぶ座席、大穴の開く壁。
まるで現実味のない戦いを目にしながら、こなたは、

  逃げ出した。

何も考えられない真っ白な頭で、ただ恐怖に駆られて、その場を逃げ出した。震える膝で必死に駆け出した。
どこに行こうとか、どうすれば生き延びる確率が上がるかとか、そんなことはまるで意識できない。
ただ、逃げ出した。全速力で、激しい格闘戦の繰り広げられるストリップ劇場から、逃げ出した。

  *   *   *

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」
「パピパピパピパピパピパピパピィ~ヨンッ!!」

DIOの身体から飛び出したスタンドが、猛烈なラッシュをかける。
超人的な腕力とスピードを持つパピヨンが、そのラッシュに拳を合わせる。
互いの攻撃の余波で、周囲がどんどん壊れていく。こなたもシェリスも、悲鳴を上げて逃げ出して。
戦う両者はストリップ劇場の壁を破り、外に飛び出し、いつしか歓楽街の路上にその戦場を移す。
無人の路上で、貧相な街灯と毒々しいネオンが2人の戦いを彩る。

「貧弱、貧弱ゥッ! WRRYYYYYYッ!!」
「なんの! 蝶ォォォォォォォッ!!」

DIOの嘲る声に、パピヨンはさらに怒りの色を濃くする。拳を手刀に切り換え、繰り出す速度をアップさせる。
それでも濃密な拳の弾幕に守られたDIOには届かない。
相手の肩口を掠めるのが精一杯。逆にパピヨンが拳を受け、弾き飛ばされる。
路上に違法に置かれていたピンク色の捨て看板が、巻き添えを喰らって宙を舞う。

S7駅での激闘のダメージが残り、『ザ・ワールド』の動作がいつもより鈍い。パピヨンの動きも悪くない。
それでもやはり、地力ではDIOの方が上だ。
ここまでのラッシュだって、まだまだ手を抜いている状態だ。全然本気を出していない。
切り札の時間停止も温存している。それでもなお、こうしてパピヨンを圧倒しているわけで。
DIOの顔に、余裕の笑みが浮かぶ。追いうちをかけることもせず、相手が立ち上がるのを待つ。

だが、パピヨンもただ殴られていたわけではない。
全ては避けられないと見るや、あえて前もって狙いをつけていた方向に殴り飛ばされたのである。
叩き込まれた居酒屋の店頭で、ビールのケースを掴むと腕力任せに放り投げる。
空中でビール瓶を片端から蹴り割れば、それは尖ったガラスの散弾と化してDIOに襲い掛かる。
流石のDIOも、これには迎撃で手一杯。
一瞬相手の動きが止まったのを見逃さず、パピヨンは一気に飛び込んでヤクザキック。
今度はDIOが向かいの店に叩き込まれる番だった。

粉塵がもうもうと上がる。
焼き鳥屋の店内で、DIOが悠然とその身を起こす。
確かに不意はつかれたが、この程度はDIOにとってダメージのうちにも入らない。
むしろ、パピヨンの攻撃力の程を見極められたことの方が意味が大きい。
この程度のパワーなら、DIOにとってさほどの脅威ではない。時間停止抜きでも、倒される気がしない。
絶大な自信を抱いたまま、DIOは外に歩み出て……

「……逃げたか。なかなか思い切りのいい」

そこに、パピヨンの姿はなかった。
どこかから出血したものか、僅かな血痕だけ残して消え去っている。
頭に血が昇っているようだったが、それでも彼我の実力差を察する程度の理性は残っていたということか。
あの知恵者をここで倒しきれなかったのは痛いが、DIOの方にも深追いするだけの余裕はない。
まだ、昼間のダメージが身体に残っている。
溜息1つついて頭を掻いたDIOは、そしてふと気がつく。

「そういえば……デイパックの数が足りないな。どこかで落としたか?」