Real-Action ◆14m5Do64HQ



「ハヤテ君……安らかに眠りなさいよ……」

エリアD-2に位置する中央民家。
桃色の長髪を生やした少女、桂ヒナギクが居間に仰向けに寝転びながらそう呟く。
その表情はハッキリ言って、暗い。
何事にも毅然とした態度で挑み、活発なヒナギクにとってはあまりにも似つかわしくない。
それほどまでにも、ヒナギクに衝撃を与えてしまったのだろう。
綾崎ハヤテ、ヒナギクがいいようのない気持ちを寄せていた相手。
そんなハヤテがヒナギクの目の前で死んでしまい、ついさっき埋葬を終えてしまったから。
何も出来なかった自分の目の前で、胸にポッカリと穴を空けられ、殺されたハヤテ。
ハヤテと彼を殺した金の短髪男、ラオウ。
そしてハヤテの主人、三千院ナギの事を考えると、思わず拳に力が入ってしまう。

(私が……私が絶対にあなたの仇を取って、ナギも守ってみせるわ……。村雨さんだけじゃない。
私も……私も、黙っているわけにはいかないもの。私があの男を………………!)

とても小さな声で、ヒナギクが心の中で呟く。
両眼に宿る光は鈍く、只、天井の一点を見つめているだけ。
浮かべる表情は更に重く、いいようのない不気味ささえも感じ取れるものだ。
ヒナギクとて、知人の死は初めてではない。
過ごした時間は短いながらも大切な仲間である、毛利小五郎、本郷猛、志村新八、柊つかさ。
直接的な関わりは少ないながらも、元の世界での知人であるマリア。
彼らの死はなんとか乗り越える事は出来たが、ハヤテの死には未だ立ち直る事は出来なかった。
馬鹿みたいにタフで、いつもナギを守るために身を削って、走り続けていたハヤテ。
そんなハヤテが死んだ事実を、自分で確認したにも関わらず、どうにも信じる事が出来ない。
自分がどんな表情をしているのかと、考える事も出来ない程に。

「ねぇ? 大丈夫、桂……?」
「えっ!? だ! 大丈夫よ! なんだかボーッとしちゃって」

そんな時、自分に投げ掛けられた言葉に、ヒナギクが慌てて身体を起こした。
今まで浮かべていた考えを振り払い、精一杯の笑顔を向ける。
自分の胸に渦を巻いていた、暴力的な感情を押し殺し、口を開く。
自分に対して、心底心配そうな表情を向けている少女が、彼女の視線の先にあった。

「そう? だったらいいけど。ちょっと気になったからね……」

ヒナギクの向かい側に腰を下ろし、座り込んでいる、紫の長髪の少女。
柊かがみが少し心配そうな表情でヒナギクを覗き込む。
ヒナギクの悲しみを痛い程わかっており、彼女を心配しているためだ。
勿論、かがみにもハヤテが死んだ事へのショックはある。
だが、ヒナギクが感じた衝撃とは比べ物にはならない。
なんとかヒナギクを慰めようにも、
出会ったばかりの自分は余計な事を言うべきではないのだろうか?
そんな考えがかがみの口の動きを鈍くさせてしまう。
誰も一言も口を開くなり、重苦しい空気が流れる。

「……と! ところで柊つかさって子知らない? この子、私の妹なんだけどね。
凄くのんびりしてるから、傍から見てて凄い危なっかしいのよ!」

慰めようにも、気の利いた言葉など直ぐには思いつかない。
だが、このまま沈んだ空気を維持するのは良くない。
そのため、せめて話題だけでも明るいものにしよう。
自分の妹、柊つかさの惚気た話ならいくらでも出来る。
それにもし、ヒナギクがつかさの情報を知っていたら、彼女との合流も近づく。
そう考え、かがみは口を開いてしまった。
今のヒナギクにとって、不適とも言える話を。

「つかさ……」

かがみの言葉に思わず、反応を示したヒナギク。
つかさの名前を聞いた途端、ヒナギクの表情が再び沈み込む。
そんな彼女が見せた予想外な表情に、かがみは驚きを見せる。
何故、再びヒナギクが悲しそうな表情を浮かべるのか?
かがみにはその疑問を解く事が出来ない。
今まで、ヒナギクと碌に情報交換を行っていなかったかがみには。

「え? もしかして、つかさのコトを……?」

その疑問を解くために、かがみが口を開く。
胸の奥底から湧き上る、いいようのない不安感を噛み締めながら。
ヒナギクが抱いた感情の正体を確かめようと試みる。
ヒナギクがつかさと何らかの関係があれば、知っておきたかったから。

『静かに二人共! そろそろ時間だ!』

だが、そんな時、テーブルに置かれた一つの鞄から声が響く。
その鞄の正体は強化外骨格『零』。
装着者、葉隠覚悟と同じくこの殺し合いを潰す事を誓った英霊。
別に零にかがみとヒナギクの話を邪魔するつもりは毛頭ない。
寧ろ、同士としての絆を強めるためにも、存分に話し合いをして貰いたいとも思っている。
そのため自分は口を出さず、彼女達の会話を黙って聞いていた。
ならば何故零は彼女達の会話を中断させたのか?
答えは単純で、尚且つとても納得がいく。

――さて諸君、頑張っておるかのう?

四回目の定時放送が始まりを告げたからだ。

◇  ◆  ◇

――それでは、また6時間後の放送が無事に聞けるといいの。

『おのれ外道どもが! この零! 断じて貴様らを許しはせん!
しかし、なんというコトだ……我らにはあまりにも残酷過ぎる……!』

数分に満たない放送が終了し、零が声を荒げ、憤慨する。
終止、どことなく他人事のように、放送の司会を執り行った徳川光成。
BADANの一員と考えられる、光成に対し零は怒りを隠しきれない。
僅か六時間の余り、悪鬼であるDIO、アーカードを除けば九人の命が散ってしまった。
とても喜んでいる状況ではなく、ある意味最悪の状況とも言える。
そう。たった今呼ばれた名前の中に、ハヤテより後を任された名前が存在していたから。

「そんな……ナギ……どうしてよ……」

力なく、ヒナギクが声を上げる。
必ず守る。そう誓った筈の元の世界の友人でもある、三千院ナギ。
ハヤテが死の淵まで、気に掛けていた少女の名が呼ばれてしまったからだ。

「うそ……うそでしょ……?」

そして、もう一つ。柊かがみにとって馴染みが深すぎる名前があった。
どこか抜けていて、自分が傍に居てやらないと不安になる。
だが、それでいて一緒に居ると、とても心地よく、自分の半身とも言える存在。

「うそと言いなさいよ……つかさ……」

柊つかさ。かがみのたった一人の妹の名前もまた、存在していた。
二人の少女の頬から徐々に流れ始める涙。
その涙の流れを、零は黙って見つめる事しか出来なかった。
彼女達の浮かべる表情を前にして、何も言葉が浮かばなかったから。
また、ヒナギク、かがみ、零から少し離れた位置に存在する椅子に、腰掛ける男。

「…………クッ!」

BADANによって奪われた記憶を取り戻した青年、村雨良
彼もまた零と同じく、彼女達に掛ける言葉を見つけられないでいた。
そして口を開く者が一人も居なくなり、再び静寂が彼らを襲う事となった。

◇  ◆  ◇

どれくらいの時間が経っただろうか。
一分? それとも五分? もしかして十分も経ったかもしれない。
だが、誰一人として確認を行おうとはしない。
今、彼らが欲している行動は時間の確認などではないからだ。
先程の放送により、各々の心に生じたどうしようもない困惑、悲しみ。
それらを必死にかき消す事に集中する。
そうしなければ、冷静に自分を保つ事が出来ない。
きっと、彼らはそう考えただろうから。

『むむむ……DIOとアーカードが倒れた事だけでも幸運と取るべきか……奴らは真の悪鬼!百の害はあれど一の得もなし!
何も希望がないわけではない。いつまでも我らは悲しみに暮れているわけには……。』

ナギとつかさの死亡は勿論悲しむべき事だったが、彼らの中で比較的衝撃が少なかった零が言葉を発する。
三千の軍人の英霊というべき存在であり、人の死の悲しみは人一倍馴染み深い零。
一足早く立ち直り、冷静に状況を考察する事は至極当然とも言えるかもしれない。
実際、どう考えても自分達にとって害悪にしかならないDIOとアーカードの死はプラスな事だろう。
その事を踏まえて、村雨達の気を立ち直らせようとするが、誰一人として反応する者は居ない。

『ん? 一体どうしたのだ!?』

そんな時、行動を起こした者が一人居た。
テーブルの上、零の横に集められたデイパックから自分の分を担ぐ。
そして数歩、足を歩ませて、ある人物に近づき口を開いた。

「ねえ……ちょっとだけ核鉄を貸してくれないかしら? 直ぐに終わるから…………」

おもむろに立ち上がり、そう口を開いた人物はヒナギクであった。
右肩にデイパックを掛け、右手には自分の分の核鉄を握り締めている。
ヒナギクの視線の先にはそっぽを向き、頭をうなだれた少女が居た。

「……何に使うのよ……?」

ヒナギクの問いに、質問で返す少女の名はかがみ。
かがみもまた、つかさの死を知ったため表情は重い。
ヒナギクの問いにも、どことなくあまり興味は見えていないように見える程だ。
かがみは別にヒナギクの事が気にいらないわけではない。
寧ろ自分と同じような年代、性格と思えるヒナギクには良い印象さえ抱いている。
きっとかがみにはつかさの死を受け入れる事に専念したかったに違いない。

「つかさも死んじゃって……ナギって子も死んじゃって……今更、核鉄なんて何に使うのよ……?」

だが、ヒナギクの質問に全く興味がないわけではない。
再び、質問の意図を読み取るために口を開く。
自分と同じように、悲しみに沈んでいると思われたヒナギク。
そんなヒナギクが突然、核鉄を貸せと言って来た意図がかがみにはわからなかったからだ。
核鉄は唯一無二の武器、武装錬金を生成する代物。
当然、核鉄を必要とする時は、敵と闘う時であるという事はかがみにもわかっている。
だが、記憶を取り戻し、BADANと闘う決意を立てた村雨をヒナギクが襲う理由などない。
ならば、ヒナギクが狙う相手は一体?

(桂、もしかしてあんた……!?)

ふと、かがみの脳裏に一つの答えが浮かぶ。
その考えはあまりにも無謀なもので、リスクしかない行動。
だが、かがみはいいようのない不気味な不安に駆られる。
そっぽを向いていたため視線は合わなかったが、先程からずっと自分の方を凝視しているヒナギク。
ヒナギクが自分に対し突き刺してくる視線が、とても異質なものに感じられたから。
そう考え、かがみは急いで顔を動かし、ヒナギクと顔を合わせる。

――その瞬間、かがみは思わず、自分の眼を疑ってしまった。

「今だからよ……今だからこそ、核鉄が必要なのよ……。ナギが死んじゃったのよ……
私の友達で、ハヤテ君が私達に託したナギが死んじゃった……。
これじゃあハヤテ君の望みが叶えられないじゃない……あんなに痛い思いをして、
頑張ったのに……可笑しいわよ、こんなコト……」

――ヒナギクが浮かべる表情。その表情を見て、かがみの身体は強張り、何も声が出なくなってしまう。

「けど私はそんなコト、納得がいかないわ……。そんな不公平な話があってたまるもんですか……」

――同年代、しかも同じ女の子から、こんな感情をこれほどまでに感じた経験はない。

「だから、決めたの。私がやらなきゃいけないコトをやり通そうって……ね」

――恐怖。それが、ヒナギクが浮かべた表情から、かがみが感じ取った感情であった。

生気さえも感じさせない程に虚ろな瞳。
そんな両の瞳で、ヒナギクはかがみを見下ろしていた。
まるで何かにとり憑かれたような様子を漂わせながら。
ナギの死、ハヤテの望みの喪失。これら二つの出来事がヒナギクにそこまでの衝撃を与えたから。

桂ヒナギクは生真面目で責任感が強く、誰からも頼りにされていた。
勉強もできて、運動もこなし、容姿端麗、性格良しの良い事尽くし。
決して、自分に完璧な自信を持っていたわけではないが、それなりの自信は兼ね備えていた。
この殺し合いに呼び出される前、白皇学園で生徒会長を務めていた時までは。

「別にいいでしょ? 勿論、私一人でやるから……あなたには迷惑も掛けない……私が勝手にやるコトだから……」

――自分に力があれば。
この殺し合いに呼び出され、ヒナギクは何度も何度も自分の力のなさを痛感した。
毛利小五郎、本郷猛の死の件は勿論の事、三千院家のメイド、マリアの死についても彼女は責任を感じていた。
元々、今は別行動を取っている葉隠覚悟が彼女達と行動を共にした理由は、彼女達に碌な戦力がなかったためである。
自分に力があれば、あの時覚悟は病院へ戻り、マリアだけでなく、坂田銀時、志村新八、ルイズも死ぬ事はなかったかもしれない。
所詮、結果論に過ぎないが彼女はその事を無視出来ないでいた。
だが、そんな心の闇というべきものを抱えていたにも関わらず彼女は決して、挫けずに進み続けていた。

「つかさのお姉さんであるあなたには……生きて欲しいもの。あの子の分も。そうよ……だから私は……」

そう。今までずっと自分と共に行動を共にしてきた柊つかさの存在があったから。
互いに励まし、共に自分達の出来る事をやっていこうと誓い合った掛け替えのない友達。
つかさが本郷の死から逃げようとした時、毅然とした態度で諭し、逆に教えられる事もあった。
そして、つかさが居たからヒナギクは自分を奮い立たせる事が出来たともいえる。
自分よりもか弱く、それでいて今のご時世、天然記念物ともいえる人の良さ。
そんなつかさの存在をこんな馬鹿みたいな場所で失わせるわけにはいかない。
必ず最後まで守り通し、共に此処から脱出する。
それが鉄の意志で塗り固め、強固にさせた彼女の決意。
だが、現実は彼女にとって残酷であった。

「ラオウとあの斗貴子っていう銀髪女に会う必要があるの……だから、だから……」

狂気のしろがね、津村斗貴子によってつかさが殺され、川田章吾が自分達から離反した。
大切な仲間である、つかさの喪失と川田との決別。
しかも、つかさの死因には自分の不注意が関係していた。

『死なないで……。つかさ……お願いだから死なないで……。私なんかのせいで、しなないで……』

人一倍、責任感が強い彼女が受けた衝撃は計り知れない。
だが、彼女は必死に冷静を保ち、つかさのためにも自分がやるべき事をやろうと決めた。
そう。やるべき事はつかさの姉のかがみとの合流。
その目的は達成されたが、新たにもう一つ目的が出来てしまった。

『これで……お嬢様は……大丈……夫』

それは彼女がほのかに想いを寄せていた綾崎ハヤテの最期の言葉を実現させる事。
しかし先程の放送でナギの死を知った彼女は絶望を抱いてしまった。
――何故自分の前には、何度も何度もこんな認めたくないような事が起きるのか?
――これではあの人の願いを叶える事は出来ない。
――そんなコトは絶対に嫌だ! あの人の想いを無駄にはしたくない!
――ならば自分はどうすればいいのか!?
思考を張り巡らせ、やがてヒナギクの脳裏に恐ろしい考えが浮かんだ。
以前の彼女なら真っ向から否定した考え。
だが、つかさ、ハヤテ、ナギと親しい者が立て続けに死んでしまった事実が彼女の判断を鈍らせた。
そう。今更、改めて言う事ではない。
彼女が下した決断は諸悪の元を断ち切るというコト。

「核鉄ちょうだい? 私が絶対にあいつらを殺してくるから――――ね?」

その目的はラオウと斗貴子の抹殺。
決して消す事が出来なかった復讐心をヒナギクは歪んだ形で再燃させてしまった。
乾ききった微笑さえも浮かべ、首を少し無邪気そうにかしげるヒナギク。
そんなヒナギクをかがみは黙って見つめていた。


『いかん、良よ! 即急に彼女を落ち着かせるのだ! 早まらせたコトをさせてはならん!』
「……ああ!」

そしてそんなヒナギクを見つめていたのはかがみだけではない。
零と村雨もヒナギクの変貌に驚き、彼女を制止させようと村雨が席を立つ。
無論、村雨にはヒナギクを力づくで押さえつけようとはしたくなかった。
何故なら、ヒナギクもまた村雨にとってBADANによる被害者の一人。
守るべき存在であるからだ。

(だが、どうする? どうやってヒナギクを救う? 俺にそんなコトが出来るのか!?)

以前の村雨なら足の一本でも潰し、ヒナギクを沈黙させようとしたかもしれない。
だが記憶を取り戻し、BADANの無常、人間の尊さを思い出した村雨にはそんなコトは出来ない。
しかし、ヒナギクにどんな行動を取れば良いのかも村雨にはわからなかった。
何故なら今の村雨には他人に気を掛ける余裕は殆どなかったからだ。

(三千院ナギを守るコトが出来なかった俺が……こんな殺し合いを仕組み、俺の記憶を奪い、姉さんを殺したBADANが憎くてたまらない俺が……。
何も守れない、憎むコトしか出来ない俺が……本当に彼女を救えるのか?)

ハヤテより託されたナギの保護の失敗に、村雨は未だ立ち直れてはいなかった。

(すまないハヤテ、俺は無力だ……本当にすまない……俺に力があればヒナギクもこんなコトには……)

命を賭して自分と共に闘い続け、自分に様々な事を教えてくれたハヤテへの申し訳なさに心を痛ませる。
更に、目的には賛同出来ないものの、自分に大きな影響を与えた葉隠散の仇、アーカード。
彼の死もまた、村雨にとっては微妙な出来事であった。
確かにアーカードの死は喜ばしい事だったが、自分の手でトドメを刺したかったという気持ちもあったからだ。
更にDIOを除けば、それ以外に八人の参加者が命を落とした事になる。
悲しみや怒りなど様々な感情が潜めた村雨もまた、冷静といえる状況ではなかった。

「大丈夫です、村雨さん。あなたにも迷惑はかけませんから……」

だが、ヒナギクはその場に立ち尽くしたままチラリと村雨の方を向く。
自分自身の迷い、そしてヒナギクの虚ろな表情が目に入り、村雨は思わず立ち止まる。
そして、ヒナギクは直ぐにかがみの方へ頭を動かした。

「だから、お願いね? 私に力をちょうだい……」

そういってヒナギクはしゃがみこみ、かがみと目線を合わし手を伸ばす。
その行動は核鉄を譲ってくれというサイン。
かがみが持つ激戦の核鉄があれば、ラオウと斗貴子に少なくとも一矢は報いる事が出来ると思ったから。
そう考えヒナギクは手を伸ばし、かがみの反応を待っていた。

「――え?」

だが、そんな時軽快な音が響いた。
何が起こったのだろう?ヒナギクは思い、直ぐに自分の右頬に熱がともった事を感じ取る。
次第に鮮明に感じ始めた痛みにヒナギクは、自分に何が起こったのかを理解した。

「バカ! 何言ってるのよ、あんたは!!」

それはヒナギクの頬に、平手打ちが叩き込まれたという事。
ヒナギクの目の前に座っていたかがみが、彼女の頬を叩き、立ち上がっていた。
只、何かを決意した瞳でヒナギクの両の瞳を真っ直ぐと射抜くように。

かがみの心に少しやりすぎてしまったのではないかという感情が浮かぶ。
だが、その感情は直ぐにどこかに消え去った。
つい先程合流し、放送を聞き終え、様子が変わってしまったヒナギク。
――今は一刻も早く彼女を止めなければ!
そう思いを募らせていたら自然に手が伸びてしまった。
だが、自分の行動にかがみは最早一片の後悔を抱いていない。

「あのラオウってヤツにあんたが勝てるわけないじゃない! ヤケクソになってるんじゃないわよ!!」

頬に手を当て、唖然とした様子でかがみを見上げるヒナギク。
かがみの突然の行動に、村雨と零も驚きを隠す事は出来ない。
そんな彼らの視線をかがみは一点に集め、腕を組みながらヒナギクを見下ろし続ける。

「もっと落ち着きなさいよ! 村雨さんと綾崎君が二人がかりでも倒しきれなかったのに……あんたが勝てるわけないじゃない!
分が悪いにも程があるわ!!」

決して、ヒナギクと目線を逸らさずに、強い調子でかがみは口を開く。
実際、かがみの言い分はもっともである。
幾ら身体を動かす事に自信があるといっても、ヒナギクの身体能力は常人の域を出てない。
対して彼女の第一の目標は、常人の域を遥かに超えた存在であるラオウ。
ラオウの強さは先程の闘いで証明済みであり、たとえ核鉄を複数使用しても勝ち目はない。

「何よ……何よ……何よ、何よ、何よ、何よ、何よ、何よッ!」

だが、表情に強烈な怒りを浮かべながら、ヒナギクがかがみを睨みつけ、立ち上がる。
勿論、かがみが言った事はヒナギクにも理解している。
よってかがみが自分に言った事を、ヒナギクには否定する気はない。
だが、ヒナギクには口に出さずにはいられない疑問が出来てしまった。
自分の目の前に立っているかがみに対しての疑問が。

「なんで……あなたは落ち着いていられるの?
つかさが死んじゃったのを知って……どうしてそこまで落ち着いていられるの!?」

たった一人の妹を失った事実にも関わらず、気丈に振舞うかがみをヒナギクは理解できなかったからだ。
生前のつかさの話からすれば、彼女達姉妹の仲は良好だったはず。
だが、かがみはつかさの死に自分を見失う事なく、それどころか自分を諭そうとしている。
かがみのその行動にヒナギクは嬉しさを覚えたが、違和感の方が強い。
そのため、ヒナギクは思わず言ってしまった。

「あなたもしかして……つかさが死んじゃってもなんとも思ってないわけ!?
あの子のコトが好きじゃなかったの!?」

放送を聞くまでのヒナギクにはとても考えられない言葉。
だが、今のヒナギクは正常に自分を保つ事が出来なく、一種の混乱状態に陥っている。
さも真剣な表情でヒナギクはかがみに問いかけた。
その両眼の焦点はどこか不安定であり、ヒナギクの混乱を示しているようにも見える。

「ヒナギク! お前は……!」

ヒナギクの無神経な言葉に村雨が語気を強める。
以前、村雨は神社でかがみから、彼女の妹であるつかさの存在は聞かされている。
その時のかがみの話ぶりから、彼女がつかさを愛していないわけはない。
そう考え、村雨はヒナギクを落ち着かせるためにも、彼女の元へ近づこうとする。
村雨の気配を感じ、ヒナギクが顔を彼の方へ、左へ向けようとするが――

「なっ――?」

パァン!
そんな時、二度目の平手打ちが、ヒナギクの右頬に叩き込まれる。
先程よりも、大きな音を響かせ、痛みを帯びた平手打ちをかがみは行っていた。

「なに……? もしかして図星だった――」
「このバカッ!言って良いコトと悪いコトがあるわ!!」

ヒナギクが言いかけた言葉に割り込み、かがみが怒鳴り声を上げる。
その表情には確かな怒りが浮かんでおり、あまりにも険しい。
強気な性格であるヒナギクでさえも、そのかがみの口調の勢いには驚きを隠せない。
だが、ヒナギクもそのまま口を閉ざそうとはしなかった。
未だ、ヒナギクには悶々とした感情があったから。
かがみの不自然な落ち着きに対して、未だ疑問は解けていない。

「だったらなんでそこまで落ち着いていられ――――えっ?」

だが、ヒナギクの言葉は途中で止まり、拍子抜けした声が響く事になった。
唖然とした表情を浮かべ、只一点を見つめ続けるヒナギク。
その視線の先に立ち尽くす人物は勿論、ヒナギクと言葉を交わしていたかがみ。

「落ち着いていられるわけないでしょ……あの子が、つかさが死んじゃって……落ち着ける方がおかしいわよ…………ひっ……」
「泣いてるの? あなた…………」

但し、怒りなどではなく悲しみを顔に浮かばせ、必死に涙を落としまいと奮闘するかがみの姿があった。

「そうよ……泣いてるのよ! 何か可笑しい!? だってつかさが死んじゃったのよ!
今泣かなかったら、私は……いつ泣けるっていうのよッ!!」

いつも幼い時から一緒に遊び、笑い、成長してきたかがみとつかさ。
双子の姉妹である二人は強く、温かい絆で結ばれている。
そんな絆で結ばれているかがみがつかさの死にショックを受けないわけはない。
実際、かがみは今すぐにでも思いっきり、泣き出してしまいたいくらいだった。
だが、その溢れ出る思いを必死に塞き止め、かがみはその行動に反抗の意を示した。

「でも、私はここで泣き続けているわけにはいかないの! だってそんなコトしたら桂さんや灰原さん、みゆきやつかさにきっと怒られるわ!
今私が本当にやらなきゃいけないコト……それはBADANを叩き潰すコトよ! きっとつかさ達もそれを望んでいるハズだわ!」

――こんところでは立ち止まらない。立ち止まってたまるもんか!
かがみにはこの殺し合いを仕組んだBADANへの怒りの方が強い。
自分の死んでいった大切な仲間達の思いを無駄にさせないためにも。
自分はこの殺し合いを潰すために一歩を踏み出さなければならない。

「それに私にはあんたの気持ちは痛いほどわかる! だって私も以前、あんたと同じようにヤケになって……バカなコトをしたわ。
さっき放送で呼ばれた三村にも酷いコトを……。
でも私はあの時、ジョジョに救われた。生きろってこんな私に言ってくれたのよ!だから私は……私は……」

涙を振り払い、かがみが言葉を続ける。
実際、かがみには桂小太郎、灰原哀、高良みゆきの死を知り、自己嫌悪に陥り文字通り暴走した過去がある。
共に行動していたジョセフ・ジョースターと三村信史を、乗車していた車ごと焼き払った暗い過去。
そんな時ジョセフと村雨によって助けられ、生きる気力を取り戻す事が出来た。
だが、その分三村との離散という悲しい出来事が起きたのも事実。
また、そんなかがみは見つける事が出来た。
自分が今この場で本当にやらなくてはいけない事を。あの時の出来事も繰り返さないためにも。

「私はあんたを止めたい! あんたには私のようなバカなコトを絶対にやって欲しくない!
これ以上、自分一人で背負い込んで、傷ついて欲しくないのよ!でも、それでも、それでも核鉄が欲しいって言うのなら……」

――ヒナギクの行動を制止し、これ以上彼女が傷つくのを見たくない。
それがかがみの見つける事が出来た、自分のやるべき事。
自分と同じように友人を失い、同じように冷静さを失ったヒナギク。
かがみにはどうしてもヒナギクを放って置くわけにはいかなかった。
以前の自分を見ているような気がして、ヒナギクには自分が犯した過ちをして欲しくない。

「私から力ずくで奪いなさい! 但し、絶対に抵抗してみせるから……絶対に渡すつもりはないから! あんたにはもう後悔して欲しくないから!!」

一段と強くなったかがみの声が想いと比例して大きくなる。
そんなかがみの言葉と視線を受け、ヒナギクの肩がピクンと震えた。
真っ直ぐと自分を見つめる、決意を宿した眼に思わず引き込まれそうになる感覚をヒナギクは覚える。
それと同時に、ヒナギクはある感情を覚えた。

「さぁ! 私は覚悟を決めたわ! 後はあんた次第よ……つかさや綾崎君、ナギって子が今のあんたを見たらどう思うか。
それをよく考えて決めなさいッ!!」

ヒナギクの胸の奥底から温かい気持ちが湧き上る。
仲間が居る事の嬉しさを再び噛み締める事が出来、ヒナギクの思考に冷静さが戻り始めた。

「ごめん、ちょっとどうかしてたわ……。本当に、本当に……ごめんなさい」

ポツリ、ポツリとヒナギクは言葉を零す。
一気に迫った悲しみによって荒れたった心の波。
自分と同年代の少女の一つ一つの言葉がヒナギクの心に染み渡っていく。
――自分もしっかりしなければ!
徐々に落ち着いてくる中でヒナギクが感じた想い。

「わ! 私だって偉そうなコト言って悪かったわ。それと私、未だ聞きたいコトがあるの……」

落ち着きを取り戻し、謝罪の言葉を口にするヒナギクにかがみが返答する。
自分が出過ぎた事を言ってしまったかと少し不安になっていたからだ。
少し表情を緩ませ、申し訳なさそうな表情を浮かべるかがみ。
やがて、かがみは再度口を開く事になる。
放送を聞き、ヒナギクの話を聞いて、ずっと知りたかった事を。

「つかさのコト、話してくれない? あの子が……あの子がどんな風に生きて、死んじゃったのか……教えて……ひっ……うぇ……」

両肩を震わせながら、かがみが嗚咽を漏らしながら言葉を呟く。
ヒナギクの話しぶりから、彼女がつかさと深く関わっていた事は見当が付いていたから。
ずっと聞きたくて、一刻も早く知りたかったつかさの生前の行動、最期の時。
その疑問をやっと口に出せた時、今まで溜め込んでいた悲しみがかがみを襲った。
溜まりきっていた涙を流しながら、かがみの足取りがフラフラと不安定なものになる。

「勿論よ。こんなに無理させて……もっと早く知りたかったでしょうに……ごめんね。つかさのコトなんでも話すわ。だって……」

倒れこむかがみの身体をしっかりと抱きしめ、ヒナギクが優しく言葉を発する。
普段のかがみなら顔を赤らめて、ヒナギクから離れようとしたかもしれない。
だが、今のかがみにはそんな余裕もなく、逆にヒナギクの温もりに安心さを覚え、良い心地がしていた

(やっぱり、つかさと似てるわね。凄い暖かい……こんな子を私は傷つけるコトなんて、出来ないわ。絶対に……)

そしてそれはヒナギクにも同じ事が言え、彼女も心地よさを感じていた。
一瞬でも冷静さを失い、みすみすと命を投げ出すような真似を行いそうになった自分。
つかさの死に対する悲しみを我慢して、自分を必死に止めてくれたかがみに対して、感謝の念で一杯だった。
そんな考えを抱きながら、ヒナギクが口を開く。

「つかさもあなたのコトが大好きだって言ってたわ……つかさが大好きなあなたに、あの子のコトを言わないわけないでしょ……つかさのコトを……ひっ」
「つかさ……つかさ……何言ってるのよ。そんなコト、言われなくても……わかってるわよ……私だって大好きよ。何があっても、私の大切な妹よ……」

かがみの様子を見て、思わずヒナギクも悲しさを覚え、涙が流れ始める。
つかさの死以外にも、当然彼女には未だハヤテとナギの死にも立ち直ってはいない。
三人の友人の死への悲しみの波に身を任せる。
肩を抱き合い、只、ありのままに涙を流し続けるヒナギクとかがみ。
そんな彼女達を零と村雨は見つめていた。

『良よ。彼女達の涙を決して忘れるな。しかと心にとどめておけ……BADANに渾身の一撃をぶちこむ、その時がくるまでな』
「ああ、勿論だ。決して忘れはしない。そうだ、これが、俺が今まで忘れていたもの――」

涙を抑える事が出来ず、泣き続けるヒナギクとかがみ。
二人の様子を村雨は、顔を強張らせ、両の拳を握り締めながら口を開く。
怒りの感情がこれでもかと詰まった声で。

「『本当の悲しみ』だ」

低く呟いた。

◇  ◆  ◇