求めはしない 救いはしない未来(あす)に望むものは――

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求めはしない 救いはしない 未来(あす)に望むものは―― ◆14m5Do64HQ



「――以上だ。簡潔ながら私の今までの行動を話させてもらった。」

校舎に存在する一室。
出入り口、直ぐ横に位置する教室で葉隠覚悟が口を開く。
背筋を伸ばし、礼儀正しく椅子に腰掛ける覚悟。
固い意志を燃やすその瞳の先には二人の男。
また、廊下側の壁に背中を預け、座り込んだ少女が居た。

「なるほど、礼を言うぞ。先程の襲撃の片割れは川田章吾という男か。しかもお前の元同行者だとはな」

椅子に腰掛け、黒いタイツに包まれた両足を、机に投げ出しながらパピヨンが口を開く。
そして、少し距離を開け、覚悟と向かい合っているパピヨンの斜め後方、窓際の壁。
そこに赤木しげるが壁にもたれながら腕を組み、覚悟の話を聞いている。
パピヨンとは違い、無言で覚悟の話に耳を傾ける。
言うまでもなく覚悟、パピヨン、アカギは今、情報交換を行っていた。
主に覚悟がこの殺し合いでどんな人物と出会い、どんな状況を潜り抜けてきたかについてを。

「その通りだ。だが、川田は真の悪鬼ではない。川田は――」
「その話は先程聞いた。泉の友達……柊つかさを救うために殺し合いに乗ったんだってな?そして――」

覚悟にはヒナギク達との待ち合わせの約束がある。
あまり多くの時間は掛けられないが、覚悟は川田とつかさの事は丁寧に説明を行った。
先程の襲撃者、川田の人柄や状況をパピヨンとアカギによく理解してもらいたかったからだ。
だが、飲み込みが早いパピヨンにとっては十分であり、わざわざもう一度言われなくても理解は完了している。
故に、覚悟の言葉が言い終わらない内に、パピヨンが口を挟む。
柊つかさを殺し、川田がこの殺し合い乗る事となり、泉こなたが死亡する要因を間接的に作った人物。
その人物のやってきた事が今になって、やっと知ることが出来たパピヨン。
にわかに信じられない事実を自分に言い聞かせるように、もう一度呟く。

「この女、津村斗貴子が少なくとも二人は殺したというコトを。正当防衛じゃない、積極的に殺しに行ったというコトをな」

声の調子から怒っているとは思えない。
かといって穏やかとはとても言えないパピヨンの声が響く。
その声を受け、覚悟は無言で頷いた。
一方、アカギは未だ静観を決め込む。
パピヨンが視線をチラッと、壁側に座り込む少女、津村斗貴子の方へ向ける
一般の者なら身震いを起こしそうな程に、鋭く研ぎ澄まされた瞳。
そんな瞳が斗貴子を刺し貫くように、睨みをきかせる。
だが、斗貴子は核鉄を行使し、人外の化物であるホムンクルスと闘う戦士。
幾多の闘いを潜り抜けてきた、斗貴子ならパピヨンの睨みにも身震いを起こす事もないだろう。
そう。『以前の彼女』ならば。

「ど……どうしたんだパピヨン? そんな怖い顔して……やめてくれ……やめてくれ……。
そんな怖い顔をされたら……私はおかしくなってしまいそうなんだ」

今の斗貴子は誇り高き戦士としての、面影は微塵も感じさせない。
想い人、武藤カズキともう一度会うため、斗貴子は堕ちた。
そしてつい先程、パピヨンに自分を否定され、斗貴子の精神は更なる異常をきたした。
判断力が極限まで失われ、ストレスが伴うような行動は絶対に起こさない。
自分が既に、異常な精神状態に置かれていると自覚がない程だ
そんな状況ではあるが、斗貴子は立ち上がり、ゆらゆらとした足取りで教壇の方へ歩き始める。

「津村さん……」

今にも倒れこみ、机や床に頭をうちつけそうな斗貴子。
そうこうしている内に、斗貴子の体勢が大きく崩れ落ちた。
思わず覚悟は立ち上がり、手を差し伸べ、斗貴子の転倒を阻止し、彼女に痛みが伴わないように引っ張り上げる。
牙なき人々を守るために存在する覚悟の手に、斗貴子の真っ白な手が重なり合う

「ありがとう。君は優しいな」
「……仔細ない」

以前闘った時、確かに覚悟の瞳に焼きついた殺意に満ちた斗貴子の瞳。
その瞳が今ではあまりにもうつろなもので、別人とも思える程、変貌している事に覚悟は驚きを隠せない。
闘った事があるにも関わらず、素直にお礼を言う斗貴子。
パピヨンに精神を破壊され、未だ混乱の真っ只中にいる斗貴子は、覚悟が誰か気付いてはないからだ。
己の恋人、武藤カズキを殺したと思い込んだ相手、アカギ。
そのアカギにさえも、斗貴子は彼を忘れ、絆創膏を張ってあげようと優しく接した。
その事から混乱状態に陥っている斗貴子が、一時的に覚悟の事を忘れていても可笑しくはない。

「だけど私はカズキのものなんだ。君の気持ちだけは受け取っておく事にしておくよ」

急に脈絡のない言葉を口走り、斗貴子は少しぶっきらぼうに覚悟の手を振り解く。
予想外の言葉を受けた事で、覚悟は唖然としながらその場に立ち尽くす。
先程の言動からして、斗貴子の状態が最悪に近い事を再認識する覚悟。
再び歩を進めた斗貴子を、複雑な瞳で見送っていく事しか覚悟には出来ない。
やがて、パピヨンの前に立った斗貴子がうわ言を呟くかのように口を開く。
その表情が浮かべる感情を、言葉で表現するのは難しい。

「カズキの……私だけの……サンライトハートを返してくれ。これさえあれば私は何も要らないから……」

生前、カズキが己の信念を貫くために用いたサンライトハート。
教卓の上に置かれた、銀の刀身、橙の色彩が施されている一本の槍へ斗貴子は視線を向けた。
カズキそのものとも言える、サンライトハートは斗貴子にとって大きな意味を持つ。
次第に恍惚な表情を醸し出しながら、斗貴子は手を伸ばそうとする。
勿論、サンライトハートをもう一度、握り締めるために。

「待て、津村。俺は許可していない。貴様には勝手に行動する権利は与えていないからな。さっさとそこら辺にでも座っていろ」

だが、斗貴子の行動をパピヨンが抑制する。
聞くものを威圧させるかのように、低く、ドスがきいた声が斗貴子に届く。
視線を合わせなくても、感じられるパピヨンの威圧感に斗貴子は思わず手を止める。
サンライトハートは欲しい。
でも、これ以上パピヨンに怒られ、痛い目は見たくない。
あまりにも臆病な思考下に置かれた、斗貴子の身体は硬直し始める。
しかし、どうしてもサンライトハートの、カズキの温もりをまた感じたい。
そう意を決し、パピヨンの方を振り向き、口を開こうとするが――

「聞こえなかったか? 座れと言ったんだ。グズグズするんじゃない……!」

先程の表情よりも険しく、言葉だけの時とは段違いな威圧に塗れた恐怖。
自分を下等な蛆蟲のように、見下す視線を受けた斗貴子の表情が歪む。
立ち尽くしていた覚悟は、心なしかパピヨンを非難するかのような視線を送る。
アカギは未だ静観を続け、パピヨンはそんな覚悟とアカギに一切の視線は送らない。
只、脅えた表情で自分を凝視し続ける斗貴子だけに、鋭い眼光を注ぐのみ。

「……ひっ! ごめんなさい……」

より鋭さが増したパピヨンの両眼。
その両眼から逃げるように、斗貴子が後ずさる。
両肩が、身体全体が不自然な身震いを起こし、へたれ込む斗貴子。
湧き上る恐怖を必死に押さえつけるかのように、頭を両腕で抱える。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
もう逆らいません。だから……痛いのは止めて………………」

先ほどの言葉を皮切りに、頭を抱えながら謝罪の言葉を繰り返す。
金切り声にも取れる程、悲痛に満ちた声と共に吐き出された大粒の涙。
パピヨンによって、自分の全てを否定された斗貴子はパピヨンへの恐怖が強くなっている。
ヴィクターのような力関係から来る恐怖とは、また異質な恐怖。
先程、感じた恐怖はもう絶対に嫌だ。
そのため、パピヨンの感情を逆立てするような事はやめ、ひたすらに許しを願い続ける。
一方、パピヨンは斗貴子を心底軽蔑した眼つきで見下す。
最早、誇りなどいう言葉には全く無縁になった斗貴子に、冷め切った視線を突き刺す。
そんな時だ。

「……津村さん。少し私と話が出来ないだろうか?」
「え? も、勿論だ! 私と一杯話そう!」

ふと、覚悟が斗貴子に自分と話をするように持ち掛ける。
覚悟の事を未だ思い出せていない斗貴子はパピヨンから逃げるように、覚悟の方を振り向く。
恐怖の元凶であるパピヨンの機嫌を損ねずに、自分のストレスが溜まらないなら何だっていい。
その表情には喜びが広がり、今にも覚悟の方へ抱きついていきそうな様子さえもある。
そんな斗貴子の表情を、覚悟はどうにも直視出来ない。

「俺達は席を外そう。適当な時間に戻ってくる」
「かたじけない」

少し退屈そうに、席を立ち、サンライトハートを持ちながらドアへ向うパピヨン。
パピヨンに律儀にもわざわざ一礼を行う覚悟。
鼻に付く礼儀正しさに、パピヨンがほんの僅か表情を歪めるが、直ぐに顔を背ける。
そのまま振り向く事もなく、教室からパピヨンが出て行った。
だが、依然この教室には覚悟と斗貴子以外に、一人居る事を忘れてはならない。

「なぁ……あんた、一体何を話すつもりなんだい……?」

そう。今まで、黙って覚悟、パピヨン、斗貴子のやり取りを静観していたアカギだ。
不敵な表情を浮かべ、覚悟に疑問の言葉を投げ掛ける。

「私には津村さんを知りたい」
「……知ってどうする? その後、仲良く手を取り合うつもりか……この女はいきすぎた……それでも、出来るのか……?」

毅然とした態度で返答を返す覚悟に、アカギが更に質問を続ける。
強固な意思に漲る覚悟の両眼を、どこか冷やかな眼で眺め返すアカギ。
アカギの両眼に映る意志を覚悟はいまひとつ掴む事は出来ない。
真剣な眼差しで対峙する覚悟とアカギを心配そうに見渡す斗貴子。
そんな斗貴子を苦渋の表情でチラッと眺め、意を決したかのように覚悟がアカギと再度向き合う。

「……過酷な道だとは思う。
川田やヒナギクさんも直ぐには受け入れるコトは無理かもしれない。つかささんの姉、柊かがみさんもやりきれない想いを抱えるかもしれない
だが、それでも私は――」

自分でも甘い考えだとは思う。
たとえ牙なき人々のため、心を繋いだ仲間達を守るためとはいえ一時は裏切ってしまった約束。
今さらどんな顔をして、もう一度この約束を口にすればいいのだろうか?
煮え切らない気持ちを無理やりにでも、決意の糧に昇華する。
どうしてもやり遂げなければならない事だと心で感じたからだ。

「私はルイズさんの願いを叶えたい。気高く、この世界に咲き誇る一輪の薔薇のように、華美に散った彼女の意思を……もう無駄にはしたくない。
彼女が、己の命が果てるまで貫き通した信念を……私が受け継ぐ! それがルイズさんとつかささんへの最上の供養になるハズだ!」

桃色のウェーブがかかったロングヘアーの少女、大切な仲間であるルイズから託された言葉。
『もう一人の自分』と斗貴子を称し、温かな笑顔と共に散ったルイズの意思。
一度は断念した『斗貴子を救う』という目的を、ルイズの意思を覚悟は更に胸の奥底で燃やす。
これからも、斗貴子を一人の牙なき人と見なし、守る事を決意する覚悟。
声の調子が明らかに勢いづいた覚悟をアカギは冷静に観察する。

「なら……いいさ。幸運を祈っている……上手くいくといいな……」
「かたじけない! やはり貴殿達は素晴らしい人格者だ!」

だが、斗貴子は既に二人は殺している事が判明しており、手首がない事から他にも戦闘を行っている事はわかる。
あまりにも、道を外れてしまった斗貴子を今更救う。
甘い考え、無謀な考えだと非難されても仕方ないと覚悟は思っていた。
だが、アカギは非難する事もなく、それどころか励ましの言葉を掛けてくれた。
アカギのその行動は自分を尊重する思いやりから来たものだと覚悟は理解した。
何故なら斗貴子に殺し合いを止めさせた、パピヨンとアカギには覚悟は一目置いているからだ。
勿論、二人がどんな手段を使い、斗貴子に殺し合いを止めさせたかは知らないが。

「…………ああ。それじゃあ後でな……」

覚悟の一礼に送られながら、アカギがドアへ向う。
ドアを開け、廊下に出たアカギは直ぐ横の壁にパピヨンが持たれかけているのを見つける。

「……笑えんな」
「…………さぁな」

目線を合わせずに、パピヨンとアカギが言葉を交わす。
とても短い言葉をぶつけて。

「時間を取らせて申し訳ない。それでは――」

床に座りこんでいる斗貴子の目の前に、正座をし、覚悟が口を開く。
以前闘った時の言動からして、斗貴子が何故殺し合いに乗ったのかは予想出来る。
深い愛に結ばれていたと思われる人物、武藤カズキという男との再会。
十中八九その線が強いと考えていた覚悟は別の事を、彼女の生い立ちなどを知ろうと口を開きかけるが――

「わかっている。カズキのコトが知りたいんだろう?」
「なっ!?」

覚悟の言葉に割り込み、出てきた斗貴子の言葉はまたもやカズキについて。
カズキの事を一言も口にしていない、覚悟の表情に驚きが浮かぶ。
覚悟が本当に知りたい事はカズキの事ではなかったが、とてもその事を覚悟は口に出来ない。
何故なら自分を見る斗貴子の顔がとても、嬉しそうな笑顔をしていたから。
以前、悪鬼そのものとも言える形相を浮かべていた顔と、同一のものとはとても思えない。
痛々しいとも思える程の笑顔が覚悟を嬉しそうに見つめていた。

「カズキはな。とてつもなく強いんだ!ホムンクルスの化物共を一匹残らず殺せる!
君やパピヨンが何人居たって絶対に敵わない! サンライトハートでどんな敵だって倒せる!
カズキのサンライトハートはとても固くて、深く、どんな時でも奥まで突き刺さる!
いつも皆のために、ううん、違う。私だけのために闘ってくれる。私だけの男なんだ。優しくて、雄雄しくて、誇り高くて最高だ!
カズキになら私はなんだってやってあげられる! どんなものでも差し出す事も出来る!
私はカズキが一番だ!
勿論カズキもきっと私が一番だ! そうに決まっている。いや、そうじゃないと可笑しい!
だって私はこんなにもカズキを愛している! 私の愛が報われないわけがないさ!」

流れるように、それでいて長々とカズキへの賛美を続ける斗貴子。
事実と己の中で生み出した妄想で塗り固められたカズキの人物像を、斗貴子は歓喜の表情で述べる。
自分だけの存在であって欲しいカズキへの願望を、吐き出しているに過ぎない状況に斗貴子は気付かない。
声のトーンも大きさも増長した斗貴子のそんな言葉一つ、一つを覚悟は只、黙って聞くことしか出来ない。

(一体どうしたというのだ? 以前よりも更に身勝手な言動。これでは……あまりにも哀れすぎる……!)

身勝手な願望を述べる斗貴子には覚悟は嫌悪というより、哀れみさえも感じてしまった覚悟。
以前、自分の言動には全く耳を傾けなかった斗貴子の変貌。
パピヨンに過剰とも言える程、恐れを抱いている斗貴子の現状。
この事からパピヨンとアカギが多少強引な手を使い、斗貴子を説得した事は予想がつく。
だが、自分の予想以上に厳しい説得、いや尋問じみた事が行われた事に覚悟は思わず顔を顰める。

(だが、津村さんから殺意を失わせなければ、更に牙なき人々の命が失われたかもしれん。彼らの行動は間違っているとも思えない……
この手段しかなかったハズだ……)

しかし、斗貴子が以前、自分と出会ったままの状態の方が尚更悪い事も事実。
今は混乱状態にあるため、きっと自分でも何を言っているのかよくわからないのだろう。
ならば、これから自分達が斗貴子を落ち着かせていけばいい。
そう考え、覚悟はパピヨンとアカギの行動を正しかったと認識する。

「カズキは只の高校生だったんだが、私を守るために戦士になった。きっと私達は予め結ばれる運命だったんだ! うん、そうに間違いない!」

だが、覚悟の意を尻目に斗貴子の言葉は依然終わる気配を見せない。
既に斗貴子は覚悟の方を向いていなく、どこか俯いた様子で喋る。
覚悟に向けて話すというよりも、自分に言い聞かせているという方がしっくりくる。
そんな哀れとしか言いようのない斗貴子を見つめる覚悟。
こんな状態では、自分の聞きたい事を問うのは止めておいた方がいいかもしれない。
そう考え、閉じきった唇を開き、適当な相槌を打つために覚悟は言葉を出そうとする。
そんな時、ふと斗貴子が口を開いた。

「そういえばさっき君はルイズ、つかさと言っていたが……私はその二人を知っている気がするんだ。
それに、そもそも――」

極度の混乱状態から斗貴子はアカギや覚悟の記憶を一時的に失っている。
彼女が持っている記憶は元の世界の知り合い、パピヨン。そして最愛の存在であるカズキ。
あまりにも印象は強いが、斗貴子がルイズやつかさと関わったのは数十分程しかない。
斗貴子が一時的に彼女達を忘れていても、絶対に有り得ないというわけではなかった。
ルイズとつかさの事を口に出した斗貴子を、覚悟が真剣な眼差しで見守る。
覚悟の視線を受け、満を持して斗貴子の口が再び開いた。

「君は誰だ? 私は君にもどこかで会った気がするんだが……教えてくれ。君は一体――誰なんだ?」

心底不思議そうな、無垢な両の瞳。
その瞳に一瞬気持ちが揺れるが、今、自分の名を教えては無用な刺激になってしまうのではないか?
そんな考えを走らせる覚悟。
だが、斗貴子は自分やルイズ、つかさの事を覚えていないという事実もある。
何よりも斗貴子は忘れてはならない。
斗貴子は自分がやってしまった事の償いから逃げる事など許されない。
そう考え、心を鬼にし、覚悟は口を開く。

「……葉隠覚悟。牙無き人々の剣、葉隠覚悟だ」

斗貴子と出会った事は言及せず、己の名を告げる。
そんな覚悟の名を聞いた時、斗貴子の表情に変化が生じた。

「覚悟……? まさか……嘘だ……まさかあの……い、いやだ……私に、私に……」

動悸が激しくなり、呼吸が荒々しくなる。
呼吸によって吐き出された息が音を立てるほど、激しい。
HOLYの制服である短いスカートがはだけるのをも構わずに両腕、両足を必死にバタつかす。
身体を覚悟から1ミリでさえも離れようと、不自然にくねらせる。
喘ぐ様に吐き出す声が、斗貴子の状況を象徴するかのように何度も零れる。
そんな斗貴子の様子を見て、覚悟は自分の軽率な行動を後悔するが既に遅い。
斗貴子は思い出してしまったから。
自分と闘い、自分にとても痛い、苦痛が伴う拳を与えた男。

「私に近づくなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!」

葉隠覚悟の事を斗貴子は思い出してしまったから。


ありったけの叫び声を上げ、自分を傷つけた存在である覚悟を避ける斗貴子。
怒りではない。只、もう二度と傷つきたくない一心で、斗貴子は覚悟に脅える。
尋常ではない様子の斗貴子を案じ、覚悟が彼女に近づこうと試みる。

「落ち着いてくれ、津村さん! 私は――」
「来るなッ! 私を殺すんだろう!? そうに決まっているッ!!」

覚悟の言葉には全く耳を傾けず、ひたすら恐怖をぶち撒ける。
既に覚悟は斗貴子にとって闘いあった敵、それもカズキと同等の強さを持っている程の強敵。
サンライトハートもない今、自分がこの男に勝てるわけがない。
それにもう、ストレスが溜まるような殺人は犯したくない。
パピヨンの話からすれば、カズキもその事を認めないだろう。
かといって、逃げる事もきっとこの男は許さないはず。。

「私は貴女を救いたい! もう二度と人を殺めないと誓うのなら!!」

覚悟の自分を救うという言葉は斗貴子にとって、斗貴子は到底信じられない。
覚悟の真剣な表情は斗貴子にとって、偽りで塗り固められているようにしか見えない。
覚悟の眼差しは斗貴子にとって、とても汚らわしく、耐え難い不快感が湧き上る。
覚悟の事を思い出した斗貴子には、彼が信用に値しない人物だと確信しているから。

「――――嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、絶対に嘘だッ!!」
「何故だ!? 何故そこまで私のコトを!?」

心底不思議そうな表情を向ける覚悟に斗貴子は恐怖が混じった瞳で、見返す。
斗貴子が覚悟を信じる事が出来ない理由。
いたって単純で、それでいて解決するのは困難な事。

「どうせ、あの時のように私を騙すんだろう!? 『策はない』とか言っておきながら、私を騙して……今度こそ私を殺すつもりなんだろう!
それしか考えられないじゃないか!!」

それは以前、闘った際に覚悟が取った行動が関係していた。
ルイズの意思を尊重し、抵抗はせずに斗貴子を救おうとした覚悟。
だが、斗貴子のサンライトハートに貫かれる寸前、覚悟の心は揺れた。
ヒナギク、つかさ、川田の守りたいと願った笑顔が脳裏に浮かび、気が付けば反撃を行っていた。
だが、斗貴子は覚悟のそんな心境を知っているわけがない。
斗貴子にとって覚悟は初めから嘘をつき、自分を騙そうとした事実しかない。
覚悟の事を思い出しただけで、依然、混乱状態にある斗貴子は判断力も低下している。
一度そう思い込めば、それが揺るぎようの無い事実だと斗貴子は確信してしまった。

「ッ!……否! 断じて否! 落ち着いて私の話を聞いてくれ、津村さん!」

確かに以前、自分の行動を考えれば斗貴子が自分の事を信じられないのも無理はないかもしれない。
いくら言葉を飾り、言い繕っても自分が騙しうちの形で斗貴子に手傷を与えたのは事実。
だが、このまま斗貴子に誤解される事は避けなくてはならない。
何故なら、覚悟の中では斗貴子は既に守るべき対象の一人になっている。
そのため、斗貴子の誤解を解くために、覚悟は再度彼女に言葉を掛ける。
斗貴子が落ち着いて自分の話を聞いてくれるように、彼女の両肩に手を掛けようと両手を伸ばす。

「――い」

だが、覚悟の斗貴子を案じた行動は彼女に更なる感情を煽った。
覚悟の両腕。それは牙なき人々を守る両腕。
だが、斗貴子にとっては所詮、ある感情の対象でしかない両腕。
筋肉で塗れ、自分の身体を幾度も無く打ち付けた両腕が斗貴子の両肩に迫る。
覚悟の両腕がまるでビデオテープのスロー再生のように、自分に迫るのを斗貴子は凝視していた。
だらしなく口を開け、ある感情によって引きつった顔で斗貴子は座り込んでいる。
やがて、覚悟の両腕が斗貴子の両肩に触れた瞬間。
斗貴子の全身に、痺れを伴う不愉快な電流が駆け巡った。
斗貴子が感じた感情によって。
そう。言うまでもなくその感情とは――

「嫌ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!」

精神が押しつぶされる程の恐怖という感情。
斗貴子にとっては恐怖の対象でしかない覚悟の両腕が自分に触れた。
自分を傷つけた存在が、自分を騙した存在が再び自分に触れる。
馬鹿みたいに強い力を引き出す両腕が自分の直ぐ傍まで伸びている。
何のために? 自分をどうするつもりか? 考えるまでもない。
きっと、いや、絶対に自分を――殺すつもりなんだ。
そう考えた瞬間、斗貴子の意識は闇に沈んだ。

◇  ◆  ◇

「津村さん!……くっ! 私は愚かだった……」

耐え切れない恐怖により、気絶してしまった斗貴子。
自分の責任を悔いながら、覚悟は斗貴子を介抱する。
斗貴子の全身は汗に塗れ、発熱すらも起きていた事に覚悟の焦りは募る。
素早く教室の机を並べ、斗貴子を横にさせ彼女の身体に手を掛けようとする覚悟。

「おーい、そろそろいいか? 入るぞ……ん?」
「…………どうした? 何かあったか……?」

そんな時、ドアを開け、パピヨンとアカギが教室に戻った。
直ぐに横たわる斗貴子を見つけた二人の表情には当然、驚きの色が見える。
覚悟の元へ駆け足で近づく二人。

「真に申し訳ない! 実は――」

やはりパピヨンとアカギは斗貴子の身を案じていた事に嬉しさを感じながら、覚悟が口を開く。
自分が斗貴子とどんな話をし、彼女がどんな行動を取ってしまったかについてを。

「――以上だ。仔細無く眼を覚ましてくれればいいが……私は津村さんに無要な恐怖を与えてしまった。私は未熟だ……」

事の詳細を全て話しきった覚悟が口を開き、項垂れる。
真剣な表情で聞いていたパピヨンとアカギ。
覚悟の話の途中に口を挟む事なく、表情もあまり変化せずに二人は聞き入っていた。
その無言が自分の行動を戒める事を、暗に意味しているのではないかと覚悟は思い始める。
そもそも一度説得に失敗し、あまつさえ騙し打ちをしてしまった自分。
そんな自分は斗貴子と必要以上に関わるべきではなかったかもしれない。
だが、覚悟の両耳に思いがけない声が入る。

「気にするな。いずれこの女は思い出さなければならん。寧ろ、葉隠、お前の行動は賞賛に値する」
「ああ……お前はよくやった、ベストの手ではないかもしれない……だが、少なくともベターではある……俺はそう思う……」

依然、真剣な表情で覚悟へ賞賛の言葉を送るパピヨンとアカギ。
更に彼ら二人は片腕を覚悟へ伸ばしている。
その二人の行動が、自分に更なる友好を示していると見て取った覚悟の心が感動に呑まれた。

「かたじけない……! 貴方方の……貴方方のような人格者達と出会えたコトは一生の名誉だ!」

パピヨン、アカギという順で彼らの手を両手で握り返す覚悟。
その表情には喜び一色。
パピヨンとアカギの人柄に感動を覚えたため、一覚悟は一種の興奮状態にある。
そのため、握手に込めた力が少し強くなった事に覚悟は気付いていない。

「気にするな。この女はしばらくこのまま寝かしていれば、大丈夫だろう。それよりも――」

嫌な顔はせずに、あまり表情は変えずにパピヨンが口を開く。
何事か?と思い覚悟が耳を傾ける。
だが、パピヨンはそれ以上口を開こうとはしない。

「やってもらいたいコト……知ってもらいたいコトがある…………」

何故かパピヨンの言葉をアカギが続けたから。

◇  ◆  ◇

エリアD-4を、弾丸のように駆け抜ける影が一つ。
漆黒のライダースーツを纏った男、葉隠覚悟が疾風となり駆けていた。
学校を出る時、入り口の近くに一台の常用車を発見した覚悟だったが彼には運転は出来ない。
そもそも、覚悟には鍛え抜かれた両脚があるので特に意味を持たなかった。
そして覚悟が向う目的地はS-7駅。
そう。覚悟はパピヨンとアカギにヒナギク、村雨、かがみとの合流を即座に行うように頼まれていた。
元々、放送が終わった後にS-7駅で落ち合う約束をしていた覚悟とヒナギク。
かなり時間が遅れてしまっているため、覚悟は一刻も早く向いたかった。
また、川田の行き先も見失ったため、彼を追えば時間を無駄にする可能性もある。
そのため、パピヨンとアカギの提案を覚悟は快く了承した。
斗貴子の様子が少し気になったが、パピヨンの言った言葉。

『この女は俺達に任せておけ。警戒を強め、外部からの侵入は鼠一匹も許さん』

信頼に足る人物、パピヨンの言葉に覚悟は深い安心感を覚えた。
更に学校にはケンシロウ、愚地独歩という男もやってくるらしい。
パピヨンが持つ詳細名簿で、容姿、生い立ちに眼を通すかぎりでは十分過ぎる程信用に値した。
そもそも、パピヨンとアカギの協力者という時点で、覚悟には彼らの人柄を疑う余地はない。
そして、覚悟はパピヨンから衝撃的な話を聞いていた。

「すまんパピヨン殿……貴殿も必死に思いを耐えていたのか。それを知らずに私は川田のコトを……。私があの時、川田を止めていればあんなコトには……」

川田のハルコンネンの砲撃によって崩壊した職員室を案内された覚悟。
そこで覚悟は見てしまった。理解してしまった。
思わず鼻を摘みたくなる様な異臭。
瓦礫の山々の随所に姿を見せていた赤黒い肉片。
衝撃により引き裂かれ、辺りに散乱した青い髪の毛。
つかさの友人、そしてパピヨンの同行者であった泉こなたの死。
しかも川田の襲撃のせいで、こなたが死んだという事実は覚悟の心を激しく動揺させた。
こなたが最期の時に感じた恐怖を伴う痛み。
パピヨンが川田の事を擁護する自分の話を、どんな気持ちで聞いていたか。

「川田……お前は、お前は愛するつかささんの友人を……彼女の想いを踏みにじってしまった! 今のお前に私はかけてやる言葉すら浮かばない……」

心の中で覚悟は涙を流す。
きっと川田は自分が誰を殺したかをわかってはいない。いや、わかるはずもない。
だが、川田がこなたを、つかさの友人を殺したという残酷な現実は消えない。
その事実の鎖が知らず知らずの内に、川田の全身に巻き付いている事に覚悟は悲しみを見せる。
だが、今は悲しみに打ち震え、脚を止めているわけにはいかない。
覚悟には、未だ待っている人々が居るから。

「アカギ殿に託されたこの核鉄。ヒナギクさんか柊かがみさん、もしくは別の牙無き人。
彼らに託すまでは……私に停止する意思はない!
アカギ殿が私を信じてくれた想いは無駄にはできん!」

また、覚悟はアカギから核鉄、シルバースキンの核鉄を預かっていた。
幼き頃から零式防衛術を学んでいた覚悟にとっては、己の身体があれば戦闘に十分。
そのため謹んで拒否しようした覚悟だったが、アカギの言葉により覚悟は核鉄を預かる事になった。

『あんたのためじゃない……あんたが守りたいヤツに……力を願っているヤツに与えてくれ……。これ以上……後悔しないようにな……
あんたは信用できる……』

自分の身よりも、他の人のために武器と成りうる核鉄を差し出す。
いくらパピヨンという仲間が居ても、自分の武器を出会ったばかりの人物に渡す行為。
アカギのその行動に覚悟は深く感動を覚え、しっかりと核鉄を受け取った。
そして覚悟は更に確信した。
パピヨンとアカギはやはり信頼に足る人物であるという事を。
彼ら二人はこの殺し合いを行った主催者達、BADANとの来るべき決戦に必要な人物。
その認識は揺るぎようが無い。
最早、覚悟にパピヨンとアカギの人間性を疑う余地は微塵も無い。

「この葉隠覚悟! 今は只、無心のままに疾風となるのみ――」

だから覚悟は走り続ける。
自分を待っていてくれる人、自分を信じていてくれる人。
彼らの想いを勇気の象徴、胸の逆十時に燃えたぎらせながら――

「覚悟完了! 当方に抵抗の意思あり!!」

BADANへの抵抗を誓いながら、覚悟は走り続ける。


【D-4とE-4の南部境界 二日目 深夜】

【葉隠覚悟@覚悟のススメ】
[状態]:全身に火傷(治療済み) 胸に火傷、腹部に軽い裂傷。頭部他数箇所に砲弾による衝撃のダメージあり
    胴体部分に銃撃によるダメージ(治療済み) 頭部にダメージ、
    両腕の骨にひびあり、核鉄の治癒力により回復中
[装備]:滝のライダースーツ@仮面ライダーSPIRITS(ヘルメットは破壊、背中部分に亀裂あり) シルバースキン(核鉄状態)
[道具]:大阪名物ハリセンちょっぷ
[思考]
基本:牙無き人の剣となる。この戦いの首謀者BADANを必ず倒し、彼らの持つ強化外骨格を破壊する。
1:川田を説得する。
2:S7駅に向かい、ヒナギクたちを待つ。その後、学校へ戻りパピヨン、アカギ、斗貴子と合流する。
3:シルバースキンを力なき人に与える。
4:斗貴子を牙無き人々の一人と見なし、守る。

【備考】
※パピヨンの詳細名簿からケンシロウ、独歩の情報を得ました。
※こなたの死を知りました。それが川田のせいである事も知っています。
※パピヨンとアカギを全面的に信用しています。
※神社、寺のどちらかに強化外骨格があるかもしれないと考えています。
※主催者の目的に関する考察
主催者の目的は、
①殺し合いで何らかの「経験」をした魂の収集、
②最強の人間の選発、
の両方が目的。
強化外骨格は魂を一時的に保管しておくために用意された。
強化外骨格が零や霞と同じ作りならば、魂を込めても機能しない。
※2人の首輪に関する考察及び知識
首輪には発信機と盗聴器が取り付けられている。
首2には、魔法などでも解除できないように仕掛けがなされている
※2人の強化外骨格に関する考察。
霊を呼ぶには『場』が必要。
よって神社か寺に強化外骨格が隠されているのではないかと推論
※三村とかがみについて
三村の吹き込んだ留守禄の内容を共有しています。
かがみと三村に対してはニュートラルなら姿勢です。
とにかくトラブルがあって、三村がかがみを恨んでいると事実がある、
とだけ認識しています。

※BADANに関する情報を得ました。
【BADANに関する考察及び知識】
このゲームの主催者はBADANである。
BADANが『暗闇大使』という男を使って、参加者を積極的に殺し合わせるべく動いている可能性が高い。
BADANの科学は並行世界一ィィィ(失われた右手の復活。時間操作。改造人間。etc)
主催者は脅威の技術を用いてある人物にとって”都合がイイ”状態に仕立てあげている可能性がある
だが、人物によっては”どーでもイイ”状態で参戦させられている可能性がある。
ホログラムでカモフラージュされた雷雲をエリア外にある。放電している。
 1.以上のことから、零は雷雲の向こうにバダンの本拠地があると考えています。
 2.雷雲から放たれている稲妻は迎撃装置の一種だと判断。くぐり抜けるにはかなりのスピードを要すると判断しています。
※雷雲については、仮面ライダーSPIRITS10巻参照。




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