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mangaroyale

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乱 ◆hqLsjDR84w



 バトル・ロワイアルの会場に放送が鳴り響いてから、五分が経過する。
 迫る物体に稲妻を放つ迎撃装置に守られし、バトル・ロワイアルの会場の遥か向こう側に存在するBADANの砦。その一室、薄暗い部屋。
 そこで顔面を伝う冷や汗を拭う余裕すらないほどに、焦りを募らせている男が一人。
 伊藤博士と呼ばれている、BADANの研究者だ。
 ちなみに、バトル・ロワイアルの参加者に嵌められた首輪の構造を発明したのは、彼とその部下達である。
 まあ、それを可能にしたのは、BADANの持つ最先端のさらに上を行く技術なのだが。
 その技術を使いこなし首輪を作り上げたというのは、大いに評価されてしかるべきであろう。

 さて、そんな彼が焦っている理由だ。
 それは、彼の眼前にあるPCのモニターに映るオンライン雀荘サイト。
 彼はそのオンライン雀荘サイトのチャット機能を使い、名も知らぬバトル・ロワイアルの参加者にBADANの内部情報を暴露していた。
 放送前のドサクサに紛れて、だ。
 放送の一分前に、相手は放送が近いことを理由にチャットを中断した。
 伊藤博士は、放送が終わり次第チャットを再開するつもりであった。
 放送直後もBADANの砦内は数刻の間慌しいので、数分ならチャットは可能だと考えたのだ。
 しかし放送後五分が経過するが、相手からの反応はない。

(さすがにこれ以上はまずい……か)

 伊藤博士は一瞬だけ虚空を見据えると、すぐさまPCをシャットダウンさせる。
 彼の休み時間は、本当はあと一時間五十五分――午前二時まであるのだが、チャットを続けることはしない。
 そもそも放送前のドサクサに紛れて、その間だけチャットを行うはずだったのだ。
 なのに放送後五分間オンライン雀荘サイトを開き続けていたのは、放送後も慌しいことに気付いたからだ。
 しかし、その慌しい時間もあと十分ほど。それより時が経てば、慌しい状況はどんどんと終息していく。
 その時が来て、放送後のてんやわんやが落ち着くよりも早くこの部屋から出るべきだ。
 そう判断し、PCをシャットダウンさせたのだ。

(さて。休み時間はまだあるが、どうするか)

 先程までチャットに勤しんでいた部屋から、そそくさと退出した伊藤博士。
 これからどうするかを考える。
 へまはしていない筈だが、もしチャットのログを見られれば一巻の終わり。
 自分だけでなく、情報を伝えた参加者もただではすまないだろう。
 そう考えた伊藤博士は、決して怪しまれることのない行動を今から取るべく、脳をフル回転させる。

 もう一度言うが、伊藤博士は首輪の構造を提唱した一流の上を行く研究者だ。
 首輪に組み込まれし、スタンド適正付与装置。そしてエネルギー抑制機能。
 この二つは大首領が、その未知のパワーで作り出した物だ。
 とはいえその二つに加えて、爆薬とそれを起爆させる装置。盗聴器。首輪の場所を認識するためのGPS。
 それら全てを組み込みながら、嵌めていても行動に支障がないほどの軽量化を可能としたのは、紛れもない伊藤博士の頭脳!
 三度目になるが、言わせてもらおう。伊藤博士は、一流の研究者である!
 はたしてその一流の研究者が、暫し思案を巡らせて見出した結論とは――!

(仕事場に戻りたいが、とりあえず休み時間が終わるまで部屋で大人しくしているか……)

 自分の部屋で大人しくしている、以上。
 …………天才の導き出した結論が、いつも他人の予想と食い違いとは限らないようである。

 休み時間が終了するより少し前に、伊藤博士は仕事場へと戻る。
 彼の仕事場には、彼と同じ研究者が他に数人いる。
 その中で最も権威があるのが、伊藤博士なのである。
 伊藤博士が戻ってきたのを確認すると、研究者のうちの一人が伊藤博士に一礼、部屋から出て行く。
 そこにいた全ての研究者は伊藤博士に挨拶をすると、再び視線を机の上に戻していた。
 それを見て、伊藤博士は安心する。
 普段から一緒にいる部下達も決して怪しむことない、普段通りの自分を演じることに成功している――と。
 そう考えたからだ。


 少し前、エンリコ・プッチのいる部屋から退出し、私の一部を埋め込んで創世した者達の部屋へと向かった。
 理由などない。ただ、暇を潰すことだけが目的。
 このプログラムが始まった当初ならば、エンリコ・プッチから目を離さぬ為に、この程度の理由で部屋を出て行くなどしなかっただろう。
 だが、奴がこちら側に回ったことは明らかだ。
 事前の情報では、奴は参加者の一人であるDIOに心酔していたらしい。
 それが今では、その心酔の対象があの方へとなり変わっている。
 DIOが死したと告げても何ら変化が無かったのが、その証明となる。
 いや、それだけでは演技の可能性があるが……その可能性は皆無といっていい。
 何故か――演技では出来ぬことを、奴がやってのけたからだ。
 私は先程の放送の少し前、怒りに本来の目的を失念し綾崎ハヤテを殺害しようとした。
 その私を奴――正確には、奴が操るスタンド――が止めたのだ。
 一瞬でも遅ければ、奴のスタンドは綾崎ハヤテとともに消滅。奴自身もフィードバックするダメージにより、塵となっていただろう。
 しかし、奴は綾崎ハヤテを救出した。
 理由を尋ねたら、奴は答えた。本来の目的の為と。
 BADANの、あの方の目的の為に、奴は少し間違えれば命を捨てることになる行為をしたのだ。
 故に、判断した。
 ある程度は、信用してやってもいい――と。
 奴にはそんな素振りは見せんがな。

 暫く経ち、私の――暗闇の子達の部屋から戻ると、少しエンリコ・プッチと言葉を交わし、イヤホンを装着した。
 参加者共の阿鼻叫喚を聞いてやろうと思っての行動だ。
 特に何も考えずに、流れてくる音を耳を澄ましていた。
 するとあまりにも、少し興味深い言葉が聞こえてきた。

『この弱者が優勝しやすい状況……強者が協力しやすい状況……どう考えても強者を選定するのに向かない……』

 私はイヤホンに目を向け、チャンネルを確認する。
 どの参加者の声が聞こえようとどうでもよかった為に気にはしていなかったが、チャンネルは01番にセットされていた。
 01番――記憶を辿れば、その番号の首輪を装着しているのは『赤木しげる』。
 情報によれば、虫けらの分際でわりと頭脳が働くらしい。
 下らないと一蹴しても構わなかったが、することもないので耳を貸すことにした。
 探知機――首輪より送られる電波をキャッチして、首輪の場所を映し出す――を見れば、赤木しげるのいるのは学校。蝶野攻爵と共にいるようだ。
 それにしても、もはや移動をする首輪も十四個のみ。他は機能を停止したらしく、反応はするも微動だにしない。また、幾つかは起爆したらしく、反応すらしない。
 予想よりもハイペースだな。
 そんなことを考えてモニターを操作するも、室内にいるらしく姿は見えない。
 まあ、盗聴器があるから構わんか。
 そう思い、再び耳に意識を集中すると、あまりに意外な言葉が耳を掠めた。
『クク……正しくは強者を選定したかったのだろう……主催者以外のBADAN勢がな……。
 実際そうなのだろ? 名も知らない……主催者さん』

 主催者に対しての言葉、だと?
 まさかこの男、盗聴器に気付いているのか?
 探知機やモニターに意識を取られ、その前の会話を聞き流していたことを悔いる。
 これからの会話は、一瞬たりとも聞き逃してなるものか。会話の内容によっては――
 そう思った瞬間だった。
 音がした。例えるなら、空間が歪むような。
 そしてその音には、聞き覚えのある。

 ――まさか。

 ありえない可能性が、脳裏に過る。
 そんな事態は起こらないはず。そう思うも、ついモニターに目を向け、そして驚愕した。
 学校の窓より漏れるあの神々しい黄金色は、そして今しがたイヤホンより伝わった脊髄に電撃が走るかのような刺激的な声は――!
 今すぐに会場に向かいたい衝動に駆られる。
 しかし、それを諦める。
 ただ、忠誠心故に。あそこに光臨なさった、あの方への忠誠心故に!!
 私があの場に向かい赤木しげるを殺害すれば、本来の目的を見失っているのと同じだ。
 綾崎ハヤテの時と何ら変わらない。
 あの方の期待を裏切るわけには、いかん!!

 暫し、あの方と赤木しげるの会話が続く。
 赤木しげるが喋る度、無礼な口調にカチンと来るが、怒りを忠誠心で抑える。
 もとより、あの方は気まぐれなお方。
 今回もただ遊んでおられるのだ。
 それにしても、赤木しげるよ。
 貴様の考察は、ことごとく外れている。見当違いも甚だしい。
 あの方の存在まで気付き、あの方の能力を強大だと判断したところまでは素晴らしい。
 しかし――――あの方が飽いている? そんなワケがない。
 あの方は、大いなる目的の為に動いているのだ。
 それが何故飽くことになろう?
 所詮、虫けらの頭脳などこんなものか。

『誰がこようが……誰が優勝しようが……いや、脱出しようが……お前は構いやしない。
 ただその渇きが……飢えが満たせれば……それでいい……。
 だが、それは無駄だ……JUDO…………!!』

 無駄だと……!
 大首領の行動を無駄と言ったかッ。
 勝手にあの方の目的を履き違えた考察をし、勝手にあの方を愚弄するなどッ!
 さらにはあの方の名を呼び捨てに……ッ!!

『お前は俺と同類だ……』

 ブチィィン。
 何かがキレる音が、『俺』の頭の中で響いた。
 さんざん下らぬことをほざいたと思えば、貴様とあの方が同類だと?
 巫山戯た事をッ!!
 今からそちらに向かって貴様を縊り殺してやりたいが、さすがにそれは自粛する。
 しかし、それは貴様を許したからではないッ!!
 今俺がそこに向かえば、怒りに任せて貴様の近くにいる蝶野攻爵をも手にかけてしまいそうだからだッ!!
 蝶野攻爵はその能力を考慮すれば、ボディになりうる可能性を秘めている。
 故に、殺してはならない。
 あの方の姿を見てしまったのは気になるが、その程度でどうにかなるほど我が組織はぬるくはない。
 しかし、赤木しげる! あの方に嘗めたことをぬかした貴様の命は、無いッ!!!
 イヤホンを抜くと、すぐに向かう。
 全速力で首輪の起爆装置のある部屋へと。


 伊藤博士が仕事場に到着してから、さらに数時間が経過した。
 いつもと変わらぬ様子で接してくる部下達に、伊藤博士はすっかり安心しきっていた。
 このまま『普段通り』を演じられると。

 ――故に、次の瞬間、異常なまでに驚くハメになる。

 バァァンッ。
 轟音とともに、伊藤博士の仕事場の扉が宙を舞う。
 扉が蹴破られたということに研究者達が気付いたのは、扉が床に落下して鈍い音を立てたときだった。

「えっ!?」

 驚嘆の声をあげる研究者達。
 それもそのはず、扉を蹴破った男の正体が――――BADANのNO.2と名高い、暗闇大使だったのだから。
 さらに言えば、明らかに抑えきれぬ怒りを顔面に表している状態の。

「伊藤博士、ついてこいッ!」

 驚く研究者達などそこらに転がる石ころのように無視し、伊藤博士の前まで歩んでくる暗闇大使。
 それに対し、伊藤博士はパクパクと飼い慣らされた鯉のように口を動かしていた。
 あまりの驚愕の為に腰を抜かしたのか、床にしりもちをついている。

「来いと言っている!!」

 異常なまでに驚いている伊藤博士を暗闇大使は一瞥すると、伊藤博士の右足を掴んで持ち上げる。
 そしてそのまま伊藤博士を引きずって、暗闇大使は走り出した。
 暗闇大使の表情を一言で言い表すのなら、憤怒という言葉以外に見当たらぬほどに、激昂しているのは明らかであった。
 引きずられていく伊藤博士を見て、そこにいた研究者は皆同じことを考えた。
 ――ああ、伊藤さん、死んだな。
 彼等は、決して伊藤博士をどうでもいいと思っているのではない。むしろ尊敬している。
 しかしそれでも、彼らの瞳に映った暗闇大使の表情を思い出すと、伊藤博士が死ぬヴィジョンが勝手に脳内に浮かんできたのだった。
 それ故に、彼等はどんどん小さくなっていく伊藤博士の姿に、両の手を合わせた。


 まいった。
 何故かは分からないが、バレてしまったようだ。
 いやはや、正直うまくいったと思っていのだが。
 もしかしたら、目撃者がいたのだろうか?
 しかし、その場で殺されるかと思ったが、どこへ連れていかれるのだろう。
 いい加減、引きずられるのも痛い。いや、どちらかといえば熱い。摩擦で。
 名も知らぬバトル・ロワイアルの参加者よ、私のせいで危害が及ぶかもしれない。
 許されるとは思わないが、言わせてくれ。すまない。

 ズガン。

 頭部に衝撃。目の前に光が走ったような錯覚に襲われる。
 やっとこさ冷静になって気付く。
 それまで引きずられていた私は投げられ、その勢いで壁にぶつかったのだ。
 首を捻り、周囲を確認する。
 ここはバトル・ロワイアル開始の際に、哀れな老人――徳川光成が参加者にルール説明を行った部屋だ。
 こんなところに呼び出して一体何をする気なのか……
 まあ、最終的には殺されるのだろうが。

「どういうことだ」

 理由を尋ねる――か。
 そうか。
 BADANに背いた理由を知りたかった為に、あの場で殺さなかったのか。
 しかし、あまりにも意外だ。
 こういう場合、すぐさま息の根を止められるか、極力苦しい思いをさせて殺していくと思っていたのだが。
 考えている間に、暗闇大使はイヤホンを取り出すと、再び口を開く。

「首輪の起爆スイッチは押したし、このイヤホンからは電子音が聞こえていた。
 貴様の説明ではスイッチを押してから三十秒で起爆するはずだが、未だ爆破音が聞こえん。
 さらにどういうことか、何の音も聞こえなくなってしまった」
「……はい?」

 首輪が爆発しない? ……何を言っているんだ?
 私は首輪を嵌めていないぞ?
 そもそも一般人にすぎない私を殺すのに、力を制御する必要も、首輪を爆破させる必要もないと言ったのはそちらだろう。
 意味を尋ねるか? それは怒らせることにしかならないのではないか?
 いや、もはや遅い。既に知られてしまっているんだ。
 尋ねてしまえ。

「すまない。何を言っているのか分からない。一から説明しては、くれないか?」
「虫けらどもが情けなく抗う声を聞こうとイヤホンを取り出し、偶然チャンネル一番目の赤木しげるという――――」

「――――以上だ」

 ……そういうことか。
 つまり、『私は関係ない』ということか。ひとまず安心だ。
 この部屋につれて来たのは、ここに起爆スイッチがここにあるからという理由か。
 つまり、ここで『ルール説明を行ったのと同じ理由』というわけか。
 しかし爆破音がしない?
 そんなはずがない。
 しかし、イヤホンを借りてみれば、確かに首輪の機能――死亡と同時に、GPSを除く全ての機能がオフになるようにしてある――は停止している。
 ……待て。まさか先程解除方法を教えた参加者では……?
 とりあえず、原因究明にはさらに詳しい説明が必要だ。
 その旨を伝えると、暗闇大使はさらに細かく説明してきた。
 これでもしチャットの相手の可能性があれば、私はどうするべきか――

「赤木しげるの前に、あの方が現れたのだ」
「なに……?」
「室内だったが、衛星カメラから見れば、神々しい金色の光が外漏れていた。確実だ」
「しかし、何故――」

 『何故、首輪を爆破させようとしたのか』
 それは単純に疑問だった。故に、尋ねようとした。
 しかし、その時、邪魔が入った。

「取り込み中すまないが、暗闇大使に大事な話があるのだが」

 声がした方を見れば、暗闇大使の部屋にいる神父がいた。
 名は、エンリコ・プッチ。スタンド使いだ。
 彼の能力が大首領に気に入られたらしく、BADANに忠誠を誓ったためにBADAN内部にいるらしい。
 肝心の彼の能力は知らないが。
 エンリコ・プッチが暗闇大使を連れて行ってしまったために、暫し暇になるも、すぐさま暗闇大使は戻ってきた。
 どうやら話を適当に切り上げてきたようだ。

「先程言おうとしていたことの続きを言え」
「あ、ああ。何故、首輪を爆破させようとしたんだ?
 大首領が外に現れたんだろう? 君達はそれを望んでいたのではないのか?」
「そんなことか。あの方が現れたとはいえ、それは実体ではない。
 首輪を爆破させようとしたのは、赤木しげるがあまりにあの方を愚弄するからだ。奴とあの方が同類などと……ッ!」

 暗闇大使の浮かべた怒りの形相に、思わず後ろに下がってしまう。
 今になって、再認識した。
 この男の大首領への忠誠心は――――異常だ。
 しかし、やはり疑問が浮かぶ。
 何故爆破しなかったのか。
 また、何故爆破しなかったはずなのに、首輪の機能が停止しているのか。

「あの方も同意見だったらしい。
 爆破音は聞こえなかったが、最後にイヤホンからあの方の声が聞こえた。
 『黙れ』と、赤木しげるに対して言い放っておられた」

 ちょっと待て。

「まさか、大首領がそう言った直後に、音が聞こえなくなったのではないか?」
「ああ、そうだ。何か分かったか」
「大首領は実体ではないとはいえ、参加者一人くらい殺せたりするか?」
「無論だ」

 ……そりゃあ、爆破音が聞こえないはずだ。

「おそらく首輪が爆破する前に、赤木しげるは死んだのだろう。」
「どういうことだ」
「前も説明したように、嵌めた者が死亡すれば、首輪の機能は停止する。
 だから、首輪が爆発しなかったんだ。首輪の爆発より先に、『大首領が』赤木しげるを殺害したのだから。」
「……クッ、クハッハッハハッ!!」

 私が言い終えてから数秒経って、暗闇大使が笑い出す。
 さも愉快そうに、愉悦の極みと言わんばかりの表情で。

「そうか、あの方直々に手を下したということなのだな?
 そうだな。確かによく考えれば、首輪の反応がなくなったということは、息絶えたって事ではないか!!
 ククッ、クハハッ、ハハハッ、ハハハハハハハハハァーーーーーーッ!!!」

 高笑いしながら「もう戻っていい」とがけ私に言うと、暗闇大使は、自分の部屋に戻っていった。
 またしても、死者が出た。
 それも、大首領がバトル・ロワイアルの会場に現れ、直々に手を下すほどの男が。
 それほどの男が死に、私が生きている。
 BADANに協力することで生きながらえている。
 ……仕事場に戻ろう。



 部屋に戻り、探知機を手に取る。
 見てみれば、やはり首輪番号01――赤木しげる――の反応はあるが、微動だにしない。
 生きていながら、微動だにしないということはありえない。
 虫けらであるならば、それこそ確実だ。
 要するに――奴は死亡し、首輪が機能を停止したということになる。
 やはり、伊藤博士の考えがしっくりくる。

 しかし、何故あの方は赤木しげるの言葉に途中まで耳を貸したのか……――――

 分からない。
 あの方は何を考えておられるのか。
 全てをおっしゃってくれる日は、いずれ訪れるのだろうか。

『クク……正しくは強者を選定したかったのだろう……主催者以外のBADAN勢がな……』

 不意に脳裏を過る赤木しげるの言葉。
 何故あんな戯言を思い出しているのか。
 すぐさま、それを脳内から消し去る。
 虫けらの言葉を気にするなど、私らしくもない。
 しかし、少しだけ気になる。
 BADAN――即ち私と、あの方の目指すところが違うのではないかと。
 もしかしたら赤木しげるの言うように、あの方は強者など――

「――――ッ!?」

 今、私は何をしていた!?
 あんな、かつて歯牙にもかけたこともない虫けらの言葉に、『流されて』はいなかったか!?
 そんなことはありえない。まさかこの私が虫けらなどに、心を掻き乱されるとは。
 つうと、冷や汗が額を伝ったのを感じた。
 唐突に、一瞬だけ思ってしまった。
 赤木しげるのような男がBADANに対抗できるほどの――仮面ライダーのような――異能を持っていなかったのは、幸運だったかもしれない。
 そう、思ってしまった。

「放送が終わり次第、あの方と話さねばならないな……」

 そうだ。
 放送後、あの方に話を聞こう。
 無闇に詮索する気はないが、赤木しげるの元に現れた理由と、暫く赤木しげるの戯言を聞いていたのに結局は殺害した理由。
 せめてそれくらいは、教えていただきたいものだ。



 仕事場に戻ると、部下達は大いに驚いていた。
 中でも私を慕ってくれている三井君と牧村君には、泣かれてしまった。
 確かに、暗闇大使に連れて行かれたのだ。
 それは、私が生きて帰ってくるとは思わなかったことだろう。
 私だって、あの時は殺されると思っていた。
 仕事に戻ろうとしたが、三井君と牧村君に『体を休めてくれ』と嘆願された。
 命は残っているものの、何か拷問でもやられたとでも思っているのだろう
 あの剣幕の暗闇大使を見ているのだから、仕方がない。
 それでも仕事場に残ろうかとも考えたが、『普段通り』の私を演じねばならないことを思い出し、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
 そして今、私は自室に来ている。

 後頭部が疼く。
 目視できないが、手で触ることにより理解する。
 己の身に、何かしらの異変が起こっていることを。
 もう、私はBADANから逃れることは出来ない。
 そんなこと、ずっと前から分かっていたさ。
 今更逃げるなど許されないほどのことをしていた。もはや、逃げる気はない。
 しかし、ずっとBADANに尻尾を振って生き長らえていく気もない。
 自殺も考えた。
 現在――いや、バトル・ロワイアル開催を決定した頃から、BADANの砦内部には殆ど監視カメラも盗聴器もない。それを確認する人員が足りないからだ。
 だから、命を捨てようと思えば、いつだって捨てれた。

 されど、それは『逃げ』だ。
 己の罪を償うことを放棄し、死後の世界へと旅立つ。それは、『逃げ』にすぎない。

 その思いが私を引き止める。
 今回のあまりに無慈悲なプログラム――バトル・ロワイアルの話を聞いた時、踏ん切りがついた。
 私は支給品の配布を担当していた構成員の部屋に潜り込み、支給されるデイパックに本来支給するべきでない道具を幾つか紛れ込ませた。
 そして本来の支給品を、見せしめの少女の支給品ということにして、デイパックに纏めた。
 その時には自らに首輪を嵌め、『エニグマ』というスタンドを使用した。
 それが終わったら首輪は着脱し、取り外した首輪は自室の棚に隠してある。『エニグマ』は、元の場所に放置しておいた。
 監視や盗聴を確認する人員が少ないと知らねば、とても出来ないことだと思う。
 わざわざ危険な橋を渡ったのは、償いの為。無論、これで私の罪がチャラになるとは、思っていない。
 そもそも紛れ込ませた道具に参加者が気付こうと、ここに参加者が辿り着こうと、もし参加者が大首領を打倒しようと。
 それは、結局はその参加者の功績。私の手柄ではない。
 私の罪は償いきれる物ではないし、BADANが消えてしまえば私はどうなるか分からない。

 再び後頭部に触れる。
 奇妙な感触が指に伝わる。穴のような物が空いていて、そこを取り囲むように蠢く肉。血とも膿とも似つかぬ液体が、指に付着する。
 一体何をされたのか――分からない。恐らくは、私が理解出来る範疇を超えているのだろう。
 BADANにいない限り、私の命は長くない。


 だが――――貴様に屈辱を味わわせるくらいはしてみせるぞ、暗闇大使。


 暗闇大使、貴様が嵌めている首輪。
 貴様はかつて嵌めた首輪を指差して、私に尋ねたな。
 「この首輪には、起爆装置と制限装置はついていないのだな?」と。
 そして、私はこう答えた。
 「ああ、制限装置はついておらん。そして、起爆装置……ああ、ついていない」と。
 私は全く嘘をついていない。
 ただ、貴様が勝手に判断しただけなんだ。
 両方とも『付』いていないものだ、と。
 私は確かに制限装置は、『付』いていないと言った。その通りだからだ。
 しかし、起爆装置に関しては違う。

 ――『点』いていないと言ったんだ。

 それを貴様が勝手に、両方とも『付』いていないものと判断した。
 私は嘘を言っていない。
 起爆装置の電源が、『点』いていない。そういう意味を込めたが、貴様が勝手に勘違いしたんだ。

 その首輪は作るのに苦労した。
 スタンド適正付与装置、エネルギー抑制装置、起爆装置、盗聴器、GPS。
 その全てが、中に詰め込まれているのだ。
 あの大きさでギリギリだった。
 とはいえ火薬を限界まで詰めれば、吸血鬼やしろがねという異常な再生力と耐久力を持つ存在も、エネルギー抑制装置の働きもあり死に至らしめる事が出来る。
 それだけ貴様等BADANの技術力は凄まじいものだった。

 ところで、貴様の首輪には、エネルギー抑制装置も盗聴器もGPSも付いていない。
 付いているのは、スタンド適正付与装置。そして、電源の『点』いていない起爆装置。
 エネルギー抑制装置、盗聴器、GPS。その三つが抜ければ、当然その分スペースも空くものだ。
 その空いたスペースに限界まで詰め込んだ火薬が炸裂すれば、エネルギー抑制装置が作動していないとはいえ、いくら貴様でも結構なダメージを負うんじゃあないか?

 私は願っている。
 チャット相手へと伝えた情報が、私の紛れ込ませた支給品が、BADANに反旗を翻す意思を持った者の元に渡ると。
 その時だ。
 偉大な信念を持つ参加者が集い、ここに到着した時。
 暗闇大使と相対し、戦闘が始まった時。
 そして暗闇大使の首輪に攻撃――偶然だろうと、流れ弾だろうと、構わない――がヒットすれば、起爆装置が点いていなくとも、首輪内部の爆薬がその衝撃により起爆する。
 それでも暗闇大使の命はあるだろうが……、目前には反旗を翻した参加者がいる。
 彼等により、暗闇大使の命はすぐさま砕かれることだろう。

 しかしこの考えは、あまりにも希望的に見すぎている。
 そもそも、この場所にBADANに反旗を翻す意思を持った参加者が到達できるかも分からないのだ。
 私の流した情報と支給品があるとはいえ、そううまくいく確率は……それこそ微々たるものだ。
 その時は、暗闇大使。私が貴様の首輪に衝撃を加える。
 私が反抗するなど考えてもいないだろう貴様の首輪に触れる機会は、絶対にある。
 時が経てば貴様は再生するだろうが、吸血鬼すら殺すその首輪の爆発は、確実に貴様に与えるはずだ。
 たとえすぐさま私を殺そうと、永遠に心に残り続ける屈辱をな。

 覚悟はいいか、暗闇大使。

 ――――いや、ただ人間であることから逃げた男、ガモンよ。

【マップ外/BADANの砦内の自室 二日目/早朝】
【暗闇大使@仮面ライダーSPIRITS】
[状態]健康
[装備]エニグマのDISC@ジョジョの奇妙な冒険
[道具]不明
[思考・状況]
基本:大首領の命令のままに。
1:放送が終わったら、大首領と話す。ただし、無闇に詮索する気はない。
[備考]
※首輪をつけてます。
※ガモン大佐がつけている首輪には、エネルギー抑制装置、盗聴器、GPSが付けられていません。
※しかし起爆装置は点けられていませんが、付いてはいます。
※その為にスタンドDISCが使えます。
※プッチに大して少し不信感を抱いていたが、現在はある程度信用している。
※赤木しげるは、大首領により殺害されたと思い込んでいます。

【マップ外/BADANの砦内の自室 二日目/早朝】
【伊藤博士@仮面ライダーSPIRITS】
[状態]後頭部に異変、少し興奮気味
[装備]無し
[道具]無し
[思考・状況]
1:『普段通り』を演じる。
[備考]
※首輪をしていません。
※解除された首輪が、自室の棚に隠してあります。
※赤木しげるは、大首領により殺害されたものと判断しました。


【首輪について】
※エネルギー抑制装置 = 身体能力、異能力を弱体化させる装置。
 スタンド適正付与装置 = 嵌めた者を強制的に、全てのスタンドDISCに対する『適性』が存在する状態にする装置。
 起爆装置 = 爆薬を爆発させる装置。マップ外や禁止エリアに入った場合三十秒以内に安全地域に戻らねば、作動。また作動スイッチを押されれば、十秒ほどで作動。
 盗聴器 = 振動を計測。その振幅を変調・音声として出力させる。
 GPS = 上空の衛星に信号を送り、それを受信機で受け取ることで、現在位置を知るシステム

※上記の五つの装置に加え、爆薬が内蔵されています。
※能力制限装置は、制限する能力と制限の度合いを選択可能です。
※現在参加者に嵌められている首輪は、強者と弱者の格差をなくすように働いています。
※その為に弱者には軽い制限、強者には重い制限がかけられています。
※首輪が解除、或いは装着している者が死亡した場合、首輪はGPSを除く全機能を停止します。

【起爆装置作動スイッチについて】
※スイッチを押せば、十秒ほどで起爆装置が作動します。
※最初に徳川光成がルールの説明を行った部屋にあります。取り外し不可。あの場でルール説明を行ったのは、その為。

【イヤホンについて】
※チャンネルを合わせれば、その番号の首輪内の盗聴器が捉えた音が流れます。
※チャンネル01なら赤木しげる、チャンネル18なら愚地独歩と、チャンネルは名簿順です。

【探知機について】
※GPSより送られた信号を元に、首輪を装着した者の居場所を映し出します。
※空条承太郎に支給された探知機と原理は変わりません。しかし、索敵範囲がマップ全体です。



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