襲来!蝶男の帝王舞

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襲来!蝶男の帝王舞 ◆WXWUmT8KJE



 青から赤に変わる信号を潜り抜けて、ライトを光らせて走る影が一つ。
 白い車体に大型の巨躯を持つバイク、クルーザーは人を三人乗せているのにもかかわらず、風のような速さを持って道路を駆け続けていた。
 操る者の腕もある。クルーザーを駆るものは、元の持ち主、神敬介と同じ称号『仮面ライダー』を持つ男、仮面ライダーZXこと村雨良。
 彼の腕を持ってクルーザーを手足のように扱っていた。
 もっとも同乗者に気を使って、速度を落としているのだが。
「あの、急いでいるのでしたら、私に気を使わなくても……」
 後ろから声がかかり、キョトンとした状態で村雨は後ろを振り返る。
 視界に入るのは、すらっとしたスレンダーな肢体に、銀髪銀目の女性。
 整った美貌が人形のような印象を持つが、意思を持った瞳が『人間』であることを主張していた。
 まるで功を焦っているかのような彼女の声に村雨はフッと微笑んで答える。
「君に気を使っていなくても、かがみには気を使わないとな」
「……そういえば、そうでした。思慮が足りずに、申し訳ありません」
「き、気にする必要ないわよ。ね、ねえ村雨さん」
「ああ、そうだ。エレオノール、君が気にする必要はない」
 いまだに村雨の運転に慣れない、髪を二つに結い、巫女服で未成熟な肢体を包む少女、柊かがみが村雨に声をかける。
 もっとも、エレオノールを気遣ってのことだ。
 かがみは、一時期自棄になり、ジョセフや三村という男に迷惑をかけたという。
 かがみは負い目を感じているエレオノールにある程度共感しているのだろう。
 その気持ち、村雨も理解している。村雨は、かがみよりもエレオノールに近い。
 なぜなら、村雨は記憶のため、エレオノールは人間となるため、人を殺しているのだ。
 ゆえにこの場にエレオノールを責める者など、誰もいなかった。
 罪を背負った三人。
 その三人が同行することになったのは、神の悪戯か。


『それでは午前6時、5回目の定時放送じゃ』
 定時に現れる放送を前に、村雨はバイクを止めて二人に視線を送った。
 エレオノールとかがみの二人は無言で視線を送り返す。
 一旦バイクを止め、地図と名簿と筆記用具を取り出し、怒りに満ちた視線を天へと向ける。
 三人は死んでいった被害者たちを聞き逃さないと、しっかりと両足で大地を踏む。
『泉こなた』
 呼ばれた瞬間、かがみに肩がビクッと震える。覚悟していたとはいえ、かがみの中でこなたの喪失感が軽くなることはない。
 肩を震わせながら、かがみは気丈にも耐えた。
 この殺し合いで、何度も彼女の心を壊さんと攻め入った残酷な真実と戦い抜いた証だ。
 その様子に、村雨は安堵する。
『ケンシロウ』
 今度はエレオノールが沈む。村雨も彼の人柄を独歩に聞いただけだが、覚悟に負けないくらい勇敢な戦士。
 そして、エレオノールは彼に救われたと聞いている。
 村雨の気遣う視線に気づき、彼女は強い光を持った瞳で視線を返す。
 とりあえずは、信用しよう。村雨はそう決めて、次の名前を待った。
『劉鳳』
 村雨の眉が、ピクリと動く。記憶を失い、暴走する村雨を止めようとした正義感の強かった青年。
 神社で見た彼の死体を思い出す。もう、自分は彼に詫びて、殴られることもない。
 そのことが無性に悲しかった。
『ラオウ
範馬勇次郎』
 強敵だった。ラオウはハヤテを殺した相手だが、どこか尊敬できる敵であった。
 そして、範馬勇次郎。今でも勝てたことが不思議な相手。
 散や本郷、ハヤテの力を借りなければ、勝つことはなかっただろう。
『川田章吾
赤木シゲル
以上十一人』
 呼ばれた名前に三人は丸くする。先ほど呼ばれた津村斗貴子を含め、向かっていた学校の目的の人物のうち、パピヨンを除いて死亡したのだ。
 どういうことか、疑問を持つ。
 川田が襲来して赤木、津村斗貴子が死に、パピヨンが迎撃した、という流れが自然であるのだろう。
 しかし、三人は不安に包まれた。
 聞こえてくる禁止エリアを書き込み、まとめるように村雨が二人を見回す。
「とりあえず、学校へ行ってパピヨンに会おう」
「でないと、判断しようがないもんね……」
 かがみの同意を耳に、村雨はクルーザーにまたがって二人に乗るように促す。
 再びクルーザーを風と化すが、不安が黒い墨汁の染みのように村雨に広がっていく。
 肌に感じる風の温度が、冷たくなっていく感覚を村雨は覚えた。


「着いた……」
 村雨が呟いて、クルーザーを校門の前でアイドリングを続ける。
 舞い上がる土埃。吹き荒れる風に、硝煙の臭いが混ざっていた。
 校舎には焼け焦げたあとが痛々しく残っている。グラウンドにも、激戦の跡が見てとれた。
 ここで、戦いがあったのは確かだ。
 川田と、それ以外の人物の戦いだろうか? 答えを求めるため、村雨はバイクを降りる。
 目線で二人に隠れているよう指示するが、二人は首を横に振った。
 とっくに覚悟ができているというのだろう。罪悪感を抱えているエレオノールはともかく、かがみの態度に村雨は驚く。
「かがみ……」
「ごめんなさい、村雨さん。ここでこなたは死んだの。だから……ここでだけは退けない。
死んだこなたに、生きている私は大丈夫だって示したいの。
それに、ここに残っているパピヨンさんって人はこなたと仲良くしてくれたって聞いた。
夢でこなたがパピヨンさんに迷惑をかけてばっかりだったことを悔いていた。私は、パピヨンさんを信じたい」
 村雨は目を丸くする。かがみはしっかりとした意思を持って、立っていた。
 今の彼女を止めるには、気絶させるくらいしか手はないだろう。なるべく、危険な道は行かせたくないが。
「問題ありません。村雨さん。二人は後ろに下がってください。このしろがねが盾となって二人をお守りします」
「「駄目に決まっている(でしょ)!!」」
 エレオノールの提案を二人は同時却下する。
 仲間を盾にするなど、とんでもない提案を受理する二人ではない。
 全力で否定されて、エレオノールがシュンとする。あまりの落ち込みぶりに村雨はかがみと顔をあわせた。
 何かしら、役目を与えたほうがエレオノールのためになるかもしれない。
 村雨は再度、エレオノールへと視線を動かす。
「ならエレオノール、君は最後尾、殿を頼む。背後から敵に教われないように。
いつ、バダンの連中が追っ手を差し向けてくるか、分からないしな」
「はい! 私にお任せください。背後の敵はいかなるものだろうとこのエレオノールとあるるかん。
そして…………」
 武装錬金とエレオノールが呟いた瞬間、エンゼル御前が姿を見せる。
 トゥ、と勇ましく格好をつける御前の姿が、微笑ましく思わずかがみと笑顔を交わす。
「呼んだか? エレノン」
「ええ、私たちが役に立つ日が来ました」
「よっしゃ、俺も力を貸すぜ。お前らも大船に乗った気分で、安心しろよ!」
 小さな胸をポンとたたいて、むせる御前を尻目に、村雨が最前線に立って進む。
 ちょうど、戦闘力の皆無なかがみをはさむ陣形だ。慎重に足を進める三人と+1を前に、校舎より人影が現れる。
 陽光に姿をさらした男は、ぴっちりした黒いスーツに、蝶マスクをつけた男、パピヨンであった。
 首を見つめると、彼を拘束していたはずの首輪がない。
「パッ…………ピー?」
 御前が疑問をぶつける。それもそうだ。村雨の肌が粟立つ。
 かがみが不安げに村雨の袖をつかんだ。エレオノールがいつの間にか、村雨と肩を並べて警戒をしている。
 その三人と+1を前に、パピヨンは笑った。

「なぁんだい? 御前」

 ニタァ……と、粘りつくような闇と共に、パピヨンが笑顔を作る。
 まるで、黒い太陽のような、笑顔を。


『以上十一人』
 天より振ってくる忌まわしい老人の声を聞き流しながら、パピヨンは偽装の解けた自らの首輪に工具を差し込んだ。
 ピン、と軽い音を立てて、パピヨンを縛っていた首輪が飛んでいく。
 もはや効力を失った首輪をパピヨンは醒めた目つきで見下ろし、デイバックを手に武道館を後にする。
 今の自分に必要な首輪は、いや爆薬の無効化された元首輪は一つで充分だ。
 分解し終えた後爆薬を無効化するのは簡単だった。
 それほど、首輪の爆薬は単純な構造だった。これはワザとだ。
 スタンド制御装置、そして分解して分かったが、もう一つの装置と比べて、首輪についている爆薬はごく単純な構造だ。
 首輪の外観を空けて、爆薬と起爆装置が一体化しているブロック部品の電源をオフにするだけでいい。
 これで、GPS、起爆装置、盗聴器、生存感知装置の機能が停止する。しかし、他の装置は電源以外のエネルギーを得ているらしく、起動中だ。
 簡単すぎる爆発の無効化。各制御装置と比べて、あまりにも稚拙な技術。
 パピヨンはバダンの裏切り者が相当な地位を持つ科学者であると推察する。
(とはいえ、俺がすることは変わらないな。まあ、伊藤博士だっけか? この技術力を持つなら、いい部下になれそうだ)
 パピヨンは鼻を鳴らして、神棚に背を向ける。手に持った黒い核鉄が熱い。
 肉の塊となった川田が視界に入るが、パピヨンは何もないように通り過ぎた。

 ―― 人としての俺はおいてきたかい?

(ああ、おいてきたさ。もはや俺の名を呼ぶ男との決着など、色褪せた。未来が分かりきってしまったからな。
もう、俺の名を『愛を込めて』呼んでくれる者など、いなくなった)
 まっすぐ歩くパピヨンの視線にブレはない。
 この言葉、昔はよく聞こえてきたはずだった。武藤カズキと出会い、聞こえることが少なくなった声のはずだった。
 こなたが傍にいてくれたときは、聞こえなかった声。今は、クリアに聞こえてくる。
 そう、蝶野攻爵の声が。

 ―― そうか、安心したよ。さあ、行こう。


 ―― 帝王パピヨン


 脆弱なお前にいわれるまでもない。自然に、パピヨンの口がそう形作られる。
 いつの間にか、靴棚の並ぶ校舎の出口までパピヨンは来ていた。
 来客が来たようだ。迷わず、彼はそのまま進む。
 未来の自分の部下たちの下へ。


「お前……本当にパッピーか?」
「何を言っている。御前」
 パピヨンは御前に応えるように、腰に手を当てて、胸を張っている。
 キラーンと蝶マスクが陽光を反射し、御前の目に光が入って、思わず瞼を閉じた。
 長身に痩躯。身に包んでいるのは、本人曰く『舞踏会にも駆けつけられる一張羅』、周りから見ると『変態としか思えない』ぴっちりした黒スーツ。
 前分けの髪に、蝶マスクをつけた青年。目の前にいる男は、どこからどう見ても御前の知るパピヨンのはずだ。
 なのに、御前は目の前のパピヨンに違和感を感じていた。
 いや、違う。どこか懐かしい感覚を、パピヨンから感じているのだ。
「ほう、村雨良……キサマがここに来たということは、意趣返しか?」
「違う! 俺はバダンに対して戦うと決めた。お前と協力をしたいんだ」
 村雨の声にパピヨンはほう、と興味深そうに視線を向けてきた。
 ねっとりと絡みつくような視線。御前は村雨をパピヨンは疑っているのかと思ったが、それにしては様子がおかしい。
 警戒している態度ではない。むしろ、余裕を持ってパピヨンは村雨を視線を動かしている。
 何かが、おかしい。御前の第六感が告げるが、何がおかしいのか違和感の正体をつかめない。
「協力か。存分にしてもらうさ」
 パピヨンの言葉に、村雨の表情が晴れる。パピヨンがあっさりと村雨を受けれると考えていなかったからだろう。
 パピヨンと村雨は交戦した記憶しかない。疑い深いパピヨンが受けれるはずはなかったのだ。幸運だと思うのだろう。
 それが、もう一つの疑惑。
 御前はなぜ、パピヨンが受け入れるのか疑問を持つ。
 あの、疑り深く、カズキ以外を信用しないパピヨンがだ。
「お、おい。パッピー、いいのか?」
「何を言っているんだ、御前? 俺が素直に協力するのがいけないのか?」
「いや、そういっているわけじゃねーけど……」
「……すまない。パピヨン、助かる。首輪も解除できるようだしな」
 疑問を浮かべる御前を尻目に、村雨が握手を求めて手を差し出そうとする。
 それを見つめるパピヨンの目が、かつて見たドクトルバタフライの目と重なった。
 御前の背筋に怖気が走る。思わず、御前は握ろうとするパピヨンの手に体当たりをして弾いた。
「何をする?」
 パピヨンの呟きに同意するように、御前に三対の瞳が突き刺さる。
 それでも、御前は毅然とした態度を崩さず、仲間であるはずの、今では唯一の知り合いとなったパピヨンを、睨みつけた。
「……パッピー。一つ聞かせてくれ……」
 搾り出すように、御前は告げる。これだけは確認しなくてはいけない。 
 パピヨンの瞳を御前は必死に射抜き、口を動かした。
「放送で流れた、ツムリンを殺したの、お前か?」
「いいや、奴は川田に殺されたぞ」
 あらかじめ赤木と打ち合わせをしていた台詞を、パピヨンが言っただけだと御前は気づかない。
 それでも、決定的にパピヨンと道が別れたことを、悟ってしまった。
「……そうか……ところで、なんでお前…………」
 御前は口にしたくなかった。唯一の知り合いであり、あの銀成市の愉快な仲間を失いたくなかったからだ。
 もう、誰一人として、御前の知る知人はいなくなったのに。

「何で、戦った後なのに傷が癒えているんだ? まるで人を食ったホムンクルスみたいに……」

 涙をたたえた御前がパピヨンに告げる。
 パピヨンはニヤァと腐ったドブ川よりも濁った瞳を、向けていた。


 御前の推理には穴がある。
 核鉄を二つ保有していたゆえ、傷が癒えたということにしてもよかった。
 激戦を持っているため、傷が再生したということにしてもよかった。
 パピヨンはそれのどれも選ばない。
 帝王は揺らがない。慌てない。
 そして、

「ああ、俺は食ったぞ。泉こなただった物を」

 帝王は隠れはしない。
 こなたを食った事実だけは、己が帝王への道を示したそれだけは、隠すことが帝王のプライドが許さなかった。


 パピヨンの言葉を受け、かがみたちを庇うように村雨が前に出る。
 意気消沈している御前を後方へ下げて、鷹のように鋭い村雨の視線がパピヨンを射抜いた。
「……それは、やむを得なくか?」
「確かに、やむを得なかったかもな」
「どういう意味よ! こなたを食べたなんて! あ、あいつは、あんたのことを……」
 かがみの言葉を受けて、パピヨンは目を細めた。
 視線は村雨たちに向いていない。天を仰いだ姿勢のまま、パピヨンは呟く。
「そうだな。俺はこなたに対して、好意を抱いていた。認めてやる……」
 パピヨンの瞳に、人の光が、悲しみの色が浮かぶ。
 それも刹那の間。すぐにいつものパピヨンへと戻る。
「だからこそだ。だからこそ、こなたを食うのは意味があった」
「どういう意味だ!」
 村雨は鋭い声で問うが、そよ風のようにパピヨンに流される。
 ゆらりと、幽鬼のごとくパピヨンが村雨たちに視線を向けなおす。
 一瞬だが、パピヨンの周囲の空間が歪んだような錯覚に村雨は捉われた。

「この俺の、帝王への道に愛はいらない。村雨、俺と手を組め。
覚悟や赤木……ああ、赤木なら生きているぞ。放送で呼ばれていたがな。あいつらは俺に従わない。
だが、こなたを、俺を殺そうとしたお前なら違うだろう? 首輪を外してやる。俺の下につけ。バダンを乗っ取るぞ」

 手を差し伸べるパピヨン。
 まるで、地下ですれ違ったDIOと似たような空気をまとう彼に、村雨は声を失っていた。
「カズキンとの! カズキンとの決着はまだ着けれるんだろ!? パッピー!」
「……そんな物、ここに来た時点で、決着を着けた武藤を見て価値を失った。
未来の分かる決着など、武藤と馴れ合う自分が想像できる未来など、意味などない」
 僅かな執着を持つパピヨンの声色。それは明らかな決別の宣言だ。
 御前の大粒の涙が零れ落ち、地面で爆ぜた。その瞬間、

「あるるかぁん!!」

 飛び出した銀色の影が、白装束の人形を引きつれて宙を舞う。
 パピヨンがいる地点に、あるるかんの右腕の刃、聖ジョージの剣を打ち込む。
 しかし、すでにその場にパピヨンはいなかった。
「俺と殺り合うのか? エレオノール」
「御前は私の仲間です。仲間を悲しませる相手を……私は討つ!」
 言葉とは裏腹に、予想していたような口調のパピヨンが五メートルほど後方に着地する。
 エレオノールは御前を庇うように、あるるかんを構えた。


「まあ、殺してもいいだろう。俺の部下にするには貧弱すぎるからな」
「くっ!」
 エレオノールは舌打ちをしながら、あるるかんを操る。
 あるるかんが繰り糸によって回し蹴りを放つが、パピヨンは跳躍であっさりと避ける。
 あるるかんを無視してパピヨンが拳を放つ。制限が解けた一撃は、ケンシロウや変身時の村雨にも迫っていた。
 辛うじて避け、エレオノールはあるるかんと共に逃げるが、パピヨンは追ってこない。
「余裕のつもりですか?」
「つもりじゃない。余裕なんだよ」
 ギリッ、とエレオノールは歯を食いしばる。もともとパピヨンは戦闘能力を持っている。
 その上、制限が解けているのだ。自分が勝てる道理などない。
 それでも、御前は自分の仲間でいてくれた。信じてくれた。
 彼女を泣かすなど、許せるはずがない。
 エレオノールがあるるかんの糸を操る。
 パピヨンが右手に、核鉄を構える。

「LES ARTS MARTIAUX!(レ ザア マシオウ) 炎の……」
「武装……」

 二人の声が重なろうとしたとき、間に割って入った影が躍る。
 村雨良のもう一つの姿、仮面ライダーZX。
 彼は二人の間に割って入り、無言で激突を止めた。


「引いてください。村雨さん。申し訳ありませんが、彼を許すのは……」
「エレオノール、かがみを頼む」
「え?」
「今のあいつは俺とやりあう気だ。戦いになれば、かがみを人質に捕られるのが一番厄介だ。頼む」
 エレオノールは迷い、一度ZXに頭を下げて、かがみの元へと引く。
 その様子を確認し、安堵したZXはパピヨンと対峙した。
「さっきの返事を聞かせてもらおうか?」
「パピヨン……お前に何があったか分からない。だが、今のお前は……空っぽだ」
 パピヨンの眉がピクリと動く。
 彼が見せる、初めての人間らしい反応にZXは期待を抱いた。
「記憶を求めていたころの、俺に似ている。支配を求めている、お前はな。それで、空っぽが埋まるわけがない」
「くだらない。お前も武藤や覚悟のような『偽善者』というわけか。俺を襲ったころと随分変わったもんだな」
 皮肉を言われるが、ZXは揺らがない。
 正義という名の下に、ZXもまた確固たる想いを刻んできたからだ。
「まあ、未来の部下に見せてやるか。俺の新たな力を。
本気を出せよ、村雨。でないと、死の恍惚をお前が味わうことになるからな」
 パピヨンは右手に黒い核鉄を、左手に通常の核鉄を握り締めて、眼前にかざす。
 ゆっくりと彼の口が動いた。

「ダブル武装錬金」

 光が周囲を包み、パピヨンが蝶人へと進化を果たした。


 光が晴れた先には、背中より黒い蝶の羽を生やし空に浮かぶパピヨンがいた。
 いや、背中だけではない。ふくらはぎより、もう一組の蝶の羽が生えている。
 計四つの蝶の羽をまといながら、パピヨンはZXを見下ろした。
「どうだ、ニアデスハピネスのダブル武装錬金は? 蝶華麗だろう」
「待てよ、パッピー! ダブル武装錬金って、核鉄はなんか影響を……」
「ふん。首輪のせいさ。闘争本能誤読装置……バダンの研究陣は無駄に能力が高いらしいな。
だから、こういったダブル武装錬金も可能だ。武装解除」
 脚のニアデスハピネスを解除、パピヨンは首輪を核鉄に巻きつける。
 何をするのか、疑問を持つZXたちを前にして、パピヨンは厳かに告げる。
「武装錬金……サンライトハート」
 黒い核鉄は展開、同時に武藤カズキの武装錬金サンライトハート+へと姿を変えた。
 柄の部分に首輪が巻かれている。
「爆薬を無効化した首輪なら、武藤と俺のダブル武装錬金も可能だ。
制限が働いて、武装錬金自体の能力は下がるが、複数の特性を活かせるのはメリットだ。
行くぞ、村雨。死なない程度に殺してやる。屈服するんだな」
 パピヨンのいうとおり、シリアルナンバーごとに核鉄を察知、変化させていたのが『闘争心誤読装置』である。
 核鉄にいじられた形跡はない。なら、その誤作動は首輪がつかさどる。すなわち、技術を応用すれば、現状のパピヨンのように戦力となる。
「くそっ!」
 サンライトハートの穂先が伸び、ZXへと迫る。
 ZXの跳躍により、サンライトハートは地面を抉るだけだ。
「跳んだ先には、っと」
 ZXの周囲に黒い蝶が二匹舞う。蝶が破裂、爆発の花が宙に咲く。
 同時に、ZXの姿がフッと、掻き消える。
「ほう」
「前回の戦い方から見るに、お前は策を二重にも三重にも持つ相手だからな!」
 パピヨンの後ろの地面の土が盛り上がり、ZXが跳び出る。
 降りかかる土砂を鬱陶しげに振り払いながらも、パピヨンは余裕を見せていた。
「なるほど、ますます価値が上がる男だ」
「言うな! ゼクロスパンチ!!」
 ZXの鉄板をも砕く正拳がパピヨンに迫る。
 山吹色の光がZXの視界に入ると同時に、パピヨンはZXと逆方向に加速。数十メートルほどの距離が開いていた。
「制限されているが、制限の解けた俺……つまり人型ホムンクルスと遜色ない怪力を発揮している。
元のスペックが楽しみだ。俺の元で働く、お前がな」
 パピヨンの甘言を聞き捨て、突撃しようとしたZXの前に、犬並みの大きさの黒死蝶が迫る。
 爆発の効果範囲ギリギリで避ければいいと判断し、ZXはパピヨンに向かい続ける。
 しかし、黒死蝶は効果範囲外にZXがいるのにもかかわらず、爆発を起こす。
 なぜそこで爆破をするのか? ZXは疑問を持つが、答えは右肩に熱と痛みを持って返ってきた。
「ぐっ!」
「あっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
 ZXの右肩に突き刺さる、反りの入った剣。
 剣が喋ることの驚きよりも、パピヨンに一手先を行かれた悔しさのほうが勝った。
 パピヨンは黒死蝶の中に剣を隠し、爆発と同時にこちらに突き刺さるように仕掛けたのだ。
「久々の出番がこれかよ!? って、あんた誰?」
 ZXはうるさい剣、デルフブリンガーを無視して、サンライトハートを持って突撃するパピヨンを睨みつける。
 だが、迎撃が間に合わない。胸にサンライトハートの刃先が刺さり、校舎に昆虫の標本のごとく縫い付けられた。
 いつかの戦いと同じ結末。ただし宿る感情は違う。
「チェックメイトだな。村雨良」
 第一ラウンドは、パピヨンの勝利だった。


 青ざめた顔で戦いの決着を見届けたかがみの前で、デルフリンガーがパピヨンへ言い放つ。
「お、おい! パピヨンっての。やりすぎだ!」
「…………これで満足か?」
 ZXがパピヨンの瞳をまっすぐ射抜き、問いかけてきた。
 パピヨンが嫌った光だ。嫌悪に任せて引きちぎろうかと考える。
 ―― 以前の、パピヨンなら
「ああ、満足には程遠いな」
「村雨さん!」
「今、私が行きます。かがみさんは避難を!」
「動くなよ」
 ZXを心配するかがみの周囲に、四匹の黒死蝶が舞い踊る。
 エレオノールとかがみを囲む蝶をパピヨンはZXに見せ付け、ニヤニヤと笑う。
「俺に協力をしろ。でなければ、あの二人を殺す。もちろん、あの二人にはニアデスハピネスの粉末を飲んでもらう。
俺の目的を達成する前に裏切られては困るしな」
 かがみとエレオノールの周辺を蝶を遊ばせ、パピヨンの唇が描く。
 さあ、どうする?と。
「おでれーた……お前さん、相当の悪党だったんだな」
「……いや、違う。名も知らない剣」
「……一応、デルフブリンガーっていう、由緒正しい名前があるんだ。頑丈なお兄さんよ」
「そうか。デルフリンガー、俺も悪党だった……」
 ZXは胸のサンライトハートの刃先を掴み、押し返そうとする。
 もっとも、制限の解けたパピヨンが相手では力で勝るのも難しいが。
「俺は平賀才人という少年を、殺した」
「お前さんが相棒を!!?」
 デルフの言葉を受け、ZXは仮面の下でどこか安堵した表情を浮かべた。
 劉鳳は死んでしまったが、才人の死を悲しみ、自分を糾弾する資格があるものがいる。
 才人の死を、悲しんでくれるものがいる。
「記憶を求めて、俺は少年を殺した。だから、俺は奴を悪党だと切って捨てることができない」
 少しだけ、サンライトハートを押し返す。
 僅かな距離をずらしただけ。それでも、偉大な第一歩だ。
「パピヨン、空っぽを埋めたお前に、俺たちの協力をしてもらうぞ!」
「ハッ、お前と俺は違う。俺は帝王。お前は地を這う虫けらだ。それに、人質の存在を忘れたか?」
 パピヨンが言い放つと同時に、ZXの額の中央のOシグナルが輝く。
 瞳の光と共に、サンライトハートの刃先を握る両手に力が入った。

「クルーザー!! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 無人のバイクがグラウンドを駆ける。白い巨体が黒死蝶をかがみたちを庇うように遮り、爆発に揺れていた。
 目を見開くパピヨンを尻目に、ZXは一気にサンライトハートを引き抜く。
 地面と叩きつけて、着地。息も荒くZXは正面を睨みつけると、余裕を持ってたたずむパピヨンがいた。


「なるほど。そのバイクも無線での通信が可能か。ヘルダイバーだけだと思ったがな」
「ヘルダイバーだと?」
「まあ、いいさ」
 パピヨンはデイバックよりマスクを取り出し、ZXに見せ付けるように両手で頭部に運ぶ。
 その様子を、かがみが、エレオノールが、何よりZXが驚愕に満ちた眼で見つめていた。
「このマスクで周波数を合わせれば、ヘルダイバーとの通信が可能になる。
そして、通信が可能なバイクはヘルダイバーのみ、と考えていたんだがな。しかし、もはやどうでもいい」
 ZXの赤い仮面と似たマスク、ライダーマンヘルメットに視線が集中する。
 本郷の、村雨の正義の証。称号『仮面ライダー』。

「ヘ・ン・シ・ン」

 呟きが消えると同時に、パピヨンの頭部へとヘルメットが収まる。
 と、同時に黒い強化スーツが身にまとわれ、赤い胸部アーマーが装着された。
 青いヘルメットに触角が二本生え、赤い複眼を持つ仮面。
 ZXと同じく仮面ライダー四号の名を持つライダーマンの力をパピヨンは得る。
「何で……あんたが仮面ライダーに…………?」
「なかなか素敵だな。『仮面ライダー』とは。なら」
 かがみの疑問を前に、パピヨンはチッチッチ、と指を振る。

「今の俺は仮面ライダー・パピ♪ヨン♪ もっと恐怖をこめて」

 どろりとした、淀んだ空気の中、パピヨンが告げた。
 ライダーマンヘルメットの額中央に存在するOシグナルが輝くと同時に、漆黒のバイク、ヘルダイバーが現れる。
「さあ、次はバイク戦といくか。あそこに突入するのに、バイクをうまく扱えません、じゃあ話にならないしな」
 パピヨンの挑発に、ZXは応えるようにクルーザーにまたがる。
 バイクでの戦いは、仮面ライダーとして譲れなかった。
 ZXが肩に突き刺さったデルフリンガーを地面に落としたとき、それが合図となって同時にエンジンを吹かして、互いに一気に駆け抜ける。
 学校を後にした、黒と白の風が交差をして、遠のいていった。
 かがみとエレオノールを巻き込まないように。


「え……と……」
「なあ、嬢ちゃんたち。俺に……あいつ。村雨とか呼ばれていた奴のこと、教えてくれないか?
なんで、相棒が死なないといけなかったのかな」
 デルフリンガーの沈んだ声がかがみたちに届く。
 かがみはエレオノールと目を合わせて、頷いた。
 そっと、残った手でデルフリンガーの刀身を撫でながら、かがみは呟く。
 今までの出来事を。村雨の経歴を。
 そして、今戦わねばならない相手を。





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