抱き枕、というもの自体の存在は知っている。
頭を乗せるだけではなく、抱きつくように抱え込むことで全身を預ける形になり就寝中に体の各所に掛かる負荷をうまく分散できるというリラクゼーションアイテムだ。
そして、その抱き枕に等身大の人物像――実在の人間の写真だったり二次元フィクションキャラクターの絵だったり――をプリントし、擬似的な慰みを得る目的の商品もあるのだということは今さっき知った。
全く、人間というものは余裕のある生活をさせておくと変なことばかり思いつくものだ。
頭を乗せるだけではなく、抱きつくように抱え込むことで全身を預ける形になり就寝中に体の各所に掛かる負荷をうまく分散できるというリラクゼーションアイテムだ。
そして、その抱き枕に等身大の人物像――実在の人間の写真だったり二次元フィクションキャラクターの絵だったり――をプリントし、擬似的な慰みを得る目的の商品もあるのだということは今さっき知った。
全く、人間というものは余裕のある生活をさせておくと変なことばかり思いつくものだ。
「……それで、ほぼ平面の私に抱きついて眠る事が一部クルーの精神的慰安となることを期してこのようなものを作ったと」
超銀河ダイグレン内某所、士官用のカフェラウンジの一画でゆったりとした造りの座席に足を組んで腰掛けた女艦長の、些か硬い声音と威嚇的な視線に、対面の席で一人の男性クルーがそう小さくもない肩をぐっと縮こまらせた。
普段は超銀河ダイグレン・第一艦橋でブリッジクルーを務めている青年は、現時点では勤務外だというのに愛用のヘッドマウントディスプレイでもあるバイザーを掛けたままで、勿論いまはその内側には何も映し出されておらず、ただ正面からの射殺されそうな視線を幾分か遮り、かつ持ち主の表情を晦ます助けとなっている程度だ。
超銀河ダイグレン内某所、士官用のカフェラウンジの一画でゆったりとした造りの座席に足を組んで腰掛けた女艦長の、些か硬い声音と威嚇的な視線に、対面の席で一人の男性クルーがそう小さくもない肩をぐっと縮こまらせた。
普段は超銀河ダイグレン・第一艦橋でブリッジクルーを務めている青年は、現時点では勤務外だというのに愛用のヘッドマウントディスプレイでもあるバイザーを掛けたままで、勿論いまはその内側には何も映し出されておらず、ただ正面からの射殺されそうな視線を幾分か遮り、かつ持ち主の表情を晦ます助けとなっている程度だ。
ことの起こりは小一時間ほど前、艦隊規定通りに休養日を消化――とはいえ一日休み程度では地上へ降りたりするにはまず足りず、大抵の者は居住区の自室でごろごろするか艦内の保養・娯楽エリアへ出かける位しかない――していた超銀河ダイグレン艦長、ヴィラルが散歩中にたまたま通りすがった艦内第一商店街でDPEショップから出てきた部下を見かけて声を掛けたところ、なぜか盛大にギクリとした態度で咄嗟に逃げ出しそうに見えたため、つい反射的にとっ捕まえてみたらば彼の手にしていた紙袋から自分の全身像がプリントされた縦幅2mほどの布が転がり出てきた、という次第。
「全く、最近の若い人間の考える事は訳が解らんな」
見た目にそぐわない年寄りじみた台詞を零しながら、ヴィラルは先ほど没収した化繊布のロールの端の方を僅かに拡げてみた。
平面にプリントされた自分の顔は、何だか普通の3Dホロなどで見るよりも自分のものとは思えない違和感を纏って布の中からこちらを見つめ返している。
そう、元の画像をどういじったのかはその手の知識を持たないヴィラルには皆目解らなかったが、心持ち小首を傾げて正面から覗き込む者をやや上目遣いに見つめる形となっている女の表情は目元の潤みや頬の紅潮を加工され、随分と媚びた雰囲気で何かを待ち受けているように見えた。
部下たちは――もとい、男というものはこんな顔をした自分を抱いてみたいと思っているものなのか?
世の中には、いやこの艦の中にだって自分より若く、可愛らしく、柔らかくて傷一つない、鋭く尖った爪も牙も具えていない女性は大勢存在するというのに、何故よりによってこんな布切れで代用してまで。
ひょっとすると、自分より上位の者を擬似的にとはいえ好きなようにする事で日ごろの職務上のストレスを解消する狙いもあるのだろうか。もしかせずともこれは統括者としての己の能力を問われる局面なのでは――
見た目にそぐわない年寄りじみた台詞を零しながら、ヴィラルは先ほど没収した化繊布のロールの端の方を僅かに拡げてみた。
平面にプリントされた自分の顔は、何だか普通の3Dホロなどで見るよりも自分のものとは思えない違和感を纏って布の中からこちらを見つめ返している。
そう、元の画像をどういじったのかはその手の知識を持たないヴィラルには皆目解らなかったが、心持ち小首を傾げて正面から覗き込む者をやや上目遣いに見つめる形となっている女の表情は目元の潤みや頬の紅潮を加工され、随分と媚びた雰囲気で何かを待ち受けているように見えた。
部下たちは――もとい、男というものはこんな顔をした自分を抱いてみたいと思っているものなのか?
世の中には、いやこの艦の中にだって自分より若く、可愛らしく、柔らかくて傷一つない、鋭く尖った爪も牙も具えていない女性は大勢存在するというのに、何故よりによってこんな布切れで代用してまで。
ひょっとすると、自分より上位の者を擬似的にとはいえ好きなようにする事で日ごろの職務上のストレスを解消する狙いもあるのだろうか。もしかせずともこれは統括者としての己の能力を問われる局面なのでは――
「…艦長、あの、艦長?」
掛けられた声にはっと顔を上げると対面の部下がやけに神妙な顔、いや顔の表情自体はバイザーのせいで半分以上隠れて把握できないがおおむねそんな感じの雰囲気で、がばっと頭を下げた。
「ご不快に思われても仕方ないことをしたとは自覚しています! 処罰は俺が受けますから他のクルーまでは…」
「いや、別に処罰とかはする気はないが」
思わずぽかんと口を開けたままの部下の様子を眺めながら、そういえば先ほどから手付かずのままテーブル上に放置されていたカフェオレを口へ運ぶ。
まあ要するに、自分の写真を誰が持っていようがどのように活用しようが、それで誰に迷惑が掛かる訳でもないのなら徒に騒ぎ立てるような話ではない。
敢えてこじつけるなら上官侮辱罪とかいうものに当たるのかもしれないが、この程度でわざわざ事を大きく荒立てるなどいかにも度量の小さい対応というものではないか。
「……が、しかし不快というよりは不思議ではあるな。わざわざ手間暇を掛けて私のような武骨な女の枕を作る位なら、本物の柔らかくて温かい女と共寝した方がよほど気持ちがいいだろうに」
「か、艦長は――おきれいですよ!」
「…は!?」
突然、席から立ち上がらんばかりの勢いで口を開いた部下を、今度はヴィラルの方がぽかんと見返す事になった。
「お、俺とか同期の奴らとか、宇宙軍に志願したのはもちろん地球のためとか宇宙へ行ってみたいとかいうのもありますけど、ガキの頃からTVとかで見て艦長に憧れてたってのが結構大きくて――」
掛けられた声にはっと顔を上げると対面の部下がやけに神妙な顔、いや顔の表情自体はバイザーのせいで半分以上隠れて把握できないがおおむねそんな感じの雰囲気で、がばっと頭を下げた。
「ご不快に思われても仕方ないことをしたとは自覚しています! 処罰は俺が受けますから他のクルーまでは…」
「いや、別に処罰とかはする気はないが」
思わずぽかんと口を開けたままの部下の様子を眺めながら、そういえば先ほどから手付かずのままテーブル上に放置されていたカフェオレを口へ運ぶ。
まあ要するに、自分の写真を誰が持っていようがどのように活用しようが、それで誰に迷惑が掛かる訳でもないのなら徒に騒ぎ立てるような話ではない。
敢えてこじつけるなら上官侮辱罪とかいうものに当たるのかもしれないが、この程度でわざわざ事を大きく荒立てるなどいかにも度量の小さい対応というものではないか。
「……が、しかし不快というよりは不思議ではあるな。わざわざ手間暇を掛けて私のような武骨な女の枕を作る位なら、本物の柔らかくて温かい女と共寝した方がよほど気持ちがいいだろうに」
「か、艦長は――おきれいですよ!」
「…は!?」
突然、席から立ち上がらんばかりの勢いで口を開いた部下を、今度はヴィラルの方がぽかんと見返す事になった。
「お、俺とか同期の奴らとか、宇宙軍に志願したのはもちろん地球のためとか宇宙へ行ってみたいとかいうのもありますけど、ガキの頃からTVとかで見て艦長に憧れてたってのが結構大きくて――」
言葉の途中で「ビキッ」と大きな音がしたのは、大きな手に握られたカフェオレボウルにヒビが走ったせいで。
すっかり動揺し、何か言おうとしたらしい口をぱくぱくと空転させた艦長は自分の顔が茹で上げられたように赤面していることにも、幸いにして完全にぬるくなっていたカフェオレが割れた器から滝のようにこぼれていることにも、向かいの席から慌ててテーブルナプキンを差し出している部下が内心うわーやべえ超可愛いとかコラより全然イイ! とかカメラカメラとか思考を高速回転させた末にバイザー内部のメモリユニットに外部映像を取り込み保存したことにも一切気が付かず、数十分後にようやく我に返ったときには自分の等身大写真がプリントされた枕カバーを小脇に抱え私服の右側半分からカフェオレの香りをさせたままという有様で第一艦橋の艦長席にぼんやり座っているところをシベラ副長に怒られている真っ最中だったという。
なお、グラさんはお宝映像をとりあえず複数メディアに保存後、外部には絶対出さなかったといいます。