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 こんな時、どんな顔をすればいいのか解らない。

「わっ…笑いたければ笑え!」

 うーん、確かに笑ってもいいような気はするが。

 実際のところ、笑うのも怒るのも喜ぶのも悲しむのもなんか違う気がする。
 呆れる、というのが一番適切だろうか。
 でもそれでバッサリ片付けるのはまた少し気の毒というかつれない仕打ちというか。

 俺の少々(…で済むかな?)特殊な人生遍歴の中でもこれほどリアクションに困るような局面はそう無かった。
 というか、こう色々何かがおかしい条件ばかりで構成された事態に陥るような人間はまずこの世の中にも他にはいないのじゃないだろうか。

「…とりあえず、まずは状況を把握したいんだが」
「………………」
「これ、何だ?」
 俺の指差す先に転がっているのは布とおそらく綿、低反発ウレタンなどで構成されているのだろう塊だ。
 だいたい長方形に近いシルエットで長い辺は2m前後、短い辺は60cmあるかないか。
 その、たぶん袋状になっているカバーの中にクッション材的なものが入って厚みを作っている、大雑把にまとめるならやたらと細長い枕とでも言うべき物体で。
「……抱き枕」
 ぼそり、というかヨレヨレと、というのが相応しい感じで押し出された言葉の主は、すっかり俯いてしまってもはや頭のツムジとそこから流れ落ちている金髪しか見えない。
「抱き枕ってあれだろ? なんか抱きついて寝ると肩や首が凝らなくていいっていう」
 確かにそこにあるソレは、形状的には大人がひとり抱きついて寝るのに丁度良さそうなサイズと言える。
 しかし問題はその――模様というか図柄というか――

「で、なんでその抱き枕に俺の写真がプリントしてあるんだ?」
 より正確に言うなら若い頃の俺の写真が。
 だいたい20歳前後の姿だろうか、随分と懐かしい当時の新政府軍総司令の官服、なぜか正装の上着を脱いでインナーのツナギだけという格好で――この格好で写真なんか撮った事あったっけなあ?――だいぶ襟元を緩めてくつろいだ様子に、どうもシーツの上で寝そべってるみたいな体勢でカメラ目線に正面を見ている。
「コレ合成かなあ、こんな写真撮られた憶えないし」
 しゃがみこんでもう少しよく見ようとしたらいきなり目の前に突き出された腕に通せんぼされ、思わず動きを止めた隙に抱き枕は床から拾い上げられて相手の腕の中へ。
 枕を抱えたまま後退って俺から距離を取った姿を途方に暮れたような顔で見やる。
「なあ、ヴィラル――」
「わ、私が貴様の抱き枕を所持しているのがそんなにおかしいのか!」
 うん、おかしいよな、かなり。
 久々に地上へ降りてきた機会にたまには旧交でも温めるかと訪ねたかつての戦友、いや友人というには些か微妙な距離感だし、時たま男と女の仲になったりはするものの恋人というにはいまいち何かが足りない、そんな相手の自宅のクローゼットから昔の自分の等身大全身写真がプリントされた抱き枕が転がり出てきたというこの状況を「おかしい」以外の言葉で形容しようとするにはちょっとばかり骨が折れそうだ。
 もちろん向こうだって相当気まずいのだろう。今も全身はじりじりと摺足で壁際まで後退しているし、顔は元から色白い分を差っ引いても蒼白だし、少し混乱気味なのか枕を抱えた腕には必要以上に力が籠もっているしで、獣人の怪力で抱きしめられた昔の俺は微妙に気だるげな半笑顔のまま、本物だったら背骨がサバ折りされてそうなくらいにギリギリと圧迫されている。
「勘弁してくれよ、なんか枕の呪いで俺の方が全身骨折しそうな気がする」
 溜息混じりの指摘にハッとした様子で相手の全身の緊張が弛み、視線が枕の方へ逸れた機を逃さず一気に間合いを詰める。
 ちょうど壁に追い詰められて押し付けられたような体勢から、やや怯んだような視線を投げてくる金色の目。
「とりあえず、落ち着いてだいたいの経緯だけ説明してくれねえかな。流石に俺もコレは気になりすぎて、こっから何事も無かった風に世間話に戻ったりすんのは難しいし」
 宥めるように促せば、しばらく俺の顔と明後日の方向とへ視線を往復させながら逡巡していたヴィラルも遂には腹を括ったのか、渋々ながらもようやっと重い口を開いた。

「――というわけで私も安眠のために抱き枕なるものを一つ購入してみようと適当な品を探していたら、たまたまオークションサイトでこれが出品されているのが目に止まって――」
 つい魔が差して、と妙にゴニョゴニョ不明瞭な口調で白状した相手に色々な意味で眩暈を覚える。
 そもそも総司令時代の俺の抱き枕なんて代物が世の中に流通していた事があったなんて話自体が初耳かつ噴飯ものな訳だがソレをお前、よりによって当時からの知り合いが。
「それで買ったのか!? お前、自分が割と有名人だって自覚は……」
「いや、入札しようとしたらシベラに見つかって止められた上に叱られたのだが」
 ああ、有能で気の回るNo.2が付いてて良かった――ってアレ? じゃあ何で枕が?
「それでいつの間にかシベラからリーロンへ話が行っていて、そうしたらリーロンが保存用のをまだ持っているから一つくれると……む、どうしたシモン?」
 初めて会った時から優に27年くらい経っていると言うのに俺は未だにリーロンの事が解らない。ていうか保存用って。つまり実際に使用した分もあったって事か? そもそも作った張本人だったりしないだろうな!?
「一応私も訊いてみたが、自分で作るならもっと別の絵柄にすると言っていたぞ」
「ああ…そう……」
 すっかり毒気を抜かれてげんなりと、ともすればそのまま壁に向かって倒れ込んでしまいそうになりつつも、そういえばまだ肝心な部分を聞いていない事を思い出して顔を上げる。
 至近距離の正面から目を合わせる形になって、少し逃げたそうに視線を彷徨わせた瞳の中で縦に裂けた瞳孔がきゅっと細くなるのがよく見えた。
「…で、お前は使ってみたのか? それ」
 ぼっ、と。
 音が聞こえそうな勢いで相手の顔が真っ赤に染まる。金髪の間から覗いてる、少し尖った耳のふちまで赤い。
「……つか…った」
「よく眠れたか?」
 わざわざ余計な事を訊く自分の顔がやたらにニヤニヤしてるのがなんとなく自覚できる。たぶん傍目には助平なおっさんが若い女に迫ってる風に見えるんじゃなかろうか。本当は俺のほうが年下なんだけど。
「…あまり、大した効能は無いような、気がした……というより……」
「というより?」
「却って…その、あまり……」
 ねむれなかった、と声になりきらない言葉の形に唇が動く。
「どうして?」
「……は、ずかしく…て…」
 含羞に耐えかねる、とでも言うよう伏せられる目と淡く染まった頬、そのまま消え入ってしまいそうな声。
 うーん、これはヤバイ。
 胸の中にむくむくと、悪戯心やら劣情やら何やらの複合したものが大きく育ってくる。
 とりあえず、完全に俯いてしまった彼女の顔の傍らで微妙な半笑いのままの昔の俺をよいしょと脇へ押しやり。
「下手に若い男なのがいけないんじゃないか? 試しに冴えないおっさんでも枕にしてみれば」
「ば…っ、馬鹿か貴様は! そんな……余計に眠れんわ!」
 真っ赤な顔を更に赤くしながら押し返そうと突っ張ってくる手を受け流し、バランスを崩しかけた体を掬い上げるよう腕を回す。
 腰まで抱いたら流石に殴られるかと思ったが、何故かいきなり大人しくなってしまった。
「お、どうした? 調子狂うなあ」
「……シモン」
「ん?」
 腕の中から見上げてきた顔はなんとも不思議な表情を湛えている。
「…お前、私のこういう枕があったら……どうする」
 いきなり突拍子もない言葉につい呆気に取られながらも、「使う」と答えても「使わない」と答えても複雑な顔をするに違いない相手の反応を予想してみたら思わず口元が変な風に弛みそうになった。
 いかんいかんと顔を引き締め、真面目くさった面を作りながら腰に回した腕に力を籠める。
 抱き寄せられた身体はほぼ無抵抗ですっぽりと胸の中へ。
「──俺は、布に描いた絵よりは本物の方がいい、な」
「そうか」
 胸の辺りに柔らかな頬が擦り付けられ、服の布地を髪先が擦る音がさらりと立つ。
 そろそろと俺の体に回ってきた大きな手が優しく背中を撫でた。
「……私もだ」
 ひたり、密着させられる体温と腕に返るほどよい弾力。
 ものすごく心地がいいのは確かだが、これはこれで、別の意味で安眠できそうもない。


 なお、明け方頃ふと何となく気になって床に放り出されたままだったソレを裏返してみたところ、枕の裏面はこれまた更に懐かしい、真っ青なジャケットを羽織った14歳の頃の俺だった。
 一体全体、当時どこの誰がこんな物を作って売りさばいていたというのか。そしてリーロンはいいとして金を出してコレを入手するような購買層というのは果たしてどんなもんだったのか。
 想像を試みただけで頭痛がしてきそうだったので早々に断念し、その代わりにれっきとした大人の女性がこっちの裏面に抱きついて寝ている様子を脳裏に想い描いてみる。マズい、面白すぎて変な笑い声が出た。
「……ん……」
 そのせいかどうかは解らないが、今もなお背中にひっついたままの柔らかいものが不意に小さく声を洩らしてもぞりと身じろぐ気配。
 とはいえ別に目を覚ましたわけではないらしく、ただふにふにと甘えるように身を寄せてきて、夢うつつに回った腕が腰の辺りをゆるりとホールド。獣人だからか眠っているときの体温は子供みたいに高めで、これがまたひどく眠さを誘われる。

 うん、やっぱり枕よりは断然本物の方がいい。