二人の女、二人の愛 ◆WXWUmT8KJE



 カズキと一つになった民家を抜け、南下する斗貴子。
 かつて人を守るため、無慈悲なホムンクルスを葬っていた瞳は、己が狂った願いをかなえるために、人を殺すために周囲を見渡す。
 疾走するうちに、風より流れてきた声が聞こえ斗貴子は足を止めた。
『わたしの仲間が危険な目に遭っているの! 誰か! この声が聞こえたのなら助けに来て!! わたしはルイズ・フランソワーズ……』
 機械によって増幅された不快な声が、幸せの中にいる斗貴子の耳に届く。
 斗貴子は心底幸せそうな表情で左胸へと……いや、愛しい核鉄(カズキ)へと手を当てる。
 トクン……トクン……と愛しい人の鼓動を感じ、斗貴子は地面を蹴る。
 ヴィクター化したカズキを抱きしめた時は、鼓動のほかに温もりを感じた。
 鼓動だけでも幸せなら、温もりを加えたとしたらどれほどの絶頂にイけるのだろうか?
 斗貴子に自然と笑みが浮かぶ。優勝してカズキと結ばれる。それが斗貴子の願い、斗貴子の夢。
 たった一つの夢にかけて、斗貴子は進む。
(待っていてくれ、カズキ。すぐに優勝して君を蘇らせる。そうしたら、二人だけで……)
 彼女の瞳は錬金の戦士の使命も、自分のために死んだ花山の姿も映さない。
 彼女の変心のきっかけとなった液体によって、変化した銀の瞳に映るのは、ただの愛しい男のみ。
 その姿はまるで……


 拡声器の呼びかけを終えて、ルイズとコナンは雑居ビルを降りる。
 その途中でルイズはコナンより、拡声器を譲り受けた。病院に着いて、もう一度呼びかけるつもりらしい。
 ここで争う手間も惜しいため、コナンはあっさりと従う。
 そして病院までの道筋を確認して、二人は頷いて一気に駆ける。
 右手側は川、左手側にはビル群が見える。道は開けており、拡声器の呼びかけに応えた仲間が見つかる可能性が高い。
 同時に呼びかけに気づき、自分たちを獲物とする殺人鬼も寄ってくる可能性も高いだろう。
 どちらと早く出会うかが鍵だ。危険だが、二人は賭けに出る。
「早く病院に行って、ギントキたちのところに行かなくちゃ。きっとシンパチやあの生意気女も合流しているはず」
 コナンはそのルイズに同意するように頷く。
 もともと浮き沈みが激しいのだろう。ルイズは先ほどの落ち込みが嘘のように生気溢れる瞳に、この道の先にある病院を映している。
(でも、今襲われたらひとたまりもねえ。さっさとルイズを連れて吉良さんや銀さんと合流しないとな)
 自分たちと同じく、殺し合いに乗らない人と出会わなくていい。無事に病院まで辿り着けば御の字だ。
 その事をコナンは自覚してルイズに引っ張られるまま、周囲への警戒を解かない。
 息も荒く土手を駆ける二人。流れる川は今行われている激戦を無視するようにただ流れるだけだった。


 コナンの手を取り駆け続けるルイズの脳裏に、この殺し合いに巻き込まれて初めて出会った男を思い出す。
 杉村、彼はルイズを逃がすためにたった一人で虎の怪人に挑み、散っていった。
 あの病院に残っている銀時や吉良も同じように自分たちを残し、殺人鬼を相手にしている。
 杉村の時も、覚悟の時も、美形が襲った時も、ラオウが襲った時も、傷を顔に持つ銀髪の女が襲った時も、ルイズは自分が役に立てれなかったことを悔しく思う。
 少なからずルイズは彼らの手助けになっていたこともあるのだが、魔法を満足に使えない劣等感からルイズは自分が役立たずだと思い込んでいるのだ。
 強くキュルケの杖を握り締めるが、自身の手を傷めるだけだった。
(これじゃスギムラに顔向けできないじゃない! それに……サイト……)
 放送で呼ばれた、ルイズの使い魔にして、最愛の少年。
 ルイズは口や表面上の態度では才人のことを何とも思っていない態度を取っていても、その死を知った時の胸の締め付けを一生忘れることはないのだろう。
 ルイズは薄々才人が好きだったことを自覚している。失ってから気づくなど、皮肉もいいところだ。
 あの放送の後、ラオウや顔に傷のある女、戦車のような何かに追われて考える暇もなかったが、病院に向かう僅かな時間は才人のことを思い出すのにちょうどいい時間だった。
 使い魔を呼び出そうとして平民が出てきた時の落胆は忘れない。
 そして、魔法を物ともせずギーシュを颯爽と倒し、ゴーレムに対して破壊の杖を使った姿など、思い出すのは格好よかった姿だ。
 伝説の使い魔、ガンダールヴかどうかはいまだ半信半疑。それでも、才人はルイズにとっては大切な人だった。
 たとえ、平民だったとしても。
 いや、ルイズはここで杉村や覚悟、銀時に吉良といった勇敢な平民ばかりに出会っている。
 ルイズにとって、貴族や平民といった隔たりは意味がないものでは?と、いう疑問を持ち始めていた。
 そう考えてくるうちに、ルイズの頬に一筋の涙が流れる。
 ルイズは慌てて涙を服の裾で拭う。後ろにいるコナンに弱い自分を見せるわけにはいかない。
 彼はまだ子供だ。年上である自分が弱気な姿を見せれば不安になる。
 少なくとも覚悟はそう判断して弱い姿を見せようとしないはずだ。
 だからルイズもコナンに涙など見せない。
(サイト、ごめんね。ギントキやキラに再会して一段落したら、一人になれたら、こっそり泣くから…………今だけは忘れさせて)
 伏せた瞳に力を漲らせ、ルイズは正面を向きなおす。
 切れ目の瞳に今まで出会った人々の決意を受け継ぎ、足に力を込める。
(もう、誰も死なせはしないわ! このわたしの……貴族の誇りに懸けて!!)
 何度したか分からない決意を強め、ルイズはコナンの手を強く握り締める。
 合流するためにもっと早く走ることをコナンに伝えようとしたルイズの瞳に、体当たりをするコナンが眼に入る。

「危ねえ!!」

 コナンの身体が小柄なルイズの身体を吹き飛ばした瞬間、ルイズの隣を暴風が駆け抜ける。
 コナンを抱えたまま転がるルイズに、セーラー服に身を包む、銀髪銀眼、顔に傷を持つ女が視界に入る。
 マリアを殺したその女は、相変わらず冷徹な瞳を向けてくる。
 吉良はこの女に殺されたのだろうか? その疑問をルイズは一旦無視して、コナンの手を掴んで地面を蹴った。


 声の聞こえた方向へと三人は身体を向ける。
 アーカードとの激戦を潜り抜けた、疲労に満ちた身体を持ってしても、なお三人の闘志は衰えない。
 主催者を打倒する。たった一つの信念で結びついた三人だからこそ、危険に身を晒す人を放って置けない。
 それが自らの身を危険に晒す結果になろうとも。
 劉鳳はタバサを埋葬した場所に短く黙祷を捧げる。
 すぐに踵を返した劉鳳は近付いて決意を込めた眼差しで二人を射抜く。
「タバサは死んだ。だが悲しむのは彼女の友人、ルイズを救出してからだ。用意はいいな!」
「当たり前や」
 服部が応え、アミバが無言で頷く。その様子を確認し、劉鳳は二人と共に声の聞こえた場所へと突き進んだ。
「なあ、アミバはん。どうした? 浮かない顔をして」
「ああ……少しな……」
 アミバはどこか躊躇ったような様子を見せて、服部のバイクの後ろにまたがる。
 服部が見つめるアミバは、どこか羨ましそうにタバサと劉鳳を見つめていた。
 エンジンに火を入れ、排気音を轟かせる。その音を耳にしたアミバは、疾走するバイクの後ろで静かに呟いた。
「服部、劉鳳、俺は人を殺したことがある。それも悪人をではないし、やむをえない状況を迫られてでもない。
無実の人間を、楽しげに殺したことがあるのだ。あの赤いコートの吸血鬼、アーカードのように」
 アミバの告白に服部と劉鳳が目を見開く。それも当然だろう。
 彼らが出会ってからのアミバは、カズマから受け継いだ『反逆』を元に戦い続け、あのアーカードを相手に勇敢に立ち向かったのだ。
 そのアミバが快楽殺人者だと告白されても、信じられなかった。
 特に無意識の内にカズマとアミバを重ねている劉鳳には、性質の悪い冗談だと言いたげな表情となっている。
 しかし、相対するアミバはいたって真剣な表情で己の言葉が真実であることを証明し続けた。
「少し……話そう。昔の……いや、今までの俺を。服部、バイクを進めてくれ。
ルイズという少女を探す時間が惜しい」
「あ……ああ」
 服部が驚きながらもバイクを進める。劉鳳は第一形態の絶影の肩を借りながら、バイクと並走する。
 アミバはルイズを探しながら、二人にぽつぽつと自分の過去を話し始めた。

 服部はアミバより、彼の過去を全て聞いた。
 医者として名声が高いトキという人物の顔を利用したことを。
 無垢の人々を、己が拳の実験台としたことを。その中には、タバサよりも幼い子供がいたことさえも。
 一言一言辛そうに搾り出すアミバの姿は、服部の目から見て本当に悔いているように見える。
 前方を行く劉鳳は服部の想像通り不機嫌な表情だ。
「…………これで全部だ。後は好きに判断してくれ」
「一つだけ聞かせろ。何で今更そんなことを話す?」
 劉鳳の瞳が鋭くアミバを貫く。その鋭さに服部は恐怖を抱き、半分劉鳳に同意する。
 今この場で必要なのはルイズというタバサの友達を保護すること。
 正直、アミバの告白は今の時期にするべきではない。するのなら、ルイズという少女を保護してからのほうがマシだった。
 そのときなら、この険悪の雰囲気になったとしても、ある程度服部がフォローに入れる。
 アミバは今が落ち着けるような状況かどうか、判断できない男には見えないのに。
 服部が恨めしそうにアミバに振り返ると、彼はタバサがいた方面に先ほどの羨望の眼差しを向けていた。
「羨ましくなったのだ。劉鳳にタバサ……ブラボーに服部がな……」
「羨ましい?」
「ああ。劉鳳、俺はお前に断罪されても仕方ない存在だ。
ここに来るまで、カズマに出会うまで、俺の殺した人々が『生きている』なんて考えたこともなかった。
お前の言うとおり、ゲスの考えだ。俺はカズマの『反逆』を見るまで、死んだも同然の生き方をしていた。
だが、お前たちはそのことを認識している。失わせないと必死に『反逆』をしている。
当たり前のように出来るお前たちが、羨ましいのだ。今までの自分を隠せないほどにな…………」
 アミバの答えを聞いていくうちに、劉鳳の表情がだんだん険しくなってくる。
 服部はここで暴れられたら困るとアミバにフォローを入るために知恵を働かせる。
 その考えがまとまる前に、アミバが劉鳳にもう一度語りかける。
「劉鳳、頼みがある。この殺し合いを阻止して……いや、その前にお前が俺を断罪すべき存在だと判断したとき、絶影で俺を殺せ」
「な!? 何を言うてんねん! アミバはん!!」
 服部はギョッとした様子でアミバを見るが、アミバはひたすら劉鳳を見つめている。
 対して、劉鳳は不機嫌な表情を浮かべたまま無言で前を進み続けるだけだ。
 沈黙中をバイクの疾走音だけが奏でる。服部には数時間に感じられた、数秒の沈黙の時。
 その沈黙を先に破ったのは劉鳳だった。
「ああ、望み通りに断罪してやる」
「ちょっと、劉鳳はん!!」
「もう一度お前が善良な人々の平和を乱そうとするならな。だから二度と人を殺そうとするんじゃない! いいな!!」
 答えが意外だったのか、アミバが目を見開いて劉鳳を凝視する。
 劉鳳はまた沈黙の態度を取り、服部たちを先導するようにスピードを速める。
 その様子を見ていた服部は、素直じゃないなと苦笑する。
「お前たちは……殺人鬼である俺と共にいてもいいと思っているのか?」
「あかんな~、アミバはんは」
 服部は前を向きながら後ろにいるアミバに話しかけた。
 いまだウダウダいうアミバに、自分も一言言ってやらないと気がすまないからだ。
「なあ、アミバはん。俺たちの国にな、『罪を憎んで人を憎まず』って言葉があるんや」
「何がいいたい? 服部」
「アミバはんが泣かせた人の数よりも、救った数が多ければ俺はいいと思うんよ。いや、数の問題じゃなくて、心の構えっちゅうことやな。
アミバはんが本気で変わりたいって言うなら、死んで償うより、人を救って償う方が俺の好みや。
俺たちと一緒にいる理由がそれじゃ、駄目かいな?」
 服部の言葉にアミバは口をあんぐりと開いていたが、やがて閉じて服部たちの知るいつものアミバの表情に戻る。
 その様子を確認して服部はバイクを更に加速させた。
 ルイズを助ける。三人は一つの目的へと向かい続けた。


(さあ、カズキ。あの時逃がした連中を殺して君に逢いに行く。だから私に力を貸してくれ)
「臓物を……」
 左腕だけでサンライトハートを構え、先端をルイズとコナンの二人に向ける。
 サンライトハートの刃先が揺れるのは、連戦が身体が堪えている証拠だ。それでも目の前の二人は充分倒せると斗貴子は判断した。
 戦士として鍛えた冷静な思考は、狂ってもなお働く。たとえ狙いが逸れたとしても、何度も打ち込めばいずれは二人は死ぬ。
 ボロボロの状態でホムンクルスと戦ったように、『人間』相手に斗貴子は錬金の戦士としての全てをぶつけるつもりでいる。
「……ぶちまけろぉぉぉぉ!!」
 斗貴子は吠えながらサンライトハートのエネルギーを爆発させる。
 黒い核鉄でその身を変えたサンライトハートは、斗貴子の闘争心に呼応して山吹色のエネルギーを刃に変えて二人に迫る。
 その莫大なエネルギーは凄まじく、片手で制御しきれず軸がぶれる。
 結果、斗貴子の突進は右にずれ、地面を抉るのみだ。
 地面を爆ぜさせながら土砂が舞い上がり、斗貴子は辛うじてサンライトハートを制御する。
 地面を抉った衝撃で吹き飛んだのだろう。地に伏せるルイズとコナンが体制を整え、斗貴子から逃げていく。
 その姿を認め、斗貴子は舌打ちをする。
(クッ! カズキは暴れん坊だな。上手く狙いがつけられないじゃないか。大丈夫、私が鎮めてあげるから……)
 斗貴子が内心呟き、そっとサンライトハートに右腕を添える。
 もし右手が存在していたなら、赤子を扱うかのように優しく槍を撫でていたのだろう。
 その斗貴子のうっとりとした表情と、これから行おうとする行為のギャップにルイズたちが驚愕の表情を浮かべるが、斗貴子の視界には入らない。
 いや、入っても認識しない。サンライトハート(カズキ)と自分だけの世界。
 そこに斗貴子は閉じこもり、戦士の信念も使命も忘れて人を殺す。
 彼女が手にしている武器は、最期まで人を守るために振るった男の信念であるのも構わずに。


 ルイズは衝撃に吹き飛ばされながらも、コナンの身体を庇う。
 叩きつけられた背中が痛むが、構ってはいられない。すぐに立ち上がりコナンを助け起こす。
 ルイズの目には抉られ、大きく裂けた地面が眼に入る。あの槍の突進力は絶大だ。
 吉良との戦闘の後なのだろうか。対峙する傷顔の女は右手がなく、傷だらけだ。
 左手一本で扱うのは難しそうな武器。その隙を突いてどうにか逃げるしかない。
(けど、それじゃ一分も持たない。どうすれば……)
 悔しげに歯を食いしばるルイズの脳裏に、覚悟とラオウの二人と食事を取ったことを思い出す。
 あの時の覚悟が自分の爆発を見て言った言葉を思い出し、ルイズはコナンの手を握って逃げる方向を変える。
「こっちよ!」
「待て! そこは……」
 ルイズはコナンの口調の変化にも構わず、市街地へと駆ける。目指すのは白い屋根の民家。
 後方で不安定な軌道と共に斗貴子が突撃してくる。
 ルイズは右に跳んで狙いのずれたサンライトハートの突撃を回避する。
 コンクリートで舗装された道路にサンライトハートの刃が突き刺さり、電柱が傾くほどの衝撃が伝わってルイズはよろめくが、必死で耐える。
 ここで倒れて時間を消耗してはいけないからだ。
「また外れてしまったよ。カズキ、君は昔から聞かん坊だったな。フフ……」
 幸せそうな声が聞こえるが、振り返る暇も惜しい。
 それに、先ほどルイズたちが目撃した蕩けた表情をしているであろうことは想像に難くない。
 やっと民家へと辿り着いたルイズはドアに手をかけて乱暴に開ける。
「篭城しようというのか? 無駄だ。私とカズキの力なら、そんな壁は紙のような物だ。そうだろう? カズキ」
 地面に深々と突き刺さったサンライトハートを引き抜こうとする斗貴子に、ドアを乱暴に閉じてルイズは答えを返す。
 息も絶え絶えながらも、ここで止まるわけにはいかない。奥へ奥へとルイズは駆け続ける。
「ルイズお姉ちゃん、あいつの言うとおりだ。あいつなら壁を簡単に突き破れるし、屋内なら逃げ場が限定され……」
「逃げなさい!」
 ルイズは見つけた裏口を開け、コナンに背を向けると杖を構え始めた。
「もしかして……あの爆発を使うつもり!?」
「あの女も瓦礫で埋もればさすがに足は止まるでしょ! その間にギントキやカクゴ、キラを探しに行きなさい!」
「無理だ! あんた一人で足止めできるような奴じゃない!!」
 ついコナンはいつもの無邪気な演技を忘れ、素を出す。
 その様子にルイズは一瞬気を取られたが、すぐに微笑んでコナンにデコピンをする。
 ルイズは怯んだコナンの胸に左手の平をそっと添えた。
「貴族をあんたとかいっちゃ駄目なの……よ!!」
 最後の言葉を強めると同時に、ルイズはコナンを突き飛ばす。
 非力なルイズだが、小学生並みの体格しか持たないコナンを数メートル押し出すのは何とか可能だった。
 そしてすぐに裏口のドアを閉じ、魔法の詠唱を始める。
 もし裏口がなければ爆破で道を開けようと考えていたため、ルイズの準備はできている。
 ルイズはコナンを逃がすために、斗貴子と戦う準備を整えた。

 正面を向くルイズの視界に、けたたましい音と共に吹き飛ぶドアが入る。
 粉塵の中からゆらりと幽鬼のごとく、斗貴子が銀髪銀眼を向けて現れる。
 瞳に宿る冷酷な意思を汲み取ってルイズは背筋を凍らせながらも、詠唱を一旦止め話しかける。時間稼ぎのためだ。
「あんた……なんでこんなことをするのよ!!?」
 ルイズの問いかけに、斗貴子は足を止めて笑いかける。
 ニヤリとドブ川が濁ったような瞳を歪ませ、顔中に闇のような皺を形作った凶悪な笑みのまま、声色は幸せそうに答える。
「カズキと一緒に二人だけで暮らすためだ」
「カズキ……?」
 かすかにルイズの記憶に残っていたその名は、確か放送で呼ばれた名だ。
 才人の死で悲しみに沈んでいたため、ルイズがカズキの名を覚えていたのは偶然だ。
 既に死んだ人間の名を呼ぶことにルイズは怪訝に思う。
「……死んだ人の名を呼ぶって事は、あんたは優勝してカズキを蘇らせようって思っているの?」
「それのどこが悪い」
 悪びれもなく言う斗貴子にルイズは嫌悪感を示す。
 なぜだか気に食わない。倫理観とか誇りとか超えたところの本能で、自分も知らぬ感情を持ってルイズは斗貴子に拒否を示す。
 そのルイズをも斗貴子は見ない。
「カズキに私は言ったんだ。君が死ぬ時は、私も死ぬ時だと。
なのにカズキは死んでしまった。私はカズキに嘘をついてしまったんだ。
だが、まだ取り返しはつく。カズキと一緒に死ぬために、お前たちを殺してカズキを蘇らせればいいんだ。
ああ、そうだ。それはいいな。お前たちを殺してカズキと二人っきりになろう。うん、いい考えだ」
 斗貴子は途中からルイズと『会話』をしていない。ただ一人で話し、一人で納得している。
 不気味な様子だが、ルイズは恐怖よりも怒りを抱いた。
「そんなの間違っているわよ……」
 怒りに震える声は小さいが、確実に斗貴子に届いた。
 その証拠に、斗貴子は冷徹な瞳を向けている。
 ルイズは身体が恐怖で押しつぶされそうになるが、それ以上の怒りを持って身体を奮い立たせる。
「間違っている? 君に何が分かる」
「分かるわよ! あんたは間違っている。そのカズキって人が可哀想だわ!」
「カズキが……可哀想……?」
「だって……だって、サイトだったら絶対わたしがそうなる事を望まない!
わたしだってサイトやカクゴにそうなって欲しくないから!
カズキって人がどんな人かわたしは分からないけど……けど、わたしは同情する!
あんたみたいに人を殺す理由に使われたことを!!」
 ルイズは無意識に吠えて斗貴子に突進する。
 斗貴子に対して怒りが溢れるが、ルイズはその理由が分かりかけていた。
 ルイズがラオウを目の前に、才人の死で狂気に呑まれかけた。
 彼女は、斗貴子はルイズにとってもう一人の自分なのだ。
 もしも杉村に出会わなければ。
 もしも覚悟に助けてもらわなければ。
 もしも才人の死を聞いたとき、銀時たちがいなければ。
 ルイズもまた斗貴子のようになっていたかもしれない。
 その事実を認め、ルイズはサンライトハートの穂先を向ける斗貴子を真っ直ぐ見据える。
 斗貴子がサンライトハートを持って突撃するよりも一瞬早く、ルイズの『魔法』が爆発した。


「くそっ! 鍵がかかってる!!」
 コナンは全力でドアに体当たりをするが、非力な身体ではいくら力を込めようともビクともしなかった。
 どうすればいいのかと周囲を見渡すと、コナンの頭ほどの大きさもある瓦礫が転がっている。
「あれを使って破るしかねえか……」
 縮んだ身体にあの大きさの瓦礫は堪えるだろうが、贅沢は言っていられない。
 天才高校生探偵とまで言われた彼にとって、殺人が目の前で起こることを見逃すのは我慢ならない。
(無茶するんじゃねえぞ、ルイズ)
 一人残った彼女を救うために瓦礫に近寄るコナン。
 彼が瓦礫を取るために民家から数メートル離れた時、彼の決意を嘲笑うかのように轟音が轟く。
「なっ!」
 爆発音と共に空気が震えたかと思うと、建物が徐々に崩れていく。
 屋根から崩れていき、半壊した民家を見つめてコナンはぺたんと膝をつく。
「バーロ……間に合わなかったのかよ……」
 後悔と無念に満ちたコナンは呻くように呟く。
 死者は蘇らない。失ったものは取り戻せない。それは死に何度も遭遇したコナンの真実だ。
 半壊した建物は何も言わず、コナンの前にただ存在するだけ……のはずだった。
 突如、稲妻が落ちたような轟音が響き、焦げたDVD-BOXが天から落ちてきて、コナンの前方の瓦礫が吹き飛ぶ。
 運がいい事に、ドアを破るために瓦礫をとりにいったコナンまでは破片は届かなかった。
 爆発が起きた地点の中心に、人影が立ち上がる。
 ブラウスは破れ、顔は煤で汚れているが、桃色の長い髪を揺らして立ち上がる後姿はコナンの知る少女である事を示す。
(無事だったのかよ! 心配させやがって……)
「ルイズお姉ちゃ…………」
「逃げろっていったでしょ!」
 厳しい声色と共に、ルイズの五メートルほど先の瓦礫の山が吹き飛ぶ。
 瓦礫を跳ね除け、山吹色のエネルギーを刃と変えた大槍が天に上がる。
 その槍を左手に構え、地面に斗貴子がふわりと降り立った。銀眼より金属のごとく冷たい視線を送り、エネルギーを収めて槍がたたまれる。
 ごくりと唾を飲んだコナンへと斗貴子はゆっくり槍の矛先を向けた。
「させるもんですか!!」
 ルイズが全力で駆け、杖を持って斗貴子に迫る。斗貴子はルイズの動きを冷静に追って、槍の横腹でルイズの腹を叩いた。
 呻くルイズに、斗貴子の回し蹴りが鳩尾に決まる。
 壁にあっさりと叩きつけられたルイズは地面で身悶えている。それもそうだろう。
 錬金の戦士として訓練を積んだ斗貴子と、知識はともかくゼロと蔑まれ、貴族としての人生を過ごしてきたルイズでは身体能力に天と地ほどの差もあるのだ。
 斗貴子は地面で悶えるルイズに近付く。近くにいるルイズを先に殺そうと思ったにすぎない。
 コナンなど、いつでも殺せる。斗貴子は言葉でなく態度で語っていた。
「クソッ!」
 コナンは吐き捨て、DVD-BOXを拾いながらルイズに背を向けて走る。
 ルイズはそれでいいと微笑んで、またも爆発を起こす。斗貴子を粉塵に巻き込み、コナンから気を逸らせるためだ。
 コナンは目の前にある雑居ビルを一気に駆け上がった。すぐ傍にある傾いた電柱を視線に収めて。

「ハア、ハア、ハア……」
 一気にビルを駆け上ったコナンは、屋上より下を見回す。
 ルイズはまだ殺されていない。コナンは金網を昇り、デイバックからヌンチャクとDVD-BOXを取り出した。
 目の前には電柱があり、斗貴子のサンライトハートの突進の衝撃で電線が角度を落としている。
(待っていろよ、ルイズ。今助けにいってやるからな)
 コナンは意を決して、地面に置いたDVD-BOXを斗貴子の顔面を狙って蹴る。
 威力には期待していない。だが、狙いのよさは小学生並みの身体能力となった今でも顕在だ。目くらましになればいい。
 すぐにコナンは飛び降り、電線にヌンチャクの柄と柄を通し即席のロープウェイを作る。
 身体に落下する感覚を受けながら、コナンは下にいる斗貴子とルイズを見つめる。
 落下の加速を利用して斗貴子を突き飛ばし、ルイズを回収しながら勢いを利用して川へと飛び込みこの場を逃げる。
 それがコナンが考えた脱出策。即席といってもいい策だ。正直穴が多い。怪盗キッドに見られたら、失笑をくらうに違いない。
 それでも、今のコナンにはこの脱出劇に賭けるしかなかった。
 ルイズを死なせない。斗貴子から逃げ延び、殺人を止める。
 両方しなくちゃいけないのが探偵として生きてきた自分の辛いところだ。
 それでも、覚悟は出来ている。なぜなら、自分は江戸川コナン、そして工藤新一、探偵だからだ。
 加速する身体に風を感じながら、DVD-BOXが斗貴子の顔面に命中したことを確認する。

「ルイイイィィィィィィズ!!!」

 コナンは斗貴子に突進しながら、ルイズが自分の思惑に気づいて掴まってくれることを祈った。


 ルイズが引き起こした粉塵を切り裂き、斗貴子がコンパクトにまとめられているサンライトハートを振り下ろす。
 しろがねの回復力を持っても連戦に加え、瓦礫に埋もれた時にできた身体の傷により、振るう速度が僅かに落ちる。
 そのことがルイズに味方した。転がるよう左へと避け、ルイズの後方にあった壁にサンライトハートが深々と突き刺さる。
 動きが止まったのを確認し、ルイズは逃げ――――ずに半ばより折れた軍刀を腰だめに構えて斗貴子に突進する。
 ルイズが現在稼いだ時間程度では、コナンは遠くに逃げれていない。
 その判断から、斗貴子を一秒でもここに引きとめ続ける事を選択する。
 それはいつか、ルイズを逃がすために杉村が決意した正義そのものだった。
 斗貴子は直線的なルイズの動きをあっさり見切り、サンライトハートを手放し、身を捻って紙一重でルイズの軍刀を避ける。
 手刀でルイズの右手首を叩いて軍刀を振り落とさせる。
 斗貴子は密着したまま膝蹴りをルイズの鳩尾にめり込ませた。
「ウプッ、ウゲェェェェッ!」
 ルイズは猛烈な痛みと衝撃で胃の中身を空にし、吐しゃ物を地面にぶちまけ、斗貴子の制服を汚す。
 崩れ落ちようとするルイズの髪を掴み顔を強制的に上げる。
「君はカズキを哀れんだ。それはカズキに対する侮辱だ。
カズキ、君でこいつを殺そう。その方がカズキも嬉しいだろう?」
 無抵抗なままのルイズを斗貴子は壁まで投げ飛ばす。
 利き腕でない左腕で、怪我を負った身体で軽々とやれるのもまた、しろがねの力ゆえだ。
 壁に叩きつけられたルイズは、あまりの痛みで言葉を失う。
 そのままズルズルと壁にもたれながら腰をつき、虚ろな瞳で斗貴子を見る。
 最早抵抗する力も無いのだろうと斗貴子は見て、壁に突き刺さったサンライトハートを抜く作業に取り掛かる。
 斗貴子はルイズに見せ付けるように、サンライトハートをゆっくりとゆっくりと引き抜く。
 その様をルイズは見て、絞るように声を出す。
「やっぱり……わたしは間違っていなかったわ……」
「何を言おうが、無駄だ」
 斗貴子はルイズの言葉を一言で切り捨て、引き抜いたサンライトハートの刃に赤い舌を這わせる。
 サンライトハートの白い刃の表面が、斗貴子の唾液で濡れていき、ンッ……と、いう吐息と共に名残惜しそうに顔を離していく。
 唇と刃の表面に唾液の糸が垂れる。
「少し興奮しすぎたかな。でも、カズキ。君が悪いんだぞ。余りにも暴れん坊で、太くて硬くて、私を困らせるんだから」
 フフフ……と笑う斗貴子を見て、ルイズは虚ろな瞳に意思を取り戻していく。
「悲しいわね……」
「カズキのことか? 問題はない。私がずっとカズキの傍に……」
「あなたの……ことよ……」
 その言葉に斗貴子は呆気にとられる。まさか自分のことを評するとは思ってもいなかったのだ。
 ルイズは壁に身体を預けた態勢のまま、斗貴子に告げる。
「正確に言うと、わたしのことでもあるわ。カズキって人、好き……だったん……でしょ。わたしがサイト……を好きだった……ように。
死んだら……もう逢えない……わよね。
叱ること……も、守って……もらうことも、格好いいところ……を見ることも、格好悪いところを……見ることも、もう全部ないの。
わたしはね、そう思うと胸に……大きな穴が…………開いたような、寂しい……気持ちになったわ……」
 いつの間にか、斗貴子のことではなく、ルイズは自分のことを語り始めた。
 その様子に斗貴子は犬歯を剥き出しにして、不快感を見せる。
 ルイズの語る才人との関係は、偶然にも斗貴子とカズキの関係に似ていた。
 斗貴子はカズキの無茶を叱ったことがある。
 斗貴子はカズキに守ってもらったことがある。
 斗貴子はカズキの格好いいところを見たことがある。
 斗貴子はカズキの格好悪いところを見たことがある。
 斗貴子はカズキを失って、胸に穴が開いたような気持ちを、三度味わったことがある。
 気づいた事実を敢えて無視しながら、斗貴子は吠える。
「だからなんだ!! 私は、優勝してカズキを……」
「本当に、それでサイトに逢えるの?」
 ルイズの問いに、斗貴子は頭を振った。その答えを、誰よりも斗貴子は理解しているから。
「うるさい。もう黙れ」
「友達や……守ってきてくれた人を……殺して、優勝して……サイトに逢えても、それはサイトが……知っている『わたし』なの?
ねえ、『わたし』。教えて……よ。サイトを蘇らせても……サイトの知っている『わたし』じゃない……のに、それは『再会』って言える?」
「黙れッッ!!」
 ルイズの問いかけを拒否するように、斗貴子の闘争心に応じてサンライトハートがエネルギーの刃を展開する。
 太陽の色を持つ刃を見つめて、ルイズは綺麗だと場違いな感想を抱く。
「君はわたしを不快にさせすぎた! 臓物を……」
 いつもの叫びを持って、斗貴子は左腕に力を込めてサンライトハートをルイズに向けて固定させようとする。
 その叫びは、彼女の顔面に激突したDVD-BOXによって中断された。

「ルイイイィィィィィィズ!!!」

 コナンの叫びを、ルイズは背中から聞く。
 逃げろといったルイズの忠告を無視して、何らかの手段で背中から物凄い速さでコナンが近付いてくる。
 だが、コナンの声を聞いてもルイズは振り向かない。
 目の前の斗貴子が、額に血をにじませながらも、怒りの形相とサンライトハートの矛先をルイズの後方へと向けていた。
 そこにコナンがいるのだと気づくと同時に、ルイズは杖を後ろに向ける。
 神速の行動だった。コモンマジックを唱え、己の爆発を発動させる。
 後方の壁が爆発したことにより、爆風の勢いを借りたルイズは神速の速さと斗貴子を突き飛ばす勢いを得る。
 もうルイズに抵抗する力はないと判断していた斗貴子にとって、いや、ルイズ本人にとっても意外だった。
 コナンが危ない。その認識が、タイガーロイドの鋼鉄の腕を杉村が貫いたように、ルイズに斗貴子を突き飛ばす力を与えたのだ。
「ガァッ!」
 斗貴子の鳩尾にルイズの頭頂部が当たり、その行動を一瞬制限する。
 その一瞬で充分であった。ルイズは両腕で斗貴子を掴み、坂になっている土手へと躍り出る。
「離せ……」
 ルイズの狙いに気づいた斗貴子が叫ぶが、遅い。
 最後にルイズとコナンの視線が合う。ルイズは地面に叩きつけられながらも、自分を掴もうと手を伸ばすコナンに柔らかく微笑んだ。
「あんたを助けたわけじゃないんだからね。この女が許せなかっただけ。だから……気に……」
 そのままルイズは、斗貴子を巻き込んで川へと落ちていった。


 ルイズの言葉をコナンは最後まで聞くことは無かった。
 喋る途中で、ルイズは川へと落ちていったからだ。