ラオウ敗れる ◆9igSMi5T1Q



 夕方。太陽が赤みを帯び始める。
 昼間は赤くないそれが変色する理由は何だったか。そんな事を考える者など、この会場にはどこにもいない。
 心にゆとりを持ち、変わり行く景色に心を奪われる者が、この場には一人もいない。
 精神のゆとりを、肉体の余裕を、弱肉強食の掟が奪い取っている。
 心弱き者は、その掟に飲まれ自らの精神を蝕み、心狂わせて行く。ここにも一人、正常でいられなくなった女がいた。

「カズキ……今一歩、私は君に近づいたよ……」

 津村斗貴子は、自らの中にいるカズキに声をかける。元々持っていたはずの戦士の誇りは既に無い。
 それを失ったことさえ彼女は気付いていないだろう。

「……思えば、私はここに来て君に一度も会ってなかったんだな……」

 胸元を触り、感触を慈しむように斗貴子は語りかける。

「私は君に会いたい。再会したい、それだけなんだ……」

 本当に、斗貴子にとってはそれが全て。
 当の本人さえ気付いていないだろうが。完全に全てなのだ。
 例えば、殺された人間の事を忘れ、次の出会いを探そうとか。
 例えば、死んだ人間の気持ちを考え、彼の信念を受け継ごうとか。
 そういう事は一切考えに昇らない。会いたい。ただ、それだけ。

「あと30人ぐらいかな……少し手こずるだろうが、待ってて欲しい」

 胸にいるカズキは一言も返事を返さない。

「君は私のことをどう思うだろうか……フフッ……きっと、拒絶するだろうな。でもね。
私は決めたんだ、君と2人きりの世界を作ってもらう。君とそこで暮らすってね。もう、君は逃げられない」

 カズキは言葉を返さない。
 斗貴子は一人呟き、歩き続ける。

「ふぅ……思えば、少し疲れたな」

 先ほどの戦闘を斗貴子は思い出す。
 もう一人の自分との戦い。相手は戦闘訓練など全く受けてないド素人。
 爆発術が使えるあたり、ただの少女というわけでもないだろうが身体能力は明らかに格下。
 苦戦するような戦いではなかったはずだ。どう考えても斗貴子は本調子でない。
 連戦により肉体は悲鳴を上げ、体中から抜け出た血液はその命さえも奪い取るかもしれない。

「休息が必要かな」

 狂っていても、戦士の思考は変わらない。
 彼女は自身の戦闘力低下をはっきりと認めていた。そして、この場にいる他の者達の圧倒的な強さも。
 格下の相手にさえ手間取っている状況では、勇次郎のような圧倒的上位には太刀打ちできない。
 今の自分は戦士として、カズキを求めるものとして、絶望的に力が不足している。

 現状を悟った斗貴子は近くにある四階建てのマンションへと足を運んだ。

「1フロアの部屋数は6つか……中々だな」

 本当なら、もう少し広いマンションの方が隠れ場所に適しているとも思ったが、生憎、近くにそんな都合のいい物件は無い。
 それに、4×6の24部屋あるマンションだと、襲撃者からの攻撃はかなりの確率で外れる事になる。
 また、地上四階の高さという事は襲撃時にも、窓から飛び降りて脱出する事が出来る。
 気休めかもしれないが、少しは楽に眠れるというものだ。
 斗貴子はマンション3階にある一つを選び、そこを寝所とすることにした。
 念のため、脱出経路を確認する。
 脱出経路は窓とベランダ。ベランダから下は芝生になっており、着地に失敗したとしても大怪我をする心配はなさそうだ。

「よし、大丈夫」

 ベランダの窓とカーテンを閉める。脱出の際は、サンライトハートで突き破れば良いだろう。
 脱出経路を確認した後は、傷口の応急処置。
 ただの民家であるため、右手喪失に対応できるような道具はどこにもない。
 仕方なしに、布団のシーツを破いてそれを右手に巻くことにする。
 左手で軽く消毒液を塗り、口と手でシーツを丹念に巻いていく。
 全身に付けられた火傷にも、適当な塗り薬を塗っておき同じようにシーツを巻く。
 最後に、デイパックから適当な食料を取り出し、それを口に運ぶ。

「出来る事と言ったら、これぐらいか……」

 医学に明るい者でもいれば、脅して治療させる事が出来たかもしれないが現状ではこれが精一杯だ。
 他にやることがないと感じた斗貴子はベッドに横たわり、一時の休息をとる。

「時間をかけてすまない。だが、これも君に会うためだ。分かってくれ、カズキ」

■■

 次なる戦いを求め、拳王は彷徨う。
 ここに来てからというもの、本郷や覚悟、勇次郎にケンシロウといった強者ばかりと巡り合う。

「これが天運というものか……」

 恐らくラオウは今、天からの審判を受けている。
 修羅のごとく闘いにまみれた生を歩んできた彼も、1日にも満たない短期間でこれ程の強者と闘った経験は無い。
 というより、ラオウはこれまで自分と互角の者などほとんど知らなかった。

「天よ、我を阻み最後の抵抗を見せるのか。それとも、我を認め最後の試練を課すのか……」

 どちらでも良い事よ。
 この闘いの意味が試練であろうと無かろうと、ラオウに負けは無い。
 常に勝利を。それが世紀末覇者を唱えるラオウの行く道。過ぎ行く地にあるものは敗者と屍のみ。
 それはたとえ、相手が無想転生を身に着けた義弟であったとしても変わらない事実だ。
 しかし。

「ケンシロウ……どこへ行ったか」

 赤木の時間稼ぎにより、ラオウは目標を失っていた。
 さしあたり闘うべき相手はケンシロウと勇次郎。だがしかし、奴らはどこに行った。
 闘いのさなか、電車と共に消えていった勇次郎は既に探す事も出来ない。
 しかし、歩いて逃げたケンシロウにはまだ追いつけるはずだ。

 駅舎から出て、周囲を見渡す。
 見える範囲に人陰は無い。

「ならば、運に頼るまでだ」

 ラオウは地図も見ずに、ケンシロウを探して進む事にした。

■■

 しばらくして。
 錬金戦士が、マンションの一室で束の間の休息を取っている最中。
 ラオウの体に異変が起こった。
 体の内部。腹部に痛みを感じる。

「……うぬぅ……」

 腹痛。食中りか。
 ラオウには思い当たる節が無いでもない。
 この世界に来て初めて飲んだコーラ。あれが、ラオウの腹に中ったのかも知れない。
 時間的に見て若干遅れているかもしれないが、戦闘の緊張感が食中りを遅らせたと考えれば納得できる。
 ともかくも、突然ラオウの腹はギュルギュル悲鳴を上げ始めた。

「…………ぬぅ……」

 どれ程鍛えても、体の内部は人と同じ。すぐさま探さねばならない。トイレを。
 ラオウは食中りに震える腹を押さえ、近くにある民家へと駆け込む。

「便器は、便器はどこだ」

 拳王が叫びながら、トイレを探す。
 幸いにして、トイレは民家の入り口近くにあった。
 だが……

「……入れん……」

 ラオウの巨体が災いして、民家の小さいトイレでは入ることが出来ない。
 ならばと、ラオウはその拳を振るう。

「行く手を阻むものは、たとえそれが天であったとしても討ち果たすまでよ! 北斗剛掌波!!」

 彼は行く道を阻むトイレの外壁を、北斗神拳で弾き飛ばす。
 これで入れるはず。そう思い、便座を見る。するとそこには……

「なんと儚き物よ……」

 北斗剛掌波により、破壊され陶器の欠片と化した便座が一つ。
 そこからはトイレ用の下水が溢れ、とても使用に耐えない。

「やはり、我が覇道は破壊の道だという事か。それが天命だというのなら、このラオウ甘んじて受け入れよう」

 破壊された便座を前に、ラオウは自らの人生を悟る。
 だが、今はそんな彼にも油断ならぬ敵が襲い掛かってくる。

「……ぅぐ……」

 再度の腹痛。
 もはや、一刻の猶予もならない。いかなる形であっても、世紀末覇者に敗北は許されない。
 ラオウは民家を出て、次なる便座を探す。
 思えば、先ほどの便座は弱者であった。北斗剛掌波一つで破壊されてしまうものであった。
 世紀末覇者であるラオウを受け止める便座であれば、やはり、それに相応しい強度が求められる。
 そう、喩えるなら勇次郎の肉体と赤木の精神を併せ持つような便座が。

 ラオウは周囲を見渡す。
 先ほどのような民家の便座に用は無い。求めるものは強者の器。
 ならば、巨大な建物にこそ、そのような便座はあるはずだ。
 しかし……

「あるものは、あの建物のみか……」

 ラオウの目に映ったのは、4階建てのマンション。
 繁華街に出れば、もっと大きな建物があったかもしれないが、この場ではあのマンションが最も大きい。すなわち、最強である。

「このラオウの器に足るとは思えんが……っぐ……」

 愚図愚図している暇は無い。
 敵は今もなお、ラオウの腹部を攻撃し続けている。反撃は今こそ求められている。
 周りに相応しい建物が無いのならば、目の前のマンションに行くほかは無い。
 ラオウは、そのマンションに向けて突撃を開始した。

「ぬぁああ!」

 全身の闘気を込めた一撃で、壁を粉砕する。

「便座はどこだ!!」

 世紀末覇者の肉体が、闘気に包まれ戦闘状態へと移行する。
 そう、彼に油断は無い。
 人目につかぬ孤独な戦いであったとしても負けは無い。
 否。
 孤独な戦いだからこそ、拳王に負けは許されぬ。

 マンションの一室で、ラオウは壁を破壊しながら探索を進め、ついに便座を見つけた。

「周囲の者達は、もはや我を阻まぬ」

 周りの壁は根こそぎ倒した。
 ラオウは心置きなく、便座に腰を下ろすことが出来る。

「いざ、ゆかん!!」

 力強く宣言し、便座に座り込む。
 その瞬間……


 ラオウの力に耐え切れず、便座は破壊された。

「馬鹿な……この拳王が敗れたというのか…………」

 破壊された便座。
 溢れる下水。
 今のラオウは一敗地にまみれるではなく、一敗下水にまみれるの状態。

「ともかく、出すだけは出さねば……」

 そう思ったのも束の間。
 今度は建物が揺れ始める。

「今度は何だ……」

 身の危険を感じ、ラオウはズボンを下ろした格好のまま、その場を走って逃げ出した。

■■

 斗貴子はベッドの上で束の間の睡眠をとっていた。
 いかにアクア・ウィタエの力を得たと言っても、連戦の疲労は彼女の体を深部まで蝕んでいる。
 ここで休息をとらねば、彼女の体は使い物にならないほど疲弊し、カズキに会う事など文字通り夢と消えるだろう。

「……カズキ…………」

 寝言で愛しい人の名前を呟く。
 夢の中では、彼に抱かれているのだろうか。
 それとも、戦士として共に戦っているのだろうか。

    ガンッ

 そんな彼女の夢を妨げる音が、下から聞こえてくる。
 マンションの一階から、何かを破壊する音が聞こえてくる。

    ガンッ! ガンッ!!

 音は少しずつ大きくなってくる。
 斗貴子は跳ね起きた。

「カズキ、逃げるぞ」

 休息は不十分。敵の正体は不明。ならば、まずは逃げて状況を確認する。
 斗貴子はあらかじめ確認しておいた逃走経路、ベランダに移動し、そこから飛び降りる。
 ベランダの下の芝生に降り立ち、サンライトハートを顕在させる。
 何者かが、マンションの一階を破壊している。
 油断ならない攻撃力。一体、何者がいるというのか。
 斗貴子の目がマンションの一階を注視した瞬間。マンションは大きく揺れ始める。

「崩れるか……」

 ならば、この場を離れよう。
 そう考えた斗貴子の視界に、あり得ぬほどの巨漢が飛び込んでくる。
 その巨漢のこれまたあり得ぬ姿に、斗貴子は一瞬意識を奪われてしまった。

■■

 ラオウは走る。
 ズボンとパンツを下ろしたまま。現在、彼の大事な部分を覆い隠すものは存在しない。

「っく」

 かつて、これ程の恥辱を味わった事があったか。
 孤独な戦いでよかった。ラオウはひそかに胸をなでおろす。
 崩れ去るマンションから走り出て、ラオウは立ち止まった。

「…………次なる便座を探さねばな」

 生まれて初めての屈辱に、彼は隣にいる女性に気付くのが遅れてしまった。

「一体、何をしているんだ?」

 隣から聞こえる少女の声。
 見るとそこには、傷顔銀髪の女が一人。
 彼女は汚いものを見るような目でラオウの顔と股間を交互に見つめている。

 世紀末覇者ラオウ。
 彼の威厳は地に、いや地の果てに堕ちていった。


【F-3 東中央市街北 1日目 夕方】
【ラオウ@北斗の拳】
[状態]内臓に小ダメージ 、鼻の骨を骨折、 胴体に刀傷 限界に近い程の全身フルボッコ(強がって気にしないフリをしている)、腹痛。下半身裸(ズボンとパンツは足に絡まっています)
[装備]無し 核鉄(モーターギア)@武装錬金
[道具]支給品一式
[思考・状況]
1:ケンシロウを追う。
2:強敵を倒しながら優勝を目指す。
3:覚悟の迷いがなくなればまた戦いたい。
4:本郷、銀時の死に様に思う所あり。
5:赤木が気に入った。
6:便座を探す。
[備考]
※自分の体力とスピードに若干の制限が加えられたことを感じ取りました。又、秘孔を破られやすくなっている事にも
※ラオウ・勇次郎・DIO・ケンシロウの全開バトルをその目で見ました
※無意識にですが、その戦闘技術如何によらず、自らが認めた相手に敬意を払いその生き方をも認める事をしました

【津村斗貴子@武装錬金】
[状態]:しろがね化、心臓代わりに核鉄、精神崩壊、判断力低下(若干回復)
    右手消失、全身大火傷、頭部に刺し傷 (核鉄としろがねの力で回復中)。衝撃により、骨にヒビ。簡単な治療済み。
[装備]:サンライトハート@武装錬金
[道具]:支給品一式×2
[思考・状況]
基本:最後の一人になり、優勝者の褒美としてカズキを蘇らせ、二人きりで暮らす『夢』を叶える。
1:目の前の男は何をやってるんだ?
2:可能ならば、なんらかの手段で戦力の増強を図る。
3:強者との戦闘は極力避け、弱者、自動人形を積極的に殺す。
4:アカギ、吉良、勇次郎、軍服の男(暗闇大使)は最終的に必ず殺す。アカギは特に自分の手で必ず殺す。
※数分ですが休息をとりました。


166:スカイハイ 投下順 168:燃える決意――Resolution――
166:スカイハイ 時系列順 168:燃える決意――Resolution――
163:二人の女、二人の愛 津村斗貴子 186:オラトリオ メサイア 第二部終章
149:大乱戦 ラオウ 186:オラトリオ メサイア 第二部終章