鬼ごっこ◆1qmjaShGfE



勇次郎の後方200メートル地点にてその様子を伺うコナンと神楽。
不意に、梟がその進行方向を変える。
真後ろに、そう、コナンと神楽が居る、その方向に向かって。

押し殺した声で呟く神楽。
「あのクソ鳥叩き落していいアルか?」
「バカ! そんな事やってる場合か! 居所がバレる前に逃げるぞ!」
小声で怒鳴るという器用な真似をするコナンは、神楽の手を引き逃げようとするが、神楽は引きつった笑いで逆にその手を引っ張って止める。
「……手遅れ……アルよ」
どうやらあの梟の挙動だけで、神楽とコナンの存在は勇次郎へと知れてしまったようだ。
あの勘の良さは、どう見ても野生動物のそれだ。
本当に奴が人類ヒト化に分類されるかどうか、本気で悩みだすコナンであった。

範馬勇次郎は激闘の予感に導かれ、梟の後を追っていたのだが、そこで出会ったのは子供が二人。
わざわざここへと案内した梟に微かな殺意を覚える。
『ま、所詮鳥のやる事か』
だがまあ彼にとってはその程度である。
今までそうだったように、適当にぶらついていれば何がしかに当たるだろう。
その程度の認識であり、同時にそこで出会った二人の子供、コナンや神楽など路傍の小石程度にしか思っていなかった。
そんな小石に鷹揚に声をかける勇次郎。
「おいガキ共。ここらで誰か強そうな奴に会わなかったか?」

最初に出会った時と一緒だ。
この範馬勇次郎という男、自らが認める程の強者以外にはほとんど興味を示さない。
今なら安全に逃げられる。この男の機嫌さえ損ねなければ。
しかし、いいのか?
この男とこうして出会える機会など、もう残っていないのではないのか?
この機会を逃すという事は、更なる犠牲者を容認するという事に他ならないのではないのか?
危険極まりない自問自答だとの自覚はある。
それでも、それこそが今のコナンにとっての真実であった。
策はたった今考えた。
穴は策を進めながら埋めていけばいい。
同時複数思考、人間マルチタスクは得意だ。
話をしながら、冗談を言いながら、この男から逃げながら、完璧な策に仕上げてやればいい。

いいぜ、命賭けの大勝負。やってやろうじゃねえか!

コナンは勇次郎に向かって笑顔で手を振る。
「あ、おじさん久しぶり。おじさん、強い人に会いたいの?」
コナンのフレンドリーな会話と表情に目をむく神楽。
「軽っ! 恐いもの知らずにも程があるヨ!?」
にこにこしながら神楽に答えるコナン。
「前に会った事あるんだ。別に何もされなかったよ」
改めて勇次郎に問いかけるコナン。
「ねえおじさん。強い人に会いたいんなら、案内してあげよっか?」
勇次郎はにやにやしながらコナンに歩み寄る。
「……何考えてるんだ小僧? 言ってみろ?」
コナンは天使の笑みと自らが信じるスマイルと共に、にこやかに言う。
「頼まれたんだ。おじさんと同じように強い人に出会ったら連れてくるようにって」
それを頼むという事は、コナンにそんな強い人間と接触しろと言う事である。
そんな事を頼む奴が仮に居たとしたら、そいつはよっぽどの間抜けか人非人かのどちらかだ。
勇次郎はそこまでわかった上でコナンの顔を見るが、その表情から何かを掴み取る事は出来なかった。
そんな勇次郎を他所に、自分達の話を進めるコナン。
「じゃあそういう訳だから、お姉ちゃんは先に行っててよ。僕達が初めて会った場所に戻るだけだからボクも迷ったりしないと思うし」
神楽にわかって、勇次郎にわからない言い方で神楽の移動先を指示する。
神楽の方を向きながらそう言うコナンの瞳が一瞬、鋭く輝いたのを神楽は見逃さなかった。
口調は張り倒してやりたくなるようなふざけた口調だが、その危険すぎる内容はコナンの決死の覚悟の表れなのである。
その意思、全てを口に出さずとも神楽に伝わった。
『俺はこいつを何とかする。危険すぎる賭けだから神楽は避難していてくれ』
そんなコナンの決意に、自らの行動に迷う神楽は即答を避け、勇次郎の返事を待つ。
勇次郎は、にやにや笑いを消さないままに言った。
「そうかい。じゃあお前には教えてやるよ」
勇次郎の笑みが深くなる。とても危険な兆候だとコナンは察したが、ここで逃げるわけにはいかない。
「俺と話をするにゃ資格が要るんだ。お前が俺に頼み事をするって事は、俺はそいつを、ひどく気は進まないが、お前にも試してやらなきゃなんねえ」
もちろんこれは勇次郎がたった今思いついた話だ。
要するに嫌がらせであるが、これを範馬勇次郎という男がやるとなると相手は命懸けで応えなければならなくなる。
当然、コナンにそんな能力は無い。
コナンに向かって瞬時に振るわれる裏拳。
来る、そのタイミングは今のやりとりで読めた。
だがそれでも、コナンはこの裏拳に全く反応が出来なかった。
それを代わりに止めてくれたのは、コナンが逃げるよう言っておいた神楽であった。
神速で振るわれた勇次郎の二の腕に、大きく踏み込み、自分の腕の背を押し当て、その腕が振り切られるのを力づくで止める神楽。
当初の神楽の狙いである、勇次郎の腕を弾き飛ばす事は、神楽の怪力を持ってしても適わなかった。
そのまま中空にて微動だにしない二人の腕。
勇次郎は神楽を試すように徐々に腕に力を込めていく。
対する神楽も、こんな怪傑ライオン丸みたいな奴にやられるのは気に喰わないとばかりに渾身の力を腕に込める。
既に並みのプロレスラーでは、ほんの一秒すら耐えられない圧力となった二人の力比べ。
余裕の笑みを見せる勇次郎に、それが腹立つのか、奥歯を食いしばった震える笑いで応える神楽。
「案外やるじゃねえか」
「そ、そっちこそ不潔そうな頭のワリにそこそこやるアル。もちろん私はまだまだイケるネ」
「そうかい!」
範馬勇次郎相手に、こんな挑発を平然とかましてくれる奴なぞそうそう居ない。
嬉しそうに更なる力を込める勇次郎。
流石にキツクなってきたのか神楽の額を脂汗が流れ出す。
「ふんがあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
踏ん張る神楽の足元のアスファルトにひびが入る。
それでも、二人の腕は最初の位置からまるで動いていなかった。
これが全力とばかりに神楽が渾身の力を込めると、さしもの勇次郎もその余裕が消える。
だが、ここで技ではかわさない。力のみで対抗するのが範馬勇次郎という男である。
それを、神楽が突然腕を引いてかわした。
「ちょっとタンマアル」
一方的にそう宣言して、コナンの手を引いて少し離れた場所に行く神楽。
「セコンド、何かアドバイスするね。第一ラウンドはこれで終了アル」
予想外すぎる展開であったが、即座にこれに反応出来るのはコナンならではであろう。
「……ちょっと待て。お前……もしかして勇次郎と五分でやれるのか?」
「まっぴらゴメンアル! 見るネこの腕! 私のまのうぉーのよーな腕がもう痺れちゃって大変アル!」
「まのうぉーって何だよ、白魚だろ。痛いのか?」
「痛いのかじゃないアル! こういう時一流のセコンドは気を利かせて対戦者に気付かれないように怪我の治療スルね!」
流石の勇次郎も調子を狂わされるのか、頭をかきながら声をかけてくる。
「おい、続きはまだか?」
そんな勇次郎を怒鳴りつける神楽。
「やかましいアル! わ、私はべべべ別に腕が痛いから休んでるワケじゃないネ! ほら! こんなに元気アル! ふんぬっ!」
気合の声と共に勇次郎とぶつけあっていた腕を自らぶっ叩く神楽。
「んのぉぉぉおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!!」
絶叫を上げ、自分の腕を押さえてそこらを転がりまわる。
勇次郎は、見たままの感想を素直に述べた。
「お前馬鹿だろ」
その言葉を聞くなり跳びおきる神楽。
「誰が馬鹿アルか!? レディに向かって何って失礼な奴ネ! もうお前なんて知らないアル! えんがっちょ切った! あっかんべーアルー!」
そう言うが早いか、神楽はコナンの襟首を引っ掴み、猛スピードで走って逃げ出した。
そのあまりのスピードに、両足をぷらんぷらん揺らしながらコナンは呟く。
「……お前、行動が全く読めねぇよ」
「女は予測がつかない生き物ネ」
「これを女の行動として規定するのに、物凄い抵抗があるんだけどよ……」

最初に会った時はあっさりと見逃した。
どっちの眼鏡もいじってもつまらなそうだからだ。
だが、今回一緒に居る女はそこそこ楽しめそうだ。
あの女の力は勇次郎の知る知識では説明出来ないのだ。
筋量があるわけでなし、かといって中国拳法で言う所の発勁とも違う。
発勁は魔法ではない。全身の力の伝達方法を効率的にしているというだけの話だ。
それをやっていれば、すぐにそれとわかるが、そんな洗練された技術とも違う。
単純に力を込めただけ、ならば筋肉に何かその要因があるのか。
いずれにしても、一見で見破れないその力は、僅かにだが勇次郎の興を引いた。
馬鹿だが。全く予測がつかないほどの馬鹿だが。
「もう少しからかうか」
そう決めると、勇次郎は神楽の後を猛然と追いかけ始めた。

「神楽来た! あいつ追ってきたぞ!」
コナンは真後ろを向く形で神楽に襟首を引っ掴まれてるので、その様子が良く見える。
「ふふふふふ、この私に追いつこうなんて身の程知らずも良い所ヨ。力尽きて道端に汗の湖を作るがいいアル」
「全然あっちのがはええって!」
「そんな事言って脅したって無駄……」
走りながら振り返った神楽は、事実を正確に把握した。
「おおおおおお!! 銀河帝国の絶対エースを見くびってたネ!」
「……時速二百キロ越えてんだろそれ」
なんて言葉を返しながらも、現状を打破すべく思考を巡らしているコナン。
すぐに何かを見つけたのか、神楽にそこに入るよう指示する。

二人の後を追う勇次郎。
すぐに回り込めるかと思いきや、あの小娘が意外に素早く追いつくのに少しかかりそうだ。
奴の身体能力は並ではない。それだけで下手な格闘家など太刀打ち出来ないレベルと思われる。
馬鹿だが。
小僧が何やら喚くと、小娘は何かの店に飛び込んだ。
その上にある車のマークの付いた看板を見てぴんと来る。
『おいおい、あんなガキに運転出来んのかよ』
運転出来ようと出来まいと一緒だが。
勇次郎はその店のガラス張りの壁の前に立ちはだかる。
案の定、二人のガキは中に飾ってあった車に乗り、ガラスをぶち破って外に出ようとしていた所であった。
二人が店に入ってからさして時間は経っていない。
その間にここまで素早く行動している事に少し驚いた勇次郎。
『何、次はお前等が驚く番だぜ』
あの程度の質量、速度ならまるで問題にならない。
真正面から受け止めてやろう。
二人の驚愕に歪む顔を見てやろうと、運転席付近を良く見る。
生意気にオープンカーなどに乗っているこの二人は、何と運転を分業していた。
『クックック、とことん笑わせてくれる連中だな』
小娘が運転席に座り、助手席に座る小僧が身を乗り出してハンドルを握っている。
確かに、小娘の馬鹿さでは運転が可能とは思えないし、かといって小僧ではアクセルに足が届かない。
勇次郎が真正面に出ると、案の定小僧が悲鳴に似た声を上げるのが聞こえた。
が、小娘は何を思ったか傘をこちらに向けてくる。
『何のつもり……っっ!!』

違う! あれは傘なんかじゃねえ!

瞬時にそう判断して真横に跳びのくと、勇次郎の居た位置を強力なエネルギー弾が貫く。
勇次郎と違って自立移動が不可能なガラス壁は、それをまともにもらって粉々に砕け散った。
さしもの勇次郎も、あんな子供の持つ傘からあんなものが飛び出してくるのは予想外である。
飛びのいた勇次郎の隣をすりぬけ、車は道路へと飛び出して行った。
見事にしてやられた形の勇次郎。
だがそれは俗に言う『火に油』と呼ばれる行為に似ていた。
『ガキ共……ちっとおいたがすぎたみてぇだな……』
普通の人間なら当たれば死ぬだろうモノを、範馬勇次郎に向けて撃ったのだ。もうからかうでは済ませられない。
半ば以上本気で、勇次郎は走る車を追い駆け出した。

「お前何て物撃つんだよ! 殺す気か!?」
ハンドルを握りながらコナンが怒鳴る。
「あの程度で死ぬような可愛げのある奴じゃないアル!」
「可愛かろうが気色悪かろうが当たったら死ぬだろ! もうそれ使うな!」
アクセルを踏み込みながら、体をよじって傘を後ろに向けている神楽。
すぐ後ろで運転席に乗り出してハンドルを握っているコナンに不満そうな顔を向けるが、生憎コナンは車の進行方向を見ていたので、それを察してはくれそうにない。
「……わかったアル。確かに人殺しは良く無いネ」
渋々傘を引っ込める。
代わりに懐から真っ黒な銃を取り出し、狙いを定めて勇次郎へと放つ。
「死ねクソ筋肉があああぁぁぁぁぁぁ!」
「お前全然わかってないだろ!」
いらないとか言っておきながら、この銃を神楽は結構気に入ってるのかもしれない。
ちらちらと後ろの神楽を振り返るコナンに、神楽もそちらを向いて真顔で言った。
「やっぱり駄目アル。きっとハードボイルドが足りないネ」
先ほど何処からかガメてきたサングラスをかける神楽。
「これで完璧! 百発百中ネ! …………ぬおっ!? 前が! 前が見えないアルぅぅぅぅ!!」
「あたりめーだ! 夜中にサングラスかける馬鹿何処に居んだ!」
二人が馬鹿やってる間に勇次郎はぐんぐん迫ってくる。
サングラスを放り捨てた神楽は、コナンの言葉を無視して銃を撃ち続ける。
「こうでもしないと追いつかれるヨ!」
コナンも勇次郎の走る速度が車を越えているとは予想外だったので、そう言う神楽に文句を言いずらい。
実際、あそこで真正面から止めに来た勇次郎をかわせたのも、神楽の瞬時の判断のおかげであるし。
「ええいくそっ! わかったよ! けど絶対当てるなよ!」
「当てて欲しいんならこの揺れ何とかしてからにするアル!」

さて、では江戸川コナンが現在やっている事を整理してみよう。
神楽がアクセルを踏み、コナンはハンドル操作のみで車をコントロールしている。
これが如何に危険な行為か。
神楽はそれが当然持って生まれた権利であるかのごとく、アクセルをベタ踏みしている。
彼女にそもそも細かい調整などを期待するのが間違っているのだ。
二人の乗る車は走る速度に合わせて自動でギアが変わってくれる、最近では珍しくも無い便利仕様のオートマ車である。
だがこの車の特性として、アクセルをベタ踏みすると自動的に低速ギアに切り替わり、急加速を行ってしまうのだ。
勇次郎から逃げるという点からだけ見れば、それは有効な操作ではある。
しかし時刻は深夜、明かりは申し訳程度の外灯と車載されているライトのみで、そもそも車の運転を許されていないコナンがこれをコントロールしなければならないのだ。
にも関わらず車は何かに引っかかる事もなくスムーズに進行している。

何故か?

コナンはこの道路を記憶していたのである。
もちろん自分が通っていない道もあるが、それは今まで通った道路や街並みから推測して脳内に道路図を作り上げているのだ。
道幅からカーブの角度に至るまで、正確に脳内に再現させ、その予測の元運転を続ける。
コナンはこれが必要になると思っていたから、街並みも道路も記憶していたのか?
いかに名探偵とはいえ、そこまで神がかった予知は出来ない。
そもそもここで車に乗って逃げる事自体、彼にとってはイレギュラーであったのだから。
コナンは、今まで見た街並みを思い出しつつ、道路図を自らの脳内に作り上げながら車の運転を行っているのだ。
もちろん全てを推理しきるのは無理なので、運転しつつ街並みを観察し、脳内道路図を完全な物に仕上げながら、である。
そしてもう一点。
小さくなる前は高校生、今にしてもその時にしても、彼は大っぴらに車の運転を許された身ではない。
それでも、今こうして危なげなく運転をこなしている。
これは至極単純な理由で、彼が工藤新一だったころ、車の運転を父優作に教わっていたのだ。
しかし、いくら教わったからといって、その後定期的に運転する機会をもてなかった彼が、こんな危険な運転を行えるだろうか。
出来る。出来てしまうのが江戸川コナンなのである。
彼の持つ卓越した知能は、自らの持つ知識を限りなく現実の挙動に近い物として脳内に再現させる。
正に天才の面目躍如といった所か。
不幸な事に、その奇跡に近い能力を理解してくる人は身近には存在しないのだが。

「下手くそ! もっと揺れないようにするネ!」

それ所か、文句まで言われているのだから報われない事この上無い。
尤も、今更報われないのを嘆くようなコナンでもないのだが。

「揺れないようにしたらお前当てちまうだろうが!」

推理の手柄を小五郎に持っていかれ続けている間に、随分とタフになったようである。

事態は完全にコナンが予想していた状況の斜め上である。
勇次郎の反応や能力もそうだが、神楽の言動全てが予想外過ぎて、当初のプランなど最早欠片も残っていない。
だがその神楽の馬鹿力と機転により、何とか最悪の事態は脱した。
ならば次の手だ。
少しぐらいうまくいかない程度で引っ込むようなヤワな神経を、江戸川コナンは持ち合わせていない。
コナンが頭の中で次の手を組み立て始めた直後、同時に考えていたもう一つの事柄が、致命的な状況予測をコナンに突きつけてきた。
『やべぇ、三つ先の急カーブ絶対曲がれねえ……』
神楽は片足を思いっきり後ろに伸ばしながらアクセルを踏み、もう片方の足を座席に乗せ、左手で体を固定しながら後ろに銃を撃っている。
選んだのがオープンカーでなければ出来ない芸当だ。
この状態で体勢が安定している今の神楽に、ブレーキも踏めというのは少々酷である。
かといってコナンがブレーキを踏むと、踏んでいる間は前が見えなくなる。
既に他の減速方法、ガードレールにこすりつける、ハンドルを切ってタイヤを滑らせる、サイドブレーキを用いる等々問題の無い程度に試してはみたのだが、全てうまくいきそうにない。
あまりに技能を要求される領域の操作は無理であるし、逆に減速しすぎてもまた困るのだ。
即座に次善案を考えるコナン。
脳内地図にある次のカーブを曲がらず、真っ直ぐに突っ切るのが最適と答えを導き出す。
そのままゴールまでの進路をイメージ完了。
ただ一点に目を瞑れば、勇次郎の能力を勘定に入れてもこれで完璧に突破しきれるはず。
そして、勇次郎への策もそこそこ形になってきた。
ひどく気が進まない。神楽を巻き込むつもりは無かったのだが、こうなっては最早手遅れだ。
コナンが考える勇次郎像に従って推理すれば、既に勇次郎は神楽を見逃す気は無くなっているであろうから。
『……やるっきゃねえよな。ここでビビってちゃ服部に会わす顔がねえ!』
景気付けにカーステに入っているCDをかける。
気分が大事だ。勇次郎を、神楽を、そして自分すら騙しきる必要がある。
たまたま入っていたCD。
脇に無造作に放り投げてあるCDジャケットには『 L'Arc?en?Ciel  Driver's High 』と書かれていた。
「おあつらえ向きじゃねえか……行くぜ!」

アップテンポな曲がかかると神楽は少し驚いてコナンの方を振り向く。
コナンは前を向いたまま不敵に笑っている。
やかましいだけの音楽に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、揺れがひどすぎてコナンの方を振り向いたままで居るが難しく、面倒になったので止めた。
コナンは前方に僅かな余裕を見つけ、ハンドルを固定したまま勇次郎に向かって振り向く。

「勇次郎! アンタは一々やる事が原始的なんだよ! 少しは文明の利器に触れたらどうだ!?」

そう言って、コナンは範馬勇次郎に向け、中指をおっ立てて見せた。

さあこれでケツに火がついたわけだ。
範馬勇次郎、あの男は元の世界ではどんな風に見られていたのだろう。
それがどんなものであれ、コナンの世界に居たとしたら、間違いなく自然災害レベルの悪夢となっていただろう。
そんな男を相手にしながら、しかしこの高揚感は何だ。
なるほど、良く見る若気の至りってのはこういう感覚から出てくる発想なんだろうな。
やってはいけない事をやる快感、実際にやってみないと確かに、心底までは理解しえない。
「へっ! せいぜい原始人らしく地べたを走り回ってな! この猿野朗!」
予定外のセリフまで飛び出してくる。
全くもってこの高揚感は御しがたい。
付加効果として、例のカーブ問題解決策をやるのに躊躇や恐怖というものが無くなってくれた。
ありがたい話だ。
「神楽! 頭下げろ!」
「へ? ……っておうわぁああああああ!!」
神楽の返事を待たず、コナンは大手スーパーの一階正面入り口に車を突っ込ませた。


ガッシャアーーーーーーーーーン!!


最初に店を飛び出した時の倍以上のガラス片を撒き散らし、車は店内へと突入する。
ついでに柱も削り取ったらしい。ガラスやら何やらの破片がそこらを飛び散っている。
当たったらタダじゃ済みそうに無い。

 だ か ら ど う し た !

店内の通路はかなり大きく取ってあるので、車一台がすり抜けるぐらいのスペースはある。
もちろん、車が走るようには出来ていないので、余裕なぞ欠片も無いが。
入り口催事場にあるカツラ売り場を蹴散らし、ファーストフード店のカウンターを削り取る。

ヤバイ、これは本気でヤバイ状態だ。
多分今俺めちゃくちゃ笑ってるわ。
血管千切れそうなものすげぇ笑い顔。
きっと、このままどっかに突っ込んで死にかけても笑ったままだ。
横から聞こえてくる神楽の悲鳴が、最高のBGMに聞こえる。
サービスカウンターを斜めに横切ると、中身すかすかのカウンター台が弾け飛ぶ。
食料品売り場に入った。
ここだ! ここが勝負の分かれ道!
入り口を一瞬で見極めろ! 何、失敗しても最高の気分のまま死ぬだけだ!
強引に中央部に切り込むと、乾物コーナーが棚ごと吹き飛んだ。
ちょうど真正面! 良し! あそこが裏口への抜け道だ!

両開きのスイングドアを抜けると、すぐそこは受け渡しになっていて店の真後ろへと抜ける事が出来た。
道路に出るには、段差と呼ぶのもおこがましい1メートル弱の高低差を飛び降りる必要があるのだが。
「神楽! 舌噛むんじゃねえぞ!」
マズイ! これはマズイ! 勢い落とさず飛んだら道路奥のフェンスに突っ込んじまう! その先は川だぞ!

 う る せ え !

寸前で僅かに戻った理性でハンドルを切る。
車体が斜めを向いたまま大きく宙を舞う。
フェンスまでほんの数秒、それが妙に長い時間に感じられた。

がっしゃーーーーーーーーーん!!

フェンスに衝突した時の振動で、車外に振り落とされそうになるのを何とか堪える。
直前でハンドルを切ったおかげで、車は空中で真横を向いてくれ、タイヤはすぐに地面に接地した。
そして驚くべき事に、神楽はこの期に及んでまだアクセルを踏みっぱなしだったのだ。
すぐに加速を始め、道路を一直線に走り出す。
川沿いの道、今までとは比べ物にならない楽な道を通りながら、神楽は心底楽しそうにコナンに言った。
「お前、無茶苦茶ネ!」
そう言う神楽は、真後ろにがんがん銃をぶっぱなしながら笑っているのだ。
それを見ていたら、腹の底から笑いがこみ上げてきた。
「お前が言うんじゃねえよ!」
二人は狂ったように笑いながら走り抜ける。
二人共、後ろの勇次郎の事などもうどうでもいいと言わんばかりに、今のこの瞬間を楽しんでいた。

コナンが予め考えていたプラン。
当初考えていた急カーブを使わない事には、どうしても目的地に辿り着く事が出来ない。
他のルートだと、より酷い事になってしまう為だ。
そこでコナンが考えたのが、大手スーパーのど真ん中を突き抜けるやり方。
入り口はガラスドア。多数の人間を同時に入れられるよう大きくとってある。
そして店内は、大手ならではの広めの通路幅を取ってあるだろう。
問題は裏側に抜けられるかどうかだ。
店の位置と道路の関係上、受け渡し、荷物を乗り降りさせる場所が入り口真裏にあるのは予測出来た。
だが、売り場から受け渡しに抜ける通路がどれだけ広いかが予想できなかったのだ。
途中の通路に荷物が置いてあっても同じ。
車が通過出来ない場合、やっかいな事だがこのスーパーで勇次郎を迎え撃つ事になる。
それでも、食料品から日用品まで揃えてあるのなら、何とかやりようはある。
もちろん目的地で迎え撃つのが最高ではあるので、出来れば避けたかったが。
幸い受け渡しに通じる道は両開きのスイングドアで、車で押し開ける事も、通り抜ける事も可能だった。
一番の難所は、それが出来るか否かの見極めを一瞬でしなければならなかった事。
大手スーパーとはいえ、一番奥の食料品売り場は当然見通しが悪い。
見やすいような位置に移動する為に無理矢理すぎる進路変更をすると、速度が落ちすぎて勇次郎に追いつかれてしまう。
そのさじ加減の見極めが必要だったのだ。
もちろん商品重量の小さい乾物コーナーを通り、出来るだけ減速を抑えたのは彼の瞬時の判断によるものである。