ひとりぼっちのエスケープ ◆qvvXwosbJA


西の名探偵、服部平次がゲーム開始直後に出会った不可解な殺人事件。
切り刻まれた死体。大量の血。そして、返り血を浴びた少女。
果たして犯人は彼女なのか?
服部平次の名推理が今――――――?

 ▼ ▼ ▼

平次は実のところ、この状況をいまいち掴みかねていた。
少女はどうやら相当錯乱しているようで、言葉が途切れ途切れ過ぎて意味を掴みようにも掴めない。
ただ、あそこで死んでいるのはまず間違いなく人間だ。やけに身長が小さいが、男性だろう。
本来なら近くに寄ってじっくり調べたいところだが、今はまずい。
なにしろ容疑者の少女があの状態だ。下手に刺激するとよくない。
できる範囲から、推理していくしかない。

(まずはこの状況。一見、あの姉ちゃんがガイ者を鋭利な刃物か何かで切り刻み、その結果返り血を浴びた、というのが一番ストレートな考えや。
 目視できる範囲に刃物は無し。俺に見つかって咄嗟に隠したって線もないやろ、隠す場所も無いしデイパックに入るような刃渡りの刃物じゃあそこまでは無理や。
 手に持っている棍棒で撲殺した? だったら切り刻む必要が皆無や、よっぽどサイコな殺人者でない限り)

近寄って確認できないのが痛いが、遠巻きにも死体を幾重にも横断する切り傷が並大抵の深さではないのが分かる。
これだけの傷を負わせるには、その辺の出刃包丁や何かでは役者不足にも程がある。
それに、どう考えても傷が深すぎる。人を殺すのにそこまでのダメージを与える必要はない。致命傷を一つ与えれば十分だ。
あの死体の損壊具合には執拗さすら感じられる。「殺人ゲームで自分が生き残る」という動機を超えた、もっと狂的な何かが。

(これをやったのは恐らく根っからの快楽殺人者……あの姉ちゃんがそうとは、思えへんのやけどな)

見たところ予想外の事態に錯乱しているだけにしか見えない少女に目をやり、平次は内心で溜め息をついた。
自分と同年代の少女だ、いきなりこのような状況に置かれれば取り乱すのも分かる。
平次自身、あのような少女が猟奇殺人を犯したとは考えたくはない。
それでは、もしあの少女がやっていないとしたら、あの大量の返り血は?

(彼女自身の血では無い以上、考えにくいが「血」そのものが支給品という可能性も……人は殺せんでも偽装トリックくらいには使えるやろうし)

どうやらランダム支給品は人殺しの道具に限定されているわけではないらしい。つまり、「血」が支給品である可能性は十分にある。
問題は大量の液体を支給する方法だが、これだって十分に可能な範囲だ。
例えばあの隅っこの方に転がっているバケツにでも入れておいて、例の訳の分からないあの紙にでも入れて支給すれば――

……………………紙?

そうだ。根本的なことを見落としていた。
このデイパックとともに支給された、ランダム支給品が中に入っている「エニグマの紙」。
完全にものの大きさを、というより物理法則そのものを無視して、明らかに納まらないサイズの支給品をしまい込んでいる不思議な紙。
現代科学でこのようなことが可能だとは思えない。これは科学とは全く別の何かなのだ。
もしかしたら、その「科学とは全く別の何か」に基づく技術が、他にも存在するとしたら?
例えば、「死体を執拗に切り刻んだ後で凶行に使用した刃物を元の『紙』の中にしまう」ということが何らかの形で可能だとしたら?
もしそうだとしたら、これまでの推論自体が無意味な前提のもとに成り立っていることになってしまう。
そして、その可能性は決して否定しきれない。すでに今のこの状況自体が平次の常識を大いに飛び越えてしまっているのだ。

(エニグマ……enigma……ラテン語やったか? 確か日本語に直訳すると『謎』……くそっ、おかげで振り出しや)

推理小説には、「魔法や超能力を作中に登場させてはならない」という暗黙の不文律がある。
いくら作中で順序立てて説明されていても、現実の埒外であるそれらの要素は読者が推理することを困難にしてしまうからだ。
今、服部平次が直面しているのはまさにその問題であった。
状況だけを見れば、この少女があの男を殺害した犯人だとは思えない。
どう考えても不自然なのだ。この殺害現場は「それらしくセッティングされている」という印象すら受ける。
しかし。
これが、平次が知っている常識の範疇から逸脱した要因によって行われた殺人だったら?
何しろ薄っぺらい紙の中から光線銃やらが出てくる状況だ。あり得ないとは言い切れない。
不可能犯罪を可能とする何かが存在する可能性も、あるのだ。

(……だったら、どないせえちゅうのや? 超能力やらを使ったトリックなら、それこそお手上げやないか!)

平次の推理は、今や完全に泥沼に陥っていた。
そして、それはいつの間にか彼からいつもの観察眼を奪い――――

少女の手が棍棒を振り上げたことに、平次は気付けなかった。

 ▼ ▼ ▼

実のところ、シェリスは、目の前の青年を殺すために行動を起こしたわけではない。
完全にパニックに陥っていた彼女は、自分が疑われているというこの状況がひたすら恐ろしかったのだ。

逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。
逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。
逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。

それは、言ってみれば現実逃避にも近い行動だった。もっとも、彼女の精神状態からは無理からぬことだったが。
そして、棍棒を振り上げてからの彼女の行動は早かった。
思案に耽っている青年目がけて、その棍棒を投げつけたのである。

もちろん、棍棒は殴るための武器であり、投げるよりも殴りかかった方が確実だ。
それは分かってはいたのだが、少なくともその時のシェリスは人殺しへの抵抗によって咄嗟に殺傷力の低い手を打ったのである。
それでも心ここにあらずの状態にあった青年は反応が遅れ、咄嗟に腕で防御するのが精一杯だった。
青年が何かを叫んでいるような気がするが聞こえない。今のシェリスの耳には入らない。
一気に踏み込み、間髪入れずに青年の側頭部に渾身のハイキックを叩き込んだ。
青年の体は大きく体勢を崩し、そのまま壁に叩きつけられてくずおれた。
青年の安否を確認することもせず、シェリスは自分のデイパックを掴むと弾けるように駆け出した。

逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。

あと少しで施設から逃げ出せるというところで、彼女の目に小柄な人影が映った。
全速力で走っていた彼女にそれを避けることなど出来るはずもなく、二人は激しく衝突。

「きゃあっ!?」

年相応の悲鳴を上げ、シェリスは転倒した。
急いで体を起こす。そして自分が何にぶつかったのかに気がついた。
小柄な少女だった。自分と同じような青髪に、赤縁の眼鏡が映えている。
彼女はシェリスのことを見て驚いているようだった。もっともあるかないかも分からないほど小さな表情の変化だったが。
何に驚いているのかはすぐに見当がついた。目の前に突然人が現れただけではない、その人が血まみれだったからだ。
瞬間、シェリスは自分がどんなにひどい格好をしているのかに気がついた。
これでは、誰に出会っても誤解されるに決まっている。
そこから先は考えるより早く手が動いた。
人から物を奪うことへの躊躇よりも、追い詰められたシェリスの焦りが勝ったのだ。
未だ動けずにいる眼鏡の少女からマントをはぎ取り、自分の体を覆う。
すぐに逃げ出そうとして、少女が取り落としたナイフが視界に入った。
そういえば、棍棒は投げっぱなしで置いてきてしまった。そのことに思い当った直後、シェリスはそのナイフを掴んだ。
そして再び走り出す。衝動に駆られるまま、後ろさえ振り向かずに。

逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ――

そしてそのまま脱兎の如く施設を飛び出し、彼女はいずこかへと走り去って行った。

 ▼ ▼ ▼

すぐに意識を取り戻し、シェリスを追ってきた平次が見つけたのは、さっきと変わらずに本を読んでいる少女だった。
いや、さっきと変わらずに、ではない。たしか行きに会ったときはマントを付けていたはずだ。

「おい嬢ちゃん、今ここを血まみれの女が通っていかへんかったか?」
「……マントと武器」
「へ?」
「盗られた」
「あの女に? くそっ、好き勝手やりよってからに!」

思わず悪態を吐く。
今となってはあの女が本当に錯乱していたのか、それとも最初から全部が演技だったのか、真相は闇の中だ。
ただ一つ言えるのは、平次が推理に没頭して結果的に不覚を取ったということ。
自分らしくもない失態だ。自分自身、この異常な状況に判断力を失っていたのだろうか。
しかしもはや後悔しても仕方ない。こうなった以上、やるべきことは一つだ。
失敗は、自分で取り返す!

「これ以上の推理は無意味……こうなったら面と向かって白黒つけるしかないようやな!」

平次は勢い盛んに施設からとび出すべく走り出そうとして……盛大につんのめった。
呆けた顔で振り返ってみれば、少女が服の裾を掴んで引っ張っていた。
そしてその小さな唇から零れ出たのは、明確な意思表示。

「私も行く」
「嬢ちゃんも? いや、物盗られたわけやし当り前か……」

平次は考える。殺人者かも知れない相手を追うのに、こんな年端もいかない少女を連れていってもいいものだろうか。
そうはいっても協力者はほしいし……何より目の前の少女の瞳は、説得して退くようなものじゃない。
平次は覚悟を決めた。

「よっしゃ、嬢ちゃん名前は?」
「……タバサ」
「タバサか、ええ名前や。俺は平次、服部平次や。よろしゅうな」
「…………(頷く)」
「なんか反応の薄いやっちゃな……まあええわ、行くで! 走れるか嬢ちゃん?」
「…………」
「って返事する前から走るなや!」

そして二人もまた、汚水処理場から外の世界へと駆け出して行った。

 ▼ ▼ ▼

次第に明るみ始めた空の下、シェリス・アジャーニはただひたすらに走っていた。
血まみれの制服を奪ったばかりのマントで覆い、その手にナイフを隠し持って。
今にもあの色黒の青年が後ろから追いかけてくるのではないか、その恐怖に駆られて何度も振り向きながら、シェリスは走っていた。
恐怖。そう、恐怖である。
あの青年が怖いのではない。あの青年が一瞬でも表に出した疑念が、無意識の悪意が怖かったのだ。
何一つ自分の支えるものの無い場所で人の悪意に晒されるのが、こんなにも恐ろしいものだとは思わなかった。
取り繕ってはいたが、あれは明らかにシェリスが殺人を行ったと疑っている目だった。
あの死体は自分とは関係ないのに、誰もそれを証明してはくれない。
一度疑われたら、自分ひとりの力でなんとかするしかない。そしてそれは、とても難しいことで。

「ひとりぼっち」とは、そういうことなのだ。

この狂ったゲームの中で、人を殺すのに特別な動機などいらない。
「最後の一人になりたいから」――それだけで十分なのだ。
自分に他人を殺す理由があるのと同じように、他人にも自分を殺す理由がある。
そしてその状況で疑われるのは「他人に必要以上の『殺す理由』を与えること」だと、シェリスは悟りかけていた。
死にたくない。劉鳳にも会えないまま、こんな訳の分からない場所で殺されたくない。
だったらどうしたらいい? 誰が私を守ってくれるの?
ジグマール隊長は駄目だ。どうして生きているのかは知らないが、あの人は部下であろうと理想から外れた人間は容赦なく切り捨てる。
ネイティブ=アルターのカズマは? 無理に決まってる、ちゃんと面識があるわけでもないし、第一向こうはHOLYに反感を持っている。

シェリスの心を絶望が支配した。あの人に会うまで、どうやって生き延びたらいい?
一番簡単に思いつく方法は、誰か他の参加者に匿ってもらうことだ。丸腰の女の子一人、そんなに難しいことじゃない。
それでも、さっきみたいに疑われたら? 殺し合いに乗った人間だと判断されたら?
そもそも、その人間が信頼できる人間である保証はない。匿うふりをして利用したあげくに殺す、そういうことだって考えられるのだ。
どうする? どうする? それならどうする?

――殺されるなら、いっそ殺してしまったほうがいいんじゃない?

(………………!)
一瞬自分の中に生まれたその考えに、シェリスは恐怖した。
しかし、相次ぐ負担によって今にも潰れそうな彼女の心には、それはひどく魅力的に感じた。
考えてみれば、どのみちあの人以外は敵なのだ。殺してはいけない道理はない。
殺される前に殺す。不意を打てば、このちっぽけなナイフでも十分にやれるはずだ。
無力な弱者のふりをして入り込み、自分に疑念を抱いたり切り捨てようとする意思が見えたら、先手を打って殺す。
決して無理なことではない。それを繰り返せば、少なくとも生き残ることは出来るはずだ。
そしてそれを実行するために必要なのは――人を殺す覚悟。
死にたくないという自分勝手な理由で他人の未来の全てを奪い去って顧みない、その覚悟だ。

(人を殺す……できるの? 私に……)

思わずナイフの柄を握りしめる。その人殺しの道具の確固たる存在感に、シェリスは震えた。
でも、死ねない。死にたくない。自分には、会いたい人が、会わなければいけない人がいるのだ。
やるしかない。やるしかない。やるしかない。やるしかない。
人を殺す。その禁忌を乗り越える覚悟を、持たなければならない。
生きるためにはやるしかない。存在し続けるためにはやるしかない。未来を奪われないためにはやるしかない。
人を殺すのは怖い。仮に殺してしまったとして、自分がその罪悪感に耐えられるかは分からない。
それでも、たとえ何人の命を奪おうと、それでどんなに自分が罪の意識に苦しもうと、あの人に会うまでの辛抱だ。
あの人に会えれば、あの人はきっとなんとかしてくれる。追い詰められた自分を救い出してくれる。

「劉鳳……どこにいるの? 会いたいよ……劉鳳……」

愛する人の名をうわ言のように呼び続けながら、見えない何かから逃げるように彼女は走り続けた。



【B-8 路上/1日目/黎明】

【シェリス・アジャーニ@スクライド】
[状態]:健康、精神的にかなり追い詰められている
[装備]:光の剣(ただのナイフ)@BATTLE ROYALE、タバサのマント@ゼロの使い魔
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:劉鳳に会うまで死にたくない
1:劉鳳に会いたい
2:劉鳳に会うまで、他の参加者に匿ってもらう
3:思考2で匿ってもらった参加者が自分に害意を持っていると判断した場合は、殺される前に隙を突いて殺す
4:体についた血を落としたい(できれば服も着替えたい)
[参戦時期]
劉鳳と同時期
[備考]
※タバサのマント@ゼロの使い魔 は支給品ではなく、タバサが元々身につけていたものです。
 シェリスの向かう先は後の書き手に任せます。


【服部平次@名探偵コナン】
[状態]:健康、頭部にハイキックによる一時的なダメージ(時間が経てば回復)
[装備]:スーパー光線銃@スクライド、ハート様気絶用棍棒@北斗の拳
[道具]:「ざわ……ざわ……」とかかれた紙@アカギ(裏面をメモ代わりにしている)、支給品一式
[思考・状況]
基本:江戸川コナンよりも早く首輪のトリックを解除する。
1:シェリスを追跡し、真実を明らかにする
2:江戸川コナンとの合流
[備考]
平次はシェリスの名前を知りません。
シェリスを追っていますが、同じ方向に向かっているとは限りません。

【B-8 汚水処理場 入り口/1日目/黎明】

【タバサ@ゼロの使い魔】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:ネクロノミコン(数十ページ読破)、液体窒素(一瓶、紙状態)、支給品一式
[思考・状況]
基本:元の世界に帰る。
1:平次とともにシェリスを追う
2:杖を入手する
3:キュルケとの合流。ルイズ、才人については保留
[備考]
杖をもっていないので、使える魔法はコモン・マジックのみです。攻撃魔法は使えません。


※ヌケサクの死体入りDIOの棺@ジョジョの奇妙な冒険 は破壊された状態で汚水処理場内に放置してあります。
 ヌケサクの死体が切り刻まれているのは元々です(原作でDIOがヌケサクを殺害した時の傷)。
※血の入った金属バケツ@グラップラー刃牙 は破壊された状態で汚水処理場内に放置してあります。


044:去るものは追わず 投下順 046:希望の砦
041:ふたりはスカーフェイス 時系列順 047:ハレ晴レフカイ(DIOver)
022:MIND YOUR STEP!! シェリス・アジャーニ 054:貴重な貴重なサービスシーン
022:MIND YOUR STEP!! 服部平次 071:風を切る感覚
022:MIND YOUR STEP!! タバサ 071:風を切る感覚