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「心の居場所(後編)」(2009/08/26 (水) 19:28:58) の最新版変更点
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**心の居場所(後編) ◆uBMOCQkEHY氏
「はぁ・・・はぁ・・・」
その数分後、赤松は零と涯に追いついた。
体力を無視して走ったため、足が痙攣のごとく震えている。
体をやや屈ませながら、切れ切れになった息を整える。
「私の名前は・・・赤松修平・・・どっちが・・・零君なのか・・・」
「オレです」
零は一歩前に出る。
落ち着いた表情で赤松を静観しているが、万が一の時に供えて、右足を後ろへずらし、逃げる用意をしている。
赤松はその右足の存在を一見した後、零の顔へ視線を移す。
――確かに聡明な少年だ・・・しかも、私に対して怖気つく様子がない・・・
肝が据わっているというか・・・意志が強そうだ・・・そう・・・意志が・・・。
『それは・・・過大評価だ・・・!
人の言うことや情勢を無視して我を張り続けるあの姿勢・・・
その考えが自分の可能性を殺していることさえ分かっていないっ・・・!』
生前、標が言った言葉が頭を過ぎる。
赤松は思わず笑みをこぼした。
「確か君はドリーム・キングダムの試験の時、標君からのリングの受け取りを断ったそうだね・・・
彼・・・言っていたよ・・・君は頑固者だって・・・」
――リング拒否はオレと標のみが知りうる事実・・・この人は・・・。
ここで零は赤松に対して、信頼を置ける人物であると認識すると同時に、
郷愁にも似た温かさが心に染みていくのを感じた。
「標らしい・・・標らしい表現だ・・・」
つられるように、零も笑みを浮かべる。
「お人よしだな・・・零・・・!」
「涯っ・・・!」
零は涯の方向へ顔を向ける。
「こいつの言っていることをそう簡単に信用していいのか・・・!
だいたい、こいつはオレを殺そうとした男・・・!
人間・・・腹の中では何を考えているのか分かるはずがないんだ・・・!」
――その言い方はあまりにも失礼じゃないか・・・!
零はこみ上げてくる怒りを不機嫌そうに押さえ込んで反論する。
「リングのことは、オレと標だけのやり取り・・・!
それを知っているということは、標が赤松さんに心を開いている証拠・・・!
赤松さんは信頼できる人物だということだ・・・!」
「標・・・標って・・・その標という奴こそ、信頼できる人物なのか・・・!
その標が、この男に騙されている可能性だってある・・・!
そもそも標という奴はどこにいる・・・!」
零は唇をわずかに震わせるも、その震えをかみ殺して、言葉を搾り出す。
「標は・・・死んだよ・・・」
二人の間に、風がさっと吹きぬけた。
その風に押されるように空に漂う雲が月を隠す。
森の中に立ち尽くす彼らに闇が侵食していく。
「さっき放送で名前を言われた・・・」
「あっ・・・」
夕方、アトラクションゾーンで見かけた、血だまりの中で横たわる少年の姿が、涯の脳裏に蘇る。
――もしかして・・・あの子供のことか・・・?
零は涯の反応に目を止めるも、すぐに赤松の方へ顔を向けた。
「ひとつ伺っていいですか・・・?」
「えっ・・・」
赤松は零の方へ顔を向ける。
「どうして、涯を追いかけていたのですか?あなたは・・・涯を殺そうとしていたはず・・・」
赤松は涯をちらっと見た後、口元に手を当てる。
「夕方頃、私達はアトラクションゾーンで自殺志願者の老人に出会った・・・
その老人に、僕の所持品の手榴弾を奪われた・・・
老人はその場の人間を巻き添えにすると言い、私達は離れざるを得なかった・・・
けど、標君は老人に聞きたいことがあると言ってその場に残り、私と別れた・・・」
赤松は“あれさえなければ・・・”と嗚咽を含めた声で、肩を震わせる。
零は赤松が満足に話せる状況でないことを察し、
辛いのであれば、それ以上話す必要はありませんよといたわるように声をかける。
――なぜ、その男に気を使う・・・零っ・・・!
赤松はかつて自分を殺そうとした男、その男を零が気遣うということが、涯に疎外感を覚えさせる。
その尖った感情は鋭利な言葉として、赤松に向けられる。
「なぜ、標という奴を明らかに狂気の思考を持つ男の下に置いていった・・・
ここは殺し合いの場・・・危機管理が足りないんじゃないのか・・・
それとも・・・泣いて同情でもほしいのか・・・」
「涯っ!!」
零は涯の襟を掴む。
「いい加減にしろ!さっきからなぜ、君はそう突っかかる!」
「オレは事実を言っているだけだ・・・」
「やめてくれ!」
赤松は涯と零の間に割って入って、二人を止める。
二人は不満げな顔を浮かべながら、距離をとる様に離れる。
――とにかく話を続けて場を持たせなくては・・・。
赤松は乱れる鼓動を押さえながら話を続ける。
「私は標君のことが気になって、その場へ戻った・・・
そして・・・標君は血の海の中に横たわっていた・・・」
「標・・・」
零に亡き友への憂いが胸を締め付ける。
それと同時に、ある考えが頭を過ぎった。
――そういえば、涯が人を殺した時も、横たわっていなくては成立できない状況・・・
まさか・・・
「そして・・・標君の死体の前に涯君がいた・・・それで涯君が標君を殺した・・・と・・・」
――・・・私は勘違いし、彼の首を絞めた・・・。
赤松はその続きを話そうとするが、その言葉は喉に留まっている。
これ以上話せば、零への印象が確実に悪くなってしまうだろうという迷いがそうさせてしまっていた。
――いや、どういう理由にせよ、それは事実・・・話さなくては・・・。
赤松が再び、話し出そうとした瞬間だった。
「君が・・・標を・・・殺したのか・・・」
「えっ・・・」
零の目が怒りを含むかのような濁ったものに変わり、涯へと向けられていた。
赤松は零の言葉に戸惑う。
――なぜ、そういう方向に話が進んでしまう?この二人に何があった・・・?
「・・・」
その質問に涯は答えない。
それが零を苛立たせる。
その苛立ちは、更に強い追求によって現れた。
「君が標を殺したのか!!!」
零は涯に再び、掴みかかる。
「オレは君と仲間になれる・・・いや・・・仲間だと思っていたのに・・・!」
零は推理の合理性と涯への不信感から、涯を一方的に犯人であると決め付けてしまっていた。
詳しくその時の状況を知れば、涯が犯人でないことは一目瞭然であり、誤解はすぐにでも解けた。
しかし、涯は無言を徹し、それを説明することはなかった。
結果、零はその無言を肯定の意味として受け取ってしまった。
勿論、涯はその場で否定をすることもできただろう。
しかし、涯を支配していく感情がそれを拒ませていた。
――仲間・・・甘く、もろい言葉だ・・・。
零は未だに何かを言っているようだが、涯にはその言葉がどこか遠くにしか聞こえない。
興奮する零とは対照的に涯はどこか冷めたような眼差しで零を見つめていた。
――いつだって人は・・・その心は・・・孤立している。
心は理解されない・・・伝わらない・・・。
時に伝わったような気になることもあるが・・・
それは、ただ、こっちで勝手に相手の心を分かったように想像しているだけ・・・。
仲間という言葉で縛りつけたところで、その心を結びつけることはできない・・・。
「っ・・・!」
この時、涯は錐で刺されるような感覚を胸に覚えた。
しかし、それを否定するかのように、零の甘さを鼻で笑う。
――そう・・・人は・・・世界が・・・バラバラに・・・
バラバラになれと・・・まかれた種だっ・・・!
ここで信用できる他人なんて、いやしない・・・。
やはり、人間は孤立するべき・・・孤立する・・・べき・・・
「え・・・涯・・・?」
ここで零は突然、追求を弱める。
その様子で、涯は自身の異常に気付く。
頬から涙がこぼれている。
「なっ・・・」
涯自身、本当は分かっていた。
――どんなに、人間の心の弱さをあざ笑ったところで、
本当は欲している・・・理解を・・・友情を・・・仲間を・・・。
涯はそんな自分を自嘲する。
――オレは今・・・悲しい程無力っ・・・!
涯はふと赤松を見る。
ふつふつと煮えるような怒りがこみ上げてきた。
――なぜ、この男が現れた・・・なぜ余計なことを言った・・・
お前さえ・・・いなければ・・・!
涯は赤松に対して、拳を構えた。
「が・・・」
赤松と零が涯を止めようとした直後だった。
赤松の意識が一瞬切れた。
正しく言うと脳が行動へ回路がつながらない、コンマ何秒の空白の時が発生した。
再び、意識が回復した時、目の前にあったのは、涯の拳だった。
「なっ・・・」
――何が起こった・・・。
体は竦んでしまったかのように動くことを忘れ、呼吸は喉元で止まっている。
零と赤松は呆然としつつも、すぐに察した。
――まるで光速・・・!光のような拳・・・!これが彼の能力っ・・・!
涯は拳を赤松の顔面に目掛けておきながら、それ以上動くことはなかった。
もう一歩踏み出せば、確実に赤松を失明させることもできた。
しかし、涯はその一歩を踏み出さすことができなかった。
赤松の目元が腫れていた。
――この男は泣いていた・・・標という少年の死を悲しんで・・・。
この男は自分を責めていた・・・標という少年を救えなかったことを・・・。
涯の瞳から再び、涙が零れる。
――この男が持っている感情は・・・情愛・・・!
オレが持ちたかった感情・・・誰かから与えてもらいたかった感情・・・!
「オレはもはやケモノ・・・人間には・・・戻れない・・・」
涯は拳を下ろした。
「孤立せよ・・・!」
その直後、赤松の視界が大きく動き、頭や腕に打ち付けられたような痛みが走る。
「うぐっ・・・!」
突然の痛みに赤松は声を上げる。しかし、この感覚には覚えがあった。
――そう、あれは涯君の意識が回復したとき・・・
赤松はすぐに起き上がった。
涯は再び、赤松を突き飛ばし、来た道を戻るかのように駆け出したのだ。
「待て!涯君!」
「涯!!」
零と赤松が涯を追いかけようとするも、その姿は暗闇の中に溶け込んでいた。
零は砕けた言葉を拾うかのように、震えた声で赤松に尋ねる。
「涯は・・・標を・・・殺していないですよね・・・」
赤松はうつむき、申し訳なさそうに返答する。
「・・・標君のディバックが何者かによって盗まれている・・・
涯君は標君のディバックを持っていなかった・・・彼ではない・・・」
「う・・・ううっ・・・」
零に取り返しのつかない後悔の波が押し寄せる。
「オレが・・・涯を・・・傷つけた・・・」
零から涙が溢れる。
「涯は・・・人を殺したことを・・・誰にも知られたくなかった・・・
そんな自分に向き合うことも嫌だった・・・
けど・・・オレ、それに気づかず・・・
涯が殺人を犯したことを推理し・・・その事実を突きつけた・・・
その上・・・オレ・・・標を殺したと勘違いして・・・涯を責めた・・・
オレ・・・オレ・・・」
まるで糸が切れたかのように、膝を突いて零は号泣する。
「オレが涯をケモノにしてしまったっ・・・!涯から人間を奪ってしまったっ・・・!」
少年の慟哭が周囲にこだました。
赤松は静かに零に近づく。
「零君・・・それは違う・・・」
赤松は零と同じ視線になるように屈むと、その肩にそっと手を添える。
「彼は人間だ・・・ケモノであれば心を痛ませることはないのだから・・・」
添えた手にわずかだが、力がこもる。
「今回のことは私に責任がある・・・
私は涯君が標君を殺したと勘違いして、首を絞めてしまった・・・
あの時・・・それにもっと早く気づいていれば、こんなことにはならなかった・・・」
赤松は涯が走り去っていった道へ視線を向ける。
「彼は居場所を求めている・・・心の居場所を・・・
それを君に見出していた・・・ただ、ちょっとのすれ違いがあっただけなんだ・・・」
その直後、赤松は気づく。
――涯君は再び、来た道を戻っている。
涯君はここに来るまで、直線のコースを走っていた。
それは僕に殺されかけ、混乱していたから・・・。
そして、今も・・・。
ということは再び、まっすぐ北へ・・・。
そこに待っているのは・・・D-3、C-3、そして・・・
「・・・B-3禁止エリア!」
赤松は首輪を押さえた。
――禁止エリアに入れば、首輪は爆発する。それが起こる前に・・・
「・・・涯君を止めなくては・・・!」
赤松は零の肩を掴んで、零を落ち着かせるような口調で話した。
「君は今、誰かと行動しているね・・・」
零は顔を上げ、頷く。
「そうか・・・なら、君はその人の下へ戻りなさい・・・
私が涯君を説得し、連れて戻ってくる・・・!
1時間後にここで合流しよう・・・!」
赤松は零の肩から手を離し、立ち上がった。
「それから君に渡したい物がある・・・!
涯君と戻ってきた時、君に説明する・・・!」
赤松は左ポケットに触れた。そこには標のメモ帳が入っている。
本当であれば、今すぐ渡したい。
しかし、丁寧に書いてあるとは言え、メモ書きである。
赤松自身の解釈を必要としている箇所も存在していた。
それを話せば、どうしても時間を必要としてしまう。
その間にも涯は禁止エリアへ到達してしまうだろう。
今は涯を追いかけることが何より最優先である。
赤松は再び、涯が走り去っていった道へ視線を向ける。
「涯君・・・」
――零君は君を想ってる・・・彼なら君の居場所になれるはず・・・
「じゃあ、1時間後に・・・!」
零にそういい残すと、赤松は走り出した。
赤松は走りながら、標のメモ帳が入った左ポケットを握り締める。
標のあの言葉が反芻される。
『もし、志が一緒であれば・・・零とはこの地のどこかで・・・
また、会える・・・そんな気がするんだ・・・』
今の状況は楽観的に受け取れるものではない。
しかし、赤松から思わず笑みがこぼれていた。
――君の予感が当たったよ。
「・・・というわけか・・・」
沢田は零から事の顛末を聞いて、頷く。
「なので、ここで赤松さんが戻ってくるまで待ちましょう・・・」
――相変わらず、大人びた子だ・・・だが・・・
どんなに冷静を装ったところで、その目はさっきまで大泣きしていましたと言わんばかりに、赤く腫れている。
沢田はため息をつく。
「人間というものは、例え、時間制限を設けたところで、
欲しいものが目の前にあると、後5分くらいならと言い訳をして勝手に伸ばしちまう・・・
1時間でその涯という少年に追いついて戻ってくるとは限らない・・・
きっと、その男も勝手にそんな感じで伸ばしちまうんじゃねえのかな・・・」
沢田は零の頭をぽんぽんと叩いた。
「零・・・お前、涯に謝りたいんだろ・・・!だったら、自分から言いに行け・・・!
それが男ってもんだろ・・・!」
零は驚いた顔で沢田を見上げる。
「沢田さん・・・」
沢田は、涯と赤松が消えていった道を見つめる。
月明かりは雲に隠れ、何重もの薄暗いカーテンがなびいているような闇が続いている。
「覚えているか・・・零・・・
お前と合流した時、オレはお前に、『俺たちに明日はない』覚悟が必要だと言った・・・
それはこの先に何が待ち構えているか分からないからだ・・・!
ただ、今、俺たちの前に伸びる道のように、その先が見えていないだけかもしれない・・・
見えなくても、進めば・・・明日が見えるかもしれない・・・」
「オレも・・・」
「んっ・・・?」
沢田は零に顔を向ける。
零もまた、涯と赤松が消えていった道を見つめていた。
「オレもそう思います・・・今、オレにとって、涯と向き合うこと・・・
それがオレの明日につながる・・・そんな気がするんです・・・
オレも明日が見たい・・・!」
零の言葉には、まだ、どこか震えがあった。
しかし、眼光はその道をまっすぐ射抜いている。
――始めの一歩は誰しも不安を抱える・・・だが、この少年なら前へ進める・・・!
その時、雲に隠れていた月明かりが再び、姿を現し、周囲を照らす。
道の先がおぼろげに見え始める。
「よし・・・行くぞ!零!」
「はいっ・・・!」
零と沢田は涯と赤松が駆けた道を走り始めたのであった。
【E-3/森/夜】
【宇海零】
[状態]:顔面、後頭部に打撲の軽症 両手に擦り傷 精神やや不安定
[道具]:麻雀牌1セット 針金5本 不明支給品 0~1 支給品一式
[所持金]:0円
[思考]:対主催者の立場をとる人物を探す 赤松、涯と合流する 涯と仲直りをする
【工藤涯】
[状態]:右腕と腹部に刺し傷 他擦り傷などの軽傷 新しく手に擦り傷 精神混乱
[道具]:フォーク 鉄バット 野球グローブ(ナイフによる穴あり) 野球ボール 支給品一式×2
[所持金]:2000万円
[思考]:孤立する
【赤松修平】
[状態]:健康 腕に刺し傷
[道具]:手榴弾×9 石原の首輪 標のメモ帳 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:できる限り多くの人を助ける 宇海零にメモを渡す 工藤涯を零の元へ連れ戻す
※石原の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は停止していません
※利根川のカイジへの伝言を託りました。
【沢田】
[状態]:健康
[道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません
高圧電流機能付き警棒 不明支給品0~4(確認済み) 支給品一式×2
[所持金]:2000万円
[思考]:対主催者の立場をとる人物を探す 零を心配している 主催者に対して激しい怒り
赤松、涯と合流する
|073:[[悪戯]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|075:[[四槓子]]|
|077:[[闇]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|075:[[四槓子]]|
|064:[[人間として]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:宇海零|088:[[希望への標(前編)]][[(後編)>希望への標(後編)]]|
|064:[[人間として]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:工藤涯|085:[[同士]]|
|064:[[人間として]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:赤松修平|085:[[同士]]|
|064:[[人間として]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:沢田|088:[[希望への標(前編)]][[(後編)>希望への標(後編)]]|
**心の居場所(後編) ◆uBMOCQkEHY氏
「はぁ・・・はぁ・・・」
その数分後、赤松は零と涯に追いついた。
体力を無視して走ったため、足が痙攣のごとく震えている。
体をやや屈ませながら、切れ切れになった息を整える。
「私の名前は・・・赤松修平・・・どっちが・・・零君なのか・・・」
「オレです」
零は一歩前に出る。
落ち着いた表情で赤松を静観しているが、万が一の時に供えて、右足を後ろへずらし、逃げる用意をしている。
赤松はその右足の存在を一見した後、零の顔へ視線を移す。
――確かに聡明な少年だ・・・しかも、私に対して怖気つく様子がない・・・
肝が据わっているというか・・・意志が強そうだ・・・そう・・・意志が・・・。
『それは・・・過大評価だ・・・!
人の言うことや情勢を無視して我を張り続けるあの姿勢・・・
その考えが自分の可能性を殺していることさえ分かっていないっ・・・!』
生前、標が言った言葉が頭を過ぎる。
赤松は思わず笑みをこぼした。
「確か君はドリーム・キングダムの試験の時、標君からのリングの受け取りを断ったそうだね・・・
彼・・・言っていたよ・・・君は頑固者だって・・・」
――リング拒否はオレと標のみが知りうる事実・・・この人は・・・。
ここで零は赤松に対して、信頼を置ける人物であると認識すると同時に、
郷愁にも似た温かさが心に染みていくのを感じた。
「標らしい・・・標らしい表現だ・・・」
つられるように、零も笑みを浮かべる。
「お人よしだな・・・零・・・!」
「涯っ・・・!」
零は涯の方向へ顔を向ける。
「こいつの言っていることをそう簡単に信用していいのか・・・!
だいたい、こいつはオレを殺そうとした男・・・!
人間・・・腹の中では何を考えているのか分かるはずがないんだ・・・!」
――その言い方はあまりにも失礼じゃないか・・・!
零はこみ上げてくる怒りを不機嫌そうに押さえ込んで反論する。
「リングのことは、オレと標だけのやり取り・・・!
それを知っているということは、標が赤松さんに心を開いている証拠・・・!
赤松さんは信頼できる人物だということだ・・・!」
「標・・・標って・・・その標という奴こそ、信頼できる人物なのか・・・!
その標が、この男に騙されている可能性だってある・・・!
そもそも標という奴はどこにいる・・・!」
零は唇をわずかに震わせるも、その震えをかみ殺して、言葉を搾り出す。
「標は・・・死んだよ・・・」
二人の間に、風がさっと吹きぬけた。
その風に押されるように空に漂う雲が月を隠す。
森の中に立ち尽くす彼らに闇が侵食していく。
「さっき放送で名前を言われた・・・」
「あっ・・・」
夕方、アトラクションゾーンで見かけた、血だまりの中で横たわる少年の姿が、涯の脳裏に蘇る。
――もしかして・・・あの子供のことか・・・?
零は涯の反応に目を止めるも、すぐに赤松の方へ顔を向けた。
「ひとつ伺っていいですか・・・?」
「えっ・・・」
赤松は零の方へ顔を向ける。
「どうして、涯を追いかけていたのですか?あなたは・・・涯を殺そうとしていたはず・・・」
赤松は涯をちらっと見た後、口元に手を当てる。
「夕方頃、私達はアトラクションゾーンで自殺志願者の老人に出会った・・・
その老人に、僕の所持品の手榴弾を奪われた・・・
老人はその場の人間を巻き添えにすると言い、私達は離れざるを得なかった・・・
けど、標君は老人に聞きたいことがあると言ってその場に残り、私と別れた・・・」
赤松は“あれさえなければ・・・”と嗚咽を含めた声で、肩を震わせる。
零は赤松が満足に話せる状況でないことを察し、
辛いのであれば、それ以上話す必要はありませんよといたわるように声をかける。
――なぜ、その男に気を使う・・・零っ・・・!
赤松はかつて自分を殺そうとした男、その男を零が気遣うということが、涯に疎外感を覚えさせる。
その尖った感情は鋭利な言葉として、赤松に向けられる。
「なぜ、標という奴を明らかに狂気の思考を持つ男の下に置いていった・・・
ここは殺し合いの場・・・危機管理が足りないんじゃないのか・・・
それとも・・・泣いて同情でもほしいのか・・・」
「涯っ!!」
零は涯の襟を掴む。
「いい加減にしろ!さっきからなぜ、君はそう突っかかる!」
「オレは事実を言っているだけだ・・・」
「やめてくれ!」
赤松は涯と零の間に割って入って、二人を止める。
二人は不満げな顔を浮かべながら、距離をとる様に離れる。
――とにかく話を続けて場を持たせなくては・・・。
赤松は乱れる鼓動を押さえながら話を続ける。
「私は標君のことが気になって、その場へ戻った・・・
そして・・・標君は血の海の中に横たわっていた・・・」
「標・・・」
零に亡き友への憂いが胸を締め付ける。
それと同時に、ある考えが頭を過ぎった。
――そういえば、涯が人を殺した時も、横たわっていなくては成立できない状況・・・
まさか・・・
「そして・・・標君の死体の前に涯君がいた・・・それで涯君が標君を殺した・・・と・・・」
――・・・私は勘違いし、彼の首を絞めた・・・。
赤松はその続きを話そうとするが、その言葉は喉に留まっている。
これ以上話せば、零への印象が確実に悪くなってしまうだろうという迷いがそうさせてしまっていた。
――いや、どういう理由にせよ、それは事実・・・話さなくては・・・。
赤松が再び、話し出そうとした瞬間だった。
「君が・・・標を・・・殺したのか・・・」
「えっ・・・」
零の目が怒りを含むかのような濁ったものに変わり、涯へと向けられていた。
赤松は零の言葉に戸惑う。
――なぜ、そういう方向に話が進んでしまう?この二人に何があった・・・?
「・・・」
その質問に涯は答えない。
それが零を苛立たせる。
その苛立ちは、更に強い追求によって現れた。
「君が標を殺したのか!!!」
零は涯に再び、掴みかかる。
「オレは君と仲間になれる・・・いや・・・仲間だと思っていたのに・・・!」
零は推理の合理性と涯への不信感から、涯を一方的に犯人であると決め付けてしまっていた。
詳しくその時の状況を知れば、涯が犯人でないことは一目瞭然であり、誤解はすぐにでも解けた。
しかし、涯は無言を徹し、それを説明することはなかった。
結果、零はその無言を肯定の意味として受け取ってしまった。
勿論、涯はその場で否定をすることもできただろう。
しかし、涯を支配していく感情がそれを拒ませていた。
――仲間・・・甘く、もろい言葉だ・・・。
零は未だに何かを言っているようだが、涯にはその言葉がどこか遠くにしか聞こえない。
興奮する零とは対照的に涯はどこか冷めたような眼差しで零を見つめていた。
――いつだって人は・・・その心は・・・孤立している。
心は理解されない・・・伝わらない・・・。
時に伝わったような気になることもあるが・・・
それは、ただ、こっちで勝手に相手の心を分かったように想像しているだけ・・・。
仲間という言葉で縛りつけたところで、その心を結びつけることはできない・・・。
「っ・・・!」
この時、涯は錐で刺されるような感覚を胸に覚えた。
しかし、それを否定するかのように、零の甘さを鼻で笑う。
――そう・・・人は・・・世界が・・・バラバラに・・・
バラバラになれと・・・まかれた種だっ・・・!
ここで信用できる他人なんて、いやしない・・・。
やはり、人間は孤立するべき・・・孤立する・・・べき・・・
「え・・・涯・・・?」
ここで零は突然、追求を弱める。
その様子で、涯は自身の異常に気付く。
頬から涙がこぼれている。
「なっ・・・」
涯自身、本当は分かっていた。
――どんなに、人間の心の弱さをあざ笑ったところで、
本当は欲している・・・理解を・・・友情を・・・仲間を・・・。
涯はそんな自分を自嘲する。
――オレは今・・・悲しい程無力っ・・・!
涯はふと赤松を見る。
ふつふつと煮えるような怒りがこみ上げてきた。
――なぜ、この男が現れた・・・なぜ余計なことを言った・・・
お前さえ・・・いなければ・・・!
涯は赤松に対して、拳を構えた。
「が・・・」
赤松と零が涯を止めようとした直後だった。
赤松の意識が一瞬切れた。
正しく言うと脳が行動へ回路がつながらない、コンマ何秒の空白の時が発生した。
再び、意識が回復した時、目の前にあったのは、涯の拳だった。
「なっ・・・」
――何が起こった・・・。
体は竦んでしまったかのように動くことを忘れ、呼吸は喉元で止まっている。
零と赤松は呆然としつつも、すぐに察した。
――まるで光速・・・!光のような拳・・・!これが彼の能力っ・・・!
涯は拳を赤松の顔面に目掛けておきながら、それ以上動くことはなかった。
もう一歩踏み出せば、確実に赤松を失明させることもできた。
しかし、涯はその一歩を踏み出さすことができなかった。
赤松の目元が腫れていた。
――この男は泣いていた・・・標という少年の死を悲しんで・・・。
この男は自分を責めていた・・・標という少年を救えなかったことを・・・。
涯の瞳から再び、涙が零れる。
――この男が持っている感情は・・・情愛・・・!
オレが持ちたかった感情・・・誰かから与えてもらいたかった感情・・・!
「オレはもはやケモノ・・・人間には・・・戻れない・・・」
涯は拳を下ろした。
「孤立せよ・・・!」
その直後、赤松の視界が大きく動き、頭や腕に打ち付けられたような痛みが走る。
「うぐっ・・・!」
突然の痛みに赤松は声を上げる。しかし、この感覚には覚えがあった。
――そう、あれは涯君の意識が回復したとき・・・
赤松はすぐに起き上がった。
涯は再び、赤松を突き飛ばし、来た道を戻るかのように駆け出したのだ。
「待て!涯君!」
「涯!!」
零と赤松が涯を追いかけようとするも、その姿は暗闇の中に溶け込んでいた。
零は砕けた言葉を拾うかのように、震えた声で赤松に尋ねる。
「涯は・・・標を・・・殺していないですよね・・・」
赤松はうつむき、申し訳なさそうに返答する。
「・・・標君のディバックが何者かによって盗まれている・・・
涯君は標君のディバックを持っていなかった・・・彼ではない・・・」
「う・・・ううっ・・・」
零に取り返しのつかない後悔の波が押し寄せる。
「オレが・・・涯を・・・傷つけた・・・」
零から涙が溢れる。
「涯は・・・人を殺したことを・・・誰にも知られたくなかった・・・
そんな自分に向き合うことも嫌だった・・・
けど・・・オレ、それに気づかず・・・
涯が殺人を犯したことを推理し・・・その事実を突きつけた・・・
その上・・・オレ・・・標を殺したと勘違いして・・・涯を責めた・・・
オレ・・・オレ・・・」
まるで糸が切れたかのように、膝を突いて零は号泣する。
「オレが涯をケモノにしてしまったっ・・・!涯から人間を奪ってしまったっ・・・!」
少年の慟哭が周囲にこだました。
赤松は静かに零に近づく。
「零君・・・それは違う・・・」
赤松は零と同じ視線になるように屈むと、その肩にそっと手を添える。
「彼は人間だ・・・ケモノであれば心を痛ませることはないのだから・・・」
添えた手にわずかだが、力がこもる。
「今回のことは私に責任がある・・・
私は涯君が標君を殺したと勘違いして、首を絞めてしまった・・・
あの時・・・それにもっと早く気づいていれば、こんなことにはならなかった・・・」
赤松は涯が走り去っていった道へ視線を向ける。
「彼は居場所を求めている・・・心の居場所を・・・
それを君に見出していた・・・ただ、ちょっとのすれ違いがあっただけなんだ・・・」
その直後、赤松は気づく。
――涯君は再び、来た道を戻っている。
涯君はここに来るまで、直線のコースを走っていた。
それは私に殺されかけ、混乱していたから・・・。
そして、今も・・・。
ということは再び、まっすぐ北へ・・・。
そこに待っているのは・・・D-3、C-3、そして・・・
「・・・B-3禁止エリア!」
赤松は首輪を押さえた。
――禁止エリアに入れば、首輪は爆発する。それが起こる前に・・・
「・・・涯君を止めなくては・・・!」
赤松は零の肩を掴んで、零を落ち着かせるような口調で話した。
「君は今、誰かと行動しているね・・・」
零は顔を上げ、頷く。
「そうか・・・なら、君はその人の下へ戻りなさい・・・
私が涯君を説得し、連れて戻ってくる・・・!
1時間後にここで合流しよう・・・!」
赤松は零の肩から手を離し、立ち上がった。
「それから君に渡したい物がある・・・!
涯君と戻ってきた時、君に説明する・・・!」
赤松は左ポケットに触れた。そこには標のメモ帳が入っている。
本当であれば、今すぐ渡したい。
しかし、丁寧に書いてあるとは言え、メモ書きである。
赤松自身の解釈を必要としている箇所も存在していた。
それを話せば、どうしても時間を必要としてしまう。
その間にも涯は禁止エリアへ到達してしまうだろう。
今は涯を追いかけることが何より最優先である。
赤松は再び、涯が走り去っていった道へ視線を向ける。
「涯君・・・」
――零君は君を想ってる・・・彼なら君の居場所になれるはず・・・
「じゃあ、1時間後に・・・!」
零にそういい残すと、赤松は走り出した。
赤松は走りながら、標のメモ帳が入った左ポケットを握り締める。
標のあの言葉が反芻される。
『もし、志が一緒であれば・・・零とはこの地のどこかで・・・
また、会える・・・そんな気がするんだ・・・』
今の状況は楽観的に受け取れるものではない。
しかし、赤松から思わず笑みがこぼれていた。
――君の予感が当たったよ。
「・・・というわけか・・・」
沢田は零から事の顛末を聞いて、頷く。
「なので、ここで赤松さんが戻ってくるまで待ちましょう・・・」
――相変わらず、大人びた子だ・・・だが・・・
どんなに冷静を装ったところで、その目はさっきまで大泣きしていましたと言わんばかりに、赤く腫れている。
沢田はため息をつく。
「人間というものは、例え、時間制限を設けたところで、
欲しいものが目の前にあると、後5分くらいならと言い訳をして勝手に伸ばしちまう・・・
1時間でその涯という少年に追いついて戻ってくるとは限らない・・・
きっと、その男も勝手にそんな感じで伸ばしちまうんじゃねえのかな・・・」
沢田は零の頭をぽんぽんと叩いた。
「零・・・お前、涯に謝りたいんだろ・・・!だったら、自分から言いに行け・・・!
それが男ってもんだろ・・・!」
零は驚いた顔で沢田を見上げる。
「沢田さん・・・」
沢田は、涯と赤松が消えていった道を見つめる。
月明かりは雲に隠れ、何重もの薄暗いカーテンがなびいているような闇が続いている。
「覚えているか・・・零・・・
お前と合流した時、オレはお前に、『俺たちに明日はない』覚悟が必要だと言った・・・
それはこの先に何が待ち構えているか分からないからだ・・・!
ただ、今、俺たちの前に伸びる道のように、その先が見えていないだけかもしれない・・・
見えなくても、進めば・・・明日が見えるかもしれない・・・」
「オレも・・・」
「んっ・・・?」
沢田は零に顔を向ける。
零もまた、涯と赤松が消えていった道を見つめていた。
「オレもそう思います・・・今、オレにとって、涯と向き合うこと・・・
それがオレの明日につながる・・・そんな気がするんです・・・
オレも明日が見たい・・・!」
零の言葉には、まだ、どこか震えがあった。
しかし、眼光はその道をまっすぐ射抜いている。
――始めの一歩は誰しも不安を抱える・・・だが、この少年なら前へ進める・・・!
その時、雲に隠れていた月明かりが再び、姿を現し、周囲を照らす。
道の先がおぼろげに見え始める。
「よし・・・行くぞ!零!」
「はいっ・・・!」
零と沢田は涯と赤松が駆けた道を走り始めたのであった。
【E-3/森/夜】
【宇海零】
[状態]:顔面、後頭部に打撲の軽症 両手に擦り傷 精神やや不安定
[道具]:麻雀牌1セット 針金5本 不明支給品 0~1 支給品一式
[所持金]:0円
[思考]:対主催者の立場をとる人物を探す 赤松、涯と合流する 涯と仲直りをする
【工藤涯】
[状態]:右腕と腹部に刺し傷 他擦り傷などの軽傷 新しく手に擦り傷 精神混乱
[道具]:フォーク 鉄バット 野球グローブ(ナイフによる穴あり) 野球ボール 支給品一式×2
[所持金]:2000万円
[思考]:孤立する
【赤松修平】
[状態]:健康 腕に刺し傷
[道具]:手榴弾×9 石原の首輪 標のメモ帳 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:できる限り多くの人を助ける 宇海零にメモを渡す 工藤涯を零の元へ連れ戻す
※石原の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は停止していません
※利根川のカイジへの伝言を託りました。
【沢田】
[状態]:健康
[道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません
高圧電流機能付き警棒 不明支給品0~4(確認済み) 支給品一式×2
[所持金]:2000万円
[思考]:対主催者の立場をとる人物を探す 零を心配している 主催者に対して激しい怒り
赤松、涯と合流する
|073:[[悪戯]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|075:[[四槓子]]|
|077:[[闇]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|075:[[四槓子]]|
|064:[[人間として]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:宇海零|088:[[希望への標(前編)]][[(後編)>希望への標(後編)]]|
|064:[[人間として]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:工藤涯|085:[[同士]]|
|064:[[人間として]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:赤松修平|085:[[同士]]|
|064:[[人間として]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:沢田|088:[[希望への標(前編)]][[(後編)>希望への標(後編)]]|
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