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ひとつの決着 ◆zeQAuI6x.c氏


利根川は地図上F-3の大通りを北上していた。
標的は赤木しげるただ一人。
和也から下った「赤木を殺せ」という直々の命令を、利根川は果たすつもりでいる。

森の中へと逃げ込まず、大通りというあまりに分かりやすい道を、道に沿って歩いてゆく……。そのような行為は、この命をかけたギャンブル、バトルロワイアルにおいてあまりにも愚かしい、危険な行為だと利根川は思っている。普段ならば絶対に選択しない道だ。

だからこそあえて、利根川はこの道を選んだ。

それをするのが赤木しげるという男。和也が警戒する、値千金の男。
病院前で一度、一条と二人がかりでこの男を追い詰めておきながらそれを逃がしたのは、あまりに痛かった。
だがあの場面は、いくら地雷の爆発が場を混乱させたとは言え、二丁の銃を向けられていながらそこから姿をくらまし、しかもあえて逃げ出さずに近くの物陰に隠れるという選択をした赤木こそがファインプレーだった。
普通なら、人は危機から少しでも早く、少しでも遠くに逃れたいと思うはずだ。しかし赤木はあの時留まった。先程まで一条が隠れていた茂みに身をひそめ、危機――利根川と一条が去るのを――じっと待っていた。
あまりにも冷静な対処。「普通」を裏切る選択。こちらの思慮をあざ笑うかのような一手。
そもそも、あの絶体絶命、危機のさなかに、地雷の爆発という虚を生じさせることそのものが、赤木しげるという男の役者なのかもしれない、と利根川は考える。

利根川は赤木を「本物である」と評価している。そしてその上で、その赤木を殺ってみせようと、心に誓っている。
相手というものを見誤らないことだ。警戒しすぎて、あるいは、疑心暗鬼にかられて、相手の心を読んでいたつもりが、それは鏡に映った己の心だった。――そんなことが二度ないように。

己は指示待ち人間ではない。己の判断で、動き、勝負し、結果を残す。自分にはそれが出来る。俺は今まで見てきたクズ共とは違う…!!
利根川は右手の中にあるデリンジャーをギリ、と握りしめ、唇を噛む。己が受けた屈辱を、絶望を、苦痛を思い起こす。顔と両手のやけどの痕がうずくようだ。


◇◆◇


利根川は大通りを歩いているが、辺りへの警戒は怠っていない。急に視界が開ける場所、あるいは死角の多く存在する場所に到れば、物陰や茂みに身を潜め、人のいないことを確認して、また歩みを進める。
利根川は過ぎるほどに慎重であった。だが、それも利根川の手にある武器を思えば当然のことである。
利根川の右手に収まるのは、デリンジャー。片手の中に収まるサイズである為に、殺傷力は決して高いと言えず、さらに弾も一度に二発しか込められない。これで人を殺そうと思ったら、近距離での不意打ち、奇襲しかない。

利根川は、相手に気づかれることなく距離を詰め、死角に潜み、相手の隙をついて突撃、タックル等で相手を転倒させ、腕力と体力で劣る己の優位を作り、そして反撃の間も与えずに頭を撃ち抜く、ということを、赤木相手にやらねばならない。

もっと確実な方法はないかと策を弄してみもしたが、赤木のような切れ者が相手では、あれやこれやと思考を巡らせることこそ赤木の主戦場のように思える。プランそのものはシンプルな方がいい。一気に近づき反撃の隙を与えずに頭を撃ち抜く。
強引な手に思えるが、利根川はあまり気にしていない。なぜなら利根川の読みでは、赤木はおそらくまともな武器を持っていないからだ。

病院で赤木を取り逃がした時のことを思い出す。
赤木はあの時、多くの参加者と同様にデイパックを背負い、そして右手には大きなジュラルミンケースを下げていた。一条と自分が発砲すると、赤木はそのケースの中身をぶちまけて、身を隠した――。
中身が大量の新聞紙と、カラーコピーされた一万円札数枚であったことは、一度病院に戻った際に確認している。――ニセ札――。使い道は幅広くあると言える支給品だが、こと戦闘において役立つかと言えば、外れの部類であろう。
赤木が、ニセ札よりも有効な武器を隠し持ちながら使わなかったという可能性はあるだろうか。いや、その可能性は低い、と利根川は踏んでいる。

あれだけの大きさのジュラルミンケース、中身がただのニセ札だというのなら、持ち歩くよりも、どこかに隠しておいた方がよい。
他に武器があるというのなら、わざわざ大きなケースを持って右手を塞いでいるのは得策とは言えない。ジュラルミンケースなど捨ててしまってもいい。
いくら赤木が、あえて危険を選択し相手の逆手をとるあまのじゃくだったとしても、そのようなめちゃくちゃをやる男ではないだろう。武器を保有していながらケースを手に持っている、という状況は、よほど手持ちの武器が使いにくい場合しか考えられない。
つまり、あの時赤木は、戦闘となったら盾か目くらましぐらいには使えるかもしれないジェラルミンケースしか頼るものがなかった、という可能性が極めて高い。
これならば、機を逃さなければ勝てる。

――無論、これらは全て、赤木を見つけることが前提になっている。このまま見つかることなく、和也から「戻ってこい」とでも連絡が入れば……これらの計画はひとまずご破綻である。

が、今、その前提が成った。

利根川は赤木の姿を見つけたのだ。

ここで利根川は不審に思う。和也からの話では、赤木はしづかと共にいるはずである。しかし、利根川が物陰に隠れて伺う赤木に連れなどいない。

……あの後別れたのか?

利根川は声を潜めて、ギャンブルルームの和也と繋がっているはずの盗聴器に話しかける。
「和也様、赤木を見つけました。ですがしづかの姿は見当たりません。奴一人です」
しかし返答はない。
やはり、和也様の身に何かあったのか…?
一瞬、すぐ傍に赤木がいるということも忘れて、わが主の安否に思考が流れる。が、しかし、あちらは一条に任せたのだ。

何、構わん。赤木を見つけましたという報告ではなく、赤木を殺しました、という報告をすれば良いだけの話……!!

利根川は、少し急いている。
赤木を何としても殺さねばならん、と、その思いは強迫観念にも似た強さでもって利根川の心を縛り付けていた。
仕方あるまい、利根川は今度こそ失敗するわけには、負けるわけにはいかないのだから。
この島で結果を残すことは、再び返り咲く為には、必須。
何より、この島に和也様がいて、さらに今その方の下についているというのはこれ以上ない幸運ではないだろうか。
この島での働きが和也様の利となり、さらに己の能力も認めて頂けたならば、私はまた戻れる。持たざる者から、持つ者に。再び、築き、積み上げる者になる。

その為の第一歩であり、大金星が、この、赤木しげるの始末……!!

利根川は息を潜めて赤木との距離を詰めていく。慎重に、しかし素早く。
赤木は、追われているという自覚があるのだろうか、平然と、ゆったりとした速度で大通りを歩いている。
ちょうど辺りは地図上で言うところのE-3、道の両脇に森が生い茂る、身を隠すには絶好の場所である。音を立てないよう、細心の注意を払いながら赤木を追う。

赤木はやはり、武器を持っているようには見えない。どこかに隠している可能性もあるが、シャツはきっちりジーンズの中に仕舞われ、袖も半ばから折り返されていて手首から先が良く見える。何かを仕込めるような箇所はあまりない。

赤木の、時折伺える横顔から得られる情報は極端に少ない。

利根川とて、多くの修羅場を見、時には経験し、なにより帝愛のナンバー2まで昇り詰めるに相応しいだけの、「人間」を見てきた。
その経験をもってしても、赤木という男は全くの未知。
種類分けだとか、こういうタイプと見当付けるだとかいうための嗅覚が働かない。
いわば、無臭の男。
そんな不気味な男を相手にしなくてはならない。そのことに関して恐怖がない、というのは全くの嘘である。
しかしそんな危険人物だからこそ、仕留める価値があるのではないか!


利根川はそっと音もなく腰を浮かせた。
幾度と繰り返したイメージを再度思い浮かべる。
俺は一気にこの茂みから飛び出し、赤木に体当たりをする。揉み合いになる前に、この、右手のデリンジャーの銃口を、眉間か眼球か、確実に死を取れる場所に押し当てて、素早く引き金を引く。
それで、ジ・エンドっ!

利根川は小さくほくそ笑む。
右足に力を込めて第一歩を踏みしめたその時。



「ビーーーーーーーーーーーーーーーッ」



背後から突然の大音量。一瞬動きが止まる。
何の音だ、何が起こった!?
音のした方――左後方を振り返る。

緑の森が広がっているだけだ。

次の瞬間、右肩に鋭い熱!いや、これは痛み!?
思わず右肩を抑える。ぬるりとした温かい感触……。

そして利根川は視界の中に、日本刀を構えた男をとらえた。

目の前の男は肩で息をし、必死の形相で血に濡れた日本刀を掲げている。そんな男の姿に利根川の背中がスッと冷たくなった、が、それも一瞬のこと、こちらにもデリンジャーがある。

半ば反射的に右腕を動かし銃を撃とうとした、途端に、鋭い痛み。利根川はうめいた。発砲はしたもののろくに狙いはつけられず、銃弾は明後日の方向へと飛んで行った。しかしながら、日本刀男が怯んだのは分かった。

そのとき、利根川は見た。日本刀を掲げる男のその先に、赤木しげるの姿を。


見られた。見つかった。失敗だ。大失敗もいいところ……!!
頭がクラクラした。地面が歪んでいる。貧血を起こしたかもしれない。世界がねじ曲がってゆく。自分がぐにゃぐにゃと芯を失っていく。

心が、打ちのめされてしまう……っ!!

膝をつきそうになったところを、利根川はしかし堪えた。
耐えて――再度右腕を掲げる。激痛が走る、が、こいつも耐える。
デリンジャーをかざして威嚇とする。日本刀男はやはり怯んだ。

この距離では利根川のデリンジャーよりも、若い男が振り回す刀の方に軍配が上がる。
だがそういう現状を見てとれずに自分に向けられた銃口に怯えるさまは、利根川にほんの少しの勝機を見せた。
逃げおおせることが出来る、というだけの、「勝ち」でもなんでもない、「機」……!

だが利根川はそれに縋るほかない。

利根川は大仰にデリンジャーを振りかざし、右に左に構えて見せる。最後に残弾一発を放って隙とし、彼らから距離を取る。
そして利根川は、翻り、走った。後ろを振り返らずに。敗走。一目散に、背中を向けての退散、撤退である。

負け……負けた……一度ならず二度までも、赤木に届く前に邪魔が入ったのだ……。



◇◆◇


利根川は動揺していた。赤木への不意打ちがそうそう上手くいくものではないと、分かっていた。失敗する可能性について考えていなかったわけではない。それでも、こんな形での「負け」はあまりにも想定外だった。
赤木ではない、別の者による妨害。さらに自分は右肩に傷を負った。応急処置は施したものの、利き腕の怪我は致命的である。

その時、外れかけていたイヤホンから声が聞こえた。
ずっと気にかけ、聞きたかった声。
しかし今となっては、最も聞きたくなかった声。
主たる和也からの通信であった。

『よう、利根川。赤木を追ってから結構経ったけど、そっちはどーよ』
咄嗟に、利根川は何とも答えることが出来なかった。まだ敗北のショックから立ち直ってはいない。無言のままただ唇を舐め、口を開くも言葉は出ずに、再び口の端を湿らす。

そんなしばしの無言に和也はなぜだか頓着しない。
彼の声色は、妙に明るい。元々、場違いなほどに飄々とした態度でこの殺し合いに参加していた彼だったが、今の和也の声は、上機嫌と言ってもいいほどのものだ。
上機嫌。そう、在全とのギャンブルに見事勝利して、その結果手に入れた武器庫の武器に、和也は今現在夢中だった。大興奮している。

『つーかさ、正直、今はもー赤木とかほっといていいぜ。お前ら帰って来いよ』
無邪気が残酷な和也は今、己のその無邪気さにすっかり身を委ねている。

在全とのヤバいギャンブル、小太郎とかいう道化の、図星をついたら顔を真っ赤にしてもがき苦しんでいたその間抜け面、そして見事正解を導き出した先にあったこの武器の数々!
早く利根川と一条に武器を見せびらかして、そしてことの次第、オレの武勇伝を聞かせたい。


和也の事情などひとつも知らず、さらに予想外の敗北に打ちのめされている利根川には、和也の言葉はまるで「最初からお前には別に期待とかしてなかったぜ」と聞こえた。

「……いえ、和也様、私と一条は先程別れまして、一条がそちらに向かっています」
『ん?そーなの?じゃあ、お前は?』
「私は、……赤木を見つけまして、ヤツを仕留めるべく後を追っています…!!」

利根川の、覚悟を決めた嘘の報告。
対する和也は気のない返事。終いには、『いーからお前も戻って来いって』と利根川の決意に泥を塗る始末。

普段の和也ならばこんなヘマはしなかっただろう。場合によっては、利根川の嘘の報告を見破ったかもしれない。
しかしこの時の和也は、珍しく年相応に浮かれていた。利根川の心の内を考えていない。己と利根川の関係を失念している。――彼らは互いに互いを利用している。

利根川にとって和也とは己の再起のための糸である。
和也にとって利根川とは己の優勝のための駒である。

糸はただ垂れ下っているだけで掴み進み上りあがるのは己の腕力のみ。
駒は「特別ルール」と言うその場しのぎから出た脆い嘘の上に立っている。

和也はそういうことを忘れて、まるで、村上をも含めたこの4人が嬉しも悲しも苦痛も喜びも分かち合う、一蓮托生の仲間のように錯覚したのかもしれない。村上と共に死線を越えた直後の勝利が、未だ若い和也をこの瞬間だけ阿呆にさせた。

はしゃぐのは和也。利根川は苦い。
特に和也は、現在、しづかに仕掛けた(実際は赤木が持っている)盗聴器の盗聴も怠っている。
そこまで知るよしもないが、決死の覚悟でバトルロワイアルを生き抜こうともがく利根川にとって、今の妙に浮かれた和也の軽さは、怒りと苛立ちを抱かせる。



和也様、私を見下し馬鹿にするのもいい加減にして頂きたい!


利根川は心の内で叫んだ。
私は和也様への従属を誓ったが、しかし人間としての誇りを失い、ケモノか奴隷になったつもりは微塵もない。無論、和也様にとっては落ちるところまで落ちた私などは、ケモノや奴隷と同等なのかもしれないが。

ならば、示せばいいだけの話。

ケモノでも奴隷でもない、人間であることを示せばいいだけの話。

「和也様、私が赤木を殺して御覧に入れましょう。ヤツを仕留めるまで、戻りません」

一方的に言って、利根川は和也と繋がるイヤホンを耳から抜いた。コードをぐるぐるに丸め、盗聴器と一緒にデイパックの奥底に片づけた。指示はいらない。私がやるのだ。


和也様、私が赤木を殺して御覧に入れましょう。


◇◆◇


利根川に味方したのは、天か、魔か。
赤木との三度目の遭遇である。
そして、赤木の傍に先程の日本刀男とは別に、見知った顔があるのに利根川は気付いた。

「平山…幸雄……」

そう、一時期、利根川の手駒だった男。
しかし今はあのような小物、どうだっていい。眼中にない。
今、オレが求めるのは赤木の死体、それだけ……!!

3人は道の端で何やら話をしている。やや揉めているような雰囲気であった。特に、平山が赤木に対して怖気づいているようなのが利根川の位置からでもよく見て取れた。
決して険悪ではないが、和平的とも言い難い。間延びした空気を感じる。
そういう時こそ隙は多い。

利根川は躍り出た!
右手に握りしめたデリンジャー。弾は2つきりしか込められず、殺傷能力も低い銃。予備の弾はすぐに取り出せるポケットの中に入れたが、果たして補充が間に合うものなのか?
何はともあれこれひとつを武器に、3人を相手にするのは愚行以外の何者でもない。
たとえ赤木を仕留めたとしても日本刀男――ひろゆき――がいる。平山もいる。平山は、利根川の知る限りでは有効な武器など持ってはいなかった。しかし、新たに何かを手に入れた可能性も十分にある。

赤木は大金星だ。だが残りの二人は――利根川の見立てでは凡人。
何も築けぬ、何も積み上げられぬ。ただ生産と消費を繰り返すだけのクズ。
だから問題ないとでも言うのだろうか。
3対1には成りえぬ、1対1、赤木さえ始末すればカタが付く、と。


それとも。
利根川のこれは特攻なのか。赤木を仕留めることが出来ればその後日本刀で切り刻まれても構わない、己の命も惜しくないとでも言うのだろうか。
本末転倒。
目的のための手段であったはずだのに、利根川は今、手段のために殉じようとでも言うのだろうか。死を見据えている?
もはや和也に己の力を見せつけることのみに執心したのか。


実のところは分からない。

利根川の考えは利根川自身にも分からない。考えることをやめてしまっている、と言っていい。

ただ、やるしかないのだ、と。
あの焼き土下座と同じである。
マシンに体の自由を奪われ無理矢理やらされるか、それとも自分の意思で膝をつき、手をつき額を押しつけるか。その二択と同程度の選択肢しか今の利根川には存在しない。

利根川はいつの間にかすっかり追い詰められていた。もはや前に進む以外の道はない。
(本当はある。きっとある。多様にある。いくらでもある。利根川には見えないだけである)(そしてそれが利根川の限界……)(圧倒的立場から弱者をいたぶることしか出来ない利根川の限界……)



どこで間違えたのだろうか。

いいや、間違えてなどいない。私は間違えていない。

走馬灯のように駆け巡っていく、帝愛という巨大な組織のピラミッドを駆け上がってきたことを、高みを臨んだことを。
オレは成功者だと確信しながら生きてきた。選ばれた人間である。
カイジに負かされ全てを失った今でも、利根川はそう信じている。
「己」というものを信じている。

私がここで終わるはずがないのだ。

利根川のそれは信仰のよう。

思えば利根川は、惨めに落ちぶれてからは誰にも相手にされず、現状を打破する機会もなく、腐らぬよう闘争心を掲げ、維持することにすら強い精神力を要した。
そのような生き地獄を経ての、このバトルロワイアルである。利根川が奮起しないはずはなかったのだ。

ここで勝たねば死ぬのと同等……!!



◇◆◇


目の前に赤木の横顔。涼しい顔をしている。
すぐにその顔を死の色に染めてやる。
利根川は指を引き金にかけた。


パァン


鳴り響く銃声。
目を見開く赤木の顔。驚愕の表情。
しかし利根川も驚いていた、右腕を掴む者の存在に。

――平山!!

平山が赤木と利根川の間にいた。両手で、利根川のデリンジャーを握る右手をしっかりと掴んでいる。弾は上空へ消えた。
利根川は左手で平山の腕を掴み、引きはがそうと力を込める。

「平山っ!その手を離せ!」
「は、離すかよっ!」

平山は心底怯えていた。利根川の後をつけている最中もそうだったし、赤木が狙われているのを発見して、ひろゆきとの事前の打ち合わせ通りに防犯ブザーを鳴らしたときも、自らこちらの位置と存在を教えるような自殺にも等しい行為に、心底怯えていた。

今だって平山は怯えている。

己の命を握っている男との直接対決。汗をかく。体が熱い。利根川の腕を抑える両手が、ブルブルと震えているのが分かる。しかしそれでも、この手は離さない。
視界の端に、日本刀を構えながらオロオロしているひろゆきの姿を確認した。
密着し、激しく揉み合う2人に、手を出すに出せないのだろう。

ひろゆきは、赤木に出会えたことに舞い上がり、利根川の接近に全く気付けなかったことばかりを考えてしまう。
首輪探知機という武器を持ちながら、それの起動を怠った己のミスは悔いても悔いきれない。
その結果、平山が今、危険に身を晒している。援護しようにも、利根川の右手にしっかりと握られた銃が、右へ左へ、上へ下へとあちこちへ銃口を向けている中では、軽率な行動は取れなかった。

平山が赤木をかばうように利根川の前へ出て行ったのは、考えがあってのことではない。利根川の姿を認識したその時、咄嗟に体が動いてしまった。
姿を見られた以上、後には引けない。そう思った。
首輪につけられた装置という弱みがあるからこそ、逃げるのではなく立ち向かう。その選択は、かつての平山では考えられないことだった、けれど、ひろゆきやカイジと出会い、彼らに触発され、平山は少し変わった。
怯え、逃げまどうだけの自分とは決別、おさらばだ。立ち向かうことでしか、きっと道は開かれない。そう言い聞かせながら心を奮い起こす。

利根川は必死である。まさかクズと見下し、さほど気に留めていなかった男に阻まれるとは。そんなこと、あっていいはずがない。
しかし必死さで言えば、平山もかなりのものである。
利根川の腕を自由にさせてしまったら、平山にはデリンジャーで撃たれる以上の確実な死が待っている。
リモコンで、首輪に付けられた装置を作動させられれば、首輪は爆発。首は切断されて――死。

ホテルで首輪を爆破して殺された、山口という男のことが頭をよぎる。
あっけない爆発音。
かすかな肉の焦げたにおい。
鮮血。
静まり返った広間。
横たわる首の取れた遺体。
頭のない首から広がってゆく血だまり。
侵食してゆく、死が、どんどん広がっていく。
ひょっとして、もう平山のすぐ足元にまで来ているのかも、しれない。

そうだ、いつ自分があのようになってもおかしくない状況なのだ。
オレも死ぬ――このままでは死ぬ――死ぬ――死ぬ――死ぬんだ…………!!!



二度目の銃声が響き渡った――。


◇◆◇


「ハァ、ハァ、」

荒い呼吸を繰り返すのは平山。茫然と立ち尽くしている。その視線の先には、利根川。血の海に伏した利根川。落命している。
揉み合いの中発砲された銃弾は利根川の顔面を撃ち抜き、脳にまで食い込んで、その命を破壊した。
平山は広がってゆく赤い海を眺めている。その様は平山の脳内にあった死のイメージそのもの。
殺した。
自分が、利根川を殺した。

平山は揉み合いの最中、必死だった。必死だったくせに妙に落ち着いていた頭。
その頭の中の自分が言ったのだ、さぁそこだ、今だ、銃の引き金にかかる利根川の指を思い切り押さえ込め。
頭の中の声は、銃の引き金を引けとは言わなかった。利根川の指を押さえ込め、と言った。
銃口が利根川の顔面に迫った瞬間に聞こえた声。「指を押さえ込む」も「引き金を引く」も、結果はどちらにしても同じである。同じであるのに、声は直接的でない表現を選んだ。
ギリギリの中、生きるか死ぬかの中にいて、死にたくない、死ぬくらいなら殺してやるとまで思ったはずなのに、別のところではそんな自分を正当化しようとしている。ヤツの手を握りこんだだけだ、引き金を引いてはいない、だなんて、詭弁もいいとこだ。

手の中には、利根川の指ごと引き金を引いた時の感触が残っている。

その瞬間、利根川はどんな顔をしていたのだっけか。見たはずなのに覚えていない。いや、銃しか見ていなかったのかもしれない。




ひろゆきは、かける言葉を失っていた。
揉み合っているうちに銃が発砲されてしまっただけだ。それにもし、あの瞬間の平山に殺意があったとして、それは仕方のないことだ。平山の行動は正当防衛である。殺さなければ、殺されていた。
そんな当たり前の理屈を述べたところで、それが平山の慰めになるわけがない。罪になるとか、ならないとか、そんな話ではない。そもそも、ここでは殺人が認められている。
そうじゃない、これは、当人の心の問題。
理由も理屈もない。人を殺めたということについての、恐怖感。
正当性を主張した程度でぬぐえるような感情ではない。
折り合いが簡単につくようなものではないし、そもそも、折り合いをつけてもいいような事柄なのか、ひろゆきには疑問である。
異常な場所にいて異常なことばかり身に降りかかってくるからこそ、自分は自分を失いたくない、人としての心を失いたくはないと、ひろゆきは強く思っている。おそらく平山もそうだ。
そんな彼に今かけてやれる言葉など、何もない。
下手な慰めはむしろ平山を愚弄することになるだろう。


重苦しい沈黙。それを打ち破ったのは赤木の声。
「……助かった」
囁くような静かな声。
平山は赤木を見た。
赤木は死体となった利根川を見ていた。じっと、目をそらさず。死を見つめている。
その視線が上にあがり、平山のものとかち合う。
相変わらず何を考えているのか全く読めない瞳だ。しかも無表情である。

「…フン、コイツは、オレが自分で決着つけなきゃならない相手だったんだよ」
平山の言葉は苦し紛れだった。だが口にしてみれば、確かにその通りだった、と、この殺人という行為を正当化したわけではないが――何か奇妙な納得のようなものを心に得た。
業と言うのか、定めとでも言うのか。何かそういう、縁にも似たものが、オレと利根川を何度も出会わせて、そして今、こういう結末を迎えたのだ。

実は赤木は、かなり早い段階で利根川が接近してくる気配に感づいていた。
一回目の奇襲のときと異なり、今度はあまりにも殺気がただ漏れだったのだ。赤木にしてみれば、利根川の毒々しいまでの殺気は、大声で殺人予告をしているのと変わりない。
そこを赤木は気付いていないふりをして、利根川を、引きつけられるギリギリまで引きつけて、返り討ちにし、捕えるつもりだった。帝愛元ナンバー2という男を逃すのはあまりにも惜しいし、この男には聞きたいことが多くある。
利根川の武器は一回目の奇襲のときに分かっていた。赤木の身体能力をもってすれば、銃を奪い、利根川を捕えることは可能。そういう考えでいた。
赤木にとっての誤算は、あそこで平山が自分をかばったことだった。

しかし赤木は余計なことは言わず、ただ平山に礼を言った。
赤木の立場になってみれば、平山の行動でプランを駄目にされたとも言える。だがこれは、平山もひろゆきも動かないだろうと勝手に決め付けて、自分一人で利根川に対処するつもりでいたそのツケだと赤木は思った。
こちらのプランを二人に伝えておけば、平山が利根川を殺すこともなかっただろう。
だからオレが利根川を殺したも同然だ。いや、平山に引き金を引かせている分だけ余計タチが悪い。
そう思ったので、赤木は伏した利根川の遺体から目をそらさなかった。

赤木は改めて平山を見る。
己が知っている、自分の偽者を名乗っていた平山とは少し違っていた。
あれから何かあったのか、それともこの島で修羅場をくぐって来たのか。今さっきの返答にしても、赤木の気に入るところだった。
平山の変化に赤木は感心していた。だから、平山の覚悟に敬意を表す。
そういう意味も込めて、赤木は事実を話さない。そうか、と小さく答え、「それでも礼は言っておく」と赤木なりのけじめをつけた。


「それに、おかげで爆発していない首輪が手に入った」
赤木の言葉に、平山とひろゆきの頭上にクエスチョンマークが出現する。赤木は無表情のまま、ひろゆきの手にある日本刀を示し、続けた。
「刃物もちょうどある」
そしてニヤリと冗談めかして笑う。
「ちょっ、まさか……!?」
平山は気付いた。つまり、首を切断して首輪を手に入れる、ということか?しかも口ぶりからすると、爆発済みの首輪はもう持っているということになる。
コイツ、この島で一体何をやってるんだ……!?
怖気づきながらも、平山は赤木に食ってかかる。
何考えているんだ、普通じゃない、異常だ、と、赤木に詰め寄る。
だが、「考えの読めない普通じゃない異常者」とはまさに赤木そのものじゃあないかと思い当ってしまい、そうなると、今度は何も言えなくなってしまう。
赤木はククク、と小さく笑う。その目は冗談とも本気ともつかぬ表情をしていて、平山はますます引いていく。

成り行きを眺めていた年長者であるひろゆきは、張り詰めた糸のようだった緊張感がいつの間にやらすっかり緩み切っていることに気付いた。
顔だけはとても似通っている2人のやり取りが可笑しくて仕方がない。場違いに違いないはずなのに、思わず笑ってしまった。そうしたら、平山に睨まれた。



【E-5/ギャンブルルーム内/黎明】

【兵藤和也】
 [状態]:健康
 [道具]:チェーンソー 対人用地雷残り一個(アカギが所持)
     クラッカー九個(一つ使用済) 不明支給品0~1個(確認済み) 通常支給品 双眼鏡 首輪2個(標、勝広)
 [所持金]:1000万円
 [思考]:優勝して帝愛次期後継者の座を確実にする
     死体から首輪を回収する
     鷲巣に『特別ルール』の情報を広めてもらう
     赤木しげるを殺す(首輪回収妨害の恐れがあるため)
     利根川、一条の帰りを待つ
※伊藤開司、赤木しげる、鷲巣巌、平井銀二、天貴史、原田克美を猛者と認識しています。
※利根川、一条を部下にしました。部下とは『和也同盟』と書かれた誓約書を交わしています。
※遠藤、村岡も、合流して部下にしたいと思っております。彼らは自分に逆らえないと判断しています。
※『特別ルール』――和也の派閥のみがゲームで残った場合、和也の権力を以って、その派閥全員を脱出させるという特例はハッタリですが、 そのハッタリを広め、部下を増やそうとしています。
※首輪回収の目的は、対主催者の首輪解除の材料を奪うことで、『特別ルール』の有益性を維持するためです。
※しづかの自爆爆弾はアカギに解除されましたが、そのことに気づいていません。盗聴器はアカギが持っています。
※第二放送直後、ギャンブルルーム延長料金を払いました。3人であと3時間滞在できます。
※武器庫の中に何が入っているかは次の書き手さんにお任せします。
※アカギの盗聴を怠っています。利根川の死にも気付いていません。

 (補足>首輪探知機がある、としづかが漏らした件ですが、それは和也しか盗聴していません。利根川と一条はその頃、病院に爆弾を仕掛けに行っていました。)


【E-3/道路沿い/黎明】

【井川ひろゆき】
 [状態]:健康
 [道具]:日本刀 首輪探知機 懐中電灯 村岡の誓約書 ニセアカギの名刺 アカギからのメモ 支給品一式×2 (地図のみ1枚)
 [所持金]:1500万円
 [思考]:赤木しげるから事の顛末を聞いた後、ギャンブルで闘う  この島からの脱出 極力人は殺さない
※村岡の誓約書を持つ限り、村岡には殺されることはありません。
※赤木しげるの残したメモ(第二回放送後 病院)を読みました。
※カイジからのメモで脱出の権利は嘘だと知りました。
※鷲巣から、「病院に待機し、中を勝手に散策している」とアカギに伝えるよう伝言を頼まれました。

【平山幸雄】
 [状態]:左肩に銃創 首輪越しにEカードの耳用針具を装着中
 [道具]:支給品一式 カイジからのメモ 防犯ブザー
 [所持金]:1000万円
 [思考]:田中沙織を気にかける カイジが気になる
※計器に不具合が起きていることを知りません。 (計器の生体信号の不具合だけです。利根川の持つリモコンからの電波では正常に作動します)
※カイジからのメモで脱出の権利は嘘だと知りました。
※カイジに譲った参加者名簿、パンフレットの内容は一字一句違わず正確に記憶しています。ただし、平山の持っていた名簿には顔写真、トトカルチョの数字がありませんでした。
※平山が今までに出会った、顔と名前を一致させている人物(かつ生存者)
  大敵>利根川、一条、兵藤和也  たぶん敵>平井銀二、原田克美、鷲巣巌
  味方>井川ひろゆき、伊藤開司      ?>田中沙織、赤木しげる       主催者>黒崎

 (補足>首輪探知機は、死んでいる参加者の首輪の位置も表示しますが、爆発済みの首輪からは電波を受信できない為、表示しません。)

【赤木しげる】
 [状態]:健康
 [道具]:ロープ4本 不明支給品0~1(確認済み)支給品一式 浦部、有賀の首輪(爆発済み)対人用地雷 盗聴器
 [所持金]:500万円
 [思考]:もう一つのギャンブルとして主催者を殺す 死体を捜して首輪を調べる 首輪をはずして主催者側に潜り込む
※主催者はD-4のホテルにいると狙いをつけています。
※2日目夕方にE-4にて平井銀二と再会する約束をしました。
※鷲巣巌を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと鷲巣のみが知っています)
※鷲巣巌に100万分の貸し。
※鷲巣巌と第二回放送の前に病院前で合流する約束をしました。また第二回放送後に病院の中を調べようと考えていましたがどちらも果たせず。(ひろにメモが渡ったのは偶然です)
※首輪に関する情報(但しまだ推測の域を出ない)が書かれたメモをカイジから貰いました。
※参加者名簿を見たため、また、カイジから聞いた情報により、 帝愛関係者(危険人物)、また過去に帝愛の行ったゲームの参加者の顔と名前を把握しています。
※過去に主催者が開催したゲームを知る者、その参加者との接触を最優先に考えています。 接触後、情報を引き出せない様ならばギャンブルでの実力行使に出るつもりです。
※危険人物でも優秀な相手ならば、ギャンブルで勝利して味方につけようと考えています。
※カイジを、別行動をとる条件で味方にしました。
※村岡隆を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと村岡のみが知っています)
※利根川と一条は任務中の為、アカギの盗聴器から盗聴しているのは和也だけですが、和也は今、それを怠っています。



【利根川幸雄 死亡】
【残り21人】



135:本物と偽物 投下順 137:紫苑の底闇
131:一致 時系列順 137:紫苑の底闇
130:宣戦布告(前編) (後編) 兵藤和也 142:逆境の闘牌(前編) (中編) (後編)
131:一致 井川ひろゆき 142:逆境の闘牌(前編) (中編) (後編)
131:一致 平山幸雄 142:逆境の闘牌(前編) (中編) (後編)
124:光路 赤木しげる 142:逆境の闘牌(前編) (中編) (後編)




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