「窮鼠」(2009/11/26 (木) 00:23:51) の最新版変更点
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窮鼠 ◆tWGn.Pz8oA氏
「おっ、やっと出口だ」
赤松と標の足が、舗装されたエリアから草の茂った平地へと移る。
結局、二人は誰とも会うことなくアトラクションゾーンを抜けた。
現在彼らが立っているのは目的の発電所まで600mほどの地点である。
補足すると、その位置は発電所の東側ではなく北側。開けた広場を避け、若干迂回するルートをとったためであった。
エリア区分を考えると東や南から観察したほうが発電所自体に近づくことはできるのだが、
いずれすべての方向から見て回るつもりの二人には、どこから始めようが関係のないことだった。
さらに、主催側があのエリアに何か隠すとしたら、当然通常の視点からは見えにくい場所のはず。
つまり、北側のC-1エリアからの観察は必然なのである。
そういうわけで、赤松と標はアトラクションゾーンを出てから南西に歩いていた。
目指すはC-1の最西端。発電所付近への視界を遮るようにD-1の北側一辺を埋める林、その脇を進む。
海から吹く風が髪の毛を舞上げては去っていく。おだやかな波がそこかしこできらめいて眩しい。
こんなゲームでなく家族で行楽に訪れられたなら、どれだけの楽しい思い出を作れるだろうか。
赤松はふっとそんなことを思っては、ただただ真っ青な海に視線を向けた。
美しい景色を見ていると、殺し合いのゲームをしていることなど忘れてしまいそうになる。
そんな彼を現実に引きずり戻したのは、突然鳴り始めた首輪の警告音だった。
山口の首輪が爆発する寸前の断続的なものとは違って、音の間隔は長い。
赤松は思わず空唾を飲んだ。
あと何歩か前進すれば、この首輪は爆発する。
そういう道具が自分の首に巻き付いているという事実が、再び眼前に突きつけられていた。
「…そろそろ禁止エリアが近いってことか。気をつけないとね……」
緊張した面持ちで注意を促す赤松。
しかし、標はそれに「うん」だか「そう」だか気のない返事をすると、
何事もなかったように止めていた足を進め始めた。
(はあ……警告はあくまで警告ってことか……鉄の心臓だな、こりゃ……!)
赤松はただただ感心していた。
二人は耳障りな警告音を聞きながらさらに少し歩き、ようやく林の切れ目にたどり着いた。
「標くん、あれは……!」
標の見当ては正しかった。
発電所の裏、D-1にあるこの島最西端の岬の近くには、ある古びた建物があった。
直方体の簡素な施設から伸びる塔の部分が明確に教えている。
建物の正体、それはいわゆる灯台であると。
「待って」
標は赤松の言葉を制止すると、手早く支給品のメモ帳とペンを取り出す。
あっけにとられる赤松をよそに何かを書き付け、それを顔の前に掲げて見せた。
『首輪で盗聴されている可能性あり。重要なことは筆談で』
(えっ……盗聴………!?)
赤松は、驚いた様子で視線をメモ用紙から標の瞳へと移す。標は涼しげな表情で頷いただけだった。
言われてみれば、主催者側がこちらを監視していないはずはない。
赤松もすぐに納得し、デイパックから筆記用具を出して、先ほど言いかけたことをつづった。
『あれは灯台だね』
標は首を縦に振って肯定。そして再び紙にペンを走らせながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「一見普通のようだけど、あれは明らかに異質……その理由は主にふたつ……」
メモ用紙に箇条書きで内容を書き終えると、それを赤松の前へ置き直した。
赤松は全体に目を通した後、まずこの項目を指差しながら頷く。
『地図に載っていない』
彼もこの点に一番の違和感を感じていたからである。
灯台は地図に記載するに値する重要施設のはず。
ましてや、あの地図にはバッティングセンターや映画館といった建物まで載っているのだ。
灯台だけ省かれているのはおかしく、何らかの意図があったと考えざるを得ない。
赤松は標の文字の横に『=隠したい?』と走り書きをすると、次の項目に指先を移して標に問いかける。
「これはどうしてわかったんだい?」
標が挙げた二つ目の理由は、『人がいる』。
赤松は、これにはすぐに同意することができなかった。
それもそのはず。灯台の窓はいずれも小さいため、ここから室内は確認できないのである。
さらに、窓といってもあるのは換気窓のようなものばかり。
これでは真昼の今、室内の灯りを確認することも難しい。
しかし、標は確信に満ちた表情で口を開き、ただ一言つぶやくようにその問いに答えた。
「室外機………」
(え………室外機って…空調の……?)
それを聞いて、赤松はみたび灯台の下部に視線を送った。
(………あっ………!!本当だ、動いてるじゃないか…プロペラが……!なるほど…!)
実は、標は赤松に告げていないことがひとつある。
それは、灯台は無人でも、自動運転の空調設備が動いている場合があるだろうということ。
灯台にその役割を果たすための電子機器が設置されていることは想像できるし、
そうなれば温度や湿度を自動調節する設備が必要だということも見当がつく。
要するに、彼らが見付けたのは本当にただの灯台である可能性があったのだ。
しかし、標はその可能性を否定する。
なぜなら、主催者たちはこの施設の存在を隠したがっているから。
隠そうとするならば、夜間に光を発して存在を知らせるようなことはまずしない。
つまり、灯台に灯台の機能を果たさせようとはしないはずなのである。
本来動いているはずの灯台が灯りをともさなくなれば問題が起こるのは明白であるから、
おそらくこの灯台はすでに廃止されているのだろう。
それならば、やはりあの空調は中にいる人間のために動いていると考えられる。
「そういえば…君も気付いてるかもしれないけど、あそこに付いてるものも妙だと思わないか…?」
そう言って赤松が指で示したのは、やや見にくい位置に設置されたパラボラアンテナである。
「うん。付けられた場所と比べて、気味が悪いほど新しく見える……
あれはおそらく、このゲームのために用意されたもの……」
標は先ほどのメモ用紙を手元に引き寄せると、空いたスペースに『アンテナ』の文字を加え、
すべての文字を囲むようにぐるりと大きな円を描いた。
その円の内側から外へと一本の矢印を引っ張り、矢尻の部分にこう書き付ける。
『灯台=何かを送受信する重要な施設』
禁止エリアに含んで守り、地図に記載しないことで隠していることから伺える重要性。
明らかにこのゲームのために設置されたであろう送受信用のアンテナ。
「そして、この『何か』はおそらく………」
そう言いかけたところで、標は何かに気が付いた。
―――増えているのだ、首輪の警告音が。
「……赤松さん、左から誰か来る………」
「ああ………だ、大丈夫、何かあったら僕が守るからね……!」
赤松はデイパックの中の手榴弾に手をかけ、接近者のほうを睨みつける。
電子音は着々と迫ってきていた。もう持ち主の足音も聞こえるほどだ。
禁止エリアに大分近づいているために、一人分でも騒々しい首輪の警告音。
それが今やいくつも重なって鼓膜を襲うのだからたまらない。
しかし、ようやく二人の前に姿を表した人物は、そんな音よりもさらに暑苦しい表情を浮かべていた。
「おおおおっ……賢明なお二方っ……!!ワシを助けてほしいざんすっ……!!!」
その男―――村岡は、まさに身ひとつでそこに立っていた。
武器を持った危険人物という最悪の状態を想像していた赤松は、少しの間呆気にとられてしまう。
なにせ目の前に現れた村岡は、すがるような涙目にハの字眉毛への字口、
手は胸の前で組むという懇願の体勢をとっていたのだから。
「た、助ける………?」
「ええ、ええ……!ワシはゲーム開始早々…支給品のすべてを失ってしまった……!
気軽にギャンブルを受けたワシも浅はかだったが……その相手がまた卑劣な罠を仕掛けていてっ……!!
あっ!という間……見ての通り、支給品をすべて奪われてしまったざんす……!!」
村岡はすさまじい速さでまくし立てながら二人のほうへ近づいてくる。
武器は持たず戦意が無さそうな様子とはいえ、油断は出来ない。
「とりあえず止まってください……!まだあなたのことは信用できない……!」
しかし、赤松の制止を聞き入れるどころか、いっそう油分を振りまきながらすり寄ってくる村岡。
その様子を見ると、もはや危害を加えるかなどいうことはどうでもいい、
とにかく早く視界から消えてほしいと願わざるを得ない。
「確かに、ここは戦場……そう簡単には信じてもらえないと思うざんす…!
いやいやっ、いいざんすよ…!!あなたは正しい……!
ワシはホイホイ相手の罠に飛び込むような迂闊者……信じてほしいなんて言わないざんす……!!
だから、だからっ………」
そう言って村岡は何を思ったのか懐に手を伸ばす。赤松の顔に緊張の色が走った。
(まさか……拳銃……!?)
標を引っ張ってすぐさま逃げるべきか、それより先に攻撃するべきか。
迷いながらも、赤松は手榴弾を掴んだ左手をゆっくりと引き上げていく。
一方標は、村岡とは別の方向を警戒していた。
彼の耳には、首輪の音がさらにもうひとつ聞こえていたからだ。
つまり、今この場には4人分の音が存在していることになる。
村岡と組んだ仲間か、それとも関係のない第三者か。標の視線が付近を這い回る。
しかし、二人の疑問には、いずれも彼らが考えていなかった第三の答えが出た。
村岡が懐から取り出したのは、銀の首輪。三人の首に取り付けられたものと同じ首輪であった。
それを掲げながら村岡は再び口を開く。
「交換条件にするざんす……!!
ワシは君たちに守ってもらう代わりに、ふたつのものを差し出す………!
一つ目は、この首輪……これはここに来る途中にあった死体から失敬したもの……
どうやら持ち主が死んでも機能は停止しないようざんすね。
これはいわばサンプル……!首輪解除の手掛かりになる、重要な実物ざんす……!」
(死体から失敬しただって………?
首でも飛んでいない限り、そんなことは不可能だ……!まさかこの男…自分で………っ)
赤松の表情が引きつったことには目もくれず、村岡はさらに二つ目の条件を提示する。
「二つ目は、参加者の情報……!
元々面識のある人間と、ワシの支給品を奪った人物…
さらには、主催者についても多少知ってるから……合わせて10人足らずってところざんす……!
そいつらの情報を、知っている限り君たちに提供する……!!
どうざんす……?悪い条件じゃないざんしょ………?」
村岡は演技力に長けた人物であるが、この暑苦しい態度は決して演技ではない。
村岡はひろゆきに敗北した後、どうすれば裸同然の自分が這い上がることができるかを考えていた。
支給品もチップもなくては、間違いなく一日も経たないうちに死ぬだろう。
何も持たないのなら、何かを持つ者と行動を共にすればいい。
適当な交換条件を出して守ってもらえばいいのだ。適任はやはり対主催の立場の人物。
対主催派が第一に探すであろうものは、ゲームを壊す手掛かりと仲間。
ならば、ホテルか最初の禁止エリアあたりに行くだろうと見当をつけた。
ホテルはまだ黒服がうろついているため、向かう人物は少ないはず。よって行く先をD-1に決める。
実際はD-1まで行かずともいい。複数人でつるんでいる者たちを見かけたら、それも安全人物である可能性は高い。
こうして見つけ出したのが、標と赤松であった。
首輪はD-4に転がっていた石原の死体から、たたき割った公衆トイレの窓の破片を使い剥ぎ取った。
村岡が元来小心者であるにも関わらずそんな行為をやってのけられたのは、
偏に己の保身と復讐心に駆り立てられていたからである。
火事場の馬鹿力とも言える行動力。
だがやはりと言うべきか、守って「もらい」、同行者をうまく操って復讐相手を殺して「もらう」という
狡い考え方は根底にあるようだった。
(ここまでは計画通りざんす……あとは、この条件を二人がのむだけ―――いや、のませるだけ…!
なんとしても同行させてもらうざんす……!!聞き入れるまでやめるものかっ……!!!
そして、ワシは生き残って……ひろゆきとカイジっ………奴らを絶望に陥れてやるざんす………!!)
村岡が提示した条件は、赤松たちにとって申し分のない物だった。
情報は信憑性に欠けていても、首輪が手に入るだけで魅力的な話である。
ただ、この男はギャンブルをしたと言っていた。
「気軽に」と付け加えていたから、脅されたのではないのだろう。
果たしてこの状況で、勝ちの保証もなしに支給品全てを賭けるだろうか?
裏を返せば、彼は何か勝つ布石を打っていて、自分が対戦者を嵌めるつもりであったという可能性もある。
そしてそれをこの交渉の場面で隠しているとしたら、行動を共にして大丈夫と言えるのだろうか。
赤松は思案を続けていた。
しかし、そんな赤松を尻目に、傍らの標から意外な言葉が飛び出す。
「いいよ」
村岡と赤松の瞳が見開かれた。もちろん、それぞれ別の感情によって。
赤松は標を振り返り、不安を滲ませた表情で問いかける。村岡は喜色満面の様子で何かわめいていた。
「し、標くん!大丈夫なのかい……?」
「いくつかこちらも条件を出せば、大丈夫。……それに、多少のリスクは許容すべき………」
足下で静止していた標の視線が、村岡に向けられる。
そうか。そうだ。危険を避けてばかりでは、本当に必要な物は得られない。
命がかかっているから引くのではなく、命がかかっているからこそ進む。
赤松はまた標に大切なことを教えられたような気がしていた。
心の中だけか実際に声に出たかは定かでないが、赤松は標に「ありがとう」とつぶやくと、
村岡に正対して告げる。
「いいでしょう。僕たちは、あなたと行動を共にします」
【C-1/樹林地帯/午後】
【赤松修平】
[状態]:健康
[道具]:手榴弾×10 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:村岡と交渉を続ける できる限り多くの人を助ける 標を守る
【標】
[状態]:健康
[道具]:モデルガン 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:村岡と交渉を続ける バトルロワイアルの穴を見つける 他の対主催派と合流する
【村岡隆】
[状態]:健康 やや興奮状態
[道具]:石原の首輪
[所持金]:0円
[思考]:赤松・標と同行する ひろゆきとカイジに復讐したい 生還する
※村岡の誓約書を持つ井川ひろゆきを殺すことはできません。
※石原の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は停止していません
|029:[[布石]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|031:[[束の間の勝者]]|
|029:[[布石]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[時系列順>本編時間順]]|031:[[束の間の勝者]]|
|008:[[天才]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:赤松修平|041:[[目的]]|
|008:[[天才]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:標|041:[[目的]]|
|003:[[罠]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:村岡隆|041:[[目的]]|
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**窮鼠 ◆tWGn.Pz8oA氏
「おっ、やっと出口だ」
赤松と標の足が、舗装されたエリアから草の茂った平地へと移る。
結局、二人は誰とも会うことなくアトラクションゾーンを抜けた。
現在彼らが立っているのは目的の発電所まで600mほどの地点である。
補足すると、その位置は発電所の東側ではなく北側。開けた広場を避け、若干迂回するルートをとったためであった。
エリア区分を考えると東や南から観察したほうが発電所自体に近づくことはできるのだが、
いずれすべての方向から見て回るつもりの二人には、どこから始めようが関係のないことだった。
さらに、主催側があのエリアに何か隠すとしたら、当然通常の視点からは見えにくい場所のはず。
つまり、北側のC-1エリアからの観察は必然なのである。
そういうわけで、赤松と標はアトラクションゾーンを出てから南西に歩いていた。
目指すはC-1の最西端。発電所付近への視界を遮るようにD-1の北側一辺を埋める林、その脇を進む。
海から吹く風が髪の毛を舞上げては去っていく。おだやかな波がそこかしこできらめいて眩しい。
こんなゲームでなく家族で行楽に訪れられたなら、どれだけの楽しい思い出を作れるだろうか。
赤松はふっとそんなことを思っては、ただただ真っ青な海に視線を向けた。
美しい景色を見ていると、殺し合いのゲームをしていることなど忘れてしまいそうになる。
そんな彼を現実に引きずり戻したのは、突然鳴り始めた首輪の警告音だった。
山口の首輪が爆発する寸前の断続的なものとは違って、音の間隔は長い。
赤松は思わず空唾を飲んだ。
あと何歩か前進すれば、この首輪は爆発する。
そういう道具が自分の首に巻き付いているという事実が、再び眼前に突きつけられていた。
「…そろそろ禁止エリアが近いってことか。気をつけないとね……」
緊張した面持ちで注意を促す赤松。
しかし、標はそれに「うん」だか「そう」だか気のない返事をすると、
何事もなかったように止めていた足を進め始めた。
(はあ……警告はあくまで警告ってことか……鉄の心臓だな、こりゃ……!)
赤松はただただ感心していた。
二人は耳障りな警告音を聞きながらさらに少し歩き、ようやく林の切れ目にたどり着いた。
「標くん、あれは……!」
標の見当ては正しかった。
発電所の裏、D-1にあるこの島最西端の岬の近くには、ある古びた建物があった。
直方体の簡素な施設から伸びる塔の部分が明確に教えている。
建物の正体、それはいわゆる灯台であると。
「待って」
標は赤松の言葉を制止すると、手早く支給品のメモ帳とペンを取り出す。
あっけにとられる赤松をよそに何かを書き付け、それを顔の前に掲げて見せた。
『首輪で盗聴されている可能性あり。重要なことは筆談で』
(えっ……盗聴………!?)
赤松は、驚いた様子で視線をメモ用紙から標の瞳へと移す。標は涼しげな表情で頷いただけだった。
言われてみれば、主催者側がこちらを監視していないはずはない。
赤松もすぐに納得し、デイパックから筆記用具を出して、先ほど言いかけたことをつづった。
『あれは灯台だね』
標は首を縦に振って肯定。そして再び紙にペンを走らせながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「一見普通のようだけど、あれは明らかに異質……その理由は主にふたつ……」
メモ用紙に箇条書きで内容を書き終えると、それを赤松の前へ置き直した。
赤松は全体に目を通した後、まずこの項目を指差しながら頷く。
『地図に載っていない』
彼もこの点に一番の違和感を感じていたからである。
灯台は地図に記載するに値する重要施設のはず。
ましてや、あの地図にはバッティングセンターや映画館といった建物まで載っているのだ。
灯台だけ省かれているのはおかしく、何らかの意図があったと考えざるを得ない。
赤松は標の文字の横に『=隠したい?』と走り書きをすると、次の項目に指先を移して標に問いかける。
「これはどうしてわかったんだい?」
標が挙げた二つ目の理由は、『人がいる』。
赤松は、これにはすぐに同意することができなかった。
それもそのはず。灯台の窓はいずれも小さいため、ここから室内は確認できないのである。
さらに、窓といってもあるのは換気窓のようなものばかり。
これでは真昼の今、室内の灯りを確認することも難しい。
しかし、標は確信に満ちた表情で口を開き、ただ一言つぶやくようにその問いに答えた。
「室外機………」
(え………室外機って…空調の……?)
それを聞いて、赤松はみたび灯台の下部に視線を送った。
(………あっ………!!本当だ、動いてるじゃないか…プロペラが……!なるほど…!)
実は、標は赤松に告げていないことがひとつある。
それは、灯台は無人でも、自動運転の空調設備が動いている場合があるだろうということ。
灯台にその役割を果たすための電子機器が設置されていることは想像できるし、
そうなれば温度や湿度を自動調節する設備が必要だということも見当がつく。
要するに、彼らが見付けたのは本当にただの灯台である可能性があったのだ。
しかし、標はその可能性を否定する。
なぜなら、主催者たちはこの施設の存在を隠したがっているから。
隠そうとするならば、夜間に光を発して存在を知らせるようなことはまずしない。
つまり、灯台に灯台の機能を果たさせようとはしないはずなのである。
本来動いているはずの灯台が灯りをともさなくなれば問題が起こるのは明白であるから、
おそらくこの灯台はすでに廃止されているのだろう。
それならば、やはりあの空調は中にいる人間のために動いていると考えられる。
「そういえば…君も気付いてるかもしれないけど、あそこに付いてるものも妙だと思わないか…?」
そう言って赤松が指で示したのは、やや見にくい位置に設置されたパラボラアンテナである。
「うん。付けられた場所と比べて、気味が悪いほど新しく見える……
あれはおそらく、このゲームのために用意されたもの……」
標は先ほどのメモ用紙を手元に引き寄せると、空いたスペースに『アンテナ』の文字を加え、
すべての文字を囲むようにぐるりと大きな円を描いた。
その円の内側から外へと一本の矢印を引っ張り、矢尻の部分にこう書き付ける。
『灯台=何かを送受信する重要な施設』
禁止エリアに含んで守り、地図に記載しないことで隠していることから伺える重要性。
明らかにこのゲームのために設置されたであろう送受信用のアンテナ。
「そして、この『何か』はおそらく………」
そう言いかけたところで、標は何かに気が付いた。
―――増えているのだ、首輪の警告音が。
「……赤松さん、左から誰か来る………」
「ああ………だ、大丈夫、何かあったら僕が守るからね……!」
赤松はデイパックの中の手榴弾に手をかけ、接近者のほうを睨みつける。
電子音は着々と迫ってきていた。もう持ち主の足音も聞こえるほどだ。
禁止エリアに大分近づいているために、一人分でも騒々しい首輪の警告音。
それが今やいくつも重なって鼓膜を襲うのだからたまらない。
しかし、ようやく二人の前に姿を表した人物は、そんな音よりもさらに暑苦しい表情を浮かべていた。
「おおおおっ……賢明なお二方っ……!!ワシを助けてほしいざんすっ……!!!」
その男―――村岡は、まさに身ひとつでそこに立っていた。
武器を持った危険人物という最悪の状態を想像していた赤松は、少しの間呆気にとられてしまう。
なにせ目の前に現れた村岡は、すがるような涙目にハの字眉毛への字口、
手は胸の前で組むという懇願の体勢をとっていたのだから。
「た、助ける………?」
「ええ、ええ……!ワシはゲーム開始早々…支給品のすべてを失ってしまった……!
気軽にギャンブルを受けたワシも浅はかだったが……その相手がまた卑劣な罠を仕掛けていてっ……!!
あっ!という間……見ての通り、支給品をすべて奪われてしまったざんす……!!」
村岡はすさまじい速さでまくし立てながら二人のほうへ近づいてくる。
武器は持たず戦意が無さそうな様子とはいえ、油断は出来ない。
「とりあえず止まってください……!まだあなたのことは信用できない……!」
しかし、赤松の制止を聞き入れるどころか、いっそう油分を振りまきながらすり寄ってくる村岡。
その様子を見ると、もはや危害を加えるかなどいうことはどうでもいい、
とにかく早く視界から消えてほしいと願わざるを得ない。
「確かに、ここは戦場……そう簡単には信じてもらえないと思うざんす…!
いやいやっ、いいざんすよ…!!あなたは正しい……!
ワシはホイホイ相手の罠に飛び込むような迂闊者……信じてほしいなんて言わないざんす……!!
だから、だからっ………」
そう言って村岡は何を思ったのか懐に手を伸ばす。赤松の顔に緊張の色が走った。
(まさか……拳銃……!?)
標を引っ張ってすぐさま逃げるべきか、それより先に攻撃するべきか。
迷いながらも、赤松は手榴弾を掴んだ左手をゆっくりと引き上げていく。
一方標は、村岡とは別の方向を警戒していた。
彼の耳には、首輪の音がさらにもうひとつ聞こえていたからだ。
つまり、今この場には4人分の音が存在していることになる。
村岡と組んだ仲間か、それとも関係のない第三者か。標の視線が付近を這い回る。
しかし、二人の疑問には、いずれも彼らが考えていなかった第三の答えが出た。
村岡が懐から取り出したのは、銀の首輪。三人の首に取り付けられたものと同じ首輪であった。
それを掲げながら村岡は再び口を開く。
「交換条件にするざんす……!!
ワシは君たちに守ってもらう代わりに、ふたつのものを差し出す………!
一つ目は、この首輪……これはここに来る途中にあった死体から失敬したもの……
どうやら持ち主が死んでも機能は停止しないようざんすね。
これはいわばサンプル……!首輪解除の手掛かりになる、重要な実物ざんす……!」
(死体から失敬しただって………?
首でも飛んでいない限り、そんなことは不可能だ……!まさかこの男…自分で………っ)
赤松の表情が引きつったことには目もくれず、村岡はさらに二つ目の条件を提示する。
「二つ目は、参加者の情報……!
元々面識のある人間と、ワシの支給品を奪った人物…
さらには、主催者についても多少知ってるから……合わせて10人足らずってところざんす……!
そいつらの情報を、知っている限り君たちに提供する……!!
どうざんす……?悪い条件じゃないざんしょ………?」
村岡は演技力に長けた人物であるが、この暑苦しい態度は決して演技ではない。
村岡はひろゆきに敗北した後、どうすれば裸同然の自分が這い上がることができるかを考えていた。
支給品もチップもなくては、間違いなく一日も経たないうちに死ぬだろう。
何も持たないのなら、何かを持つ者と行動を共にすればいい。
適当な交換条件を出して守ってもらえばいいのだ。適任はやはり対主催の立場の人物。
対主催派が第一に探すであろうものは、ゲームを壊す手掛かりと仲間。
ならば、ホテルか最初の禁止エリアあたりに行くだろうと見当をつけた。
ホテルはまだ黒服がうろついているため、向かう人物は少ないはず。よって行く先をD-1に決める。
実際はD-1まで行かずともいい。複数人でつるんでいる者たちを見かけたら、それも安全人物である可能性は高い。
こうして見つけ出したのが、標と赤松であった。
首輪はD-4に転がっていた石原の死体から、たたき割った公衆トイレの窓の破片を使い剥ぎ取った。
村岡が元来小心者であるにも関わらずそんな行為をやってのけられたのは、
偏に己の保身と復讐心に駆り立てられていたからである。
火事場の馬鹿力とも言える行動力。
だがやはりと言うべきか、守って「もらい」、同行者をうまく操って復讐相手を殺して「もらう」という
狡い考え方は根底にあるようだった。
(ここまでは計画通りざんす……あとは、この条件を二人がのむだけ―――いや、のませるだけ…!
なんとしても同行させてもらうざんす……!!聞き入れるまでやめるものかっ……!!!
そして、ワシは生き残って……ひろゆきとカイジっ………奴らを絶望に陥れてやるざんす………!!)
村岡が提示した条件は、赤松たちにとって申し分のない物だった。
情報は信憑性に欠けていても、首輪が手に入るだけで魅力的な話である。
ただ、この男はギャンブルをしたと言っていた。
「気軽に」と付け加えていたから、脅されたのではないのだろう。
果たしてこの状況で、勝ちの保証もなしに支給品全てを賭けるだろうか?
裏を返せば、彼は何か勝つ布石を打っていて、自分が対戦者を嵌めるつもりであったという可能性もある。
そしてそれをこの交渉の場面で隠しているとしたら、行動を共にして大丈夫と言えるのだろうか。
赤松は思案を続けていた。
しかし、そんな赤松を尻目に、傍らの標から意外な言葉が飛び出す。
「いいよ」
村岡と赤松の瞳が見開かれた。もちろん、それぞれ別の感情によって。
赤松は標を振り返り、不安を滲ませた表情で問いかける。村岡は喜色満面の様子で何かわめいていた。
「し、標くん!大丈夫なのかい……?」
「いくつかこちらも条件を出せば、大丈夫。……それに、多少のリスクは許容すべき………」
足下で静止していた標の視線が、村岡に向けられる。
そうか。そうだ。危険を避けてばかりでは、本当に必要な物は得られない。
命がかかっているから引くのではなく、命がかかっているからこそ進む。
赤松はまた標に大切なことを教えられたような気がしていた。
心の中だけか実際に声に出たかは定かでないが、赤松は標に「ありがとう」とつぶやくと、
村岡に正対して告げる。
「いいでしょう。僕たちは、あなたと行動を共にします」
【C-1/樹林地帯/午後】
【赤松修平】
[状態]:健康
[道具]:手榴弾×10 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:村岡と交渉を続ける できる限り多くの人を助ける 標を守る
【標】
[状態]:健康
[道具]:モデルガン 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:村岡と交渉を続ける バトルロワイアルの穴を見つける 他の対主催派と合流する
【村岡隆】
[状態]:健康 やや興奮状態
[道具]:石原の首輪
[所持金]:0円
[思考]:赤松・標と同行する ひろゆきとカイジに復讐したい 生還する
※村岡の誓約書を持つ井川ひろゆきを殺すことはできません。
※石原の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は停止していません
|029:[[布石]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:[[投下順>本編投下順]]|031:[[束の間の勝者]]|
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|008:[[天才]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:赤松修平|041:[[目的]]|
|008:[[天才]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:標|041:[[目的]]|
|003:[[罠]]|COLOR(#FFFFFF):BGCOLOR(#a9a9a9):CENTER:村岡隆|041:[[目的]]|
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