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偶然と奇跡の果てに ◆zreVtxe7E6氏


民家にたどり着いた石田と黒沢は、治を安静にさせ、気休め程度の…頭を冷やすだけ…といった処置を施す。
その後、2回目の定時放送を待ちながら、二人は軽い食事をとっていた。

次に何時、こうした休憩が取れるとも限らない。休める時に休まなくては…と、飢えた腹を適当に満たしていく。

やがて場違いなクラシックが流れ、必然的に手が止まった。

『────以上で放送を終了する。』

5分程だろうか…放送が終わり、石田はぱぁっと表情を綻ばせた。

良かった…!市川さんも、天さんも…二人とも呼ばれてない。それにカイジ君も…良かった、本当に良かった……!

幸い、自身が知り得る人物の名を、その耳が捉えることは無かった。 
ほっ…と胸を撫で下ろし、安堵の表情で止まっていた手を動かす。
しかし対照的に、黒沢の手は止まっていたままであった。

「黒沢さん…?」

怪訝そうに問いかける石田に、黒沢ははっとして顔を上げる。

「…今、赤松…赤松修平って…言わなかったか…?」

戸惑いを隠せない様子で顎に手を当て、動揺に瞳を震わす。
その様子を見た石田は瞬時の内に悟り、表情を強張らせた。

「…もしかして…知り合い…だったのかい…?」 

石田の問いに一瞬目を泳がせ、あぁ…と気の無い返事。

本当に…あの赤松修平なのか…?でも…まさか…。

「あ…あぁ、いや…でも……有り得ない…」
 そうだ…有り得ない…有り得る筈がない…。

要領を得ない受け答えと自己完結。石田はどう返した物かと、困ったようにポリポリと頭を掻いた。

「えーと…その、有り得ないって言うのはどう言う事かな…?そもそも、どういった関係の人なんだい…?」

その問い掛けに、黒沢は職場の同僚である事やその人柄など、赤松との関係を出来るだけ簡潔に伝える。
その上で、決定付けるように続けた。

「だから…有り得ないんだ。…俺の知っている"赤松修平"なら…こんなギャンブルに参加する、理由…動機が無い…!」

石田も、確かに…と肯定的な意見を述べた。

「…確かに…オレの知り得る帝愛は…借金…それに苦しむ人々に対して、チャンスを与える…そう言った名目で、ギャンブルの場を提供していた筈…」

黒沢はその言葉に、こくりと頷く。事実黒沢がそうなのだ。

赤松と言う人物は少なくとも、黒沢が知る限り借金はしていない。金に困っていると言う線は、限り無く薄いだろう。
更に、赤松の人間性を思えば、仕事を擲ってまでギャンブルに走るとはどうしても考えられなかったのだ。

「けど…保証人とか…そっちの可能性は…」

言い出し、石田は口ごもる。今は余計な事は言わない方が良かったのでは…と。

「…………」

重い沈黙が場を包む。
保証人…確かに、この舞台に上がらせるには充分すぎる理由。
赤松の人柄を考えれば、誰かの代理…と言う線も浮上してくる。
考えれば考えるだけ可能性があり、いやいやまさか…と考え直す。
屠どのつまり埒があかないのだ。
瞳を閉じ、一つの深いため息。
静寂を破ったのは黒沢からだった。

「…まずは情報収集だな…今のままじゃ情報が少なすぎる…。取り敢えず今は…治の容態も良くない…次の放送まで交代で仮眠でも取って…それから改めてどうするか考えよう…」

「あ…じゃあ、オレが先に見回りに行くよ…2時間経ったら戻ってくるから、それまで十分に体を休めておいてくれ…」 

知人が亡くなったかもしれない…そんな黒沢を外に出すのは気が引けた。

石田なりに気を遣い、徐に立ち上がる。
黒沢はその言葉に甘えるしかなかった。

「本当は…さっき仮眠を取った俺が行くべきなんだろうが…すまない…」

「気にしないでくれ…じゃあ、行ってくるよ」

微笑みと、扉の閉まる音を残し、石田は姿を消す。
一人残された黒沢は、再び思考の海へと沈んだ。
が…長続きはせず、睡魔に意識を明け渡すのも時間の問題であった…。

まさか、その赤松が己の為にこの舞台に身を投じたなど、夢の中でも…黒沢が思う筈も無かった。

―――――

手ぶらでは余りにも不安過ぎた為、ダイナマイトを持っていこうか悩んだ石田は、結局のところ、ライターと一本だけをその手中に忍ばせ、民家を後にした。

その直後、石田はある異常に気が付く。

…空が一部分だけ妙に明るいのである。

良く見ると、それは建物を呑み込んでいる炎。場所は確か、ショッピングモールのあった辺りだと石田は思慮する。

しかし、何でまた火事なんか…。

その考えに陥った瞬間、石田に電流が走った…!

あ…あぁ…!まさかぁ…っ!!

石田の脳裏に浮かんだひとつの可能性…。 
そして次に、己の不注意、迂闊が招いた結果かもしれないと言う疑念が…!!

「た…っ田中さんがダイナマイトを拾って…使ったんじゃ……!!」

口に出してみて改めて思い知らされる、己の致命的ミス…!

な…なんて取り返しのつかないことを…!! 
誰か死んでしまっただろうか…もしかしたらそれは…カイジ君や天さん、あるいは市川さんかも……!!

「う…うぅっ…何で…っ!!あの時一人ででも探しに行っていればっ…!!ぐっ…ぅうっ…!!!」

弾かれた様に走り出す石田。考えるよりも先に体が動いていた。

近付くに連れてその凄惨さが伺える。
炎の勢いは留まらず、時折爆発音も聞こえてきた。
恐らくそれは、ガスか何かが原因で誘発した爆発だろうが、先入観に支配されている石田には、別の捉え方にしか出来ない。

間違いっ…!やっぱりダイナマイトなんだぁ~…っっ!!

ぐしゃぐしゃの顔を何とか前に向け、走る事を良しとしない体躯を意地で動かさせる。
途中何度も転びそうになりながらも、石田は何とかショッピングモールへ辿り着いた。

建物はその全てを紅緋に揺れる炎に身を溶かし、周囲の茂みや木々に自身の燃えカスを撒き散らしている。
黒檀の煙は黙々と吐き出され、漆黒の闇に溶けていく。しかしその勢いは、まだまだ衰えそうにない…。

いっそのこと…この中に身を投じてしまおうか…。

ダイナマイトを落とし、この火災が発生したと誤解している石田が、そう考えるのも無理は無かった。

何故田中沙織から逃げようとしている石田が、このショッピングモールまでやってきたのか?
答は至って単純。
これ以上、カイジ…いや、誰にでも迷惑をかけたく無かったのだ。
その為ならば、田中沙織と心中しても良いとさえ、石田は思っている。
それが石田に出来る精一杯の償い…半ば意地であった。

しかし、そんな石田の思いとは裏腹に、ダイナマイトを握る手が震えだす。
無理もない。先程の一件に加え、他の殺戮者がいるかもしれないのだ。

多少の例外はあれど人間は…恐怖と云うものには、偉く素直な生き物である。

怖い…怖いっ…!!怖くて体が動かない…!
 一時の感情に流されたとは言え、いつ殺されてもおかしくないこの地を、石田は独りで走りきった。今までの石田にとってみれば、これはもう賛辞に値する行動と言えよう。

しかしそれは、言うなれば火事場の馬鹿力に過ぎない。市川を助けた時もそうだったが、惰性を失えばあっさりと崩れ去ってしまう。
問題はその先…惰性を失ってしまった後…。

はた…と我に返り、石田は自身の危うさ…余りの心細さに身が震えた。

ざわ…ざわ…

一人じゃ何もできない…役立たず…!
足を引っ張る事しか能のない…クズめ…! 
ざざぁっ…

風に揺れる木々のざわめきと共に、そんな言葉が谺する…。
少なくとも、石田の耳は確実に捉えていた。

頭を振り、耳を塞ぐ。しかしそれでも頭に刺さる谺の数は減らない。
堪り兼ねた石田は、よろよろとその場を後にした。

「もう…勘弁してくれ…っ!うぅ…ぅっ」

年甲斐とか、もうそんな事に構ってられる石田ではなかった…。
ボロボロと涙や鼻水やらを垂れ流し、おぼつかない足取りでどこともつかぬ闇を行く。

そしてその闇の先には、石田の目当ての人物が待っている事になる。
恐らく相手は石田の存在に気が付いているのだろう。茂みに隠れ、機を伺っている。

腕の中に収まった、イングラムM11をそっと抱きしめながら…。

―――――

黒沢が意識を覚醒させた理由は、怪音と微かな地響きによるものだった。

「な…なんだぁ!?石田さ…っ!!?」

更にもう一発。
ただならぬ気配に、一気に眠気の覚めた黒沢は、部屋の中を見回し石田を探した。
時計を見れば、約束の2時間はとうに過ぎている。

「お…おい!石田さん…!?…まさかっ…!!」

背筋に冷たいものが走る。

何かあったのか…!?くそっ…!!

慌てて扉を開け放った黒沢。しかしここで、ピタリと足が止まった。

問題が二つある…。

一つ目は治。
意識の無い治をこんな所に置いて行ってしまって良いものか…。
かといって、この先に何が待っているか分からない状況。そんな最中を意識のない重傷人を背負っていく訳にも行かない。

せめて意識さえ戻っていれば……
いや…待てよ、意識がないってことは…
つまり動かないって事だよな…
じゃあ、見えなくもないか?
死体に…!!

切迫していた事も相成って、黒沢はこの閃きに賭ける事にした。
まず、治をそれらしく見える格好で寝かせ、その上に押し入れに入っていた毛布を掛ける。
次に、デイバックから支給品のひとつであった、スプレー缶を取り出した。


使い道に困っていたが…まさかこんな事に役立つとは…

火元に投げ込めば、ちょっとした起爆剤になるかも、と一応取っておいたスプレー缶…基、カラースプレー。
もしこれが黄色や緑であったなら、今回この策は使えなかったであろう。

それを上下に良く振り、キャップを開け噴射…!
治自身にはかからないよう、毛布や床、壁などに勢い良く振り撒いていく。

そう、これは赤い色。更に特殊なタイプであの独特な刺激臭がしない物であった。

一通り散らし終えると、黒沢は血まみれ…否、塗料まみれの治を一見した。

我ながらナイス閃き…!どうみても死体…!圧倒的出血量…っ!!

確かに横たわる治は、誰が見ても壮絶な最期を遂げた死体にしか見えなかった。
…多少やり過ぎな気もするが…。
ともかく、近くで良く確認しない限りは、陽が上るまで誤魔化す事が出来るだろう。
更に黒沢はデイバックをわざと目立つ場所に置き、"殺人鬼が近くにいるかも"と匂わせておく。
こうしておけば最悪、室内に侵入したとしても長居はしないだろう…と、黒沢は結論付けたのだ。

が…どうにもそれが通用しそうにない、支給品が一つ。
残るもう一つの問題がこれであった。

石田の残した4本のダイナマイトである。

当初は10本あったが、道中ホルダーの不備が原因で5本にまでその数を減らし、恐らく石田が持っていったのだろう、更に一本減っている。

これ以上失う訳にはいかない…。

かといって、持っていくのは余りにリスクが高すぎた。
落としてしまっては一貫の終わり…見付け出すのはまず不可能。
最悪の場合、誰かに殺され、このゲームに乗っている者の手に渡る可能性もあるのだ。

それだけは…駄目…っ!!

とは言え、このままにもしておけない。隠さなければ。
ダイナマイトを手に取り、どうしたものかと頭を悩ませる黒沢。ぐるぐると部屋を見回し、それに見合った隠し場所を探すが、中々思うようにいかない。棚や押し入れでは、心許なかった。

台所へと移動した黒沢。
そこの床で、正方形に切り取るように嵌められた、銀色の枠が目に映った。
それは…人一人が出入り出来る程の、小さな穴を塞いでいる蓋…。

「そうか…点検口…!!床下収納…っ!!」

思わず叫んでしまう黒沢。
確かに、血塗れの遺体がある上に、荷物が詰まったデイバックが堂々と主張している。

普通ならばその発見に満足し、わざわざ危険を冒してまで、部屋の中を詮索する意味は無いだろう。
仮にそうなったとして、棚や押入れならまだしも、床…それも点検口を利用した、床下収納に気を配る者などいる筈がない。

まさに打って付け…絶好の隠し場所…!!

黒沢は嬉々としてその蓋を開ける。
予想通りそこは、白い仕切りが設けられ、ちょっとした収納スペースになっていた。 
広くはないが、ダイナマイトをホルダーごと隠すには充分なスペース。

確かに、完全…完璧と言えた。
普通ならば気が付かない…完全に意中の外。
…黒沢が興奮のあまり口に出さなければ、唯の一人も知る事は無かっただろう…。

全ての行程を終わらせ、勢い良く飛び出していく黒沢。
闇夜はそろそろ、明るさを取り戻しつつあった…。

――――――

田中沙織…。
彼女はある意味、一番の被害者なのかもしれない。
汚すことの無かった両手を血に汚し…
捨てることの無かった情を捨て…

無論それは、彼女だけではない。
皆が一様に、この狂った舞台に上がらされ…到底理解出来ぬ悪趣味に、付き合わされているのだ。
この有り様を…狂喜の眼差しで見つめ、どす黒い笑みを浮かべ、観賞しているであろう、主催者の顔が目に浮かぶ。

その悪趣味に、付き合わされた結果がこれだ。
脆く崩れ去った"田中沙織"…
そこに残ったのは"理性"や"情"を取り除いた脱け殻のみ。

そんな彼女が、石田を待ち構えていた。

「………」

ゆらりと姿を表した沙織を石田の視界が捉えると、その瞳が愕然と色を変える。

「た…田中さん…」

その台詞を絞り出すのが精一杯であった。
月明かりの下で、不気味に佇む沙織。
その手には銃。
その姿は…さながら、鎌を携えし死神の如く…。 
銃口を突き付け、じりじりとその距離を詰めてくる。

圧倒的なそのオーラに気圧され、たじろいでしまう石田。その隙を沙織は見逃さなかった。 

刹那、石田の脳天に雷で打たれたかのような衝撃が走る…!

振り上げられた沙織の腕に気が付くのに、一瞬の遅れが生まれてしまった。
…と言うより銃口を向けられ、撃たれるとは思っていても、殴られるとは思っていなかったのだ。
完全な不意打ちとなった打撃を、こめかみ辺りに諸に受け、石田は為す術無く倒れ込む。
眼鏡が地に転がり、レンズがその使命を終えた。


駄目だぁ…オレはもう……
…ここで終わり…もう終わりだ…

全てを諦めたように、倒れ込んだまま瞳を閉じる石田。

やっぱり…オレには…


─その時

『諦めるな…!最後の最期までっ…!』

…カイジ…君?

『生き残りましょう…!見せてやるんです…矜恃を…!!』

…治君っ…!!

そうだ…オレは…
ここで諦めてどうするんだ…!まだ…まだ終われない…!!

頭に響いた声に、光を取り戻した石田は考えを巡らせる。

そうだ、考えろ…!!
…オレを撃たなかった理由…!!これだっ…突破口…!!
何か…何かあったんだ…

実はこの時、沙織は引き金を引いていた。しかし、どう言う訳か、弾が撃ち出されなかったのだ。
ジャム…ジャミングと言われる、ごく稀に起きる現象。
所謂玉詰まりなのだが、そんな現象を沙織が知る筈もない。ただの弾切れだと思ったのだが、マガジンを替える間もなかった為、仕方無しに殴ったのだ。

が、石田はそんな事とは露知らず…。

戸惑い…きっと躊躇したんだっ…!

圧倒的思い違い…。しかし、石田は止まらない。

きっと…襲われたんだ…!有賀の様な…酷い人間にっ…!!
きっと…オレなんかには…想像も出来ないような事を…っ!!
だから…皆、敵だと思って…くうっ…!

目頭に熱いものが込み上げ、それは耐えきれず、ボロボロと滴となって流れ落ちる。月明かりに照らし出された沙織を見れば、何かあった事など想像に容易かった。 

助けたい…!これ以上…誰かを襲わせたくない…っ!!

その思いはきっと、自身をも救う鍵になると信じ…口を開く。

「君はこんな事をしちゃいけないっ…!躍らされてはダメなんだっっ…!!」

両腕を使い、上腿を起こしつつ沙織にその視線を向ける。沙織は咄嗟の事に、銃を振り上げた。

「聞いてくれ…!君がこんな目に遭ったのは、他でもない…。こんな滅茶苦茶な舞台を演じた主催者なんだ…!!ぐっ…」

鈍い音を伴い、石田の左肩に衝撃が伝わる。なんとかそれに堪えると、逆にその銃口を空いていた右手で、がっしりと握り締めた。

「オレはっ…君を傷付けるつもりは無いんだっ…!!頼むっ……話を聞いてくれっ…!!」 

しかし沙織は、パニックでも起こしたかのようにデイバックで殴り付け、掴まれた銃を取り戻そうと躍起になっている。

それでも石田は、思いを伝えるべく何度も声を張上げた。

彼女を救う為…
戦友‐とも‐との約束を守る為…
かつての戦友ともう一度出会う為…
そして自身が助かる為に…!
諦める訳にはいかなかった。

しかし現状がそれを許さない…。
自身の非情なまでの無力さと、届かない思い。
そのジレンマが形となって石田の頬を伝う…。

「頼む…頼むよ…話を…」

一瞬の静寂、そして…

え…?

石田は我が目を疑った…。
そう、涙を流していていたのは、石田だけでは無かったのだ。
それが、どう言う意味を持つ涙なのかは分からない。
もしかしたら銃を取られ、駄々を捏ねる子供の様に涙いていたのかもしれない。
しかし理由がどうあれ、彼女が泣いている事実に変わりはないのだ。
だから…

だから石田は…

沙織はこの時、訳が分からなかった。
仮にも自分を殺そうとしていた相手だと言うのに、何故涙を流しているのか…。

何…?何で泣くのよ…

ほんの少しだけ、冷静さを取り戻した沙織。
そう言えば…と、沙織はこれが始めてでは無いことを思い出す。

前にも…いたっけ…傷付けたのに…
諦めず…説得してくれた人…

不意に、涙が溢れた。

私…殺し…私が…コロシタ…

沙織の心が、またしても死神の鎌に千切られそうになった…その時。

何かが…沙織を引き留めた。
突然の出来事に思考が停止する。
けれども…伝わるものがあった。

沙織には、暖か過ぎる程の温もり…。
人の情…慈悲…暖かさ…
そう言った目に見えぬ物が、沙織を包み込んでいた。そして理解する。

抱き締められていると言う事に…。

石田は他に、何も思い浮かばなかったのだ…。
決して卑猥な感情から来る行為ではない。 
ただ、子を持つ親として…人として…ただ衝動的に、その行動を取ったに過ぎない。
それは、カイジや赤松とはまた違った意思の伝え方…。石田だからこそ、出来たのかもしれない。

腕の中にあった文化の結晶が音を立てて地に落ちる。
一瞬の戸惑いの静止が、この音により沙織を再生させた。
次に沙織を襲うのは圧倒的な拒否感…拒絶!
自信でも驚く程に、心が人の優しさに触れるのを拒んでいた。
思考を支配するのはただ一つ。

遅いのよ…もう遅いの…
殺し…た…コロシタ…
私が…


「あ…あぁぁっっ…!!うぁぁああっっ――――!!!!」

大気を裂く奇声と共に、激しい抵抗が石田を貫く。
離れようともがく沙織だが、石田の拘束が拳固なモノだと理解すると、今度は背中に爪を立てた。
割れていた爪から血が滲もうとも、抵抗が止む気配はない。
石田も、声をかけようとはしなかった。

言葉が駄目なら…態度で示す…!!

ただ黙って、強く…それでいて優しく沙織を包み込む。
背中の皮膚が裂けようとも、腕に爪が食い込もうとも…決して放さない。
背中をまるで子供のそれにするように擦り、沙織が落ち着くのをじっと待つ…。
気付けば石田も、沙織に負けず劣らずボロボロになっていた。

もう…嫌…
私なんかに…なんの価値があるの…?
何で…皆っ…
私っ…人を…

「人を…殺したのよっ…!!…取り返しの…つかない事っ…うぅぅっ…うぁぁぁあああっっっ!!!!」

最後の一文は、咆哮となって沙織の口から発せられた。
だらりと腕を下げ、観念したかのように項垂れる。
石田は、思ったほど衝撃は受けなかった。寧ろ、ああ…そう言うことか、と凶行に及んだ原因に合点が行くのだった。

「どうして…私なんかに…」

石田の拘束が弛み、沙織はその場にがくりと膝を付いた。
涙が幾重にも流れ落ちる。
そして、間髪入れずに石田の叫びが飛ばされた。

「"私なんか"なんて言っちゃいけない…!!誰だって…死んでほしくないし…殺してほしくもないんだっ…!!皆…皆、人間なんだからっ…!!」

石田も負けじと涙を流す。安堵による物なのか、憤りからなのかは分からない。それでも何とか言葉を紡ぎ、自身の思いを訴えた。

「…確かに、人を殺すって言うのは…良くない事だと思うよ…」

沙織は聞きたくない…と言った様子で耳を塞ごうとする。しかし、しゃがみこんだ石田がその瞳を捉えて肩を掴み、それを許さなかった。

「聞いてくれっ…!確かに、許されない…でも…っ!!逃げちゃ駄目なんだ…」

沙織は弾かれたように顔を上げる。

「向き合って…ちゃんと受け入れるんだ…!!今は…辛いと思う。でも…今の君なら出来るっ…!!涙を流せるんだから……!
遅くなんか無い…っ!大事なのは…この後…」

沙織の脳裏に、赤松やカイジの顔が甦る。そして…

「オレも背負う…っ!!背負うから…そんなに自分を責めないでくれ…」

その言葉が決定的であった。

「うわぁぁぁああっ…!!」

沙織はもう、泣くことしか出来なかった。 
後悔…圧倒的に押し寄せる後悔の念。
何故もっと早くに…人の言葉に耳を傾けられなかったのか…。
立ち直る切欠は幾つも有った筈なのだ。
そして…自身の犯した業の重さに、改めて押し潰されそうになる。

「…私…っ…もう…何をしたら…」

「…償い…じゃないかな…そして、罰も…」

瞳を閉じ、冷たくはないが静かな響きで石田は続けた。

「それは…誰も殺さず、自分が生き残る事…。君がどう言う経緯で…その、殺めてしまったかは…聞かないけど…その人の分も生きて…何か目的があって行動していた人だったなら、その意志を継ぐ事。出来ないじゃ駄目…必ず…やり遂げるんだ…!」

それは即ち、有賀はともかく、赤松の意志…対主催者と言う立場を取ること。
そして、例え殺されそうになっても、相手を殺さず…且つ、自分が生きなければならない。

それが、どんなに険しい道だとしても、進まなければならないのだ。
確かに、沙織にとっては償いであり、罰である。
その言葉を噛み締めるように瞳を閉じ、天を仰いだ。

「…ごめんなさい…」
そして
「ありがとう…」

誰に言うでも無く、掠れた声で…それでも確りと呟いた。
石田の顔がみるみる綻び、腰が抜けたように地面に寝転ぶ。 

「よ…良かった…本当に…!」

大きく息を吸い込み、大層な声と共に吐き出す。
石田の思いは通じたのだ…!
それは、奇跡でも何でもない。石田の信念…誠意…そう言った目には見えない物が、実を結んだ結果である…!

「良かった…本当に…」

石田は生き延び…沙織は自我を取り戻す。そう、全てが上手く行く筈だった…。

しかし、沙織を掴み損ねた死神の腕は、まだ諦めてはいない…。

一息入れた石田がそれに気が付くのに、そう時間はかからなかった。
上腿を起こした視線の先に、ぼんやりと映るのは…。

…ダイナマイト?

眼鏡の無い石田には、はっきりとは分からなかった。しかし、形状は似ている。
自身の持ってきたダイナマイトは、ポケットに収まっている筈。
では、一体…?

「あっ…ああっ…!!」

弾かれたように、本来の目的を思い出す。それとほぼ同時に、石田らの背後で何かが炸裂した!

沙織には、何が起きているのか全く、理解出来ていない。
しかし石田は違った。
一瞬にして悟る…!

ショッピングモールの火災が、衰える所か、新たな力を得てしまった事に…!!

「ま…まずいっ…!田中さんっ…!!ダイナマイト…ダイナマイトは…」

慌てて沙織の肩に手を置き、揺さぶるように、詰め寄る石田。しかし、沙織には見当もつかない。当然である。
突然の事に、ただ顔を左右に振るだけ。

「えぇぇと…あ…いや…と…兎に角っ!早くここから離れないと…っ!!」

見れば二人のいる、すぐ近くまで火の手が迫ってきている。更に、何が生んだ偶然なのか、火元に面するようにダイナマイトが落とされているのだ。
例えば、その火がダイナマイトに引火してしまう…果たして可能性は0だろうか…?

否…それは、現実のものとなってしまう…。

石田が、先程見付けた、ダイナマイトを拾おうとした時…。
まるで吸い寄せられるかのように、火の粉が…ダイナマイトの、その上に落ちる瞬間を…。

「まずいっ…!!」

咄嗟に沙織を抱え、ダイナマイトに対し、自身が盾になるよう、庇う石田。
炸裂はそれと同時に引き起こされた…。

黒沢の聞いた怪音の正体とは…これだったのだ。

二人は、呆気なく吹き飛ばされ、意識を飛ばす。
爆風と、地を抉った石やら土やらが、重力に逆らえずバラバラと降り落ち、それを諸に受けた沙織は、意識を取り戻した。
幸い、目立った外傷はない。頭が少しふらついているだけである。

しかし…

石田はそれだけでは済まなかった…。

「早く…にげ…るんだ…」

耳に届いた声を頼りに、石田の姿を探す沙織。立ち込める煙が、爆発の威力を物語っている。

「………っ!!」

ようやく見付けた目当ての人物は…背中に、まるで獣に喰い千切られた様な抉れが生じていた…。

「…逃げろっ…はや…く」

思えば酷く、薄い確率…それこそ偶然が生んだ奇跡に等しい。
何者かが用意したかのように…偶然に偶然が重なってしまった。
一つ目はダイナマイトを落とした位置。
二つ目はそれに面した建物での火災。
そして最後に、火の粉が落ちていった場所。

…確かに可能性は0では無かった…。
しかし、助かる確率の方が、圧倒的に高かった筈だ。

沙織はもう、どうして良いのか分からない。
どうみても助からないのだ…。
医療の現場に携わっていた者だからこそ、余計に思い知らされる…。
思考が付いて行かず、呆然と立ち尽くした。


「早く…逃げて…くれ…」

最期の力を振り絞り、石田は沙織の足を力強く掴む。
はっとしたように石田を捉える沙織。

「君は…生き…て、償う…だろ…?」 

途切れ途切れの声に、精一杯の笑顔を見せて、沙織を促す。

「……っ」

悲痛に顔を歪め、返事の代わりに一滴の涙を落とすと、沙織はその場を後にした。

けれども、その足取りは徐々に重くなる。

「私は…もう、逃げちゃ…」


走り去る沙織を見届けて、石田はふっと、瞳を閉じた。

そうだ…早く…早く逃げるんだ……
君の様な…若い子は…死んではいけない… 
死ぬのは…オレの役目…
あぁ…振り返らないでくれ…
ただ、前だけを見て…進んでくれ…
君は…見ては…いけない…

カイジ…君…

結局君には…逢えなかった……
それでも…少しは…役に立たせてくれ…

朦朧とする意識の中、石田はライターを取り出し、その火打を震える手で擦った。
そして自身の持ってきていた、ダイナマイトに近付ける。
…少しでも、拾われるダイナマイトを減らそうとしたのだ…。

カイジ君……君に救って貰った命…
出来ればもう少し…役に立たせたかったなぁ…

でも…君なら…

やって…くれる…だろう?

石田は閉じた瞳の奥で、今まで出会ってきた人々を、走馬灯の様に思い出す。
そして…

「皆…あとは…頼ん…だよ……」

徐々に失われていく指の力に、ライターは火花を散らすばかり。
それでも、最期の最後に…火は点った。

風が止み…一重の涙が流れ落ち…闇に溶ける…。


沙織は、石田の言葉を思い出していた。

「自分も生きて…誰も殺さない…」

つまりそれは、沙織の中では見殺しも駄目だと言う事…。
止まってしまった両足。
少しの静止の後、沙織は振り返る。
その直後…。

大気が震え、鼓膜を揺さぶる。
その瞳に、閃光が走った。

─その瞬間を見届けたのは、沙織だけである。
少しの距離と、薄闇の中ではあったが…。彼女はその瞳に焼き付けた。

─石田の矜恃…意地…後悔…覚悟…それらの思いを受け取ったのは石田の首輪である…。

突然の発破。それは先程まで、石田と沙織がいた場所…。

「…違う…違う場所よ…」

だが、そんな淡い期待は、この距離にまで吹き飛んできた首輪により、脆くも崩れ去った。

「嘘よ…そんな……」


血や肉片がこびりついた首輪…。
だが目立った損傷は無い。

あの爆発の中…そしてこの距離を飛んできた衝撃を、無傷でやり過ごしたのだ。
…石田が最期の最後に起こした…奇跡なのかもしれない。

ぺたりとその場に崩れ、動けなくなった
沙織。
足元に転がるそれを、虚ろな瞳で見詰める。

また…私の…せい…?

彼女はもう…今までとは違う意味で、壊れてしまったのかもしれない…。

全ての思考が停止し、意識の大海を…寄るべ無く…ただ浮かんでいる。
意識はあれど、気絶している…そう言えば近い。


ぽたぽたと、ただ涙が流れた…。

声は出ない…その代わりに流れた…涙が。 

何故泣いている…?分からない。


何故ここにいる…?分からない

ナゼ…私は生きてイル…?

わからナイ…

ワカラナイ…


沙織は流し続ける。
この後も…この先も…虚空の闇を、意識の中を…ただ朧気に、さ迷いながら…。

もの言わぬ、無機質の白銀の首輪は、文句も言わずに、沙織の涙を受け止める。
白んできた闇の中では、月明かりも陽光も、沙織を照らし出してはくれない。



【C-5/民家付近/黎明】

【黒沢】
[状態]:健康 やや精神消耗 軽い疲労
[道具]:不明支給品0~3 支給品一式×2 金属のシャベル 小型ラジカセ 特殊カラースプレー(赤)
[所持金]:2000万円
[思考]:カイジ君を探す 美心のメッセージをカイジ君に伝える 治を気遣う 沙織から身を隠す 情報を集める 石田を探す 音の原因を探る
※メッセージは最初の部分しか聞いてません。
※田中沙織を危険人物と認識しました。
※デイバック×3と石田のダイナマイト4本が【C-4/民家】に放置されています
※爆発の原因や、詳しい状況はまだわかっていません。


【C-4/民家/黎明】

【治】
[状態]:気絶(昏睡状態) 後頭部の打撲による軽傷、強い吐き気・頭痛・目眩
[道具]:
[所持金]:0円
[思考]:アカギ・殺し合いに乗っていない者を探す ゲームの解れを探す
※黒沢の手により、死体のようにされています。近くで良く確認しない限り、陽が上るまでは誤魔化すことが出来ます。


【D-6/茂み/黎明】

【田中沙織】
 [状態]:精神崩壊 重度の精神消耗 肩に軽い打撲、擦り傷 腹部に打撲 右腕に軽い切傷 背中に軽い打撲
 [道具]:支給品一式×3(ペンのみ1つ) 30発マガジン×3 マガジン防弾ヘルメット 参加者名簿 ボウガン ボウガンの矢(残り6本) 手榴弾×1 首輪
 [所持金]:1億200万円
 [思考]:絶望 武器が欲しい 死にたくない 一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒 カイジから逃れる 涯、赤松、その二人と合流した人物(確認できず)に警戒 黒沢に警戒
※標の首を確認したことから、この島には有賀のような殺人鬼がいると警戒しています。
※サブマシンガンウージー(弾切れ)、三好の支給品である、グレネードランチャー ゴム弾×8 木刀 支給品一式、有賀が残した不明支給品×6がD-5の別荘に放置されております。
※イングラムM11は石田の側にありますが、爆発に巻き込まれて使用できない可能性があります。
※石田の死により、現在全ての思考が停止しています。当分はその場から動けません。
※爆発の原因や、詳しい状況はわかっていません。


※B-6,C-6,D-6のどこかにダイナマイトが落ちています(残り4本)
※石田の荷物は【C-4/民家】に放置されています。
※この火災により、他のダイナマイトが暴発する危険性があります。
※ショッピングモールの火災は、C-6,D-6まで燃え広がっています。この他にも燃え広がる可能性があります。
※石田の死体の側にイングラムM11がありますが、爆発に巻き込まれ使用できない可能性があります。
※石田の死体は原型を留めていません。
※石田の首輪はほぼ無傷ですが、システムに何らかの損傷がある可能性があります。 


【石田光司 死亡】
【残り 24人】



127:帝域 投下順 129:強運
126:本心 時系列順 134:偶然と誤解の末に
105:慙愧 黒沢 138:疲労
105:慙愧 134:偶然と誤解の末に
115:金の狩人(前編)(後編) 田中沙織 138:疲労




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