人の瞳が背中についていない理由は ◆KaixaRMBIU



 雷雲が空を覆い、時折雷鳴が轟いている。
 岩肌が目立つ地面の見張り塔の中、空に漂う雷雲を見つめ、男は門へと視線を戻した。
 全身白装束に身を包み、すらっとした体格の男は、深々とため息を吐いた。
「変化なし。…………当然だがな」
 透明なフードの下の視線を、物言わぬかつての同僚百つ目タイタンへと向けてジェネラルシャドウはどこか虚しげに呟いた。
(大首領……なぜ、ストロンガーのいないこの世界に俺を蘇らせたのだ……)
 かつてシャドウと仮面ライダー七号に呼ばれた男は、敬愛する大首領へと疑問を投げかけた。


 もしも、参加者が首輪を外すという不測の事態が起きれば、真っ先に訪れる門の見張りをシャドウが任された理由はいくつかある。
 一つは、他の再生怪人と違って、判断能力があるからだ。
 シャドウを始めとして、デルザー軍団の改造魔人は魂を持たない存在である。
 ゆえに再生しても、他の改造人間たちのように意思を持たない人形とならず、適切な行動が取れるシャドウが指揮を執っているのだ。
 二つ目は、パピヨンの侵入だ。
 誰も入ってこないと思われ、今まで百つ目タイタンに指揮を任されていたが、あっさり突破された。
 失った戦力の補充として、急遽シャドウがここの指揮官として派遣されたのだ。
 三つ目が、バダンが首輪と雷雲の防壁に、まだ絶対の自信があるからだ。
 見張り程度、暗闇や暗闇三兄妹でなくとも、充分務めることができるということだ。
 ようするに、シャドウは冷や飯食いなのだ。
 シャドウは、暗闇にかけられた言葉を今でも覚えている。
『誰も来ぬ門の見張り程度、破れた組織の再生怪人でもできるだろう』
 後ろに控える彼の物の子供を名乗る三人の嘲笑と共に、聞こえてきた声が耳に蘇った。
 昔のシャドウなら即座に剣を突きつけただろう。
 しかし、今の彼のその覇気はなかった。
(なぜ……マシーン大元帥でなく、俺なのだ……。ストロンガー……)
 彼の宿敵とも言えるストロンガーは、大首領との戦いで死んだと聞かされている。
 このバトルロワイヤルことプログラムに、大首領の力を持って呼び出されたのは1号ライダーと10号ことZXだけだ。
 せめて、ストロンガーがいるのなら、首輪を解除して雷雲を突破し、自らの眼前に立つと確信して楽しみにしていたのだが。
 シャドウは己の中に燻る感情を持て余し、無為に時間を過ごしていた。
(あの1号ライダーも死んだ。ストロンガー、キサマのいない生存者がここに来ることもないだろう。
……なぜキサマは死んだ。俺は、お前の超電子の技を覚えている。お前の力を刻んでいる。
なのに……なぜいない! そして、お前のいないこの世界に、なぜ俺がいる!?)
 シャドウの独白に答えるものなど、もういなかった。
 くるりと踵を返し、少し休憩を取ろうと考えた。
 ビーっと、電子音が塔内に響く。不快な電子音はシャドウの耳に入り、雷雲を突破した連中がいると気づく。
 シャドウはその場を後にし、戦場へと向かった。


 風を切り裂き、音をたなびかせ、神速をもって攻める影が二つ。
 落ちてくる雷を、右へ左へと巧みに避けながら、前へ前へと進み続ける。
 一つは、クルーザーにまたがり、群がる怪人を轢き倒す赤い稲妻。
 仮面ライダーZXが弾丸となって道を切り開いていた。
 その隣に並ぶ漆黒の人影が、一匹の怪人を胴から真っ二つにした。
 背面に取り付けられたブースターが火を噴き、時速600Km以上の速度を生み出している。
 神風となり、ただ目指すは敵の拠点、サザンクロス。
 その後方を走るクラウン号を引きつれて、二人はただ加速を続けていた。


 時は突入する前に遡る。

「ここが駅なり! 駅長殿鳴らす笛ぽっぽう!! 我等の元へと馳せ参じよ!」

 全員が声をそろえて呼び出した列車は、ピエロのような顔を持つ奇妙な列車だ。
 構えていたZXはやや拍子抜けをし、
「村雨殿、油断するな!!」
 覚悟の鋭い声に射抜かれる。ハッとしたZXは左手をかがみの顔に出して、列車より飛び出た銃弾を弾いた。
 その銃弾が合図となって、クラウン号から次々と影が飛び出してくる。
「これはっ!」
 エレオノールの透き通る声が驚愕で染まる。なにしろ、相手は彼女がよく知る敵なのだ。
「あはははは……アタイが全員撃ち殺してやるよ!」
 カウボーイの格好をしたブロンドの自動人形が笑いながら銃を発砲してくる。
 四本の腕が異形をの印象を強めていた。
「あらァ、今日のディナーは貴方たちなのね。なんて素敵なんでしょう」
 貴婦人の上半身に、蜘蛛の下半身を持つ自動人形が気品溢れる笑みを向けた。
 その背後よりぶわっと、あふれ出る自動人形の山が、ZXたちを襲ってくる。

「あるるかぁぁぁん!!」

 エレオノールの声が一際大きく響く。
 白い道化人形が宙を跳び、エレオノールが両手の指を巧みに動かして、刃を煌かせた。
 聖ジョージの剣が自動人形を斬り裂いて突き進む。
「ちぃ、しろがねぇぇぇぇ!!」
 道化の仮面をつけた自動人形が牙と爪をエレオノールを襲うために突進してくる。
 しかし、エレオノールは微動せず、眼前の自動人形を破壊していく。三体の自動人形がエレオノールの背後に迫った瞬間、その頭が爆ぜた。
 十字型の手裏剣が、自動人形の頭を砕いたのだ。そのまま、自動人形の群れに突撃した赤い影が、竜巻を起こす。

「ライダァァアァアきりもみシュゥゥゥゥゥトォォォォォォォ!!」

 舞い上がった自動人形の群れに向かい、あるるかんが空を翔る。
 エレオノールは指を巧みに動かし、何千回、何万回繰り返した指繰りを行なう。
 あるるかんの胴部が割れ、歯車がむき出しになる。

「LES ARTS MARTIAUX!(戦いのアート) 虎乱!!」

 むき出しの歯車が激しく回転して、あるるかんの上半身が第二の竜巻と化す。
 無防備な姿を晒す自動人形を細切れにして、あるるかんと共にエレオノールが地面に着地する。
 エレオノールの背中に、ZXが背中合わせに立った。背後に戦いを任せられる仲間がいる。
 その事実をこの上なく喜び、エレオノールは指を操りあるるかんを駆った。


「波紋疾走ッ!!」
 腕に走る太陽のエネルギーをジョセフは自動人形へと叩き込む。
 波紋のエネルギーは自動人形の装甲を抜けて、擬似体液へと到達した。
「ぎぇっ! な、何だ……体液が沸騰……ッ!!」
 自動人形の体液が残らず逆流し、太陽のエネルギー・波紋によって蒸発する。
 いかに永遠の命を持つ自動人形たちでも、擬似体液がなければ動くことも敵わない。
 崩れ落ちる自動人形を尻目に、後方に控える服部へとジョセフは振り返る。
「駄目元でやったら効果抜群じゃないの」
「ええからつづけれ!!」
 服部が余裕の表情のジョセフを苦々しく見て、スーパー光線銃の引き金を引く。
 面白いように自動人形が吹飛んでいくが、当事者である服部は生きた心地はしない。
 味方をいつ撃ちかねないか、不安でしょうがないからだ。ニアデス・ハピネスも同様だ。
 爆発力を正確に把握していない服部では、味方を傷つけかねない。ソードサムライXを使おうにも、覚悟や村雨のように人間離れした身体能力は持っていない。
 服部は、赤木の言うとおり自分は死ぬべき人間でないか。不穏当な思考が脳裏を掠めた。
 それでも、服部が死という結論を出さない。
 前に進むと決めたのだ。その決意にだけは嘘を吐きたくない。
 もう一度、スーパー光線銃の引き金を引いた。


 火炎放射器を備えた自動人形が火を噴き、一人の男を焼き尽くそうとする。
 しかし、構えを取っていた独歩は微動だにしない。炎が独歩の身体に到達する瞬間、独歩は二の腕を回した。
「げえっ! 炎を受け流しただと!!」
「まわし受けっていうんだ……よっ!」
 独歩が言葉を切ったと同時に、貫手を自動人形の胴の間接部に、疾風のごとくの速さで抉りこんだ。
 そのまま自動人形の体内で歯車を掴み、引き抜く。苦悶の表情で崩れていく自動人形を無視して、直進する。
 ヒナギクの背後に、自動人形が一機迫っていたのだ。
 地面を蹴ってとび蹴りを浴びせて、独歩は危なげもなく着地する。
 前羽の構えを取りながら、ヒナギクの背を庇うように立つ。
「あ……ありが……とう……」
 息も荒く礼を告げるヒナギクの声を耳にして、独歩は軽く笑った。
 必死で疲労を隠そうとしている姿が健気でしょうがない。少し前まで、普通の(と、言えば多少は語弊があるが)学生だったのだから疲労が大きいのも当然だ。
 今では世界の、SFの作り話のような、平行世界すべての平和のために戦っているのである。
 木刀正宗をヒナギクが振るい、自動人形が胴から二つに別れる。間隙を縫い、独歩が正拳を自動人形の顔に叩き込んで砕いた。
 ドラム缶をも粉砕する正拳が、自動人形の装甲に負けるはずがない。理屈などないが、独歩は信じて疑わなかった。


「重爆!!」
 覚悟の零を纏いし蹴りが、自動人形を三体まとめて吹き飛ばした。
 地面に降り立つ覚悟の覇気に、自動人形の群れが一歩退く。されど、覚悟に悪を許す堕落はない。
「く、くそっ! たがが鎧纏った人間一人にびびってんじゃね!!」
 そう鼓舞する自動人形の言葉に反応して、群れが動く。
 四方を囲まれても、覚悟は眉すらも微動だにしなかった。
「遅いッ!」
 覚悟の拳が自動人形の上半身を砕く。後ろから襲い掛かる自動人形を、振り向きもせずに背面回し蹴りで葬った。
 覚悟の猛攻を潜り抜け、数機の自動人形が組み付く。
「非力ッ!」
 覚悟は気合一閃、組み付いた自動人形をまとめて地面に叩きつける。
 背面のバーニアに火をともし、自動人形を焼いて宙に舞う。その腕が赤く染まり、全てを切り裂く熱が宿った。
 赤熱した両腕が次々と自動人形を切り裂いていく。
 銀の体液を飛ばしながら、崩れていく自動人形を見下ろしながら、大きく息を吸い込んだ。

「腑甲斐ないぞ! キサマら!! 斬られるだけなら犬でもできる!!」

 覚悟の怒号が自動人形を貫き、行動を制限した。
 そのまま雷鳴を思わせるような速度で落下して、自動人形を一体踏み潰す。
 血よりも赤い強化外骨格「零」の二つ目が不気味に光る。
 前方の腕がドリルになっている自動人形が突いてくるが、覚悟はすでに見切っている。
 紙一重で躱し、その胸に貫手を繰り出した。
「突いてこい!」
 そのまま腕を赤熱化して、自動人形から引き抜き、次の標的を定める。
 盾を掲げる敵を、上下真っ二つに引き裂いた。
「斬って来い!!」
 続けて、自動人形の顔を掴んで地面に押し倒す。背中のバーニアが噴射して、削り進む。
 悲鳴が聞こえるが、冷徹に覚悟は自動人形を削り続けた。
「骨のある奴出て来い!!」
 悪に容赦などしない。正義を守る覚悟を持つ。
 これが、覚悟だ。


「くくく……」
 赤木は声がつい漏れてしまう。この激戦のなかに身をゆだねても、赤木は赤木であった。
 迫り来る自動人形を横目に、ナイフを一本取り出した。
 なんとなく、銃よりもナイフのほうが、流れがいい。その程度の確信だった。
 だが、その程度の確信を物にせずして、手に入れる未来などに赤木は興味はない。
 ナイフをすっと投げて、自動人形の額に刺さる。
「げぇぇぇ!」
 未来のエレオノールの血が付属したナイフは、自動人形の毒以外になりえない。動きの止まった自動人形を前に、確信を持たないはずの赤木はニヤリ、と微笑んだ。
 454カスールを眼前に掲げ、引き金を引く。頭の失った自動人形が倒れるのを見届けて、覚悟たちの戦力を正確に頭に叩き込む。
 彼らはいわば、手札だ。
 いかに切り捨て、いかに活かすのか、その判断をしていかなければならない。
 ただ、赤木にとっては己さえも、手札の一つに過ぎないと認識している。
 流れを見るのは自分だ。自分に与えられたおもな役割だ。
 そう、
(キサマも……この様子を見ているんだろう……? JUDO)
 すべては、同類と再会するために。


 柊かがみは、彼らの足を引っ張らないために隠れていることが精一杯だった。
 ヒナギクもかがみと似たような立場のはずなのだが、決定的な違いがあった。
 ヒナギクも戦える。ただそれだけなのに、今は溝を感じた。核鉄があったところで、隻腕のかがみにできることなどたかが知れている。
 スタンドディスクなど、使えない。首輪のステルスの解除法を見つけたのはかがみとはいえ、解除した今彼女の居場所はここにはない。
 それが、他のみんなと違う。とてつもない隔たりが、かがみに訪れた。
 だけど、彼女の周りの人間は、かがみを不必要と見ていない。
 彼らにとってかがみは、日常の象徴なのだ。
 いつか帰る。
 だが、かがみに気づける手段はなかった。


 ガシャン……と音を立てて、自動人形の破片が崩れ落ちる。
 自動人形が何十体いたのか、もはや数えようがない。
 分かるのは、彼らが長足クラウン号に設置された罠の自動人形を全滅させたことだけだ。
 赤木は煙草を吸いながら周囲を見渡す。
「え、えらい余裕やっちゃな……」
「まあな…………」
 赤木が視線を周囲にめぐらせて、各々の体調を探り始める。
 覚悟、村雨、ジョセフはさすがというべきか、息も切らしていない。
 自動人形の瓦礫を前に、すでに警戒を解いて楽な姿勢にして、次の戦いに備えている。
 バダンに対抗する自分たちの中では、最強のメンバーといっても過言ではないだろう。
 次に、エレオノールと独歩を見る。
 先ほどの三人ほどとまでは言わないが、体力の消耗はそれほどはない。
 自動人形を壊した数も、先ほどの三人と比べて負けてはいなかった。特にエレオノールは、自動人形との戦いになれている様子である。
 戦力としても、先ほどの三人には及ばないとはいえ、充分だ。
 そして、服部とヒナギクはこの戦いにおいて、はっきりと暗雲を示していた。
 しかし、赤木は二人をいくらか評価している。
 服部は場を見極め、必要なら指示を他の面子に伝えていた。
 赤木もいくらか行なおうと考えたが、自分が指揮するより、信頼されているだろう服部のほうが場が混乱せずに済む。
 そう考えて指揮を譲った。
 ヒナギクは他のメンバーのサポートがあったとはいえ、数体自動人形を倒している。
 だが、ヒナギクの能力が問題なのではない。ヒナギクの、覚悟が赤木は気に入った。
 ヒナギクにどんな影響があったのかは知らないが、戦わねば、刺し違えねば、という覚悟が見えているのだ。
 まるで、誰かの隣りを歩みたがっているような。
 おそらく、ヒナギクは長生きはしない。だが、その覚悟は何かこちらに望ましい結果を生むだろう。
 赤木は、捨て札としてヒナギクを使うことを思考した。
 そして、かがみ。
 彼女は己の無力を悔いていた。村雨や覚悟などに気を使ってか、なんでもないように装っているが、バレバレだ。
 何人かはかがみの様子に気づいているだろう。普通なら、かがみはもっとも殺すべき存在だと判断する。
 事実、赤木は……
(死んでもらっては困るな。柊かがみ……)
 と、だけ考えた。理由は、かがみを気遣う男、村雨良。
 確かに村雨良は戦闘力がある男だ。しかし、かがみを喪う事態になればどうなるか、検討もつかない。
 恋……などと甘い感情ではないのだろうが、村雨はかがみを守ろうとしている。
 自動人形戦でも、明らかにかがみを守るために動いていた節があった。
 つまり、彼女の死はなるべく避けねばならない。赤木は長々と、肺に煙草の煙を送り込んだ。


「さてと、一仕事も済んだし、どうする?」
 ジョセフが首をポキポキ鳴らしながら、尋ねてくる。その視線を受けた一同は、黙した。
 結論はでている。しかし、先ほどの戦闘で戦いなれないヒナギクやかがみのコンディションを考えると、誰も進言しにくい。
 服部は、ため息を吐いた。こういう役割は自分がすべきだ。
 赤木は煙草を吹かしながら、こちらを見ている。
「……突入や」
 服部の言葉に皆が頷く。できればここで、一息をついて体力の回復を待ちたいが、そうもいかない。
 時間をかければかけるほど、こちらの襲撃への対処される確率が高くなる。
 首輪に関しても、ジョセフや失言や、覚悟たちの大首領との接触でばれているであろう。
 向こうから攻められてしまえば、一貫のお終いだ。
 だからこそ、服部は決意する。ここは突撃するところだと。
「へっ、腕が鳴る……」
 独歩が最初に賛同を示し、指を鳴らす。風を切り裂く拳が宙へと走り、隻眼を雷雲の向こうへと向けていた。
 獰猛な表情が、虎を思い出させていた。
「とうとうバダンと…………」
「村雨さん……」
 村雨が感慨深げに呟いた。落ち着かないのか、拳を握ったり開いたりして、力の具合を確かめている。
 かがみは村雨を心配そうに見ていた。
 村雨は元はバダンに所属していたのだ。思うところがあるのだろうか。
 いや、そうではない。村雨の瞳には熱い炎が宿っている。
 そこに宿るのは姉を殺された復讐ではなく、正義に燃える義憤であった。
「応!」
『長引けばこちらが不利なるのは明白。今が攻め時だ!』
 零式防衛術を収め、戦術にも長ける覚悟と、数多の英霊を抱え、戦術の何たるかを知る零が同意を示した。
 戦場の機を知ることにおいて、二人ほど特化した者もそう多くはない。
 ヒナギクも無言で頷いた。
 服部は大きく息を吸い、吐き出す。全員を見渡し、戦いに向かうことを告げようとする。
 しかし、喉が渇いてうまく言葉が出ない。
 それもそうだ。服部は今、誰か死ぬかもしれない宣言を告げねばならない。
 みんなに、死んでくれと頼むのも同然なのだ。誰かが告げねばならない。なぜ自分が告げねばならないのか、服部の胃がキリキリする。
 だが、村雨も覚悟もジョセフもエレオノールも独歩も赤木もヒナギクもかがみも命を懸けている。
 自分だけ安全な居場所にいるわけには行かない。服部は震えている拳をぎゅっと握る。
「みんな。聞いてくれへんか」
 服部の頼もしい仲間たちは、自分の決意に答えてくれた。
 今の時期を逃せば、バダンは自分たちが首輪を外していることに気づき、倒す機会を逃がしてしまうかもしれない。
 攻め込むならともかく、守りに入れば人数の少ない自分たちが不利だ。
 死人を減らすなら、特攻するしかない。それでも、死人は出るだろう。
 服部はつばを飲み込み、舌の滑りをよくする。いつの間にか震えは止まっていた。

「おどれらの命、俺に預けてくれ。これから、特攻する!!」

 服部の決意の言葉に、鴇の声が上がる。
 決戦の幕が上がった。


 そして、現在に至る。
 覚悟とZXが共に梅雨払いをしながら、長足クラウン号の進路を確保して進む。
 敵の本拠地に潜入するまでは、二人の戦闘力頼みだ。
 服部は攻撃に揺れるクラウン号の中、唾を飲み込む。服部に煙草の煙がかかった。
 むっとしながら振り向くと、赤木が服部と視線を合わせた。
「よう落ちついとるな」
「……別に珍しいことじゃない」
 含み笑いをする赤木に服部は不思議に思う。これから命を懸けた戦場へと向かわねばならないのだ。
 しかも、一つ判断を誤れば自分の命だけでなく、周りの死を招く。
 そんな状況なのに赤木は顔色一つ変えない。まるで異次元の生物のような印象を抱き、服部は苛立った。
「……怖いのか?」
「当たり前や。自分が死ぬかもしれないのに、平然としている奴が……」
「違うな。お前は……自分の死が怖いんじゃない……」
 赤木の言葉に、服部が目を見開く。服部の心臓がバクバク鳴る。
 他人に聞こえるのではないか、と思うほどに心臓の鼓動が大きい。
「いや、お前だけではない……。ここにいる連中は全員……死線を潜り抜け……死を恐れなくなった。
それどころか、最初から死を覚悟しているものもいる。麻痺しているといっていい…………」
 赤木がどこかで見つけたのか、二つのサイコロを弄んでいる。
 服部の心臓がドクン、と一際大きく跳ね上がった。
「お前が怖いのは……死を恐れない奴らを……一人でも喪うことだ……」
 服部はカッと頭に血が昇り、赤木を睨みつける。
 赤木はの言うことは真実だ。服部は己の死は覚悟した。
 だが、他人の、仲間たちの死は……?
「当たり前やないか! 一人でも失うのを嫌と思うのが、そんなにおかしいんか……」
「そんなものは捨てろ……。でなければ……お前は失う……。本当に失いたくないものをな……」
「そないなこと!」
「できなければ……ただ一度、凡人を捨てて異端にならなければ……ここにいる人間は死んでいく……」
 赤木の不吉な予言に、服部が顔を歪めた。
 赤木はそれ以上何も言わない。長足クラウン号の先頭車両で、二人は沈黙の中にいた。


「あいつらなにを話しているかねー……」
「まあ、頭のいい連中は連中で、詰めるものがあるさ」
 リラックスしているように見えても、独歩とジョセフは戦闘態勢を整えていた。
 長足クラウン号は暗雲の中を突き進み、再生怪人たちを跳ね飛ばしていた。
 中には飛びついて侵入する怪人がいるかもしれない。警戒を怠らず、エレオノール、ジョセフ、独歩が迎撃準備をしているのだ。
 とはいえ、今のところ暇であるのだが。
「そういえばかがみさん、腕のほうはどうですか?」
「うん、全然問題ない。凄いね、スタンドって。…………腕だけが飛んでくるなんて光景、怖かったけど」
「へへ……あいつの記憶にこのスタンドを使って、人の怪我を治療している場面があったからな。
もしかしてと思ったら、ビンゴだったぜ」
 ジョセフが背後にクレイジーダイヤモンドを発現させ、得意気に告げる。
 かがみの片腕は、すでにくっついていた。神経まで完全に治癒を終えているらしく、問題なく動かしている。
 その様子にエレオノールは安堵しかけ、かがみの額に手を当てた。
「かがみさん、もしかして辛いのでは……?」
「え……? そんなことは……」
「よく見るとかがみ、顔色が悪い……いつから?」
 ヒナギクの言葉に、かがみは答えを窮する。長らく切断された右腕を放置していたのだ。
 応急処置を済ませたとはいえ、雑菌が入るのは止められなかった。
「うん……ちょっとここに乗り込んで……しばらくしてから……安心したのかな……?
ごめんね、また私足手まといに……」
 ヒナギクがかがみの言葉を否定しようと身体を乗り出した瞬間、エレオノールがあるるかんの聖ジョージの剣で指を傷つけた。
 何をするのか理解ができない彼女たちの前に、エレオノールは血の出ている指をかがみへと差し出す。
「かがみさん、私の指を舐めてもらえますか? しろがねの血を飲めば、病気や怪我に耐性ができます。
大丈夫、しろがねの血からしろがねになるほどの生命の水は得ることができません」
 そういう問題ではないのだが、エレオノールの気遣いを無駄にするのも悪いため、その好意を受けることにした。
 かがみはエレオノールの右手の人差し指を見つめる。白磁のような肌に、赤い筋の傷口から雫が珠を作って留まっている。
 火照った身体のまま、喉が渇いたかがみはエレオノールの白い指に、赤い舌を絡めた。
 生命の水が含まれたエレオノールの血がかがみの身体を駆け巡る。少し、熱が収まった気がした。
「ありがとう、エレオノールさん」
「どういたしまして。ですが、安静にしていてください」
 エレオノールの天使のような笑顔を見て、かがみは座席に背を預けた。


「ギィィィィィィィ!!」
「チィッ!!」
 ZXが列車に張り付いて攻撃を加えていたクワガタ奇械人に近づく。敵の鋸状の両腕の一撃を、身を低くして躱した。
 身体が泳いでいるクワガタ奇械人の懐に、黒い影がもぐりこむ。強化外骨格を纏った覚悟が、右腕の一撃を繰り出す。
「因果!」
 高速で突っ込んできたクワガタ奇械人の身体が覚悟の拳で真っ二つになった。
 爆発を背に、攻撃を受けながらも長足クラウン号が無事な事実にホッとしながら次々と迫り来る奇械人に視線を向ける。
「これ以上、列車には近づけん!!」
「ああ!」
 覚悟の言葉に、ZXが決意を込めて頷く。列車には彼らの仲間がいるのだ。
 指一本触れさせはしない。クルーザーのアクセルを全開にして、ZXはコウモリ奇械人を狙って空を翔る。

「クルーザーアタック!!」

 白い弾丸と化したバイクで、敵を砕いた。そのまま空中でアクセルを捻り、急降下をする。
 群れている奇械人を三匹まとめて吹き飛ばす。暴風となったZXが稲妻を避けて、後輪で奇械人ワニーダの顔を踏み潰した。
『覚悟! 良! 怪人どもが列車に取り付いたぞ!!』
「ちぃっ!」
 群がる再生怪人が列車に到達した時、真っ二つに切り裂かれた。
「あるるかぁぁぁん!!」
 エレオノールが高速で走る列車のうえに跳び乗り、列車に飛びつこうとした怪人を斬り裂いた。
 糸を手繰り寄せて、着地した瞬間、エレオノールの背中に奇械人モーセンゴケが飛び掛ってきた。
「エレオノール!!」
 ZXが反転しようとするが、到底間に合わない。
 歯噛みするZXの視界に、エレオノールと奇械人モーセンゴケの間に割ってはいる影が現れた。
「ドラララ!!」
 ジョセフが奇械人モーセンゴケをクレイジーダイヤモンドで砕き、華麗に着地を……
「とっとと……ってやべっ!」
「ジョセフ!」
 列車からバランスを崩すジョセフを認め、バイクを進ませる。
 エレオノールもジョセフを助けようと、片腕を伸ばした。
「なーんちゃって」
 ZXは列車の壁に立つジョセフを見て目を見開く。くっつく波紋を操作して、足を壁に固定したのだ。
 無事な様子にホッとするが、次第に怒りの感情も浮かんでくる。
 ZXはバイクを反転させ、再生怪人へと走った。


「ちっ……キリがねえな」
 両腕にモータギアを装備した独歩が、踏み込んできたコマンドロイドを砕いてぼやく。
 赤木より首輪のまかれた核鉄を渡され、使っているのだ。
 怪人たちは固く、独歩の鍛え抜かれた拳でも一撃で貫くことは難しい。
 そのことに少々落ち込みながらも、核鉄の力で打撃力を上げて応戦していたのだ。
「まったく、こいつら倒しても倒してもわいてきやがる……」
「文句言わないで……こっち手伝ってよ!!」
「待っていろ!」
 ヒナギクの声に答えながらも、独歩はコマンドロイドの腹にモーターギアを装着した回し蹴りを放つ。
 真っ二つになった敵を窓から放り投げ、独歩は後方を見る。
「このままじゃジリ貧だな……」
「せめて後ろから追いかけてくる奴を何とかできれば……」
 独歩の言葉に、服部が返す。かがみを守るように円陣を組んでいた各々の人物はため息をついた。
 だが、屋根にでているエレオノールとジョセフはこれ以上の敵を相手にしている。
 露払いを買って出たZXと覚悟はさらに桁の違う数の敵を相手にしていたのだ。
 弱音は誰も吐かなかった。
「……前方に魔方陣が見え始めた。稲妻の迎撃装置も……ここでは効力が薄いみたいだな……。
ゴールが見えているが……」
 赤木が報告するが、列車が揺れる。再生怪人たちの攻撃を受けているのだ。
 このままでは魔法陣に飛び込む前に潰されてしまう。不安がよぎる中、赤木は不敵に笑った。
「車両を一つ……切り離すぞ……」
「なるほど……それで再生怪人を巻き込んで先に進むというわけやな」
「けど……それで本当に無事に突入できるの……?」
 ヒナギクの疑いの言葉に、服部は押し黙る。
 たとえ後方車両を切り離して、再生怪人をまとめて振り払ったとしても列車が魔方陣まで持つ確率は低い。
 予想以上に敵の攻撃が激しいのだ。
 地中を行くという機能があることは伊藤博士の手紙でみんなが知っている。
 同時に、手紙には地中を突き進むのは勧められていない。
 理由は、地中を走る怪人が何体も配備されているため、格好の的ということだ。
 ZXや覚悟が護衛をしている地上のほうが、まだ確率はあると判断した結果だった。
「いくぞ……独歩。あんたは俺と来てくれ……」
「おう。お前たちはここで待っていな」
 赤木は独歩を連れて、重苦しい車両を涼しげに進んだ。


「おめえさん……切り離すのは車両だけじゃねえな」
「ほう……」
「切り離すのは後方車両と……あの場にいた、戦闘力があるうちの一人。つまり俺だ」
 赤木がニヤリ、と微笑む。独歩はその表情に己の考えが正しいと知る。
 同時に、その策は独歩も想定していた。このまま列車を進ませるには誰か残り、敵を惹きつけないといけない。
「モーターギアの特性は把握している……。スカイウォーカーモード……これで敵を引っ掻き回し……列車から遠ざける……」
「だから俺を呼んだというわけか」
 独歩の言葉に赤木は返さない。
 独歩は頭髪の生えていない頭部をがしがしと掻き、まあしょうがないか、と呟いた。
 車両の連結部に辿り着いた時、赤木が右手を差し出した。
「……何のつもりだ?」
「核鉄を……渡してもらおう……」
「敵を引っ掻き回すには、必要だとさっきいったばかりじゃねえか」
 不可解な表情で問う独歩に、赤木は変わらぬ不敵な笑顔を向けながら、静かに告げた。
「なにを言ってる……。囮役は……独歩、あんたじゃあない……。
敵を惹きつける手札は……モーターギアを使う役割は……この俺だ……ッ!」
 赤木の意外な提案に、独歩は驚愕した。車両は列車の揺れしか響かない。
「あんたは貴重な戦力……。モーターギア以外にも打撃力を上げる核鉄は……もう一つある……。
あんたとビーキーガリバーなら……充分敵に通用する……。
ヒナギクやかがみ、服部では敵を惹きつけきれない……なら、戦闘力が下の方で……この核鉄を知り尽くしている俺こそが……」
 赤木が一旦言葉を切り、口の端を持ち上げた。目に宿る光に、独歩は勇次郎や刃牙を思い出す。
 そう、世界最強。男なら一度は憧れるそれを、いくつになっても追い求める自分たちとの同類だけが宿す光。
 確かに、赤木の中に確認した。

「俺こそが……もっとも捨て札に……相応しい……!」

 己を捨て札と言い切る男赤木しげる。
 だが、その瞳に己の身を犠牲にする気は少しも持ち合わせていなかった。
 自分ならどんな境地でも、生き残れる。
 ふてぶてしく、傲慢な思想。勇次郎が持ち合わせていた、王者の思考を、赤木もまた持っていた。


「おめえさん、生き残るつもりだろう?」
「当たり前だ……まだ、俺は奴と再会していない……」
「たく、どんな手段で生き残るつもりだよ。雷様もお前を狙うんだぜ?」
「魔方陣が近いせいか……雷の落ちる頻度も減っていっている……。
真直ぐに移動さえしなければ……スカイウォーカーモードで対応はできる……。
そして……見張りの再生怪人……。いざという時……奴らを戻す手段は必ずある……。
俺はそれを使い……単独で突入する……。だからあんたたちは先に行け……」
「確率は相当低いぜ?」
「ククク……おそらく、成功確率は1%もないだろうな……。
だが、その1%を物にできないのなら……奴に再会する意味などない……」
 できる、と確信しているその瞳には慢心の二文字はない。
 できることをできる、と告げている。本人はおそらく、そのつもりだろう。
(傍から見ればどんなに無茶なこともやり遂げる……勇次郎もそんな奴だったな……)
 だが、赤木は勇次郎ではない。本人も断定するほど、純粋な戦闘力は下の方だ。
 勇次郎のようにはいかないだろう。
「どうした……早く核鉄を……」
 渡せ、と言い切る前に、独歩は赤木の鳩尾を殴る。睨みながら崩れ落ちる赤木をその場に寝かせ、独歩は核鉄を持って連結部へと進む。
 レバーに手をかけて、前方車両にいる仲間たちを思った。
「へっ……らしくないぜ」
 だが、赤木はきっと敵との戦いに必要になる人材だ。なぜかそう信じる気持ちが独歩に湧き上がっている。
 独歩は今まで共に過ごした仲間たちを思い返しながら、彼らが生きて変えれる道を作ってやるのが自分の役目だと確信した。
 思いっきりレバーを倒し、切り離されていく車両を見届けて、己も地面へと降り立つ。
 独歩は迫り来る怪人へと向かって、前羽の構えをとった。


 切り離された車両が多くの敵を巻き込んで遠のいていく。
 たいした機転だと覚悟が感心していると、列車から降り立つ独歩の姿を目撃した。
「独歩殿!!」
「くっ!」
「村雨殿はそのまま列車の護衛を頼む! 独歩殿は私が!」
「頼む!」
 覚悟はバーニアを全開して反転、独歩を迎えに進む。
 左右からコマンドロイドが迫り来る。覚悟は身体を倒し、脇から抉りこむように蹴りを放つ。
「重爆!!」
 丸太を振り回したような衝撃がコマンドロイドを二体まとめて胴から引き裂き、覚悟は勢いを緩めず独歩に向かう。
 右手を差し出し、独歩に届こうとした手は、
「悪いな」
 あっさりと拒否された。覚悟は再度独歩に近づこうとして、独歩の視線に気づいた。
「独歩殿……」
「俺ぃらは、ここで奴らを食い止める。後のことは頼んだぜ……」
『覚悟……!』
 零の言いたいことは理解している。独歩の意を汲んでやれ。
 覚悟とて戦士だ。決死の思いで仲間のために危地に挑む戦士を救出など、侮辱に等しいことは理解している。
 コマンドロイドの右腕を独歩が捌き、モーターギアを拳につけて顔を砕いた。
 片目を器用に上下左右に動かして敵の動きを把握している。
「独歩殿……生還の当ては?」
「あいつらから、突入のための道具を奪えばいいだろう?」
「…………了解した。独歩殿、敵本拠地で会おう!」
「おうよ!!」
 回し蹴りによって真っ二つになった怪人が爆発を起こし、爆炎をまといながら独歩が構えを解かず敵を見据えている。
 覚悟は一度だけ、敬礼をして列車へと向かった。
 拳は強く握り締めたため、血が流れている。
『覚悟……忘れるな! 独歩殿は戦士として、戦ったているのだ! それを無駄にするな!!』
「応!!」


 覚悟が列車に並んだとき、ZXは不思議に思った。独歩がいないのである。
「覚悟、独歩は……?」
「……独歩殿は、敵を惹きつけてから突入するということだ」
「なんだと……」
 ZXは信じられないものを見るように、覚悟へと視線を向けた。
 独歩を回収するために、反転しようとするZXへ、零の怒声がかかる。
『よせ! 戦士の矜持を踏み躙る気か!』
「戦士の矜持だと……独歩を見捨てたも同然じゃないか!!」
『良よ……無駄だ。独歩殿は自ら進んで囮を買って出た。その決意は超鋼よりも固い!』
「だからといって……!」
『それに良よ。危険を省みず、戦場へとたった戦士を侮辱する権利など……誰にもない!』
「だからといって……」
「独歩殿は……生き残るつもりだ」
 覚悟が搾り出すようにZXに告げた。覚悟自身も己の言葉を信じていないのだろう。
 身体が震えていた。己への怒りか。
 ZXは黙したまま、引き返すのをやめる。覚悟も、零も耐えているのだ。
 自分だけが子供のように駄々をこねるわけにはいかない。
 悔しさを噛み締める二人の眼前で、魔方陣が展開を始めた。