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「The Great Deceiver (邦題:偉大な詐欺師)」(2008/11/17 (月) 22:29:36) の最新版変更点
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**The Great Deceiver (邦題:偉大な詐欺師) ◆ZhOaCEIpb2
S5駅のプラットホーム、電灯に羽虫達が光に希望を求めるかのように飛び回る。その留置所で、東の夜空を見上げる老人がいた。
その顔は真剣な面持ちであり、どこか嬉しそうであった。駅の時刻表を確認していると、突然それが鳴り響いたのだ。
ヒューと澄んだ長音、パンと爽快な破裂音。花火である。
殺し合いを強要されているのに、まるで自分の夢の成就を祝福するように光り輝いていた。
「本当に綺麗な花火だ………君もそう思わないか?」
老人は体を返し、ホームの柱に話しかける。しばしの静寂。
すると、柱の影から異質なマスクをつけた大柄の男がしぶしぶと現れた。
「いつごろ、気づいていやがった?」
「うーん、ただ何となくかな」と、しれっと老人は返す。
ジャギはけっと唾を吐き捨てる。失敗したのだ。駅で待ち伏せしていれば、いつか参加者が現れる。
そこで、相手が油断している隙を狙い、不意を突いて殺す。いきなり、その算段が失敗に終わったのだ。
喰えねえ、クソジジイだ。
「おい、ジジイ、俺の名を……言ってみろ」
ジャギは胸の七つの傷を見せながら、目の前の老人に恫喝する。
分かるはずもない。俺がジャギだということを。
老人は手を顔にあて、オーバーに頭を掲げこんだ。
ジャギはもしかして正体を知っているのかという考えがよぎった。そして、少し思案し、答えた。
「……スココボビッチ?」
ビキとジャギの頭に血管が浮き出る。
「いや、違うなあ……ブードンかな?」
ビキビキと血管が我慢の限界に達しようとしている。
「いや、それも違う…クロ――」
プッツンと何かがはじけた。我慢の限界であった。
「貴様!! この俺をなめてんのか!!」
ジャギは怒りのあまり、側にあった柱に拳を叩きつけた。コンクリート製の柱は見るも無残なほど壊された。
この破壊力は見るものを確実に震え上がらせるほどのパワーである。
そして、目の前にいるクソジジイも恐怖に怯えるはずであったが。
「おお、怖い怖い」
老人は怯える素振りもなく、ただサーカスの観客のように感心してた。舐めやがって、後悔するなら今のうちだぜ。
「俺の名はケンシロウ、北斗神拳唯一の伝承者ケンシロウ様だ!!」
ジャギは口にするのも忌々しい男の名を名乗った。ケンシロウのことを考えると吐き気にも似た感情が沸き起こるがそれを我慢する。
ケンシロウのことはよく知っているだろう? ジャッカルや牙一族を滅ぼした張本人だ。
それが、今ここにいて、敵意をむき出しにしている。さあ、恐怖で震えるがいい。
それを聞いた老人はサングラスを外し、はっとした面持ちで体を震わせた。
その眼はとても大きく見開いて、この世のものでないようなものを見たように驚いていた。
ジャギは老人の驚きように口元を緩ませた。恐怖で引きつる顔が愉快だった。けど、その喜びはあっけなく崩される。
「ケンシロウって……誰?」
紛らわしい態度をとるんじゃねえと、ジャギの心証の限界を超えてしまった。小馬鹿にする態度には釈明の余地はなかった。
一瞬で葬り去る計画だったが、それを止め、幾分か苦しませた後殺す。
相手が殺してほしいと懇願するほど苦痛を与える計画に移行。
ジャギは怒りでわなないていた拳を握り締めた。さっきから自分を小ばかにする老人を殺す合図である。
ジャギは老人を殺すべく、ゆらりと近づいていった。
「あひゃひゃひゃ、冗談だってば」
額に手を当て、笑いながら老人は陳謝する。が、もう遅かった。ジャギの新たな計画はもう止められそうにない。
老人――フェイスレスはいきなり笑い止める。
あれほど、馬鹿笑いしていた老人の態度が急に変わったことで、ジャギは自分の殺気と威圧感にびびったのかと思った。
老人に目をやると、額に押し付けてある手の指の間からひどく歪んだ笑顔が浮かんでいた。
「それより一つ聞いてもいいかい? あれ、嘘なんだろ?」
当然訳のわからないこと言い出す。恐怖で頭がおかしくなったのか?
どういうことだ、と不思議に思うがどうでもいい。こいつを殺すまでだ。ジャギは歩みを止めない。
「君……本当はケンシロウじゃないんだろ?」
ほんの一瞬ぴたっと身体を止める。見破られたのか? いや、そんなはずはない。
俺とこいつは初対面同士だ、分かるはずない。
ジャギに言い知れぬ動揺が走る。
目の前の老人が嘘やペテンにかけては自分より上手ではないかと、頭によぎる。だが、認めたくなかった。
認めれば、すなわち敗北、自分が最も一番だと自負したかった。それに、自分がやってきたことが馬鹿みたいじゃないか。
「なぜ、そう思う?」
フェイスレスはにぃと口元を上げる。確信したのだ、嘘をついている。なんとも分かりやすい。
このフェイスレスを騙すだと、片腹が痛い。だから、嘘を剥がしてやろうと思った。
「君が……ケンシロウと名乗ったとき、一瞬憎悪がこもった表情したんだ。ただ、それだけだよん。
案の定、ちょっと吹っかけてみただけで、反応を示す。本当に単純だな…き・み・は…」
「この俺が単純だと!!」
ジャギは単純と馬鹿にされ、半ば自棄を起こしたような態度で怒号した。
「そうさ、俺はケンシロウじゃない。俺の本当の名はジャギだ!!」
「で、さっき名前を名乗ったケンシロウって誰? 何かしたの?」
ジャギは怒りの勢いで質問を返す。頭にかなり血が上り切っていたので、ある思惑に気づいていなかった。
「ケンシロウとは俺の弟で、いけすかねえ甘ちゃん野郎だ!! 未熟者のくせに北斗神拳の伝承者に選ばれるは、
その上、ユリアまで奪う。それに、俺をこんな姿にしやがった!!」
ジャギの頭の傷が疼くたび、ケンシロウへの憎しみを募らせた。全身から憎悪をたぎらせる。
「だから、俺は復讐する為に奴の名を名乗り、奴の悪評を振り撒き、奴をおびき寄せようとしているんだ!!」
「へえ、それで参加者の中で他に君の知り合いはいるかね」
フェイスレスは適当に相槌を打つ。ジャギはまだ気づかないでいた。フェイスレスの思惑に。
「後、ラオウという兄者もいる。兄者も兄者だ!!
あのとき、ケンシロウが伝承者になるのを反対しておけば、俺がこうなることはなかったんだ!!」
フェイスレスは最後の一押しをする。
「うんうん。最後に聞くけど、北斗神拳って何?」
「北斗神拳とはなあ、一子相伝の一撃必殺の暗殺拳。
人間にある経絡秘孔に気をこめて打つことで相手の体の循環を狂わせる無敵の暗殺拳だ!!」
ジャギは最後まで気づかなかった。フェイスレスの掌で踊っている道化だと。
フェイスレスは笑いながら、頭を下げる。その顔は喜びに満ち溢れていた。
フェイスレスは苦労せずに、情報を手に入れたことに、感嘆した。
「ありがとう、ジャギ君。これで君のことが大体把握できたよん。以外におしゃべりさんなんだねえ。
こっちからすれば、扱いやすくて簡単だったよ。
本当に出来の悪い兄貴を持って、ケンシロウ君は大変だったろうな」
硬直。ジャギは何をしてしまったんだと、固まった。まんまと嵌められただと、それに――
―――出来が悪い兄貴だと…。
「あんまり、ぺらぺらしゃべるもんだから、内心僕も驚いたよ。
こんなにもことがうまく運ぶだなんて…こんなんだと君よりも弟のほうが優れていることは明らかだな」
―――弟の方が優れているだと…。
ジャギは懐から拳銃を取り出し、フェイスレスに構える。そのトーンは怒りを超えた低い濁った声であった。
目は落ちくぼんで、まるで狂人のようにたぎらせていた。
「今、なんて……言いやがった」
「ん、聞こえなかったかね。弟のほうが優れているといったんだが」
ジャギは引き金を引く。殺伐とした空間にカチャリと乾いた音が響く。
引き金を外せば、弾丸が発射させる状態での、無言の重圧。
「もう一度聞く、今……なんと言った」
「だからさ、弟のほうが優れて……」
ダンと銃声が言葉を遮る。この世に、兄より優れた弟なぞ存在しない。
殺す、殺す、殺す、とフェイスレスに銃弾を3発発砲するが、驚くべき俊敏さでかわした。
「あらら、もしかして怒ちゃった。気に障ったんなら謝るよん」
フェイスレスは謝る気もなく、ジャギを挑発した。そんなことすれば、単細胞の彼は確実に殺そうと戦いを挑むだろう。
極力、強い奴との戦いを避けたいフェイスレスにしては、愚かともいえる行動。
もっとも自分が一番強いと自負しているが、くだらない戦闘で、体力を消耗するほど馬鹿ではない。
もともと、フェイスレスはジャギから情報を収集してから適当に相手して逃げるつもりだった。しかし、気が変わったのだ。
ジャギからケンシロウの情報―――優れた弟と劣った兄の話を聞いたとき、ある感情が生まれた。
それは以前のサハラでのことである。自分と兄さん――白銀との過去の経緯を知った加藤鳴海に会ったときに、感じたような感情に似ている。
鳴海は姿こそ違えど、雰囲気は兄さんそっくりであった。だから、その時、フェイスレスは投影させたのだ。鳴海は自分の『兄さん』だと。
そして、『弟』の僕が『夢』を叶えるところを見せびらかせようとした。
今、ジャギとの出会いは少しそれに似ていた。
兄と弟、それも駄目な兄と優秀な弟。ジャギは兄と姿形は全く違うけど、フェイスレスは今回も投影させたのだ。
ジャギを『駄目な兄さん』、自分が『優秀な弟』と。
フェイスレスの本来の記憶では、いつも兄さんは優秀で尊敬の対象だった。愛していたフランシーヌも兄さんに惹かれていた。
だからさ、この『駄目な兄さん』を殺して、僕は『優秀な弟』になるんだ。
表面では、兄を侮蔑しているが、心の奥底では、いつも背中を追いかけている。
それからの脱却。ついでに、こいつは勝とエレオノールの枷になることは絶対的であった。だから殺しておこう。
――フェイスレスは殺し合いに挑んだ。
無人駅で羽虫は飽くことなく電灯に群がっている。
その中でフェイスレスとジャギは距離を測っていた。リーチを言えば、ジャギの方が広かった。
拳銃を片手に構える分だけリーチは広い。だが、ジャギには銃などハッタリ以外何者でもないと感じていた。
先ほどの銃撃をかわした鋭敏の動きを見れば、このジジイは只者ではないと判断できる。だから、接近戦に持ち込み、秘孔を付く。
そうすれば、勝負は決する。
ジャギは銃を懐にしまい、両手を突き出し、腰を落とし構える。そして、身体全体に気を潤滑させる。
「ほおおお……貴様に北斗神拳の真髄をみせてやる」
「北斗神拳ねえ、たしか、一撃必殺の暗殺拳だっけ? でも、僕には通用しないよ。なんせ弱点を発見したんだから」
ジャギは笑わせるなとフェイスレスに向かって飛び出した。
フェイスレスはそれに合わせ、パックから紙を取り出した。それを開封すると、中からアタッシュケースが現れる。
「本当は勝君に渡すために残しておくつもりだったけど……使わせてもらうよん」
ケースが開くと、同時に巨大なカボチャの人形が飛び出す。
フェイスレスは両手に指貫をはめる。手を切り返して、構えた。
そうすると、巨大な鎌がついた箒を持ったカボチャの操り人形がジャギの前に立ちはばかった。
―――ジャック・オー・ランターン(通称ジャコ)
フェイスレスが貞義だったときの愛用のマリオネットである。今では、勝の愛用品になっている操り人形だ。
ジャギは巨大な鎌に怯んだ。それは、まさに死神の鎌を思わせるほど大きいのだ。
しかし、ほんの一瞬だけであった。ジャギは猪突に突き進む。本体を叩けばいいのだ。
簡単なことだと、ジャギはフェイスレスを軽く見ていた。だが、その考えはすぐに改めさせられる。
ジャギの前に人形がぬうっと現れ、進行を妨げる。大きな鎌が振り上げられ、的確に自分を攻撃してくるのである。
見切られないことはなかったが、以外に素早い動きをする。それは、人形とは思えなかった。
まるで、一つの生命があるかのように、呼吸して動いているかのように動き回るのだ。
一個人の格闘家と戦っていると錯覚するほどであった。ジャギはフェイスレスが本当に操っているのかさえ疑問に思った。
しかし、人形の間からフェイスレスを覗くと、ちゃんと操っている。
フェイスレスが腕を動かすと、繋がった操り糸が無数に蠢き、人形を無限の広がりがあるかのように動かしている。
小細工はなかった。奴は人形を傀儡させている。
しかし、そこはジャギ。フェイスレスの攻撃に一方的に抑えられているわけではない。
人形の鎌の柄を止め、上部に掌。鎌を受け流し、下部に衝。勢いを利用して、頭部に撃。
ジャギはところどころにある隙を狙って、人形に拳を振り出していた。
しかし、あまり手ごたえがなかった。北斗神拳が通用しない人形であったのもある。
が、それ以上に攻撃するたびに、衝撃を逃がすため攻撃した方向へと力を逃がすのだ。
だから、人形を破壊するほどの衝撃を与えられずにいた。
ジャギに疲労が見え出してくる。所々に避け切れなかった傷跡が血を伝い落とす。
「ジャギ君、どうしたんだい? そろそろ疲れてきたんじゃないか?
さすが、暗殺拳の使い手。でも、ジャコが人間だったらよかったのにねぇ」
頭に血が上る。しかし、活路はすでにもう見出せていた。策を練っていたのだ。
ジャギは人形と相手をしつつも、あるところまで引き寄せていた。足を崩したように見せかけた。
「もらったよん」
ジャコの鎌が足を崩したジャギを襲う。ジャギは待っていましたとその瞬間を狙い打つ。
その刃撃を見切っていたと手で地面にスプリングのように飛び跳ね、回避する。
鎌は勢いを殺せず、あるものに挟まった。
―――ジャギの壊したコンクリートの柱である。
そこに、鎌がバキィと引っかかった。ジャギの欺きであった。ジャギの欺きが、希望へと続かせたのだ。
すかさず、ジャギはコンクリートの破片を片方ずつ握り締め、フェイスレス目掛け二つの石を放り投げた。
フェイスレスは投石をジャコで防ごうと糸を繰り出すが、柱に引っ掛かってしまい、行動を移せそうになかった。
人形で防ぐのを中断し、腰を奮い立たせ、回避に移す。それに乗じて、ジャギは人形の間をすり抜ける。
それは、フェイスレスに辿り着く一つの道筋。
「ちい、ぬかったわぁ」
初めて、フェイスレスの表情が崩れた。あの小馬鹿にした態度が一変、動揺に変化した。
ジャギに優越感が生まれた。このジジイに出会ってから、奴のペースに乗せられていた。
始めは押されていたが、もう焦る必要はない。死角に入ったのだ。この人形繰りの死角に。
ジジイは接近戦の邪魔になると判断したのか指貫を外したようだ。だが、もう遅い。
今度こそ、北斗神拳の真髄を貴様に刻みこむ。死を以って。
ここから、ジャギの攻防が始まった。ジャギは拳を浴びせる。
フェイスレスは何とかそれを、避けようとするが、幾分接近戦はジャギのほうに分があった。
格闘に関してはてんで素人なのか。大雑把な動きであり、フェイスレスはただただ防御一辺倒だった。
防御は攻撃に勝るものではない。ただの消耗戦である。最後には鎮圧されるのがオチであった。
ジャギはフェイントを幾つも放ち、隙をうかがった。
そして――――ついにチャンスが生まれた。
フェイスレスがバランスを崩し、後ろへと距離を取ろうとした。隙だらけの無防備。
ジャギは心の中で歓喜の雄たけびを上げた。ついに殺せるのだ、この俺を侮辱するクソジジイを。
脚を躍動させる。ジャギの得意な技――北斗千手殺。
ジャギの前にあまりの速さにいくつも手が現れる。その千手は幾分違わず、フェイスレスの秘孔を狙っていた。
そして、その手はフェイスレスの体を貫こうとしていた。が――――
―――うっそぴょーん
そこには、アッカンベーと舌を出したフェイスレスがいた。
何が起こったんだ? なぜ、奴に拳が届かない?
ジャギの拳はフェイスレスの目の前で空を切った。ありえなかった。自分が距離感を間違えるなんて、何かの間違いだった。
何かがおかしい。そこで、ジャギはあることに気づいた。
違和感である。足元が引っ張られているのだ。足元を見るとゴムのように伸びきったものが付着していた。
自分を元の場所へと戻そうとしていた。それはまるで鎖のようだった。ようやく悟ったのだ。
フェイスレスの右指には三つの指貫があり、人形を自分の気づかずうちに動かしていたことを。
「バ……ザ…………ット」
と、フェイスレスは耳を傾けらないと分からないような低い声でボソッと呟いた。
その顔は嘲笑の笑みを浮かべながら。その笑顔はジャギを絶望に突き落とした。
バブル・ザ・スカーレット―――ジャック・オー・ランターンについている機能の一つ。
使用者の意志で自由に硬度、粘着性を変えることが出来る液体を吐き出す技である。
すべて、フェイスレスの策略であった。本当はコンクリートの柱など切断するのは容易かった。
ジャコには『グリム・リーパー』という鎌を超高速振動させ、切れ味を何倍にも増加させる技がある。
しかし、柱にぶつかる瞬間それをあえて、止めたのだ。そして、柱にてこずる振りをし、ジャギを油断させた。
その後、接近戦に持ち込むために指貫を全部外すと思わせ、三つほど残しておいたのだ。
そして、それを、悟られないように大袈裟に攻撃を避ける動きで、操り糸を見破られないように人形を動かした。
最後にバランスを崩したふうに見せかけつつ、後ろに下がる動作をしながら『バブル・ザ・スカーレット』を発動させた。
見事にバブルは足に命中。それらがジャギの知らぬ内に行われていたのだ。
フェイスレスの前には、驚愕の表情を浮かべる仮面の男が空中に静止していた。
先ほどと打って変わって、余裕の表情は皆無に等しい。静止は瞬間的なものだけど、フェイスレスには十分だった。
フェイスレスはジャギの横をそよ風のように滑らかに、突風のように素早く通り過ぎた。その瞬間、
――右肩
――左肩
――右肘
――左肘
――右膝
――左膝
をまるで旋律を奏でるように美しく鮮やかに間接を外した――――『分解』。
体の自由が利かないジャギは受身も取ることも出来ず、地面に激突。足に付いたゴムが元に戻ろうとする力で屈辱的に引きずった。
「貴様あ! この俺に何をしやがった!?」
ジャギは体の異変を訴えた。腰を使って顔を上げるその姿はまんま芋虫のように見え馬鹿丸出しであった。
フェイスはくっくっくと笑い、ジャギの元へと向かった。
「ざまあ、ねえな」と、ジャギの顔を踏みつける。
ジャギは屈辱で頭がおかしくなりそうであった。ジャギはケンシロウの怒りなど、当になくなっていた。
自分への侮辱の数々。圧倒的にフェイスレスへの憎しみの怒りが勝っていた。
「僕の勝ちだよ。『弟』である僕のほうが優れていることが証明されたよ」
頭を踏みつけられたジャギはあろう限りの暴言を吐き出した。
だが、フェイスレスはそれを無視するようにマスクに手をかけた。さらなる屈辱の追加のために。
「立派なマスクだねえ……ジャギ君の面を拝ませてもらうよん」
マスクを取ると、右の頭が脹らんでおり、その進行を食い止めようと金具が施されていた。ニタニタ顔で醜いなあと漏らした。
ジャギはよりいっそうわめきたてた。体を上下に揺らし、羽を失った蝉のように鳴き出した。
フェイスレスは子供をなだめるように優しい口調で。
「五月蝿いよ……『分解』」
ジャギの頭の金具を分解した。金具が外されたところから血が吹き出す。
苦悶の表情で悲鳴をあげ、のた打ち回るジャギ。
辺りはよりいっそう騒がしくなった。しかし、叫喚の中で、カンカンと微かに音が聞こえる。
フェイスレスは耳を傾け、音の正体を模索した。それは電車の警報機であった。近くに警報機があるのだろうか。
その音は、駅に電車が来ること意味していた。フェイスレスに閃きが巻き起こる。
「いいことを思いついたよ、ジャギ君。耐久力の実験を兼ねて、僕は花火を打ち上げようと思うんだ」
「いきなり、何、わけがわかんねえこといってやがるんだ」
フェイスレスはジャギの懐から拳銃を抜き取り、彼を腕に抱き上げた。間接が外されているジャギは抵抗も出来ぬまま、抱き上げられる。
すると、突然アナウンスが流れる。『①番線に電車が到着いたします、終点S6駅行き』と。ジャギに大量の油汗が流れ落ちる。
嫌な予感がした。考えたくもない、考えれば……。いや、考えてしまう。
「や、止めてくれ!! た……たのむ、お願いだ!!」
あれほど強気だったジャギはどこに行ったであろうかと思うほど、全身を震わせ、情けない声を発した。
命乞いした。しかし、それはフェイスレスを喜ばせる結果しか生まなかった。
「止めるんだ、止めてくれーー!! 俺たちで手を組まないか?
俺たちが手を組めば、最後まで生き残るも『夢』じゃない!! だからさあ、手を組もうぜ!!」
ジャギは必死に訴えた。自分が如何に役に立つか、フェイスレスにとってどれほど有益か。
「だから、手を……」
フェイスレスはジャギの命乞いに答えるかのように口を開く。
「ジャギ君? 君は最後まで生きるのも『夢』じゃないと、言ったよね? 僕の『夢』は最後まで生き残ることじゃない。
僕の『夢』はそんな下らないことじゃない。 僕の『夢』はエレオノールと結ばれることなんだ」
電車がガタンゴトンと騒音を上げ、こちらに向かっていた。
ジャギには、その音が死の鐘を鳴らす悪魔のように見えた。
電車が目視できる距離になると、ジャギの視界を酷く歪ませた。
ライトが自分を粉々にする巨大な目、正面にあるカラフルなラインが自分を飲み込もうとする巨大な口。
ジャギには、それそのものが恐怖だった。それでも、ジャギは一縷の望みを賭け、最後のお願い事をする。
「お、お願いだ! た、助けてくれ!!」
回答は―――
「僕の『夢』には―――――」
スローモーションのように口をゆっくりと動かした。
―――君は含まれていない
それが答えだった。
そして、フェイスレスは花火を打ち上げた。首輪の耐久力テストを兼ねて。まあ、答えは分かりきっていたけど。
電車のライトがジャギの眼孔に眩い閃光を灼きつけた。その光は死=無を思わせた。
白い光が辺りを覆う無の世界。真っ白で何もない。希望も絶望もない、退屈な世界。それを、意味しているような光の集合体。
それが、ジャギの最後に見た光景であった。
S5駅に生温い破裂音が響き渡った。
市販の花火とは、程遠いほど鈍く、不快な音だった。
激しく飛び散った鮮血も一種類しか色づかせず、単調であった。
風情も、華もへったくれもなかった。
「……きったねえ…花火……」
それから数分が経過した。電子音のような感情が込められていない女性のアナウンスが駅中に反響する。
②番線に終点S10駅行きの電車が到着いたしますと。ちなみに、S1駅とS4駅に行くには、S3駅で乗り換えなければなければならない。
電車が自動的にブレーキをかけ、自動ドアが役割を果たすよう開く。フェイスレスは乗り込んだ。
次の冒険を待ちわびて、座席に腰を掛ける。手にはジャギの仮面を、変装の時、使えないかと思いながらお手玉のように転がしていた。
車窓から覗く、①番線の線路にある横に細長い物体に目をやる。ジャギの胴体である。
それには、四肢と頭がなかった。たぶん、弾け飛んだのであろう。首輪も粉々砕け、吹き飛んだようだった。
ジャギだったものは薄暗いところに放置してあったので、燃え尽きた花火のように黒ずんで見えた。
フェイスレスは滑稽だったなと息を漏らす。警報がジリリと不快に鳴った。
扉が閉まる合図である。扉がプシューと空気を噴出させながら閉まる。電車が動きだした。
今、フェイスレスの気まぐれな電車の旅が始まった。
【B-3 線路を移動中 一日目 黎明】
【白金(フェイスレス)@からくりサーカス】
{状態}健康
{装備}??? ベレッタM92F(弾丸数8/15)@BATTLE ROYALE
{道具}支給品一式×2 ジャック・オー・ランターン入りケース(接着液残り4発、ロケット弾残り6発)@からくりサーカス
ジャギのマスク@北斗の拳 不明支給品0~2(本人確認済み)
{思考・状況}
基本:『夢』を叶えるために首輪を『分解』する
1:利用できる奴は利用する(勝やエレオノールを守らせるなど、状況に応じて)
2:参加者から情報を得る
3:首輪を集める(少なくとも5つは欲しい)
4:利用できない弱者は殺す(首輪を集めるため)
5:極力強い人間との戦闘は避ける
備考
1、S5駅のホームに肉片と鮮血が結構広い範囲に飛び散っています
2、線路にジャギの胴体があります
3、ジャギの四肢と頭は駅外に吹き飛びました
4、フェイスレスは目的の駅は特になく、気まぐれに移動するつもりです(次の書き手に任せます)
5、S5駅に空っぽになったジャギのデイパックが放置されています
&color(red)【ジャギ@北斗の拳 死亡確認】
&color(red)【残り53人】
|035:[[嫌なこった]]|[[投下順>第000話~第050話]]|037:[[信じるこの道を進むだけさ]]|
|034:[[変態!!俺?]]|[[時系列順>第1回放送までの本編SS]]|037:[[信じるこの道を進むだけさ]]|
|010:[[甘さを捨てろ]]|白金|067:[[MY DREAM]]|
|012:[[俺の名を]]|&color(red){ジャギ}|&color(red){死亡}|
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**The Great Deceiver (邦題:偉大な詐欺師) ◆ZhOaCEIpb2
S5駅のプラットホーム、電灯に羽虫達が光に希望を求めるかのように飛び回る。その留置所で、東の夜空を見上げる老人がいた。
その顔は真剣な面持ちであり、どこか嬉しそうであった。駅の時刻表を確認していると、突然それが鳴り響いたのだ。
ヒューと澄んだ長音、パンと爽快な破裂音。花火である。
殺し合いを強要されているのに、まるで自分の夢の成就を祝福するように光り輝いていた。
「本当に綺麗な花火だ………君もそう思わないか?」
老人は体を返し、ホームの柱に話しかける。しばしの静寂。
すると、柱の影から異質なマスクをつけた大柄の男がしぶしぶと現れた。
「いつごろ、気づいていやがった?」
「うーん、ただ何となくかな」と、しれっと老人は返す。
ジャギはけっと唾を吐き捨てる。失敗したのだ。駅で待ち伏せしていれば、いつか参加者が現れる。
そこで、相手が油断している隙を狙い、不意を突いて殺す。いきなり、その算段が失敗に終わったのだ。
喰えねえ、クソジジイだ。
「おい、ジジイ、俺の名を……言ってみろ」
ジャギは胸の七つの傷を見せながら、目の前の老人に恫喝する。
分かるはずもない。俺がジャギだということを。
老人は手を顔にあて、オーバーに頭を掲げこんだ。
ジャギはもしかして正体を知っているのかという考えがよぎった。そして、少し思案し、答えた。
「……スココボビッチ?」
ビキとジャギの頭に血管が浮き出る。
「いや、違うなあ……ブードンかな?」
ビキビキと血管が我慢の限界に達しようとしている。
「いや、それも違う…クロ――」
プッツンと何かがはじけた。我慢の限界であった。
「貴様!! この俺をなめてんのか!!」
ジャギは怒りのあまり、側にあった柱に拳を叩きつけた。コンクリート製の柱は見るも無残なほど壊された。
この破壊力は見るものを確実に震え上がらせるほどのパワーである。
そして、目の前にいるクソジジイも恐怖に怯えるはずであったが。
「おお、怖い怖い」
老人は怯える素振りもなく、ただサーカスの観客のように感心してた。舐めやがって、後悔するなら今のうちだぜ。
「俺の名はケンシロウ、北斗神拳唯一の伝承者ケンシロウ様だ!!」
ジャギは口にするのも忌々しい男の名を名乗った。ケンシロウのことを考えると吐き気にも似た感情が沸き起こるがそれを我慢する。
ケンシロウのことはよく知っているだろう? ジャッカルや牙一族を滅ぼした張本人だ。
それが、今ここにいて、敵意をむき出しにしている。さあ、恐怖で震えるがいい。
それを聞いた老人はサングラスを外し、はっとした面持ちで体を震わせた。
その眼はとても大きく見開いて、この世のものでないようなものを見たように驚いていた。
ジャギは老人の驚きように口元を緩ませた。恐怖で引きつる顔が愉快だった。けど、その喜びはあっけなく崩される。
「ケンシロウって……誰?」
紛らわしい態度をとるんじゃねえと、ジャギの心証の限界を超えてしまった。小馬鹿にする態度には釈明の余地はなかった。
一瞬で葬り去る計画だったが、それを止め、幾分か苦しませた後殺す。
相手が殺してほしいと懇願するほど苦痛を与える計画に移行。
ジャギは怒りでわなないていた拳を握り締めた。さっきから自分を小ばかにする老人を殺す合図である。
ジャギは老人を殺すべく、ゆらりと近づいていった。
「あひゃひゃひゃ、冗談だってば」
額に手を当て、笑いながら老人は陳謝する。が、もう遅かった。ジャギの新たな計画はもう止められそうにない。
老人――フェイスレスはいきなり笑い止める。
あれほど、馬鹿笑いしていた老人の態度が急に変わったことで、ジャギは自分の殺気と威圧感にびびったのかと思った。
老人に目をやると、額に押し付けてある手の指の間からひどく歪んだ笑顔が浮かんでいた。
「それより一つ聞いてもいいかい? あれ、嘘なんだろ?」
当然訳のわからないこと言い出す。恐怖で頭がおかしくなったのか?
どういうことだ、と不思議に思うがどうでもいい。こいつを殺すまでだ。ジャギは歩みを止めない。
「君……本当はケンシロウじゃないんだろ?」
ほんの一瞬ぴたっと身体を止める。見破られたのか? いや、そんなはずはない。
俺とこいつは初対面同士だ、分かるはずない。
ジャギに言い知れぬ動揺が走る。
目の前の老人が嘘やペテンにかけては自分より上手ではないかと、頭によぎる。だが、認めたくなかった。
認めれば、すなわち敗北、自分が最も一番だと自負したかった。それに、自分がやってきたことが馬鹿みたいじゃないか。
「なぜ、そう思う?」
フェイスレスはにぃと口元を上げる。確信したのだ、嘘をついている。なんとも分かりやすい。
このフェイスレスを騙すだと、片腹が痛い。だから、嘘を剥がしてやろうと思った。
「君が……ケンシロウと名乗ったとき、一瞬憎悪がこもった表情したんだ。ただ、それだけだよん。
案の定、ちょっと吹っかけてみただけで、反応を示す。本当に単純だな…き・み・は…」
「この俺が単純だと!!」
ジャギは単純と馬鹿にされ、半ば自棄を起こしたような態度で怒号した。
「そうさ、俺はケンシロウじゃない。俺の本当の名はジャギだ!!」
「で、さっき名前を名乗ったケンシロウって誰? 何かしたの?」
ジャギは怒りの勢いで質問を返す。頭にかなり血が上り切っていたので、ある思惑に気づいていなかった。
「ケンシロウとは俺の弟で、いけすかねえ甘ちゃん野郎だ!! 未熟者のくせに北斗神拳の伝承者に選ばれるは、
その上、ユリアまで奪う。それに、俺をこんな姿にしやがった!!」
ジャギの頭の傷が疼くたび、ケンシロウへの憎しみを募らせた。全身から憎悪をたぎらせる。
「だから、俺は復讐する為に奴の名を名乗り、奴の悪評を振り撒き、奴をおびき寄せようとしているんだ!!」
「へえ、それで参加者の中で他に君の知り合いはいるかね」
フェイスレスは適当に相槌を打つ。ジャギはまだ気づかないでいた。フェイスレスの思惑に。
「後、ラオウという兄者もいる。兄者も兄者だ!!
あのとき、ケンシロウが伝承者になるのを反対しておけば、俺がこうなることはなかったんだ!!」
フェイスレスは最後の一押しをする。
「うんうん。最後に聞くけど、北斗神拳って何?」
「北斗神拳とはなあ、一子相伝の一撃必殺の暗殺拳。
人間にある経絡秘孔に気をこめて打つことで相手の体の循環を狂わせる無敵の暗殺拳だ!!」
ジャギは最後まで気づかなかった。フェイスレスの掌で踊っている道化だと。
フェイスレスは笑いながら、頭を下げる。その顔は喜びに満ち溢れていた。
フェイスレスは苦労せずに、情報を手に入れたことに、感嘆した。
「ありがとう、ジャギ君。これで君のことが大体把握できたよん。以外におしゃべりさんなんだねえ。
こっちからすれば、扱いやすくて簡単だったよ。
本当に出来の悪い兄貴を持って、ケンシロウ君は大変だったろうな」
硬直。ジャギは何をしてしまったんだと、固まった。まんまと嵌められただと、それに――
―――出来が悪い兄貴だと…。
「あんまり、ぺらぺらしゃべるもんだから、内心僕も驚いたよ。
こんなにもことがうまく運ぶだなんて…こんなんだと君よりも弟のほうが優れていることは明らかだな」
―――弟の方が優れているだと…。
ジャギは懐から拳銃を取り出し、フェイスレスに構える。そのトーンは怒りを超えた低い濁った声であった。
目は落ちくぼんで、まるで狂人のようにたぎらせていた。
「今、なんて……言いやがった」
「ん、聞こえなかったかね。弟のほうが優れているといったんだが」
ジャギは引き金を引く。殺伐とした空間にカチャリと乾いた音が響く。
引き金を外せば、弾丸が発射させる状態での、無言の重圧。
「もう一度聞く、今……なんと言った」
「だからさ、弟のほうが優れて……」
ダンと銃声が言葉を遮る。この世に、兄より優れた弟なぞ存在しない。
殺す、殺す、殺す、とフェイスレスに銃弾を3発発砲するが、驚くべき俊敏さでかわした。
「あらら、もしかして怒ちゃった。気に障ったんなら謝るよん」
フェイスレスは謝る気もなく、ジャギを挑発した。そんなことすれば、単細胞の彼は確実に殺そうと戦いを挑むだろう。
極力、強い奴との戦いを避けたいフェイスレスにしては、愚かともいえる行動。
もっとも自分が一番強いと自負しているが、くだらない戦闘で、体力を消耗するほど馬鹿ではない。
もともと、フェイスレスはジャギから情報を収集してから適当に相手して逃げるつもりだった。しかし、気が変わったのだ。
ジャギからケンシロウの情報―――優れた弟と劣った兄の話を聞いたとき、ある感情が生まれた。
それは以前のサハラでのことである。自分と兄さん――白銀との過去の経緯を知った加藤鳴海に会ったときに、感じたような感情に似ている。
鳴海は姿こそ違えど、雰囲気は兄さんそっくりであった。だから、その時、フェイスレスは投影させたのだ。鳴海は自分の『兄さん』だと。
そして、『弟』の僕が『夢』を叶えるところを見せびらかせようとした。
今、ジャギとの出会いは少しそれに似ていた。
兄と弟、それも駄目な兄と優秀な弟。ジャギは兄と姿形は全く違うけど、フェイスレスは今回も投影させたのだ。
ジャギを『駄目な兄さん』、自分が『優秀な弟』と。
フェイスレスの本来の記憶では、いつも兄さんは優秀で尊敬の対象だった。愛していたフランシーヌも兄さんに惹かれていた。
だからさ、この『駄目な兄さん』を殺して、僕は『優秀な弟』になるんだ。
表面では、兄を侮蔑しているが、心の奥底では、いつも背中を追いかけている。
それからの脱却。ついでに、こいつは勝とエレオノールの枷になることは絶対的であった。だから殺しておこう。
――フェイスレスは殺し合いに挑んだ。
無人駅で羽虫は飽くことなく電灯に群がっている。
その中でフェイスレスとジャギは距離を測っていた。リーチを言えば、ジャギの方が広かった。
拳銃を片手に構える分だけリーチは広い。だが、ジャギには銃などハッタリ以外何者でもないと感じていた。
先ほどの銃撃をかわした鋭敏の動きを見れば、このジジイは只者ではないと判断できる。だから、接近戦に持ち込み、秘孔を付く。
そうすれば、勝負は決する。
ジャギは銃を懐にしまい、両手を突き出し、腰を落とし構える。そして、身体全体に気を潤滑させる。
「ほおおお……貴様に北斗神拳の真髄をみせてやる」
「北斗神拳ねえ、たしか、一撃必殺の暗殺拳だっけ? でも、僕には通用しないよ。なんせ弱点を発見したんだから」
ジャギは笑わせるなとフェイスレスに向かって飛び出した。
フェイスレスはそれに合わせ、パックから紙を取り出した。それを開封すると、中からアタッシュケースが現れる。
「本当は勝君に渡すために残しておくつもりだったけど……使わせてもらうよん」
ケースが開くと、同時に巨大なカボチャの人形が飛び出す。
フェイスレスは両手に指貫をはめる。手を切り返して、構えた。
そうすると、巨大な鎌がついた箒を持ったカボチャの操り人形がジャギの前に立ちはばかった。
―――ジャック・オー・ランターン(通称ジャコ)
フェイスレスが貞義だったときの愛用のマリオネットである。今では、勝の愛用品になっている操り人形だ。
ジャギは巨大な鎌に怯んだ。それは、まさに死神の鎌を思わせるほど大きいのだ。
しかし、ほんの一瞬だけであった。ジャギは猪突に突き進む。本体を叩けばいいのだ。
簡単なことだと、ジャギはフェイスレスを軽く見ていた。だが、その考えはすぐに改めさせられる。
ジャギの前に人形がぬうっと現れ、進行を妨げる。大きな鎌が振り上げられ、的確に自分を攻撃してくるのである。
見切られないことはなかったが、以外に素早い動きをする。それは、人形とは思えなかった。
まるで、一つの生命があるかのように、呼吸して動いているかのように動き回るのだ。
一個人の格闘家と戦っていると錯覚するほどであった。ジャギはフェイスレスが本当に操っているのかさえ疑問に思った。
しかし、人形の間からフェイスレスを覗くと、ちゃんと操っている。
フェイスレスが腕を動かすと、繋がった操り糸が無数に蠢き、人形を無限の広がりがあるかのように動かしている。
小細工はなかった。奴は人形を傀儡させている。
しかし、そこはジャギ。フェイスレスの攻撃に一方的に抑えられているわけではない。
人形の鎌の柄を止め、上部に掌。鎌を受け流し、下部に衝。勢いを利用して、頭部に撃。
ジャギはところどころにある隙を狙って、人形に拳を振り出していた。
しかし、あまり手ごたえがなかった。北斗神拳が通用しない人形であったのもある。
が、それ以上に攻撃するたびに、衝撃を逃がすため攻撃した方向へと力を逃がすのだ。
だから、人形を破壊するほどの衝撃を与えられずにいた。
ジャギに疲労が見え出してくる。所々に避け切れなかった傷跡が血を伝い落とす。
「ジャギ君、どうしたんだい? そろそろ疲れてきたんじゃないか?
さすが、暗殺拳の使い手。でも、ジャコが人間だったらよかったのにねぇ」
頭に血が上る。しかし、活路はすでにもう見出せていた。策を練っていたのだ。
ジャギは人形と相手をしつつも、あるところまで引き寄せていた。足を崩したように見せかけた。
「もらったよん」
ジャコの鎌が足を崩したジャギを襲う。ジャギは待っていましたとその瞬間を狙い打つ。
その刃撃を見切っていたと手で地面にスプリングのように飛び跳ね、回避する。
鎌は勢いを殺せず、あるものに挟まった。
―――ジャギの壊したコンクリートの柱である。
そこに、鎌がバキィと引っかかった。ジャギの欺きであった。ジャギの欺きが、希望へと続かせたのだ。
すかさず、ジャギはコンクリートの破片を片方ずつ握り締め、フェイスレス目掛け二つの石を放り投げた。
フェイスレスは投石をジャコで防ごうと糸を繰り出すが、柱に引っ掛かってしまい、行動を移せそうになかった。
人形で防ぐのを中断し、腰を奮い立たせ、回避に移す。それに乗じて、ジャギは人形の間をすり抜ける。
それは、フェイスレスに辿り着く一つの道筋。
「ちい、ぬかったわぁ」
初めて、フェイスレスの表情が崩れた。あの小馬鹿にした態度が一変、動揺に変化した。
ジャギに優越感が生まれた。このジジイに出会ってから、奴のペースに乗せられていた。
始めは押されていたが、もう焦る必要はない。死角に入ったのだ。この人形繰りの死角に。
ジジイは接近戦の邪魔になると判断したのか指貫を外したようだ。だが、もう遅い。
今度こそ、北斗神拳の真髄を貴様に刻みこむ。死を以って。
ここから、ジャギの攻防が始まった。ジャギは拳を浴びせる。
フェイスレスは何とかそれを、避けようとするが、幾分接近戦はジャギのほうに分があった。
格闘に関してはてんで素人なのか。大雑把な動きであり、フェイスレスはただただ防御一辺倒だった。
防御は攻撃に勝るものではない。ただの消耗戦である。最後には鎮圧されるのがオチであった。
ジャギはフェイントを幾つも放ち、隙をうかがった。
そして――――ついにチャンスが生まれた。
フェイスレスがバランスを崩し、後ろへと距離を取ろうとした。隙だらけの無防備。
ジャギは心の中で歓喜の雄たけびを上げた。ついに殺せるのだ、この俺を侮辱するクソジジイを。
脚を躍動させる。ジャギの得意な技――北斗千手殺。
ジャギの前にあまりの速さにいくつも手が現れる。その千手は幾分違わず、フェイスレスの秘孔を狙っていた。
そして、その手はフェイスレスの体を貫こうとしていた。が――――
―――うっそぴょーん
そこには、アッカンベーと舌を出したフェイスレスがいた。
何が起こったんだ? なぜ、奴に拳が届かない?
ジャギの拳はフェイスレスの目の前で空を切った。ありえなかった。自分が距離感を間違えるなんて、何かの間違いだった。
何かがおかしい。そこで、ジャギはあることに気づいた。
違和感である。足元が引っ張られているのだ。足元を見るとゴムのように伸びきったものが付着していた。
自分を元の場所へと戻そうとしていた。それはまるで鎖のようだった。ようやく悟ったのだ。
フェイスレスの右指には三つの指貫があり、人形を自分の気づかずうちに動かしていたことを。
「バ……ザ…………ット」
と、フェイスレスは耳を傾けらないと分からないような低い声でボソッと呟いた。
その顔は嘲笑の笑みを浮かべながら。その笑顔はジャギを絶望に突き落とした。
バブル・ザ・スカーレット―――ジャック・オー・ランターンについている機能の一つ。
使用者の意志で自由に硬度、粘着性を変えることが出来る液体を吐き出す技である。
すべて、フェイスレスの策略であった。本当はコンクリートの柱など切断するのは容易かった。
ジャコには『グリム・リーパー』という鎌を超高速振動させ、切れ味を何倍にも増加させる技がある。
しかし、柱にぶつかる瞬間それをあえて、止めたのだ。そして、柱にてこずる振りをし、ジャギを油断させた。
その後、接近戦に持ち込むために指貫を全部外すと思わせ、三つほど残しておいたのだ。
そして、それを、悟られないように大袈裟に攻撃を避ける動きで、操り糸を見破られないように人形を動かした。
最後にバランスを崩したふうに見せかけつつ、後ろに下がる動作をしながら『バブル・ザ・スカーレット』を発動させた。
見事にバブルは足に命中。それらがジャギの知らぬ内に行われていたのだ。
フェイスレスの前には、驚愕の表情を浮かべる仮面の男が空中に静止していた。
先ほどと打って変わって、余裕の表情は皆無に等しい。静止は瞬間的なものだけど、フェイスレスには十分だった。
フェイスレスはジャギの横をそよ風のように滑らかに、突風のように素早く通り過ぎた。その瞬間、
――右肩
――左肩
――右肘
――左肘
――右膝
――左膝
をまるで旋律を奏でるように美しく鮮やかに間接を外した――――『分解』。
体の自由が利かないジャギは受身も取ることも出来ず、地面に激突。足に付いたゴムが元に戻ろうとする力で屈辱的に引きずった。
「貴様あ! この俺に何をしやがった!?」
ジャギは体の異変を訴えた。腰を使って顔を上げるその姿はまんま芋虫のように見え馬鹿丸出しであった。
フェイスはくっくっくと笑い、ジャギの元へと向かった。
「ざまあ、ねえな」と、ジャギの顔を踏みつける。
ジャギは屈辱で頭がおかしくなりそうであった。ジャギはケンシロウの怒りなど、当になくなっていた。
自分への侮辱の数々。圧倒的にフェイスレスへの憎しみの怒りが勝っていた。
「僕の勝ちだよ。『弟』である僕のほうが優れていることが証明されたよ」
頭を踏みつけられたジャギはあろう限りの暴言を吐き出した。
だが、フェイスレスはそれを無視するようにマスクに手をかけた。さらなる屈辱の追加のために。
「立派なマスクだねえ……ジャギ君の面を拝ませてもらうよん」
マスクを取ると、右の頭が脹らんでおり、その進行を食い止めようと金具が施されていた。ニタニタ顔で醜いなあと漏らした。
ジャギはよりいっそうわめきたてた。体を上下に揺らし、羽を失った蝉のように鳴き出した。
フェイスレスは子供をなだめるように優しい口調で。
「五月蝿いよ……『分解』」
ジャギの頭の金具を分解した。金具が外されたところから血が吹き出す。
苦悶の表情で悲鳴をあげ、のた打ち回るジャギ。
辺りはよりいっそう騒がしくなった。しかし、叫喚の中で、カンカンと微かに音が聞こえる。
フェイスレスは耳を傾け、音の正体を模索した。それは電車の警報機であった。近くに警報機があるのだろうか。
その音は、駅に電車が来ること意味していた。フェイスレスに閃きが巻き起こる。
「いいことを思いついたよ、ジャギ君。耐久力の実験を兼ねて、僕は花火を打ち上げようと思うんだ」
「いきなり、何、わけがわかんねえこといってやがるんだ」
フェイスレスはジャギの懐から拳銃を抜き取り、彼を腕に抱き上げた。間接が外されているジャギは抵抗も出来ぬまま、抱き上げられる。
すると、突然アナウンスが流れる。『①番線に電車が到着いたします、終点S6駅行き』と。ジャギに大量の油汗が流れ落ちる。
嫌な予感がした。考えたくもない、考えれば……。いや、考えてしまう。
「や、止めてくれ!! た……たのむ、お願いだ!!」
あれほど強気だったジャギはどこに行ったであろうかと思うほど、全身を震わせ、情けない声を発した。
命乞いした。しかし、それはフェイスレスを喜ばせる結果しか生まなかった。
「止めるんだ、止めてくれーー!! 俺たちで手を組まないか?
俺たちが手を組めば、最後まで生き残るも『夢』じゃない!! だからさあ、手を組もうぜ!!」
ジャギは必死に訴えた。自分が如何に役に立つか、フェイスレスにとってどれほど有益か。
「だから、手を……」
フェイスレスはジャギの命乞いに答えるかのように口を開く。
「ジャギ君? 君は最後まで生きるのも『夢』じゃないと、言ったよね? 僕の『夢』は最後まで生き残ることじゃない。
僕の『夢』はそんな下らないことじゃない。 僕の『夢』はエレオノールと結ばれることなんだ」
電車がガタンゴトンと騒音を上げ、こちらに向かっていた。
ジャギには、その音が死の鐘を鳴らす悪魔のように見えた。
電車が目視できる距離になると、ジャギの視界を酷く歪ませた。
ライトが自分を粉々にする巨大な目、正面にあるカラフルなラインが自分を飲み込もうとする巨大な口。
ジャギには、それそのものが恐怖だった。それでも、ジャギは一縷の望みを賭け、最後のお願い事をする。
「お、お願いだ! た、助けてくれ!!」
回答は―――
「僕の『夢』には―――――」
スローモーションのように口をゆっくりと動かした。
―――君は含まれていない
それが答えだった。
そして、フェイスレスは花火を打ち上げた。首輪の耐久力テストを兼ねて。まあ、答えは分かりきっていたけど。
電車のライトがジャギの眼孔に眩い閃光を灼きつけた。その光は死=無を思わせた。
白い光が辺りを覆う無の世界。真っ白で何もない。希望も絶望もない、退屈な世界。それを、意味しているような光の集合体。
それが、ジャギの最後に見た光景であった。
S5駅に生温い破裂音が響き渡った。
市販の花火とは、程遠いほど鈍く、不快な音だった。
激しく飛び散った鮮血も一種類しか色づかせず、単調であった。
風情も、華もへったくれもなかった。
「……きったねえ…花火……」
それから数分が経過した。電子音のような感情が込められていない女性のアナウンスが駅中に反響する。
②番線に終点S10駅行きの電車が到着いたしますと。ちなみに、S1駅とS4駅に行くには、S3駅で乗り換えなければなければならない。
電車が自動的にブレーキをかけ、自動ドアが役割を果たすよう開く。フェイスレスは乗り込んだ。
次の冒険を待ちわびて、座席に腰を掛ける。手にはジャギの仮面を、変装の時、使えないかと思いながらお手玉のように転がしていた。
車窓から覗く、①番線の線路にある横に細長い物体に目をやる。ジャギの胴体である。
それには、四肢と頭がなかった。たぶん、弾け飛んだのであろう。首輪も粉々砕け、吹き飛んだようだった。
ジャギだったものは薄暗いところに放置してあったので、燃え尽きた花火のように黒ずんで見えた。
フェイスレスは滑稽だったなと息を漏らす。警報がジリリと不快に鳴った。
扉が閉まる合図である。扉がプシューと空気を噴出させながら閉まる。電車が動きだした。
今、フェイスレスの気まぐれな電車の旅が始まった。
【B-3 線路を移動中 一日目 黎明】
【白金(フェイスレス)@からくりサーカス】
{状態}健康
{装備}??? ベレッタM92F(弾丸数8/15)@BATTLE ROYALE
{道具}支給品一式×2 ジャック・オー・ランターン入りケース(接着液残り4発、ロケット弾残り6発)@からくりサーカス
ジャギのマスク@北斗の拳 不明支給品0~2(本人確認済み)
{思考・状況}
基本:『夢』を叶えるために首輪を『分解』する
1:利用できる奴は利用する(勝やエレオノールを守らせるなど、状況に応じて)
2:参加者から情報を得る
3:首輪を集める(少なくとも5つは欲しい)
4:利用できない弱者は殺す(首輪を集めるため)
5:極力強い人間との戦闘は避ける
備考
1、S5駅のホームに肉片と鮮血が結構広い範囲に飛び散っています
2、線路にジャギの胴体があります
3、ジャギの四肢と頭は駅外に吹き飛びました
4、フェイスレスは目的の駅は特になく、気まぐれに移動するつもりです(次の書き手に任せます)
5、S5駅に空っぽになったジャギのデイパックが放置されています
&color(red){【ジャギ@北斗の拳 死亡確認】 }
&color(red){【残り53人】}
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|012:[[俺の名を]]|&color(red){ジャギ}|&color(red){死亡}|
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