地獄の季節

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mangaroyale

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地獄の季節 ◆3OcZUGDYUo



「どーして誰も来ないのだぁーっ!!」

ソファ席に寝転びながら、小柄でツインテールの少女が不機嫌そうに叫ぶ。
彼女の名は三千院ナギ。知る人ぞ知る名家のお嬢様である。
ナギは喫茶店に着くまでの道中で訊いた、新たな合流者がたった一人も居なかったどころか、戻って来ない事に腹を立てていた。
ちなみに彼女が寝転がっているのは今まで碌に休憩も取らなかったため、疲れ果ててしまっていたからだ。
やはり高校生といえども所詮飛び級、しかも体力は人一倍少ないナギの身体は悲鳴を上げていたのだろう。

「お嬢様、落ち着いてください。でも変ですね……何処かへ行かれたのなら、そろそろ誰か戻ってきてもいいと思いますけど」

怒鳴り喚くナギを、漆黒の執事服に身を包んだ青年が優しくなだめる。
青年の名は綾崎ハヤテ。三千院家に住み込みで執事の仕事をしている青年である。
この場合ハヤテの言う事は最もだろう。
第二回定時放送が流される以前に赤木しげる、ピエロの女、太い眉毛を持った小学生の少年、
黒い服を着た青年、パピヨン、泉こなた達に確かに戻ってくると約束したからだ。
だが、あの時、武藤カズキがサンライトハートのエネルギーを天に向かって放った事だけに、ハヤテは気を取られ過ぎていた。
そのため今のハヤテには赤木達が範馬勇次郎によって、打ち上げられた花火を見に行ったという考えは持てず、
またパピヨン達がその後赤木達を追っていった事など知る由もない。

「そう思いますよね? ジョジョさん?」

そう言ってハヤテはフェイスレスの首輪をしげしげと見つめている、学ランの青年に話しかける。

「そうだな……まぁその内来るだろうよ。それにナギの休憩を十分に取る事が出来ただけでも拾い物だ」

そう答える青年の名は空条承太郎。スタープラチナを持つスタンド使いである。
その青年はとても高校生とは思えないような鋭い両眼を持ち、なにか固い意志を感じさせている。
勇次郎の打ち上げた花火を承太郎は確認しており、赤木達はその花火の様子を見に行ったかと一時は思ったが、
承太郎はその考えを取り下げていた。
わざわざあんな自分の場所を知らせるような行為をする人物に、こちらから接触するのはデメリットの方がメリットより大きい。
頭が切れるパピヨンと赤木も同じ考えを下し、きっと様子を見に行くのを止めたに違いないと判断したからだ。

「な! なんだその言い方は! 別に私は休憩したかったわけではないぞ! 只、ちょっとフラフラとしてな……」
「無理しないで良いんですよお嬢様」
「やれやれだぜ」

数時間前に喫茶店に着いた時から数十分前まで、静かな寝息をたてて寝ていたというのに、必死に弁解するナギ。
そんなナギを見てハヤテは穏やかな微笑で、承太郎は心底呆れたような表情でそれぞれ言葉を発している。

「さて、誰も来ねぇのならそろそろこの首輪の事でも詳しく考えてみるか」

会話が一段落着いた時、承太郎が首輪を指差して口を開く。
喫茶店に着いた途端、思わずナギがソファに寝そべって休憩を始めてしまったため出来なかった首輪の調査。
実の所承太郎はこの手の技術に長けていると思われるパピヨンが戻って来てから調査を行いたかった。
だが既に数時間も無駄にしているため、最早そんな悠長な事も言ってはいられない。

「そうですね…………僕達は今、出来ることを精一杯やりましょう」

少し長い間を置いてハヤテも頷く。
首輪の解析は恐らくこの殺し合いに連れて来られた参加者全員の目的。
自分達がやろうとしている行為の、重大さに自然とハヤテの拳に力が入る。

「うむ! まぁさっきは少し疲れていたから、もしかしたら見落としがあったかもしれん!
もう一度この私が念入りに……こ! これは!?」

全く起伏が無い胸を叩き、首輪に手を伸ばそうとするナギの動きが思わず止まってしまう。
その驚いた表情を浮かべたナギの視線の先には、テーブルに置かれた首輪探知機が置かれている。
首輪探知機には承太郎、ナギ、ハヤテ、そしてフェイスレスの死体から回収した四個の首輪の反応があった。
そして、更に五個目の反応が、それら四個の反応と別の場所に存在している事をナギは発見したのだった。

◇  ◆  ◇

「やっぱスゲェなぁこの核鉄ってヤツは! こんな便利なものだったら銀さんに渡さなきゃ良かったなァ」

声高らかにそう言ってのける、短パンの少年の名は範馬刃牙。
徳川光成が開催した、最大トーナメント戦での誇り高きチャンピオンだが、今は吸血鬼・DIOの僕にしか過ぎない。
その事は彼の額の生え際で蠢く、親指程度の大きさの肉の芽が示している。

「もう肺は大丈夫か、休んでた甲斐があったな」

エレオノールがオリンピアで飛び立った後、刃牙は暫く身体を休める事に専念していた。
勿論あのお人好しの鳴海が、わざわざ自分に持たせてくれた核鉄を使って。
核鉄は人間の自己治癒力を促進させるもの。
人並み外れた生命力を持った刃牙には相性が良すぎるものであった。
既に肺はほぼ完治し、今は左肘の治療のため核鉄を当てている。

「ちょっと痛みは残ってるけどまぁやれるな、さーてどっかに手頃なヤツは居ないかなァ? そろそろマジにやらないと……」

未だ万全の調子とは言えないまでも、刃牙は獲物を求めるため市役所を出発していた。
己の主人、DIOの血液を補充するための人間、もしくは死体を未だ刃牙は確保出来ていないからだ。
そのため今の刃牙には若干の焦りがあった。
禁止エリアの増加により、十中八九移動したと思われるDIOを失望させたくはない。
そんな焦りが刃牙を突き動かしていた。
エレオノールと闘った時に見せた、警戒心を蔑ろにしてしまう程に。

「おっ?」

やがて、刃牙の視界に三人の人影が入る。
一人は随分良い肉体をしている青年。もう一人はまぁ平均的な肉体を持つ青年。
そして最後の一人は今にも折れてしまいそうな肉体をした少女。

「よりどりみどり、全部頂くぜぇ……DIO様のためになァ」

そう静かに呟き刃牙は弾丸のように走る。
最早彼ら三人がどういう人物かなどは関係ない。
只、自分の目の前に狩るべき獲物が三つ転がっている認識が刃牙の頭脳を支配する。

「な! なんだあいつは!?」
「ナギ! ハヤテ! 下がってろ! あいつはなにかヤベェ! 殺し合いに乗ったと判断するぜ」
「た! 頼みますジョジョさん!」

自分の目の前で獲物達が何か喚いている。
なら、自分がするべき事は言うまでもないだろう。
只、ヤツらを捻じ伏せる……主・DIOのため、己の欲求のために。
二人の獲物は後方に駆けて行くが、一人だけ全く動じず此方を見つめ続ける。
(上等だ…………闘ってやるぜ)
今、闘争の幕が音をたてて開いて行く。


「オラァ!」

承太郎の腹の奥底から搾り出された掛け声と共に、瞬時に発現させたスタープラチナの拳が走る。
相手の油断を誘うフェイントなどとは違い、只相手を打ちのめす為だけに放たれた拳。
たとえ吸血鬼であろうが、しろがねであろうが、ホムンクルスであろうが当たれば到底無傷では済まない威力を秘めている。
その事を理解するには拳速を見れば容易だ。
驚異的な速度を伴った拳が、承太郎の前方から突っ込んで来る刃牙に向けられる。
だが刃牙は驚きながらも上半身を屈め、承太郎の方へ踏み込むことでその拳を避わす。
更に間髪入れずに刃牙は、そのまま数発のジャブを承太郎に向けて放つ。
一発目のジャブを承太郎は己の目で見切り、体を逸らす事で避わす。
しかし、その一発目の直後に襲った二発目、三発目、四発目は己の力で避わす事は叶わなかった。
なら承太郎はどうするか? 簡単な話だ、彼はスタープラチナを持っている。
何も慌てる事無く承太郎はスタープラチナの腕を使い、刃牙のジャブを受け流す。

「へぇ……」

承太郎にジャブをいなされ、咄嗟に一度距離を取った刃牙だがその表情には一片の悔しさもない。
只、たった今自分の打撃を軽く受け流した承太郎に、にやけ顔を向けている。
恐らくあの西洋の古めかしい戦士のような物体は、DIOのザ・ワールドと同質のものなのだろう。
戦意を喪失するどころか、逆に相手が強ければ強いほど戦意をより強固なものにさせるのが刃牙。
たとえ肉の眼を埋め込まれたといえども、刃牙の闘いへの欲求を消せる筈はないようだ。
トン、トンと軽く、その場で刃牙は飛び跳ね……地を蹴り一閃の軌跡を辿り、 筋肉で塗り固められた両足で疾走する。

「ッシヤァ!」

先程の小手調べとも言えるジャブとは違い、両腕の拳を力強く握り、
承太郎の頭、胸、腕、腹、脚の全てに向けて、その屈強な拳で刃牙は殴りたてる。
だが承太郎も只で、敵の拳を受けてやるほど平和主義者でもなければお人好しでもない。
刃牙の高速で迫る拳を、同じく高速の速度で作動するスタープラチナの腕で、ある時は受け流す。
またある時は受け止めたり、拳を同じように打ちつける事で冷静に対処していく。
双方の拳が打ちつけられる度に、刃牙と承太郎の拳に衝撃が走り、神経に電気信号が走る。
しかし刃牙と承太郎の表情に痛みによる歪みは一向に生じない。
幾度かの拳による応酬を経て、刃牙は拳による打撃は中断。
承太郎の左足に、承太郎のスタープラチナの高い反応速度のせいで全力の力は込められないが、
相応の力と速度を伴ったローキックが蹴り込まれる。
刃牙のローキックの衝撃の重さに、初めて承太郎の表情にハッキリとした苦痛が生まれ、
思わず彼の身体が左方向に崩れ始める。

そんな承太郎の崩れ行く姿を見て、刃牙は口角を吊り上げニイっと笑い……両腕の指を丸め再び拳を形成する。
数え切れない程の闘いで、彼の勝利を支えてきた肉の拳を。
狙いは承太郎の上半身に、ありったけの拳を打ちつけるのみ。
しかし承太郎の、スタープラチナの力は未だ砕けていない……奇しくも彼は刃牙と同じ事を考えていた。
同じ考えを持つ者同士が出会うならば、手を取り合う事も出来るだろう……だがこの状況ではそんな選択肢など有り得ない。
今、この状況で必然な事項とは――
「ウウウッッッシシシシャャャーーーーーーッッッッッ!!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

刃牙と承太郎のスタープラチナによる、熾烈さを添えたラッシュの応酬しかない。
一発目、二発目、三発目、四発目と拳が動く回数が増えていく度に、只でさえ尋常ではない双方の拳速が加速する。
拳同士がぶつかり、刃牙の拳からは血が噴出しスタープラチナの拳には僅かな亀裂が生じる事が、ラッシュの応酬の激しさを際立たせていく。
だが、もの事には必ず終わりが生じるものだ……その事実は黄金の意思を持つ少年のスタンドにしか覆すことは出来ない。

「ッ!?」

終わりが見えないラッシュの応酬の中、僅かに刃牙の拳速がスタープラチナのそれを下回り始める。
DIO、加藤鳴海、才賀エレオノールといった歴戦の戦士との激闘を、碌な休憩を挟まずに行い続けた刃牙。
対して承太郎は闘いと言えるようなものはパピヨンとの闘いしかなく、その闘いから既に十分すぎる時間が経過している。
どちらのコンディションが優れているかは言うまでも無い。

激闘により蓄積された疲労が刃牙の動きを僅かに、ほんの僅か鈍いものにさせる。
確かに感じた自分の身体の鈍さのせいで、思わず刃牙に隙が生まれる。
そんな彼の身体に、その隙を狙い済ましたスタープラチナの拳が腹部に直撃した。

「ガッ!……ちぇりゃゃゃ!」

急速に襲ってくる痛みにより、鮮血を吐く事になった刃牙。
すかさず刃牙は反撃の裏拳を伸びきったスタープラチナの腕に打ちたて、スタープラチナのダメージが承太郎に伝達していく。
だがスタープラチナは刃牙の強烈な裏拳を受けた腕ではなく、空いたもう片方の腕を後方に引き……
腰の回転を利用し、渾身の力でストレートを叩き込む。
そのストレートを咄嗟に両腕で防いだ刃牙は、その衝撃により数歩後ずさる事を余儀無くされる。
再び距離が開いた刃牙と承太郎は互いに視線を交錯させる。
その視線に乗せた意志は決して相容れぬものではあるが。

「大丈夫か!ジョ――」
「こっちに来るんじゃねぇ! ハヤテ! ナギのヤツをしっかりと抑えとけ!」

ナギが声を掛けながら駆け出してくるのを、承太郎は怒声で止めさせ、呆然としていたハヤテに指示を与える。
承太郎の言葉を受け、ハヤテは慌てて、承太郎の荒々しい言葉に思わず身体を震わせたナギの腕を掴み、彼女の安全を確保する。
だが承太郎は最早、ナギとハヤテの方など向いてはいない。
数多くの敵スタンドを打ち倒し、DIOが持つザ・ワールドすら打ち倒したスタープラチナ。
生身の身体でありながらそんなスタープラチナとやり合う事が出来た、刃牙だけの方に向いていた。

「嬉しいなぁ……こんなに強ぇヤツが未だ居たなんてさァ」

防御の体勢を解き、刃牙はそう呟く。
そして油断無く、刃牙に対して構えを取り続ける承太郎を尻目に、彼は徐に短パンのポケットからあるものを取り出す。
刃牙が取り出したものを見て、承太郎とナギの表情は強張りハヤテは訝しげな表情を浮かべる。
今の刃牙に勝つ手段など考える余地はなく、たとえあったとしてもそんな事を考える事は馬鹿馬鹿しいものだった。
只、一刻も早くDIOに血を与え、勇次郎を超える力を貰うために刃牙はどんな力でも行使する事に迷いはない。

「武装錬金!」

だから刃牙は、彼が取り出したもの……核鉄を掲げて叫ぶ。
刃牙の掛け声を受け、核鉄が展開を開始していく。
刃牙の屈強な右腕を更に猛々しいものに変え、何者を打ち砕く力を与えてくれる唯一無二の武装。
武装錬金・ピーキーガリバーが刃牙の右腕に纏う。

「さぁ……まだまだお楽しみはこれからだぜェ!」

ピーキーガリバーの装着を再開のゴングとし、刃牙は疾走する。
刃牙の闘争への欲求は、彼の望みは未だ完全に満たされてはいないから。

「ちっ!」

刃牙がピーキーガリバーを装着したのを見て、承太郎は思わず舌打ちを打ちながら、彼もまた疾走を開始する。
自分達の闘いの巻き添えでナギやハヤテに危害が及ばないようにするためだ。
刃牙に十分に近づきスタープラチナの左ストレートを、彼の顔面に向けて繰り出す。
対して刃牙もスタープラチナの拳に応えるかのように拳を繰り出す。
当然、ピーキーガリバーが纏われた右拳を。
スタープラチナの拳と、ピーキーガリバーの拳が今や衝突する瞬間、承太郎の表情が曇る。

(何ッ! これは俺の錯覚か? ヤツの拳の大きさが……変化しているだと!?)
流石の承太郎もたった今、自分の目の前で刃牙のピーキーガリバーの大きさが変化している事に驚きを隠せない。
そのピーキーガリバーの拳の大きさは今では、ゆうに承太郎の背丈すらも越えている。
エンゼル御前と同種の武装錬金の名を持つ事から、何かあるとは思っていた承太郎も、
そのあまりにも単純、且つ強力なピーキーガリバーの特性を見抜く事は出来なかった。

「オラオラオラオラッッッ!」

左拳だけでは不利と承太郎は判断し、咄嗟に両腕のラッシュに切り替える。
スタープラチナの猛烈なラッシュを受け、ピーキーガリバーに衝撃が走り、僅かに進行を抑えられる。

「やるなぁアンタ! ホントに面白いぜェッッッ!」

だがそんな承太郎の機転を利かした動きを見て、刃牙は嘲笑うかのように口を開く。
ピーキーガリバーに力を込め、更にピーキーガリバーは空中元素を取り込み、大きさを増す。

「ウッシャアァァァ!」

咆哮と共にピーキーガリバーを素早い動作で一瞬、ほんの一瞬だけ引き……勢い良く前方に突き出す。
それはホムンクルス・金城が、『ブロブティンナグナックル』と名づけた技にどことなく酷似していた。
迫り来るピーキーガリバーの剛拳に構わず、承太郎はスタープラチナのラッシュで応戦し、一時は均衡状態を保つ。
だが、それは所詮一瞬の事。
只でさえ異常とも言える刃牙の右腕に、右篭手(ライトガントレット)の武装錬金・ピーキーガリバーが装着された事により打ち出された拳。
たとえスタープラチナといえども抑えきることは出来ずに、承太郎の身体はピーキーガリバーの激突により後方に弾き飛ぶ。
咄嗟にスタープラチナの両腕をガードに回しながらも。

ハヤテの思考の中で『危険』という文字があちらこちらを飛び回っている。
スタープラチナと言うスタンドを操り、自分達の中で間違いなく一番強いと思われる承太郎が押され、
たった今、巨大な拳にしこたま吹き飛ばされたからだ。
それでも今直ぐにでも承太郎の元に駆け寄り、彼を援護しようと思いを固める。
だがハヤテの身体は何故か動こうとはしない。
自分が黒服のSPやお手伝いロボと繰り広げた闘いとは、まるで次元が違う闘いを、
初めて目の当たりにした恐怖がハヤテの動きを止めていた。
(いや! ここで逃げちゃ駄目だ! 正直言ってジョジョさんの身代わりくらいになるしか
僕に出来る事はないかもしれない……けど! それでお嬢様が助かるなら僕は……)
恐怖を振り切り、ハヤテはナギを置いて、承太郎を援護しようと駆け出す。
しかし、ハヤテはある人影を見て、驚きのあまり思わず脚を止める。

「お! お嬢様!?」

そう、ハヤテが守るべき存在、三千院ナギが駆け出していた。
刃牙と承太郎の熾烈な闘いを見て呆然としていたため、注意力が低下していたハヤテの腕を振り切って。
「危険ですよお嬢様! 戻ってください!!」
思わず自分の失態を悔やみナギが戻る事をハヤテは願う。
そんな彼女は愛しい彼の願いを聞き入れず走るのを止めなかった。


「大丈夫かジョジョ!?」

先程は承太郎の怒声で邪魔され、最後まで言う事が出来なかった言葉を、ナギは地に膝をついた承太郎に投げ掛ける。
勿論、ナギも刃牙と承太郎の闘いに介入する危険性はハヤテと同じようにわかっていた。
だがそれでもナギは承太郎の元へ駆け寄る。

「ナギ、てめー……来るなと言ったのがわからねぇのか」

ナギの焦りに塗れた言葉を受け、承太郎が不機嫌な様子で答える。
自分一人でも手こずりそうな相手だと言うのに、足手纏いにしかならないナギの存在は邪魔以外の何者でもないからだ。

「さっさともどっ――――――――ナギ!」

ナギが居ては勝てる闘いも勝てるものではなくなると、承太郎は判断を下す。
そのため承太郎はもう一度ナギを怒鳴りつけ、ハヤテの元へ戻らせようと試みる。
だが何故か咄嗟に承太郎はナギの腕を掴み、逆に自分の方へ彼女を抱き寄せる。

「う! うわ! なにするのだジョジョ!!」

顔を赤らめ、ハヤテの方を気にしながらナギは、腕を振り回し必死に抗議を行う。
そんなナギの行動には人目もくれず、承太郎は前方に視線を向け続けている。
なんだか自分がまるで、もののように扱われていると思い、不機嫌そうに頬を膨らませ、ナギも承太郎と同じ方向に視線を向ける事にした。

「なっ!」

その時、初めてナギは自分の視界に映ったものを見て、驚く。
先程の短パンの青年が、跳躍により宙を飛び……彼の右の掌がナギの視界一杯に広がっていた。
『ラピュータフォール』、ホムンクルス・金城が今、この場に居合わせたなら驚きながらそう叫ぶだろう。
武装連金は己の闘争心を力に、武器に変換する代物。
消える事がない闘争心を持ち続ける刃牙が武装連金を使いこなす事は、特に可笑しい事ではない。
今までのピーキーガリバーとはとても比較にならない大きさ、質量を伴った巨大な掌。
そんなピーキーガリバーが驚きのあまりあんぐりと口を開けたナギと、彼女の小さな身体を抱き寄せた承太郎に迫る。

「やれやれ手を焼かせるヤツだぜ……」

再び承太郎はスタープラチナを発現。
所々手を加えられた学生帽を整え、刃牙のピーキーガリバーをその鋭い両眼で睨み付ける。
承太郎の傍に居るナギの表情には絶望という文字が見えるが生憎、彼にはそんな文字は見当たらない。
だから彼は叫ぶ……いやもう一度叫ぶのだ。
承太郎にとって最早半身とも言えるほど慣れ親しんだ掛け声を。

「オラオラオラオラオラオラ!!」

ピーキーガリバーが自分達を押し潰そうとするのを、強引にスタープラチナのラッシュで押し切る。
それこそが承太郎が少ない時間で、咄嗟に下した現状での最善策。
先程、押し切られた時よりも更に承太郎は、スタンドに精神を集中させ、スタープラチナの拳速に速さが増していく。
その事により、スタープラチナの拳とピーキーガリバーがぶつかり合い、削り合う轟音が周囲に響き渡る。

「……くっ!」

だが、承太郎の表情は暗い。
流石のスタープラチナのラッシュでも、上方から刃牙の体重までも乗せて押し潰して来る彼のピーキーガリバー。
更にスタンドなどではなく、己の肉体を行使する事で勝利を飾ってきた刃牙との抜群の相性の良さ。
極めつけはピーキーガリバーの大きさは承太郎の視界を、覆い隠す程の大きさとなっている。
当然、スタープラチナに圧し掛かる重量も並大抵のものではなく徐々に、確実に承太郎の体力を奪っていく。

「ハハハハハハ! 無駄無駄無駄無駄ァ! 無駄なんだよ!!」

ピーキーガリバーにより、承太郎の表情を伺う事は出来ない刃牙が大声を上げて笑う。
表情を見ずとも、段々と押し潰している確かな感触があるからだろう。
圧倒的に有利な今の状況に刃牙は酔っている。
強敵を更に己の強大な力で捻じ伏せるこの快感。
刃牙は自分が今こうして、こんな快感を得ている事をDIOに感謝していた。

「さぁもうお終いだ! さっさとつぶれろよォォォォォッッッッッ!!」

右腕に込めた力を更に強め、刃牙が吼える。
刃牙のピーキーガリバーにより、更に押され続けられている承太郎の頬から、汗が地に向かって落ちる。
自分の数倍以上の質量を、更にスタープラチナと同程度の異常な腕力で押し込まれているので無理も無い。
そうこうしている内に、スタープラチナの腕に走っていた亀裂が更に大きくなり、承太郎に伝達されるダメージも同様に増していく。
(しかたねぇ……こうなったら限界まで時を止めるしかねぇか……)
どうしようもなく不利な状況で承太郎は、スタープラチナの奥の手を使う事を遂に決意する。
時を自分の限界、約二秒程度の時間の間停止させるスタープラチナの奥の手。
呼吸を整え、承太郎はその力を行使しようとするが……彼の動きは止まった。

「なっ!?」

普段はあまり表情を変えずに、驚く事は少ない承太郎が目を僅かに見開いて驚く。
承太郎の視線の先には、ピーキーガリバーへの対応に注意が行き過ぎた彼の腕の中を、器用に抜き出た少女。
三千院ナギが肩を震わせながら、立っていた。

あの時自分はフェイスレスと言うボケ老人を倒せるかもと思っていた。
だが、現実はあのボケ老人の方が一枚も二枚も上手だったため、自分は負けた。
所詮私には戦闘の経験なんて、ゲームの世界でしかないから当然の結果かもしれない。
けどそんな時、ちょっとボケてて、それでいて憎めない私の仲間が守ってくれた。

『ゴメン、ナギちゃん。俺が遅かったせいで、怪我をさせちゃったみたいだ』

武藤カズキ……津村斗貴子とやらを守ると、その力強い瞳の炎を燃やしながら言っていた私の仲間。
けどそんなカズキも死んでしまった……私が上手く出来なかったせいで。
でも何故か……カズキは笑っていたんだ……ムカつく程にな……。

「おい筋肉バカ! お前は何故こんな事をするのだ?」
「あぁ~? 命乞いかぁ? お嬢ちゃん?」
「いいからさっさと答えろ! 私は真剣なのだ!!」
「……まぁ良いか。決まってるだろ? 闘りてぇから闘ってるだけさ。大体そんな事聞いてどうするんだい?」

だってそうだろ………………?
カズキが死んで胸が張り裂けそうなくらい悲しかった私が、バカみたいに思えるほどあいつの笑顔は優しかったんだ。
斗貴子とやらと未だ会う事が出来ていなかったというのに、まるで全てに満足したかのような優しい笑顔で……。

「ふん! これから私とジョジョ、そしてハヤテに倒されるヤツが何を考えていたか聞いても別に不思議ではないだろう?」
「おもしろいお嬢様ちゃんだな……でもどうするんだ? 頼みのジョジョってヤツはもうすぐ潰れるぜぇ?
ハヤテってヤツも当てになりそうにねぇしなァ?」

けど私はもうこんな事は起きて欲しくないと、あの時強く思った。
いくらカズキが満足そうな表情をしたと言っても…………仲間が死ぬところなんてもう二度と見たくはないのだ。
そうだ、もう二度と……見てたまるもんか! 絶対にだ!

「もう少し考えてからものは言った方が良いぜぇ?
どーせ力も何にもねぇお嬢様が出来ると言ったらそのぐらいしかないからなァ。
ハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」

私に出来る事だと? ふん! そんな事私自身がよくわかっておるわ!
だが、私は以前の私ではない! 今の私は無性に腹が立っている……ジョジョをこんな目に合わせているお前にな!
やってやる……私、三千院ナギはやってやるさ!!

「私を誰だと思っている!? 私は三千院ナギ! ジョジョは私の大事な仲間で、ハヤテは私の恋人だ!」

ナギは叫ぶ。
目の前に居る、恐るべき力を誇る刃牙に対しての恐怖は当然ある。
だが、それよりもまたあの時のように、自分の仲間が死んでいく事への恐怖の方が、何倍も、何十倍も大きい。
その恐怖を決意の炎に変えて……ナギはその細い両足で立ち、真っ直ぐ立ち尽くす。

「ハヤテを何も出来ないと言ったお前に! ジョジョをここまで痛みつけたお前に!
一分も、一秒さえも忘れる事は出来ない程後悔させてやる! この三千院ナギがなッ!!」

全神経、精神力を一点に集中させる。
ナギが得た、かけがえの無い力をもう一度行使するために。

「やるぞ! スパイスガールッッッ!!」

今まではナギの疲労のため、発現する事は出来なかったものが。
だが、ずっと父親に捨てられ、自分のやるべき事を手探りで、探していた少女を見守っていた時と同じように、
ナギを見守っていたものが。
全身に奇妙な網目模様を持った、人間の女性を連想させるようなものが。

「ワカリマシタ! コノボケガキヲ……ブッ殺シマスッ!!」

スパイスガールが今、再び発現した。



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