大乱戦 ◆1qmjaShGfE



ジグマールは焦っていた。
このまま病院なぞに行った日には絶対壊滅無敵殲滅軍団に目を付けられた惑星並にジグマール生存は困難となろう。
だが、逃げ出す事も殺す事も困難であった。
それは、同行者であるケンシロウという筋肉達磨(ピンク髪のバカ娘命名)にいっそ感動的なぐらい隙が無いせいだ。
具体的には、ケンシロウの周囲一帯に筋肉オーラが張り巡らされていて、その中でどんな動きをしようと即座に感ずかれるようなレベル。
さりげなくゆっくり走ってケンシロウ、キュルケと距離を取りながら逃げ出すチャンスを伺った所、後ろも見ずに移動を急かして来るような男だ。
必殺の人間ワープを使えば何とかなるかもしれないが、何やら距離が制限されているらしく、ワープ一回で逃げきる自信が無い。
いざ敵に回そうと考えてこのケンシロウという男を見ると、この男は並のアルター使いでは到底出しえない存在感を放っている。
こういう男相手に、下手に動くのは危険だ。
だが、逆にこの男を味方に出来たのなら、この上ない心強い盾となってくれよう。
幸いこの男は二匹の馬鹿女共の言葉より、ジグマールの言葉を信用してくれている。
(ええい、こうなれば最後の手段!)
ジグマールは急に足を止め、走るのを止める。
( 口 八 丁 だ ! )
「待ってくれ!」
ジグマールの大声にケンシロウもキュルケもその足を止める。
「どうか聞いてくれ。病院に行くのは本当に危険なんだ。あそこの連中は平気で人を騙す」
ケンシロウはそれがどうしたと言わんばかりの顔だ。
「ならば、尚の事放ってはおけん」
「いいから聞いてくれ。君達二人は、仲間の為に危険も顧みず危地に飛び込む、そして殺しをするような人間を放っておけないような、
勇敢で善良な人間だ。君達ならば私も信用出来るからこそ話すんだ」
キュルケはいらいらしながら先を促す。
「神楽より先に行かなきゃいけなんだから、簡単に言ってよ」
頷くジグマール。
「君達は、その神楽が君達を騙している可能性は考えたか?」
二人は揃ってジグマールを睨みつける。ジグマールは慌ててフォローした。
「あくまで可能性の話だ。私は病院で卑劣な不意打ちを受けた。『殺し合いには乗っていない』そう言って近づいた私は彼らの攻撃を受けたのだ。複数人が集まっているのなら殺し合いに乗っているという事も無かろう、と安易に考えた私のミスでもあった」
そこで大仰に両腕を横に広げてみせる。
「私は! 君達のような善良な人間が騙され、酷い目に遭うような行為を見過ごす事は出来ない! どうか、私の忠告に従って欲しい!」
キュルケはすぐに言い返す。
「じゃあ神楽はどうする……」
その言葉を遮ってジグマールが大声で言い放つ。
「本当に君達の事を想い、心配している人間が君達を置いて何処かに去るなどという事があるのか!?」
背負ったデイバックを開いてみせるジグマール。中には対人地雷が入っていた。
「これを見てくれ! 私の支給品だ! あれだけの人数に追われたのに私はこの支給品に手を付けていない! 私は人殺しなぞしたくないからだ!」
そのまま畳み掛けるように怒鳴る。
「君達が善良な人間だというのは今の行動で十二分に理解した! そして私もそうであるというのは今証明してみせた! では神楽はどうなんだ!? 彼女の身の証を立てる何かを君達は持っているのか!?」
実はジグマールが潔白だという理由付けは物凄く弱いのだが、それを勢いで押し切る。
(さあ、ここからはアドリブだ! 何が出てくる? この推定年齢19才のワリに異常発達した輝ける知能を持って応対してみせよう!)
ケンシロウは静かに主張する。
「神楽は怪我をしたキュルケを背負い、病院へ運ぼうとしていた。俺は彼女の行動に優しさを見た」
(ノーーウ!! あのバカピンク案外イイ奴ウウゥゥゥゥ!!)
しかし瞬時に思考をめぐらせるジグマール。
「病院? 病院と言いましたか? 病院と言いましたね? 今彼女が目指している、そして私が理解出来ない集団に襲われたあの病院トォォォォ!!」
キュルケもケンシロウもジグマールの言葉に耳を傾けてくれている。
「殺し合いに乗るのなら、そもそもチームを組むなぞ意味不明ッ! そして何かと病院に行きたがる神楽の行動も意味不明ッ!
それを繋ぐ鍵は……病院なのかっ!? 駄目だ。断じて駄目です。そんな所にたった三人で、心通い合った三人とはいえこれだけで乗り込むなんて無謀極まる!」
あいむじゃすてぃす理論を力強く振りかざすジグマール。
ケンシロウは、無言ですぐ側にあった郵便ポストの前に立つ。
「あたぁっ!!」
上から振り下ろした拳の一撃で真ん中から真っ二つに引き千切れる郵便ポスト。
余りの事に大口を開けたまま呆然とそれを見つめるジグマール。
「不足か?」
いきなりな事に思考停止してしまったジグマールが反論を述べようとすると、今度はキュルケが何やらぶつぶつと唱えだす。
「フレイムボール!」
キュルケの眼前から撃ち出された炎の弾、それの直撃を受けた街路樹が一撃でへし折れ、あっという間に炎に包まれ炭と化す。
「不足かしら?」
ケンシロウは何か凄まじい力を持つと思っていたが、まさかそのまんま力が凄まじいとは思わなかった。
そして所詮小娘と思っていたキュルケの炎。
(炎のアルター使いと激しく力自慢!? こいつらもしかして結構お強い!? もしかして私当たり引いた!? つか知らずに襲い掛かってたらほんのちこっとヤバかった?)
内心のガッツポーズを知られずに済むのに苦労した。
(それでも普通こんなにあっさり手の内見せるか? バカ? おバカですかー? 頭弱い弱い子ちゃんでちゅねー?)
「お、驚きました。確かに二人共凄い力をお持ちだ」
そんなジグマールを無視する二人。
キュルケはケンシロウが引き裂いた郵便ポストをつついている。
「……これ鉄じゃない。ケンってこんなに強かったの?」
ケンシロウは既に燃え尽きている街路樹を見やる。
「お前もな、炎の種は俺にも見えなかった」
またも無視されたジグマールは脳内復讐帳にそれをメモしながら、反論を考える。
(神楽を敵、もしくはその疑いがある、と考えさせなければ、病院行きを断念させる事は出来ませんね)
「私はあなた方三人がどういった経緯で一緒に行動したのか知りません。ですが、神楽さんの行動はあまりに不自然すぎます。そう思いませんか? そして私も襲われた病院の謎。これは、下手をすると私達がここに呼び出された根幹を為すかもしれないと思えるのです」
ジグマールは強引に神楽への疑惑を、このゲームへの興味にすり返る。
「私の考えすぎかもしれませんが、だとしたらこの人数だけで乗り込むのはやはり無謀。ここは更に仲間を集めてから動くのが得策と考えます。私の言ってる事、何か間違っていますか?」
キュルケは返事に困りケンシロウの方を向く。
ケンシロウはその視線を受けてきっぱりと言った。
「神楽は悪意を持っていない。俺の心がそう感じた」
本気で殺意を覚えるジグマール。
(お・ま・え! 人がここまで理路整然と話してやってるのになんだそれは! 心? そんな事平然と言えるお前の心をまず診断しろ! 確実にかつ手遅れな程に病んでいるだろ!)
「ケン……」
その言葉に勇気付けられたかのようにキュルケはその名を呼ぶ。
(なーにを夢見る乙女しやがりますかこの黒おっぱいが! お前もあれか? 心か? 心でおっぱいが黒々ですか!?)
こんな脳味噌花畑な二人でも今のジグマールには大事な手駒候補。何とかしてその意思を変えさせなくてはならない。
二人の世界入っている奴なぞこちらからも無視してやって、頭を高速回転させる。
「ケン……貴方のその優しさと力強さが微熱の琴線に触れたわ……」
(仕方が無い、ここはこちらが妥協するか。病院に行って偵察だけで済ませる。これなら問題はあるまい)
「心配するなキュルケ、神楽は良い子だ。俺が保障する」
(歩み寄りを見せれば、これ以上私に不信感を抱く事もあるまい)
「ああケン。神楽を連れ戻したら……いえ、ここを脱出したら私あなたと一緒になれる時間が欲しいわ」
(中に入る、もしくは接触を取るのは論外だ。そこの調整が難しいが、ホーリーを束ねていた私に出来ない事などない)
「そうだな、ゆっくりと出来る場所で話をするのも悪く無い。神楽も喜ぶだろう」
(………………。)
「もうケンったら……いけずなお人。でもいいわ、そんなストイックな所も……」
(ギャランドゥ、僕のギャランドゥ。僕は心底こいつら殺したくなってきたよ。早く戻ってきておくれ)
その後もさんざん話し合った末、ジグマールの妥協案をケンシロウもキュルケも呑んだ。
偵察だけで済ますかは向こうの状況次第とジグマールは更なる妥協を強いられたが。
ホームに着くと、ちょうど一本行った後らしく、しばらく待たされた後三人は地下鉄に乗り込む。
自動ドアの段階で驚いているキュルケは、地下鉄が動き出すとそれはもう見てて微笑ましくなるぐらい興奮していた。
「凄い凄い! まるでタバサのシルフィードに乗ってるみたいだわ! それもこんなに大きな物がこんな速さなんて信じられない!」
(何処のド田舎から出てきた黒ビッチ! ただでさえ機嫌の悪い私の気分を損ねるような真似をするんじゃない!)
ムカムカ来ていたジグマールはそんな思いが漏れてしまいそうだったので、終始無言であった。


グリモルディを後退させながら戦う赤木。
その両腕を振り回しながらなので、迂闊に近づけない斗貴子。
グリモルディをすり抜けて後方の赤木を狙う。武器が無い以上、これ以外に斗貴子が勝つ算段は無い。
この中距離での攻防こそが赤木に最も有利な距離であった。
両腕を振り回して、突っ込んでくる斗貴子を右に左に狙う赤木。
それを斗貴子は潜り抜けられずに舌打ちする。
赤木は考える、斗貴子は激情に任せて赤木にまっすぐ突っ込んでいるのだが、未だに致命打は与えられていない。
彼女は既に動ける体に見えないにも関わらずである。
これは、赤木と斗貴子との技量差がはっきりしている事を示している。
彼女自身は自覚していないようだが、すぐにグリモルディの攻撃に彼女は慣れるだろう。
そうなったら腕をすり抜けて赤木の下に至る事も可能だ。
それほど、斗貴子の動きは素早かったのだ。
ならばどうする? グリモルディで仕留められないのなら、投擲武器モーターギアを使うしかないが、この距離で斗貴子を確実に仕留める自信は無い。
確実に斗貴子がその動きを止める瞬間が欲しい。何、無いなら作るまでだ。

少し前から音が良く聞こえなくなった。
嫌な耳鳴りがして、目の前の人形の振る腕の音が聞き取りずらい。
今は、もう体中がどうなっているのかわからない。
ふっ、と視界に入る自分の右腕の先が無い。
そういえば、無くなったんだな。どうやって無くしたのか思い出せない、面倒だしどうでもいい。
足、動いてる。何も動いてる感じがしないのに動いてる。おもしろい。
これ、止めてみたら止まるのか? 物が考えられない、今視界に入ったものの事しか考えられない。
ああ、なんでずっと変な音がするのかわかった。
耳障りなあの耳鳴り。違う、あれは私の雄たけびだ。でもなんで私は叫んでいるのだろう。
やはり難しい、あの腕だけなら何とかなりそうだが、同時に上下左右から飛んでくる円盤が物凄い邪魔だ。

ザクッ!

遂にモーターギアが斗貴子の右腕を捉えた。
新たな傷は、麻痺していた斗貴子の神経に感覚を蘇らせる。
そしてそれは、同じく怪我と疲労のせいで麻痺していた斗貴子の脳細胞を再び蘇らせた。
(何!? 私は何を!?)
幸い思考が不明瞭だった時間にもこの体は動いてくれていたらしい。
回避行動は続けたままだ。
モーターギアの動きは良く知っている、そして懸糸傀儡の動きは脳の何処かにあった知識が教えてくれた。
相手の赤木はまだどちらも使いこなせていないようだ。
それが斗貴子には良くわかった。僅かにでも冷静になれれば、見えた事だった。
(行ける!)
当人は工夫しているつもりなのだろうが、単純な繰り返し作業にしか見えない腕を掻い潜る。
そして、同時に扱う事がそもそも至難なのだろう。
モーターギアに至ってはただ同じ軌道をぐるぐる回っているだけだ。
そんなものに当たる錬金の戦士なぞ居るものか。
錬金の戦士と考えた所でチクリと何かが胸を刺したが、それはどうでもいい事だ。
瞬く間にグリモルディの腕を掻い潜ってその眼前まで迫り、大きく飛び上がりその背後の赤木を狙う斗貴子。
そうしてグリモルディを飛び越えた直後、斗貴子の目の前に投じられたナイフが見えた。
何と思う暇も無い。まともに額に喰らい、その勢いで頭部が跳ね上がり真上を向くが、全身で堪えて前を向く。
赤木はグリモルディを放棄して大きく後ろへと下がっていた。
斗貴子がグリモルディのすぐ前に来た時、その巨体で赤木の姿が隠れている間に後退したようだ。
彼は、再度ナイフを振り上げこちらに投げつけようとしている所だ。
手持ち武器無し、だが腕はある。これで弾くなり受けるなりすればいい。
しかし、そこで本来赤木に向けられていなければならない斗貴子の視線は、大きく後ろに下がっている赤木とグリモルディの間に置かれていた、カズキのサンライトハートに注がれていた。
「カズキ!」
斗貴子はその瞬間、赤木の存在を忘れた。
グリモルディから飛び降りんとする斗貴子の肩に、赤木の投げたナイフが突き刺さる。
それでも斗貴子は止まらない。ただひたすらに、カズキのサンライトハートをその手にする事だけを考えていた。

(頭部直撃のはず!? 何故動ける!?)
斗貴子の頭にナイフが突き刺さっている。しかし、斗貴子はそんな事まるで意に介さずこちらに向かってくる。
再度投じたナイフは、狙いを外れ斗貴子の肩に当たる。
当然よぎる不可思議の念と、不死という単語。
(……ふん。不死なぞ、この世には存在しない)
最後の奥の手はとっておいてある。
いつのまにか戻していたモーターギアを両足に装着。斗貴子へ向けて加速する。
斗貴子の視線は下を向き、こちらに意識は向いていない。
パーフェクトのタイミング、しかし、これを逃せば事態は急変すると知っている赤木は、決して油断はしない。
間合いに入る寸前、右足のみでの移動に切り替え、左足を振り上げる。
左足の先についたモーターギアの刃で斗貴子の喉を切り裂けば、その首は半ばから千切れ落ちる。
人殺しに微塵の躊躇も無い。
片足のみの移動にも不自由は無い。多少悪路であっても充分フォロー出来る範囲内だ。
確実に、殺る。

斗貴子がサンライトハートまで後一歩と迫った場所で、ようやくその視界内に赤木が入ってきた。
(あ……)
僅かに考えられた事はそれだけだ。
既に振り上げられている赤木の左足、その先に付いたモーターギアまで見えているのだが、自らの体勢が悪すぎて対処出来ない。
同時に視界に入っている赤木の右足、その接地部分が大事なサンライトハートに触れていた。
後、ほんの少しでモーターギアはこの喉に届く。そんな時なのに、その偶然から斗貴子は目が離せないでいた。
赤木右足のモーターギアが、サンライトハートの柄の縁を巻き込んで回転し、あの重量が大きく跳ね上がる。
柄尻部分を基点に、穂先が大きく斗貴子に向かって。
次の瞬間には槍が斗貴子の視界を遮り、斗貴子はサンライトハートごと押し飛ばされて後ろへと転がってしまった。
跳ね飛ばされながらも、サンライトハートをその手に握る斗貴子。
まさか、とも思う。しかし、いや、間違いない。こんな偶然があるはずないのだから。
(カズキ……私を……助けてくれたのか……)

有り得ない事が起こった。
さしもの赤木も、僅かの間だがその場で立ち竦む。
しかし、それが起こした事の意味を、赤木はすぐに理解する。
グリモルディは斗貴子の後ろ、サンライトハートは斗貴子の手に。
自らの手持ちはモーターギアと投げナイフのみ、戦闘技術の差は歴然。
そして何よりも、今の斗貴子の状態が赤木の足を止めていた。
呆然とした顔で地面に落ちたサンライトハートをその手に握る斗貴子。
先ほどサンライトハートをその手にせんと飛び込んだ時と同じように、こちらにはまるで注意を向けていないままで。
まだこちらの方が有利に見える、そんな状況。
もし確実に殺したい相手がいるとしたら、そいつを完璧に追い詰めるのは愚の骨頂。
そいつは持てる全ての力を持って反撃してくるだろう。
僅かに生き残る希望がある、可能性がある。そこに縋るその心を討つのが上策だ。
そう、勝てる望みがあると見せ付ける事。
赤木を殺すには、その逃げ道が必要なのだ。
グリモルディが壁になって斗貴子は後ろに逃げる事が出来ない。
しゃがみ込み、サンライトハートは地面についている。
それを持ち上げる動作と、赤木が再度踏み込みながら足を振り上げる動作のどちらが速いかといえば、足を振りぬく方が早いと考えた。
だが、赤木はその全ての可能性をマヤカシと断じた。
今、この場で斗貴子を討つ事は、既に不可能となったと。
流れは変わったのだ。
即座に、全速で後退する赤木。
斗貴子が我に返る前に、その追跡から逃れられるだけの距離を稼がなくては、赤木の生存は無い。
今の斗貴子に油断は無い。
そしておそらく、突くべき隙も無くなっているだろう。ならば順当に戦闘経験のある彼女に赤木は敗北するだろう。
生憎とこれは半荘一回の勝負ではない。斗貴子ならば、まだ幾らでも崩す余地はある。彼女の心底は読みきった。
相変わらず呆然と槍を見下ろす斗貴子を置き去りにし、赤木はその場を離れていった。


赤木がこの場を離れて行って少し経った後、斗貴子はサンライトハートを手に立ち上がった。
愛おしそうにその槍を胸に抱きながら、ちらっと横目でグリモルディを見る。
何故かそれがどんなものか理解出来る。
あの糸を操って動かす物だ。
右腕で槍を支えながら、左手に糸をはめてみる。
ほんの少し動かしてみると、思った通りそれは下半身を操る為の糸であった。
「使える……かもしれない」
糸を指にはめたまま、グリモルディの上に乗る斗貴子。
「それっ」
思い切って糸を引いてみた。
物凄い速さでまっすぐに走り出すグリモルディ。
「わっ! うわっ!」
バランスを崩してグリモルディから落ちそうになる。それでもグリモルディはまるでスピードを落としてくれない。
このまま何処かに突っ込んでは危ないと、右腕で支えていたサンライトハートを苦労しながら糸に当て、思いっきり引いて糸を切る。
何とかグリモルディとの分離に成功した斗貴子は、すぐにそこから飛び降りる。
「あー」

ぼっちゃーん

まっすぐそのまま川に落ちたグリモルディ。
ぶくぶくと沈んでいく様を呆然と見ていた斗貴子は、頭を振って意識をはっきりさせる。
「ダメだ。まだ良く物が考えられない。とにかく、一休みしないと……そうだよなカズキ」
一休みも何も、全身に負った損傷を考えればすぐに倒れてもおかしくない状態なのだ。
サンライトハートが手元にあればとりあえず他の事はどうでもいい、そんな思考状態では何かが出来るはずもない。
そう考え、もっとゆっくりと物が考えられるように、斗貴子は近くの民家に侵入し、そこのベッドに横になる。
毛布を被ろうとした時、ようやく自分の頭に刺さっていたナイフに気が付いてそれを抜き捨てた。
胸元には核金に戻したサンライトハートを抱き、彼女は一時幸福な夢に浸る。
「一緒に寝るなんて……夢みたいだカズキ」


本来ならば、赤木はつかず離れずの距離で斗貴子を監視していたかった。
そうやって隙を窺い殺す。
これがどんな相手だろうと、一番嫌がるやり方であるから。
しかも斗貴子は主催者の肝いりだ、奴の一挙手一投足まで見張っていたかったのだが、赤木は既に放った刺客の確認もしたかったのだ。
奴、ケダモノのようなあの男は殺し合いに乗っている。
そういう男を戦力の集まるであろう場所に放り込み、戦闘を促す。
対するのが同じく殺し合いに乗った人間ならば良し。またその意思の無い人間だった場合でも、戦力の集中しているであろう人間達が相手をする方が、そうでない奴らが戦うより遙かに勝率が高い。
いずれの場合にしても、その戦いを見極め、途中参戦が適うのなら、随分と赤木にとって有利な状況となるだろう。
斗貴子と遭遇したせいでそれも時間的に難しいかもしれないが、戦場跡に行けば、誰がどんな戦い方をしたのかも知れよう。
そんな理屈と、赤木の感性が言っていた。
今ツキに乗っている斗貴子に絡むのではなく、ツキの流れがあった時の行動に沿った方が良いと。
だから赤木は斗貴子の元を離れ、病院へと向かった。

辿り着いた病院は、壁越しに見てもひどい惨状だった。
所々崩れて、まるで中で戦争でもしたかのような有様。
赤木は注意深く敷地と外とを分ける壁越しに中の音を探る。
特に大きな音は聞こえない。これだけの惨状を作り出した主は既に戦闘行為を終えているようだ。
入り口から馬鹿正直に入る気は無論無い。
モーターギアの音すら危険と思い、壁を自らの手足を使って乗り越える。
敷地内に入った赤木は、建物の側まで来ると再度聞き耳を立てる。
やはり物音一つしない。
あのライオンの鬣のような髪をした男は、ここで何かをしているのだろうか、それとももうここを発った後であろうか。
ここの戦闘跡を確認し、何とどう戦ったのかを調べるか、移動したかもしれない奴の後を追うか。
(もし奴がここに残っているのならば、これだけの激戦の後、しばらくここで休み続けるだろう。そうでないのなら、せめてその行き先ぐらい確認するべきか)
それは奴がここで敗れ、遺体を晒している場合も一緒だ。
もし生き残っているのなら、奴はどうする?
あの男は戦闘中に邪魔をした赤木を追って、戦闘を中断してまでこちらを追ってきた。
そもそもあの戦闘から離脱したかったという事は無いだろう。ならば本気でいつまでも追って病院まで来る理由がわからない。
もし、ここでの激戦が元で治療や休息を考えるのなら、やはりこの病院に居続ける。
それ以外でここを離れる理由は、怪我をそもそも負っていないか、怪我を負っていてもまだ殺しを行う気でいるか。
気性を見る限り後者とも思えるが、断定はしない。
仮に移動したとして、次に奴が向かうのは何処だ?
周辺地図を思い出す。繁華街周辺に居た理由はわかる、おそらく人の多そうな場所で参加者を探していたのだろう。
ならばここまで来た奴が次に移動する先は決まっている、地下鉄の駅だ。
この辺りでは病院と同じぐらい人が集まりやすい場所。
そうとわかれば赤木は迷わない。
来た時と同じように壁を乗り越え、モーターギアを装着する。
奴は最短距離で地下鉄駅を目指すだろう。
ならばそのルートを外せば、鉢合わせの確率は低くなる。
赤木は全速で地下鉄駅へと向かった。


地下鉄を降り、S7駅へと辿り着いたケンシロウ、キュルケ、ジグマールの三人。
列車から降りてすぐの事だ。
ジグマールがホームの真ん中で立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回しだす。
「どうしたのよ?」
キュルケがそう訊ねるが、ジグマールは何も答えない。その額には汗が一筋。
(何かがある。この悪寒はなんだ? せ、背筋が凍るなどと……この私が? 一体ここには何がある?)
「ねえ、だからどうしたの……」
キュルケは後ろから何か圧力のような物を感じて振り返る。
後ろではケンシロウが列車を降りてすぐの所で列車を睨みつけている。
声をかけようとするもそれが出来ない。ケンシロウのこんな真剣な表情は初めて見る。
すぐに列車は動き出す。
一両、二両とホームから離れていき、最後尾がホームから去っていくと、その向こう側、下りのホームに居た奴が見えた。
壁面に置いてある椅子に腰掛け、優雅に足を組む男、DIOであった。
ケンシロウはそちらから目を離さないままジグマールとキュルケに下がるよう命じる。
その有無を言わさぬ口調に二人はそれに従う。
一足でDIOの居るホーム側まで飛ぶケンシロウ。
そしてゆっくりとその足を進め、DIOの前に立つ。
「良く見た顔だ。人の命を平然と踏みにじる、そんな下衆の顔をしているな」
椅子に座るDIOを見下ろしながら、指を鳴らすケンシロウ。
DIOは腕を組んだまま、愉快そうに答えた。
「D・I・O、DIOだ。お前は、そんな人間を許せない、という顔をしているな。それをこのDIO相手に押し通すつもりか?」
腐った人間はうんざりする程見てきた。
だが、このDIOという男はまたそれとは違う、いや、違わない。ただ、その度が過ぎるだけだ。
「貴様、殺し合いに乗っているな」
ケンシロウからの最後通牒、DIOがその身に纏う血の臭い、そして彼が浮かべる表情は、ケンシロウにとって決して相容れない類の相手であると気付いてはいたが、言葉で彼の意思を聞きたかったのだ。
「だとしたらどうする」
「何故殺す?」
DIOは含み笑いを漏らす。
「お前は、一々食事に理由を求めるのか?」
会話は終わりだ。お互いの立場ははっきりした。
「あたぁっ!」
ケンシロウは拳をDIOに叩きつける。
反応する事さえ至難のその拳を、DIOは手の平で受け止める。
「良かろう、その挑戦受けてやる」
ケンシロウの拳を受け止め、掴むその速さと力にケンシロウは相貌を険しくする。
方やDIOもその手の平から伝わる人間離れした膂力に驚き、ケンシロウを油断ならぬ相手と認めた。
「この帝王DIO相手に、せいぜい足掻いてみせろ」
DIOとケンシロウの間に、DIOのスタンド、ザ・ワールドが現れる。
「何っ!?」
虚を突かれたケンシロウの胸板にザ・ワールドの拳がめり込んだ。

DIOは反対側のホームまで殴り飛ばしてやるつもりであったのだが、ケンシロウが足を踏ん張ったため、数メートル後退するに留まった。
本格的に相手をしてやらなくては。そう思い椅子から立ち上がるDIO。
ザ・ワールドから伝わってきた拳の感触、これがこの男の場合、人と呼ぶにはあまりに異質すぎた。
(何だ、コイツは?)
構えるケンシロウに向かってザ・ワールドの右拳が唸る。
それを事も無げに片手で受けるケンシロウ。
間髪居れずに打ち込んだ左拳も受け流される。
(なるほど、これが北斗神拳か。ちっ、鬱陶しい)
参加者プロフィールでケンシロウの顔は記憶していた。
生身で扱う拳法なぞ恐るるに足らずと思っていたが、どうやらこいつらは生身でスタンドと張り合えるらしい。
(だが! このザ・ワールド相手にそれが何処まで通用するかな!?)
DIOは更にザ・ワールドのスピードを上げる。
ケンシロウの捌きも更に速度を増す。
不意にケンシロウが足を振り上げ、ザ・ワールドの殴りつけてくる両腕を蹴り上げる。
そのまま振り上げた足の軌道を変化させ、ザ・ワールドを蹴り飛ばすケンシロウ。
ザ・ワールドも足を上げてそれを防ぐが、ケンシロウの蹴りの威力は受け止め切れなかった。
大きく蹴り飛ばされ後退するザ・ワールド。
「人形遊びなど、この俺には通用しない」
ケンシロウのこの一言、これはDIOのプライドをいたく刺激する。
「ほざけ野蛮人。我がスタンド、ザ・ワールドを侮辱した罪は高くつくぞ」
再度ザ・ワールドがケンシロウに飛びかかる。
今度の拳は先ほどよりも重く鋭い。しかしケンシロウはそれを綺麗に受け止める。
「フーハハハハハー! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄アァァァ!!」
ケンシロウはそれを受ける、捌く、避ける。DIOは全て構わず全力全速のラッシュ。
スタンドでのラッシュが人間のラッシュと異なる点は、人間ならば連打はその打撃力を下げる一因となり得るのだが、そもそも肉体ではないスタンドにそれはない。
全ての攻撃が全力全速、燃料の続く限り機械のごとく殴り続ける。
しかも、そのコントロールは実際には体を動かしてはいない冷静な人間によるもの。
攻撃パターンの複雑化は人間がラッシュを行う時の比ではないのだ。
ここに来てケンシロウも本気で応えはじめる。
全身の筋肉がはちきれんばかりに漲り、その体を闘気が覆う。
「あーたたたたたたたたたたたたたたたたたっ!」
対するケンシロウは卓越した技術とその人の域を大きく超えた肉体能力でラッシュを放つ。
DIOが拳で来るのならと、こちらも得意の拳連打で迎え撃った。
しばし拮抗する両者の拳。
だが、それもじわりじわりと傾いてくる。
力では対等でも、技でDIOを大きく凌駕するケンシロウによる拳の弾幕が押し始めていた。
(馬鹿な……この男、この拳は一体……)
じりじりと後ずさるザ・ワールド。
拳の威力もスタンドと同等。この連打をまともにもらってはさしものDIOとて極めて危険な事態となる。
DIOは舌打ちしながら、ザ・ワールドを大きく後ろに飛び下がらせる。
意外にあっさりそれを許すと思ったら、ケンシロウはそんなザ・ワールドを見向きもせずにDIO本体に向かって踏み込んできた。
(いいだろう、貴様に世界を制する力を見せてやろう)
「それは自殺行為だ、ケンシロウ君」
ケンシロウは自分の名前を知られている事を不思議に思いながらも、だからどうだと拳をDIOに振り下ろす。

その瞬間、世界が止まった。

止めていられる時間は三秒のみだが、吸血鬼たるDIOのスピードならばこの男を十回殺してお釣りが来る。
懐からライドルを取り出し剣にする。これで1秒。
これを突き刺してこの男はお仕舞いだ。
(バキに劣らぬ素晴らしい肉体の持ち主だ。相手がこのDIOでなければ、もう少し長生き出来たかもしれんな)
DIOは吸血鬼の膂力を持ってライドルをケンシロウの腹部に突き立てた。

ずんっ

剣から伝わってくるその手ごたえから、まるで鋼鉄に剣を突き立てているような手強さを感じた。
(馬鹿な!? こいつ一体何で出来ているのだ!?)
力を込めれば少しづつ進みはするが、致命傷を与えきるには残り時間が少なすぎる。
DIOは慌てて剣を引き抜くとケンシロウの側面へと移動した。
「何っ!?」
DIOが目の前から消え失せている事に驚いたのも束の間、すぐにDIOの居る位置へと体を向けるケンシロウ。
「……その技は?」
何時の間にか側面に立って剣を握っているDIOにそう言うが、DIOはそれには答えず逆に問い返す。
「貴様こそ、剣も通らんその体は一体何だ?」
質問に質問で返されたケンシロウだが、それに答える事に示威の意味があると考え、刺された腹部に手をやり、そこに付いた血を嘗めながら言った。
「北斗神拳はその奥義により肉体の持つ力を全て引き出す事が出来る。お前に勝ち目なぞ無い」


キュルケとジグマールは二人の闘いを固唾を呑んで見守っていた。
最初の内こそ何とか魔法で援護を、と考えていたキュルケだが二人の距離が近すぎるため、それも難しいとわかるとただ祈るようにケンシロウの戦いを見つめている。
ジグマールは、静かにそして冷静に二人の闘いを見ていた。
(あの人形のアルターはまあいい。だが、ケンシロウは本気で生身なのか? あれアルター使っているのではないのか? というかあのDIOとか言う男、さりげなく人間ワープ使ってないか?)
ケンシロウの力は嬉しい誤算だが、相手のDIOも一方ならぬ相手のようだ。
(ケンシロウが倒されるようなら、ここは一度逃げを打つか)
逃走経路を確認しながら、ジグマールは戦いの行く末を見守っていた。


下りの電車が停車し、再度動き出すがケンシロウもDIOも動かずお互いを牽制しあっている。
ケンシロウから見たザ・ワールドは、粗い技で力任せに拳を振るう素人であった。
その圧倒的な力、スピードは目を見張る物があったが、それ以上では無い。
ただ、特筆すべきはその動作の正確さ、そして疲れを見せない連続行動であった。
通常、どれだけ鍛え上げた人間であっても、いつまでも全開で体を動かし続ける事など出来はしない。
そんな真似をして、何時息を吸うというのか。
ありえない程正確に、そして止まらぬ動きを見せる人形の謎、そしてたった今ケンシロウすら見切れなかったDIOの動き。
特に眼前から完全に消えて見せたこの動きを見切らなければ、ケンシロウはこの男を倒せないと直感する。
しかし、不用意には近づけない。
このDIOという男は、ケンシロウに気付かれぬ内に側面へと移動し、剣を突き刺した。
ケンシロウの持つ全ての知覚器官が、DIOが目の前から消える、側面に移動する、剣を取り出しそれを突き刺すを同時に行っていると言っていた。
そんな事はありえない。何か奴にはケンシロウの感覚を麻痺させる準備があるのかもしれない。
毒の類ではない。それならばそれとわかる。では何だ?
視界だけならば確かに誤魔化す手はいくらでもある。しかし、聴覚他闘気までも誤魔化せる手なぞケンシロウは一つしか知らない。
(しかし、このDIOという男からは拳技の気配は感じられない。一体何だ?)
思考は堂々巡りとなる。
ケンシロウはその謎を解くため、やり方を変える事にした。
突然その場で真上に飛び上がるケンシロウ。
「あたぁっ!」
そして頭の上まで振り上げた足で天井を蹴り崩す。
その一撃はモルタル越しに天井を支えていた鉄骨に直撃し、大きく位置をずらした鉄骨はその先にある天井のモルタルまで崩し始めた。
そう、DIOの頭上にまで瓦礫が降り注いだのだ。

舌打ちしながら天井から降り注ぐ大きな瓦礫を振り払うDIO。
どうやらこれは目くらましのつもりらしいと見たDIOは、一瞬たりともケンシロウから目を離すものかとその動きに注視する。
案の定ケンシロウは物凄いスピードでこちらに向かってくる。
それを、DIOは見失ってしまった。
(何だと!? このDIOの目を持ってしても追いきれぬ動きとは一体どういう事なのだ!?)
DIOの脳内で警鐘が鳴り響く。
この男の姿を見失うのは危険だ。例え不死のこの肉体を持ってしても。
ただちに対処する必要がある。

「ザ・ワールド!!」

再び時が止まる。
DIOはその場を離れて周囲を見渡す。
居た。
DIOの真後ろであったその場所に、両腕を振り上げた今まさに襲い掛からんとするその姿勢で。
背筋が凍る。この男は、このスタンドすら持たぬ男は、不死と世界を支配するスタンドを持ったDIOにとってすら、脅威となりうる。
だがこの男に剣は通らない、ならば衝撃はどうだ? 残る時間の全てを費やし奴の死角からありったけの拳を撃ちこんでやったら?
即座に実行に移すDIO。
「所詮人間の域でこのDIOに逆らう事こそ、無 駄 なのだ!」
ケンシロウの正面から嵐のように拳を叩き込むザ・ワールド。そして時間が動き出す前に今度は後ろへと回りこむ。
このDIOに恐怖という感情を思い出させた憎きこの男を、この程度で許すなぞありえなかった。
もう残り時間も無いが、例え時が動き出したとしても、真後ろからの攻撃であり、既にザ・ワールドのラッシュを山と喰らっているケンシロウが反撃なぞ出来るはずがない。
そして、前からの衝撃と後ろからの衝撃が体内でぶつかり合えば、その内部はタダでは済むまい。
「内臓をグシャグシャにイイイィィィィ!!」
そして時間は動き出す。
ザ・ワールドはケンシロウの背後からその拳を放たんとしていた。
まるで死神のようなこの男、軽く人類の極限を逸脱してみせるこの男は、時間が動き出すなりそれが事前からわかっていたかのような速度で、DIOの拳に合わせて、カウンターの後ろ蹴りを放ってきたのだ。
「ぐがっ!」
腹部にまともに入った蹴りに、感覚がリンクしているDIOの体までくの字にへし折れる。
「あーーたたたたたたほぁたぁっ!」
ケンシロウ反撃の連蹴りをその身に浴び、DIOはザ・ワールド共々大きく壁際へと跳ね飛んでしまった。
同時にその場に膝を付くケンシロウ。
いかにケンシロウとて、DIOの拳の嵐は堪えたようだ。
だが、DIOはそれどころではない。
体中の内臓がひしゃげ、蹴りを打ち込まれた箇所の骨は粉々に砕かれている。
壁に叩きつけられたDIOはその壁に大きな血の花を咲かせ、ずるずると下に崩れ落ちていった。

歓声を上げるキュルケ。すぐに線路へ飛び降りてケンシロウの元に駆け寄ろうとするが、ケンシロウはそれを制止する。
まだ、ケンシロウは警戒を解いていない。
その理由はすぐにわかった。

ぱきっ、ぽききっ、みしっ……

奇怪な音を立てながら、壁際に倒れていたDIOが立ち上がる。
「驚いた。心の底から驚いたよケンシロウ。まさか私をこうまでしてくれる程の相手が居たとはな」
秘孔が表裏逆だとか、体がゴムのようだとか、そんな不死身の言い訳が子供の遊戯に思える程、この男の不死身さは常軌を逸していた。
確実に骨は砕いた、間違いなく内臓まで至る程の衝撃を与えた、何より、秘孔をあらん限りの勢いで突き倒した。
しかし、秘孔は効果を発揮せず、直接与えたはずの損傷も、今こうして見ているケンシロウの目の前で不気味に修復されていく。
生唾を飲み込むケンシロウ。
「貴様、物の怪の類か?」
ようやくケンシロウの驚愕の顔が見れたDIOは上機嫌で答えた。
「人間を越えた存在。貴様らがエサにしか見えぬ程のな。理解したかケンシロウ? ではここでお前に言ってやろう、お前に勝ち目は無い」
そういう人間が存在する事、それを受け入れるのに時間がかかったが、ケンシロウはこの短い問答の間で自らを取り戻した。
「……ならば」
「ん~? なんだ、命乞いする気なら誠意が必要だぞ?」
ケンシロウの構えが変わった。
「バラバラに切り刻み、それでもまだ蘇るか試してやろう」
再び強い表情に戻るケンシロウを見て、DIOは舌打ちをする。