一瞬のからくりサーカス ◆05fuEvC33.



等間隔に点在する照明が如何にも頼りない、地下鉄線路内の暗がりの中を
範馬勇次郎は不貞腐れる様に、ゆっくりとS7駅方向に歩み続ける。
一度行った事の有る繁華街に行っても、仕様が無いと電車を降りてみたものの
今から慌ててS7駅に戻った所で、戦いの終わりには間に合わない。
勇次郎にとっては、不本意な状態に置かれていた。

(ケッ、面白くも無ぇ。せめて地上に出れば、誰か見付かるかもしれんが……)
天井を見上げ、破壊して外に出られないだろうかと思案する。
(天井までの高さは約5m、地上まで抜けるには時間が掛かり過ぎる。
 走ってきた電車に、駅まで掴まる方が早い……。他の手を探すか)
線路内の暗がりを見渡すと、側壁に上方へ伸びる鉄製の梯子を見付ける。
梯子の下まで行き伸びる先を見ると、円形のマンホールの蓋が有った。
(地上に出る、避難口といった所か)
勇次郎は梯子を二度蹴っただけで、マンホールの蓋まで上り
片手でマンホールの蓋撥ね飛ばし、地上に出た。

(さて、何処に向かうか……)
地下には無い風を受け、勇次郎は周りを見渡す。
少し風が強まり、左腕の切断面に痛みを覚えた。
(そういや、こいつを治す医者を捜さねえとな)
医者となる人間が集まりそうな所を思案した末、勇次郎は再度繁華街に向かう事とする。
(今度は花火を上げずに、捜して回るか……)
勇次郎は、溜まった鬱憤を紛らわす様に駆け出した

 ◇  ◆  ◇


愚地独歩、加藤鳴海、才賀勝は範馬刃牙を一人で輸送中の才賀エレオノールを追っていた。
3人の乗る逆十字号は、二本脚で車体を高く持ち上げられた形状をしている為
商店が建ち並ぶ街中でも、走行音と共に目立つ存在となる。
殺し合いの場では、当然危険人物に会う率も高くなる。
だが3人は足を遅めてまで、身を隠すのを潔しとしない。
3人は共に危険を承知の覚悟と、殺人者を自分に引き受ける気概を持っていた。

「兄ちゃん、おまえさん中国拳法やってんのかい?」
独歩が前を向いて運転しながら、助手席の鳴海に話し掛けた。
「な、何で分かるんだ?」
自分の拳法の事を話していない鳴海は、半ば驚きながら独歩に問い返す。
「俺は世界中回って、色んな格闘家と喧嘩してきたからよ。
 おかげで格闘技やってる奴の体付きを見りゃ、何やってるのか大体見当が付くんだ」
「……形意拳やってんだ、しかし凄ぇな独歩さん」
「どうよ、一段落着いたら俺と喧嘩してみないか?」
「……ハァ? あんた、何言ってんだこんな時に!」
口を顔の3分の1程の大きさまで開けて、鳴海が抗議する。
「嫌なのか?」
「バッカヤロウ! 意味も無くケンカしてたまるかよ!」
「へっ、若い癖に固いんだな。……おまえさんとなら、楽しく闘り合えるかと思ったのによ」
「…………それは俺を、買ってるって意味かよ?」
「大体どれ位鍛えてるかもな、見りゃ分かるんだわ」
楽しげに話し掛ける独歩に対し、鳴海の方は何処か難しげだ。
「…………俺は別にケンカが好きな訳じゃないし、今はとてもケンカを楽しめる気分じゃねぇよ……」


隣で話を聞いていた勝は、怪訝そうに眉を顰めていた。
「何だ坊主、おまえさんが俺と闘るかい?」
独歩は今度は勝に、話し掛ける。
勝は鳴海に名前を伏せて以来、二人の間には気まずいがあった。
だから独歩が自分を気遣い、話し掛けてくれている事を知っていた。
しかし遥かに年長の者から、冗談とも本気ともつかない調子で喧嘩を売られては
流石の勝と言えど、対応に詰まる。
「……本気で言ってるんですか?」
「やれやれ、そうゆうとこはまだガキだな。いいかいこんな場合
 避けたい時は勝手に冗談にして流して、受けたい時は本気に取った振りでもすりゃいいんだよ」
「…………そんないい加減な……」
「おまえさんもそうだ」
独歩は呆れる勝から、鳴海に向き直った。
「軽く受けるか流すかする手管って奴を、覚えといた方がいいな。
 一々あんな怒ってちゃ、これからの人生大変だぜ」
「あんたが場違いな事言ってんだよ、全く……」
鳴海は気まずい空気が紛れたのを感じながらも、そっぽを向く。
(……あいつは!!?)
鳴海は視線の遥か先、しろがねの視力がやっと届く位の後方から
自分達に向かって走り来る、隻腕の男を見付けた。
「独歩さん! ボウズ! 先に喫茶店へ行っててくれ!!」
そう言い捨て、鳴海は後方へ飛び出した。

独歩と勝は、鳴海の突然の行動に驚きながら後ろを見る。
「おい、どうしたんだ急に?」
「……あの走って来る人の、足止めに行ったみたいです」
「ありゃ勇次郎じゃねぇか!!」
「……! 独歩さん、危ない!!」
独歩と勝が、勇次郎の存在を確認した刹那
上空から2m程の大きさは有る白い人形が、2人に襲い掛かった。


 ◇  ◆  ◇

勇次郎は鳴海の前に立ち止まり、値踏みする様に鳴海を見据えた。
鳴海の方は構えは取らずとも、何時でも戦闘に入れる体勢を取る。
しろがねである鳴海は、勇次郎が身体的に只の人間だという事が匂いで分かる。
しかし気を練り気で持って打つ事を本領とする内家拳である、形意拳を修めた鳴海には感じ取れた。
否、気を知らぬ者でもそうと分からず感じ取ったであろう。
それ程勇次郎の放つ気は、強大かつ凶々しいものであった。

「あんたは、殺し合いに乗っているんだな?」
鳴海にとっては、答えの分かっている問い。
言葉にして聞いたのは、自分の意思をはっきりさせる為。
「俺に取っちゃ殺し合いに乗るなんて、大層なもんじゃねぇ。
 テーブルに並んだ料理を、頂く程度の事だ」
「何でだ!? この殺し合いに巻き込まれた人の中には、命のやり取りするような術も覚悟も無い人だって居るんだ!
 年端も満たない子供だって、居るんだぞ!!」
「餌にも足らん雑魚に用は無い」
「直接手を下さなくても、お前がやってる事はそういう人達を死に追いやってんだ!!」
「考えたこともねぇ」
激昂する鳴海に対し、勇次郎はにべも無い。
「うまい料理を喰らうが如く……………………だ」
鳴海は内から湧く怒りと闘気に突き動かされそうな、自分の体を押し留める。
勇次郎の答えを受け、鳴海の意思は固まった。
「そうか、だったら……容赦はしねえ」


鳴海が取った構えは、腰を落とし半身を前に出す形意拳独特の構え。
「三体式……形意拳か。その若さにしては功を積んでいるようだが、俺に通じる程のものか……」
対する勇次郎が取った構えは、両足のスタンスと片手を大きく横に広げたもの。
鳴海はそれが格闘技の構えと言うより、肉食獣の獲物を前にした威嚇に近い物と読み取った。
「ケッ、俺を餌扱いする気かよ!」
「クククッ、せいぜい俺の餌に足る所を見せてみな」
(こいつ、舐めやがって!)
鳴海は自身の性情そのままに、一直線に勇次郎との間合いを詰めた。
「そんなに腹が減ってるんなら、血反吐を吐くまで喰らわしてやるよ!!」
丹田に溜めた気を拳と共に放つ自動人形をも一撃で倒す中段突き、崩拳を勇次郎の腹に打つ。
そして崩拳を打つ際無防備になった、鳴海の頬に勇次郎の拳が入る。
殴られた衝撃で後退した両者は、すぐに体勢を立て直し再び向かい合う。

鳴海は一合交えただけで感じ取れた、勇次郎の戦力に密かに戦慄した。
(こいつ本当に人間か!? こいつの拳はそこらの自動人形より、遥かに早えーし重い。
 それに崩拳くれてやった時、ゴムタイヤを鉄の硬さまで圧縮したみてーな手応えを感じたぜ。
 こりゃ一発二発打ち込んだ位じゃ、倒せそーにないぞ……)
勇次郎は一合交えただけで感じ取れた、鳴海の戦力に僅かに感心を示した。
「ほう、これ程の剄力を身に付けているとは、こいつは存外に楽しめそうだ」

勇次郎は再び威嚇の姿勢。
その姿勢からは肢体に滞り無く重心線、正中線共にぶれも無く達人の自然体並に隙が見出せない。
勇次郎の素早さと耐久力を相手に、小手先の技やフェイントは無意味どころか自分に隙を作るだけ
そう判断した鳴海は、再度一直線に勇次郎へ向かう。
大地への強烈な踏み込みを、そのまま拳の発剄の威力に上乗せする劈拳。
鳴海にとって全霊の速度と威力を込めた劈拳は、勇次郎の顔面を捉えた。
同時に鳴海の無防備になった腹に、勇次郎の膝が打ち込まれた。
並の自動人形以上の強力を、武の達人の如き力の集約で叩き込む勇次郎の打撃は
しろがねの中でも突出して鍛え上げられた、鳴海の強靭な肉体も確実に削っていく。
(何てヤローだ!! 俺の全力の劈拳喰らいながら、お構いなしで攻撃して来やがる!)
体勢を立て直す間も無く、勇次郎に胸を殴られる。
「ぐはっ!!」
(この威力で、連打できんのかよ!!)
殴られた衝撃を流しながら、鳴海は後退し間を取ろうと図るも
勇次郎に、瞬時にして間を詰められた。

鳴海の技は拳足を媒介にして、丹田で練られた気を打ち込む事を本分とする為
一定以上の威力を得るには、気を溜める間を必要とする。
対して勇次郎は強大な気を持つものの、それを操る体系的な修行によって身に付けた技は無く
その武技の内容は、鳴海より純粋な身体能力の比率が高い。
更には勇次郎の持つ身体能力は、鳴海の上を行く物である。
したがって鳴海より少ない溜めで、強打を打つ事が出来た。
二人の技の回転速度の差は、常人には認識不可能な程だが
正に鳴海と勇次郎の二人による戦いの次元では、優劣を決する差となった。
鳴海が一撃入れる間に、勇次郎は二撃を入れる事が出来る。
嵐の如きと言う形容すら足りないと思える、勇次郎の拳足による猛攻に
鳴海は次第に、受けの一方に追い詰められていった。
受けた腕からは流血し、体力は削られていく。
(こいつやっぱり人間じゃねーよ、攻め手が全然衰えやがらねー!!)
何時止むとも知れぬ勇次郎の猛攻を受け続け、鳴海は打開法を脳裏で探る。


鳴海が先程までとは打撃の質を変え、反撃に出る。
一撃一撃に十分な気を込めずとも量で持って押す、拙速と呼んでいい連撃。
鳴海と勇次郎は、ラッシュの応酬になる。
手数において勇次郎と拮抗するも、鳴海の技は勇次郎相手に有効打となり得ていない。
徐々に勇次郎が、力で押し始める。
鳴海が勇次郎の鳩尾に蹴りを入れるも、返しの回し蹴りで倒される。
立ち上がり様に貰いそうになった勇次郎の膝を、上体を捻り紙一重で避わした。
力負けを自覚しながら、鳴海は更に技の回転を上げようと試みる。
鳴海の繰り出す拳は、もはや気はおろか腰との連動も無い手打ちのパンチ。
それを胴体に喰らいながらも、勇次郎は微動だにせず拳を返す。
拳を側頭に喰らって鳴海は体が半回転するもその場に留まり、勇次郎に背を向けた体勢になる。
鳴海は勇次郎の死角で左腕の付け根のつまみをひねり刃、聖ジョルジュの剣を引き出した。

ここまでは、鳴海の作戦通り。
軽打をもって手数を増やし、勇次郎の油断を誘う。
勇次郎に不自然に思われぬ様、死角を作り左腕から聖ジョルジュの剣を引き出す。
狙いはもっとも回避し難い胴体。
(素手の相手には気が引ける真似だがよ、赤木に習って手段は選ばないと決めたんだ!)
鳴海は振り向き様、聖ジョルジュの剣を勇次郎の胴体目掛け横薙ぎに振るった。

「…………!」
聖ジョルジュの剣が、勇次郎に届く寸前
左腕の二の腕を、勇次郎の掌が受けていた。
「左腕に仕込刀か。だが踏み込みと重心を打撃から斬撃のそれに変えては、不意を付く意味が無かったな」
勇次郎の足先が、鳴海の腹を貫く。
「がはぁっ!!」
後ろにたたらを踏む鳴海の胸に、更に勇次郎の蹴りが入る。
鳴海は自分の胸骨に、ひびが入った事が分かった。
鳴海の顔に、絶望の色が混じり始めた。


 ◇  ◆  ◇

上空からのオリンピアに拠る急襲を、独歩は逆十字号のハンドルを切り避ける。
「独歩さん、逆十字号を下ろして!!」
「地上で迎え討とうってのかい!?」
「今襲ってきたのは、しろがねなんだ! 僕はしろがねを説得してみせる!!」
独歩は勝の言葉に驚きつつも、逆十字号を二足歩行の状態から四輪に戻す。
逆十字号から降りた二人の前に、才賀エレオノールがオリンピアと共に降りて来る。
エレオノールはオリンピアを自分の前に出し、傀儡の構えに入る。

(しろがねが僕達を襲撃してきたという事は、多分まだ参加者が複数の時点から連れて来られたのに気付いていないんだ。
 ならそれを教えれば、もしかしたら説得の糸口になるかもしれない……)
勝は独歩を庇う様に前に出て、エレオノールを真っ直ぐ見据えた。
「僕の話を聞いてしろがね! 僕は本当は綾崎ハヤテじゃ無く、才賀勝なんだ!!」
エレオノールの動きが止まる。
「僕が人形繰りを出来るのも、ギイさんを知っているのも事情があるんだ!」
エレオノールは探る様に、勝を見る目を細める。
「この殺し合いの参加者はそれぞれ時間軸上の違う点か、もしくは並行世界間を移動して……」
「申し訳ありません、お坊ちゃま!!!」
勝の話を遮り、エレオノールは膝を折り頭を下げた。

事情説明に入ろうとした勝は、エレオノールから突然謝罪を受け困惑する。
(まだ説明の途中なのに、何でしろがねが謝ってるんだろう?
 お坊ちゃまと呼んだって事は、僕が勝だって信じたって事なんだろうけど……)
「知らぬとは言えお坊ちゃまを疑い、まして傷付けるなど幾ら謝罪を重ねても許される事ではありません!」
「…………えーっと、しろがねは何処まで事情を理解して……」
「ですが今は、殺し合いの渦中。どうかしろがねをお傍に置いて、お坊ちゃまを守る事を許して下さい!!」


(……経緯は分からないけど、どうやら僕が勝だっていうのは分かってくれたみたいだ)
勝は重荷を降ろした様に、心からの安堵の溜息をつく。
「……許す事なんて、何も無いよしろがね。
 だからそんなに畏まらないで、僕はまたしろがねと居られるだけで嬉しいんだから……」
「ああ、お坊ちゃまありがとうございます!」
勝との会話を終え、エレオノールはようやく立ち上がった。

少し二人から取り残された気分だった独歩は、気を取り直し話し掛ける。
「あー……何だか問題は解決したみたいだし、俺は勇次郎ん所に行ってきていいかい?」
(そうだった、こんな事してる場合じゃないよ! しろがねからは後で事情を聞くとして、今は鳴海兄ちゃんを助けに行かないと!!)
「鳴海が、この近くに居るのですか?」
「最初に僕達が集められた場所に居た勇次郎って人の所に、一人で向かっていたんだ!
 独歩さん! 僕も一緒に行くよ!!」
勝達の居る場所からは、建物の陰になって鳴海の様子は伺えない。
勝は気を揉んで、鳴海の下へ急ごうとする。
「私も同行しましょう」
エレオノールはオリンピアを動かし、逆十字号に乗り込もうとする勝と独歩の背後に立たせ
オリンピアの、肘から出した刃を振り下ろした。

「…………しろがね!?」
勝が振り返った時には、独歩が自分に振り下ろされた刃を避け
勝に振り下ろされた刃を、白刃取りにしていた。
「……嬢ちゃんよ、騙し打ちするんならもっと上手く殺気を消さねぇと……な!!」
独歩は前蹴りで、オリンピアを後方へ蹴り飛ばす。
「……くっ!」


一度安堵しただけに、勝はしろがねの変節に動揺する。
(……そんな、しろがねはやっぱり僕が勝だって信じてなかったの!?)
やっと得た希望を、しろがね本人に打ち砕かれた。
心に走る痛みで、泣き出しそうになる。
(…………こんな事で、止まってちゃ駄目だ……。僕は自分で、しろがねを止めるって決めたんだから!)

人形を構えさせるエレオノールと、前羽の構えを取る独歩が対峙する。
「LES ARTS MARTIAUX!(戦いのアート)」
「へっ、俺と人形で遊ぼうってのかい!」
勝が二人の間に、割って入る。
「待ってしろがね! 僕の話はまだ終わってないよ!!」
「おいおい、まだあの嬢ちゃんを説得しようってのかよ!?」
独歩の言葉を無視して、勝はしろがねの説得に臨んだ。
「しろがね、僕が勝だと信じられないならそれでもいい。
 でもこんなやり方で勝を守ったとしても、本物の勝が受け入れてくれると思っているのか?」
「……どうでもいい事だ」
エレオノールの言葉を聞き、勝の背筋に寒気が走る。
「私にはもう才賀勝そのものが、どうでもいい。勝を守らずとも、人間になる方法が有るのだからな」
「何だよ、その方法って!? もしかして、殺し合いの優勝者への褒美の事!?
 殺し合いの主催者の話なんて、信用出来る訳ないだろ!!?」
「今の状況では、少なくとも勝を守るより確実な方法だ」


(あの優しかったしろがねが、僕の命をどうでもいいって…………)
自分にとって優しい姉の様な存在だった、しろがねの冷淡な言葉に
勝は刹那、凍り付いた様に立ち竦む。
その隙を見逃さず、エレオノールはオリンピアで勝に切り掛かった。
「……おっと」
勝に伸びるオリンピアの腕を、独歩が手刀で払った。
「坊主、積もる話もあるみてぇだがここは一先ず俺に任せとけや」
「独歩さん一人に任せてなんて置けないよ! しろがねがああなったのも、僕に責任があるんだから!!」
勝にはエレオノールが殺し合いに乗る危険性を弁えていながら、何の手も打てなかった事に責任を感じていた。
(僕はしろがねとずっと一緒に居たんだから、何か手を打てた筈なのに……)

「やれやれ、武神だとまで謳われた俺も堕ちたもんだぜ。こんな浅はかなガキに見くびられるとはよ……」
「僕は独歩さんを見くびってる訳じゃ…………!!」
反論しようとする勝の眼前に、独歩が正拳を寸止めさせる。
(来ると分かってた拳に、反応出来なかった……)
独歩の繰り出す未知の技術に、勝は素直に驚きを見せた。
「下らない御託が多いとこが、浅はかだって言ってんだよ坊や
 お前さんは、あの嬢ちゃんを自由に出来る神様か? お前さんが全部背負い込んで、万事解決するってのか?」
「LA RONDE DE DESTRUCTION!!(破壊輪舞曲)」
「独歩さん、後ろ!!」
勝と話す独歩の背後から、オリンピアが縦回転で迫る。
頭上から落ちる、オリンピアの踵の棘付き拍車を手刀で往なし
斜め上から切り込んでくる刃を、掌で逸らし
全身を回転させ体当たりを図るオリンピアを、半身になり腹に肘を打って横に流した。
「矢でも鉄砲でもお人形さんでも持ってこいや!」
破壊輪舞曲は複数の自動人形をも、同時に破壊し得る技。
それを受け流した独歩の技量に、勝もエレオノールも驚嘆を隠し切れない。
「嬢ちゃんを死なない程度にやっつけて、とっ捕まえりゃ良いんだろ?
 餅は餅屋ってな。こういう荒事は、空手家の俺に任せときゃいいんだよ」


勝は下手な援護をしようとして、負傷したり人質になり足手纏いになるリスクを冒さず
独歩とエレオノールの戦いを、離れて見守る事にした。
オリンピアによる攻撃を、危なげ無く捌いていく様を見るに
エレオノールの相手は、独歩に任せて問題無いと判断し
勝は鳴海の様子を、建物の陰から伺う。

勇次郎の異常な戦闘能力。
手も足も出ず圧倒される鳴海。
その目で見ながらも信じ難い光景に、勝は愕然とした。
(あのままじゃ鳴海兄ちゃんは、確実に殺される!)

鳴海に援護を要するのは分かった。
だが、具体的にどうすればいいかが分からない。
丸腰の勝の戦力では、勇次郎相手では無きに等しいのは明らか。
武装する必要がある。
手持ちには武器に成りそうな物は無い。
ならば何処から何を調達するか?

「すいません独歩さん、逆十字号を借ります!!」
逆十字号を発進させる勝に対し、声を掛けられた独歩以上にエレオノールが気を取られた。
車で撥ねられる危険が頭を過ぎったエレオノールは、視線をそちらに向ける。
逆十字号が自分の方へ向かっていないのを確認し、視線を戻した時には
独歩は拳の射程距離内で、腰を落としていた。
エレオノールは、反動を付けず跳躍。
独歩の右中段突きが、エレオノールの足先を掠める。
オリンピアを軸、懸糸を半径に空中で半円を描き着地。


「驚いた、嬢ちゃんその体格で天内並に飛べるんだな。一体どんな鍛え方してんだ?」
「私はしろがね、例え人形が無くとも普通の人間に遅れは取らない」
「何だそりゃ? 1億年以上前の地層から、塩漬けで出てきた原始人とか言うんじゃ無いだろうな」
「車を乗り逃げされたのに、放って置いていいのか?」
「ククク……俺に揺さぶり掛けてるんだとしたら、ちょっと外したなそれ。
 大体人の心配してられる状態じゃねぇだろ……嬢ちゃんはよ」
戦いはエレオノールがオリンピアで仕掛けるも、独歩がそれをを捌き
独歩がエレオノールとの間を、詰めるに詰められない膠着状態に入る。
(まいったな……あんまり手間取ると、勇次郎と居る兄ちゃんと坊主が危ないってのに…………)

 ◇  ◆  ◇

鳴海は勇次郎に対し構えながら、乱れた息を整えた。
「闘いこそが至上のコミュニケーション…………SEX以上のな……」
「訳の分かんない事言ってんじゃねぇよ、この変態ヤロー!!」
鳴海の中段蹴りを、勇次郎は脛で受ける。
蹴りを放った鳴海の全身に、衝撃が浸透する。
「喰いたいものも喰わず……抱きたい女も抱かず……」
今度は勇次郎の中段蹴り。
肋骨が折れ、鳴海は前に蹲る形になる。
「喰わず……遊ばず……楽しまず……」
鳴海の左側頭部に、勇次郎の張り手。
鼓膜の破れた音を最後に、鳴海の左耳から音声が消えた。
「そうしてたんねんに積みあげた技術を…………蹂躙する…………」
勇次郎の踵落としを頭頂に喰らい、アスファルト面にひびが入る程の勢いで叩きつけられ
鳴海はそのまま倒れ伏した。
「最高の娯楽だ!!!」


自分に近付いてくる、自動車の走行音を聞き
勇次郎は鳴海を踏み付けようとする足を止め、そちらを見やった。
勝が運転する逆十字号が、勇次郎へ真っ直ぐに向かって来ていた。
「フン…………車で撥ねれば、俺を倒し得る。女子供の考えそうな事だ」

逆十字号は四輪の状態では、勝の知る乗用車と運転の要領はほとんど変わらない。
小学生の年齢の勝に、乗用車の運転経験は無いが
才賀正二とフェイスレスの記憶により、運転方法を知っていた。
アクセルを全開まで踏み、躊躇無く勇次郎を狙う。
勝の目には、自然体で直立していた勇次郎が
次の瞬間には右腕の先を、逆十字号のバンパーに突き刺していたとしか認識出来なかった。
逆十字号の前方に働く慣性力を受けて、勇次郎が殴って止めたと理解した。
(今だ!!!)
座席を蹴る力を慣性力に上乗せし、屋根の無い逆十字号から勇次郎に飛び掛る。
予想外の動きと速さに、勇次郎は勝を右肩に取り付かせる事を許してしまう。
勇次郎の頭突きを受け、勝は体ごと受身も取れない勢いで吹き飛ばされた。
勝は頭突きからも、勇次郎の想像を絶する膂力と技量を読み取る。
「キサマッッ…………」
勝を睨み付ける勇次郎の右肩から下は、力無く垂れ下がっていた。

勝が先程逆十字号で仕掛けた際は、鳴海を助けるに必死でそれ処では無かったが
改めて向かい合うと、勇次郎の威圧感は尋常ではない。
黒い太陽を連想させる、フェイスレスに匹敵する存在感と
経験の無い圧倒的な暴力の匂いに、勝は全身の震えがおさまらない。
ともすれば逃げ出したくなる衝動を抑え、勝は強い態度で言い放った。
「お前の右肩の関節は分解した! もう、お前に勝ち目は無い! おとなしく、降参しろ!!」
「この俺に降服勧告だと…………?」
勇次郎は周囲の空間を歪ませると、見紛うばかりの怒気を放つ。
「肩関節を外した如きで、ハネッ返りおって!!」


勝は勇次郎の注意を自分に引き付けられたのを確認すると、鳴海の様子を伺う。
呼吸はしているが体にほとんど動きが見られず、目は開いているがその焦点は定まらない。
(鳴海兄ちゃんの意識は、まだ完全には戻っていないか…………)
元より勝は勇次郎相手に勝てるとも、降服勧告が受け入れられるとも思っていない。
勝の目的は鳴海が戦うか、せめて逃げられる状態になるまでの時間稼ぎ。
(勇次郎の戦法は格闘のみ。その上腕も使えない今でも、攻撃を避け続けられる公算は低い。
 …………だからこそ、僕に油断はないよ)

勝は勇次郎との、間合いを計る。
才賀正二とフェイスレスの記憶から継いだ戦闘技術を、自身の訓練と実戦を以って血肉にした勝は
格闘戦において、間合いを制御する技術も持っていた。
勇次郎程の規格外が、相手で無ければの話だが。
勇次郎が一歩で間を詰める。勝の持つ3人分の経験と技術が、全てふいになる速さ。
左大腿部に鋭い衝撃。
勝は左腿から突き出た自分の骨を見て、ようやく勇次郎に蹴られたと理解する。

「もう……逃げられないぜ」
左腿の痛みに蹲る勝を見下ろす勇次郎は、凄絶としか例えようの無い笑みを浮かべた。
(こいつ、何て嬉しそうに人を傷付けるんだ…………)
一撃を受けただけで、勝は自分の勇次郎に対する認識の甘さに気付かされた。
右からの衝撃に、15mは地面と水平に飛ばされ民家の壁に激突。
左脚を上げた勇次郎を見ても、勝はまだ自分が蹴り飛ばされた実感が無い。
勝にとって大型車にでも追突されたと言われた方が、まだ納得がいく威力だった。


勇次郎が間を詰めてくる。またも途中経過を、認識出来ない速度。
「どうした坊や? 俺に勝ち目は無いんだろ?」
腹を蹴られ、口から血を吐く。
(…………これは、内臓をやられた……!)

鼻先に蹴りが入る。鼻の骨が一撃で砕けた。

肋骨が一蹴りで、何本も折れたのが分かる。

頭の左横を勇次郎の蹴りが通る。左耳の状態を確認しようとたら、既に無くなっていた。

右手を踏まれた。骨は原型を留めぬ程に粉砕されている。

もう一度右手を踏まれる。右手そのものが、機械で圧縮された様に潰された。

才賀勝は勇敢な子供だ。
自分をいじめる同級生にも
人形使いの大人にも
人の生き血を糧とする自動人形にも
臆する事無く、果敢に立ち向かっていった。
だが目の前の殺気を自分に向ける悪鬼(オーガ)に対し、今の勝は戦意を完全に失っていた。
「ガキは相応しい相手と遊んでりゃいいものを、俺に挑もう等と戯けた事を…………」
戦う事も逃げる事も適わない、絶望だけが勝に残された。

 ◇  ◆  ◇


どうも、意識がはっきりしない。
意識だけじゃない、視界もぼやけてやがる。
勇次郎に蹴り倒されてからの、記憶も無い。
そうだ、俺は戦ってたんじゃねぇか!!

近くで交通事故みたいな音がした。
何が起こったのか確かめたいが、どうしても視界が定まらない。
ついでに体中の力が抜けて、手足も動かないと来てる。

やっとましに見える様になって来た。
勇次郎が、誰かと戦ってるらしい。
相手は…………あのボウズだ! 何であのボウズが?
ボウズと目が合う。
言葉が有った訳じゃないが、あいつの意思が伝わった。
あいつは俺を庇う為に、戦ってるんだ。
胡散臭く思ってたボウズだが、今はそれ所じゃない。
子供に戦わせて、のんびり寝てられるか!

手足に脳からの命令を伝えるが、ビクともしない。
クソッ、体の何処にも力が入らねぇ!
鈍い破壊音。
ボウズの脚が折られた!
続く蹴りでボウズが殺されそうな程吹っ飛ばされた。
ボウズはまだ何とか、息があったみたいだ。
……いや、勇次郎の奴の笑みを見れば分かる。
あのヤローは、ボウズを殺さない様に嬲ってやがる!!


───また、守れないのかナルミ?
体の奥から力が湧き上がる。
これは力じゃない、怒りだ。
───おまえは……強かったのだろう!?
動かないじゃない、動けよ俺の手足!!
今動かないでどうする! 俺は何の為に強くなった!?
───また命は、俺をすり抜けて行っちまうのか!?
俺はあの女と約束したんだ!
あの子供を……助けるって……。

思い出した!! 何でこんな大事な事を忘れていた!!?
いいツラで笑う子供、あの水と炎と……崩れる壁の中で……。
今度こそ!! 今度こそは!!!

 ◇  ◆  ◇

背後で幽鬼の如く立ち上がる鳴海に、勇次郎は振り向く。
「まだ、やらせてくれんのか」
鳴海へ向かおうとする勇次郎に、勝が声を掛けた。
「…………待て、お前の相手は僕だろ……」
「クククッ、健気なもんだな……」
勇次郎は鳴海へ向かう足を止め、勝に止めを刺すべく戻ろうとする。
「…………!!!」
背中からの鳴海の突きを勇次郎は腕で受けるも、威力を吸収しきれず地を擦り体ごと後退した。


「……キサマッ、何者だ!?」
勇次郎が何故そう問うたのかは、自分にも良く分かっていない。
先刻に自分が戦っていた者と同一なのは一目瞭然であるし、名前等の個人情報が知りたい訳でも無い。
ただ鳴海の先刻までとはまるで異質な闘気に、図らずも言葉が出ていた。
「悪魔(デモン)さ」
満身創痍の筈の鳴海が、再び三体式の構えを取った。

「この俺を前にして悪魔(デモン)を名乗るとは、その度胸や良し」
勇次郎は右足の爪先で、地面をトントンと叩く。
「ただしその体調(コンディション)で俺の相手が務まると思うのは、ハネッ返り過ぎではないか?」
予備動作の無い拳以上の速さの右蹴りが、鳴海の左頬に伸びる。
鳴海は今までに無い鋭い踏み込みで、蹴りの打点ずらしながら中段突き。
勇次郎の体がくの字に曲がる。
間髪を入れず、鳴海は勇次郎の顎を蹴り上げた。
上下に体が伸びきった勇次郎の顎に、鳴海は更に拳を叩き込む。
勇次郎の体が回転しながら、民家の壁に叩き付けられ倒された。

勇次郎は怒りよりも、驚きが大きい。
先刻まで、自分が圧倒していた相手。
しかも立っているのもやっとの、重傷を負っている筈の者が
先刻より攻撃の重さも鋭さも、上がっている。
不可解な現象だが、勇次郎にとって確かな事は一つ。
自分が望む上等の餌が、現れたという事。


「……凄い…………」
勝が壁に手をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。
「何だ……一人で立てんのか…………」
鳴海が勝に笑い掛ける。

「…………何時の間に、そんなに強くなったんだよ…………勝……」

勝の表情が、驚愕に染まった。
(─────今、僕を勝って)
勝は殺し合いが始まってから、自分の名を鳴海に教えていない。
それなのに鳴海は、自分の名を呼んだ。
「……………………鳴海兄ちゃん…………記憶が戻ったの…………」
勝の目から涙が、しかし表情には笑みが零れる。

勇次郎が憤怒の表情で立ち上がる。
瀕死と思われた者に、倒されたのが勇次郎の自尊心を傷付けていた。
「良く頑張ったな勝」
───やっとまた会えたな勝。
鳴海は勝を庇う様に、勇次郎に立ち塞がる。
「だけどもう寝てていいぜ、後は……」
───今度はお前を
悪鬼(オーガ)の気迫にも、今の勝に恐れは無い。
今の鳴海は、悪鬼(オーガ)に後れを取らない悪魔(デモン)だと分かるから。
「───俺が守ってやる!!」

 ◇  ◆  ◇


もう何度目になるか分からないオリンピアの斬撃を、独歩のまわし受けが往なす。
(頑丈な人形だな、何発も打ち込んだってのにまるで堪えないでやんの
 それにしてもさっきから、嬢ちゃんの攻撃が妙に単調なんだよな……)
人形操りの合間にエレオノールは、民家からガラス窓を外していた。
(何やってんだ、あの嬢ちゃん?)
オリンピアの羽が広がり、独歩の視界を塞いだ。
エレオノールは窓ガラスを、地面に叩き割る。
横に飛んで羽をかわした独歩に、エレオノールの投げた鋭いガラス片が飛来。
七つのガラス片を、独歩はまわし受けで全て撃墜した。
その両腕を、オリンピアの両手が掴む。
(物投げながら、人形操れたのか!?)

「ここまで良く戦った、日本人の戦士よ。だがもう終わりだ、聖母に抱かれ安らうがいい」
オリンピアのもう一対残った両腕の指から、注射器が現れた。
「LA SAINTE VIERGE D’EMBRASSEMENT(聖母の抱擁)」
自動人形の疑似体液を注射器で抜き取る、オリンピアの武器。
そして2000ccの血液を放出すれば致死量に至る、人間に対しても必殺の武器となる。
計10本の注射器が、独歩に突き立てられた。

「呼ッ!!」
エレオノールの銀色の目が、驚愕に見開かれた。
空手道に伝わる、三戦(サンチン)の型を取る独歩の体に
人間より遥かに頑強な自動人形を貫いてきた、オリンピアの注射器が通らないでいる。
「俺はこの年になっても注射が嫌いなもんでよ、遠慮させて貰うぜ」
独歩は型のまま吸気に合わせ両肘を引き、呼気と共に両掌でオリンピアを突いた。
エレオノールの操作を離れ、中空を舞うオリンピア。
そのオリンピアの足先を独歩が蹴り、中空で激しく横回転する。
エレオノールの操作に無い回転に、オリンピアの懸糸は一本に捻じり取られていく。
一本になった懸糸は、独歩の手刀で切断された。


(馬鹿な、懸糸を無手で断ち切るなど有り得ない!!)
オリンピアの懸糸は鋼線等より強靭な、特殊繊維で出来ている。
その上十本を一纏めにした状態では、素手の人間に切断など
エレオノールの知識で考えれば、絶対に不可能である。
「手に何も持たぬことを旨とする道、それが空手だ。
 武器より硬く、武器より切れるんだわ。俺の手はな」

どうやってか十指の指貫を同時に抜いて、エレオノールは背を向け走り出した。
「逃げる女を追うなんざ柄じゃねぇが、坊主に任せろって啖呵切っちまったからな」
独歩は、エレオノールを追うべく駆け出す。
エレオノールは振り向きもせず、手元に隠し持っていたガラス片を独歩の足下に投げた。
飛び上がって避ける独歩は、自分に飛んで来るもう一つのガラス片を払い落とす。
勢いを失くし着地した独歩は、エレオノールは建物の陰に消えていく。
独歩はその建物の陰に回り込むが、エレオノールの姿は発見出来なかった。
「……ちっ、結局逃がしちまったか」
エレオノールの追跡は不可能と判断し、独歩は勇次郎の下へ向かう。

雑居ビルとビルの間の路地に、座り込みエレオノールは辺りの気配と物音に注意を払う。
しばらく誰も近付く気配も無く、ようやく幾ばくか気を緩めた。
しろがねの体力を持っていても、人形操りは精神的な消耗がある。
エレオノールはしばし、その場で休む事とした。

(無手の人間に不覚を取り、オリンピアを失うとは……)
エレオノールは考える。
この会場には、人形以上の戦力を持つ人間が集まっていると。
(強い武器が要る。オリンピアより強力な武器が……)
束の間の安らぎにも、エレオノールは戦いを忘れられないでいた。


 ◇  ◆  ◇

勇次郎が放った連続蹴りは、弾幕に例えられるほどに速度と変化と持続を併せ持っていた
傍で見ていた勝はおろか、鳴海の目にも一つとして捉えられない。
(目で見える必要は無い……)
しかしそれらは全て鳴海に受けられ、捌かれ急所に届かない。
(敵の骨の軋みと血の流れ……空気の流れを聞くんだ)
鳴海の心中は怒りに焼かれながら、体は武の師の教えを忠実に再現する。

勇次郎は蹴り続けたまま、軸足で飛ぶ。
しろがねを知る勝ですら、唖然とする運動能力。
鳴海の直上から、勇次郎の浴びせ蹴りが迫る。
それが届くより先に、勇次郎は背中から蹴り飛ばされた。
空中で身を捻って着地する勇次郎の腹に、鳴海の肘。
勇次郎の下段への蹴りを、鳴海は脛で迎え撃とうとする。
刹那、蹴りは中断に変化。鳴海も肘で受けの構え。
更に上段、鳴海の頭に蹴りは入る。