帝王賛歌

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帝王賛歌 ◆hqLsjDR84w


 課せられた制限の重さを改めて認識し、意図せずとも舌打ちが漏れる。
 『外部からの刺激を受ける』ことなく、『矛盾を見つけた』だけで解除されてしまうとは。
 そもそも完璧な幻影を作るなど、とても骨が折れることだ。
 私が知らぬ事象は想像で補うしかない。そこを完璧にするなんてのは、ハッキリ言えば『無茶』だし『無理』だ。
 蝶野攻爵――あの奇抜な衣装の為に覚えている――は首輪を嵌めていないようなので、本来はスタンドが見えないはずだが……
 見ることが出来るのだ。私だけに課せられた、特殊な制限の所為で。
 よくも、こんな制限を……ッ。
 口に力が篭り、ギリリと歯の軋む音が頭に響く。
 冷静になれ。そう自分に言い聞かせて、思案する。
 伊藤博士は、私とも蝶野とも一定の距離がある場所に避難した。
 それでいい。そこならば、蝶野の操る火薬が及ぶこともないだろう。
 まあ、奴は伊藤博士を連れ去ろうとしていたので殺すことはないだろうが、流れ弾が飛来することもある。
 彼を救出したように見せかけ、さらにBADAN内での信頼を得るのも悪くない。
 何せ、あと『二日』あるのだ。

 ……しかし何故、伊藤博士なのだ?
 伊藤博士は、BADANの研究員の中で最も技術力があるという話は聞いている。
 それが目的ならば、伊藤博士を狙う理由は分かる。技術を奪いたいのだろう。
 だが、だとしたら蝶野はどうやって、そしていつ伊藤博士の技術力を知った?
 無差別に研究員を連れ去ろうとして、偶然に伊藤博士を選んだだろうか?
 何にせよ、崇高なDIOと私の目的にとっては、どうでもいいことなのだが。

 さて、先ほど見た研究員の記憶を思い出せ。
 蝶野の黒色火薬――『ニアデスハピネス』とか言ったな――の射程はかなり広大だった。
 おそらくは、私のホワイトスネイクの射程距離=二十メートルよりも。
 しかし、舞台は研究室だ。
 あの火薬の射程がどれだけかは知らないが、視界が広く開いた屋外のような場所で戦うよりはマシだろう。
 これだけ隠れる場所があれば、射程の広さで劣るホワイトスネイクでも接近できる可能性はある。

『暗闇大使様が、侵入者への討伐へと出征! 生存している兵士は、速やかに撤退。道を空けろ!』

 響き渡るアナウンス。暗闇大使が来る、か。
 ならば、ゆっくりはしていられない。
 暗闇大使が来る前に、速やかに蝶野の記憶を奪わねばならない。
 『道を空けろ』ということは、魔方陣は使用していないのだろう。
 そもそも使用していたのなら、既にこの場に到着しているはずだ。
 確か魔方陣は、奴の敬愛する大首領の能力だったはずだ。
 己の不手際を収束するのに大首領の能力を使うなどおこがましい――といったところか。
 『幸運』だ。魔方陣でここまで来られては、記憶を奪う事など出来なかっただろう。
 やはり、『天国』は私を『引』いているようだな。

 が、どう攻めるか。
 リンプ・ビズキットのDISCを差し込み、殺された怪人共を生き返らせて操るか?
 自分の案ながら、あまりに馬鹿馬鹿しい。
 ただでさえ疲労の大きさに困っているのに、この状況で慣れないスタンドで、これだけの量を生き返らせるなど愚行にもほどがある。
 ならば、死神13を使うか?
 昏睡している間ならばともかく、起きてしまった以上は使えない。
 何より、殺してしまってどうする。
 記憶を手にしなくてはならないのだ。
 フン、ここまで考えたが、そもそも完全に信頼出来るスタンドなど一つしかない。

 蝶野の背に羽が、生えた。それで以って、宙へと浮かぶ蝶野。
 飛ぶ際に、羽の下部が燃焼しているように見える。あの羽は、ニアデスハピネスによるものだろうか?
 天井付近で、蝶野の上昇が止まる。
 こちらの動くのを待っているのか、動かぬ蝶野を見据え、己の分身の名を軽く呟く。

 ――――来ないのならば、こちらからいかせてもらうぞ。

 タイムリミットは暗闇大使が訪れるまで。
 私の勝ちは記憶を手に入れること。敗北は天国へ行けないこと、だ。


 己の武装錬金の名を呟き、核鉄を展開。
 昏睡していた際に、それまで展開していたニアデスハピネスは核鉄に戻り、それまで宙を漂わせていた黒色火薬は消滅してしまった。新しく生成せねばならない。
 展開させるのは片方だけ、もう一つは核鉄状態にしてポケットへとしまい込む。疲労の大きさを考慮して、だ。
 目の前のスタンドは動かない。
 ニアデスハピネスを展開中の今がチャンス――とは言っても、やられはしないが――なのだが、おそらくは伊藤博士に流れ弾が飛ぶことを恐れているのだろう。
 目の前のスタンドは、伊藤博士を救出に来たようだ。
 尖兵は多いようだが、ここが研究室にもかかわらず研究員は少数だった。
 その研究員を殺されるのは、いくらBADANでも痛いということか。
 硬直状態。
 伊藤博士が一定の距離を取るまで、あのスタンドは動かないのだろうか。
 もしそうならば、好都合だ。
 その間に、周囲にニアデスハピネスを展開させてもらうとしよう。

 さて、その間何もしないのは馬鹿だ。考えるべきことは、大量にある。
 『貴様の能力は割れた』。目の前のスタンドにそう言ったが、それはハッタリだ。
 DIOから奪った詳細名簿によれば、バトルロワイアルに呼び出されたスタンド使いは三人。
 その中の空条承太郎でも、DIOでもない三人目の男。吉良とか言ったか。
 奴の頁には、『三種の爆破能力を持つ』とあった。
 そのことから、スタンドの持つ特殊能力が一種とは限らないことが分かる。
 目の前のスタンドは、何か能力を隠しているのだろうか?
 隠しているのならば、その能力とはいったい? ――見極め不可。
 現時点でも推測くらいは出来るかもしれないが、所詮は推測。
 それに意味はない。
 幻覚以外にも、何かしらの能力を隠している可能性がある――程度の認識で問題ないだろう。


 ――さて、疑問が二つある。


 一つは、あのスタンドが『どうやって』幻覚を見せたのか。
 幻覚といえば、思い出すのはクソヒイヒイジイの武装錬金。
 即ち、チャフの武装錬金『アリス・インワンダーランド』。
 拡散状態では有機無機のの神経系に作用し、方向感覚と距離感を狂わせること。
 そして密集させて濃度を上げた状態では、神経系の中枢である脳にまで作用して――幻覚をもたらす。
 それと同種の能力だろうか?
 ……いや、それだけは絶対にノン。
 アリス・インワンダーランドと同じ方法で幻覚世界へと落とされたならば、その瞬間に強烈な発光を感じていたはずだ。
 しかし、そんな感覚はなかった。
 試しに、瓦礫の破片を軽く蹴飛ばしてみる。
 破片は俺の足に正確に当たり、思った通りの方向へと転がっていた。
 あのスタンドから離れている状態だが、やはり方向感覚と距離感に異常はない。
 アリス・インワンダーランドと同種の能力ならば、離れている状態では方向感覚と距離感が狂ってしまうはずなのにだ。
 以上の事から、確定だ。
 同じ幻覚を見せる能力でも、その方法がアリス・インワンダーランドとは全く異なる。
 ゆえに、アリス・インワンダーランドと同じ対処方法ではどうにもならない。
 どの段階で、幻覚にかかっていたのかが鍵となる。
 今現在しかけてきていない――既に幻覚内でないならば――ということは、同じ相手に二度通じないのか?
 或いは、体力の消耗が大きく酷使できない?
 それとも、近付かねば発動不可なのか?
 分からない。
 それならばあえて近づかせればいい。特殊な能力は使わせず、物理攻撃を使わせる。
 食らう気はない。近づかせてから遠ざける。物理攻撃を放とうとした状態で遠ざけ、黒死の蝶で殺す。

 もう一つの疑問だ。
 なんで、『今の俺』がスタンドを視認できた?
 首輪を外している今の俺が、なんでスタンドを視認できているのか。
 実際それによって助かったのだが、激しく疑問である。
 赤木から聞いた、そこを歩いている伊藤博士からの情報。
 それによれば、『スタンド適正の付与』装置が首輪に収納されているらしい。
 その装置により、スタンドDISCが使用可能になると同時に、スタンドを視認できるようになる。
 ――とばかり思っていたのだが、首輪を嵌めていない俺がスタンドを視認できてしまった。
 どういうことだ。
 空条承太郎の口ぶりでは、俺がスタンドを見えているのはおかしい。また、あの場にいたナギとかいう幼女も同じく、見えていてはおかしい。
 おそらくは本来スタンドは、スタンド使いにしか視認できぬものなのだろう。
 それが、何故。
 これまでスタンドが視認できるのは、絶対にスタンド適正付与装置によるもの――と思っていたわけではない。
 赤木の情報による『エネルギー抑制機能』を持つ装置。縮めて、エネルギー抑制装置とでも言うか。
 それにより、スタンドを扱うものに制限をかけている――というのも考えていた。
 だったらば、首輪を嵌めていない俺でもスタンドを視認できた理由は説明できる。
 しかしそれならば、だ。

 ――何故、BADANの部下に制限がかけられている。

 理解不能である。
 あのスタンドの本体は、かつてL・X・Eにいた頃の俺のような不穏分子なのか?
 上に警戒されているのか?
 それで説明はつくが、どうにも釈然としない。
 そんな奴が、俺がいる場所に来るだろうか。わざわざ伊藤博士を救出に来るだろうか。
 まあ、推測にすぎないので何とも言えんがな。
 と、考えていたら、アナウンスが響いた。

『暗闇大使様が、侵入者への討伐へと出征! 生存している兵士は、速やかに撤退。道を空けろ!』

 暗闇大使……JUDOのことだろうか?
 脳裏を掠めるのは、村雨良の変身体に酷似した金色の男。
 しかし、その考えをすぐに塵とする。
 JUDOではない。
 赤木の推測が正しければ――JUDOの口ぶりでは、おそらくは正しい――、ここでわざわざ俺を討伐に来るような男ではない。
 それに来る気であれば、あの男は一瞬でこの場まで来ることが可能だ。道を空ける必要など、欠片もない。
 おそらくは、赤木の言っていた『強者を選定したかった主催者以外のBADAN勢』。
 それにしても、『暗闇大使様』ね。
 敬称がつくって事は、これまでの尖兵達とは一味違うかな。
 この疲労で目の前のスタンドと戦闘後、或いは同時に相手に出来るだろうか。
 だが、帝王に敗北はない。最終的に勝てばいい。逃走も手の一つだ。

 ――しかし、まだ早い。

 ヘルダイバーという名の優秀な足があるのだ。
 このヘルメットをかぶっている限り、来いと思えばやってくる優秀な足が。
 まだ早い。
 逃走しようと思えば、いつでも可能だ。
 伊藤博士を確保してから。
 目の前のスタンドを粉砕してから。
 暗闇大使とやらの力を確認してから。
 或いは、暗闇大使を殺害してから。
 それからでも、遅くはない。

 さて、火薬の総量はもはや十分すぎる。
 右手で空を斬る。すると宙に舞う火薬が集束し、背に生える漆黒の羽となる。
 念じるだけで、フワリと身体が宙に浮かびあがる。
 火薬を燃焼させることでの飛行。
 羽を持つもの――羽化して成虫となったものにしか出来ぬ行為。
 空中にいようとも、射程距離五十メートルを誇るニアデスハピネスは何ともない。
 むしろ相手が空中を攻撃する手段を持っていない限り、こちらが圧倒的な有利となる。
 ゆえに、飛行したのだ。
 伊藤博士は、結構前から俺ともスタンドとも一定の距離保った場所で動かない。
 スタンドが何故仕掛けてこないのかは分からないが……

 ――――来ないのならば、こちらから往かせてもらうぞ。

 ポケットに突っ込んであった回復に使っていた核鉄を取り出す。
 それに首輪を再び巻いて、展開させる。


 とりあえず研究室の隅まで来た。
 ここならば、パピヨンからもホワイトスネイクからもそれなりに距離がある。
 ふう、と息を吐く。
 同時にアナウンス。

『暗闇大使様が、侵入者への討伐へと出征! 生存している兵士は、速やかに撤退。道を空けろ!』

 ドクンと、鼓動が高鳴ったのを感じた。
 あの男が来る――それほどの大事になっているのか。
 しかし、これはもしかしたら幸運かもしれない。
 この混乱の所為で、私の行動は未だ問題にはなっていないようだ。
 もしかしたらBADANが気付かぬうちに、私の漏らした情報により首輪を解除した参加者がここへと訪れるかもしれない。
 私が情報を漏らしたのが明らかになる前ならば、 彼等の襲撃は奇襲となる。
 奇襲というものは対処しづらいものだ。さらに結構な数の尖兵が、パピヨンに殺害された。
 ほんの少し運が向いてきている……のかもしれない。
 とはいえ、BADANはあまりに巨大な組織。私の考えが、あまりに希望的観測だということは分かっている。

 それにしても、パピヨンには驚かされた。
 壁を突き破っての唐突な登場に、その姿。よもや、ライダーマンのヘルメットが支給されていようとは。
 そして何より、首輪をつけていなかったこと。
 ライダーマンのスーツに隠れた首は見えなかったが、マップ外にもかかわらず警告音が鳴らないことに、何よりあの強さを見れば一目瞭然。
 先ほど送信したメールを確認したにしては早い、早すぎる。
 ならば、どうやって解除したのか。
 自分で方法を発見した? まさか。彼が御払いなど試すタイプとは思えない。
 ということは、オンライン麻雀の際に漏らした情報を手に入れたのだろうか。
 大首領に始末された赤木しげるは、命を落とす前に情報を他の人間へと託していた。
 どれだけの参加者を経たのかは分からないが、その結果パピヨンへと伝わり、首輪を解除した。
 そう考えるのが、自然だろう。これまらば、私の名をパピヨンが知っていた説明もつく。
 赤木しげるからパピヨンへと伝わる間に、BADANへ反抗する意思を持つ者の耳に情報が入っていることを祈りたい。

 そのパピヨンは、理由は分からないが私を連れ去ろうとしている。
 情報を漏らしてくれた人間を救うため?
 そんなワケがない。パピヨンがそういう人間でないことは事前の情報で知っているし、そもそも彼は私の名を知らないうちから連れ去ろうとしていた。
 ならば、どうしてだろうか。
 彼曰く、私には利用価値がある。
 ……私に何の価値があるというんだ。
 強大な力を持つBADANに尻尾を振って、科学を危険な方向へと導いたこの私に。
 人質? ありえない。意味を成さない。
 こんな私に何の価値があるというんだ。
 そう告げようとしたら、今度は背後からどこかで聞いたような声。
 同時に、パピヨンが倒れた。
 状況を掴めぬまま声のした方に首を回せば、そこにいたのはエンリコ・プッチのスタンド『ホワイトスネイク』。

 そもそも、バトルロワイアルの参加者達がスタンドを視認できるのは、『スタンド適正付与装置』のおかげだ。
 『スタンド適正付与装置』は、スタンドの適正がある進退にするだけでなく、『スタンドが目視可能な身体になる』効果も持つ。
 この効果は、DISCを入れていようと関係なく発動している。
 しかし、私は首輪を嵌めていない。
 なのに、何故ホワイトスネイクを視認できているのか。
 それはエンリコ・プッチには特別な制限がかけられているからだ。
 『出したスタンドが万人に見えてしまう』という制限が。
 暗闇大使が、私にそうしろと命じたのだ。
 何でも、エンリコ・プッチは信頼できないらしい。
 『スタンド適正付与装置』は大首領が作り出したものらしいが、制限の度合いの弄り方はなんとか分かった。

 支給品を調達する際に、少しだけその姿を見ていたために声に聞き覚えがあったのだろう。
 その能力は既に知っているつもりだった。
 『記憶とスタンドをDISCとして保存する』能力。そのように、私が紛れ込ませた手紙にも記してある。
 が、ホワイトスネイクは異なる能力を行使した。
 相手を昏睡させ、その間に部屋ごとドロドロに溶かすという恐るべき能力。
 後にパピヨンの発言から明らかになるが、昏睡している間パピヨンは幻覚を見せられていたらしい。
 パピヨンが暴れている間に響いていたアナウンスによれば、怪人収容所NO.1とNO.5の怪人がパピヨンを殺害すべくここに急行したらしい。
 怪人収容所一つにつき、中にいる怪人は約五十体。
 収容所二つ分の怪人ということは、その数なんと約百体だ。
 それを圧倒していたパピヨンでさえ一瞬で昏睡するほどに、その能力の前には無力だった。
 幻覚を振り払ったとはいえ、パピヨンはかなり危ない状況だった。
 目覚めるのがあと少し遅ければ、既に彼の肉体は原形を留めぬほどに溶解してしまっていたかもしれない。

 こんな能力を隠していたなんて、思いもよらなかった……
 もしもあの手紙がBADANに反抗する意思を持つ参加者の手に渡り、『記憶とスタンドをDISCとして保存する』能力だけだと勘違いしてしまったならば。
 そのまま、エンリコ・プッチと対峙したならば。
 大変なことになってしまう。
 例えば、村雨君。彼のスペックはよく知っている。
 エンリコ・プッチは暗闇大使に信頼されてないらしく、首輪による制限をかけられている。
 だから正面からの殴り合いならば、エンリコ・プッチのホワイトスネイクは村雨君の敵ではないだろう。
 しかし、もしも幻覚を見せられてしまえば……
 昏睡なんてしてしまえば、スペックで圧倒していても意味がない。
 人間以上の身体能力のパピヨンを昏睡させたことから、たとえ人造人間の村雨君でも安心は出来ない。
 どうにかして、ホワイトスネイクの恐るべき能力を伝えねばならない。しかし、どうやって……?
 研究室は、もはや瓦礫と怪人の死骸で埋め尽くされている。
 パソコンなどどこにあるやら分からないし、見つかったところでスクラップになってるだろう。
 麻雀をした部屋へ行けばどうにかなるが、行く暇などあるものか。
 エンリコ・プッチとパピヨンから離れるだけでも一苦労なのに、この大惨事だ。辺りそこらに、BADAN構成員がいるのは自明。
 だが、諦めるものか。考えろ。希望を捨てていいような立場にはいないんだ……!
 思案を巡らせる。脳をフル稼動させる。
 不意にキラリと輝くものが目に入った。
 ええい、そんな物はどうでもい――って、む? アレは……?
 目を凝らそうとしたのと同時に、轟音が響いた。
 始まった、か。


 ホワイトスネイクが動いたのと、パピヨンがサンライトハートを展開したのは、奇しくも同時。
 ホワイトスネイクは物体をドロドロにする能力で壁を溶かし、空中のパピヨンへと向かうべく壁を移動する。
 壁から天井へと移り、どんどんと距離をつめるホワイトスネイクに動じず、パピヨンはサンライトハートを握り締める。
 すると、サンライトハートから発せられていた山吹色の光が、さらに輝きを増し――切っ先が伸びた。

「――ッ!」

 驚愕に声を詰まらせるのは、ホワイトスネイクとそれを操作するエンリコ・プッチ。
 ホワイトスネイクは既にパピヨンの付近、その距離数メートル。
 パピヨンがニアデスハピネスの燃焼で以って空中で移動し、サンライトハートの切っ先がホワイトスネイクに迫る。
 即座にプッチは、ドロドロにする能力を解除。天井から自由落下するホワイトスネイク。
 下に逃げれば、伸びきったサンライトハートの切っ先から逃れられる。そう思っての行動。
 その推測は正しい。確かに落下すれば、サンライトハートの間合いからは外れる。
 しかし、その行動は過ち。
 ライダーマンのヘルメットから露出したパピヨンの口角が、三日月形に吊り上る。
 ホワイトスネイクの目よりそれを知ったプッチは、思案する。何故笑ったのかを。
 それはすぐに解決した。
 ホワイトスネイクが落下していく先に、既に八匹のニアデスハピネスで構成された黒死の蝶が地面の少し上で待機していたのだ。
 プッチが舌を打つが、それで現状は変わらない。
 壁を溶かしてそれに捕まろうにも、既に壁からは離れてしまっていて、今ホワイトスネイクがいるのは部屋の中央。
 ホワイトスネイクに、成す術はない。

「案外に大したことなかったな」

 パピヨンが侮蔑を込めた言葉を吐き捨て、サンライトハートを持っていない方の左手で空を斬る。
 それに答えるように、黒死の蝶が一気にホワイトスネイクを囲み――特攻。
 耳をつんざくほどの爆発音が、周囲に響き渡った。
 暫し経過し、もうもうと待っていた火薬の燃焼による煙が晴れる。
 爆発のあった場所は、ただでさえ瓦礫が散らばっている研究室の中でも、より一層雑然としていた。
 先ほどの爆発により、地面にはクレーターが出来ている。
 こんな場所に誰かいたなら、確実に命を落としている。
 そんなことは、誰の目からも明らかであった。
 しかし、パピヨンは武装錬金を展開したままだ。
 後に来る暗闇大使との戦闘に備えているのか?
 違う。もしそうならば、持久力に乏しいパピヨンのこと。回復に専念するため、核鉄へと戻しているだろう。
 ならば、何故戻していないのか。それは――

「スタンドは、そのままダメージが本体へとフィードバックする。
 先ほどの八匹の黒死の蝶を食らっていたら、確実に無事ではないだろう――が」

 ヘルメットとマスクで顔が隠れていなければ、パピヨンが警戒を緩めていないのが分かったことであろう。
 サンライトハートの伸びた切っ先を一時戻し、核鉄に巻いた首輪を外す。
 そしてニアデスハピネスのアナザータイプを展開し、パピヨンの両のふくらはぎに新たな漆黒の羽を生やす。
 火薬の総量を増やすためだ。彼が今から行おうとしていることには、それが必要なのだ。

「爆発の直前にスタンドを解除して逃れたということも、考えられる。
 スタンドを操作していた本体は、戦況を把握出来る場所――つまり近くにいるのだろう。
 先ほどの爆撃で死んだとは思うが、念には念を入れるに越したことはない」

 そう言い終えると、パピヨンは右手の指をパチンと鳴らす。
 同時に、パピヨンの右掌に体長五十センチほどの黒死の蝶が出現した。

 ――パピヨンの考察には、穴がある。
 こういう場合、スタンドの本体が必ずしも戦況を把握出来る場所にいる場所にいるとは限らない。
 本体の目の届かぬ場所でも自動で動くスタンドも、中には存在するからだ。
 だが、パピヨンはそれを知らない。だから、近くに本体がいるものと判断した。
 そして、それが正解。
 エンリコ・プッチは研究所の近くにいた。
 それは戦況を把握するためでなく、射程距離が二十メートルである為だが。

「入り口は二つに、戦闘で出来た穴が三つ。
 その五つのうちのどこかにいるワケか。順番に爆破していくか。まずは――」

 パピヨンがわざわざ喋っているのには、理由がある。
 もしもホワイトスネイクの本体が生存していた場合、これだけ喋られれば焦るだろう。
 焦りは軽率な判断を呼ぶ物。
 仮にニアデスハピネス起爆の瞬間に、スタンドを解除されていたのなら、冷静に取るべき行動を考察されてはまずい。
 そう考えてたパピヨンは、焦りを呼ぶべくあえて考えを漏らしているのだ。
 パピヨンにとって案の定、入り口の一つから影が飛び出した。
 物音に気づいたパピヨンがニィと笑みを浮かべ、その方向に首を捻った。


「スタンドは、そのままダメージが本体へとフィードバックする。
 先ほどの八匹の黒死の蝶を食らっていたら、確実に無事ではないだろう――が」
「ハァ……ッ、はあ……ッ」

 乱れた呼吸がなかなか戻らない。
 あの場でホワイトスネイクを解除したのは、いい判断だった。
 そうでもしなくては、フィードバックするダメージにより私は息絶えていたことだろう。
 その前がよくなかった。
 ホワイトスネイクより射程の広いニアデスハピネスが迫るより早く、こちらから仕掛けるという考えはよかった。
 しかし、他の武器の存在を失念していた。
 研究員の記憶により、剣や棒へと形状が変化する赤と白の武器の存在は知っていた。
 しかしそれを所持していなかったために、好機と判断して不用意に近づいてしまった。
 あんな伸びる槍――核鉄のようだ――を所持していたとは。

「爆発の直前にスタンドを解除して逃れたということも、考えられる。
 スタンドを操作していた本体は、戦況を把握出来る場所――つまり近くにいるのだろう。
 先ほどの爆撃で死んだとは思うが、念には念を入れるにこしたことはない。
 入り口は二つに、戦闘で出来た穴が三つ。
 その五つのうちのどこかにいるワケか。順番に爆破していくか。まずは――」

 クッ、情報通りだな。
 なかなかに頭が冴えるようじゃあないか。
 見てみれば、パピヨンの掌にニアデスハピネスが集い、巨大な蝶の形を構成している。
 仮にアレを食らえば……、墨塵すら残らないかもしれないな……
 蝶野の口調から考えるに、私が死んだものと勘違いしているワケでないのは明らか。
 どうするか――思案しながら、ホワイトスネイクを再び発現する。
 再びホワイトスネイクを研究室に入れて、蝶野に見せ付ける。
 おそらくはあの巨大な蝶をぶつけてくるだろう。
 その瞬間に、再びホワイトスネイクを解除――駄目だ。
 ホワイトスネイクを研究室に入れる際に、私の居場所がバレる。少なくとも、『その方向にいる』程度は確実にバレてしまう。
 そうなってしまえば、ホワイトスネイクに蝶をぶつける理由がない。最初から私のいる方向を狙うだろう。
 だとすれば、どうする。
 ホワイトスネイクを部屋に入れて、それが蝶野にバレてしまっては駄目。
 バレぬようにホワイトスネイクを忍ばせる――方法がない。
 入り込めるのは、先ほど蝶野があげた五箇所のみ。
 その何処から入ろうと、全てを警戒しているであろう蝶野には見つかってしまう。
 どうする、どうする、どうする、どうする……

 ――――ッ!!

 そうだ。
 逆に考えろ。
 いまあげた方法が駄目な理由。それは私の居場所が推測されるから、だ。
 そうだ。
 ホワイトスネイクが見つかるから、私の居場所がバレる。
 入ってきた方向から推測できるし、私は壁を登ったりしてバレないように移動出来ないからな。
 見つからなかった方が、ここに残った方が壁を登れたなら? 居場所を変えることが出来るならば?
 最初に入ってきた方と異なる方の居場所を推測するのは、不可能ということになる――!

 しかしこれをするのは、あまりに分が悪い――が、ここで死ぬのは私の『運命』ではないはずだ。
 蝶野は、いわば私と天国の間の『壁』。
 現状は、天国へ向かうための『試練』。
 隔たる壁を打ち壊し『到達』せよという、『天国』へ至るための『試練』。
 私は、『天国』に『到達』するという『運命』を『引』き寄せるッ!


「なにッ!?」

 何者かが現れことに気付き、首を回してその方向を確認したパピヨンが、思わず驚愕の声を出す。
 そこにいたのは、全身に横縞模様と四種のアルファベットが刻まれた異型のスタンド『ホワイトスネイク』――ではなく。
 ホワイトスネイクの本体――――エンリコ・プッチ。
 まさか本体が現れるとは微塵も思っていなかったパピヨンは、ほんの一瞬動作が遅れる。
 その間に、プッチは持っていたDISCを思いっきり振りかぶり、投擲した。
 その方向は、パピヨンの頭部。


 突然だが、圧倒的耐久力を誇るホムンクルスにも、ここを攻撃されてはまずいという急所が二つ存在する。
 一つは、章印という名のマーク。
 動物型や植物型のホムンクルスには額に、人型ホムンクルスには左胸に存在することが多い。
 それをぶち抜かれてしまえば、どんなホムンクルスでも戦闘不能となる。
 そして、もう一つの急所は頭部。
 そこを攻撃されれば、どんなホムンクルスでも一時的に戦闘不能となる。
 章印をぶち抜かれるよりはマシだが、それでも戦闘中に一時戦闘不能になるのは、大きな弱みだ。
 しかし、パピヨンには急所の一つである章印は無い。
 不完全な幼生態によってホムンクルス化した為だ。
 ならば、弱点は頭部だけか?
 いいや、違う。そううまくは、いかない。
 彼は患っていた不治の病を引き継いだまま、不完全なホムンクルスとなってしまったのだ。
 異常なまでの耐久力のなさは、そのためだ。
 いわばパピヨンの弱点は、頭部と病。
 しかし戦闘において、殆どの人型ホムンクルスが頭部と章印のある左胸をまもりながら戦う中、パピヨンは左胸を守る必要はない。
 そこに急所はないのだから。
 戦闘中にパピヨンが守るのは、頭部だけだ。他の部位は傷ついたとしても、それこそどうにでもなる。
 つまり頭部の守る事に関してだけは、パピヨンは必死になる。そこしか守る箇所が無いのだから。

「頭を狙うか。その判断は正しい……が!」

 パピヨンが右腕を横凪に振るう。
 すると、そこに止まっていた黒色火薬で構成された巨大な蝶が、DISCに向かって飛来していく。
 研究室を揺らす轟音とともに、DISCを巻き込んで黒色火薬が盛大に起爆。
 発生した爆風にプッチは吹き飛ばされ、壁に背を叩きつけられる。
 一方、パピヨンは背とふくらはぎの漆黒の羽によって、空中で微動だにせずに体勢を保っている。
 そのままパピヨンは、その場で爆煙が晴れるのを待つ。
 その場所から動かずに。
 だから、パピヨンは驚くことになった。
 爆煙の中、パピヨンの額目掛けて突き進んできたDISCに。

 ――ホワイトスネイクにより取り出されたDISCは、『体内に入った状態で、DISCを入れていた者が死んでしまった場合にのみ』消滅する。
 ――たとえ思いっきり砕いても、潰しても、曲げても、再生して元のDISC状に戻るのだ。

 己の能力で出現した煙のあまりの濃さに、パピヨンは迫るDISCになかなか気付かなかった。
 気付いたときには、もはやDISCとパピヨンの距離はあと数センチ。
 ニアデスハピネスでの迎撃。手で以って受け止める。
 そのどちらも共に不可と判断し、パピヨンは咄嗟に首を横に動かした。
 かなりの俊敏さだったが、DISCに気付くのが遅かったのが災いする。
 半分ほどDISCはパピヨンの額に突き刺さり――流れるように、一人の研究員の記憶がパピヨンの脳内を駆け巡った。
 その記憶は、プッチがついさっき抜き取ったBADAN研究員のもの。
 数十年分の記憶が一気に流れるショックで、パピヨンの動作は止まる。
 ニアデスハピネスは展開されたままだが、燃焼させての飛行が難しくなり、フラリフラリとゆっくりと地面に落ちてくる。
 それを確認したプッチは、背を叩きつけられたダメージを意に介さず、己のスタンドの名を叫ぶ。

「『ホワイトスネイク』ッ!!」

 プッチが研究室に入り込む前に発現させ、研究所の外で待機させておいたホワイトスネイクが部屋に入る。
 ホワイトスネイクが駆ける。パピヨンとの距離を詰めるべく。DISCを抜き取るべく。
 しかしパピヨンの抵抗の所為で、研究員の記憶DISCは半分以上はみ出ている。
 すでに少し動かしただけで、勝手にずり落ちてしまいそうなほどだ。
 気付いたのか、パピヨンが動こうとしている――傍目には、のた打ち回っているだけだが――。
 これではホワイトスネイクがパピヨンの元へと辿りつく前に、記憶DISCが抜けてしまう。
 そう思ったプッチは――――自らもパピヨンの方へ走った。
 ホワイトスネイクは本体が近ければ近いほど、スピードとパワーが増す特殊なスタンド。
 だからプッチも駆ける。ホワイトスネイクに少しでも近づくために。ホワイトスネイクを加速させるために。
 プッチ自身が駆けたこともあってか、ホワイトスネイクがパピヨンの元へたどり着いたのと、パピヨンの額よりDISCが零れ落ちたのは同時。

「そこだァーーーッ! 抜き取れッ、『ホワイトスネイク』!!」

 プッチの叫びが、研究室に木霊する。
 ホワイトスネイクの手が、パピヨンへと振り下ろされようと――――


「『ホワイトスネイク』ッ!!」

 誰かしらの記憶が流れる中、スタンド使いの声が聞こえた。
 ホワイトスネイク――奴のスタンドの名か?
 この誰か――BADAN研究員らしい――の記憶によれば、あのスタンドは他人の記憶をディスクとして抜き出すようだ。
 そういえば、スタンドディスクなんてものが支給されているというのは赤木から聞いた。
 奴は、スタンドと記憶をディスク化出来るのか?
 或いは、他の何かもディスク化できると見るべきだ。
 BADAN研究員の記憶はディスクを抜かれれば、また最初に戻ってリピートされる。
 そこからの記憶が無い――ということは、ディスクを抜き出されればそこで死ぬのか?
 可能性は低くはない。
 どうにかして、動かねばならない。
 身体を動かそうとするも、なかなか思い通りにいかない。
 流れる記憶を眺めるほうにばかりに、脳が作動しているのか。

 ずるり、ずるり。

 少しずつ、額からディスクが抜けようとしている感覚。
 奴のスタンドが迫る。
 それとディスクが抜け落ちるのが、どちらが先か。
 無理矢理に身体を動かす。

 ずるり、ずるっ。

 やっと、ディスクが額から抜けた。
 脳の容量を大きく占めていたヴィジョンが消え、ふうと息が漏れる。
 そして目の前の状況に反応するべく、脳を切り替える。
 チラリと奴のスタンドが、視界に入る。
 方向は右。

 ず――

 再びディスクが抜かれる感覚が、頭に響く。
 しかし、既にディスクの大きさは知っているぞ。
 その程度のスピードでは、完全に抜くまでに時間がかかるな。
 抜き終わる前に攻撃し、その後ディスクを戻せばいい。
 とはいっても、ニアデスハピネスを使用する時間はない。
 右を向く。瞳に移るおどろおどろしい異型のスタンド。
 一気に一閃するべく、右手で手刀を作る。

 るり、ずるっ。





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