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「運命は踊るⅢ」(2007/04/17 (火) 12:16:41) の最新版変更点
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PARTⅢ
兄の公史が就職活動に駆け回っている頃、唯は家でまんじりとしない生活を送っていた。
とりあえず高校三年になったので、二年の総復習をかねて自室で勉強しようとしたが、全く頭に入らない。
兄は大学へ行くための勉強をしろと言ったが、今の状況で大学に行こうなど考えもしていなかった。
「卒業したらお兄ちゃんを助ける」
決意にも似た感情を唯は抱いていた。
いっそのこと高校も辞めようかとも思ったが、それを言葉に出すと兄は決まって悲しい目をしながら首を横に振った。
「お前は俺と違って頭がいいんだ、その才能をこんなことぐらいで潰すな。大丈夫、心配するなよ。大学へ行かせるくらいの金はある。オヤジが結構溜め込んでたからな」
兄はそう言っていたが、実際いくら銀行にあるのかは教えてはくれなかった。
自分に気を使っての行為だとは判っていたが、本当のことを話してほしい。そう幾度となく兄に訴えようとしたが、彼は家に帰ると直ぐに部屋に引き籠もってしまい、話す間もなく幾日かが過ぎた。
唯は、日に日に疲れ果ててゆく兄を見るのが耐えられなかった。
しかしだからといって金銭的な問題がある以上、兄を止めることはできない。
結局、他人に頼らなくては生きていけない自分が歯痒かった。
「ハァ」
唯はため息をつくと勉強することを諦め、ベッドに身を投げ出した。見慣れた空間が、彼女の心を少し落ち着かせる。
天使をあしらった時計が机の上で無益な時を刻んでいた。
自分はいったい何のために生まれてきたのだろうか。唯は時々そんなことを考える。
その思いは気分が落ち込んでいるときに限って、強く心に突き刺さった。悩みではない、不安。そう、唯は常に不安を抱いて生きてきた。
自分は人に必要とされているのだろうか、嫌われてはいないだろうか。夜になるとその日の失敗が克明に思い描かれ、彼女の胸をわし掴みにする。
唯はそんな自分が嫌いだった。結局自分は人を信じることが出来ない。
それでいて、人に依存しなくては生きていけない自分。人心が離れていくことを極端に恐れる自分。
そんな自分があまりにも矮小で、薄汚い人間に思えてならなかった。
唯は自身の汚点を隠すように、普段は明るく陽気に振る舞った。友人達と話しているときは、嫌な自分を忘れられる。
「お買い物にでも出かけようかな」
このまま家に閉じ籠もっていては、気分が暗くなる一方だ。
唯は思いきり上半身を起こすと、窓から射し込む陽の光を感じながら暫く呆けた。
今日もいい天気だ。
こんな日は外に出て、町を歩くのが健全な過ごし方だろう。新しい服を見定めに行くのも良いかもしれない。持ち金は雀の涙程だけれど、何も買わなければ問題はないのだし。
彼女はそう考えると鏡台の前に座った。
引き出しの中から白いコンパクトをとりだし、手早く頬に薄く化粧を施すと、お気に入りの鞄を手にとって、玄関から外に飛び出した。
春の香りにあふれたそよ風が、彼女の長くやわらかな髪を撫でる。
「さて、どこからいこうかな」
そう呟きながら唯は、何気なく自宅を見上げた。
神坂邸は広くはなかったが、町の中央付近に建てられた古い一軒家であった。
家も土地も全て父親の所有物だったので、その所有権は兄の公史に自動的に譲渡された。
小さいながらも庭があり、子供の頃ここで花火をした思い出がある。そのときも父親は仕事があると言って部屋に籠もっていたが、兄の公史と一緒なら寂しくはなかった。
小さい頃の思い出を反芻しながら、唯は歩き出した。彼女の楽しい思い出の中には、常に兄の姿がある。彼女にとって公史は、唯一全面的に信頼の出来る存在であり、良き理解者だった。
兄だけは絶対に自分を裏切らない。唯はそう確信していた。
これまでも、そして、これからも。
彼女は思い出にふけりながら、公園に続く道を歩いていた。商店街へ行くには少し遠回りだったが、公園に咲く花々を見る為には苦にならない。
桜は早くも散り始めているが、それが得もいえぬ美しさを持っていた。其処を通り抜ければ、少しは気が晴れるかもしれない。
彼女の視界に見慣れた風景が広がった。
PARTⅢ
兄の公史が就職活動に駆け回っている頃、唯は家でまんじりとしない生活を送っていた。
とりあえず高校三年になったので、二年の総復習をかねて自室で勉強しようとしたが、全く頭に入らない。
兄は大学へ行くための勉強をしろと言ったが、
今の状況で大学に行こうなど考えもしていなかった。
「卒業したらお兄ちゃんを助ける」
決意にも似た感情を唯は抱いていた。
いっそのこと高校も辞めようかとも思ったが、それを言葉に出すと兄は決まって悲しい目をしながら首を横に振った。
「お前は俺と違って頭がいいんだ、その才能をこんなことぐらいで潰すな。
大丈夫、心配するなよ。大学へ行かせるくらいの金はある。オヤジが結構溜め込んでたからな」
兄はそう言っていたが、実際いくら銀行にあるのかは教えてはくれなかった。
自分に気を使っての行為だとは判っていたが、本当のことを話してほしい。
そう幾度となく兄に訴えようとしたが、彼は家に帰ると直ぐに部屋に引き籠もってしまい、話す間もなく幾日かが過ぎた。
唯は、日に日に疲れ果ててゆく兄を見るのが耐えられなかった。
しかしだからといって金銭的な問題がある以上、兄を止めることはできない。
結局、他人に頼らなくては生きていけない自分が歯痒かった。
「ハァ」
唯はため息をつくと勉強することを諦め、ベッドに身を投げ出した。
見慣れた空間が、彼女の心を少し落ち着かせる。
天使をあしらった時計が机の上で無益な時を刻んでいた。
自分はいったい何のために生まれてきたのだろうか。唯は時々そんなことを考える。
その思いは気分が落ち込んでいるときに限って、強く心に突き刺さった。悩みではない、不安。
そう、唯は常に不安を抱いて生きてきた。
自分は人に必要とされているのだろうか、嫌われてはいないだろうか。
夜になるとその日の失敗が克明に思い描かれ、彼女の胸をわし掴みにする。
唯はそんな自分が嫌いだった。結局自分は人を信じることが出来ない。
それでいて、人に依存しなくては生きていけない自分。人心が離れていくことを極端に恐れる自分。
そんな自分があまりにも矮小で、薄汚い人間に思えてならなかった。
唯は自身の汚点を隠すように、普段は明るく陽気に振る舞った。
友人達と話しているときは、嫌な自分を忘れられる。
「お買い物にでも出かけようかな」
このまま家に閉じ籠もっていては、気分が暗くなる一方だ。
唯は思いきり上半身を起こすと、窓から射し込む陽の光を感じながら暫く呆けた。
今日もいい天気だ。
こんな日は外に出て、町を歩くのが健全な過ごし方だろう。
新しい服を見定めに行くのも良いかもしれない。
持ち金は雀の涙程だけれど、何も買わなければ問題はないのだし。
彼女はそう考えると鏡台の前に座った。
引き出しの中から白いコンパクトをとりだし、手早く頬に薄く化粧を施すと、お気に入りの鞄を手にとって、玄関から外に飛び出した。
春の香りにあふれたそよ風が、彼女の長くやわらかな髪を撫でる。
「さて、どこからいこうかな」
そう呟きながら唯は、何気なく自宅を見上げた。
神坂邸は広くはなかったが、町の中央付近に建てられた古い一軒家であった。
家も土地も全て父親の所有物だったので、その所有権は兄の公史に自動的に譲渡された。
小さいながらも庭があり、子供の頃ここで花火をした思い出がある。
そのときも父親は仕事があると言って部屋に籠もっていたが、兄の公史と一緒なら寂しくはなかった。
小さい頃の思い出を反芻しながら、唯は歩き出した。
彼女の楽しい思い出の中には、常に兄の姿がある。彼女にとって公史は、唯一全面的に信頼の出来る存在であり、良き理解者だった。
兄だけは絶対に自分を裏切らない。唯はそう確信していた。
これまでも、そして、これからも。
彼女は思い出にふけりながら、公園に続く道を歩いていた。商店街へ行くには少し遠回りだったが、公園に咲く花々を見る為には苦にならない。
桜は早くも散り始めているが、それが得もいえぬ美しさを持っていた。
其処を通り抜ければ、少しは気が晴れるかもしれない。
彼女の視界に見慣れた風景が広がった。