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PARTⅣ
 沙也加は未だ激しい炎を上げている研究所を、数百メートル離れた高見から見下ろしていた。今まで心に重くのし掛かっていた研究所が、紅蓮の炎で灼かれていくその様は、彼女への啓示めいたものを感じさせた。
「これで何もかも終わるわね……」
 沙也加はポツリと呟いたが、その声色には寂しさが混じっていた。彼女は今まで、この事件に決着を付けるために生きてきた。そしてそれが終わりを告げることに、何故か戸惑いをおぼえている。それはもしくは不安だったのかもしれない。今までの過去を捨て去る決心をしてこの事件に関わってきたが、これで本当に過去を捨てることが出来るのだろうか?
 沙也加はそっとため息をつくと、頭の中で堂々巡りする悩みを拭き払った。今はこの事件を解決することだけに集中しなければならない。余計な事を考える余裕など無いはずだ。
 そして意を決したように振り向くと、後ろで腕組みをしながら立っている京介達に形だけの微笑みを返した。
「無事に助け出してくれたみたいね」
「お前の言いなりになるのは、金輪際お断りだ」
 京介は疑心暗鬼に駆られた瞳で彼女を見つめた。その横では未だに訳のわからない面持ちの公史が、情けない顔をして立ちすくんでいる。
「あの、話が見えないんだけど」
「こいつはな……」
 京介は沙也加を指さすと、怒りの籠もった声を出して彼女を非難した。
「こいつは予め俺たちがここに来ることを、その手の筋へ情報を流していたんだよ。そして麻生尚紀をおびき出そうとしたんだ」
「え? それって……」
「俺たちは又、手駒に使われたんだよ! この性根が腐った女に良いように使われたってことさ」
 京介は忌々しげに言葉を吐き捨てると、その非難を平然と受け止めた沙也加は、美しくも冷たい微笑を浮かべた。燃えさかる炎をバックにしているので、その表情にも凄みがましている。
「その事については謝るわ、まさか彼が研究所を爆破するとは思わなかったし」
「お前のまさかは俺の生死に関わる!」
「いいじゃないの、そんなに大した命じゃないわ」
「勝手に俺の命の値打ちを決めるな!」
 いきなり次元の低い口喧嘩を始めた二人に、公史はあわてふためいた。彼はいち早く唯を助けに行きたかったし、尚紀を逃がしたことについても理由を聞きたかったのだ。
 しかし公史の思惑をよそに、彼らの言い争いはエスカレートしていった。といってもがなり立てるのは殆ど京介の方で、沙也加はその言葉尻を逆手にとって遊んでいるようにしか見えない。
 だがその喧嘩も長くなるに連れて、さすがの公史も焦れてきた。
「あの、すみません!」
 思わず声を張り上げてしまった公史に二人も吃驚して振り返ると、彼は首をすぼめながら言葉を続けた。
「教えてください、なんであの時、麻生を逃がしたのか」
「逃がしてなんかいないわよ」
 喧嘩に横槍を入れられた京介が憮然としながらも口をとじると、沙也加は柔らかい笑みを浮かべて空を指さした。
「今も彼を追ってるわ」
「え?」
「衛星だよ、人工衛星。俺がお前を連れ出した時に、携帯電話を使っただろ? それで麻生の居場所を送ってやったのさ」
「彼は今頃正気を取り戻して、自分の家に帰ってることでしょう。そこにあの子がいるはずよ」
「……じゃぁ沙也加さんが麻生をおびき出した最大の理由は、あいつを捕まえる事じゃなくて?」
「そう、あの男の住処を見つけるためだ」
 京介はそう言うとまだ沙也加に言い足りないらしく、またブツブツと文句を呟き始める。
「衛星って……、そんなもの使えるんですか!」
「簡単に使えるわよ?」
 沙也加はさらりと言ってのけると、呆気にとられている公史に得意げな表情を見せた。
「私たちのバックには、MAGIがついているのだから」
 彼女の言葉尻に、次第に近づくヘリコプターの、空気をたたきつける音が重なった。

 カーキー色の軍事用ヘリコプターから降りてきたのは、十数人の黒い戦闘服に身を包んだエージェント達だった。彼らは沙也加の命令を速やかに実行に移し、様々な機材を設置しては、瞬く間にテントを作っていく。
 あまりの出来事に公史が目を丸くしている中、沙也加はテキパキと彼らに指示を出していった。まるでこれから戦争が始まるかのように、周囲に緊張が走り始める。
「チーフ!」
 作業が進む中、沙也加を呼んだのは、スレンダーな体型の小さな女性だった。いや、少女と言っても違和感はないだろう。幼さの残る顔立ちだが目つきは鋭く、肩にサブマシンガンをさげている様が凛々しい。
「目標がポイントS7で止まりました。それと別の集団がこの森林の周囲を取り囲みつつありますが、いかが致しましょう?」
「別の集団だって?」
 京介が二人の話に割ってはいると少女は眉をひそめたが、沙也加が無言で首を縦に振ると、彼女は直立不動のままに口を開いた。
「はい、数は三十人前後で、武器を携帯しています。識別するものは身につけてはいませんが、包囲の手法から軍関係者ではないと思われます」
「どういうことだ?」
 京介の疑問に沙也加は腕組みすると、形のいい顎に手を添えた。
「状況から判断すれば、科学庁から依頼された警察関係者でしょう。失踪した麻生の確保と、プロジェクトのレポートを強奪するのが目的でしょうね。
 麻生尚紀という魚を釣るだけのつもりが、とんだ雑魚までおびき出してしまったようね」
「まさかこうなるとは思わなかった、ってか?」
「そうね」
「嘘つけっ! こいつらハナっから戦争やるために来たみたいじゃねぇか!
 お前、ついでに警察が飼ってる戦闘部隊を壊滅させる気だな?」
 京介は後ろで作業するエージェント達を指さしながら怒鳴った。確かに彼らの装備は、麻生尚紀一人を追いつめるものにしては仰々しすぎる。拳銃やライフル等ならまだ解るが、バズーカ砲やら手榴弾やらが地面に並べられていく様子は、まるでこれからどこぞの要塞を攻め落としに行くようだった。
 しかも沙也加の動きやすそうな黒服姿も疑わしい。初めはファッションだと思っていたのだが、この状況を見越して服装を選んで来ていたという推測も出来る。
 そう疑う京介に沙也加は、「まぁ、それは良いとして」と、いつものように受け流すと、未だ不動の状態で立っている少女へ顔を向けた。
「三分後戦闘態勢、S7に彼らを近づけないで。ただし全滅はさせないこと。後処理を任せる人たちがいなくなったら困るわ」
「了解しました」
 攻撃される側にとってはかなり屈辱的な指示を出した沙也加は、次に二人の男を武器の置かれたテントへと案内した。そして、
「私たちは麻生の隠れ家へ侵入して、人質を解放後に脱出するわ。手伝って」と、拒否を許さない口調で京介に弾薬を手渡す。
 京介は一瞬嫌そうな顔をしたが、諦めたように手にした拳銃を無言で点検し始めた。
 そんな京介を見て沙也加は満足したように微笑むと、今度は真剣な面持ちで公史を振り返った。
「今度は貴方に残れとは言わない。でも強制はしないわ。ここにいる方が安全だし、危険におかされる事はないから。どうするかは、自分で選んで」
 しかし公史は沙也加の言葉に躊躇せず、山積みされている武器の中から拳銃を取り出して、それを包んでいる紙を破いた。
 彼は沙也加がなんと言おうと、一緒についていくつもりだった。唯を助けるという約束を果たしたいという事もあったが、なにより自分のためにそうしたかったのだ。困難や危険を考えるのは二の次だった。
「本当にいいんだな?」
 京介は、付いていく意思を見せた公史を見て沙也加に目配せをしたが、彼の真摯な眼差しを見て、それ以上何も言わなかった。彼の戦いに水を差す無粋な事はしたくないし、いざというときは沙也加もいるので、なんとかなると計算したのだろう。
 京介は幾度となく彼女と修羅場をくぐり抜けていたので、沙也加の腕だけは信頼していた。
「じゃぁ、行くか。安全装置は外しておけよ」
 そういって京介は公史の肩を軽く叩くと、少し離れた場所で腕のストレッチなどの簡単な準備運動を始めた。その後ろ姿を見て沙也加が微笑む。
「……彼もあなたのことが心配みたいね」
「そんなに危なっかしいですか? 俺」
「危なっかしいから心配してるんじゃないわ。あなたに頑張って欲しいから、だから心配してるのよ」
 と、京介と同じように彼の肩を叩き、隣で準備を整え始めた。
 次第に彼女の表情に真剣さが増す。これは公史だけの戦いではなく、沙也加の戦いでもあるからだ。
 もちろん京介にとっても、規崎俊也の無念を晴らす正念場だった。さらにこれが彼の最後の事件となれば、無意識にも力が入るというものだ。
 そして三人はめいめいの武器とそれぞれの決意を胸に、これから戦場となるであろう夜の森林へと足を踏み入れた。
 不気味な静けさと月明かりだけが光源の薄暗い世界が、戦地へ赴く彼らを迎え入れた。