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二〇〇一年 四月二四日 AM9:37[-Tokyo- City]
 家から無事に抜け出すことに成功した公史は、電車に乗って規崎達彦の構える弁護士事務所に向かった。傍らに地図を持っているのは、実は彼が達彦の事務所に行くのが初めてだからである。
 達彦に住所は教えられていたものの、公史はこの日まで彼の事務所に足を運ぶことはなかった。
 今にして思えば不思議だったが、平凡な大学生が弁護士事務所に用があるわけないし、達彦もちょくちょく神坂家に顔を出していたので、その必要性が無かったのだ。
 それに、仕事場に遊びに行くというのも、気が引けていた。

 公史は電車の中で揺られながら、事務所に着いてから何をすべきかを考えていた。
 最終目的は達彦の冤罪をはらすことだ。それなら父親である神坂憲一が殺害されたときの、アリバイを見つければいい。
 テレビの言うことが本当なら、達彦の動機もまだ不明らしいので、ここで完璧なアリバイがあれば、警察も間違いを犯したと認めざるを得ないだろう。
 考えた末にこのような答えを導き出した公史は、目的地である品川駅に着くと、まっすぐに改札を抜けて外に出た。
 いつしか味わった高揚感が、また沸々とわき上がってくる。公史は片唇をつりあげて笑みをこぼすと、意気揚々と歩き始めた。彼の脳裏に、ヒロイックな妄想が渦巻いては消えていった。 
 しかしその意気込みも、同じ場所をグルグルと回っているうちに、次第に萎えてしまった。
 しばらく周辺を歩き回ったが、地図を頼りに事務所を探しても、そこにあるはずの建物がないのだ。
 達彦の名刺にかかれていた住所には、小さな駐車場があるだけだった。
 不思議に思った公史が、近くで道に水をまいている老人を見つけ、住所の場所を聞いてみても、やはりこの駐車場で良いらしい。
 公史は暫く、何が起こっているのからないでいた。彼の想像ではここに立派な弁護士事務所があり、効率よく進入出来るはずだっだ。そして、どこかで達彦の通帳さえ見つけることができれば、彼の行動がある程度読めるので、そこから公史のアリバイ調査が始まるはずだった。
 しかし都合の良い妄想ばかりかきたてていた公史に、現実は容赦のない冷水を浴びせた。
 予想を根底から崩された公史は、達彦に騙されたのではないかと、彼への信頼が一瞬グラつく。
 ただ暫く時がたち、冷静になってみると、違う考えが浮かんだ。
 住所の場所に事務所がなかったからといって、達彦が嘘をついているとは限らないのではないだろうか。
 事務所を転居していたかもしれないし、もしかしたら他にも理由があるかもしれない。
 一番手っ取り早い方法は、達彦本人にあって確かめることだ。そう思った公史は、無駄骨折りと挫ける気を取り直して歩き始めた。
 するとタイミングを計ったかのように、ポケットの中の携帯電話が鳴った。
 唯の名前が、公史の携帯電話の液晶に浮かび上がる。
 高校ではまだ授業中のはずと、公史は不思議に思いながらもボタンを押した。
「おれだけど?」
「あ、お兄ちゃん?」
 携帯電話から唯の元気な声が聞こえてくると、公史は駅に向かう足を止める。
「おまえ授業中だろ?」
「サボっちゃった。エヘヘ」
「おいおい。笑い事じゃないぜ。ちゃんと真面目に勉強しろよ、学生なんだから」
 公史は自分のことを棚に上げて、妹を叱った。
 彼は高校が卒業できたのが、奇跡みたいな高校生活を送ってきたのだ。それを思えば、唯のおサボりぐらい可愛いいものだ。
 しかし唯は何かを言いかける公史から、先手をとるように話し始めた。
「あ、お兄ちゃんが何を言っても、私は聞かないよ。もう決めたんだから」
「何を?」
「私もお兄ちゃんと一緒に、達彦さんの無罪を証明するの。決めたの」
「お、おい! 決めたってそんな勝手なこと……」
 公史は珍しく意地を張る唯を何とかして説得しようとした。彼女の助けは嬉しかったが、汚れ役だけはやらせたくなかったのだ。
 真相の調査ともなると、時には不法侵入もやらなくてはならないだろうし、少なくとも軽犯罪に触れる恐れはある。兄としては妹に綺麗な身でいて欲しかったから、むざむざ唯の経歴に傷を付けるような所には連れて行きたくなかった。
 だが、そんな公史なりの思惑もよそに、唯は一緒に行くと聞かなかった。彼女がここまで我を通すことは、本当に希有なことだ。
 ただ公史は渋る内心、嬉しくもあった。兄のことが心配であるという唯の心が、ストレートに伝わったからだ。
 そしてしばらく言い合いが続いた後、結局今回は公史の方が折れた。
 あまり彼女の助力を拒否して泣かれても困るし、それに神坂家の家事一切を担当している唯にヘソを曲げられると、彼にとって非常に困った事態に陥ることを悟ったからだ。
 公史は駅前で唯と待ち合わせすることにすると、彼女に「絶対待っていること」と釘を刺されてしまった。ここまで来たらもう逃げられない。
 観念した公史は困ったような表情を浮かべて頭を掻くと、約束の場所へと向かった。

「ちゃお」
 唯がその待ち合わせ場所にやって来たのは、待ちくたびれた公史がその機嫌を完全に損ねて、さらに三十分が経ったあとだった。
 彼の気分に呼応してか、天気も次第に怪しい色を帯びており、直ぐにでも雨が降りそうな気配が漂っている。
 そんな彼の前に、唯が明るい笑顔で現れた。
 公史は怒りを通り越して、呆れたような目で彼女を睨んだ。唯は悪びれることなく笑っている。どこで着替えたのか、スネ近くで切ってあるジーンズとTシャツというラフな姿で、薄いカーディガンを羽織っていた。
「おいこら、どれだけ待たせりゃ気が済むんだお前」
「ごめんなさい。着替えなきゃと思って一回、家に帰ったんだけど」
「家に戻ったのか! マスコミの連中がいるっていうのに」
「あ、でも、もういなかったよ?」
「じゃぁどうして遅れたんだ?」
 そう問いかける公史に唯は又笑みを見せると、背負っていたリュックを開けて中のものを探り出した。そして四角いモノを取り出す。
「はいお弁当」
「おまえこんなモン作ってたのかよ!」
「だってお腹空いちゃうでしょ? もうそろそろお昼だし」
「誰のせいでこんな時間になったと思ってんだよ!」
 公史は唯の満面の笑みに又、ため息をつく。言いたいことは沢山あったが、これ以上大衆の面前で恥を掻くのは嫌なので、諦めることにした。
「いくぞ」
 公史はゴソゴソと弁当をしまう唯を促して歩き始める。
 初めは彼女に達彦の事務所がないことを教えようと思ったが、結局は思い直した。
 実際に達彦に会いに行って、真相を聞き出してからでも遅くはないだろう。
「どこにいくの?」
 そう問うた唯に、公史は不思議な決意に満ちた表情をして言った。
「会いに行くんだ。直接、達彦さんに」


二〇〇一年 四月二四日 PM1:08[-Tokyo- City]
 舞嶋沙也加と別れた京介は、一路、警視庁へ向かっていた。彼女から得た遠藤万紗子の、身辺調査データーを引き出すためである。
 沙也加からの情報で二つの事件に共通点が見つかり、十一年前の事件と密接な関係があると分かったことは、京介にとっても喜ぶべき成果だった。
「これら三つの事件に共通することは、被害者は全員妊娠八ヶ月以上の妊婦だったということだな」
 京介は街を歩きながら、携帯電話で規崎俊也にこれまでの捜査状況を説明した。
「偶然ではないことは確かだ。これから彼女たちの共通点をさらに洗い出そうと思う」
「そうか。で、神坂憲一との事件の繋がりはつかめそうか?」
「いや、そっちはまだだな。マスコミのせいで神坂家にも近付けないし……。一応、子息の公史さんには、コンタクトをとってみるつもりだ」
(実は捜査協力しなきゃならないと知ったら、こいつはどんな顔をするだろう?)
 京介は俊也の性格を見抜いて苦笑した。本当のことを話せば絶対に拒否される事は分かっていたので、彼には話さなかったのだ。
 沙也加がなぜ神坂公史に肩入れするのかは分からないが、神坂家と接点が持てると言うことに関しては、願ってもいないことだった。
 捜査に協力しろとは言われたが、うまく丸め込んで大人しくさせておけばいいだろう。
 京介は邪悪な思考を張り巡らせ、俊也に珍しく労いの言葉をかけて電話をきると、足早に歩き始めた。
 今の彼にとって、時間は金より貴重だ。
 これからは周囲を気にしながらの捜査が必要となるだろう。しかも、素人のお守りまでをもしなくてはいけないのだ。
(これで余計な足枷がなけりゃ、随分マシになるんだが……)
 京介は自分の置かれた現状を心の中で罵ると、すぐに気を取り直して歩き出した。
 いくら現実に文句を言っても、自らが行動しないと何も変わらないことを彼は知っているのだ。

 一方、京介に足枷と酷評された神坂兄妹は、投獄中の規崎達彦に会うために警視庁に向かっていた。
 無計画に規崎達彦に会いに行くと言った公史は、どこに達彦がいるのかも判らないままに、足を警視庁に向けたのだった。
 一緒についてきた唯は兄の考えに疑わしげだったが、あまりに公史が自信ありげだったので、その疑問をぶつけるタイミングを逸してしまい、そのまま連れまわされていた。
「おにいちゃん。ほんっとうに、ここに達彦さんがいるの?」
 しかし唯は、たまりかねて兄にその疑問をぶつけた。彼女の目は言葉通り、疑心でいっぱいである。
「ああ、きっとここにいるさ。なにせ警察の本部だからな!」
「でも、そう簡単に会わせてくれるかなぁ」
「だって身内も同然だぜ? 面会ぐらいはさせてくれるだろ」
「うまくいくと良いけどね」
 公史はため息混じりに言う唯を横目で見ると、心の中で「だったら来なけりゃいいのに」と呟いた。
 二人は暫く黙って歩いていた。歩く速度が速い公史に、唯が懸命についてくる。
 先を行く公史を追いかける唯。この構図は昔も今も変わらず、彼らが兄妹になってから全く変わっていない。
「あれ?」
「きゃっ!」
 突然立ち止まった公史に、唯はまともにぶつかってしまった。彼の肩胛骨に顔が当たり、痛みに顔をしかめる。
「なによいきなり、もぅ」
「あ、ごめんごめん」
 しかし公史は謝りながらも、視線を道路の向こう側から離さずにいた。訝しげな表情を見せる唯も、つられてその方角を見る。
 一見、見窄らしげな男が道を歩いていた。雰囲気的には平凡なサラリーマン風だ。それも、今はもう死語になっている『窓際族』のイメージにぴったり当てはまる。
 くたびれたスーツにボロボロになって色剥げしている鞄が、いかにも彼の人生を物語っているように思えるほどだった。
「誰なの? 知っている人?」
「刑事さんだ」
「えっ」
 公史の返答を聞いて、唯は改めてその男を見た。しかしいくら眺めても、刑事には見えない。どこから見ても普通の中年である。
 その男も公史の姿を認めたのか、手を挙げて彼らに笑いかけると、足早に向かってきた。
「うわ、こっち来るよ」
 唯は無意識に、後ずさって彼の服を掴んだ。
「大丈夫だ、知り合いだよ」
「刑事さんと知り合いなんて、どうして?」
 公史は唯の問いかけには答えず、小走りで向かってくる刑事を待った。
 その刑事は、青になった信号を渡ると、人なつこい笑みを浮かべて彼らに会釈する。
「やぁやぁ、奇遇ですね。お嬢さんは元気になったようで」
「こんにちは、あの時はどうも」
 公史は会釈を返しながらも、内心は心穏やかではいられなかった。唯に入院した理由を未だ話していないからだ。
 彼の恐れていたとおり、見ず知らずの刑事に見舞いの言葉をかけられて、唯は不思議そうに小首を傾げた。その仕草に公史は焦り始める。
「気を失って倒れている妹を、病院まで運んでくださって、ありがとうございました」
 彼女に何も話していないことを気付いて貰うために、公史は説明くさい台詞を言った。刑事がそれに反応してくれるかどうかは、運を天に任せるしかない。
 そして今回は、幸運の羽は公史へと舞い降りた。
 公史の遠回しな言いぐさに気付いた京介は、唯の表情を見てその意味を察したようだった。そしてボサボサの頭を掻きながら「初めまして」と名をあかし、照れたように笑う。
「いやぁ、偶然通りかかっただけですから。これも職務ですよ」
「この刑事さんが倒れていたお前を見つけて、病院まで運んでくれたんだよ」
「あ、そうだったんですか! ごめんなさい、ありがとうございます」
 二人の男の、言葉なき対話に全く気づかない唯は、素直に謝って刑事にお礼をいった。
「いえいえ、当然のことですから。ところで、これから何処かに行かれるんですか?」
 これ以上のボロを出させないためにも、京介は自然を装いつつ話を変えると、公史は目にみえてホッとしたようだった。
「実は、捕まった規崎達彦さんに会いに行こうと思って」
「なるほど」
 公史の言葉に、京介はその笑みを消し去る。
「しかし今は止めておいた方がいい」
「何でですか?」
 今までの柔らかな表情を急に変え、刑事は気むずかしげな態度をとった。
「詳しい話をいたしましょう。しかし立ち話でも何ですから、どこか店に入りませんか?」
 そう言うなり京介は、二人の返答も聞かずに歩き出していってしまった。有無を言わせぬ彼の行動に、公史と唯も仕方なくついていく。
 数分後、一人の冴えない中年と、二人の若い男女という奇妙なグループは、ジャズ音楽の流れる洒落たコーヒーショップにいた。
 京介は店の奥の丸テーブルに二人を促すと、ウェイターに一番安いコーヒーを三つ頼み、席に座る。
 そして暫く店内を見回した後、対面する神坂兄妹に重々しく口を開いた。
「さて、どこからお話ししたらいいものか……」
「達彦さんに会うなと言うのは、どういう事でしょうか?」
 話に切り出しかたに苦労している様子の京介に、唯が助け船を出した。
「はい、今警視庁内ではちょっと面倒なことが起きていましてね」
「面倒なこと?」
 しかめっ面をする京介に、今度は公史が口を開いた。刑事の厳しい表情を見て、何か大変なことが起きていると解釈したのだ。
 しかしこのとき京介は向かい合っている二人に、どこまで情報を流したらいいかを考え倦ねているだけであった。
 舞嶋沙也加があれほどまでに公史の事を心配していたのだから、彼女の関係者と見て間違いはなさそうだが、事件の真相をどこまで把握しているかが判らない。
「実は以前から、私が調査している事件がありましてね。警視庁では神坂憲一さんが殺害された事件と同時進行で捜査を行っていたのです。」
 この京介の言葉には若干の嘘がある。警視庁で捜査していたのは神坂憲一の殺人事件のみで、連続自殺事件は彼の独断で行っていた捜査だ。
「今までは、この二つの事件は、全く関係ないものだと思っていました」
 神坂兄妹は、刑事の吐き出す言葉を静かに聞いていた。彼らの周りで現在起きている出来事が、二人の想像もつかない方向へ邁進していることに、気付き始めていたからである。
「何が起こったんですか?」
 公史の言葉も、自然に低くなる。
「ご承知の通り、神坂さんの事件が解決しました。しかしそれは、警視庁の上層部が特別捜査本部を無視し、独断で犯人を調べ上げた結果です。それがどうも胡散臭くてね」
「つまり、冤罪の可能性がある?」
「それだけならまだ良いのですが、タイミングの良いことに、もう一方の捜査も打ち切り命令が出ましてね。何か策謀めいたモノを感じるのですよ」
「策謀?」
 公史はまるで今の状況が、映画の中の出来事のように思えてきた。ハリウッド映画でよく打ち出されるシチュエーションだ。
 策謀やら陰謀やら、今まではブラウン管の外でしか見ることの出来ない状況が、今まさに彼の眼前に突きつけられていた。
「話を戻しますが、この事によって規崎達彦さんの身柄が拘束されたわけですが、実はどこに収容されているのか判らないのです」
「行方不明、ということですか?」
「それだけ上層部が、この事件のことを隠蔽したいということでしょう。
 身内にまで、その所在を明かさないというのは異常です。そこであなた方にご協力願えれば、と思っています」
「協力?」
「はい。ご承知の通りこの件は、私独自で動いています。しかし情報が足りない。
 何とかして二つの事件に接点があるという、確かな証拠を掴まなきゃならんのです。
 ですから一度、神坂憲一氏の私室を見せていただきたい。何処かに必ず手がかりがあるはずなんです」
 京介の熱心な態度は、神坂兄妹の疑心を融解させるに十分だった。
 二人は彼の心意に飲まれたように快く承諾すると、安堵の笑みさえ浮かべる。
 この表情に、京介も心の中でホッと胸をなで下ろした。このまま神坂兄妹には情報だけ提供してもらい、さっさと退場してもらいたいところだ。
 京介は自らの腹黒さを隠すように、邪気のない笑みを彼らに見せた。笑顔とは、実は一番心象を隠すことが出来る表情なのだ。
 そんな京介の思惑はつゆ知らず、唯は目の前の刑事を信頼しつつあった。彼女としても事件の真相解明をこの刑事に任せておけば、公史が危険な事に首をつっこむ心配もないわけだから、京介の申し出には大賛成だった。
 そして京介は、今夜遅くに神坂家に来訪すると告げると、コーヒーの伝票を持って席を立った。
 唯は会釈して刑事を見送ると、公史の顔をのぞき込む。
「いい人だったね。初めは怖い人かと思ったけど。ねぇ?」
「ああ」
 そのときの公史の表情を、唯は読みとることが出来なかった。兄にしては珍しく考え深げな表情を浮かべいる。
「あ、そうだ」
 その時、理由もなく突然何かを思いだした唯は、ライトグリーンのポシェットの中をゴソゴソと探し始めた。
「どうかしたのか?」
「ええと、あ、あったあった」
 彼女がポシェットの中から取り出したのは、一通の高価そうな封筒だった。厚手の高級紙に銀色の文字が書かれている。宛名は神坂憲一だ。
「どうしたんだ? これ」
「家を出るときに、ポストにあったの。お義父さん宛だったから気になって……」
「ふぅん」
 公史は唯から封筒を受けとると、片側を無造作に破いて中身を取り出した。
「なんて書いてあるの?」
 公史は横から覗き込む唯に、手紙を見せるようにして体を傾ける。
「ホテルの利用明細だ」
「ホテル?」
「ああ、どうやらかなり前から、ホテルの一室を借り切ってたみたいだな、親父は」
「なんで?」
 唯の問いに、公史は又考え込んだ。父には愛人を囲う甲斐性は無かったはずだ。それに男やもめの父が隠れて愛人を囲う必要はない。それなら何故、父はホテルの部屋を借りていたのだろう?
「行ってみる価値はありそうだな。」
 この部屋に何かがある。公史はこの時、不思議と確信を抱いていた。