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二〇〇一年 四月二四日 PM4:02[-Tokyo- City ] 「麻生重治。ジノテックスコーポレーション所長。十六年前に遺伝子操作された精子を使った受精実験が偶然にも成功。その六年後に告発事件があって、倒産を強いられた後に自殺しているわ。  その息子の名前が麻生尚紀。彼が今回の事件の黒幕よ。十年前にMAGIが逃がしたトカゲ。彼が未完成の精子をわざと流出させた……実験と称してね」  舞嶋沙也加は煙草の煙を吐き出しながら、加藤京介に驚くべき真実を告げていた。当時技術的に不可能とされていた遺伝子操作が、偶然という魔術のおかげで成功したことが、この惨劇を呼んだのというのだ。 「その精子が、遠藤万紗子に渡ったというわけか」 「そう、女性は受胎した時、二つの頭脳を一つの体に持つことになる。といっても通常は胎児の脳も休眠状態だし、二つとも別々の個体だから競合することはないわ。  でも彼女が受胎した胎児は、母親の脳と競合を起こしてしまうの。胎児が成長するにつれてその割合が大きくなっていき、最終的には胎児の脳が母胎の脳を乗っ取ってしまう」 「そしてその拒絶反応で発狂する。しかし実際にそんなことが起こるのだろうか」 「母親の精神が、胎児のそれに関係する事例は多くあるわ。  たとえば子供の嗜好。具体的に言えば好物は、母親が妊娠中によく食べる物になることが多いそうよ。だからその逆だって、無いとはいえない」  京介は眉間に皺を寄せて考え込んでしまうと、沙也加はそんな京介の反応を、事前にわかっていたかのような冷静な態度をして京介を諭した。 「すぐには信じられないでしょうけどね」 「そうだとしても、俊也の事件とどんな繋がりがあるんだ?」 「田島翔子と小泉真奈美の自殺事件。今回起こった二つの事件は、麻生が行っていた研究が再開された証拠。そしてその研究を実際に支援していたのが、神坂憲一代議士だったとしたら?」 「まさか!」 「あの頃、当時弁護士だった神坂憲一は事実を警察に告発することで、研究の暴走を止めようとした。  でも重治が死んだ後、研究のデーターを持って尚紀が失踪してしまったの。  事件はこれで終わるはずだったけど、当時の科学庁はこの研究を闇に葬る事が出来なかった。遺伝子操作を世界に先駆けて解明させることが出来れば、日本の医療機関は飛躍的に進歩するわ。そして研究はある大学で極秘裏に進められた。  神坂代議士としては、そのパトロンになれば再度研究の暴走が起こった時に、また止めることが出来ると思ったのでしょう」 「しかし何者かに殺されてしまった。  殺したのは、失踪したと見せかけて規崎達彦とすり替わった、麻生尚紀……か」  沈黙が車内を押しつぶした。未だ渋滞が緩和されない道路上で、外のざわめきの音を聞きながら二人は黙り込んでしまった。  ふと、京介が何かを思いついたように顔を上げた。 「じゃぁその殺人に警察も関わってると言うことか?」 「正確に言えば、警察の一部が、でしょうね。事件を隠蔽させるにも、警察を巻き込んだ方が得策だし」 「もしその警察の一部とやらがグルだとしたら、逮捕云々の情報もあてにならねぇな。  だったらあいつは、麻生尚紀はどこにいるんだ?」  呟くように言う京介に、沙也加は煙草の火を灰皿でもみ消すと、忌々しくも混雑が続いている外を睨みながら言った。彼女の眼前に、高層のホテルが街並みに見え隠れする。 「ロイヤルプリンスホテル。そこに、神坂が弁護士時代から使っている部屋があるわ。  麻生尚紀は、あそこにいる」 「それもMAGIの調査か?」 「いいえ、私の調査よ」  沙也加は憂いを秘めた笑みを見せると、車を大通りから小道へと進ませる。彼らの目的地、ロイヤルプリンスホテルの雄姿が次第に大きくなっていった。 二〇〇一年 四月二四日 PM4:11[-Tokyo- Loyal Prince Hotel]  ホテルの一室。自由を奪われた神坂兄妹の目前で、達彦――麻生尚紀は次第に多弁になっていった。さっきまでの表情は去り、その瞳に恍惚の光が灯っている。それはまるで無力な人間をいたぶる、サディスティックな感情に酔っているかのようだ。 「父さんを裏切った弁護士なんかとすり替わりたくなかったけど、彼を殺すためなら我慢しなくてはね。  でもやっとその役目が終わったんだよ」 「殺した? 殺したのか、俺の親父を!」  公史は自らの体中にも、怒りの感情が沸々とこみ上げるのを感じた。アドレナリンが彼の脳内を駆けめぐり、無意識に奥歯をかむ力が増す。 「ああ、殺した。でもさすがに人を一人殺すのは、後処理に手間がかかるね」  尚紀は公史の感情にも素知らぬ振りをして、憲一の殺害を肯定した。それを聞いた唯の顔が蒼白となり、目を見開いて尚紀を見つめる。 「でもこれでおあいこだよ。君の父上は僕の父さんの会社を倒産に追いやった。そのせいで父さんは自殺をしたんだ。自業自得だよ」 「あんた、今まで騙していたのか? 俺と、唯を騙していたのか!」 「そう信じ込んだのは君だろう? なにを勝手なことを言ってるんだい?」  この言葉が元となり、公史の理性は完全に吹き飛んだ。彼の言葉は、公史の逆鱗に触れたばかりか、今まで信じようと努力していた唯の気持ちを、真っ向からうち砕いたのだ。 「うぉぉぉっ!」  公史は組み伏せられている関節の痛みを意識的に忘れて、力任せに立ち上がった。腕の一本くらいは折れても、尚紀の顔面に一撃を与えることの方が重要だった。 「貴様ぁっ!」  公史は未だ押さえ込もうとする黒服を真後ろへ蹴りると、渾身の踵を膝に当てる。そして膝の関節を狙ったその攻撃のために、一瞬の隙が発生したことを彼は逃さなかった。  右足を素早く引き戻して軸足にすると、ふりほどいて自由になった右腕を、もう一人の男のこめかみに向かって振り下ろしたのである。  急所をしたたかに打ちのめされた男は、よろめいて公史の腕を放した。  完全な自由を得た公史の体は間髪を入れず、怒濤の旋風となって二人の男に襲いかかると。彼のしなやかで威力のある横蹴りをまともに食らった男達は、書斎の壁まで吹き飛んだ。 「覚悟しろ!」  公史は怒りにまかせて尚紀の座っているソファまで駆け寄ると、上半身をひねって右拳を彼の顔面へ衝突させようと構えた。  しかしそれを予測していたように、尚紀の右腕が動いた。それと同時に、まるで火に投げ入れられた竹の爆ぜる音が、豪華な一室に響き渡る。そして一瞬のうちに収束した音が周りの雑音をもかき消したように、刹那の静寂が空間を支配した。 「お兄ちゃん!」  唯は公史の異変を直感的に感じ取った。彼は呆けたような面持ちで、振り上げた拳を戻しもせずに立ちすくんでいる。  そして再び乾いた炸裂音が室内を切り裂くと、その音に引きずられるように公史は後ろによろめいた。  彼はそのまま糸の切れた人形のように崩れ落ち、シャツに広がった赤い染みが絨毯までも濡らし始める。公史は自分の身に起きたことが信じられないように、赤黒く穴の開いた腹に手をやると、呆けたような表情で唯をかえりみた。 「いやっ! お兄ちゃん!」  彼女は兄の名を叫びながら駆け寄ろうともがいたが、男の強固な腕から離れられることが出来ない。 「こまったなぁ、これを使うと後で大変なんだけど」  尚紀は手にした拳銃を弄びながら緊張感の逸した声を出し、銃口を倒れている公史に向けると、さらに二回、三回と引き金を引いた。  銃声と共に公史の体が飛びはねる。 「あはは、まるで陸に打ち上げられた魚のようだね」  尚紀はまるで玩具で遊ぶ子供のように、無心に弾丸を浴びせた。加虐的な高揚感が尚紀の心を満たす。  彼の表情は虫を殺して無邪気に遊んでいる子供のそれになり、銃弾が尽きるまで引き金を引き続けた。  そして何回の銃声が響いた時だろうか、公史の彼の体は引きつったような動きを見せたことを最後に、いっさいの反応を起こさなくなった。  尚紀はそれに満足したように薄笑いを浮かべるが、それでも彼の指が止まることはなかった。 「いやぁぁぁぁっ!」  涙で顔をグシャグシャにしながら、唯は半狂乱に叫んだ。彼女の夢が、彼女の全てが今、音を立てて崩れはじめた。  足が震えて、立っていることさえ辛くなる。 「放してっ!」  必死で暴れる唯がやっと男の腕を振りほどくと、彼女は力を無くしたように兄の元へヨロヨロと近寄り、血だまりの中に座り込んでしまった。  彼女の瞳から、涙が止めどなく溢れる。これからどうしたらいいか、わからなかった。一番大切な人を失った。感情の何もかもが唯の心をかき乱し、嗚咽となって溢れ出る。 「起きてよ、こんなのやだよ。ねぇ、起きてよぉ」  唯は血で濡れた公史のシャツを握りしめながら、弱々しい声で動かぬ兄に呼びかけたが、それでも彼は動かなかった。  優しい瞳で彼女に微笑みかけてはくれず、暖かな大きな手も、彼女の手を握り返すことはない。  唯は自分の服が汚れるのも気にせずに、彼の体を抱きしめると、急速に体温を失っていく肌に頬をすり寄せた。 「お兄ちゃん……」  この時、彼女の心の中の何かが、硝子のように砕けた……。

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