THE OLD DAYS

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#region #contents() #endregion ---- ***1/13 『本当にいくのか、ゲイツ? ここを出れば少尉任官からスタートだ。お前の成績ならば――』 『――学ぶべき時は終わった。今からは、血を流す時だ』 2004年。 中東は、炎に揺れていた。 2001年9月11日の同時多発テロによる、アメリカとイスラムとの文明対立。 そのテロに端を発する、アメリカからのイラクに対する圧力の強化。 イラクによるテロ組織への支援、そして大量破壊兵器の存在を疑ったアメリカ合衆国は、もはや開戦もやむなし、と判断。 アメリカ軍は大規模侵攻作戦『イラクの自由』の裏で、サダム・フセインを『外科手術的に』排除する作戦『夜矢』を発動した。 この任務に、士官学校を中退し、現場で経験を積んでいたゲイツも参加したのだった―――。 ≪THE OLD DAYS≫ 【イラク共和国・バグダッド】 【March. 18,2004. 23:42(現地時刻)】 ≪アルファからHQ、潜入に成功した。ターゲットまでの距離は1.2km≫ ≪HQ了解、所定のポイントについて待機せよ≫ 「……よし、それでは手順どおりに事を進める。ギャズ、お前はポイントマン。補助にダンが付け。 火力支援はネルソン、お前だ。頼むぞ。通信はコーダ。ソープ、後ろを警戒。ゲイツ、お前は今日のメインだ。バレットを取り落とすなよ」 口ひげを蓄えた、チームの指揮官が作戦を説明する。 彼はキャラガ少佐。米軍特殊部隊「デルタ・フォース」の実戦部門の指揮官である。 作戦は極めてシンプル。イラク首都に潜入してサダムを狙撃、殺害。その後はLZまで徒歩で移動、ヘリで離脱する。 それだけの任務だが、難易度の高さは折り紙つきだ。 首都を警備する革命防衛隊は精鋭。狙撃後の速やかな離脱が求められる、極めてデリケートな作戦。 だが、それを可能にするだけの技術が彼ら――デルタ・フォースには確かにある。 そのデルタフォースの中でも、各分隊のエースを集めた、オールスターチーム。狙撃の腕を買われ、ゲイツはここにいた。 ゲイツに与えられた任務はひとつ。 『一発で、サダムを仕留めろ』。 ---- ***2/13 【March,19.2004. 00:58(現地時刻)】 「ゲイツ、今日のディナーは何だと思う」 「どうせいつものマズいシチューと固いパンでしょう」 「いや、違うな。俺は信じてる。だって俺たちは、今から悪魔を狙撃して殺すんだ。きっと最高級のディナーで、大統領が手ずからサーブしてくれるさ」 「賭けてもいいです。有り得ない」 サダム私邸から約1.2km、小高い丘の上。草むらに伏せた状態で、ガムを噛みながらグリッグ軍曹が軽口を叩く。 不真面目なように見えるが――その実、彼は海兵隊時代に1.6kmの長距離狙撃を成功させるなど、当代を代表する凄腕のスナイパーである。 そのグリッグが、大一番の任をゲイツに譲ったのは――狙撃手同士にしかわからない、本当に小さな差異によるものだった。 的に当てるだけならば、グリッグは今だに米軍随一だ。 だが、ここ一番、というところでの勝負強さ、凄み、対応力――そういったものは、ゲイツに僅かに劣る。 『老兵は、ただ去るのみ。コイツがいりゃあ、まず大丈夫だ』とは、グリッグ自身の言葉である。 その態勢に入って、すでに一時間。 口以外を微動だにさせず、ゲイツはずっと照準を覗き込んでいた。 サダム私邸、その廊下の窓。たった一つ、狙撃が可能なその地点を、サダムが通りかかるのを待つ。 時間にして、およそ5秒弱。その、僅かな時間に弾丸を送り込む――そんな、針の穴を通すような作戦だった。 使用される狙撃銃は、バレットM82A1。 .50口径の対物狙撃銃であり――最大射程、2.5kmを誇る、ゲイツの相棒。 このライフルを使う彼は、まさに『どこにでも手が届く』魔弾の射手と化すのだ。 その『魔弾の射手』の横で、グリッグは双眼鏡を覗きウォッチャーを務めていた。 じっと、サダム私邸の窓を、注視している。豪奢な作り、防弾であろうガラス。.50口径弾でなければ、貫通は難しいだろう。 周囲では、デルタの隊員たちが油断なく警戒していた。 アサルトライフルを手に持ち、暗視装置を携え、言葉を発することもなく。 この、頼れる仲間たちの布いている、警戒円。この中が、今世界で最も安全な場所だ。 敵対国の、最も警戒が厳しい区域に身をおいていても、ゲイツとグリッグはそう確信していた。 ---- ***3/13 「……! ゲイツ、目標視認。射撃可能域に入る。3秒前、2秒前……レディ」 グリッグがサダムとその近衛を視認し、速やかにゲイツに伝える。射撃の可能な位置に到達。 瞬間、ゲイツの集中力は最大限まで拡張される。 風の流れが読める。ちりちりとした焦燥を抑え込み、指先と目だけが存在するような感覚。 「オウケイ、オウケイ……そのまま、いい子だ独裁者……」 す、と動きをトレース。 風、コリオリ力、重力、弾道、タイミング、積み重なった経験。 全てのサインが、ゴーサインを出した。必殺、必中を確信して、ゲイツはトリガーを引いた。 「――よくやった、ゲイツ。完璧だ」 轟音と共に、超音速で弾丸が疾駆する。コースは完璧。確実にサダムの胸を破砕できる、と、ゲイツもグリッグも確信したその一撃は―― ―――≪当たらねェよ≫ そんな、聞こえるはずのない幻聴。 二人が必殺を確信した弾丸は、どこか狂ったような笑みをその顔に貼りつかせた、サダムの近衛によって『弾かれた』。 弾丸に対してまっすぐに、手を突き出して、くつくつと、肩を震わせる。 通常なら、.50口径ライフル弾の直撃に人間の手が耐えられるはずはない。貫通し、サダムに被害を与えていておかしくない。 だが、見事に弾丸は弾かれていた。誰に被害を与えることもなく――これは、如何なる奇術か。 見れば、サダムが走り出そうとしていた。 「少佐、弾丸が弾かれた。理由はわからないが、目標の殺害は無理だ」 ---- ***4/13 冷静に状況を伝え、二弾目と三弾目を、正確にサダムの頭部にポイント、発射する。 本来絶無であったはずの、二の太刀と三の太刀。 人一人殺すには、十分すぎる銃弾の数だが、その悉くはあの狂った近衛によって弾かれる。 「弾かれた……!? どういうことだゲイツ、あり得な――くそッ!」 在り得ない、在り得たの話ではない。ゲイツがそう言うのなら、そうなのだ。 「――ケースB。撤退を開始する。LZは予定通り、HQに連絡しろ、ケースBだとな!」 半秒あったか無いかの逡巡の後、キャラガ少佐が指示を出す。その声が、どこか遠くで聞こえるように感じながら―― ゲイツは、未だにスコープから目を離せなかった。 何の冗談だ、これは。一体俺たちは、どこにいる。ここはもしかしてコミックの中か? じゃなければ手の込んだTV番組の仕込みか。 銃弾を弾いた、あの近衛。彼が≪空を飛んで≫こっちに疾走してきている、などと。 「見られた! ヤツが――来るぞ!」 再び引き金を引く。人体をばらばらに引き裂けるだけの破壊力を持った.50口径弾が、まるで通用しない。 少しだけ煩わしそうに手を振ると、わずかに態勢を崩しただけで、いとも簡単に銃弾が弾かれる。 その状況にいち早く気づき、応射を開始できたのは、デルタチームを褒めるべきだろう。 瞬く間に火線が近衛に集中し、なんとか進行を食い止める。 「ゲイツ、急げ! バレットは放棄しろ、走るぞ!」 M21――対人狙撃銃で正確な射撃を叩き込みながら、脇に居たグリッグがゲイツの身体を叩く。 ――作戦は失敗した。次の目標は如何に犠牲を出さずに、国に戻るか。 小高い丘を走り抜ける。LZはバグダット郊外、ここから約2.2kmの距離。 当初、サダムの暗殺による混乱に乗じて抜け出す手はずだったその距離は――事ここに至って、最早絶望的なまでの距離だった。 ---- ***5/13 「ヒャーッハッハッハァッーーーーー!」 耳障りな哄笑を響かせながら、男が上空を飛び回る。 正体不明の衝撃波をぶちまけ、辺りの建物を砕き散らしていた。 「くそ、くそ、くそ……! 本物の悪魔が出てきやがった、なんだありゃ!」 断続的に牽制射撃を加えながら、ソープ二等兵が毒づく。 「喋るな、ソープ。その分の酸素を走るのに回せ」 全速力で走り続けながら、ゲイツが冷静に返答する。 角を曲がるたび、油断なくサブマシンガンでチェック、クリア。 「そうは言いますけどね、二等軍曹。ありゃ反則だ、銃が効かないなんて!」 マガジンポーチから弾倉を取り出し、リロードしながら吐き捨てる。 実際のところ、ゲイツも同感だった。 グレネードですら弾き飛ばし、致命傷を避ける。おまけに空まで飛びながら、手から凄まじい威力の衝撃波を撒き散らしてくる。 コミックの中の登場人物としか思えないその相手は――何とも始末の悪いことに、今自分たちの命を狙って行動しているのだ。 デルタチームは、上手くやっていた。 建築物の密集している区画に走りこみ、牽制射撃を加えながら、ランダムにルートを変化させて逃走している。 今のところ、一人の脱落者も出していない。そうこうしているうちに、あの近衛もこちらを見失ったようで――状況はといえば、まずまずだった。 だが、それも長くは続かない。 ---- ***6/13 「――少佐!」 基幹道路の方角から、低く唸るような駆動音。 特別共和国防衛隊の、装甲車両が次々に市街地へ突入してきていた。随伴の歩兵も、かなりの規模確認される。 本来大規模な交戦を想定していなかったデルタチームは、対装甲装備を持ち合わせていない。 有効なものといえば、ゲイツのバレットだったが――それは今、1km彼方の丘の上に放置されている。 「HQ、HQ! こちらデルタ! 敵主力部隊とコンタクト、五分で全滅しちまう! 航空支援を要請する!」 キャラガが通信機に向かって怒鳴り、ライフルを敵の方に向けて発砲する。 すぐさま敵の装甲車両から、機銃による応射。 くそ――そう悪態をつき、衝撃波で崩れかけた建物に、デルタの面々が隠れる。 大きな壁を背に、ゲイツとソープは座り込んだ。 「ソープ、怪我はないか」 「はい軍曹、大丈夫です……にしても……控えめに言ってですが、最低にクソッタレな状況ですね」 「ああ、本当に控えめだ。もう少し自己主張しても構わんのではないかね」 それぞれリロードし、ため息をつく。 常に作戦が上手くいくわけではない、というのは分かっている。 ある程度のイレギュラーがありながらも、それでも目標を遂行できるように、特殊部隊の人員は訓練されている。 今回のイレギュラーは、たった一つだった。 機材の不調、情報の錯綜。 それらが複合して起こることも珍しくない実戦では、まだ想定外の要素が少ないほうなのだが――今回は、あまりにも重大すぎた。 遥か彼方、1000mの距離から飛来する超音速の弾丸を素手で弾けるボディーガードがついていた、という、たった一つのイレギュラー。 それが状況をココまで悪化させた原因である。 ---- ***7/13 「……おいでなすったぞ」 狙撃銃で、随伴歩兵を排除していたグリッグが呟いた。エンジン音が近付いてくる――死神の足音。 数分後には、全員が蜂の巣になっていてもおかしくない、その状況でも、彼らは冷静だった。 最後の一瞬まで、生還への望みを捨てず、チームのために戦う。その決意と共に、銃杷を握り――お互いに視線を交わす。 イラク兵の話すアラビア語が聞こえ、戦車の砲塔が動く音が聞こえた。 暗い室内、ゲイツが息を呑んだその瞬間―――空を切り裂き、闇を払い、静寂を打ち破って。 米軍の近接航空支援が、開始された。 F-15E、ストライクイーグルから発射された、マーヴェリック空対地ミサイルが戦車をなぎ払い、歩兵を焼き尽くす。 大口径の機関銃弾が降り注ぎ、歩兵を圧倒し、装甲車を爆炎に包む。 「………見たかくそったれ! これがステイツだ!」 感極まったのか、ソープが叫ぶ。全員が頷き、通信機が、上空からの言葉を伝える。 『オーライデルタ、プレゼントは届いたか? チビってねえよな? 酒おごってもらうからよ、さっさと帰って来い!』 ソレを皮切りに、歓声が室内を包む。 あの絶望的なムードすら、覆して見せる――それが米軍の力。 そう確信し、ゲイツはサブマシンガンを手に取る。 「ようし、さっさといくぞ野郎共! あのパイロットに、嫌って言うほど酒を呑ませてやる!」 そう少佐が告げた。いまや士気は最高潮であり、彼らの能力は最高峰。 それから10分、デルタチームはLZである広場に到着し、周囲を確保――ヘリの到着を、待っていた。 もう帰るだけ。そう思うが、気は緩めない。 全員が油断なく、周囲を警戒していた、はずなのに―――それは、悪夢と言っていい出来事だった。 ---- ***8/13 まず、無音の衝撃波。僅かにうめき声を残し、物陰で路地を警戒していたソープが倒れた。 次の瞬間、轟音と共に巨大な衝撃波。背後から一撃を受け、ギャズとダンがばらばらになった。 慌てて銃を向けたネルソンが、男の回し蹴りで吹き飛ぶ。 「……ったくよぉ。面倒くせぇことさせてくれやがって、特殊部隊サンが」 じゃり、と地面を踏みしめ、LZにあの男――近衛の男が現れた。 「機関ナンバーズ、アフェルだ。機関。知ってる? 知らねェか、別にいいけど。 ――だってまあ、ありがちなセリフだけどよ。あンたら、ここで死ぬんだからさ」 銃声、マズルフラッシュ。残ったゲイツ、グリッグ、コーダ、キャラガ。この四人が、それぞれ手持ちの銃器で、激しい攻撃を加える。 だが、その最中で―― 「落ち着けってば。冥土の土産ってやつ? 教えてやっからさー」 銃弾を、悉く弾き落としながら、まるで気負う様子もなく笑っている。 アフェル、と名乗るこの男。 ゲイツたちにはその意味を知る由もないが――カノッサ機関、ナンバーズ所属の能力者である。 「俺たちの活動に、あのオッサンがそこそこ協力してくれてたんだよ。クウェートに侵攻したときも、俺たちが先陣きったんだ。 今回あんたらがあのオッサンを殺すー、なんて息巻いちゃってっからさ、俺がここに派遣されてきたわけ。ホント面倒だぜ、勘弁してくれよ」 ぶん、と手を振り、コーダが肩口から身体を切断されて倒れる。 「あ、コレ? こりゃお前、能力だよ。知らない? なんだ何にも知らねェのな、トクシュブタイ。 俺の能力は『斥力を操る』こと。まあ、あんまり重たいものは動かせないんだけど……こんな風にさ」 どしゅ、という音。キャラガの頭部が、無感動に弾け飛ぶ。 「空気を反発させて、ソニックブームを作り出すことくらいは朝飯前なワケ。んー……このくらいかな。このくらいか。 じゃあもう飽きたしさ――死ねよ、お前ら……!?」 ---- ***9/13 にたり、と顔に笑みを張り付かせ、アフェルが手を振り上げた瞬間。 轟音を響かせ、救援のヘリから機銃が掃射された。 「くそ……くそ、クズ共がァ……!」 秒間数百発の密度で飛来する弾丸を全て叩き落すのはやはり難しいのか、慌てて建物の中に隠れるアフェル。 その隙をついて、ヘリが地面にランディングする。 『デルタ、急げ! あまり長くは抑えていられない!』 間隙ない銃撃でアフェルの頭を抑えながら、ヘリのガンナーが叫ぶ。 その声を聞き、ゲイツとグリッグ――たった二人残った、デルタチームが弾けるように走り出す。 倒れこむようにヘリに乗り込み、息をつく間もなくライフルをアフェルに向け、引き金を引く。 殺せるとは思っていない。ただ、俺たちがここから離れるまで顔をあげないでくれ――そう願って、常人ならばミンチに出来るほどの銃弾を撃ち込み続ける。 ヘリが高度を上げ、バグダッドの市街の明かりが小さくなっていく。 耐用限界を超えて発射され続けた機銃は赤く灼け、煙を上げている。 「……残ったのは俺たち二人か、ゲイツ」 「――ええ、軍曹。……最低な任務でした」 悪態をつく。頼れた仲間は、もうほとんど死んでいる。 ――一体能力とは何なのか。機関とは、ナンバーズとは。そんなことが頭をよぎる。だが、その煩悶も僅か。 「『でした』、か。ゲイツ、まだ終わっちゃいないらしい」 「―――え?」 葉巻に火をつけたグリッグが、落ち着いた様子で外を指し示す。その方角には――イラク軍の、戦闘機。 その翼の下から、ミサイルが発射される。途端、ヘリの中に響き渡る警報。 『振り切れない! 堕ちるぞ、衝撃に備えろ……!』 真っ赤な非常灯の光の中、激しい衝撃、そして熱風と落下感。そしてゲイツは、意識を失った。 ---- ***10/13 ――っざけた真…… ヘイ、来いよナンバーズ…… 朦朧とする意識の中で、ゲイツはそれを聞いた。 そうだ、倒れている場合じゃない。生きているのなら、早く起きないと…… 目を開ける。 ヘリは、打ち捨てられた廃墟に墜落していた。 燃える残骸。ゲイツの身体はヘリから投げ出されたらしく、近くの、ビルの壁面に程近い茂みに倒れていた。 わずかに辺りを見回す。視界がぼやけて、よく見えない。 銃声が響いた。この音は、グリッグのM21。 必死で目を凝らす。 見れば、どこかビルの内部から、隠れたグリッグが正確に狙撃をしているらしい。 少し離れたところに、アフェルが見えた。 点々と位置を変えるグリッグの居場所を測りかねている。 動こうとするアフェルの機先を制して、絶妙のタイミングで狙撃。手を動かして弾くが、その場からアフェルは動けない。 ――チャンスだ。 そう思い、音を立てないように、腰のホルスターに手をやる。 だが、そこにあったはずのベレッタがない。首を動かして確認すると、ホルスターごと、落下の衝撃で千切れ飛んでいた。 加えて、大腿部にはヘリの破片がざっくりと突き刺さっている。動けそうには、ない。 ……周りに、銃器は落ちていない。 歯噛みする。この手に銃さえあれば、奴を殺せるのに。 ---- ***11/13 「――クソが! うざってェんだよ、チマチマチマチマ……!」 アフェルが怒声を上げる。あまり、気の長いようには見えない。 そのアフェルに、グリッグの冷静さと狡猾さは、互角以上の戦いを強いていた。 だが。 「いーんだぜ、狙撃手。俺ってば覚えてる。もうひとり、いたよなァ。ヘリには見たとこ、パイロットとガンナーの死体しかねェ。 だったらこの辺のどっかに、もう一人がいるはずだ。生きてるのか死んでるのかは知らねェが――まあ、俺が先に見つけりゃ確実に殺す。 お前が先に見つけりゃ、命くらいは助かるかもなァ!」 耳障りな哄笑を再び響かせ、アフェルがあたりを見回し始める。 見つかれば、死ぬ。だがそれも構わない。それよりも、自分などに釣られてグリッグが出てこないか、それが心配だ―― 「……ギャハハハハ! バカが!」 嬉しそうな声を上げて、アフェルが手を振るう。 ぶるん、という音と共に、斜め上で、ざくり、と言う音がした。 「あぁ、ハハハハ! 泣かせやがる、クズが! まんまと出てきちゃって! 結果殺されちゃったら意味ねェからー!」 ――グリッグ。何を、一体何を。 斜め上、音のした方向を見る。 元はマンションだったのか、ベランダから、半身を突き出したグリッグ。 その体には、深い裂傷が刻まれていた。口からは血を吐き、ライフルを握った両腕はだらんと垂れている。 まだ生きている、ではない。まだ死んでいない、というだけ。 だが、そのグリッグとゲイツは―― 確かにこの瞬間、視線を合わせた。ゲイツはグリッグを見ていた。グリッグもゲイツを見ていた。 次の瞬間、手に持ったライフルを、ずるりと取り落とすグリッグ。態勢が崩れ、真下ではなく、斜め下に――取り落とした。 「ぶははははは! ケッサクだぞ、おい! 狙撃手さんよ、タマシイってもんじゃねえのか、そのライフル! 落としちゃダメだろ!」 腹を抱えて、笑うアフェル。そう、確かにライフルは、スナイパーの魂だ。それは事実だが―― アフェル。お前は、その意味を理解していない。 グリッグが、今際の際に行った、最後の「狙撃」。 狙い済ましたように、彼の魂とも言えるライフルは――ゲイツの右腕の、すぐ傍に落下した。 ---- ***12/13 「あー、マジ笑った。あぶねえあぶねえ、笑いすぎて殺すの忘れてた。案外それが狙いか。捨て身だなオイ」 くつくつと喉を鳴らしながら――サダムへの狙撃を弾いたときと同じように、片手をまっすぐに挙げる。 その先には、グリッグ。 「楽にしてやるよ、狙撃手。……とか言っちゃって! ギャハハハハハハ!」 ――絶対の勝利を確信した、耳に響く笑い。 耳障りだが――すぐに止まる。止めてみせる、グリッグ。 音を立てないよう、細心の注意を払いながら、グリッグのライフルを手に取る。 ちゃき、とスコープを覗く。ひび割れたガラス。だが、それでもこの距離ならば十分。 すう、と息を吐き、射撃体勢に。 ゲイツの指が、引き金に触れる。―――耳慣れた銃声。万感の思いを込めて、引き金を引いた。 その弾丸は、音速を超え、アフェルの頭蓋に穴を穿つ。 「……ハ? ハハ、ヘ?」 とんとん、とたたらを踏み、頭蓋の中身を後ろにぶちまける。どしゃり、と音を立てて、後ろ向きに倒れる。 間違いなく、死んだ。ゲイツがその手で殺した。 ぎゅ、とライフルを抱き、上を見上げる。 まさに、最後の一瞬。グリッグは微笑み――そして、主に召された。 ゲイツも、目を閉じる。 次に目覚めたときは、一体どこにいるのか。 救助が間に合うのか、イラク軍が先なのか。そんなことは、今はどうでもいい。 ――仇は討った。 だからみんな、安心して眠ってくれ―――。 そう最後に呟き、ゲイツは意識を再び、失った。 ---- ***13/13 それから彼が目を覚ましたのは、米軍基地内の病院だった。 デルタチームは、ゲイツを残して全滅。ゲイツは機関、ナンバーズなど、知り得た全ての情報を話したが―― 米軍当局は、それを信用しなかった。作戦失敗による、妄想。そう烙印を押し、ゲイツを精神病院に押し込めた。 実際、事実を知るものはみな死んでいた。ヘリのパイロットも、デルタチームも。ストライクイーグルのパイロットは、機甲部隊しか視認していない。 不遇の日々を送っていたゲイツを、病院から救い上げ、再び前線に戻すのは、彼の士官学校時代の同級生、クリストファであるのだが―― それはまた、別の機会に語られるべきことだろう。 ---- #comment
#region #contents() #endregion ---- ***1/13 『本当にいくのか、ゲイツ? ここを出れば少尉任官からスタートだ。お前の成績ならば――』 『――学ぶべき時は終わった。今からは、血を流す時だ』 2004年。 中東は、炎に揺れていた。 2001年9月11日の同時多発テロによる、アメリカとイスラムとの文明対立。 そのテロに端を発する、アメリカからのイラクに対する圧力の強化。 イラクによるテロ組織への支援、そして大量破壊兵器の存在を疑ったアメリカ合衆国は、もはや開戦もやむなし、と判断。 アメリカ軍は大規模侵攻作戦『イラクの自由』の裏で、サダム・フセインを『外科手術的に』排除する作戦『夜矢』を発動した。 この任務に、士官学校を中退し、現場で経験を積んでいたゲイツも参加したのだった―――。 ≪THE OLD DAYS≫ 【イラク共和国・バグダッド】 【March. 18,2004. 23:42(現地時刻)】 ≪アルファからHQ、潜入に成功した。ターゲットまでの距離は1.2km≫ ≪HQ了解、所定のポイントについて待機せよ≫ 「……よし、それでは手順どおりに事を進める。ギャズ、お前はポイントマン。補助にダンが付け。 火力支援はネルソン、お前だ。頼むぞ。通信はコーダ。ソープ、後ろを警戒。ゲイツ、お前は今日のメインだ。バレットを取り落とすなよ」 口ひげを蓄えた、チームの指揮官が作戦を説明する。 彼はキャラガ少佐。米軍特殊部隊「デルタ・フォース」の実戦部門の指揮官である。 作戦は極めてシンプル。イラク首都に潜入してサダムを狙撃、殺害。その後はLZまで徒歩で移動、ヘリで離脱する。 それだけの任務だが、難易度の高さは折り紙つきだ。 首都を警備する革命防衛隊は精鋭。狙撃後の速やかな離脱が求められる、極めてデリケートな作戦。 だが、それを可能にするだけの技術が彼ら――デルタ・フォースには確かにある。 そのデルタフォースの中でも、各分隊のエースを集めた、オールスターチーム。狙撃の腕を買われ、ゲイツはここにいた。 ゲイツに与えられた任務はひとつ。 『一発で、サダムを仕留めろ』。 ---- ***2/13 【March,19.2004. 00:58(現地時刻)】 「ゲイツ、今日のディナーは何だと思う」 「どうせいつものマズいシチューと固いパンでしょう」 「いや、違うな。俺は信じてる。だって俺たちは、今から悪魔を狙撃して殺すんだ。きっと最高級のディナーで、大統領が手ずからサーブしてくれるさ」 「賭けてもいいです。有り得ない」 サダム私邸から約1.2km、小高い丘の上。草むらに伏せた状態で、ガムを噛みながらグリッグ軍曹が軽口を叩く。 不真面目なように見えるが――その実、彼は海兵隊時代に1.6kmの長距離狙撃を成功させるなど、当代を代表する凄腕のスナイパーである。 そのグリッグが、大一番の任をゲイツに譲ったのは――狙撃手同士にしかわからない、本当に小さな差異によるものだった。 的に当てるだけならば、グリッグは今だに米軍随一だ。 だが、ここ一番、というところでの勝負強さ、凄み、対応力――そういったものは、ゲイツに僅かに劣る。 『老兵は、ただ去るのみ。コイツがいりゃあ、まず大丈夫だ』とは、グリッグ自身の言葉である。 その態勢に入って、すでに一時間。 口以外を微動だにさせず、ゲイツはずっと照準を覗き込んでいた。 サダム私邸、その廊下の窓。たった一つ、狙撃が可能なその地点を、サダムが通りかかるのを待つ。 時間にして、およそ5秒弱。その、僅かな時間に弾丸を送り込む――そんな、針の穴を通すような作戦だった。 使用される狙撃銃は、バレットM82A1。 .50口径の対物狙撃銃であり――最大射程、2.5kmを誇る、ゲイツの相棒。 このライフルを使う彼は、まさに『どこにでも手が届く』魔弾の射手と化すのだ。 その『魔弾の射手』の横で、グリッグは双眼鏡を覗きウォッチャーを務めていた。 じっと、サダム私邸の窓を、注視している。豪奢な作り、防弾であろうガラス。.50口径弾でなければ、貫通は難しいだろう。 周囲では、デルタの隊員たちが油断なく警戒していた。 アサルトライフルを手に持ち、暗視装置を携え、言葉を発することもなく。 この、頼れる仲間たちの布いている、警戒円。この中が、今世界で最も安全な場所だ。 敵対国の、最も警戒が厳しい区域に身をおいていても、ゲイツとグリッグはそう確信していた。 ---- ***3/13 「……! ゲイツ、目標視認。射撃可能域に入る。3秒前、2秒前……レディ」 グリッグがサダムとその近衛を視認し、速やかにゲイツに伝える。射撃の可能な位置に到達。 瞬間、ゲイツの集中力は最大限まで拡張される。 風の流れが読める。ちりちりとした焦燥を抑え込み、指先と目だけが存在するような感覚。 「オウケイ、オウケイ……そのまま、いい子だ独裁者……」 す、と動きをトレース。 風、コリオリ力、重力、弾道、タイミング、積み重なった経験。 全てのサインが、ゴーサインを出した。必殺、必中を確信して、ゲイツはトリガーを引いた。 「――よくやった、ゲイツ。完璧だ」 轟音と共に、超音速で弾丸が疾駆する。コースは完璧。確実にサダムの胸を破砕できる、と、ゲイツもグリッグも確信したその一撃は―― ―――≪当たらねェよ≫ そんな、聞こえるはずのない幻聴。 二人が必殺を確信した弾丸は、どこか狂ったような笑みをその顔に貼りつかせた、サダムの近衛によって『弾かれた』。 弾丸に対してまっすぐに、手を突き出して、くつくつと、肩を震わせる。 通常なら、.50口径ライフル弾の直撃に人間の手が耐えられるはずはない。貫通し、サダムに被害を与えていておかしくない。 だが、見事に弾丸は弾かれていた。誰に被害を与えることもなく――これは、如何なる奇術か。 見れば、サダムが走り出そうとしていた。 「少佐、弾丸が弾かれた。理由はわからないが、目標の殺害は無理だ」 ---- ***4/13 冷静に状況を伝え、二弾目と三弾目を、正確にサダムの頭部にポイント、発射する。 本来絶無であったはずの、二の太刀と三の太刀。 人一人殺すには、十分すぎる銃弾の数だが、その悉くはあの狂った近衛によって弾かれる。 「弾かれた……!? どういうことだゲイツ、あり得な――くそッ!」 在り得ない、在り得たの話ではない。ゲイツがそう言うのなら、そうなのだ。 「――ケースB。撤退を開始する。LZは予定通り、HQに連絡しろ、ケースBだとな!」 半秒あったか無いかの逡巡の後、キャラガ少佐が指示を出す。その声が、どこか遠くで聞こえるように感じながら―― ゲイツは、未だにスコープから目を離せなかった。 何の冗談だ、これは。一体俺たちは、どこにいる。ここはもしかしてコミックの中か? じゃなければ手の込んだTV番組の仕込みか。 銃弾を弾いた、あの近衛。彼が≪空を飛んで≫こっちに疾走してきている、などと。 「見られた! ヤツが――来るぞ!」 再び引き金を引く。人体をばらばらに引き裂けるだけの破壊力を持った.50口径弾が、まるで通用しない。 少しだけ煩わしそうに手を振ると、わずかに態勢を崩しただけで、いとも簡単に銃弾が弾かれる。 その状況にいち早く気づき、応射を開始できたのは、デルタチームを褒めるべきだろう。 瞬く間に火線が近衛に集中し、なんとか進行を食い止める。 「ゲイツ、急げ! バレットは放棄しろ、走るぞ!」 M21――対人狙撃銃で正確な射撃を叩き込みながら、脇に居たグリッグがゲイツの身体を叩く。 ――作戦は失敗した。次の目標は如何に犠牲を出さずに、国に戻るか。 小高い丘を走り抜ける。LZはバグダット郊外、ここから約2.2kmの距離。 当初、サダムの暗殺による混乱に乗じて抜け出す手はずだったその距離は――事ここに至って、最早絶望的なまでの距離だった。 ---- ***5/13 「ヒャーッハッハッハァッーーーーー!」 耳障りな哄笑を響かせながら、男が上空を飛び回る。 正体不明の衝撃波をぶちまけ、辺りの建物を砕き散らしていた。 「くそ、くそ、くそ……! 本物の悪魔が出てきやがった、なんだありゃ!」 断続的に牽制射撃を加えながら、ソープ二等兵が毒づく。 「喋るな、ソープ。その分の酸素を走るのに回せ」 全速力で走り続けながら、ゲイツが冷静に返答する。 角を曲がるたび、油断なくサブマシンガンでチェック、クリア。 「そうは言いますけどね、二等軍曹。ありゃ反則だ、銃が効かないなんて!」 マガジンポーチから弾倉を取り出し、リロードしながら吐き捨てる。 実際のところ、ゲイツも同感だった。 グレネードですら弾き飛ばし、致命傷を避ける。おまけに空まで飛びながら、手から凄まじい威力の衝撃波を撒き散らしてくる。 コミックの中の登場人物としか思えないその相手は――何とも始末の悪いことに、今自分たちの命を狙って行動しているのだ。 デルタチームは、上手くやっていた。 建築物の密集している区画に走りこみ、牽制射撃を加えながら、ランダムにルートを変化させて逃走している。 今のところ、一人の脱落者も出していない。そうこうしているうちに、あの近衛もこちらを見失ったようで――状況はといえば、まずまずだった。 だが、それも長くは続かない。 ---- ***6/13 「――少佐!」 基幹道路の方角から、低く唸るような駆動音。 特別共和国防衛隊の、装甲車両が次々に市街地へ突入してきていた。随伴の歩兵も、かなりの規模確認される。 本来大規模な交戦を想定していなかったデルタチームは、対装甲装備を持ち合わせていない。 有効なものといえば、ゲイツのバレットだったが――それは今、1km彼方の丘の上に放置されている。 「HQ、HQ! こちらデルタ! 敵主力部隊とコンタクト、五分で全滅しちまう! 航空支援を要請する!」 キャラガが通信機に向かって怒鳴り、ライフルを敵の方に向けて発砲する。 すぐさま敵の装甲車両から、機銃による応射。 くそ――そう悪態をつき、衝撃波で崩れかけた建物に、デルタの面々が隠れる。 大きな壁を背に、ゲイツとソープは座り込んだ。 「ソープ、怪我はないか」 「はい軍曹、大丈夫です……にしても……控えめに言ってですが、最低にクソッタレな状況ですね」 「ああ、本当に控えめだ。もう少し自己主張しても構わんのではないかね」 それぞれリロードし、ため息をつく。 常に作戦が上手くいくわけではない、というのは分かっている。 ある程度のイレギュラーがありながらも、それでも目標を遂行できるように、特殊部隊の人員は訓練されている。 今回のイレギュラーは、たった一つだった。 機材の不調、情報の錯綜。 それらが複合して起こることも珍しくない実戦では、まだ想定外の要素が少ないほうなのだが――今回は、あまりにも重大すぎた。 遥か彼方、1000mの距離から飛来する超音速の弾丸を素手で弾けるボディーガードがついていた、という、たった一つのイレギュラー。 それが状況をココまで悪化させた原因である。 ---- ***7/13 「……おいでなすったぞ」 狙撃銃で、随伴歩兵を排除していたグリッグが呟いた。エンジン音が近付いてくる――死神の足音。 数分後には、全員が蜂の巣になっていてもおかしくない、その状況でも、彼らは冷静だった。 最後の一瞬まで、生還への望みを捨てず、チームのために戦う。その決意と共に、銃杷を握り――お互いに視線を交わす。 イラク兵の話すアラビア語が聞こえ、戦車の砲塔が動く音が聞こえた。 暗い室内、ゲイツが息を呑んだその瞬間―――空を切り裂き、闇を払い、静寂を打ち破って。 米軍の近接航空支援が、開始された。 F-15E、ストライクイーグルから発射された、マーヴェリック空対地ミサイルが戦車をなぎ払い、歩兵を焼き尽くす。 大口径の機関銃弾が降り注ぎ、歩兵を圧倒し、装甲車を爆炎に包む。 「………見たかくそったれ! これがステイツだ!」 感極まったのか、ソープが叫ぶ。全員が頷き、通信機が、上空からの言葉を伝える。 『オーライデルタ、プレゼントは届いたか? チビってねえよな? 酒おごってもらうからよ、さっさと帰って来い!』 ソレを皮切りに、歓声が室内を包む。 あの絶望的なムードすら、覆して見せる――それが米軍の力。 そう確信し、ゲイツはサブマシンガンを手に取る。 「ようし、さっさといくぞ野郎共! あのパイロットに、嫌って言うほど酒を呑ませてやる!」 そう少佐が告げた。いまや士気は最高潮であり、彼らの能力は最高峰。 それから10分、デルタチームはLZである広場に到着し、周囲を確保――ヘリの到着を、待っていた。 もう帰るだけ。そう思うが、気は緩めない。 全員が油断なく、周囲を警戒していた、はずなのに―――それは、悪夢と言っていい出来事だった。 ---- ***8/13 まず、無音の衝撃波。僅かにうめき声を残し、物陰で路地を警戒していたソープが倒れた。 次の瞬間、轟音と共に巨大な衝撃波。背後から一撃を受け、ギャズとダンがばらばらになった。 慌てて銃を向けたネルソンが、男の回し蹴りで吹き飛ぶ。 「……ったくよぉ。面倒くせぇことさせてくれやがって、特殊部隊サンが」 じゃり、と地面を踏みしめ、LZにあの男――近衛の男が現れた。 「機関ナンバーズ、アフェルだ。機関。知ってる? 知らねェか、別にいいけど。 ――だってまあ、ありがちなセリフだけどよ。あンたら、ここで死ぬんだからさ」 銃声、マズルフラッシュ。残ったゲイツ、グリッグ、コーダ、キャラガ。この四人が、それぞれ手持ちの銃器で、激しい攻撃を加える。 だが、その最中で―― 「落ち着けってば。冥土の土産ってやつ? 教えてやっからさー」 銃弾を、悉く弾き落としながら、まるで気負う様子もなく笑っている。 アフェル、と名乗るこの男。 ゲイツたちにはその意味を知る由もないが――カノッサ機関、ナンバーズ所属の能力者である。 「俺たちの活動に、あのオッサンがそこそこ協力してくれてたんだよ。クウェートに侵攻したときも、俺たちが先陣きったんだ。 今回あんたらがあのオッサンを殺すー、なんて息巻いちゃってっからさ、俺がここに派遣されてきたわけ。ホント面倒だぜ、勘弁してくれよ」 ぶん、と手を振り、コーダが肩口から身体を切断されて倒れる。 「あ、コレ? こりゃお前、能力だよ。知らない? なんだ何にも知らねェのな、トクシュブタイ。 俺の能力は『斥力を操る』こと。まあ、あんまり重たいものは動かせないんだけど……こんな風にさ」 どしゅ、という音。キャラガの頭部が、無感動に弾け飛ぶ。 「空気を反発させて、ソニックブームを作り出すことくらいは朝飯前なワケ。んー……このくらいかな。このくらいか。 じゃあもう飽きたしさ――死ねよ、お前ら……!?」 ---- ***9/13 にたり、と顔に笑みを張り付かせ、アフェルが手を振り上げた瞬間。 轟音を響かせ、救援のヘリから機銃が掃射された。 「くそ……くそ、クズ共がァ……!」 秒間数百発の密度で飛来する弾丸を全て叩き落すのはやはり難しいのか、慌てて建物の中に隠れるアフェル。 その隙をついて、ヘリが地面にランディングする。 『デルタ、急げ! あまり長くは抑えていられない!』 間隙ない銃撃でアフェルの頭を抑えながら、ヘリのガンナーが叫ぶ。 その声を聞き、ゲイツとグリッグ――たった二人残った、デルタチームが弾けるように走り出す。 倒れこむようにヘリに乗り込み、息をつく間もなくライフルをアフェルに向け、引き金を引く。 殺せるとは思っていない。ただ、俺たちがここから離れるまで顔をあげないでくれ――そう願って、常人ならばミンチに出来るほどの銃弾を撃ち込み続ける。 ヘリが高度を上げ、バグダッドの市街の明かりが小さくなっていく。 耐用限界を超えて発射され続けた機銃は赤く灼け、煙を上げている。 「……残ったのは俺たち二人か、ゲイツ」 「――ええ、軍曹。……最低な任務でした」 悪態をつく。頼れた仲間は、もうほとんど死んでいる。 ――一体能力とは何なのか。機関とは、ナンバーズとは。そんなことが頭をよぎる。だが、その煩悶も僅か。 「『でした』、か。ゲイツ、まだ終わっちゃいないらしい」 「―――え?」 葉巻に火をつけたグリッグが、落ち着いた様子で外を指し示す。その方角には――イラク軍の、戦闘機。 その翼の下から、ミサイルが発射される。途端、ヘリの中に響き渡る警報。 『振り切れない! 堕ちるぞ、衝撃に備えろ……!』 真っ赤な非常灯の光の中、激しい衝撃、そして熱風と落下感。そしてゲイツは、意識を失った。 ---- ***10/13 ――っざけた真…… ヘイ、来いよナンバーズ…… 朦朧とする意識の中で、ゲイツはそれを聞いた。 そうだ、倒れている場合じゃない。生きているのなら、早く起きないと…… 目を開ける。 ヘリは、打ち捨てられた廃墟に墜落していた。 燃える残骸。ゲイツの身体はヘリから投げ出されたらしく、近くの、ビルの壁面に程近い茂みに倒れていた。 わずかに辺りを見回す。視界がぼやけて、よく見えない。 銃声が響いた。この音は、グリッグのM21。 必死で目を凝らす。 見れば、どこかビルの内部から、隠れたグリッグが正確に狙撃をしているらしい。 少し離れたところに、アフェルが見えた。 点々と位置を変えるグリッグの居場所を測りかねている。 動こうとするアフェルの機先を制して、絶妙のタイミングで狙撃。手を動かして弾くが、その場からアフェルは動けない。 ――チャンスだ。 そう思い、音を立てないように、腰のホルスターに手をやる。 だが、そこにあったはずのベレッタがない。首を動かして確認すると、ホルスターごと、落下の衝撃で千切れ飛んでいた。 加えて、大腿部にはヘリの破片がざっくりと突き刺さっている。動けそうには、ない。 ……周りに、銃器は落ちていない。 歯噛みする。この手に銃さえあれば、奴を殺せるのに。 ---- ***11/13 「――クソが! うざってェんだよ、チマチマチマチマ……!」 アフェルが怒声を上げる。あまり、気の長いようには見えない。 そのアフェルに、グリッグの冷静さと狡猾さは、互角以上の戦いを強いていた。 だが。 「いーんだぜ、狙撃手。俺ってば覚えてる。もうひとり、いたよなァ。ヘリには見たとこ、パイロットとガンナーの死体しかねェ。 だったらこの辺のどっかに、もう一人がいるはずだ。生きてるのか死んでるのかは知らねェが――まあ、俺が先に見つけりゃ確実に殺す。 お前が先に見つけりゃ、命くらいは助かるかもなァ!」 耳障りな哄笑を再び響かせ、アフェルがあたりを見回し始める。 見つかれば、死ぬ。だがそれも構わない。それよりも、自分などに釣られてグリッグが出てこないか、それが心配だ―― 「……ギャハハハハ! バカが!」 嬉しそうな声を上げて、アフェルが手を振るう。 ぶるん、という音と共に、斜め上で、ざくり、と言う音がした。 「あぁ、ハハハハ! 泣かせやがる、クズが! まんまと出てきちゃって! 結果殺されちゃったら意味ねェからー!」 ――グリッグ。何を、一体何を。 斜め上、音のした方向を見る。 元はマンションだったのか、ベランダから、半身を突き出したグリッグ。 その体には、深い裂傷が刻まれていた。口からは血を吐き、ライフルを握った両腕はだらんと垂れている。 まだ生きている、ではない。まだ死んでいない、というだけ。 だが、そのグリッグとゲイツは―― 確かにこの瞬間、視線を合わせた。ゲイツはグリッグを見ていた。グリッグもゲイツを見ていた。 次の瞬間、手に持ったライフルを、ずるりと取り落とすグリッグ。態勢が崩れ、真下ではなく、斜め下に――取り落とした。 「ぶははははは! ケッサクだぞ、おい! 狙撃手さんよ、タマシイってもんじゃねえのか、そのライフル! 落としちゃダメだろ!」 腹を抱えて、笑うアフェル。そう、確かにライフルは、スナイパーの魂だ。それは事実だが―― アフェル。お前は、その意味を理解していない。 グリッグが、今際の際に行った、最後の「狙撃」。 狙い済ましたように、彼の魂とも言えるライフルは――ゲイツの右腕の、すぐ傍に落下した。 ---- ***12/13 「あー、マジ笑った。あぶねえあぶねえ、笑いすぎて殺すの忘れてた。案外それが狙いか。捨て身だなオイ」 くつくつと喉を鳴らしながら――サダムへの狙撃を弾いたときと同じように、片手をまっすぐに挙げる。 その先には、グリッグ。 「楽にしてやるよ、狙撃手。……とか言っちゃって! ギャハハハハハハ!」 ――絶対の勝利を確信した、耳に響く笑い。 耳障りだが――すぐに止まる。止めてみせる、グリッグ。 音を立てないよう、細心の注意を払いながら、グリッグのライフルを手に取る。 ちゃき、とスコープを覗く。ひび割れたガラス。だが、それでもこの距離ならば十分。 すう、と息を吐き、射撃体勢に。 ゲイツの指が、引き金に触れる。―――耳慣れた銃声。万感の思いを込めて、引き金を引いた。 その弾丸は、音速を超え、アフェルの頭蓋に穴を穿つ。 「……ハ? ハハ、ヘ?」 とんとん、とたたらを踏み、頭蓋の中身を後ろにぶちまける。どしゃり、と音を立てて、後ろ向きに倒れる。 間違いなく、死んだ。ゲイツがその手で殺した。 ぎゅ、とライフルを抱き、上を見上げる。 まさに、最後の一瞬。グリッグは微笑み――そして、主に召された。 ゲイツも、目を閉じる。 次に目覚めたときは、一体どこにいるのか。 救助が間に合うのか、イラク軍が先なのか。そんなことは、今はどうでもいい。 ――仇は討った。 だからみんな、安心して眠ってくれ―――。 そう最後に呟き、ゲイツは意識を再び、失った。 ---- ***13/13 それから彼が目を覚ましたのは、米軍基地内の病院だった。 デルタチームは、ゲイツを残して全滅。ゲイツは機関、ナンバーズなど、知り得た全ての情報を話したが―― 米軍当局は、それを信用しなかった。作戦失敗による、妄想。そう烙印を押し、ゲイツを精神病院に押し込めた。 実際、事実を知るものはみな死んでいた。ヘリのパイロットも、デルタチームも。ストライクイーグルのパイロットは、機甲部隊しか視認していない。 不遇の日々を送っていたゲイツを、病院から救い上げ、再び前線に戻すのは、彼の士官学校時代の同級生、クリストファであるのだが―― それはまた、別の機会に語られるべきことだろう。 ----

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