依然として広がらない横のパイプ。それを広げようと機関員或いは普通の女性を探していたところを
シズリに見つかる。
機関員らしい皮肉と嫌味の飛ばしあいを展開した二人だったが、フォルスは唐突に「ホテルか誰にも見つからない二人きりになれる場所に行こう」と言い出した。
シズリがホテルがいいと答えたため、二人はホテルへと移動。
そこでフォルスはシズリに人物情報の交換を提案した。
先に情報を開示したのはフォルス。彼は
吸血鬼の少女、
ガートルッド、
優蛾を紹介。
彼女たちの名前、容姿、大体の性格や立場を教えた。
その後で追加して
谷山 基樹と
カーネルを紹介したが、前者は怪物化したのを見たのが最後、後者は二人が揃って苦手と評する人物なため、あまり有益な情報とはならなかった。
最後にフォルスは
檸檬とも知り合いだということを教える。それを聞いたシズリは様子がどうだったかを尋ねた。檸檬の様子がちょっとした悩みを持っている程度だと知ると、シズリは珍しく表情を苦々しく歪ませた。
そのとき、フォルスは初めてシズリの精神操作から檸檬が脱していたことを知る。
しかもその手段は二人にとって恐らくは最悪の形の"他人に流される"というもの。
この事実にはフォルスもこう口走った。
「なる、ほど、な」
「だとすれば聞き捨てならない情報だ。明らかに他人に流され易いであろうというのは分かっていたが、洗脳・篭絡後に他人に流される形で立ち直られてはたまったもんじゃねえ」
「どうりで随分と簡単だなと思ったわけだ。まさかそんなカラクリだったとはな」
これに関してはフォルスも全くの予想外だったらしく、”それには”驚きと苛立ちの表情に変わった。
飛んで火に入る夏の虫の如く、自ら網にかかった蝙蝠だと思いきや、その実するりと物を通り抜ける幽霊。
捕らえたと思えば擦り抜けていき、またふらふらと戻ってくる。
「当人にその意思は無いんだろうが、中々どうして不愉快じゃねぇか」
「もしも万が一にでも俺の前をふらふらするようなら童話のとおりに暗い洞窟にぶち込んで、それこそ二度と”出たくない”と思わせてやる」
表情を歪ませはしない。ただ妙に落ち着いた声色で、低い唸るような声で、目の前をうろちょろする蝙蝠への”罰”を口にする。
シズリと違い、フォルスは感情を表に出すタイプだ。
だからといって、珍しくないからといって、怒りを買ったことを脅威でないと思わせるほど彼は甘くない。
これは恫喝でも脅迫でもない。これは確定事項だ。怒りを口にするフォルスをよそに、シズリは「夢幻檸檬の人間関係が知りたい」と呟いた。
これにフォルスは策略の匂いを感じシズリから詳細を聞きだす。
それはフォルスが”天才”と評した事実を強化するほどのものだった。
彼女はこう答えた。
「『哲学者の卵』を打ち込む」
「ただし────」
「”夢幻檸檬”が”私”に」彼女は『卵』を解除する手段を知っている人間の知人と繋がりがあった。こうすることにより、檸檬を機関に敵対させ、自分が檸檬に『卵』を打ち込まれたと言いふらして機関以外からも敵視されるようにし、更に『卵』を解除出来る人間をあぶりだすという、連鎖爆破のような策略だった。
そしてシズリは、その連鎖を増やすために、フォルスに檸檬の人間関係の調査を頼んだのだ。
当然のように、フォルスはこの依頼を快諾した。
自分にとって最高の状況を作り出す最高の爆弾が渡されたのだから。
(中々どうして悪くない)
シズリの判断にフォルスは薄く笑ってみせた。
悪くない展開と状況だ──そう、自分にとって。
今、シズリの計画は自分の手に委ねられているも同然だ。自分が紹介する人脈によってその起爆する方向は自由に調節がつく。
これほど便利な爆弾は無い。起爆する方向も、タイミングも、全て自分次第というわけだ。
もちろん、不確定要素はいくつもある。シズリが自力でどれだけ檸檬の周辺を探れるか、実際檸檬の周囲にはどれだけ居るか。
そして何より、彼女は既に一度『卵』を孵化させていて、その『卵』を何らかの手段で無くしているし、一度機関に敵対したにも関わらず、恐らくは氷の国支部長によって恩赦が与えられている。
それらがどう影響してくるか。この場ですぐに演算するには時間と条件が足りない。
それでも彼は笑う。
(面白くなってきたな)
いい話が舞い込んできた、と。
全ての謀略は日の当たらない場所から生まれる。
ありとあらゆる残虐な事件も、悲痛な別れも、血を血で洗う争いも、全ては誰かの手の上。
それはここから生まれ、その一手はここで打たれる。夢幻檸檬を始点とする”連鎖する爆弾”──その作成のための協定が結ばれた。
大規模テロの裏、全ての人々の視線がそちらに向いている間に、誰も目を向けない場所で、誰も気付かない会合が行われ、誰も知らない同盟が完成した。
どうなるかは神にも分からない。全ては二人次第。