サナトリウム


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  *


「ねぇ」
「……」
「僕の姿、見えるの?」
「……」
「なんとか言ってよ。ねぇってばぁ」
「……」
「そんなに人形が好きなの?男の子なのにさぁ」
「……」
「……むー。やっぱり見えてない、のかなぁ」
「……」
「まぁいいやぁ。ね。一人には、しないよぉ」
「……」


  *


「いやぁ、真っ赤だねぇー」
「……」
「燃やしていくんだ。ぜぇんぶ。」
「……」
「元々、僕の居場所は此処になかったんだけどぉ」
「……」
「……いいのぉ?人形、燃えちゃうよぉ?」
「……」
「そんな白くてカスカスな、古びたのだけで満足なんだ。ふぅん」
「……」
「……変なのぉ」


  *


「僕ねぇ、カタチを貰うことにしたんだぁ」
「……」
「これで、ちゃんと触れるよぉ。手も繋げるし、頭も撫でられる。抱きしめられるぅー!」
「……」
「喜んでくれるのかなぁ、キミは。誰、って、言われたりするのかなぁ。そしたら少し落ち込む……」
「……」
「でもぉ、いっか。そこから先、仲良くしたらいいよねぇ――」
「……」


  *


「はじめまぁしてぇ」
「……はじめまして」
「僕、キミのおねぇさん。分かる?」
「……年下のように、見えますが」
「そっ、それは入れ物がちっさいからなのぉ!キミより九歳も年上なんだからね、僕は!」
「……」
「……ねぇ、ひとつ、いい?」
「……なにか」
「あのさぁ――」


   *


「……」
「――はぁ」
「……」
「ダンスは、楽しかったか?」
「……」
「踊って、暴れて、沈んで。――愉しかったんだろうな、お前は」
「……」
「……お前は、アレのものになるつもりなのか。それは、もう、決まっていることなのか」
「……」
「ここを壊して、頸を飛ばすことが出来れば。どれだけ気が楽になるのか――」


  *


「……」
「……結婚」
「うん」
「……つまり此は、あの男を義兄としなければならない。そういうことで宜しいのですか?」
「え、ぁ、うん。いや、確かにそうだけど、ほらほら、もっと別の重要案件があるよぉ?」
「クニャージ様への報告は済みましたか」
「――やっばぁ!」
「まぁ、バレてはいるはずでありましょうが、」
「ちょ、ちょっと僕、行ってくるねぇ!」
「……馬鹿姉」
「んぅ?」
「――お幸せに」
「……うん。ありがとぉ」


  *


「ねぇ、ちょーっとでいいんだぁ。ちょっと、先っちょだけ。ねぇ、いいでしょお?」
「包丁の先を右腕の根本に入れられることに、頷くヤツがいたら馬鹿だとは思いませんか?」
「……だって。いないんだもん」
「……」
「もう、僕、寂しくて狂っちゃいそうなんだぁ」
「……」
「――ねぇ、慰めてよ」
「……くたばれ」


  *


「見付かった、んだぁ」
「あぁそうか、それは良かった。ところでお前は、先端だけ入れられても満足致しませんよね?」
「……いや、ちょっと。先端も困るんだけどぉ。とりあえずそのナイフ仕舞ってよぉ」
「常々研いでおいてよかった。漸く日の目を見た」
「ねぇやだやだっ、ちょ、待って待って――!」
「――で、だ。」
「……うん。ごめんね、腕」
「……」
「でも、さぁ。似合ってるよ、その死体のやつ」
「厭味か」
「うーうん、自己満足」
「……」
「お揃い、ってさぁ。嬉しいねぇ」
「……喜ぶのはお前だけだろう」
「嬉しくないのぉ?」
「……」


  *


 「―――死ね。くそが。足手まとい。お荷物。的。邪魔。死ね、くたばれ」
 「うっわぁもう、可愛くない可愛くないぃ!意識不明から復活したかと思ったらぁ、
吐き出す言葉がまずそれなの!?ほんっとありえない!」

 真っ白な天井と邪魔っ気なライトの光の次に、此方を覗き込む自分のものより心なしか明るめに感じる群青を視認した瞬間、
唇から転がったのは至極当たり前な罵倒だった。義手切断はどうでもいいとしても、だ。
以前のテロで穴ぼこだらけにされた身体は意識を取り戻した瞬間から白幡をあげたがっている。
まだ当分、外に行くことは出来ないだろうと、そう自分の身体に判断しながら視線を戻せば、
室内用のマネキンに似た義手を握りしめて暴れる餓鬼の姿があった。ふん。

 「……なにさ、その見下した笑い方。むかつく」
 「笛が無事で良かったな」
 「お、ま――っ動くなってばぁ!まだ塞がらないって言ってたし、あぁもう、ばかばかばかっ!」
 「黙れチビ、五月蝿い」

 喚く小動物を放置して誇張でもなんでもなく死にかけの身体を無理矢理起こしてやる。
身体が重い、というよりは怠い。麻酔がまだ響いてるのだろうかと思考しながら、
寝台に座り込んで命令しても黙らない馬鹿の頭を見下してやった。

 「プーシュカぁ」

 名前を呼ばれれど、返すつもりもない。視線だけで内容を問えば、噛み合うのは少しばかり意志の彩度が落ちた瞳だ。
見覚えがあるその視線に、予測した次の言葉とコイツの紡いだものは概ね同じであった。

 「……ごめんね」

 呟かれた四文字は、別の言葉に聞こえる。相変わらず耳が受け付けない単語だ。
素知らぬふりをすれど包帯が巻かれた傷口に爪を立てるのだからどうしようもなく、舌打ちで嫌悪を表すには疲労が溜まる。
成すがまま、無言で右から左に受け流すと今度は欠けた肩に懐く掌があって腹立たしいし面倒だ。
姉は未だ、今と過去を取り違える。此を庇護するべき弱者として扱い、身体を持たなかった故に守れなかったのだと己を責める。

 馬鹿馬鹿しい。それはもはや終わった話だ。彼の人が示すところの番外と呼べる、関係のない話。
――少なくとも今は、引きずりだされる必要性のない話題だ。

 「プーシュカも、ゲーちゃんも。なぁんでみんな、ボロボロに成りたがるんだろうねぇ」
 「……」
 「心配かけて、さぁ。もう。死んだら、大切な人にも触れないんだよぉ」
 「……知ってる」
 「……ん」

 頭の無い少女達のワルツは、自分の周囲でたまに見る。夢に出ることさえある。
真っ赤な断末魔のドレスを纏い、胴に開いた風穴の飾りを見せびらかして此を糾弾してくるのだ。
馬鹿馬鹿しい。小煩いだけの子供の方がよっぽど神経にくるのに、彼女らは無言を貫くだけ。

 嗚呼、喋る口がなかったのか。ならば仕方ない、そこで水母のように浮かんでいろ。

 視線を宙へと浮かべながら、世界の映り方が戻っていくのを認識する。
最近、稀にだが此方の視界に映る景色が妙に希薄になることがあった。なんてことはない。
誰かの夢を盗み見ているような感覚、といえば正しいのだろう。たまに、切り替わって蜃気楼のように揺らぐ。

 「そういえばね、ゲーちゃんが――」

 ほら。今のように。
 軽く聞き流しながらも、この感情に他者から名付けられたものを当て嵌めることはしたくなかった。そんな、安っぽい感傷ではない。

 「プーシュカ?」

 ちょいちょい、と手招きしてやる。
大人しく近付いてきたチビを捕獲、膝の上に拘束すると、そのまま上半身の体重を相手に預けた。
細い肩に頬を預け、冷たいようで自分よりも暖かな体温を感じていると、手を腰に回される。
抱きしめられているのだ、と、感じたのはだいぶ後になってからだった。

 「なぁに。甘えん坊なのぉ?」
 「死ね」
 「……もー。素直になればいいのにぃ」
 「自惚れるな。誰が、」
 「誰がぁ――いったぁ!?」

 確信犯、とでもいうように此方の意志を決め付けてにやつく表情が苛立ちを助長させたので噛み付いてやることにした。
頸の薄い皮膚を、ぷつりと歯が貫いて血が口の中を満たしていく。美味しい、などと思うような変態的思考はないが、
漸く世界が戻っていくような感覚がした。

 手が頭に伸びる。髪を梳かれた。蛍光灯の寂しい白と、寝台の狭間でもこの女は変わらない。
いや、もう変わったあとだったのか。流れる血は同じなのに知らないことが多すぎた。

 「……姉さん」

 肉体を得て、初めて会った時。
抱きしめさせて、と此方に飛び込んできた年下の姉。唯一の肉親。
けれどこの温もりはもはや自分のものでなく、自分のものにする機会も最早失われた。

 「プーシュカもぉ、恋人とか作ればいいのにぃ」
 「……」
 「いたっ、も、跡残っちゃうでしょぉ!?」

 残ったところで困りはしない。
弟を甘やかすことも出来ないのかと囁けば、女は諦めて肉を咀嚼させてくれるが、
もうその先に有る禁忌の一線は越えさせなくなった。まったく、これは誰の夢だ。
渦巻く感情は、断じて嫉妬などではない。


   *


「ねぇ」
「……」
「プーシュカは、さぁ。いいのぉ?」
「……別に、」
「普通、好きな子に、とかぁ……ないの?」
「それはこっちが言いたいんだが」
「僕はぁ、プーシュカのこと。好きだよぉ」
「……」
「後悔、しない?」
「……そうだな。もし、後悔したら――」
「んー?」


  *



サナトリウム。

(譲り受けるはずだった頭は。もう他者のものだ)