一説妙法(2)


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一説妙法(2)

妙法蓮華経法師品第十に

『爾の時に世尊、薬王菩薩に因せて八万の大士に告げたまわく、
 薬王、汝是の大衆の中の無量の諸天・龍王・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩・羅伽・人と非人と及び比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の声聞を求むる者・辟支仏を求むる者・仏道を求むる者を見るや。是の如き等類、減く仏前に於て妙法華経の一偈一句を聞いて、乃至一念も随喜せん者は我皆記を与え授く。当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。』等

『仏、薬王に告げたまわく、又如来の滅度の後に、若し人あって妙法華経の乃至一偈・一句を聞いて一念も随喜せん者には、我亦阿耨多羅三藐三菩提の記を与え授く。』等

また、
妙法蓮華経提婆達多品第十二に

『仏諸の比丘に告げたまわく、未来世の中に若し善男子・善女人あって、妙法華経の提婆達多品を聞いて、浄心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は、地獄・餓鬼・畜生に堕ちずして十方の仏前に生ぜん。所生の処には常に此の経を聞かん。若し人天の中に生れば勝妙の楽を受け、若し仏前にあらば蓮華より化生せん』等

地上において現在までに、内外に諸教沢山あるが、唯此の妙法華経のみ、地獄・餓鬼・畜生の境涯を逃れ、また、声聞道・辟支佛道・佛道であっても、皆共に阿耨多羅三藐三菩提を得成仏する事、御教書に明文それて、唯此り一事だけあるばかりです。

妙法華経が地上に出現するまでは、仏教・神教によって地上の大衆が救われたと言う事実は無い
而も、此の事が地上に出るまでに

日蓮聖人も、

持妙法華問答抄に、『昔の人は只名をのみきく』と云われ、

亦、建治四年二月、三沢氏に送られた文にも、
『而去文永八年九月十二日の夜、たつの口にて頸をはねられんとせし時よりのち、ふひんなり、我につきたりし者ともにまことの事をいわさりける、とをもてさとの国より弟子ともに内々申法門あり。』と

『此れは仏より後、迦葉・阿難・竜樹・天親・天台・妙楽・伝教・義真等の大論師・大人師は知りてしかも御心の中に秘せさせ給ひし、口より外には出だし給はず。其の故は仏制して云く「我が滅後末法に入らずば此の大法いうべからず」とありしゆへなり。』

『日蓮は其の御使ひにはあらざれども其の時剋にあたる上、存外に此の法門をさとりぬれば、聖人の出でさせ給ふまでまづ序分にあらあら申すなり。』

『而るに此の法門出現せば、正法像法に論師人師の申せし法門は皆日出でて後の星の光、巧匠の後に拙きを知るなるべし。此の時には正像の寺堂の仏像・僧等の霊験は皆きへうせて、但此の大法のみ一閻浮提に流布すべしとみへて候。各々はかかる法門にちぎり有る人なれば、たのもしとをぼすべし。』等

亦、昭和の時、妙法蓮華経菩薩法仏所護念分別広説と名けられた久保角太郎氏も自ら書き現わされた「青経、朝夕のおつとめ」には、権大抄と記入され、青経は正しいものではないと記され、

此の法門、即ち、「妙法華経」地上出現が近いと「昭和は、まさに釈迦牟尼仏の説法の時」と申されて他界されました。

日蓮聖人も久保角太郎氏も、此の事、ご承知されていて、而も自分の役にあらずと、共に申されて、後の為に書物に書き現わされたのは、どちらも真実の正使です。

日蓮聖人は、闇夜の出た十四日の月のようであり、
久保角太郎氏は、月が落ちた闇夜の後に、暁の明星のようです

然るに、現今の其の弟子等は、此の事を知らずに、権教を正教の如く申して、大衆をまどわし居るもの多くあり、
之の者等は、師にそむきたる権教の邪師なり、是等は、皆、平等大慧教菩薩法仏所護念眞實證明の錦の御旗に照らされて、やがて霜露の如く消えうせ、此に仏と仏との約束に依り真に大衆の救われる時期が来たのである、今一大事因縁をもって此の事を顕説しましょう

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